ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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シリウス・ブラックの帰還

 

 

 

恥の多い人生である。

ガラハッド・オリバンダーは、跡形もなく消え入りたい心地だった。両手で顔を覆って、「穴があったら入りたい」と、彼はうわごとのように小さく呟いた。気忙しく周囲をうかがいながら、ハリー・ポッターはきっぱりと言った。

 

 

「 入るべき穴は、決まっている 」

 

 

ハリーはガラハッドを引っ張って三叉路を目指した。ハリーは透明マントで新聞紙入りチキンと本を包んで、それを左脇の下に挟んで隠すと、右手で思いっきりガラハッドの襟を掴んだ。驢馬のようにガラハッドは引きずられた。

 

 

読者諸賢におかれましては、暗号解読など造作もないことであろう。あるいは、神秘的な予見の力の前には、暗号など取るに足らない技術であろう。

 

 

しかしハリー・ポッターは“占い学”が苦手なので、ここまでに泥臭く地道な努力をしていた。

ハリーは、図書室でこれという本を見つけてそれを開くと、端から端までパラパラとめくった。すると、ぎっしりと文字で埋まったページたちのなかから『シェイクスピアの墓碑銘』という図表が目に飛び込んできたのである。ハリーは舞い上がって、手続きなしでその本を図書室外に持ち出してきた。透明マントによって、ハリーはマダム・ピンスの目をかいくぐった。

 

Good Frend…から、シェイクスピアの墓碑銘は始まっている。

 

気がつくとハリーは城内を走っており、ガラハッドと別れた地点まで戻ってきていた。図表に添えられた置換表によると、GoodFS と読むべきものだった。

usSAKH

0.mなどの文字は、墓碑にも置換表にもない。

それらは、そのまま読むことにして、youはご指名を受けた彼のイニシャルだとすると…

 

 

岩山の上でつどおう(Matthew16:18) H.o.G.S.m.E.A.d.e 

 

 

なんて近い場所にいるんだろう、あの人は!?

 

ハリーは、このことを早くガラハッドに教えたくて仕方なくて、カンカンと音が鳴るほどの力をこめて杖で隻眼の魔女像を叩き、台座が動いてぽっかりと穴が開くと、力任せにガラハッドをそこへぶちこんだ。

精々ひとつ前転する程度で、ガラハッドは穴の底に打ちつけられた。

秘密の部屋に行くための穴に比べると、これはあまりにも底が浅い穴だった。

ハリーは自分も穴に飛び込んだ。

柔道場で仰臥する心地で、ガラハッドは閉じていく出入口をぼうっと見上げた。穴の外のほうが明るいので、それは欠けていく月みたいに見えた。

 

ハリーは、ガラハッドへと言葉のシャワーを浴びせかけた。ハリーは最速で必要なことを言うと、「さっさと起きろよ」と木偶の坊を叱咤した。ガラハッドは、「こいつ、フツーにトライウィザードを戦い抜くのでは?」という気がしてきて、ひととき自己嫌悪の海から浮上して言った。

 

 

「 ハリー、お前はなんて凄いんだ… 」

 

 

よっこいせと起き上がって、ガラハッドはハリーによたよたとついていった。杖明かりを頼りに暗いトンネルを歩いている間に、ガラハッドはますます冷静に戻っていった。

 

 

 

 

―――…。

 

 

 

ホグスミード(H.o.G.S.m.E.A.d.e)へと向かう道すがら、ガラハッド・オリバンダーは賢者タイムを迎えた。

出すもん出したわけではないけれど、見えるのは土の床と壁ばかりであるから…―――それと、男の尻と。特に狭いところを抜けるとき、ハリーは身体をくの字に折り曲げて進んだ。

 

淡々と足を前に運びながら、ガラハッドは幾度となく深い溜め息をついた。自分は、結局のところ性欲に振り回されているだけだ。そのことを自覚すると、ごたくはいいので今すぐ死にたくなった。

 

いけませんか?僕は、女子とみれば全員とどうこうなりたいわけじゃないけれど、別に一際美貌が冴えているわけじゃなくったって、性格が素敵ならば、そのうち…という可能性は残しておきたい!「それって、もともと異性の友人が少ないからなんじゃないの」と言われたらその通りだし、目に軽蔑の色を浮かべて、女の子にそんなことを言われたら立ち直れないけど…。

 

自分という存在は、(グレイス)の細胞が増殖して形成されているっていうのに、どうして、こうもどうしようもなく男なのだろうか?

どのみち男である以前に、人間だ。

断じて、ケダモノとされるような存在ではない。

さっきの一件、女友達には絶対知られたくない!

チョウ・チャンのニコニコ顔を思い浮かべて、ガラハッドは苦しい息をあげた。

 

男女の友情って、成立すると思ってるんだけどなあ!?

でも、お互いをよく知る関係だからこそ、「あなたは恋愛対象じゃないよ」という態度をとられたら傷つくし、「君は恋愛対象じゃない」という態度をとることは失礼だと思う。

「互いに無礼のないように」って大事じゃない?

いいやでも、この態度はとてつもなく傲慢で悪いかもしれない!

いくら親しく接してくれていても、否、取り繕わずに接してくれているからこそ、この自分から恋愛への発展可能性のある目を向けられることを、耐え難く感じる女子もいるだろうし…!!!

 

…それはわきまえているのに、それが誰なのかがわからない。何であれ、「相手の心がわかった気がする」は錯覚で、確証なんて得ようがない。求めるほどに手酷く踊らされて、惨めになって疲れてしまう。

 

 

( ―――…いっそ、誰とも心通わせる夢を捨てたらいいんだな )

 

 

はい、そうです。

結論、それなんですよ。

ちょっと近頃の自分は、清い出家の身であることを忘れていました。自分は、「そんなのは前世のことだ」なんて思わずに、粛々と仏法を修めていくべきだったんだ。

 

血も涙もない結論に至る頃、ガラハッドはホグスミードへと到着した。

 

 

ハニーデュークスの地下倉庫に着いて、うまく屋外にまで抜け出して店の裏側にまで回り込んだとき、ガラハッドはすっきりさっぱりした顔つきになって、荒涼とした冬の山々を目に映した。さながら、夏安居(げあんご)の瞑想を終えた苦行者であった。開敷蓮華(かいふれんげ)の境地であった。

ハリーはチラッとその横顔を見て、「もう話のできる状態かな」と思った。

 

 

「 君、いま何を考えてる? 」

 

 

ハリーは店のおもてのほうを覗いて、人影を見てすぐに首をひっこめた。

ガラハッドは歯切れよく答えた。

 

 

「 うん、十代男子として生きるのって、しんどいなあって! 僕はもう、早くおっさんになりたい気持ちだ。常に落ち着いて物事を捉えたいんだ 」

 

「 これからどうしようかっていう話だよ 」

 

 

言いながらもハリーは笑ってしまった。

我々にとって目下問題なのは、日没まであと一時間もないということだった。十一月の空は憎いほどどんよりしており、今にも埃のような雪を落としてきそうだった。

 

 

「 どうやって彼を探そう? 」

 

 

ハリーは不安になってきていた。

 

 

「 大丈夫だ。しっかし、寒いな 」

 

 

ガラハッドは震えながらぼやいた。

ハリーはもう一度ストリートのほうを窺った。

 

 

「 とにかく、動き出そう。今がチャンスだ…突っ立っていると寒い 」

 

「 この脳筋が。荷物貸せよ。それ、食糧か?匂いするやつ?―――おっ、いいな。いいか今から、俺は雑食のトンビだ。お前は、トンビに弁当をとられて追いかける人。目標、あの低木が茂ってるとこ。坂をのぼりきったあとは、ハイストリートから見えなくなるはず 」

 

「 どっちが脳筋?僕、そんなにマヌケじゃない 」

 

「 へそ曲げんなよ。間違いなく、俺よりはマヌケじゃないんだから 」

 

 

ガラハッドは回すようにローブを翻した。

ハリーは「あっ」と叫んだ。

鷲に変身したガラハッドは、本当に攫うようにチキンをひとつ掴み取っていった。

ハリーは、飛んでいくガラハッドを見上げて追いかけて走り出しながら、ばたばたと学生ローブを脱いで丸めて掴んだ。全速力を出そうと思ったら、こんなものを纏っているなんて愚かだ。白い息を吐き散らして、ハリーは郊外への小道を駆け上った。

 

 

ガラハッドが岩山の近くまで行くと、鴉たちがギャアギャアと騒ぎ立てた。彼らはねぐらを守ろうとして、低く飛ぶガラハッドをひどく警戒した。

ぴんと耳を立てて起き上がって、シリウス・ブラックは出迎えのために走った。彼は狭い岩の裂け目から飛び出して、四つ足で斜面を駆け上がった。

頂上付近でガラハッドとシリウスが出会った頃、ハリーはその山のふもとで、村の中心部からは自分が見えないことを確かめながら、柵のうえに手をかけて身体を休めた。ガラハッドとシリウスと鴉たちは、傍目にはトンビと野良犬と鴉の群れが、生ごみを賭けて争っているようにしか見えなかった。

しかしハリーにとっては、その汚い光景は感動的なものだった。

胸をいっぱいにしながら、ハリーは周囲を窺い、高い柵をくぐってローブを着て透明マントを被った。そして一歩一歩踏みしめて、上を見つめながら岩山を登った。

 

 

「 やあ、シリウスおじさん…! 」

 

 

黒い犬が振り向き、ぶんぶんと尻尾を振った。

彼は戦利品のチキンを咥えていた。

彼がするりと姿を消した地点まで、ハリーは二本足で懸命にのぼることになった。ガラハッドは、先にシリウスに導かれて隠れ家へと入って、彼とほぼ同時に人間に戻った。懐かしいヒッポグリフがいるのを見て、ガラハッドはそっと刺激しないように距離をとった。シリウスは鶏のモモ肉を食いちぎって咀嚼した。

 

 

「 うまい 」

 

 

シリウスはしわがれた声で呟いた。

極限のひもじさというものを、ガラハッドは久々に思い出した。

 

 

「 うまい。うまいなあ!―――ハハハ、やはりネズミとは違うよ 」

 

「 …ハリーがまだいくつか持っています 」

 

「 おっと、お前にもやらないとな 」

 

 

シリウスは犬のように軟骨を齧るのをやめた。彼はバックビークにそれを与えた。

ガラハッドはそれきり黙っていた。外にいると物足りないような空でも、洞窟の中では間違いなく光だった。ガラハッドは、ハリーが来るのを期待してパッと出入り口を見たときに、不意に、ガマに潜むしかなかった最期を思い出した。そして、「俺はこういうことを出来ただろうか?」と思った。バックビークはバリバリという音をたてて、機嫌良く分け前を齧っているのだ。以前よりもさらに痩せた姿のシリウスは、おとなしく次のチキンを待っており、こちらに微笑みを浮かべていた。

 

ガラハッドはシリウスに微笑み返した。そういう気分ではないが、すっかり習慣になっていた。

 

一方、胴をねじこんで洞窟に入ってきたハリーは、シリウスが微笑んでもニコリともしなかった。「会えて嬉しい」くらい言えばいいのに、ハリーの第一声はよりによってこれだった。

 

 

「 シリウスおじさん、どうしてこんなところにいるの? 」

 

「 お前が心配だからに決まっているのでは? 」

 

 

ガラハッドは真顔ですみやかに指摘した。そこは「僕のために危険を冒してくれてありがとう。ごめんよ」みたいなことを言えよ、クソガキ。

シリウスはチキンを食べながら答えた。

 

 

「 後見人としての役目を果たしに来た。わたしのことは、心配しなくていい。見ての通りだ、愛すべき野良犬ぶりだろう? 」

 

 

ハリーはなおも笑わなかった。

シリウスはおどけるのをやめて、心配そうなハリーに真摯に語りかけた。

 

 

「 わたしは現場にいたいのだ。ハリー、君のほうこそ、よく此処に来てくれた。ガラハッド、礼を言おう。よくぞわたしを見つけた 」

 

「 あれを解いたのはハリーですよ 」

 

 

ガラハッドは親指でハリーを示した。

シリウスは目に驚嘆の色を浮かべて、改めてまじまじとハリーを見た。

ハリーは、初めて微笑んで照れくさそうにした。

ハリーが年相応に振舞うと、シリウスもどんどん若返っていくようだった。

 

 

「 なんと、ハリー… 」

 

 

シリウスは小さく首を左右に振った。

 

 

「 …こんなことは、ジェームズだって四年生ではやれなかっただろうよ! 」

 

 

ぶるっと、ハリーは身震いしてますますはにかんだ。

ハリーは、本当は何も言わないつもりだったけれども、なんだか突然限界が来た。どう考えたって、自分よりも、シリウスのほうが過酷な生活をしているのに決まっているのに―――堰を切った言葉は止まらない―――少し俯いてハリーは喋った。

 

自分は、自分の意思でゴブレットに名前を入れたのではないと言っても、ほとんど誰にも信じてもらえないこと。一時期、自分を中傷するバッヂが流行ったこと。リータ・スキーターという記者に、日刊予言者新聞で嘘八百を書きたてられたこと。廊下では早歩きをしないと、必ず誰かが揶揄ってくること。そして、ロンのこと…ロンが、自分のことを信用してくれなくて、こちらに嫉妬してくること。代表選手の課題への不安――――無限に聞いてほしいことが溢れてくる。

 

ガラハッドは、努めて無反応にそれを聞き流した。

シリウスは、とても深い憂いに満ちた目でハリーを見つめた。ガラハッドには察しのつかないことであるが、シリウスは、ハリーの話を聞きながら、彼がまだ白い毛布に包まれていた頃を思い出していたのだった。

シリウスは穏やかな声で言った。

 

 

「 ハリー、わたしは、いま誓い直そう―――わたしは、君が生まれたとき、将来の君が、こっそりと両親には言えないようなことだって言ってくれるような、愉快なおじさんになりたいと願ったものだ。わたしが、こうしてジェームズとリリーの知らないところで君から聞くのは、ハリー…例えば『好きな女の子がいる』とか、『バイクに興味がある』みたいなことだった筈だ。この世に、“例のあの人”と死喰い人たちさえいなければね… 」

 

 

落ち窪んだ瞳が光った。

恨み骨髄に徹するほど、表面のしぐさは渇くものだ。

シリウスはちらりと岩の裂け目から空を見て、「急ごう」という手の動きをした。

 

 

「 君たちに警告しておきたいことがある 」

 

「 何なの? 」

 

 

ハリーは、「これ以上悪い現実なんてある?」という態度である。

ガラハッドは、「これこそシリウスがわざわざ帰国した理由だな」と察しながら、早く自分のほうの用件を言いたい気持ちだった。日没が近づいていた。

ぼやくハリーを遮って、シリウスは低い声で言った。

 

 

「 カルカロフだ 」

 

「 カルカロフ?カルカロフって、あのダームストラング校長の? 」

 

「 そうだ。気をつけろ、あいつは死喰い人だった。あいつは逮捕歴がある!アズカバンで一緒だった。しかし、あいつは釈放された 」

 

 

ガラハッドは鷲のように首を傾けた。そいつは、よく飲み込めない情報だ。

 

 

「 収監後も、裁判があった? 」

 

 

あんたには無かったのに?と言いたいところだった。

すぐさまシリウスは低く吐き捨てた。

 

 

「 奴は、魔法省と取引をしたんだ。奴は自分が過ちを犯したことを認めると言った 」

 

「 そういう取引って、鉄格子越しにフランクに行われるものなんです? 」

 

「 そうさ。奴はフランク(古フランス語)を話せないことだろうが―――やったことはまさに蛮族(フランク)さ。わたしは、全部聞いていた 」

 

 

ラテン語の達者さを窺わせるわりに、シリウス・ブラックは口が悪い。

 

 

「 奴は、他の連中の名前を吐いた。自分の代わりに、多くの者をアズカバンに入れて―――のうのうと本国へとお帰りになった。ハリー、カルカロフ本人だけじゃない。ダームストラングの代表選手にも、気をつけなさい。そいつはカルカロフによって、闇の魔術を教えられているはずだから 」

 

 

ハリーは難しい顔をした。

ハリーが考え込んでいる間に、ガラハッドはついにこれを言った。

 

 

「 ブラックさん、僕からも報告がある 」

 

 

ガラハッドはハリーにも聞いていて欲しかった。

 

 

「 僕の親のことだ。僕に父親は無い。生物学上、存在しない。クローン技術ってやつ、知ってる?僕は、アラベール・ノアイユによって、グレイス・オリバンダーの心臓をもとに創造された。彼女は、死ぬ前にヴォルデモート卿にレイプされた。そのことを知っている人間は、アラベール以外は、死喰い人たちだけである筈で――― 」

 

 

ハリーとシリウスの反応を無視して、ガラハッドは一息に言った。

 

 

「 ―――僕とアラベールは、アズカバンに入らずにほっつき歩いている『僕のことをヴォルデモートの息子だと思っている人間』を探している。今の話によれば、カルカロフは『それ』である可能性が高いわけだな? 」

 

「「 ―――…ッ 」」

 

 

外の鴉の声が気になったくらい、ハリーとシリウスは長いこと静止していた。

その間バックビークだけが、かすかに足踏みをして、オレンジの眼をギョロギョロさせていた。

やがて、ハリーがとても遠慮がちな声色で言った。

 

 

「 …じゃ、僕たち、共同戦線だ 」

 

 

ハリーはそれしか言えなかった。ガラハッドの口調はあまりに実務的で、心情がまったく読み取れなかった。

ハリーは早口で続けた。

 

 

「 シリウスおじさんが言うには…カルカロフが、僕の名前をゴブレットに入れた可能性が高くて…彼は、ああ見えて僕を殺そうとしているかもしれなくて…ガラハッド、君も、彼に恨みがあるかもしれない? 」

 

「 『貸しがある』ってやつだ。恨みとはまた違う。僕には、奴の鈎鼻を地面にめりこませる権利が、ある可能性がある。あくまで、可能性の話だが 」

 

「 今年ホグワーツにムーディーがいることは幸いだ… 」

 

 

シリウスは岩がこすれるような声で言ったが、相変わらず顔を見せなかった。彼は、さっきから痩せて骨の張った手で眼窩ごと額を包み込んで、もじゃもじゃの髪を重く垂れ下げていた。荒んだ逃亡生活によって、俯くと自然にそうなるようだった。

 

 

「 …今年カルカロフが英国入りするのに備えて、ダンブルドアが、そう計らったのだろう。ムーディーは、魔法省始まって以来の優秀な闇祓いだった。きっと、耄碌なんかしていないさ。彼が、カルカロフをアズカバンにぶちこんだ本人だ。わたしは、かなう限り日刊予言者新聞を読んでいるよ。野良犬のふりをして、落ちているのを拾って―――ムーディーは、ホグワーツに来る前日に何者かに襲撃されたそうだな?彼がそう主張するなら、そうなんだろうよ。世の中、このとおり正気の人間に冷たすぎる。今年ホグワーツには、『ムーディーがいると仕事がやりにくくなる奴』がいるのだ。彼は、危うくホグワーツ行きを阻止されるところだった 」

 

「 はあ…そういう読み解き方も、あるんでしょうか。事件報道の記者は、誰だったかな。しまった、今日の新聞を持ってくればよかった 」

 

 

ガラハッドは制服のポケットをまさぐった。

ハリーは、空の色を見て今何時かと訊いた。

ガラハッドは短く答えた。

 

 

「 焦るなハリー、俺たちにはこいつがある。久々にマートルのトイレを使おう 」

 

 

ガラハッドは手鏡を一枚取り出した。

シリウスは顔を上げて髪を払った。

ハリーは期待を込めて手鏡を指さした。

 

 

「 僕もそれで帰れる? 」

 

「 任せろ。だからあと30分は大丈夫だ―――ブラックさん、こちらの鏡を、鏡面の印を消さないようにして、持っていてください。目印がないと流石にキツい…でも、だんだん離れても見つけられるように、頑張りますから… 」

 

「 驚いたな。なるほど、うん、こういう魔法だったのか。()()()鏡のようなのに、大したものだ。わたしのほうからも、これで、君たちに何かを届ける方法はあるのか? 」

 

「 難しいと思います 」

 

 

ガラハッドは率直に言った。決して自慢などではなくて、そう簡単に“鏡の術”を使いこなされてしまったら、ずっと研究している自分の立場がないと思った。

シリウスは唇をひしゃげさせた。

 

 

「 女神アテナに母は無い 」 

 

 

突然、シリウスはきっぱりと言った。

 

 

」 い無は父にい遣杖ブーリオ 「 

 

「 ―――…ええ、そうですね 」

 

 

ガラハッドは否定しないようにして頷いた。それは、確かにそうなのだけれども、その手の祈祷では鏡の中の世界に入れないのだ。

「それに…」とガラハッドは言いたいのをこらえた。

それに、その場合はアーテナーと自身のどちらかのほうの「無い」」る在「と定義しなくては、二者はコインの両面のようにならないではないか。“太古の祖女神”を母と仰ぐなり、“現代の錬金術師”を父と仰ぐなり。このように魔法技術上の改良案はすぐに思いつくというのに、ブラックさん、少し詰めが甘くありませんか???

 

ガラハッドは咳払いをした。ここで“面倒くさいブンクロ”になってしまわないように、ガラハッドは手で口と顎を抑えた。

シリウスは、爪の黒くなった手で手鏡を何度か傾けて反射させていたが、やがて小さく肩を竦めて、「諦めた」と伝える仕草をした。

ハリーが微笑みながら言った。

 

 

「 ガラハッド、僕も部屋に鏡を持ってる。これからは持ち歩くから、まめにシリウスおじさんのところに来ようよ。おじさん、僕、次はパンを持ってきます 」

 

「 そいつは有難くってならないよ。ハリー、君の両親の墓は、ゴドリックの谷にある。いつか一緒に行きたいものだ 」

 

「 そうだったんだ!?僕、そこに行きたいな… 」

 

「 しかしグレイスには墓がなさそうだな? 」

 

「 墓か…遺影みたいなものなら、家の中にありますけどねえ 」

 

「 『走っている汽車のなかで生まれたから、ふるさとはないの』と笑う人だった。重い石の下敷きなるなんて、彼女は好まないだろう。こんな形となっているのは、ふさわしいことだと思う… 」

 

 

シリウスは続けて何かを言いかけたが、不思議な顔つきをしてやめた。

ガラハッドは、確証なんて何もなかったが、アラベールのぬかりなさを考えて、あらぬ方向を見て漫然と頷いた。

 

そうだな、この自分のもとになった細胞を、ほんのひとつまみ摘出したあとの、遺体ののこりの部分は―――自分がアラベールだったら、決して足がつかないように―――けれども自分たちにとっては、決して遠くの存在にならないように―――土に混ざるように細かく分解して、深い森の奥へと埋めるだろう。非魔法族はもちろん、並の魔法使いだって、通常近づけないようなところに…ちょうど、“禁じられた森”の奥のような、優しい樹々たちのもとに少しずつ託すだろう。

 

ガラハッドはふと夏を思い出して言った。

 

 

「 闇の印が打ちあがった場所を、ハリー、覚えてるか?ブラックさん、あそこは… 」

 

「 クィディッチワールドカップの決勝戦会場だね。もちろん、それも新聞で読んだとも。ハリーが手紙を送ってくれたし―――あのときは、わたしはアフリカにいたもので―――すぐに十分なことができなかったが、これからは違う。近頃、どうもおかしなことが続いている。わたしは、国内で情報収集に努めるぞ。君たち、一人の魔法省職員が行方不明だという記事を見たかね? 」

 

「 バーサ・ジョーキンズ? 」

 

 

ハリーは間髪入れずに当てた。

ガラハッドは「バ、なんとか」としか思い出せなかったので、その後の相槌役をハリーに譲った。

 

シリウスは、冤罪でこんな境遇であるのだもの…「仕方ない。当然だ」とは重々理解しつつ、シリウスの話に耳を傾けながら、ガラハッドは「この人、がっつり陰謀論者だなあ」と感じた。

シリウスは、彼一流の独特な新聞の読み方と自身の学生時代のこと(それって、二十年くらい前ですよね?)を結びつけて、バーサ・ジョーキンズはヴォルデモート卿と接触した可能性があると主張した。だからヴォルデモート卿は、開催前から三大魔法学校対抗試合のことを知っていたのだと。あの利己的なカルカロフが動くからには、既にヴォルデモート卿は力を取り戻しているのだと。

 

突飛な主張であるが、シリウスはあまりにも真剣だった。

ガラハッドは、シリウスの見解を肯定もできず否定もできず、俯いて頭を掻きつづけた。できるだけ、彼の味方でいてやりたいけれども―――そんな、伝達の過程で避けがたく歪んでいる情報をかき集めて、断片を好きに繋いで語るなんて行為は、“推理”じゃない。

 

“魔術”だ。初めに呪い墜としたい星があって、地からそれを指さす時におこなう行為だ。

 

 

「 時間だ。そろそろ帰ろう 」

 

 

ガラハッドはハリーをシリウスから引き離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕飯の時間の直後に、ハリー・ポッターはレイブンクロー生たちの群れに割り込んだ。「わあ、代表選手だ!」とテリー・ブートたちに冷やかされるのなんて、今のハリーにはなんでもないことだった。

 

ハリーは、布鞄いっぱいにパンとローストビーフ、魔女カボチャジュースの瓶を詰め込んでいた。そんなものをガラハッド卿に差し出すなんて、彼は周囲から良い笑い者になった。

 

 

「 ハリー、あなた、それは駄目よ 」

 

 

ハーマイオニーは、ハリーに追いつくと腕をおろさせた。

 

 

「 わかるわよ?でも、これは駄目よ!立候補者が私的な献金を受けるなんて、あってはならないの 」

 

「 ハーマイオニー、これはおカネじゃないよ 」

 

「 だとしても贈賄なの!ハリー、戻りましょう… 」

 

「 気持ちだけ受け取っておく 」

 

 

ガラハッドはきっぱりと言った。ガラハッドは、ハリーから事情を聞いて知っていそうなハーマイオニーに、「有難う」という目線を送った。彼女にあとを任せて、ガラハッドはいつになくハリーにニッコリとした。天井アーチに響くような声で、ガラハッドは陽気に手を振って言った。

 

 

「 ハリー、君からの応援は嬉しい!ちょうど夜食が欲しかったところ。僕の鞄も、ぱんぱんだ。僕が夜な夜な何をしているか、みなさん、明日にはお披露目できることでしょう!暖かくして、おやすみなさい! 」

 

 

ガラハッドは西塔へと戻った。

 

夕方みっともなくボーバトン女子と大喧嘩した(と、ライアンニュースは伝える!)件で、ガラハッドはお仲間にこってりと絞られていた。ブルーマフィアの面々は、ガラハッドが次の恥さらし行為に走ることを警戒して、容疑者を護送するように城内を移動していた。

しかし一般生徒の目からすると、それは、決して情けない姿ではなかった。

彼らは、陣形を組むようにして移動する―――ガラハッド・オリバンダーは、その中心かつ先頭で、斜め背後から何かを囁かれては、峻厳な顔つきで小さく頷いて歩く。ひどく怜悧な男かと思いきや、目が合えばパッと朗らかな笑顔を浮かべる。温度差にくらくらさせられる、目の離せなくなる引力の持ち主だ。

 

ベアトリーチェ・メディシスは、ガラハッド一派には近づかないようにしながら、コソコソと陰で主張を続けていた。

 

 

「 ああいう男って、危険だと思いますの 」

 

 

その晩もボーバトンの馬車内は盛り上がった。

 

 

「 やぁだ。そこが好いんじゃない! 」

 

「 あんなのボーバトンにはいないよね 」

 

「 嵌っちゃダメ!わかってるの。でも嵌るの、わたし 」

 

「 わかる。あなたは、貢いじゃう 」

 

 

女の子たちは笑い転げ合った。

ベアトリーチェは呆れ顔で叫んだ。

 

 

「 あのクズのどこがいいんですの!? 」

 

「 あなた、あなたが調子を狂わされるような相手、わたし初めて見たわ。あなたもう嵌ってるのよ! 」

 

「 そんなわけありませんでしょう!? 」

 

 

フラーは、気楽な彼女たちが羨ましくなった。あなたたちは、精々宿題と恋愛のことしか考えなくていいでしょうねと。ベアトリーチェは、そんな能天気な人種ではないのだから、毎晩、もっと早く寝室に帰ってくるべきだと思った。昼間助けてあげたのは自分なのに、よそで楽しそうな輪をつくっているなんて、自分への裏切りだと感じた。

 

高慢な態度で、フラーは談話室を横切って歩いた。

天使が通り過ぎた。

そうよわたし天使だから、髪をかきあげるとみんな黙るのよね。

マダム・マクシームから与えられた部屋で、フラーは決闘の練習に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩は、昼間同様、ほとんど切れ目なく重い雲が空を覆いつづけた。シリウスは、犬になってバックビークと寄り添い、洞窟の奥で寒さに耐えた。わずかに月光が差すたびに、シリウスは期待してピンと耳を立てた。出入口に置いた鏡の反射によって、洞窟内は幽かに昨夜までよりも明るかった。

 

あるとき、月は全貌を見せた。

洞窟内は明るくなった。

白く照った岩壁に、ゆらりと大きな影が差した。

 

眠る子の枕元にそっと現れることに関して、ガラハッド・オリバンダーはサンタクロースよりも巧くやるだろう。シリウスは千切れんばかりに尻尾を振り、ガラハッドの近くに駆け寄って人間の姿に戻った。

ガラハッドは帰りのことを考えて、秋によく決闘の練習用に使っていたシンプルな燭台を持ってきた。案の定月が翳ったので、ガラハッドはしゃがみこんで、岩のでっぱりに凭れかけるように置いてある鏡を見た。そして、ちょうどいい位置へと燭台を置いた。シリウスは「有難う」と言って、ガラハッドが明かりを灯す横でパンにむしゃぶりついた。

 

 

「 それ、ハリーがとってきたんです 」

 

 

ガラハッドは嘘を吐いた。じっと炎だけを見ていれば、いくらでも本音は隠せた。

シリウスはとても嬉しかったが、同時にひどく情けなくなった。パンを吞み込んでシリウスは呻いた。

 

 

「 君、わたしは狂っているか? 」

 

 

既にビーフを鷲掴みしている自分に、シリウスは気づいてしまった。

ガラハッドは静かに答えた。

 

 

「 いいえ。狂っている人間は、人に『有難う』なんて言いません 」

 

「 そうだろうか 」

 

「 そうですよ。あんた、ルーピン先生と似たようなことを言ってる 」

 

 

ガラハッドは敢えてぞんざいに言った。

背後から苦笑が聞こえてきた。

 

 

「 なるほど、俺はあいつに追いついたわけか。運命にも言わなくっちゃな―――有難う! 」

 

 

シリウスはジュースをぐびりとやった。

ガラハッドは笑いを溢しつつ、避けがたく昔を思い出していた。

 

文化の違いってやつだと信じるけど…多分、普段からあまり言わなかったなあ。きっと「有難う」と言うべき人が、前世の自分には多くいた筈なのに。今では誰のこともよく思い出せないで、手を振ってへらへらと歩いている。時に思い出すことは自身のつらさばかりで、いつまでも俺は卑しいことだ。

 

ガラハッド・オリバンダーは煩悶する。

せっかく、アラベールに大層な名を贈られたんだもの―――願わくは“穢れなき騎士”でありたいのに、一体、俺は何をしているんだ?

 

シリウス・ブラックの人生は、もうやり直しようがないと思う。血まみれの重傷者を相手に、小さな絆創膏を贈るようなやつは、馬鹿である。「馬鹿でもいいだろ」という純情ぶりっこは、この場合逃げであると知っている。

 

凍てつく寒さのなかで、ガラハッドは蝋燭の火をみつめつづけた。

 

 

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