ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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ボーバトンからの刺客Ⅲ

 

翌日のことである。

ガラハッド・オリバンダーは、あくまでベアトリーチェ・メディシスの都合とは無関係に行動した。

 

 

彼は、その朝、かつてない熱心さで同じテーブルを囲むボーバトン生たちの輪に入っていき、気だるい着席姿も美しいフラーに、最大限紳士的な笑顔で「昨日はどうしちゃったの?」と尋ねかけた。これにはロジャーが飛び上がった。ロジャーは、「誰だお前?」という顔つきでガラハッドを見た。

フラーは、複雑な微笑みを浮かべて、「ちょっとね」と言うだけに留めた。

フランス語での会話を遮って、ロジャーはガラハッドを詰問した。

 

 

「 おい!いつの間にお近づきになったんだよ 」

 

 

圧倒的優位者の微笑みで、ガラハッドは穏やかに返事をした。

 

 

「 昨日、彼女のほうから、お声かけをいただいたんだ 」

 

 

ロジャーは目をかっぴらいてガラハッドを睨んだ。

マーカスはまだ何もしていなかった。

 

 

「 ちょっと!こんなところで立ち止まったら、邪魔よ! 」

 

 

マリエッタは三人のことを背後から押した。

うっとりとフラーを見ていただけのマーカスは、「むぎゅう」と呻いてマリエッタに薙ぎ倒された。ガラハッドはスカした笑みを浮かべていたが、ドミノ倒しの状態になって、もたもたと動かざるを得なくなった。犬に追い立てられる羊のように、ガラハッド、ロジャー、マーカスはボーバトン生たちが座っているエリアを通り過ぎた。彼らはのそのそと教職員テーブルに近づき、まとまって空いていた席についた。チョウは、そこへと少し遅れてやってきて座ったと思ったら、にこにこと独自の世界を展開しはじめた。

 

 

「 ねえマリエッタ聞いて。かっこいい人、見つけちゃったわ 」

 

 

食事の手をとめることなく、ガラハッドはチョウに冷淡な視線を送った。こいつが、さっき誰に絡まれていたかは知っているので、親切のつもりで教えてやった。

 

 

「 ボーモンだろ?あいつ、女だぞ 」

 

「 ばか~。そこは不明なとこが魅力的なのよ。素敵、シザーリオ様!日常のうるおいって、大事です。いつも心に夢がなくっちゃ 」

 

 

チョウは機嫌良さそうに言った。

まったく理解できなくて、ガラハッドは口を挟むことをやめた。

 

そうこうするうちにフクロウ便の時間が来て、ガラハッドは日刊予言者新聞を受け取った。一時間目の“魔法史”のあいだ、ガラハッドはそれなりに授業を聞きつつ、半分くらいは新聞を読んで過ごした。今日の新聞では、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)のことが特集されており、このイベントの歴史や今大会の特徴についての記事の他、各校代表選手が写真付きで紹介されていた。

けれどもそこにセドリックの写真はなくて、彼の紹介文は、たった一行という短さだった。ハリーのインタビュー文は明らかに捏造で、絶対にハリーが言いそうにないことの羅列だった。

最後まで読むよりも前に、ガラハッドは記事の末部を見た。―――文責:リータ・スキーター

 

 

( こいつ、結構な量の紙面を埋めてるな…? )

 

 

探してみると、三面にも国際・経済面にも、この記者の書いた記事は存在した。これまで、どの記事の執筆者が誰であるかなんて、気にしたことがなかったけれども…。

 

いずれこの総代選のことも、彼女が記事にするのではないか?

 

ガラハッドはそれを気楽に待つ気になれなかったが、格別身構えもしなかった。それよりも、いくら所詮一社しかない新聞だと割り切って読んできたつもりでも、漫然と鵜呑みにしてきたことも多い日刊予言者新聞が、「これほど捏造と偏向だらけだったとは」と考えるほうに意識が向いた。実害は受けていないが、うっすらとショックだった。

 

 

まあ、そうはいっても「そんなことより重要なこと」が、日常のなかには山ほどある。

 

 

二時間目からあとの時間、ガラハッドは集中して学習をした。たとえテムズ川の水が逆流したとしても、彼は生活を変化させないだろう。

 

彼は、薬草学の授業のときは、決まって魔法薬学のノートも持って行ってメモをとる。また彼は、授業の最後に課題が出された場合、放課後一番に、それをこなすために必要な道具をすべて自室の机上に並べる。実際に宿題をするのは夕飯後であることが多いが、彼は帰寮後、学生鞄を放置したりしないのだ―――雨の日であっても、風の日であっても。

 

ところが本日、彼は鞄の整理を中断させられて、慌ただしく顔を上げて手近な窓を開けた。「開けなければ割る」というような勢いで、猛烈にガラスをつついてくるフクロウがいたからだ。

大きな白フクロウに舞い込んでこられて、マーカスのカナリアは警戒を顕わにした。ロジャーは、ヘドウィグを見て「おお!かっけえ!」と嬉々として言ったものの、寒いのですぐさま、ぐいっとガラハッドを押しのけて窓を閉めた。ガラハッドは、ロジャーにとっては邪魔なところに突っ立って、ヘドウィグの持ってきた紙切れを広げて読んだ―――「待っていた手紙が届いた」とだけ書いてあった。

 

 

「 なるほど。悪い、急用だ 」

 

 

ガラハッドは紙切れを握り潰して言った。

ガラハッドは、ハリーに直接会いに行って、詳しい話を聞こうと思った。そのほうが安全だとハリーもわかっている書きぶりだ。

 

人間たちの言動を見て、ヘドウィグはとても満足そうにした。ヘドウィグは、ガラハッドの椅子の背を掴んで着地すると、立派な翼を震わせて、目を閉じてカチカチと嘴を鳴らした。賢明なるロジャー・デイビースは、こういう顔つきの時のガラハッドを止める手段はないと知っていた。

 

 

「 おう。行ってら 」

 

 

自分の学生鞄を開きながら、ロジャーはいい加減に言った。

内心は、「コイツ、ついに奇行の周期が来たな」と思っていた。来なければ来ないでスリリングなので、なんだかちょっと安堵感もあった。チラッと時計を見てロジャーは言った。

 

 

「 じゃ、今日の選挙活動は、ナシか 」

 

「 ああ 」

 

「 OK。女子組には伝えとく 」

 

 

正直なところラッキーだ…と、ロジャーとマーカスは頷きあった。今日は選挙活動に繰り出さないで、溜まりつつある宿題をこなすことができるのだから。彼らが思うに、天下のガラハッド卿に付き合っていると、常人は留年の危機に瀕する…。

ガラハッドは至極真っ当に言った。

 

 

「 悪い。有難う 」

 

 

そして彼は、先ほど折角ロジャーが閉めた窓を開けて、いきなり真顔でパントマイムを始めた。彼は、まるで「レディファーストです」と示すような仕草をした。

短く鳴いてヘドウィグは飛び立っていった。

ガラハッドは、自身も鷲に変身して空へ飛び出していった。

ロジャーは軽く嘆息してもう一度窓を閉めて、暖かい室内からそれを見送った。

 

 

「 今の、フクロウをデートに誘ったってこと? 」

 

 

マーカスの目は飛び出したままであった。

 

 

「 Sir、ゴーストの次はフクロウなの?あいつ、とことん残念だね 」

 

「 さあな。とにかく、お前の打った手が活きる時だぜマーカス 」

 

「 ふふふ、褒めても何も出ないよ 」

 

 

マーカスはポーカーフェイスが下手だった。彼は、とてつもなく得意そうな顔で、カナリアに特別なおやつをやった。

ロジャーは、その様子を黙って眺めたあと、自分のスペースへと引っ込んでカーテンを閉めた。「あいつ、人間には興味がなければいいのにな」と彼は思ったけれども、とても口には出せなかったのだ。アホマーカス、今のは、差出人がどこにいるかわからないから、フクロウが戻るのを追いかけて行っただけだろと―――…あいつは、フクロウとデートするほどには変人じゃねえよと、ロジャーはわかっているからこそ面白くなかった。

 

ガラハッドめ、あいつ、根はキモオタのくせに、生意気にもあのフラー・デラクールに声をかけられたんだよなぁ…。朝の会話を思い返して、実はロジャーは一日中イライラしていた。とりあえず机に向かったものの、ロジャーは何にとりかかる気にもなれなかった。

 

正直に言えば、「お似合いだ」と感じてしまう自分もいるんだよ。

先に恋したのは自分なのに、掻っ攫っていくななんて言えない。

そんなルールない。あっても自分は言えない。

こんなふうに思うなんて、思うだけで完全な「敗北」だ。

 

一年前のことを思い出して、ロジャーは虚空を睨み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同室。それは小競り合う宿命にある関係―――…。

 

 

 

 

同じころ、ハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーは、グリフィンドールの男子寮の通路でばったりと鉢合わせて、それぞれお互いが目に入っていないような態度ですれ違った。シリウスから二通目の返事を受け取ったことを、ハリーはロンには知らせていなかった。

 

ロンは、珍しく制服の上にローブを着て寝室から出てきたハリーを見て、「ははあ」と勘づいてムカッ腹を立てた。あいつは、ま~たあの特別なアイテムを使って、面白い冒険に繰り出すのに違いないぞ!?

 

ロンは寝室に入らず、ドアの前で立ち止まって、黙ってハリーの背中を睨みつけた。

チラッと、ハリーもロンのことを振り返った。

 

ハリーは、ポケットに手をつっこんでいるだけだと見せかけて、脇の下に“透明マント”を挟んでローブで隠していた。憎むようなロンの目つきに、ハリーは怒りよりも悲しさを感じた。

けれどもハリーは、精一杯平気なふりをした。幸か不幸か、彼はそれが上手だった。

ハリーは、歩く速度を緩めないで、「何か文句あるかい?」という顔つきをした。ロンの小鼻は倍ほどにも膨れ上がり、奥歯はカチカチという音を立てた。

 

これにて、今夜も激闘必至である。

杖を構えて呪いをかけあう以外のことは、彼らはほとんど何でもやっている。

 

ハリーは、グリフィンドール寮を出るとき“太った婦人”から「坊や、乱暴ね!」と言われた。ハリーは足を止めて謝罪をした。それからは、ますます憂鬱な気分になってしまって、大股でずんずんと城内を歩いた。

 

グリフィンドール寮を出て二つめの角を曲がったところで、ハリーはガラハッドの姿を見つけた。そちらは行き止まりになっているはずのに、ガラハッドときたら壁上歩廊のほうからやってきた。「ああ、彼だなあ」とハリーは軽く受け止めた。多分、空を飛んで来てくれたんだろうなあと。

そのときにはガラハッドは人型で、左肘を直角にしてヘドウィグをとまらせていた。

 

 

「 よお、お前、()()()()な? 」

 

 

ガラハッドはハリーの左脇を指さしてニヤッとした。

ハリーは、ガラハッドの指摘のしかたは、ロンのやり方とは大違いだと思った。

 

ヘドウィグの機嫌が良くなっていたので、ハリーはホッとして少し微笑んだ。「お前じゃ目立ってしまうから」と、シリウスへの手紙を配達させなかったときは、拗ねられて鈎爪キックをお見舞いされたものだが、今の彼女は柔和に目を細めていて、おやつをあげた時みたいな顔をしている。

ヘドウィグはホーッと甘い声をあげて、フクロウ棟へと飛び立っていった。

 

ハリーは胸の奥がむずむずしてきて、城の中央部へと向かう足を速めた。

隣に並んできたガラハッドに、ハリーはにこっとして囁きかけた。

 

 

「 ご指名だ。今すぐ出して見せたいよ 」

 

 

シリウスからの手紙のことである。

ハリーは、ガラハッドにローブのポケットの中をちらりと見せたが、ジニー・ウィーズリーが前方からやってきていているので、それを取り出して広げられなかった。

けれど、もう我慢できないような気分になっていた。

競歩のように進みながら、ハリーは興奮した声でひそひそとやった。ジニーに聞かれても大丈夫なように、ハリーはちゃんと差出人をぼかした。

 

 

「 実は僕、二通目を送っていたんだ 」

 

「 へえ! 」

 

「 ハーマイオニーが、そうしろって言った。最近の僕に起きたことは、今日の新聞みたいに、いずれ広まることだから。彼女は、『自分で先に知らせたほうがいい』って… 」

 

「 流石だ。俺もその通りだと思う 」

 

「 僕は、()()()を心配させたくなかったんだけど 」

 

 

肩を擦り合わせるかのような男の子たちを、ジニーは訝しまず眩しく思った。

彼らがローブを靡かせていったあとは、風が通ったと感じた。

 

打合せをしたわけではないけれども、ハリーとガラハッドのふたりは、自然と下の階へと向かって歩いた。階段を待ちながらハリーの囁き顔を見たとき、ガラハッドは、不意にひとつの直感に撃たれた。

「あ、こいつは、きっとまだロンと喧嘩したままだな」と…。

微細な表情とか息を継ぐ間隔とか、数え上げだしたらきりがないようなものが、今日のハリーはいつもとは違う。まあ、だから何だという話なので、ガラハッドはそれには気づかないフリをした。

いつもより明らかに人懐っこい様子で、ハリーは嬉しそうにポケットをまさぐった。「大好き、シリウスおじさん!」と、その顔には書いてあるようだった。

 

 

「 字でわかる。()()()()()()なんだけど、()なんだよ 」

 

 

ハリーは、近くに誰もいなくなったことを確認して、シリウスからの手紙をガラハッドに握らせた。平然としていたほうが逆に怪しくない気がして、ガラハッドは歩きながらすぐさまそれを広げた。荒々しい走り書きを想像していたのに、上品な文字が目に飛び込んできた。

ガラハッドは目を丸くした。

 

 

 

ハリー

 

誰かが、何かを仕掛けようとしている。ゴブレットに君の名前を入れるなんて、非常に危険なことだったはずだ。特にダンブルドアの目が光っているところでは。

ハリー、重々用心しなさい。手紙では、言いたいことを何もかも言うわけにはいかない。フクロウが、途中で誰かに掴まることも有り得る。君が自分一人でもちゃんとやっていけることは、わたしが一番よく知っている。しかし、わたしたちは直接会って話すべきなので―――ガラハッドの力を借りてほしい。彼は以前、何らかの方法でわたしの背後に突如現れた。わたしと出会うことについて、彼は誰よりも高い技術を持つわけだ。わたしは、既に帰国している。

usSAK. 0. you. GoodF. m. orIes. rendf. d. e Matthew16:18

 

ヒュー

追伸:手土産にベーコンが欲しい。

 

 

 

「 …マタイによる福音書? 」

 

 

暗号の締めくくり部分を読んで、ガラハッドはポカンとして呟いた。

マタイによる福音書、16章18節といったら―――ジェームズ王訳聖書では穏やかな言葉となっているが―――シリウス・ブラックがギリシャ語版をもとに簒奪するとしたら、こうなるのではなかろうか?

 

 

わたしは呪う…ピーター!

わたしは、この岩の上で神の子たちと集おう

冥府の門もこれに勝つことはできない

 

 

魔術師シリウス・ブラックは、杖なしでも強力な男であるのだ。ガラハッドはガツンとそれを思い知らされて、ぱちぱちと瞬きを重ねた。まるで大航海に乗り出すかのように、ハリーは嬉々として“動く階段”に乗って言った。

 

 

「 ご指名だもの。君は、最後の一文を読めるんだろう? 」

 

 

ガラハッドはNOというタイミングを逃した。

彼はシリウスからの手紙を畳んだ。

ハリーはすっかり盛り上がって言った。

 

 

「 どう読むんだい?僕にも教えてよ。ねえ君!君なら、鏡でひとっ飛びだろう!?今から、彼に会いに行こう!ベーコンを持って、行こう 」

 

 

ガラハッドは低い声で眉根を寄せて言った。

 

 

「 待て、待て、無茶言うな。岩山の上だろ?向こうさん、鏡のある場所にいるとは思えないし…どこの岩山の上だよ?ベーコンというのは、食べ物のベーコンのことじゃないと思う。勿論、ベーコンは素晴らしい保存食だけども―――読み方の見当がつくことと、今すぐ読めることは別だ。最後の行の読み方は、調べないとわからない。時間をくれ 」

 

「 どういうこと?長く話すなよ、説明は短く!それは、君じゃないと調べられないことなのか 」

 

「 いいや?図書室で、ヒュー・ブラックによるシェイクスピア=フランシス・ベーコン説が解説されている本を探すといい。著者は、非魔法族の神学者だ。魔法史じゃなくて、マグル文化のほうの棚にあるはずだ 」

 

「 ふぅん… 」

 

 

ハリーはガラハッドから手紙を取り返してニヤッとした。彼は、たったいま役に立つ情報を得た以上に、とても良いことを聞いた気がした。

ハリーは、写真で知っている学生時代のシリウスが、図書室で自分と同じ苗字のマグルが書いた本をみつけて、かっこよく本棚に指をさしこむ姿を想像した―――その本は是非自分がみつけだしたいものだ。丁寧にポケットへ手紙を仕舞いこんで、ハリーは声を落として言った。

 

 

「 わかった。僕が、彼の居場所の暗号を解く。君は、こっそり遠くへ行く手立てを考えてくれよ 」

 

「 ああ 」

 

 

ガラハッドは暗い返事をした。

彼は、シリウスの冷静で美しい筆致を見たことで、背筋にどろどろと不安が溶け落ちてきて、深く反省させられていたのだった。

 

嗚呼自分は、なんて考えが足りなかったんだろうな…?

 

たしかに、なんだかいつものことすぎて、漫然と受け流してしまっていたけれど、異様に高度なイタズラによって、ハリー・ポッターが年不相応に代表選手の一人となったことは、おかしい。彼は、彼にとっては高度すぎる試練によって、命を落としてしまうかもしれない。それが、“生き残った男の子”の命を狙う者の狙いかもしれない。「そんなこと仕掛けるやつ、今時いるわけない」とは、ガラハッドは笑う気になれなかった。なんせ、この自分を“例のあの人の落胤”だと信じて、第二の闇の帝王を気取ることを求める者だって、おそろしいことに現にいるのだ。巷には、わけのわからない連中がうじゃうじゃいるんだと、ガラハッドは近頃身につまされている…。

 

苦々しい気分を顔に出すガラハッドに、ハリーは少し勘違いをした。

ハリーは、動く階段から勢いよく飛び降りて、とても真剣な表情で言った。

 

 

「 ガラハッド、僕ら一刻も早く行かなくちゃいけない。僕、()()()に帰ってきてほしくはなかった 」

 

 

「危険だ」と、ハリーは声を出さずに口の動きだけで言った。ガラハッドは、首を竦めるようにして小さく頷いた。そうしながらガラハッドは思った―――我々は、ながれでこうして一階まで来てしまったけれども、四階まで戻って図書室に行くべきじゃないのか?

 

しかしハリーは歩き続けたので、ガラハッドはそれについていった。

ハリーは、すぐさまきびきびとこの進路をとる目的を話した。

 

 

「 僕は、僕の出来ることを全部やる。食べ物のほうのベーコンだって、あったほうがいいさ。あの人は、きっと飢えているだろうから 」

 

「 ハリー、あまり目立つようなことはしないほうがいい。厨房に行くんだな?そんなことをしたら、屋敷しもべ妖精たちだって、あとから彼と俺たちの関係に気づくぞ―――もしもあの人が捕まって、そのときに、我々が厨房に貰いにいったものが発見されたら…。お互い、夕食の時間を待って、何か保存のききそうな食べ物を、食ったふりしてくすねることにしよう 」

 

 

ハリーは面食らって足を止めた。

隻眼の魔女像の近くで、ハリーとガラハッドはしばらく奇妙に見据えあうことになった。

 

兄じみたガラハッドの眼差しを受けて、ハリーは、自身の考え足らずぶりを自覚した。

そうか、僕は、どうにかシリウスを助けたい気持ちで、「もしもシリウスが捕まってしまったら」の心配ばかりしていたけれど、もしも、もしもシリウスのせいでこちらまで捕まることになったら…シリウスは、とても深く悲しむに違いないな…―――とハリーは思った。

 

ハリー・ポッターは成長している。

彼は、今のガラハッドの忠告に深く頷いた。

 

しかし、ハリー・ポッターはハリー・ポッターであるので、だからといって「ガラハッドの言う通りにしよう」とは、微塵も思わなかった。ハリーはしんみりとして言った。

 

 

「 そのとき、ドビーは黙っているだろうね 」

 

 

ガラハッドは小首を傾げて、「よくわからない」と示した。

ハリーはしんみりと語り続けた。

 

 

「 ガラハッド、君は来なくていい。この先は、僕ひとりで行くことにする―――もしも、あの人が捕まってしまって、誰かが彼を支援していたんだって、保存食から足がついても…ドビーならば、僕のことを庇うはずだ。僕、他の屋敷しもべ妖精には会わないようにする… 」

 

「 どうやってだよ 」

 

「 やりようはあるんだ。いいかい?君はホグワーツを出る方法探しに専念して 」

 

「 お前、言ってることわかってんのか?そりゃあ、あの人の安否にかえられるものなんて、お前には、特に、ないだろうけど。それってさ… 」

 

 

ガラハッドは尻すぼみになった。

そういえば、ホグワーツで働きながら靴下を集めているというドビーへの、“洋服刑”にあたる処置って何になるんだろう?ガラハッドは、ドビーの立場を慮りつつ、ハリーと喧嘩にならない言葉を選んでいるうちに、言いたいことを言う機会をなくしてしまった。

 

運悪く、鉄の軋む音が聞こえた。

 

ハリーとガラハッドは、ふたり同時に「「げっ」」と顔を歪めて、三叉路のうち地下教室へと続くほうを見やった。今のは、魔法薬学教室の錆まみれの扉が、セブルス・スネイプによって開けられた音に違いない!いまに目に入るだけでムカつく野郎が、そこの陰から理不尽な理由で減点しにやってくるぞ!

 

クソッタレな展開を避けて、ふたりは打ち合わせなしに即解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな気分になるのは、近頃寒くて暗い日が増えたからだと良いのに。明るい陽射しを浴びたら、モヤモヤなんて霧散すればいいのに。

 

 

ガラハッドは、医務室には用がないものの、ハリーと同じ進路をとることを避けて、ひとまずクィディッチ競技場に近い半屋外廊下へと出た。“忍びの地図”を取り出して使うまでもなく、彼らは見事にスネイプとの遭遇を回避した。

 

 

「 あら!オリバンダーではございませんの! 」

 

 

ガラハッドはしばらく一人になりたかった。背後から知らない声で明るく呼びとめられたとき、ガラハッドは、正直げんなりしてしまった―――今は、愛想よく「わあ知っていてくださるんですね~」とか言って、握手して支持者を増やせる気分ではないのに。

 

けれども無視を決め込むわけにはいかないから、ガラハッドは立ち止って振り向いて、黄金の西陽に向けて目を細めた。ちょうど今医務室から出てきた人物のシルエットは、ボーバトンの女子制服姿だった。英語で声をかけられた筈なので、これは意外なことであった。

 

 

「 ―――…? 」

 

「 ごきげんよう、わたくしはメディシス家のベアトリーチェ!トスカーナの森を所有する者ですわ。お父様伝手にご存知でしょう?あなた、いま少々お時間よろしくって? 」

 

 

ガラハッドはポカンとして、しばし明るさに目が慣れてくるのを待った。

わお、マジか、こんな時こんな場所でいきなり出会うなんてな…―――ベアトリーチェ・メディシス、彼女は“二人目の婚約者候補”である。

 

まあでも、婚約者候補がどうのとか、ぐちゃぐちゃ考えていたのは昨日までのことだ。なんだか申し訳ない気分で、ガラハッドは礼儀までに彼女に会釈をした。

 

フラー・デラクールこそ運命の女性だと、今のガラハッドは信じて疑わないのだった。

 

ガラハッドは、こちらのベアトリーチェ嬢は、シザーリオと違ってちゃんと女子制服を着た女子であり、結構きれいな子だけれども、どこをとってもフラー・デラクールには劣っていると感じた。

よく言えば、とても冷静に対処できたということである。

例えば、あまりに完璧すぎる睫毛の上向き方を見て―――なんか、人工的な感じがするし…きっとこの子、化粧を落としたら別人なんだろうなあ、とか―――ああ、でも、たわわでいらっしゃっていいですねとか―――そんな余計なことを考える余裕まであった。

手際よくローブを捌いて、ガラハッドはにこやかに言った。

 

 

「 はじめまして、ベアトリーチェ嬢。お気遣いありがとうございます。時間のほう、大丈夫ですよ 」

 

「 あなた、今何を考えていらしたの? 」

 

「 お洒落な方だなあと、思っていました 」

 

 

ガラハッドは軽く咳払いをして、相手をじっくり観察するのをやめた。

巧みに置き換えた言い回しで、ガラハッドは「おたく、高いブランドの靴と鞄持ってるなあ!?」という驚きを表現した。しかし言いたいことは、十分伝わったみたいである。イタリア人らしい鼻をつきあげて、ベアトリーチェは髪をかきあげた。

 

 

「 オリバンダー、あなたはこだわりませんのね?このベアトリーチェ・メディシス、“本物の仕事”しか身につけないことにしていますわ 」

 

「 へえ、そう。凄いね、センスいい 」

 

 

ガラハッドは最新の習得技を使った。

 

っすがー!

らなかったー!

ごーい!

ンスいいー!

うなんだー!

ずばり、お世辞というやつである。

 

実際のところガラハッドは、「黙れよ金持ち」とばかり思っていた。こちとらおたくの商品と違って、万年「おひとつ7ガリオン」の薄利杖職人だよ。

ベアトリーチェは「ふーん」と高い声で言って、顎を高くあげて目を細めた。値踏みするような目つきをして、ベアトリーチェはしばらく黙っていた。しかしガラハッドが口を利こうとすると、彼女は先手をとるようにきっぱりと言った。

 

 

「 あまり時間はとらせませんわ。ついていらして。グレゴロビッチ氏は大広間におられます 」

 

「 我々を揃えて、何をなさるつもりで? 」

 

「 なにもその場で杖をつくってみせよとは申しませんわ 」

 

 

ベアトリーチェはつかつかと歩いていった。

彼女は、髪の一部を編んで後頭部で留めており、淡く光る髪留めを使っていた。珍しい髪飾りを警戒して、ガラハッドは好青年の顔を崩さないで彼女を追った。

 

まるきり背中を見せられているけれども、“総合医療商社メディチ”といえば、ムーディーが使っている義眼や義手の会社である。

 

ベアトリーチェ・メディシスは、突然「全部見えていましてよ!」と叫んで、勢いよく振り向いてきそうな雰囲気を持っていた。女子にしては歩くのが早くて、留学生にしては道順に迷いがなかった。

 

 

 

 

食事時以外であっても、近頃は大広間が開放されている。船内は狭いらしいダームストラング生たちが、だだっ広い駄弁り場として使っているのだ。

 

驚いたことに、ガラハッドがベアトリーチェと一緒に大広間に入ると、マイキュー・グレゴロビッチは自分から席を立って、同輩たちの輪の中を抜けて近づいてきた。彼は、訛りの強い英語を話して、ガラハッドへと朴訥な挨拶をした。ガラハッドは、こんなに心からの握手を求めて手を差し出したのは、出馬表明以来初めてだと言っていい。ずっと話しかけにくかったマイキューと誼を結ぶことができて、とても嬉しく思った。

ガラハッドははにかみながら彼に質問した。

 

 

「 ミスター、何とお呼びすればいいですか? 」

 

 

だってグレゴロビッチ一門は、目の前の彼もその父もその父も“マイキュー・グレゴロビッチ”なんだもの。きっと質問され慣れていると思うのだが、マイキュー十四世は恥ずかしそうに答えた。

 

 

「 いづかは、マイスターど呼び合いましょう。それまでは…ミカど呼んでください。ヴぉくはミカ、父はミック。祖父だけが、マイキュー 」

 

「 なるほど。マイキューの名の重み、ひしひしと… 」

 

「 ねえ、そろそろよろしいかしら? 」

 

「 …伝わってきます 」

 

 

ガラハッドは、ひとまずベアトリーチェを無視して、“マイキュー十四世”改め、“髭面のミカ”に対して最後まで言った。ミカは恐縮して首を竦めて、分厚い手で自身のいがぐり頭を撫でまわした。

唯我独尊の態度で、ベアトリーチェはガラハッドのほうに向けて言った。

 

 

「 あなた、“計算試合”をご存知? 」

 

 

カシャッと涼やかな音を立てて、ベアトリーチェは制服ケープの内側からそろばんを取り出した。そんなところからいきなりそれが出てきて、ガラハッドは大変びっくりした。同時に、新しい事実を発見した。

 

 

( うわぁコイツの爪、すっげぇな…!? )

 

 

猛禽類ですか?ごてごてバキバキ、ちょっと飾り立てすぎではありませんか?

 

ストーンネイルの妙というものが、ガラハッドにはわからないのであった。「こういう女って家事をしない」と思いながら、ガラハッドはなりゆきで説明を受けた。いやにちゃきちゃきした手回しの良さで、ベアトリーチェは威風堂々と話した。

 

 

「 “計算試合”は、フィレンツェに伝わる伝統のスポーツですの。それぞれが好きな方法を使って計算をして、先に答えを出したほうが勝ちですわ。簡単なゲームではなくってよ。商人にとっては、これは実利を伴う決闘です。古くから伝わる、公正なる婿選びのための競技ですわ。あなたたち、わたくしとの結婚を賭けて勝負をしなさい!もしも間違えた答えを言ったら、その時点で失格ですわよ。もしもふたりが同時に正解を叫んだら、そのまま第二問に移りましょう。勝敗が決まるまで続けますわよ 」

 

 

ガラハッドは素っ頓狂な声をあげた。

 

 

「 はあ?本当にそんな伝統があるのか? 」

 

「 東方(レヴァント)貿易をご存知ない?勘定もできない者が、男として甲斐性があるわけないでしょう。あなた、一応は学年一位なんじゃございませんの? 」

 

「 この茶番、ミカは同意しているのか? 」

 

 

ガラハッドはイラっとしてマイキューのほうを見やった。「君も、変なのに絡まれてお気の毒にな」と告げようと思ったら、それは大きなお世話だったみたいである。いやに気合の入った髭面に深く頷かれて、ガラハッドは絶句してしまった。

 

 

( え…!? )

 

 

マイキューは、とてもマトモな同業者だと思ったのに、このイカレたゲームへのエントリー者であったらしい。彼はこちらと勝負するために、珍しく大広間に滞在していたのだ。フィレンツェ流“男の甲斐性”とやらについて、彼は既に知っていた様子だった。

 

 

( あれ?もしかして俺って、思いっきり当て馬にされてる…? )

 

 

ガラハッドは聞いていて確信した―――マイキューのほうに話しかけるときのベアトリーチェの声は、自分に対してよりも優しいではないか!

流石に驚愕よりもムッとするほうが勝って、ガラハッドは「ハァァ?」と顔を歪めた。

 

 

「 こんな馬鹿ゲーム、付き合ってられるかよ 」

 

「 棄権なさるの?構いませんけれど 」

 

 

ベアトリーチェは小ざっぱりと言った。

ガラハッドの思いは揺らいだ。

 

 

( くっそー…とっととサヨナラしたいけど、ダシに使われたままというのは癪だな!? )

 

 

突然、イライラは蒸発して消えていった。

 

 

 

美しい白銀の光が、ベアトリーチェ・メディシスの斜め後ろから差しこんできた。

天使が地上に舞い降りて、幸福をバラ撒きはじめた。

 

フリーダムな友人の婿選びを見物しに、フラー・デラクールはクスクスと笑いながらやってきた。熱っぽい声をあげて、ガラハッドはフラーの名前を呼んだ。彼女が「ハーイ」と軽く手を挙げて応えるだけで、ガラハッドは大満足して笑み崩れた。

 

 

「 さあ、始めますわよ! 」

 

 

ベアトリーチェは、腰に手を当てて偉そうに言った。

そんな奴のことなんかどうでもいいけど、ガラハッドは、フラーにいいところを見せたくなった。

 

 

「 俺、俺、珠算四段なんだ! 」

 

 

訊かれていないことをガラハッドは叫んだ。

わけのわからないことを言い出したガラハッドを、周囲の面々は怪訝顔で見た。

無茶苦茶格好つけた態度で、ガラハッドは髭面のミカへと言った。

 

 

「 やあ、やあ、悪く思うなよ。どんな問題が出ても、ボコボコにしてやろう!それとも、降りるか?君が降りるなら、僕はそこの彼女とやる! 」

 

「 …君は、なぜヴぉくにそう言いますか 」

 

「 君は良い設計者だって知ってる。しかし、問われるのは速度だ。面子を潰したくはないね! 」

 

 

変に親切ぶって煽られて、マイキューはムッとしてガラハッドを睨んだ。とうにそっぽを向いていたガラハッドは、それにはまったく気づかなかったが。

ガラハッドは、フラーの目ばかりを気にして、ベアトリーチェの呆れ顔にも気づかなかった。「そこの彼女」と呼ばれたことで、ベアトリーチェも良い気分ではなかった。

 

 

「 わたくしが参加したら、出題者不在になるじゃありませんの。正解だってわからなくなりますわ。あなた、考えておられて? 」

 

 

ベアトリーチェは婉曲的に「馬鹿なの?」と言った。

マイキューは男らしく唸った。

 

 

「 ヴぉく、きみとしょうヴする! 」

 

 

マイキューはガラハッドに指をつきつけて言った。

ぱっとベアトリーチェは笑顔になった。

 

 

「 素敵!それでこそわたくしのお婿ですわ! 」

 

 

奇妙な騒ぎを聞きつけて、ハリーは大広間の出入口にひょこっと顔をつっこんだ。ハリーは、騒ぎの中心にガラハッドがいるのを見つけて、「案の定だ」と思って中に入った。彼には、鏡の術による長距離移動の準備(って、何が必要なのかわからないけど)を頼んだのに、こんなところで何をやっているんだか…。

 

ハリーは、そっと小さな溜め息をついて、大広間の内部を壁沿いに移動した。ハリーは、ガラハッドのことがよく見えるように、こっそりとすぐ近くまで行った。そしてそのまま、透明マントから爪先がはみ出さないようにして、壁に凭れるようにしてしゃがみこんだ。彼は膝の上に新聞でくるんだチキンを置いて、その上に図書室からとってきた本を乗せた。

 

一方そのときガラハッドとマイキューは、ベアトリーチェから必要なものの配付を受けていた。彼らは、日頃レイブンクロー生たちが食事をしているテーブルに、真っ白な計算用紙と羽根ペン、インク壺、そしてツゲの樹で出来たそろばんを並べた。

 

筆算暗算そろばん―――どんな計算方法もアリなのが、この“計算試合”である。余談だがフィレンツェの“計算試合”最強格の男は、今でいう五次元方程式を解いたことで知られている。

崇高なる取り組みではないか?人類は、「モテたい」「カネほしい」の思いに突き動かされて、認識世界を五次元まで拡張した歴史を持つのだ。

 

ガラハッドはチラチラとフラーに視線を送りながら、矢鱈と何回もそろばんの珠をととのえた。「願いまして~は、モテたい!」の心理だった。彼は、昨日図書室でされたみたいに、フラーにもう一度笑顔で褒められたくて仕方なかった。

「絶対に勝つぞ」と意気込んで、ガラハッドは基本の指の動きを復習した。

その時点で、ベアトリーチェは「あら」と声を出すのをこらえて、この企てに満足し始めていた。マイキューは隣を見て、猛烈に旗色の悪さを感じたが、今さらどうすることもできなかった。彼は、力を込めすぎて軸を折ってしまわないように、慎重な手つきで羽根ペンを持った。

 

経理をひとり雇うようなつもりで、ベアトリーチェ・メディシスは問題を出した。

たった一問によって、ふたりの杖職人の試合は終わった。

 

懸命に筆算をしていたマイキューは、途中でペンを止めて熊のように呻いた。「こんなの楽勝ですが?」という顔つきで、ガラハッドが高慢に答えを言ったからだった。

 

 

「 正解ですわ!大当たり! 」

 

 

ベアトリーチェは目を真ん丸にして、フラーへと振り返ってそう言った。あまりにベアトリーチェが現金に喜ぶので、フラーは大笑いしてベアトリーチェを指さした。

ベアトリーチェは恥らって、自分を揶揄ってくる指を叩き落とした。彼女は、再び二人の杖職人たちのほうへと向き直ったとき、“経営者の顔つき”をつくって武装していた。

 

 

「 よろしいわ。このベアトリーチェ・メディシス、勝者ガラハッド・オリバンダーを選びます!―――悪く思わないでミケ。これからもお友達でいましょう―――いいこと、オリバンダー?あなたは、今後はわたくしのお婿として… 」

 

「 黙れ性格ブス 」

 

 

カシャッと冷たい音が鳴った。借りたそろばんを突き返しがてら、ガラハッドは正面切ってベアトリーチェのことを罵った。蒼白な顔色になっていたマイキューは、これでますます傷ついたような目をした。

手紙の解読に耽っていたハリーは、ハッと顔を上げて現在の状況を探った。

 

 

「 ハァ? 」

 

 

ベアトリーチェ・メディシスはドスの利いた声で言った。

ハリーは、「なんて凄い女子生徒なんだ」と、完全に外野ながらドキドキし始めた。あの高飛車お嬢様は、凄いぞ、ガラハッドと互角に睨み合っている―――喧嘩するときのガラハッドの眼光ときたら、大の魔法官僚でもビビってキチガイになっちゃうくらいなのにさ!

そして始まった罵り合いは、まるでマシンガンの撃ちあいのようだった。

先にお嬢様のほうが撃った。ハリーは、口笛を吹きたい心地でそれを聞いた。

 

 

「 なんですって?よく聞こえませんでしたので、もう一度言ってくださいませんこと?もう一度言えるものならね? 」

 

「 何度だって言ってやろう。性格ブス、次はすっぴんで来い。何様の態度で人を試して、良い奴の心を踏みにじるな。お前が揺さぶりをかけたから、ミカは無謀なのに俺に挑んだんじゃないか。それをそうやって捨てるんだな?俺は警告はした 」

 

「 あなたこそ人を試しましたわ。最古の純血でいらっしゃるからって、お作法を選別の道具に使って!特別な仕草というものは、本来相手を尊重するためにございますのよ。大体、このことにしたって根性が曲がっていてやり口がせこいですわ。最初から婚約の意思はなかったくせに、わたくしの手法に物言うために勝ちましたのね? 」

 

「 ただ言うだけじゃ『逃げた』って言っただろ? 」

 

「 小さい男。黙っていられませんのね 」

 

「 言われたくなかったからって吼えるなよ 」

 

「 とにかく、他人様全般に対して配慮が足りないのは、特にあなたのほうですわ 」

 

「 出た。話題のすり替え! 」

 

「 すり替えなんかじゃありませんわ! 」

 

 

目糞鼻糞である。

ハリーは、なんだかこの二人って、うまくいけばお似合いのような気がした。ロンとハーマイオニーのような調子で、ぽんぽんぽんぽんと彼らは会話を続けるのだ。けれどあの二人とこの二人の違うところは、“それなりの辞め時”がどこまでも見えないところだ。地球が百回まわっても、目の前の二人は言い合いを続けそうだった。

 

フラーが間に入って、ガラハッドとベアトリーチェの喧嘩をとめようとした。

“誘惑”によってフラーは、ガラハッドの舌鋒を無力化しようとした。

 

 

「 ギャラード、あなーた、とても、すごかったでーす。わたーし、もっと、見たーいくらーいでーす。わたーし、勃起(ERECTION)、見て助けまーす。うぉ、応援?しまーす 」

 

「 見てくれるの!?えっ、いや、ここじゃ流石に!に? 」

 

 

フラーは選挙(ELECTION)と言ったつもりだった。

ガラハッドは頭がくらくらして、強く血液のめぐりを感じた。「ああっ、コレ、強力な催眠魔法だ!?」と、気がついたけれども、どうしようもない。どうしようもなく馬鹿なことが、頭から離れなくて仕方なくて、鳥肌が立つような感覚が走り、口の中がカラカラに干上がってしまった。

ガラハッドは、まだ計算用紙を置いたままのテーブルに手をついて、前のめりに立って俯いた。彼は完全に沈黙した―――ゆったりとしたローブを着ていなかったら、彼は社会的に死んでいたところだった。

くねくねと髪をかきあげながら、フラーは次のように続けた。

 

 

「 でも、わたーし、友達、大事でーす。あなーた、彼女に、あやまーてくーださーい 」

 

「 ―――…ええっ? 」

 

「 あなーた、彼女に、あやまーてくーださーい 」

 

「 そんな…! 」

 

 

ガラハッドは苦悶に呻いた。

「嫌だ嫌だ、絶対謝りたくない!」という気持ちと、フラーに嫌われたくない気持ちと…―――利益も何にも考えないで、ガラハッド・オリバンダーは感情だけで葛藤した。生憎、彼は「モテたい」の一心で特技を披露したような男なので、十分悩まないうちに口走った。とても情けない声で、彼は弱々しく呻いた。

 

 

「 ごめん… 」

 

 

意図せず、「吐息7割、声3割」である。

ガラハッドが口惜しさに震えていると、ベアトリーチェ・メディシスの声が上から降ってきた。

 

 

「 …フンッ、わかればいいんですのよ。今回だけは、許して差し上げます… 」

 

 

ベアトリーチェは自身の二の腕を抱えてぼやいた。

 

 

「 ぁあ゛!? 」

 

 

ガラハッドは鋭く顔を上げた。

「黙れ、お前に言ったわけじゃないですけどぉ!?」と、ガラハッドは思ったけども主張できなかった。目が合うと、フラーはベアトリーチェの鞄を持って腕を抱いており、その微笑みはどこか威嚇的なものだった。

ベアトリーチェは、フラーにならばされるがままになるらしかった。ぶすくれだった顔つきをして、彼女は決してこっちを見なかった。

姉のような優しい声で、フラーは「馬車へ帰りましょう」とベアトリーチェに囁きかけた。くっついて大広間を出て行った二人を見送って、ガラハッドは公然と歯軋りをした。

 

 

「 ―――チッ!くそ!! 」

 

 

女子生徒たちのああいうところを、ガラハッドはかねてから「ムカつく」と思っている。

 

出たよ!ほら、自分だって散々やってきたくせに、負けそうになった途端に、友達に泣きついて助けてもらうんだよな?女子同士(あいつら)の連帯って、まるで安全保障同盟だ。

 

良い機会なのでここで紹介すると―――セドリック・ディゴリーは、もうひとつ大きな勘違いをしている。

ガラハッド・オリバンダーが、陰でぐちぐち言うことを好まないのは、彼の性格が良いからではない。彼は、「そうすることは負けた証で、ダサい振舞いだ」と心底信じているからだ。他人の事どもに関して言えば、彼は単純に興味がない。マイキュー・グレゴロビッチがいつ去っていったか、まったく気づかないでこうしているほどに。

 

うっかり人前で勃起してしまったんだぞ?

これ以上にダサいことなんて、あるかよ。

 

ダサさの自己判定基準、爆下がり。ガラハッドはやけくそ起こして計算用紙を掴んだ。ぐしゃぐしゃに紙を丸めながら、彼は虚空に向けて叫んだ。

 

 

「 あンっ…の、クソ女!!! 」

 

 

その後「全部見てたよ」とハリーに言われたとき、ガラハッドは九官鳥のような声を出して悶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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