第一の試練が近づいている。
ガラハッド・オリバンダーとリータ・スキーターが校内で楽しくないデートをしていた頃、ハリー・ポッターは無事にグリフィンドール寮の自室に逃げ帰って、ロナルド・ウィーズリーと久しぶりに会話をした。不貞腐れた態度で、「手紙が来てるぞ」と短く言われただけだったが、ハリーはとても嬉しかった。
これを機に、なんとなく、仲直りできるかも?と思った。
けれど、現実はそんなに甘くなかった。
ハリーが自分のベッドと勉強机のところまで行くと、隣を使っているロンは、不満顔でカーテンを閉ざして、それきり顔を見せなかった。ハリーが、愛想の欠片もない態度で、「へえ」としか言わないのでムカついたのだ―――ハリーにも「今のはまずかった」とわかった。
ハリーは、鼻の奥をツンとさせながら、今夜の深夜徘徊は、これまでで一番うまくやろうと思った。これ以上ロンに嫉妬させないように、そぅっと透明マントを使わなくちゃ。ロンに気づかれないように出ていくのは難しいな…それとも、ロンはもうこちらになんか興味ないだろうか?
届いていた手紙は、ハグリッドからのものであり、奇妙に遅い時刻の招待状だった。
けれどもハリーは、「どうして夜中の11時なんかに?」と考えるよりも、やっぱり一緒に行こうとロンを誘うべきか、どんな状況ならばそれができるか、もしそうしたらロンはどんな反応をするか―――そればかりを考えていた。
夕食の席でも、ハリーはそれを考え続けた。
ハリーは、ハーマイオニーにもこれを相談した。
ハーマイオニーは、今夜ハリーが自然に寮外に出るきっかけは作ってやれるが、ロンの件は自分で何とかするべきだと言った。
「 わたしから誘うのは、違うと思うわ 」
ハーマイオニーは、ちらっと少し離れた席にいるロンのことを見た。彼女は、ゆっくりとハリーへと視線を戻してから言った。
「 彼だって、誘われるのを待ってると思うわ 」
しかしハリーはロンを誘えなかった。
「語られぬ者」の今を思え。
古来、魔法使いは夜育つ。
深夜、約束の時間通りに寮外から“太った婦人”の穴を開けてやったハーマイオニーは、ふわりとすれ違った透明の風のなかに、何人の魔法使いが隠れているかわからなかった。「二人であればいいのに」と思いながら、ハーマイオニーは振り返って虚空をみつめた。「有難う」を言う余裕もなく夜のホグワーツに飛び出していったハリーは、自分の意気地のなさが嫌で、嫌で、嫌で、たまらなかった。
ハリーは歩きながら考えた。
思えば、自分はいつでもロンに誘われる形で、談話室の人の輪に入ってきた。
今、途轍もなく寂しいけれど、ハグリッドに愚痴をこぼすことはするまい。愚痴を言えば、陰で悪口を言ったみたいになってしまう。そうなると仲直りはできないから…。
真っ暗な校庭は芝生のはずだが、なんだか海であるように思えた。ハグリッドの小屋に輝く光だけが、ボートから見える灯台なのだ。
( こんなとき、シリウスならばどうするんだろう… )
僕の父さんとシリウスとは、学生のころ、喧嘩をしなかったのかな?
したんじゃないかな、していてほしい。
「凄い大喧嘩もしたけれど、親友だ」と笑い合った彼らであってほしい。
シリウスに会って「どうだったの?」と訊きたい。
ハリーは、ガラハッドが学生総代に当選したことを、実はほんのりと残念に思っているのだった。もちろん、マルフォイに負けてほしかったわけではないのだが、「シリウスのところに、連れてって」と、思ったほど簡単に言えないのも事実だ。近頃のガラハッドの様子ときたら、すっかり魔法省の役人みたいだった。
( いつでも忙しそうなんだよな… )
それに、クラウチ氏とのあの様子…。
なんとも…その…“仁義なきおとなの喧嘩”という感じだ。
あれを見ると、かつて書店でルシウス・マルフォイと掴みあったアーサーおじさんは、改めて親しみやすい人だと思う。
しかし、ガラハッドはあれで情深い。
彼は、すっかりトライウィザード・ソサエティーの幹部となったハーマイオニーを通じて、「昨夜のシリウスはこういう様子だった」と、シリウスに安定して食糧を届けていることと、あまり変化のない近況とをまめに報せてくれるし…いつからか「猛烈に凶暴な面がある」と思わされるだけで、並外れて優しく度量深く義理堅い。
( 責める相手では、ないんだよな… )
そう、いくら受け流して理解してもらえるからって、自分は、ガラハッドのことを責め立ててはいけない。「シリウスに会いたい!君は、会いたい気持ちを煽るばっかりだな!?そのくせ連れて行ってくれない!!」なんて―――もしも機会があっても言うまいと、ハリー・ポッターは決意した。
だって、現にロンのことで思い知っているもの。
物には言い方というものがある。口の利き方は大事だ。
しょんぼりした気分で、ハリーはハグリッドの小屋の前に辿り着いた。
小屋の扉をノックすると、正直、ぎょっとするような姿のハグリッドがぬっと顔を出した。
「 ハリー、おまえさんか? 」
ハグリッドの囁きは興奮していた。
ハリーは「うん」と言って室内に滑り込み、マントを引っ張って頭から脱いだ。喧嘩を売りたいわけではないのだけど、ハリーはあんぐりとしてハグリッドを見上げて、少し怯えたような声で言ってしまった。
「 何なの? 」
どう思いますか、このご挨拶…?
ハリーは早速「やっちゃった」と思ったものの、強く身構えることをやめられなかった。今夜のハグリッドは、服のボタン穴に育ちすぎたアーティーチョークをぶっ挿して、髪に欠けた櫛の歯を絡めていた。アラベールのように髪を後ろに梳って、一つに括ろうとした結果らしかった。
「 むっふっふ 」
ハリーの失礼発言などどこ吹く風で、ハグリッドは鏡を覗き込んで笑った。
近頃のハグリッドは、めきめきと自信をつけていて、こうすると良いことがあるはずだと信じている。天馬について“女神”が何かをオーダーするたびに、彼はうまくやっていて、彼女にニッコリと褒められているので…。
締め慣れないネクタイをととのえて、ルビウス・ハグリッドは悦に入った。
こうやって、似たような格好(※主観です)をしててもだなあ…毎回白目を剥いて「Yes, Ma'am」っちゅうばっかりの杖師の旦那よりも、俺は甲斐性があるんだ…―――「あなーたのほうが、頼れまーす」という一言を思い出すたびに、ハグリッドは「むふふ」を繰り返している。
ひとりで思い出し笑いをするハグリッドを見て、ハリーはおそろしい想像をした。
「 ハグリッド…見せたいものって、いったい何?新しい三頭犬?蜘蛛?それとも、尻尾爆発スクリュートが卵を産んだ…? 」
「 むふふ、ええから、一緒に来いや。黙って、マントをかぶったまんまでな 」
ハグリッドは顎鬚のリボンをちょいと整えた。そして、いそいそとハリーを連れて外へと出た。
ハグリッドにとっては、これは「いそいそと楽しく」だったが、ハリーにとっては「物凄く大急ぎで」だった。ただちにマントを被って、ハリーは走ってハグリッドを追いかけた。小走りではなくダッシュだった。
ハグリッドは浮足立っていた。
彼は、城の南側の温室のほうへと向かい、そこに停めてある馬車を目指した。ハリーは、初めてこんなに間近でボーバトンの馬車を見た。ハグリッドがノックすると、金色の杖が交差した紋章のついた扉から、マダム・マクシームが姿を現した。「彼女はベッドシーツをショールにしているのではないか?」と、失礼にもハリーは思った。「彼女の肩幅をゆったり覆える布なんて、ベッドシーツかカーテンくらいしかない」という、そういう純粋なる理解の結果だった。
巨大なカップルのデートが始まった。
「 ぼんぐす~わ~ 」
ハグリッドは下手くそなフランス語でマダムに笑いかけて、彼女へと手を差し伸べた。マダムは微笑み、ハグリッドの手をとって、恐るべき高さのハイヒールで金色の踏み段を降りた―――「これ以上巨大になろうとしているのか?」とハリーは思った。
( いったい、何を見せられているんだ…? )
ハリーは困惑して、こっそりと寮へ帰りたくなった。
ハグリッドとマダム・マクシームは、「サイズがつりあう」という意味でお似合いだと思うけれども、女性をエスコートする姿を見るなんて、普段のハグリッドをよく知っているぶん、とても気まずい。マダムの声がいつもより艶っぽいのが、とても可笑しな絵面なのに、なんだか恥ずかしさを誘ってきた。悪いことに月が出ていて、景色はそこそこロマンチックだった。
「 アグリッド、わたーしを、どーこに連れていくのでーすか? 」
ハグリッドは短く答えた。
「 きっと気に入る 」
ハグリッドは、それから少しキョロキョロしてしまった。どこか近くにハリーがいるのだと思うと、ハグリッドは、照れ臭くてうまく話せなかった。
マダム・マクシームはハグリッドの意図をつかみかねて、「もっと質問したいです」という表情で睫毛をパチパチさせた。長い睫毛の色っぽさに、ハグリッドは上擦り声をあげた。
「 良いものだ。見る価値ありだ。ほんとだ。ただ…俺が見せたっていうことは、誰にも言わねえでくれ。いいかね?あんたは知ってはいけねえことになってるんだ…! 」
「 もちろんでーす 」
そして二人は歩き始めた。
ハリーは、追いかけながらそっと思った―――ハグリッド、そっちに進むのは良くないと思うよ。流石に僕にでもわかるんだけど、ハイヒールを履いている女の人に、森を歩かせたりしたら普通フラれるよ…?
ハリーは、このデートをロンとふたりで追いかけたら、さぞ愉快で楽しかっただろうなあと思った。肩を擦り合わせて並んで小走りして、必死で笑いを噛み殺しながら、好き勝手な感想を小声で言い合えたんじゃないだろうか、と…。
振り返ると、もうグリフィンドール寮の窓どころか、ホグワーツ城はまるごと見えなくなっていた。禁じられた森の周囲を歩いて、ハリーは初めてこんなところまで来た。そして―――見るべきものは、突然見えた。
「 ッ…―――!!? 」
ハリーは、山火事を見たことがないけれど、木立の向こうの光を見て、「あんなにぼうぼうと焚火をしていたら、森が燃える!」と一瞬思った。
けれども、それは見間違いだった。
ドラゴンだ。獰猛な鼻息をあげて、四頭の巨大な成獣個体が、後ろ脚で立ち上がり、首を振って火の粉を撒き散らし、とんでもない牙を見せつけていた。脚を踏み鳴らし、火柱を噴き上げ、凶悪な尾がくねくねとうねる…。
怖いもの見たさで、ハリーの目は、すーっと鱗の流れへと惹きつけられた―――本来の流れとは、逆向きに進んで―――目の高さにある脚から胴、胸、首…と順に辿って、やがてハリーは、ドラゴンの目をくっきりと見上げて、その圧倒的な力に、放心してしまった。猫のように縦に瞳孔の開いたドラゴンの目は、どこか怒り、悲しんでいるように見えた。最も強く怖ろしい怪物なのに、ドラゴンは、痛みに絶叫するかのような吼え方をするのだった。
「 ぎぃぁああぁああぁあ 」
「 離れて!ハグリッド!! 」
チャールズ・ウィーズリーが叫んだ。
北極星をみつけたホーンテールに、エリザベス・ホークアイは首輪の鎖を引っ張られた。
「 ダメです!浮きます! 」
「 よく狙え!3、2、1… 」
「「「「「「「「 ステューピファイ麻痺せよ 」」」」」」」」
すべてのドラゴン遣いの失神呪文が、一点に集結するように放たれた。
まるで、コマ送りかのようだった。
客観的事実なのに、走馬灯みたいだった。
立ち竦むハリーの目の前で、ホーンテール・ドラゴンは立ったままよろけて、静かに目を閉じて炎を失い、たなびくように煙を吐き、口を開けたままゆっくりと傾いた。どうっ…と地を覆う風が巻き起こって、衝撃ではげしく木立が揺れ、砂や塵が幹を叩いた。
ハァ、ハァ、と杖を構えたまま肩を揺らす新人に、チャーリーはニヤッとして声をかけた。
「 リザ、また髪が焦げたんじゃないか? 」
「 いいんです。構うものではありませんから 」
エリザベスは取り付く島もなく言った。
彼女は、ともすれば男よりも短くブロンドを刈っており、すっかり全身を煤けさせていた。服のあちこちに焦げ跡があって、マダム・マクシームとは大違いだ。ハリーは、この女ドラゴン遣いを間近に見て―――このとき、やっと向こうから近づいてきたドラゴン遣いの一人が、チャーリーであることに気がついた。「やあ!ここだよ」と伝えるわけにはいかないハリーは、黙ってまじまじとチャーリーのことをみつめた。
チャーリーは顔をしかめながら言った。
「 ハグリッド、大丈夫かい?ずいぶん、ロマンチックなデートをしているね? 」
ハグリッドはうっとりとドラゴンを眺めていた。眺めているんだか、崇拝しているんだか…。
ハグリッドは、チャーリーの責めるような様子にも、自身の隣からマダムが離れていったことにも気づかない様子だった。チャーリーは「やれやれ」と小さく肩を竦めた。マダム・マクシームは、失神させられたドラゴンのことをじっと見つめながら、囲い地の周りをゆっくり歩き回っていた。
「 あの人を連れてくるなんて、知らなかったぜハグリッド 」
チャーリーはマダムに聞こえないように言った。
「 代表選手は課題を知らないことになってるのに…あの人は、きっと自分の生徒にしゃべるだろう? 」
「 あの人が見たいだろうと思っただけだ 」
爆ぜるような音を聞きつけて、女ドラゴン遣いがキョトンとこちらを見た。彼女の目つきは、どこかX線照射を思わせた―――小枝を踏み折ってしまったハリーは、これは撤退の時だと感じた。足元によく気をつけて、ハリーはそっと来た道を戻った。
チャーリーとハグリッドは世間話を続けた。
チャーリーの話を聞きたくなくて、ハリーは急ぎ足になった。
そっか、モリーおばさんは、日刊予言者新聞の記事を真に受けているのか…―――そんなことより“第一の課題の内容”だ。
これを事前に知り得たことは、喜ぶべきことなのだろうか?
実質、死刑執行日の宣告を受けることと同じではなかろうか?
ハリーは夕食をとったことを後悔した。ふつふつと、胃袋の中身がせりあがってくるのを感じていると―――前方に何やら人影が見えた。
ハリーは咄嗟に立ち止まった。
イゴール・カルカロフが、こちらには気づかず近くをすりぬけて行った。
ハリーは、愕然として彼の背中を見送った。
( どうしよう…止めるのは難しい! あいつは、ただ人の声がするほうに行けばいいんだもの。ハグリッドとマダム・マクシームは目立つし… )
ハリーは、「カルカロフは偶然散歩をしていたわけではない」と思った。彼はこっそりと船を抜け出して、第一の課題が何なのかを探ろうとしたに違いない―――そして今、巧くやりおおせたのだ!
ハリーは、急に心臓がばくばくしてきた。ということは、来る火曜日、まったく未知の課題にぶつかる選手は、セドリックただ一人ということになる…。
ハリーは、これに関してはガラハッドが、なんとか良いようにやってくれないものかと思った。どうもハンサム同士ってやつは、気が合うものみたいだし…僕には無関係なところで、何かしらのクールなソリューションが…自動的に…。
と、いうのは現実逃避である。
ハリーは、じっとしてモヤモヤ考えていられなかった。急ぐ用事もないのに、彼は寮まで走って帰った。疾駆するときに彼は、最も明瞭にこたえを出せるのだ。
( 僕が、セドリックに伝えなくちゃ…!! )
ガラハッドは、学生総代であるとはいえ、第一の課題の内容を知らない可能性が高い。何しろあんな凄い生き物は、数日ですぐに調達できないから、総代選の前から入国や空輸がすすめられてきたはずだ―――「彼がなんとかするだろう」と思っていては駄目だ!
気持ちが萎んではいけないので、「どうやって?」まではハリーは考えないでおいた。
このとおり、ハリー・ポッターは「動きながら考える」ことに関して天賦の才能を持つのだが、走りながら眠れる人間はいなくて、そこが彼の挫けどころだった。翌朝になるとハリーは、うだうだ、ぐにゃぐにゃした状態になって、靴下をはくべき足に帽子をはかせたり、ひどい寝癖をつけたまま長いことボーッとしたりした。
遅い朝食の席で、ハリーは、ジニーと連れ立っているハーマイオニーから、「昨夜はどうだったの?」と訊かれた。ふたりとも、「あなたとロンが仲直りできていない事実は、とうにわかっていますよ」という顔つきだった。それならば何も言うことはなくて、ハリーは、ひとりで湖の周りをぐるぐると散歩した。
こうして、土曜日の午前は終わった。
何も進展していないのに、気づいたら午後2時くらいだった。
( まずい…時間が溶けていく…優秀な人ほどキビキビ動くのに…! )
ハリーは、図書室でドラゴンに関する本を探して読んでみた。目は文字をうようよと滑るだけだったし、さっぱり攻略法はつかめなかった。同じ棚にビクトール・クラムが来たので、ハリーは、「クラムはカルカロフから課題を教えられている」と確信した。自分こそ、何も言えた立場ではないけれど…普通に考えて、『実録!ドラゴンを愛しすぎる男たち』が、いきなり人気図書になるのはおかしいだろう…。クラムはどこか気まずそうにして、そそくさと関連書籍を借りていった。
こうして、ハリー・ポッターの土曜日は終わった。
( やめてくれ…死刑囚だって執行日は宣告されないし、キリストだってもっと猶予はあったよ… )
ハリー・ポッターの命は、あと三日?
ハリーは、一晩自分で頑張って、日曜日の朝には「もう無理」と結論づけて、ハーマイオニーに弱々しく泣きついた。彼は、彼女にすべての事情を話して、「真剣にホグワーツから逃げ出すことを考えている」と言った。ハーマイオニーは本気で受け取らなかったが、ハリーは切迫した顔つきでこう続けた。
「 でも…ここにいてドラゴンに立ち向かうほうが、ダドリーと一緒のプリベット通りに戻るよりマシなんだ。僕、そのことがわかって、こうして落ち着くことができたんだ。それで、君にこうして相談をしていて…! 」
「 落ち着いて…あなた、全然まだ落ち着けてなんかいないわよ。世界には何らかの方法で、自在にドラゴンに乗りこなして、それを家職にしている魔法使いたちだっているの。ドラゴンを出し抜く方法は、彼らによって秘密にされているだけよ。存在しないわけじゃないわ。焦らないで、その秘密を解き明かせばいいだけ… 」
「 どうやって秘密を知るんだい!? 」
「 そうね…ひとつは思い浮かぶけど、成功率は高くなさそうね… 」
ハーマイオニーはハリーを宥めることに失敗した。彼女は、これ以上「わたしは、動揺していませんよ」という態度を貫けなくて、「どうしましょう…」と小さく口走った。ハーマイオニーは髪を耳にひっかけて、困った顔でレイブンクロー席のほうを見やった。
ハリーは不整脈と戦った。大丈夫、大広間のここで自分がハーマイオニーと話していることは、いつもと同じ光景に見える筈だから…。
ハーマイオニーは少し腰を浮かせて、伸びあがってハッフルパフ生たちの頭より向こうを見て、グリフィンドール席にいながら目当ての人を見つけた。
「 いたわ、
ハーマイオニーは囁きながらそっと着席した。
ハリーは、入れ替わりで一応伸びあがって、力のない瞳に話題の人物を映した。
ああ、なんか見たことがある優男だ…。
最近のラベンダーやパーバティが追いかけている、“シザーリオ様”の苗字がボーモンなんだな…。
ハリーは、「あいつは、ボーバトン代表だけに巧い方法を教えるに違いないよ」と言いかけたが、そんなことはハーマイオニーにだってわかっている筈だった。着席して隣を見ると、ハーマイオニーは眉を寄せて唇を突き出していた。ハリーは、嘆息してちょっとは建設的なことを言った。
「 彼、ひょろいね。全然チャーリーっぽくない 」
ハーマイオニーは何度も頷いて言った。
「 でしょう?そうでしょう?だからねハリー、あなた、何も絶望することはないの。わたしたち、あの彼からやり方を教えてもらえる見込みはないと思うけど、少なくとも考察することはできるじゃない―――正しいやり方でドラゴンを攻略するのに、マッチョである必要はないんだわ。これを念頭に置いて、一緒に考えていきましょうよ…来週の今頃もあなたが生きていられる方法を… 」
ハリーは、「それって、遠回しに僕のことも『ひょろい』って言ってるよな」と、格別ナーバスになっているので、自分が言い出したことのくせに少し落ち込んだ。それでもプリベット通りに戻らなくてよくて、ドラゴンによって殺されることを免れるのであれば、もうこの際どう罵られたってよかった。汚いぞポッターバッヂだって平気だ!と…―――ハリーは確かに考えた筈なのに―――その直後にセドリック・ディゴリーを見かけた時、ハリーは決めていたことを実行できなかった。多くの友達がいるセドリックは、自分と違って、要塞の内側にいるんだと感じた。
月曜日が来てしまった。
月曜日の朝、ハリーは人生最後から二番目かもしれない朝食の席で、大広間の壇上へとあがるガラハッドの姿を見て、「もしも課題の内容を知っているんだとしたら、彼は稀代のサイコパスだ」と思った。「おはようございます!」と彼は明るく言って、大広間全体を笑顔で見回した。
ガラハッドは三分間ほど話した。
「みなさん明日が楽しみですね」とか、「四選手の活躍を期待しています」とか、「当日の応援席に持ち込めるものはうんぬんかんぬん、腕章をつけている生徒の誘導に従ってああしろこうしろ」「結論!盛り上がっていきましょうね!」とか…。
ハリーは、そのあいだにチラッとハッフルパフ席のほうを見て、ハンサム・セドリックくんの顔面が、
( クソ…お祭りっぽくするなよガラハッド!一番有利なフラーでさえも、あんな感じなんだぞ!? )
ハリーは八つ当たりの衝動に駆られた。
勿論こんなの言わないけれど、思うだけならば僕の自由だろ!?
やらなきゃ、やらなきゃ、セドリックに言わなきゃ。
あいつ、頭おかしいから僕がやらなきゃ。
時よ早く過ぎろ。
鐘よ鳴れ。動き出すときが来てくれ。
一時間目への移動の途中で、ハリーはセドリックに課題を伝えることにした。
「 ハリー、
一緒に薬草学の授業に行くものだと思っていたハーマイオニーは、ハリーが温室とは逆方向に行くのを見て訊ねた。「あとで追いかけるよ」と言ってハリーは、セドリックを尾行することを続けた。
大理石の階段のところまで行っても、セドリックはまだ人の群れのなかにいた。ハリーは、セドリックの友人たちの前で、セドリックと話をしたくなかった。どいつも、こちらが顔を見せるだけで、リータ・スキーターの記事のことを持ち出す連中だから…。
呪文学の教室へと辿り着く廊下の角で、ハリーは杖を構えて狙いを定めた。
「 ディフィンド裂けよ! 」
唱えると、ハリーは素早く曲がり角に身をひそめた。鏡を使って確認すると、呪文は狙い通りセドリックの鞄に当たっていた。突然新品の鞄が裂けて、セドリックはびっくりして足を止めた。インク瓶が割れて、借り物の本がひどいことになった…。
「 構わないで 」
屈みこんで手伝おうとされたのを断り、セドリックは友人たちを先に行かせた。
「 フリットウィックに、すぐに行くって伝えて。まいったな… 」
セドリックは、ぐちゃぐちゃになった文房具と学用品の中から、ガラハッドの小説を拾い上げてぼやいて、少しの間それをみつめた。これは、何の変哲もないただの小説であるから、「みるみるうちにインクを吸って、落としても綺麗」というわけにはいかなかった。
ハリーが曲がり角から出てきたので、セドリックは「まさかな…」と思った。
「 やあ 」
怖い顔で近づいてきたハリーに、セドリックは形式上の挨拶をした。
天気のことでも話すかのように、セドリックは足元を示して言った。
「 僕の鞄、たった今、破れちゃって…まだ新品なんだけど… 」
「 セドリック、第一の課題はドラゴンだ 」
威圧にも嫌味にも気づかないで、ハリーは言おうと決めていたことを言った。
「 え? 」
「 ドラゴンだよ。四頭だ。一人に一頭。僕たち、ドラゴンを出し抜かないといけない! 」
「 ―――…? 」
セドリックは呆気にとられた。
ハリーは「いまにフリットウィック先生が顔を出すのではないか」と、呪文学の教室の扉のほうを気にして、早口で必死に情報を伝えた。ハリーが嘘を吐いているようには見えなくて、セドリックは怖い想像をした。
ドラゴン?僕は、明日には一人でドラゴンの前に立たされるのか!?―――セドリックはそう思ったし、ハリーは、「セドリックにも恐怖心はあるんだな」と思った。
ほらね、やっぱり怖いものは怖いよ!
僕らは、互いに女の子じゃないんだから、「ね。怖いよね?」と囁き合ったりしないだけだ。
ハリーは、そう思って「ふぅ」と大きく息をついた。するとセドリックは、当惑するような、ほとんど疑っているような目つきを寄越した。彼はきっぱりと低い声で言った。
「 ガラハッドはそんなこと言ってなかった 」
「 彼は知らないんだと思う… 」
そうは言ったものの、ハリーは、自信がなくなって言い直した。
ガラハッドならばドラゴン相手でも対決しそうだし、彼の腹の括りようは凄いときがある…―――ハリーは暗い声で言った。
「 …知っている立場だとしても、彼は言わないと思う 」
「 それはそうだな… 」
「 でも僕は偶然、別ルートで知ってしまった。状況から言って、フラーとクラムが知らないとは思えないんだ。このままだと、君ひとりが馬鹿を見るはめになる 」
ハリーは硬い声で言った。
セドリックは言いたいことをこらえた。
( …充分、僕はもう馬鹿を見ているけど? )
おもに君の存在によって…ね?「でも、それでいいよ」とか「馬鹿でもいいさ」とか…そう思うときだってあるけれども、セドリックは、今は口が裂けてもそう言えなかった。何かが決壊してしまって、セドリックは顔を歪めた。
「 どうして、僕に教えてくれるんだい? 」
ハリーは心底驚いた。セドリックだって、自分の目であのドラゴンを見たならば、絶対にそんな質問はしないだろうに…。何と言えばいいのかわからなくて、ハリーは少しの間あちこちに目をやった。
「 だって…それがフェアじゃないか? 」
セドリックは返事をしなかった。
ハリーは困ったような口ぶりで言った。
「 もう僕たち全員が知ってる…これで足並みが揃ったんじゃないか? 」
何をも言ってしまわないように、セドリックは奥歯を噛み締めた。「何なんだ?そのパーフェクト良い子ちゃん回答…」と、セドリック・ディゴリーは、ハリー・ポッターに対して思わされていた。沈黙の裏でセドリックは考えた。
知ってるぞ、そういうのって、必勝の自信がある者ならではの余裕だろ?
優れた善良さなんかではないんだ。
こいつは、背後から人の鞄を裂いた。僕がドラゴンに怯えるところを、わざわざ見に来たのに違いない。こんな惨めな立たせ方をして…。
軽い鞄の残骸を肩にひっかけたまま、セドリックは立ち話を強いられているのであった。足元はぐちゃぐちゃのめちゃめちゃで、手の中の小説はすっかり真っ黒だった。
不意に、コツ…コツ…という音が聞こえてきた。
セドリックは、それにハリーが如実に慌てるのを見て、「彼は悪巧みをするには鈍臭すぎる」と感じた。
邪推はすべて消えていった。
義眼をギョロギョロさせながら、マッドアイ・ムーディーは悠然として現れた。会話を聞かれていたことは、自明じゃないか―――「少なくともハリーは罰される」と、セドリックは顔を上げないままで思った。
情報を洩らしたハリーだけでなく、受け取った自分も違反者か?
僕らは、ホグワーツの名誉を汚してしまったのか?
あのマルフォイをイタチに変えたというムーディー先生は、どんな罰則を寄越すんだろうな…どんな生き物に変身させられて、そこらへんを走らされるやら…。
ムーディーは唸るように言った。
「 ポッター、一緒に来い。ディゴリー、もう行け 」
「 …はい 」
セドリックは従ったふりをした。
「やった!僕はお咎めなしだ!」なんて、嬉しさが湧いてくるわけがなかった―――ハリーは、最悪ドラゴンの餌にされるんじゃないか?
セドリックは、わざと時間をかけて手についたインクを拭いて、ローブのポケットから杖を取り出し、裂けている鞄を
セドリックは来た道を引き返した。
僕ときたら、二つも年下の子を相手に、いったい何をやっていたんだろうな?フレッドとジョージが僕の立場なら、さっきの邪推などひとつもするまい! 彼らほど上手くやれないことは、何かをやらない理由にはならない…。
「ハリーを庇ってやらなくては」と、セドリックは校長室を目指した。あのムーディーを止めることができる人物など、ダンブルドア以外に思いつかなかった。合言葉がわからなくて、セドリックはガーゴイル像の前で時間をとられた。懸命にあれこれと試すセドリックに、ダンブルドアは内側から校長室の扉を開けてやった。
すべての訴えを聞いて、ダンブルドアはセドリックに紅茶を飲ませてやった。ダンブルドアは、「すべては伝統のとおりで、案じることはない」とセドリックに語り聞かせた。
まるで占いでもするみたいに、セドリックはカップの中を見つめ続けた。自分は、あのガラハッドと比肩できる人物になりたいから、茶葉の形がどうであっても、おこなうことは変わらないと思いながら―――…。
しんみりとダンブルドアは言った。
「
セドリックは急いで首を振った。
「 いいえ。そんなこと、思いません。こうしてお茶をくださって…僕、先生はとても優しいと思います。嘘じゃありません、本音です 」
大魔法使いの高潔さは、無慈悲とは違うようにセドリックには思われた。このダンブルドア先生に微笑まれたら、騎士は鎧を脱ぐだろうし、ドラゴンだって優しい生き物になりそうだ。尋ねられたわけではないのに、セドリックはつい自分の話をしてしまった。素晴らしい幸福に気がついたので、誰かに聞いてほしかった。
セドリックは微笑みながら言った。
「 先生、僕の父は検疫官です。父は、ドラゴンの入国を知っている筈です。僕が選手になったことも、当然知っています。けれど、僕、父から何も聞いていないんです。彼は、僕ならばやれると信じてくれているんです…! 」
ダンブルドアはにっこりして頷いた。彼は、息子に報せの手紙を書いては捨てるエイモス・ディゴリーを想像して、青い瞳をきらきらさせた。「頑張ろう」という気力を充填させて、セドリックは校長室をあとにしたのだった。