「クズを舐めるな」と思ったことはあるけれど、「クズで悪いか」と思ったことはない…。
なんとか滑り込みで一時間目のルーン文字学の授業に間に合ったものの、ガラハッドは心が落ち着かなかった。せめて格好だけはちゃんとして、じっと配付されたプリントを読んでいると、ぎっしりとした古代語の文字列は、何の意味もない模様のように見えてきた。
講義なんて、今は頭に入るわけがない。
ついさっきのことを思い返して、ガラハッドは、自然に考え事を始めた。
―――…。
「
…けれど、「じゃあ言葉に価値なんかないな」と、自身がこれに飛びついて言うのは、ただの冷笑癖だ。進んで責任感を手放す者は、どこまでも愚かになっていくことだろう。安易に空を持ち出して、また逃避する人間にはなりたくない。
「“事故”はなくならないから、交通規制なんて無意味。“迷子”はいなくならないから、道路標識なんて無価値」―――そんな主張をする連中は、きっとマグルにだっていないことだろうに、事が“戦争”や“差別”となると、「言葉で惨事が防げると思うなんて」や「言葉にしてしまうことは、却ってよくないのだ」などと、臆面もなくほざく連中がいる。「レイプ」を「合意なし」と言い換えて、「ヴォルデモート」を「例のあの人」と言い換えて、醜悪な暴力を暴力でないもののように扱って、それを批判されると「たかが言葉じゃないか」と逃げる。
そんな奴って、地獄を知らないんだろうな。
いまに亡者に祟られて、地獄に引きずりおろされるのに決まっている。
呪文を駆使する魔法族のくせに、杖の与え甲斐がないもんだ…。
…―――そういったことを口に出して言いたいから、自分は、いつかあの貴賓席の空気の支配者になりたいのである。“勝たないと言えないこと”は多いから、「まずは第一歩」である総代選で、遮二無二勝利を掴みにいったけど―――本当に、本当に、良いやり方ではなかったなあと、もうずっと後悔している。
ガラハッドは何度も溜め息をついた。
( ああいうことをしていたから、シザーリオにゆすられるんだ。変に女子人気なんかを狙わずに、ルールのギリギリなんかを攻めずに、公明正大に単独勝利していたら、アイツだって、ああは出てこなかっただろうに… )
そういう勝利だって可能だった…と、悟ったのは開票結果を見たあとだった。
もしも、あの480時間のさなかに、自分にもっと自信があったなら。
俺は、ヒトラーの物真似にまで手を染めて、巧くやってはますます大衆を嘲笑して、ますます自己嫌悪するようになって、後ろ暗いところがあるぶん、誰でも突き放した目で見なかったことだろう。そうして、シザーリオにあんな微笑み方はさせなかったし、ベアトリーチェにも少しは優しくできた。ここまでのクズに仕上がる前に、どこかで、歯止めがかかったと思うのに…。
もしも、優しい彼女がいて、「あなたのことを愛している」と言ってくれたら。
自分は、慈悲深い恋人にふさわしい人物であろうとして、不安でも正攻法をとった…。
「 ―――…ハァ 」
結論。あ~ぁ、やっぱ、彼女欲しい。
鏡に対して嘘は吐けないのに、『バレてもいい、モテれば』が鏡呪文として機能しちゃった意味って、そういうことなんです。ええ、これぞ赤裸々な本音ってやつですよ。
溜め息ばかり吐く隣席のガラハッドに、エイドリアン・ピュシーは「どうした?」とプリントの端っこに書いて見せた。ガラハッドは、自身のプリントの端に「何もない」と書いた。「何もないことはないだろう」と、授業後エイドリアンは直接口で言った。
「 いいや、本当に、何もない 」
ガラハッドは、「まだ一時間目が終わったところだなんて…」とは、疲れていても思わないようにした。思わないと決めたら思わなくて、彼は二時間目からしっかり集中した。
放課後になってガラハッドは、「いったい、ハリーはどこから第一の課題の内容の情報を得たのか?」という件について、動物的直感によって答えを見出した。いよいよ最終の打ち合わせのために集まったメンバーには、何故かルビウス・ハグリッドも混じっていて―――彼はずば抜けて見落としがたい巨体であるため―――ガラハッドは、杖調べの時と同じ教室に入室して、一瞬で既に起きた事柄の一部を悟った。
ガラハッドに悟ることが出来なかったのは、「カルカロフとクラムも課題を知っている」ということだった。猛烈にハラハラする感覚が湧いてきて、ガラハッドは愛想よく挨拶ができなかった。
ハグリッドは、ちょうど蕩けきったような顔つきで、ルード・バグマンにお礼を述べているところだった。流石元剛腕ビーターは、ハグリッドに熱烈な握手をされても、吹っ飛んだりよろけたりしなかった。ガラハッドが入ってきたことには気づかずに、ハグリッドはバグマンばかりを見て言った。
「 素ン晴らしい経験ですだ!俺、俺、ホグワーツの暮らしは長え―――ちょっとの勾配だって知っちょる!俺は、天馬を牽いて歩ける!ほいじゃ今すぐ、ド… 」
「 えっへん!! 」
「 …ラゴンのとこに行ってきますだ!なぁんにも怖いことはねえって、明日、のびのびさせて連れてきてやりますだ! 」
「 必要ない。あちらには専門チームがいるのだぞ 」
「 彼は水先案内人だよバーティ。鎖を持つわけじゃないさ。ドラゴン遣いの中に友人がいるっていうし、問題ないと思うね! 」
バグマンは明るい声で言った。
クラウチは苦虫を噛み潰したような顔で、「学生総代が来ている」と唸った。
踊るように出て行くハグリッドを避けて、ガラハッドは壁沿いに張りつくように移動した。巨体の陰から出てきたガラハッドに、バグマンは目を丸くした。ハグリッドの鼻歌が遠ざかっていくにつれて、教室内の沈黙と居心地の悪さは強烈になった。
クラウチの手がすっと動いた。
( ―――ッ!? まさか…いや、コイツならやる! )
ガラハッドは、急いで人差し指を立てて、“クラウチに杖を取り出してやられそうなこと”を、先に自分で冗談としてやった。自身の額にちょんと指をあてて―――こうだ。
くらえ、ロックハートスマイル!
ガラハッドは恥も外聞もなくやりきった。
「 オブリビエイト☆ 」
【意味】今のは、見なかったことにしますよ☆
…どう見てもイタい親父ギャグでしかないのに、バグマンはこれが非常に気に入ったらしかった。
「 そう!オブリビエイト、オブリビエイト 」
太い指を丸顔に突き立てて、バグマンはニヤニヤと繰り返した。額に青筋を立てすぎて、クラウチは脳卒中でも起こしそうであった。
そこにマクゴナガル先生とマダム・ポンフリーが来たので、ガラハッドは無事に記憶を保持することができた。最終打ち合わせの間じゅう、ガラハッドはクラムのことを考え続けていた。
マクゴナガル先生(明日の選手誘導役だ)は何も主張しなかったが、救護役のマダム・ポンフリーはヒヤヒヤすることを言った。
「 どんな怪我が発生しやすいと考えられますか? 」
そりゃあ、一番は火傷だろう…。
と、ガラハッドは内心思ったが、何にも知らないフリを貫いた。
決まった回数の鐘が鳴るまで、絶対に観客生徒をホグワーツ城内から出すな。
ガラハッドは、初めからそうクラウチに釘を刺されるためだけに、この会に参加しにきたようなものだった。「存外、収獲があったな」と思えば、いくら蔑むような目つきで高圧的に言われても、ガラハッドは全然平気だった。
ビクトール・クラム。彼だけが、明日、初めて課題の内容を知る―――そんなことはあってはならない。恥じるところばかりの自分だけど、せめてこれからはちゃんとしていきたい。
何にも揺らがない心境で、ガラハッドは一番最初に退室した。
奇しくもその晩は月が冴えており、ビクトールは独りになりたがった。湖上の小舟で仁王立ちして杖を構え、ビクトールは湖畔に積んだ石を狙った。不安定に揺れながら的を狙って、呪文の命中精度を高める練習をしたのだ。
ビクトールは、休日が終わってからもうずっと、周りの生徒とは切り離されたような感覚になっている。“本番”の前のビクトールは、いつだってそういう選手である。どんな声にも耳を傾けずに、黙々と調整を重ねた末に、彼は極度の神経の昂りを利用して、自身のパフォーマンスを最大化できるアスリートだ。
しかし、今日ばかりは彼も動揺した。
無視できない声が聞こえたのだ。
諸君、覚えているだろうか?―――“本当の敵か助けになる者は、音もなく突然やってくる”のだ。
急に大きく小舟が揺れたあと、さっきまでより足元が安定したため、ビクトールは怪訝に後ろを振り向こうとして、そして、竦み上がって冷や汗をかいた。コツンと、うなじへと杖を突き立てられてしまい、咄嗟にビクトールが出来たことは、湖面に手がかりを求めることだけだった。
水鏡の影は、ゆらゆら、くらくらと揺蕩っていて―――聞き覚えのある声で話しかけられるまで、ビクトールには男とも女ともわからなかった。
あの演説の声で、ビクトールは静かに告げられた。
「 聞け。第一の課題は、ドラゴンを出し抜くことだ。君以外は、既に全員が知っている。明日、健闘を祈る 」
「 ―――…ッ!? 」
風が吹いて、湖面にはさざ波がたった。
影は溶けて消えたように見えた。
小舟が揺れた。再び軽くなった証だった。
鷲が飛び去っていったことには気づかないで、ビクトールは呆然として振り向いて、何もない船底を見つめた。今のは、悪く言えば「余計なお世話」だったのだが、ビクトールはそうは思わなかった―――彼は心臓がバクバクしていた。
( 学生総代のガラハッド卿!? いったい、どうやってここに…彼は、本当に凄い魔法使いなんだ!“伝説”は脚色なしだ… )
ぶるぶるっと、ビクトールは身震いした。
湧き上がるぞわぞわの正体は、「どうやって来た?消えた?」という驚愕と恐怖、そして痛烈な後ろめたさだ。
( なんてこった。おそらく、僕が最初に密かに知ったのに… )
まだ14歳であるハリー・ポッターを、ビクトールは正選手として数えていなかった。
本船に戻ると、ビクトールはカルカロフ校長から、「冷えるといけない」と毛皮を着せられて、湯気の立つワインを振舞われた。断るわけにはいかないのだけども、今夜は一段と疎ましかった。先程聞いた声のことを、ビクトールはカルカロフに話さないでおいた。
『 気持ちだけ受け取っておく 』
そうだ、あの如才ない総代なら、こういう時そう言うのだったな…。
無知らしいハリーが彼に食べ物を贈ろうとして、ハーミイオウンがそれを止めた時、彼は、そのようにさらりと言っていた。
( 僕のこと、クリーンだと思っているのか…他校生なのに塩を送って。あんな完璧な紳士、見たことがない… )
「いずれあの男が恋敵になる」とまでは、ビクトール・クラムは予見していなかった。もしも今夜のうちにそれを知ってしまっていたら、ビクトールは眠れなかったことだろう。最高のコンディションへと仕上げて、翌日の課題に臨めないところだった。
翌日、「いよいよ」という空気がみなぎって、ホグワーツ中が緊張ではちきれそうだった。その日の授業は、半日で終わった。
その日は、昼食も特別なものであった。四人の代表選手たちは、マクゴナガル先生の導きでクィディッチ競技場に行き、テント内でショボショボと冷たいパンを齧った。フラーは(ハリーもだが)、もしかしたら人生最後になるかもしれない食事が、コレであるなんてあんまりだと思った。ビクトールとセドリックは、パンに手をつけなかった。ふたりは、このあと全力で走り回るつもりだった―――ふたりとも飛ぶのは得意だったが、その作戦を思いついていなかった。
四人の選手がバグマンから課題の説明を受けてくじを引く頃、「待機を!」と命じられている生徒たちは、大広間でホットスナックやサンドイッチを食べながら、他愛もないゲーム大会に興じた。たとえ幼稚なお絵描きクイズとか、爆発ボンボン早食い競争であったとしても、朝から緊張と興奮のなかにいる魔女と魔法使いたちは、ワーキャーと叫んで自校の旗を振り、熱心にジャンケンをして各校の代表となった。リー・ジョーダンが司会と実況を務め、フレッドとジョージが小道具や景品を次々に出した。
クラウチは予定通りに鐘を鳴らした。約束の音を聞いて、ガラハッドは大広間の扉を開け放った。
高い高い窓から射し込む陽の光が、虹でできたレースのように降り注いだ。荘厳な幻影を見せられるほど、奥の薄闇に魅力を感じるものだ。
玄関ホールから見て正面の校庭を避けて、医務室側の出入口へ―――誰も呼びかけなんか聞かなかったけれども、誰も迂回誘導路を逸れることはなかった。いつもと違う姿になったホグワーツを、もっとよく見たくて堪らなかったのだ。
酔うほどのステンドグラスに、レイブンクローカラーのヴォールト…目一杯高いところを見上げて、生徒たちは静かに、ゆっくりと会場へと近づいた。「ドラゴンたちを音で刺激しないように」と、考えているのは“仕掛け人”のガラハッドだけだった。しかし、どこか鱗や爪を思わせる胸壁の装飾に、一部の勘の良い生徒たちは、恐怖と興奮で震えはじめた。何を質問されてもニヤッとするだけで、ガラハッドは黙って先導を務めた。
全員が屋外に出て観客席に収まる頃には、この新種の緊張感は伝染しており、心なしかみんな猫背気味だった。ルード・バグマンによって競技の説明が行われると、「ヒィッ」と息を呑む音がクィディッチ競技場にこだました。
そして、誰も笑ったり冗談を言ったりすることのない雰囲気で、“杖調べの儀”が厳粛に行われた。三人の杖職人たちは礼装ローブを纏って、それぞれ違う色調で統一した肩帯と腕錦をかけて、まるで司祭であるかのように振舞った。
三校の校旗が翻っている。ガラハッドは、「まるでオリンピックだなあ」と思った。
例の台詞で壇上に呼びつけられる選手たちは、みんな気の毒なほど蒼白な顔をしていた。
「 我が杖でたたかう選手よ、前へ! 」
ガチガチの状態でもセドリックは、こちらと目が合うとふっと微笑んだ。
やがて、保護センターの制服を着たドラゴン遣いたちによって、ピッチの中央に第一のドラゴンが降り立つと、千人を超える観客たちは、寸分たがわぬタイミングで悲鳴や歓声をあげた。全員がひとつの心臓を共有したかのようで、会場は独特の空気となった。
ガラハッドは振り向いて観客席を見回した。こんな状況になったら、いくら沢山の人々がひしめいているといっても、ただひとり顔色を変えていないシザーリオを見つけることは、とても簡単なことだった。彼(彼女…)は大公妃のすぐ傍にいて、今日は格別護衛の騎士らしく見えた。あまりの凛々しい仕事ぶりなので、ガラハッドはシザーリオに話しかけることを諦めた。
第一の挑戦者のセドリックは、とんでもない大嘘吐きだった。
彼は、以前からよく「変身術は苦手だ」と言っているくせに、たった一発の魔法で岩を犬に変えたうえで、ぶっ通しでけたたましく吼えさせて、素早く走り続けさせた―――なにが「苦手」だよこの野郎!
セドリックが勝鬨をあげたとき、ガラハッドは嬉しくてならなかった。セドリックは十分に勇敢な男なのに、日頃おとなしい読書家なので、「可愛い顔に傷がつくのが怖いんだろ」とかなんとか、時に同性から蔑まれることがある。
けれど、今日以降そんなことを言う奴は現れないだろう!立派な向こう傷をつくって、セドリック・ディゴリーは15分ほどで金の卵を獲得した。顔の半分を火傷で爛れさせても、彼のスマイルはホグワーツで一番だった。大歓声を受けながら、彼は救護テントに治療を受けに行った。
第二挑戦者のフラー・デラクールは、ガラハッドにはない発想の持ち主だった。
対決的な姿勢をとらないで、ドラゴンをそっと眠らせるとは…。女性特有の魅力が大変目立つけれども、彼女は、それに頼らなくても、純粋に催眠魔法が上手いらしかった。
( 『強みを生かせ』ってアドバイスしたのかな… )
ガラハッドは、どうしても気になってしまって、途中で振り向いてシザーリオの表情を見ようとした。するとばっちりと目が合った。シザーリオは、なんともいえない顔つきをしており、「これくらいは良いだろ?」と言っているようにも見えたが、フラーを小馬鹿にしているようにも見えた。「おぉー…!」と観客がどよめいて感嘆したとき、シザーリオは思いきり唇をひしゃげさせていた。
シザーリオから見るとフラーは、「いつもの戦術で得意になっている馬鹿」だったのである。
迂回して歩けばいいのに、眠ったウェールズ・グリーン種に向かって、嬉しがって直進していくとは…。
金の卵へと向かって、ランウェイを歩くかのように進んだフラーは、ドラゴンの寝息でスカートを舞い上がらせて燃やし始め、とんだセクシーおねえさんと化した。
「 キャーッ 」
内股になって両手でスカートを抑える美少女。破れたタイツ、鎮火後のミニスカ…“そういう審査”だったら、満点!
と、ガラハッドは正直思ってしまった。
だがそれを、こういった場と状況で、態度に出すかどうかは別問題で…―――ヒューヒューと口笛を浴びせかけられて、フラー・デラクールは涙目で退場していった。ドラゴンはすっかり熟睡しているので、一部の観客は気が大きくなっているのだった。
マリエッタとチョウが既に走り出していた。フラーのもとへと行こうというのだ。
ガラハッドは、「頼む!」と言うことしかできなかった。
腕章をつけているマリエッタたちを追って、ベアトリーチェ・メディシスもそっと通用口に駆けこんだ。ガラハッドは、本来ならば彼女を止めるべきところだったが、それが正しいとも思えず棒立ちになった。
第三挑戦者のビクトール・クラムは、弛んだ会場の空気を一撃でぶち壊した。彼は、チャイニーズ火の玉種の、そのキョロッとした少し間抜けな目に、抜群のコントロールによって結膜炎の呪いを当てて、巨大な身体をのたうち回らせた。
尾が、クィディッチ・ゴールポストを薙ぎ払った。
崩落はゆっくりと起きた。大きな影が客席に落ちてきて、観衆はパニックになりかけた。
ホグワーツの教員たちは鋭く杖を構えて、マクゴナガル先生の合図で一斉に「プロテゴ!」と唱えた。その威力は、人数で劣るにも関わらず、魔法省職員たちによる掃射より上だ―――と、ガラハッドは夏を思い出して感じた。ぽーんとポップコーンみたいに、重いはずのゴールポストは跳ね返った。
そして、龍の背中へと圧し掛かったのだ。
龍は、風を巻き起こしながらよろめいて、二本の長い髭を鞭のようにしならせた。痛みで闇雲に脚を動かし、壮絶な悲鳴をあげた。
その隙にビクトール・クラムは金の卵をとったが、大半は潰れてしまっていた。
最後の挑戦者が登場した。
なんというか「ある意味強運」というか、とことん運がないのが逆に英雄らしさを醸し出している、巻き込まれ出場者のハリー・ポッター、しかも獰猛なハンガリー・ホーンテールを引き当てたハリー・ポッター、よりによってトリを飾ることになったハリー・ポッターだ。
ガラハッドの予想した通り、ハリーは高度な呪文を使わなかった。というか、使えないのである―――みっちりとルーピン先生に特訓された、守護霊呪文以外は。習いたての呼び寄せ呪文で、ハリーは
見どころは、何といってもココだった。
ハンガリー・ホーンテールの火力にひるまずに、ハリーは火の息をエルロン・ロールで回避!
え?「エルロン・ロールって、何」だって?―――水平飛行中の減速ナシ360°回転!「可変翼って、ロマンじゃない!?」と、ガラハッドは何度だって主張したい。姿勢の制御によって、左右の揚力・空気抵抗に差をつけて、ハリーはチョウと同じように「減速ナシ360°回転」をやってのけた。そうしてスニッチの代わりに、短時間で金の卵を掴んで見せたのだ!
最高にクールなエンドだ。
鼓膜が痛むほどの大歓声が響き、自然と拍手が巻き起こった。
着地したハリーが救護テントに連れていかれても、長い間拍手はやまなかった。
ガラハッドは、自身も選手たちへと手を叩きながら、全体の拍手を雨音のように感じた。背後から次々に聞こえる「ブラボー!」の声たちが、ゆったりと心を酔わせてくれた。至上の観劇や演奏会を聴いたあと特有の満足感は、何にも代えがたいものがある。その夜のスタッフ反省会で、ガラハッドはふわっと微笑みながら“要注意人物”を発表した。
「 えー…本日の試合の観戦中、椅子の上に立ったり柵を越えようとしたり、動物的な悲鳴をあげたり、怒り狂って汚い言葉を発したり、周りの観戦者にぶつかって迷惑になった生徒―――ワーストワンは、グリフィンドール四年の、ロナルド・ウィーズリー。次回は彼の近くのスタッフを増やします 」
マリエッタは何も言わなかったが、少し責めるような目でフレッドとジョージを見た。トライウィザード・ソサエティーのミーティングは、日頃は自然に集まらない面々が顔を突き合わせる場になっていた。ロジャーは「よせ」という視線をマリエッタに送ったが、内心は「次は俺がその場所の担当をして、ウィーズリーズの弟を絞めよう」と思っていた―――その話は寮でもできることだ。
「 つまり、彼らは仲直りしたでしょう 」
明日の天気でも予報するみたいに、ガラハッドはいきなり妙な発言をした。レイブンクロー生たちの反応は割れたが、グリフィンドール生たちはみんな大きく頷いた。フレッドとジョージはニヤニヤして膝を叩いて、「「当ったり~!」」とご機嫌のハミングをした。ハーマイオニーは満面の笑みを浮かべて、恥らうように頬っぺたを隠した。ハリーとロンが意地の張り合いをやめたとき、彼女は嬉しくて泣いてしまったのだ。
いくつかのエラーの報告を聞いた後、ガラハッドはさらりと会を締めくくった。
「 はい、では本日は、みなさん大変お疲れ様!明日からは通常業務―――献立国際化計画の実行のみに戻るから、しばらくのあいだゆっくりしてほしい。次に僕たちが集中的に取り組んでいくのは、
シン…とした空気を感じとって、ガラハッドは手帳から顔をあげた。
チョウは、さきほどガラハッドが「
突然殴り合いを命じられたような顔つきで、ロジャーとフレッド・ジョージは引け腰の睨めっこをしていた。その三名に挟まれる位置に座っておきながら、一人だけ余裕ぶっこいて微笑んでいる、マーカス・ベルビィのムカつくことといったら…。「わかる、わかるぞ…」と男子たちばかりを見て念じて、ガラハッドはフッと唇の端を上げた。
「 かたいことは言わない。お前らは、今日こうして知ったんだ。この機会に
ガラハッドは冗談めかして言った。
特大の爆弾が投下された。
チョウ、マリエッタ、ハーマイオニーの三名は、ガラハッドの冗談を面白がるふりをしたが、全員、顔が引き攣っていた。ルーナはきゅっと目を細めて、真剣に彼女たちを観察したのだった。
今宵、会議は踊らなかった。敢えてたとえるならば、議長が議卓ごとぶっとばしただけだ。
( 悪いンだぁガラハッド!でも、あたしも近頃悪い子♪ )
膝下ぷらぷら。楽し~い!つま先にひっかけていた靴を飛ばして、ルーナはニへニへと笑い続けた。