ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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神現祭の水盤

 

悪意のない言葉ほど残酷だ。

 

状況を説明しておこう。学生総代のガラハッドは、心あるひとりの人間として、寂しい洞窟でじっと第一の課題の結果を待つシリウスに、極力早くハリーの無事を伝えてやろうとしていた。つまり、100%善意によって急いでいた。手短に誘導スタッフの反省会を畳んで、彼は速足で歩いていた。

 

さあ、さっさと寮に帰って、自室へと着いたら、「疲れた」などと宣言してしまおう!

個人スペースの仕切りを閉めて、すぐに鏡の魔術を使おう。

今夜はどんな回文がいいだろう?

 

…と、実務一辺倒の頭で、ガラハッドが時計を見た時だった。グリフィンドール組とは道が分かれたのを見計らって、マーカスがニヤッとしてガラハッドを肘でつついた。「ん?」と何気なく応えたガラハッドは、直後、いきなり喧嘩を売られたと感じた。パドマと付き合って長いマーカスは、心底悪気なさそうにこう言ったのだ。

 

 

「 君がガールフレンドを欲しがる日が来るなんてねえ! 念のために聞くけど、募集するのは人間の女の子だよね? それとも、孔雀とダンスするつもりだったりする? 」

 

「 は? 」

 

 

ガラハッドは眉を寄せてマーカスを見やった。

え、正気?本気で言ってんのかこいつ?―――ガラハッドは困惑して訊ねた。

 

 

「 俺のこと何だと思ってるんだ? 」

 

 

マーカスはキョトンとした顔で続けた。

 

 

「 違うの?僕、アニメーガスの感覚って、よくわからないんだ。孔雀っていうのは、あくまで一例だよ?ほら、こないだの白フクロウとか…君は、てっきりそちら寄りなのかと…悪い意味じゃないよ?おかしいって言いたんじゃない。ただ、それくらい人間には興味なさそうに見えてきたから、驚いてる 」

 

「 ふーん。じゃあ、お前、明日、マクゴナガルに訊いてみれば?『先生~!先生のパートナーは、トラですかライオンですかチーターですか~!?』って。アニメーガスって、そうだと思ってんだろ?俺にそう言ったんだから、彼女にも言ってみればいい 」

 

 

ガラハッドは涼しい顔つきで言った。それは、眼光にしか変化がないという意味であって、素敵な表情という意味ではなかった。マーカスは「そんなの訊けるわけない!」と呑気に笑ったことで、とうとうガラハッドの地雷を踏み抜いた。以後ボコボコにされていくマーカスを、今日はマリエッタもチョウも助けなかった。

ルーナは興味深そうに耳を傾けて、時々ふんふんと頷いた。

ガラハッドは流暢に冗談らしく言った。

 

 

「 まあな、そりゃあ、監督生様の器の大きさにかかれば?鷲でもフクロウでも孔雀でも、鶏よりデカくて翼がついてるものは、きっと全部同じだろう。ああ、見習わせていただこう!マーカス、お前なんかパドマに捨てられて、冬至舞踏会(ユールボール)はメスチンパンジーと踊ればいいのに。同じ霊長類だし、アリだと思うぞ。どうぞどうぞ、俺は変な目で見たりしない 」

 

「 そ、そういう意味じゃないよ… 」

 

「 でもお前はそういうことを言った 」

 

 

ロジャーはガラハッドを止めようとした。

 

 

「 ていうかさあ、パーティー向きの孔雀って、オスじゃね? 」

 

 

チョウとマリエッタは笑った。

ガラハッドの舌先は加速してしまった。

 

 

「 おっと、つまりお前は、オスゴリラとかも実はイケちゃうってこと!?ヒューッやるなあマーカス! 」

 

 

ロジャーはうっかり笑ってしまって、却ってマーカスを酷い目に遭わせた。

マーカスは「ごめん…ごめんって…」と繰り返すだけに留めて、発言の動機を言わないでおいた。チョウとマリエッタのふたりは、西塔の酸素がいつもより薄く、階段の段差がいつもより高い気がした。目くばせして図ったわけではないけれど、ブロンズのドアノッカーが見えたところで、ふたりは同時に振り向いて男子たちを止めた。マリエッタは「そのへんにしときなさい」としか言えなかったが、チョウはむっつりと続けて話した。

 

 

「 ねえ、ガラハッドがイラついたのはわかるわ。けどその話、寮のなかに入ったらもうやめて。変に噂になってパドマの耳に入ったら、あの子どう感じると思う? 」

 

 

ガラハッドはこれには頷いた。

 

 

「 たしかに。関係のない子を悲しませたくはない。いいかマーカス?つまり俺が言いたかったのは、お前の… 」

 

 

マリエッタが口を挟んだ。

 

 

「 もう充分じゃない?あの、きっとマーカスは、あなたなら、いつでも恋人をつくれるって言いたかったのよ。ずっとそういう状況ですよって―――あなたは、積極的にシングルを選んでいるのかと…そう…そう、解釈していたってことよねマーカス!? 」

 

「 えっ、いまの僕宛てだったの!? 」

 

「 マリエッタがそう言うなら、間違いないな。お前は『恋人は要らない』っていうタイプ。少なくとも女子からはそう見えてんだよ 」

 

 

ロジャーは階段の角を踏み蹴って言った。

ガラハッドは、さっさと頂上までのぼりたい気持ちが勝って、「ふーん」以外の感想がなかった。

ルーナは、あとちょっとのところで立ち止まって、ドアノッカーの謎を聞きもしないで、こんなことで真剣な顔をしあっている自分たちは変だと思った。チョウとマリエッタに立ちはだかられて、全員が足を止める羽目になっていたのだ。

 

 

「 あたしたち何してるの? 」

 

「 行こう 」

 

 

ガラハッドはそれしか言わなかった。

ブルーマフィア一行は、話題の中心が「終了!」という顔をしているので、全員ぞろぞろと動き出して、ドアノッカーの謎に取り組むしかなかった。「どうすれば恋愛がうまくいきますか?」なんて、ブロンズの鷲は教えてくれるわけがないから、寮のドアをくぐるときも、ガラハッドは心を言わなかった。パドマがいるマーカスやチョウの元彼の意見など、ガラハッドは絶対聞きたくなかった。

貴重な女子目線ということで、ガラハッドはマリエッタになら頼ってみたいけれど、今は相談にふさわしい状況ではないと感じる―――「良い雰囲気だと思ったとき、押してみてイケた試しがないんだよなぁ」なんて、チョウのいるところではぼやきたくないのだ。

「おやすみ」と軽く手を振って、ガラハッドは談話室を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

もしも明日鷲になって窓辺に降り立てば、チョウは絶対に内側から開けてくれる。「ペン貸して」って言ったら絶対貸してくれるし、「ちょっと見せて」と言うのとほぼ同時に俺のノートを開いて読みはじめたりする。繋ぎとめないと会えないわけではないし、近くにいてもいちいちドキドキはしない。

けれど、キスしたらまた気持ちが変わりそう。

チョウに「ダンスパートナーやって」と依頼したら、普通にOKしてくれそう。何なら今日の会話をもじって、当日孔雀の羽根をつけてきそう。そうやって笑いをとってくるところが好きだし、ネタに走っているときも彼女は可愛い。チョウは、十分俺のみっともない部分を知っている。そのうえでもし俺を選んでくれたら…。

 

…そんなことをつい妄想してしまったので、ガラハッドはその晩苦戦することになった。ふわふわした夢想に頭を持っていかれて、長いこと呪文が思いつかなかった―――やっぱりさ、ただダンスでペアを組んでもらうだけならどこででもすぐ誘うが、キスだってする仲になるならさ…ふたりきりの場をつくって真剣に誘うべきだろ?―――とか、そんなこと今考えなくてもいいのだが、煩悩の寄すること海の波の如くであり、どうにも防ぐ手立てがなかった。

 

ガラハッドは、ほとんど日付が変わる頃になって、ようやく鏡を使いこなすことができた。彼は鏡の中の自分を指さして言った。

 

 

 NIψONANOMHMATAMHMONANOψIN(己が顔のみならず己が罪を洗え) 

 

 

ギリシャ語版「煩悩滅却!」である。

バレてもいいモテれば」の時よりも開き直って、ガラハッドは鏡の中の世界で自分の言ったことに笑った。良いのか悪いのかわからない形で、魔術師としての成長を実感したのだ―――そっか俺このとおり悟りには遠いから、この呪文ならば状況を選ばずに使えそうだ…と。今後はいちいち頭を捻らずに、そのときの感情のままこれを言おう。ヴァチカンに叛いて生まれた身の上で、誰より聖水盤の刻印を語る者になっていくとは面白い。

 

 

非常に機嫌のよい顔つきで、ガラハッドはシリウスの洞窟へと現れた。

 

 

 

シリウスは、今夜ガラハッドがニコニコして現れたのは、ハリーの活躍ゆえだと当然に思い込んだ。ガラハッドが洞窟にやってきたときには、シリウスはもうハリーからの手紙を受け取っていた。

ガラハッドは「えぇぇ」と不満を溢したが、努めて明るいままの態度をとった。

 

 

「 迂闊だなあ。ここにフクロウを寄越すなんて。その程度の危機意識だっていうなら、僕が連絡役をする必要はあります? 」

 

 

ガラハッドは本気で言っていた。間違っても対立したくないから、責めている色を出さないだけである。

シリウスは小さく肩を竦めて笑った。

 

 

「 つれないな。友人として会いに来てくれよ。ハリーはちょっぴり浮かれたのさ 」

 

「 あんたも浮かれて見えるよ 」

 

「 そりゃあ浮かれるに決まっている 」

 

 

シリウスはニッコリと笑った。しかしすぐ真剣な目になって、手でガラハッドに座るように勧めた。

冷たい岩に胡坐をかくや否や、ガラハッドはハリーの書いた手紙をシリウスから見せられた。

 

 

「 良いことばかりが書いてある 」

 

 

シリウスは思慮深い物言いをした。

ガラハッドからは陰謀論者だと思われているが、彼は聡明な男である。

 

 

「 ハリーは、わたしに心配をかけまいと気を回しているのだと思う―――実際にこの通りのことが起きたのか?君、わたしの味方をしてくれよ、口止めされているとしてもだ…わたしだって、ハリーの負担になろうとは思わない。ただハリーが怪我等していないか、事実を知っておきたいと思っている… 」

 

「 あいつも男ですよ?いちいち『擦り傷をつくりました』とか、誰に気を遣うわけでなくても、普通は書かないでしょうよ。あなたは考えすぎだ 」

 

「 それもそうか…しかし…心配が尽きないのだ。ハリーは、本当に大したものだ。だがこうして、ハリーが第一の課題を非常にうまくこなしたということは、ハリーの名前をゴブレットに入れた何者かは、次はより危険な企てをすると思わないか?ドラゴンに任せておくのではなく、みずから罠を張ったり競技を妨害したりする恐れがある―――次の課題は何だね? 」

 

 

脳みそに気合を入れるかのように、シリウスは眉根に皺を寄せた。彼はルーピン先生を彷彿させる仕草で、立ち上がって洞窟内を歩き回り始めた。

ガラハッドは気を散らされたくなくて、うろうろするシリウスから目を背けて答えた。

 

 

「 さあ?それは、『今日ドラゴンたちが守っていた金の卵を調べるとわかる』ようです。代表選手たちにのみ、手掛かりになる情報が与えられた形で… 」

 

 

シリウスは立ち止ってガラハッドを見た。

すっと遠雷に耳を澄ますように、ガラハッドの顔つきは変わっていた―――シリウスにはそれが“憑依”に見える。初めて会った時の違和感は、“その手の魔法使い”への敬意へと変わっている。

ガラハッドは半分ひとりごととして言った。

 

 

「 …そのバグマンのアナウンスを聞くまで、俺もすっかりボケていたんだが―――この三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)は、第一の課題の得点に関わらず、()()()()()()()次の競技に進出できる。いや、選手は、炎のゴブレットとの魔法契約によって、一回戦の結果に関係なく、死んでいない限り二回戦に進出し全力で戦うことを義務付けられる。たとえ、卵の破片しか手に入れていなくても…だ。ということはこの大会は、初めから盗みやカンニングありきの設計だ。つまり、大いに介入の余地がある。今日からの約三ヶ月間―――やけに早かった一回戦と違って、一回戦と二回戦の間がかなり長くとられているのは―――卵を持たない者が攻め手、持っている者が守り手になって、盗んだりすり替えたりガセネタを掴ませたりするためだと思う 」

 

「 ふむ。正しく魔法試合だな―――決闘とは趣が違う 」

 

 

シリウスは納得した顔をした。間違ってもガラハッドとは対立したくないので、シリウスは「君はレイブンクロー生だな」とは言わないでおいた。ブンクロではないクールなレイブンクロー生ほど、ほとんどすべての営みをそういうゲームだと見なしているものだ…。

ガラハッドは淡々と続けた。

 

 

「 巧くやることができたら、僕は次回も事前に課題の内容を知っておけるかもしれません。目をつけるべき選手は、わかっているので―――第二の課題の日よりも前に、少なくともビクトール・クラムは動き出す。その機に乗じて、ちょろまかしを狙う… 」

 

「 うぅむ、なるほど。そいつは、ダームストラングの選手だな?ドラゴンをじたばたさせたという…―――卵に込められた情報を狙うのは、選手本人だけではなかろう。カルカロフは必ず暗躍する!ハリーを亡き者にして、死喰い人たちの中で重んじられるか。自校選手を優勝させて、ダンブルドアの鼻をあかすか。奴にとって、どちらのほうがより魅力的であるやら?薄汚い奴の欲するところは、わからない。どちらの場合にも備えて、最大限の警戒が必要だ… 」

 

「 僕なら“どっちも”を狙いますけど? 二つに一つと絞る必要はないでしょう 」

 

 

ガラハッドはレイブンクロー生らしくニヤッとした。

シリウスは、頷いたまま首を上げなくなった。彼は幽霊のように首を落としたまま、しばらく洞窟中を黙って歩き回った。

やがて、シリウスはバックビークの近くで立ち止まって少しだけ撫でてやり、振り返ってガラハッドに笑顔を見せた。ガラハッドは、初めて会ったときに比べて、シリウスは随分明るくなったと思った。

 

 

「 君は怖いやつだ 」

 

 

シリウスは悪戯っぽい目つきで言った。

 

 

「 だが、頼もしい。『生きているものを虐めると、夜中にレディ・グレイスが現れて、彼らに杖を持たせるよ』だったか―――君がそうするんだろう?毎度ながら見事な鏡魔法だよ。グレイスとは、こうして考えを話し合う機会がなかった… 」

 

 

シリウスは真剣に言っていた。

ガラハッドは返答に困った。

 

ガラハッドは、シリウスとは波長が合うと感じ、頼っていきたい部分もあるのだが、今一歩のところでルーピン先生ほど親しめない。色よいことならいくらでも言えるが、どこまで違う意見を言ってよいのかわからない―――それはシリウスのほうも同じだった。

 

ガラハッドはきょろっと岩の天井を見上げた。

百歩譲って俺とグレイスが同一だとして、“本物のグレイス”と“おばけのグレイス”とは別なのにさ、何を言っているんだブラックさんよ…と、言ったら彼はどんな顔をするだろう?ガラハッドは ふと先日見た夢を思い出して、さらに複雑な気分になった。自分自身がグレイスとして、若いシリウスを迎える夢だった。「そんな夢を見た」という事実は、隠すようなことではないのだが、言えば妙な期待を持たせそうだと思った。

 

 

グレイスと自分とは違う―――その意識が揺らぐ瞬間がないわけではないが、たとえ女の肉体を与えられていたとしても、自身は“おばけのグレイス”のようにはならないことだろう。寝物語の存在と違って、霞を食っては生きていけないからだ。

 

 

翌日ハーマイオニーからの報告を受けて、ガラハッドはその信念を強化した。

 

 

 




NIψONANOMHMATAMHMONANOψIN(ニプソンアノマータメーモナン)は中世の聖水盤の側面に刻んである回文です。英国だとロンドンやノッティンガムの教会にのこっています。いずれも八角形で“憂いの篩”型。
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