前夜、シリウスの潜む洞窟から帰ってきてからも、ガラハッドはすぐに眠りにつくことができなかった。さまざまなことを考えてしまって、ベッドに入っても目が硬かった。あれから、シリウスは本来のお喋り好き(?)な一面を見せて、ハリーの前ではしにくい話をしてくれた―――…。
蝋燭の火を見つめながら、シリウスは、「グレイスのことはとても残念だ」と言った。彼は、自身もまた“彼女が魂を殺された瞬間”の目撃者を許せないし、そいつらに報いを与えたいと言った。ガラハッドはその熱量を不思議に感じて、自分からシリウスに昔のことを訊ねた。そしてその返答に動揺させられた。
「 あんたは、グレイスと親しくなかったと思っていた。婚約者といっても冷めきった、むしろ憎み合うような関係なのかと…。家柄で決まったんでしょう? 」
シリウスのこたえはシンプルではなかった。
彼は、ゆっくりと長く話した。
「 もちろんそれで決められたが、それは、こちらが生まれてすぐの頃だ。わたしの父の目的は、言うまでもなかったが、わたし自身は、自分には従姉が四人いるものだと思って育った。
わたしは長男なので、何にでも大人しく従ったうちから、両親からは厳しく扱われた。だからわたしは、母親よりも、年上の従姉たちに親しみを覚えて育った―――…なかでも、グレイスのほうが昔から好きだったよ。
グレイスは、わたしがグリフィンドールに組み分けされてからも、他の家族と違って、わたしを見切らずに婚約者として手を尽くしてくれた―――父から庇ってくれたこともあったし―――どうも、わたしがグリフィンドールに選ばれたのは、自分のせいだと思い込んでいるところがあった。きっと、弟を心配するようなものだったし、大抵の場合逆効果だったが―――彼女は、わたしがグリフィンドール生たちに惨めな目に遭わされていないか、驚くような手段で突然見に来ることがあった。
どれだけ、揶揄われる原因になったと思う?
ジェームズは、そういうのを見逃さない奴だったよ。
わたしは、自力でグリフィンドール寮でうまくやっていた。わたしは、ジェームズたちと過ごすのが好きだったし―――言っては悪いが、彼女はとてもしつこかった。彼女は、卒業後もわたしの様子を見に来た。ある時わたしは恥ずかしくて、彼女にひどいことを言った。そういうことは、何度かあったなあ…。
どのみち、夏になればゆっくり話せるんだ。そのときに謝ればいいんだと、愚かだったわたしは思い込んでいて、過ちを繰り返した。ある夏、『仕事が忙しいから会わない』と手紙を寄越された。とってつけた理由だと思った。
わたしは、それならば家に用はないと思った。わたしは家出をして、ジェームズの家に身を寄せた。それからも、グレイスと会う機会はあったが―――離れて顔を見る程度で―――アズカバンでは、深く後悔して、店を訪ねて彼女に謝りにいくことを考えていた。
ガラハッド、あそこでは、とにかく幸福を思い出さないといけないんだ。そして思い浮かべた幸福について、『もう二度と戻らない』と思ってはいけない。
その点、ジェームズたちのことは、思い浮かべるのには適さなかったのさ。グレイスもまた亡くなっていると知っていたら、俺は、今頃ここにいなかっただろうな… 」
ガラハッドは、目を閉じて眠ろうとしながら想像した―――昔のシリウスとグレイスのことを。
どこか、郊外のマナーハウスで?
ロンドンのどこかにあった、ブラック家の御屋敷で?
かつてのフローリアンと自分みたいに、夏が来るたびに、幼かった頃の彼らは遊んだ。そして、「ホグワーツはどうだった?」と訊ねる六つ下の子に、グレイスは嘘とも本当ともつかない冒険の話をした―――フローリアンもこちらにそうした。それに「いいなあ」とか「嘘だあ!」とか言うのを、幼い日のシリウスも楽しんだというのか…。
美しい絵面だ。神話の世界みたいだ。
誰も写真なんか遺していなくて、あまりにも「今、ここ」と違う。
その晩ガラハッドは夢を見た。
夢の中の自分は、自宅の店頭で在庫点検に勤しんでいて、カランとドアベルが鳴るのに合わせて、磨いていた杖を紙箱に仕舞った。夢の中のシリウス・ブラックは、非常に清潔で肉づきや血色が良く、髪はサラサラで表情はヤンチャ。若くて、一挙手一投足に自信がある様子だった。彼は、うちの商品棚に肘をついた。とても自然な振舞いだった。普通は身長か手足の長さが足りなくて、そんな横暴はできないのであるが…。
『 お客さん、困りますよ 』
ガラハッドはそれを窘めた。
シリウスは全然悪びれずに言った。
『 椅子がないもんでね 』
『 困った子。もしも賢い犬だったなら、暖炉の前の特等席をあげるのに 』
『 それじゃ留守番させる気だろう? 』
『 だって、営業中だもの 』
ここらへんで違和感に気づいた。
“自分”は、どんな姿かたちで笑っているのだろう―――?
シリウスの輪郭は、急に曖昧になった。彼の表情はわからなかった。
ガラハッドは急いで鏡を見ようとして、ハッとして夢から醒めた。
時計を見ると、まだ四時を少しまわったあたりだった。
ひどく浅い眠りの見せた夢だ。
( 12時間後には開票が進んでいる… )
ガラハッドは、そのあとも眠れなかった。
長かった480時間が、もうすぐ終わろうとしていた。
寝不足で演説台の上に立つなんて、あってはいけないことだと思うのに、願い通りに眠ることができなくて、ガラハッドはせめて目を閉じて横たわり続けた。うつぶせになって力を抜いていると、心音がドクドクとうるさかった―――この心臓は誰のものなんだろう?
翌日の午前中、ガラハッドはピリピリしながら自室で食事を摂り、他人との接触を避けた。「最後のお願いです」とかなんとか、どこかで羽ばたく吼えメールが言っているけども、自分はもう、やるべきことを尽くしたと思った。
正午まであと30分を切ったとき、レイブンクロー寮の談話室は大きくどよめいた。さも当然のような顔つきをして、赤毛の二人組が入り口をくぐってきたのだ。セドリックは、控えめな態度で双子よりも後に入ったが、寮生たちは彼を見て歓声を爆発させた。
自室までその歓声が響いていて、ガラハッドは「いよいよだ」と腹を括った。ガラハッドは、これまで使わないでおいたネクタイを締めた。事情を報せてマダム・マルキンにスーツをオーダーしたとき、彼女は特急料金のぶんだけオマケをつけてくれたのだった。「マダムに良い報告をしなくては」と、ガラハッドは静かに気合を入れた。そうして談話室の見えるところまで出て行くと、大きな地球儀のところでは、チョウがニコニコして両手で手を振っていた。
「 みんな先に行って!会場でも、今みたいに出迎えてね。いつも有難う!声援って、凄く元気が出るのよ! 」
ルーナが、小さなレイブンクロー旗を振り回しながら、謎の歌を口ずさみつつ寮を出て行った。
ロジャーは下級生たちを誘導していた。
マリエッタとマーカスのふたりは、先に会場入りするのだと聞いている。昨年ペネロピーがやってのけたように、彼らは巧くやることだろう。選挙要項の「立会演説会」の欄に、「聴衆にサクラを仕込むな」というルールはない…。
ガラハッドは、脳内ですべてを確認しながら歩いて、正午ちょうどの会場入りを目指した。その真剣な面差しや佇まいに、セドリックは痺れるような心地がした。「あまり緊張するな」とか「ドーンとやれ」とか、歩きながら飛び跳ねる双子たちのように、セドリックはガラハッドに話しかけられなかった。固唾をのんでガラハッドの横顔を見守るうちに、セドリックは彼と別れる地点を迎えてしまった。
「 マズいな。あいつ、ガチガチじゃねえか 」
微塵も振り向かずに無言で去っていったガラハッドを見送り、ロジャーは、ムカつきよりも不安を覚えた。一行は玄関ホールで足を止めて、ガラハッドが大広間の入り口を素通りして、サッと奥にある小部屋へと入っていくのを見た。
チョウは、「どうしよう」と小声でぼやいた。フレッドとジョージはお祈りのポーズをして、「「手は尽くしましたが…」」と癒者のように言った。セドリックは、みんなは何が不安なのかわからなくて、困惑して同行者たちの顔を見回した。
「 みんな落ち着いて。彼は絶対に勝つよ 」
セドリックは、緊張しているのは支援者たちのほうだと思った。
「 つまり、僕たち勝利するよ 」
みんなを勇気づけようとして、セドリックは明るく言った。
さてその頃、ガラハッドは小部屋のドアを後ろ手に閉めつつ、強く気を張って身を固くしていた。珍しいものが置いてあるわけではないけれど、小部屋のなかの光景は強烈で、ついつい身構えさせられてしまった。
まず、ドラコ・マルフォイとハーマイオニー・グレンジャーが、「こうして横並びに立つのは屈辱だ」という顔つきで、互いに嫌そうに肩を並べていた。ガラハッドが入室した途端に、彼らはサッと左右に飛びのいて、シンメトリーの動きで「どうぞどうぞ」と中央を示した。
ふたりは、マクゴナガル先生から「詰めなさい!」と叱られた。マクゴナガル先生は指でハーマイオニーの右側を示して、「オリバンダーは此処にいらっしゃい」と言った―――その場所がまた刺激的だった。
「 いいえ。彼は中央に立つべきだ 」
ドラコが堂々と口答えをした。
「 先輩、どうぞ、こちらへ 」
「 届け出順です!マルフォイ、そこまで遠ざかる必要はありません。グレンジャー、中心にお立ちなさい。中心に。できますね? 等ッ間ッ隔ッ! 」
マクゴナガル先生はぷりぷりと四年生たちを叱った。
投票箱の向こうでは、三人の教師がそれぞれ圧迫的な座り方をしていた。巨大でびかびか光っているマクシームに、義眼のギョロギョロが怖いムーディー、そして、すべてがヤギのようなカルカロフだ。彼らは、「なんとレベルの低い候補者たちだろう!」と、三者三様に視線で語っているように見えた。ドラコがマクシーム側で、ガラハッドはカルカロフのすぐ近くに立たされた―――彼にこんなに近づいたのは初めてだ。
なんとも落ち着かない光景だ。今、目の前には、「かつて捕まえた人と捕まえられた人」が並んでいるのか?
昨日のあの話は、本当なのか?
ガラハッドは軽い会釈を通して、彼らのことを堂々と観察してみた。
本日のイゴール・カルカロフはヤギ髭を指に巻きつけることなく、行儀良く、いささか顔色の悪い様子だった。マッドアイ・ムーディーは、傷を歪めてフッと笑った。
彼らは友好関係にあるように見えなかったが、そもそも誰に対しても尊大な男たちだ。ふむ…とガラハッドは考え込んだ。
はて、これらの反応、どう解釈するのが正解?
ガラハッドは考え事に忙しくて、マダム・マクシームの微笑みに気づかなかったし、マクゴナガル先生の説明を聞き流してしまった。ガラハッドは、アラベールとこの頃話をしていなかったことを悔やんだ。つまらない意地を張らずに、なんでも知恵を借りにいくべきだと思った。
( 大会関係者の逮捕歴の有無ぐらい、アラベールはわかっているはずだ。けれどあいつは多分、カルカロフがクロだと掴んでいない。だから『炙り出せ』と言った―――死喰い人のうち、全員がグレイスの死に加担したわけじゃないってことか?なぜ、そうだとわかっているんだ?“例の件について知らない死喰い人”を、アラベールは知っているのか…? )
ガラハッドは、話を聞いていなかったけれども前の二人に合わせて、所定の儀式をそれなりにやった。
ドラコ、ハーマイオニー、ガラハッドの三人は、投票箱の中が空であることをたしかめて、それぞれ自分の一票を入れた。全員、自分に入れている筈であったが、一人だけ違うことをしたのかもしれない―――彼女が記載台にいるときから、ムーディーの目はギョロギョロとハーマイオニーを追った。
マクゴナガル先生に導かれて、ドラコは入ってきたのとは別の扉から出た。ガラハッドにかすかな微笑みをおくって、ハーマイオニーはドラコの後を追った。最後の演説者として舞台袖に並びながら、ガラハッドは自分の世界に没頭していた。まもなくドラコが登壇して、歓迎の拍手が響き演説が始まったが、ガラハッドは全然…少しも…まったく、これっぽちも聞いていなかった。
( どうすれば、シロクロはっきりつけられる?カルカロフは、来年には英国にいないぞ。たしかめるチャンスは今年しかない―――けど、ふたりきりの状況をつくるのは危険だ。直接の目撃者ではなくても、『ルシウス・マルフォイからそう聞いていて、信じている』というパターンもあるよな?いや待て、これって、最悪の場合は―――… )
ドラコは、同じ話を二回ずつした。彼は高貴な発音の英語と、フランス語とを流暢に操った。ハーマイオニーはプレッシャーを感じた。
彼女は、何度も髪を耳にひっかけた。
ハーマイオニーだって、今回の選挙は英語だけで良いと思ったわけではない。彼女は、手始めにまずダームストラングの校内言語を調べて学習しようとして、あまりに数が多かったので、軽く絶望した過去を持っている。そして彼女は、次のように考えた―――有権者の母語で話しかけることは、とっても効果的な作戦!けれど一部の言語だけ選んで行使するのでは、選ばれなかったほうの言語の話者に「このメッセージはあなた宛てではない」と発信することになるわ、と。
そこで彼女は、短期間で全部の言語を習得することを諦めて、主張の内容を充実させる方向に舵をきり、いま、語学を諦めたことを後悔していた。「もっと努力できたはずだわ」と、彼女は試験の直前のたびに憂うタイプである。彼女は、このあと自分がどんな言葉で野次られるかを想定して、反論を念じるほどに膝が笑った。
一方ガラハッドは、本当にドラコの話を聞いていなかった。
ガラハッドは、その後もまったく別のことを考え続けて、深刻な顔つきで腕組みをした。彼はハーマイオニーのことを目に映していたが、実際はまったく見ていなかった。彼は彼の世界にいた。
( …カルカロフは情報を売るのが得意なんだろ?しまった…昨日シリウスに、カルカロフは魔法省の誰と取引したのか聞いておくべきだった!今年、カルカロフにムーディーへ密告されたらどうしよう?『ガラハッド・オリバンダーは、“例のあの人”の息子だ』って―――既にそう吹聴されていない保証はないよな!?そうやって、カルカロフは自身の信用を買おうとするかもしれない…クラウチの耳にまで入ったら、良い攻撃理由にされて破滅だ!! )
ドラコの演説は終わった。彼は、「おたくは、それを言える立場なのか」という指摘を免れないという問題を除くと、本当に素晴らしいことを言ったし、立派な候補者として振舞った。
ハーマイオニーの番になった。
彼女は、ドラコに「おたくは、それを…」と思っている聴衆の代弁者となって暴れた。彼女は、壇上に立つと緊張を吹っ切ることが出来た。彼女は、はなから当選を狙っているわけではないから、直前の演説のおかしな点を皮肉りあげつらい、片っ端から論破してスリザリン陣営を発狂させた。
グリフィンドール生は大笑いした。ロンとアンジェリーナは、「行け!もっとやれ!」と拳を振って囃し立てた。ハーマイオニーはそれに体温を貰った気がして、壇上で頬を綻ばせた。
「よくやるなあ…」とマーカスは小声で漏らした。過ぎた痛快さを見て、今後が心配になったのである。「彼女、親が魔法界にいないからアレができるのよね」と、マリエッタも怖々と言った。意図せず意地悪な響きになった。
パンジー・パーキンソンがキーッと叫んだ。
それは、相当甲高くて大きな声であったが、ガラハッドはこれまた一切聞いていなかった。やりきった心地でハーマイオニーが退場したとき、彼はまだ考え事を続けていた。
( いいや、でも、俺がカルカロフだったら―――いくら今年ムーディーと顔を突き合わせるのがキツくても、俺のことをどう思っていたとしても、やっぱりタレ込まないでおくなあ。わざわざ、『貴様、やはり死喰い人の幹部だったか』と見なされる原因をつくる意味がない…で、結局俺はどうしたら… )
「 …バンダー、オリバンダー!出番ですよ! 」
( …どうしたら、あいつが『グレイスの死を見た死喰い人』かどうか、判断できる?さっさと解決したいんだよな―――別に、カルカロフに限らないけれども、誰かが、俺の顔立ちを見て、グレイスを…その強姦を思い出してるかも思うと、キモすぎる! )
「 オリバンダー!! 」
マクゴナガル先生は大声で叫んだ。
彼女は、舞台の
大広間は静かになっていた。焦ったような空気が流れていた。
「 …へ? 」
ガラハッドは、失態に気がついて血の気を失った。「えっ、もう!?」と目を丸くして口走ったものの、誰も近くにいないので、返事なんてなかった。
ガツンと、光が頭を殴ってきた。
ガラハッドは、ステージの中心で、ひときわ明るくまるく照らされている演説台を見た。理屈抜きで、
清潔な断頭台が用意されている。
ドクン、ドクン…と心臓が鳴っている。
こんなにゆっくりだなんて、絶対自分のものじゃないな?
ガラハッドは奇妙に冷静で、不思議に可笑しくなってしまった。パニックなのに、身体は動き出していた。マクゴナガル先生の輪郭が歪んだ。
振り向いたって、暗いだけだろう。
目覚める先なんてない。だってこれは 現実 だ。
実は深い森の奥底で、グレイスが見ている 夢 かもしれないけど…。
フレッドとジョージの声が聞こえてきた。
彼らは、膨れ上がる不穏な空気と戦うべく、明るく手を叩いて声を揃えていた。
「「 オリバンダー! オリバンダー! 」」
聴衆の緊張はほどけた。
なぁんだこうすれば良かったのか!―――その気分で手を叩いて大きな声を出し始めたとき、生徒たちは笑顔を溢していた。世界的杖メーカーの名前なのである。「オリバンダー」と発音できない者なんて、魔女と魔法使いの中にはいなかった。聖杯伝説の騎士の名前を知らない者だって、魔女と魔法使いの中にはいないことであろうが。
幕の内から駆け出して壇上に飛び乗ったとき、ガラハッド・オリバンダーは満面の笑顔だった。「よっ、ガラハッド卿~!」という掛け声と光とを一身に浴びたとき、彼は感謝でいっぱいだった。心底、感謝感謝であった。双子の機転と大勢の後押しがなければ、今のしくじりって、「マジで死」というやつだったと思いますのでね!
「 有難う、よんでくれて! 有難う、今日、ここに立たせてくれた皆さん! 有難う、こうしてお集まりくださった皆さん! 」
パシャパシャと凄い勢いで、記者たちがフラッシュを浴びせてきた。
おおっと、見せ場はこれからですよ、記者さん!
ガラハッドは大広間の一番後ろのほうを見て、ニヤッとして演説を始めた。
演説を始めたといっても、覚えている通りの挨拶をしただけである。ガラハッドは、話の“つかみ”だけで十言語以上やった。
これはテンポが命だった。
彼は「僕、このとおり天才なんです♪」みたいな態度で丸暗記した台詞を並べて、歓声が聞こえたほうに手を振った。計画通りうまくいった。演説は第一展開に入った。
俗に、“内容のある演説”というのは、聴衆の興味を惹きつけるものではない。されど、まったくの空っぽというわけにもいかない。
ガラハッドは、公約の内容とその実現方法について、極力平易に明るく説明をした。こんなものは、ちゃんとビラを読んでおいてくれれば説明するまでもないのだが、「事前に理解してきてください」と厳命できる立場ではないのだ。
流石に良い反応ばかりではなかった。
ムカつくけど、壇上から見てもクソ目立つ聴衆というのはいて、フラー・デラクールと肩を寄せ合って何か喋っている、ベアトリーチェ・メディシスがそれであった。彼女たちは、大公妃殿下の一団の斜め後ろにいて、大公妃を意識すると視界に飛び込んできた。
ガラハッドは弁舌に集中しようとした。
「 ボロネーゼにブイヤベース、毎日でも食べたいということは、毎日でも食べているというわけではないんです! 」
ベアトリーチェは「ハァ?」という顔つきをした。
真剣な表情をつくりながら、ガラハッドは多少緊張で舌が空回った。
「 約束は守るためにありますから、僕は、約束を守るために全力を尽くします! 」
「あの男、言っていることがおかしいですわ」と…―――まさかこの距離で聞こえるわけがないのだが、ガラハッドは確実に言われた気がした。“キリッとした馬鹿”に冷ややかな目を向けることに関して、ベアトリーチェは一流の腕前だった。
ガラハッドは大きく身振りを加えて、当たり前のことをより強く主張した。
「 今のままのメニューだと、今のままなんですよ! 」
演説の際の効果的な身振りを、ガラハッドはしっかりと習得してきた。
ほらな?注目はこの右手に集まっている!
手品に気がついている少数者は、勢いで捻じ伏せるまでだ。選挙とは多数決だ!
聴衆の集中力は、今が最高潮!
そうであると見込んで、ガラハッドはもう締めくくりまで飛ばすことにした。長くてダレるのに比べたら、短くて物足りないくらいのほうがずっといい。
ガラハッドは高い声で言った。
「 僕は夢想家だといわれる!だが、もしもこの夢想家がいなければ、昨年のクィディッチ寮杯は、つまらなかったと思わないか?―――僕は未来に期待する!かつて、このホグワーツは、対立と暴力に満ちていた。しかし、そのときに僕は、ホグワーツの復活を信じた。それは狂気だといわれた!回復を信じた僕を、復活を信じた僕を、人は『狂気だ』という意味を込めて、『スリザリンの継承者』と呼んだ―――身に覚えのある人はいるだろう? 」
くくくっと悪戯っぽく笑いながら、ガラハッドは大きく腕を伸ばした。じっくりと半円を描いて、彼は大広間中を指さした。多くの者が居竦んだ。真空のような静寂があった。
陰で囁かれると嫌な過去ほど、みずから公表してしまったほうがいい。
純血主義者も反純血主義者も、この言い回しならば都合良くついてくるだろう。
ホグワーツ特別功労賞受賞の実績を、いま利用しない手はない。
風船を針で突くように、ガラハッドはニコッと銀の眼差しを投げた。
「 つまり皆さん、投資するなら、この僕っていうことですよ! 」
割れんばかりの拍手で、立会演説会は終わった。
開票結果を待つ間、ガラハッドは日刊予言者新聞の記者からインタビューを受けた。赤紫色のローブのブロンドの記者は、案の定リータ・スキーターと名乗った。『週刊魔女』や『ザ・クィブラー』の記者よりも格段に、このスキーター女史は押し出しが強かった。彼女は、派手なくせに実に“仕事の出来る女”風に、あまり中身のない質問をした。
ガラハッドは、それに答えたあと自分から彼女に質問をした。
いつも読んでいます、最近コラムニストが変わりましたね、前のも良かったが最近のも勉強になる、あの執筆者さんがたはどう選ばれているのですか?から始めて―――ガラハッドは、それとなく彼女にボスの名前を質問してみた。後の憂いを考えたのである。
「 あたくしフリーランスざんすわ 」
「 へえ、凄いですね 」
感嘆の裏でガラハッドは思った。
へえ、それじゃあ、おたくは“日刊予言者新聞の記者”ではないよな? フリーライターと名乗れよ…と思うところだが、喧嘩を売る必要はないので黙っておいた。
しかし性分は隠しきれるものではなかった。
「
ガラハッドはこのとおり余計なことを言った。
リータ・スキーターはニーッと笑って、何本も金歯を輝かせた。
「 素敵ざんすわ 」
リータは、真っ赤な爪と羽根ペンを見せつけて言った。
「 今のは、勝利宣言?あたくしから今後取材を受けるのは、自身に違いないと、そう、お言いになりましたね? 」
「 そう言い換えられると恥ずかしいですね 」
「 素敵ざんすわ 」
リータはいきいきとし始めた。
ガラハッドは、リータが猛烈に動かす黄緑色の羽根ペンが、あざとい表情と記したことに気がついた。ガラハッドは、彼女との身長差を利用して、鷲の眼でリータの手元を穿ち見た―――自信家…高慢な口ぶり…重言ばかりの迷台詞…ボーバトンに父親、親の七光り…全部「そうですよ?」としか言えなくて、ガラハッドは笑ってそれ以上遡るのをやめた。
ペン先を見下ろすのをやめて、努めて柔和な表情をつくっていく。
これはお世辞ではないのだけれど、流石フリージャーナリストの目って、侮れない。
折しも当確の速報が響いてきて、ガラハッドは今度こそ巧くやった。彼はそれ以降もリータと話したが、これ以上揚げ足をとらせなかった。
どうボロカスに書かれたところで、勝ったならばこっちのもんである。翌日の日刊予言者新聞を、ガラハッドは穏やかな気持ちで読んだ。
圧倒的勝利を収めて、晴れて学生総代に当選したのだ! おのずと寛大にもなるというものであり、軽口だって飛び出してくる。翌朝、記事を読んだマリエッタに「あなた、大丈夫?」とすぐさま訊かれたとき、ガラハッドはニヤッとして明るく答えた。フクロウの舞う大広間で、彼は快活な笑い声をあげた。
「 ぬるいよなあ?批評的なつもりで、結局権威主義なんだよ。ファッション左翼しちゃって、叩きやすいところを叩いてさ 」
「 どういうこと?その…あなたが元気ならば、いいんだけど… 」
「 どうせなら、『マルフォイ家の嫡嗣、面目丸つぶれ。惨めな敗北者、英国の恥。斯くも愚かな貴族制度を維持している、社会構造の見直しを!』くらい書けばいいんだ。このライター、そこには切り込めない雑魚なんだ。我らがグレンジャー先生に比べたら、二流どころか三下だ 」
マリエッタは安堵してにっこりした。どこか精悍さをあげた彼の、何だって笑い飛ばすさまは頼もしかった。その口ぶりには、もう自暴自棄の色は見えなかった―――こんな彼の姿が見たかった!
とても眩しいものを見るように、マリエッタは何度も瞬きをした。