翌日、昼休みにハーマイオニーからダンブルドアの書いた手紙を見せにこられて、ガラハッドは「偽造であってほしい」と強く感じた。丁寧な文章でダンブルドアが、『待遇改善を希望するすべての屋敷しもべ妖精』に対して、『週に10ガリオンの賃金と週末の休日』を提案していたからだ。どれだけ懐が豊かなんだ、あのジジイは?―――ハーマイオニーは手紙の捏造なんかしないし、偽造した手紙は言質にならない。もしもこの手紙が偽物なら、彼女はこんなに嬉しそうにしている筈がない。大広間のレイブンクローテーブルで、ガラハッドはしばらく地蔵のように固まった。
( 週に10ガリオン?年収約500ガリオンだ…仕入れも何もない妖精族が、杖を振れば済む仕事をして純利益年500ガリオン…? )
苦労して杖職人をやっていくのは、馬鹿みたいじゃないか?
ガラハッドはダンブルドアの正気を疑って、『親愛なるドビー』という書き出しを呆れて見下ろした。ドビーは文盲であるため、この往復書簡は実質ハーマイオニーとダンブルドアの交渉である。一応は代筆…口述筆記ということになっているが、ドビーの口からは出そうにない言葉が随所に散見された。
ガラハッドは目を細めて手紙を見下ろし続けた。
ハーマイオニーめ、任せた業務は「屋敷しもべ妖精集団の組織化・個別の来歴の調査・効率的な業務の采配」なのに、張り切って余計なことを…。妖精福祉の推進は良いことだと思うけど、妖精より先に認められるべき者たちがいるのではないか?この『屋敷しもべ妖精代表』というドビーの肩書は、本当に民主的な決定によるものなのか…?
絶対に違う…とガラハッドは思った。
どうせそんなよくわからない役に就きたがるお調子者が、ドビー以外にはいなかっただけだろう。
とはいえ向こう二週間ぶんくらいの国際的献立計画・供給体制づくりは出来ているので、ハーマイオニーの素晴らしい仕事ぶりときたら、どうしたって文句はつけられない。言うなれば絶句していたガラハッドは、一緒にいたロジャーに助けられた。
ロジャーは、勝手に隣から手紙を覗き込んで読んで、明け透けに「すっげ~」と騒いだ。
「 グレンジャーさんマジしごでき!こりゃグリフィンドール男は毎日チビってるな 」
「
ガラハッドは「参った」という仕草で誤魔化したが、苦い思いを隠しきれなかった。
一方ハーマイオニーは目一杯こらえて得意さを隠して微笑み、上手にはにかむことに成功した。彼女は、「放課後一緒に厨房に行きましょうね」とガラハッドと約束して、弾むように歩いて帰っていった。
ロジャーは、「おっとここにもマリエッタのライバルが…」と、ハーマイオニーの去り姿から察した。そこで、興味深くガラハッドの横顔を観察した。本日もまた頓珍漢なガラハッド卿は、目薬をさしたばかりみたいな顔をしている―――…。
「 …そこまでか?もちろん前よりは良いけどな? 」
ロジャーは自分の口許を指さして言った。
「 “刺激”はなくね?むしろ萎え 」
高く舌打ちの音をたてて、ロジャーは自分の人差し指の先に軽くキスをした。その不満の表し方は、言うまでもなくフラー・デラクール嬢の真似っこである。
ガラハッドはこざっぱりと嘆息した。
「 いや、彼女は十分刺激的すぎるよ… 」
パチン!と指を鳴らす音が聞こえた。
「
ドヤ顔のマスタングである。彼はたまたま近くの席を使っていて、左手では「参った」という仕草をしてみせていた。ガラハッドとロジャーはそちらを向いた。ガラハッドはすぐにマスタングの台詞はアナグラムだとわかったし、ロジャーも気づかないなりに笑って納得した。
ガラハッドは少し身を乗り出して言った。
「 やあマスタング、センスあるな!元は
「 随分と奇妙なラブレターを貰うんだな? 」
「 ちょっと色々あるんだ。ちょうどよかった。おたくに意見を聞きたいことがある。どうせ夜は暇してると思うけど、違うか? 」
「 舐められたものだ。近頃は真剣に勉強をしているんだぞ 」
マスタングは大嘘をぶっこいた。
たとえ嘘ではなかったとしても、マスタングが言うと大嘘であるように聞こえた。つまり「自室にいる」という意味だなと解釈して、ガラハッドは軽くそれを聞き流した。それ以上マスタングに返事をせずに、午後の授業へと向かったのだ。
本当は、もう一捻りくらい何か言ってのけたかったのだが…。
ガラハッドは、
スイッチひとつで調節しているかのように、午後からは“十二月”が突然やってきた。ただカレンダーのうえで12月1日だというだけでなく、今日からは“吹き荒れる風と霙の季節”だ。昨日の興奮を消し去るかのように、ホグワーツ城はいっきに暗くなった。
放課後ハーマイオニーと待ち合わせをすることは、本来嬉しく楽しいことであるはずだった。明々とした松明に照らされて、ハーマイオニーは頬をオレンジ色に輝かせていた。一緒に歩きながら何度も見上げられて、ガラハッドは胸が苦しくなった。可愛い鳥のさえずりみたいに、ハーマイオニーはずっと可愛くないことばかり言った。
ガラハッドは微笑を引きつらせた。「僕は僕の将来が不安だ」と、「君は可愛いのに可愛くない」は、まったく別の感情であるのに、ぐずぐずと混線が自覚される―――頭じゃ分かっているのに、気持ちが混ぜこぜになる。別に彼女が従順で毒にも薬にもならない子だったとして、自分は当座良い気分になるだけじゃないか…。
ハーマイオニーはニコニコッとして言った。
「 早くドビーに読み聞かせてあげたいわ 」
ハーマイオニーはダンブルドアからの手紙を握りしめていた。彼女は、すぐさまドビーに口述で返信をさせるため、早くもボールペンまで手に持っていた。ガラハッドはリータ・スキーターのことを思い出して、彼女の10代当時の姿を想像した。
ハーマイオニーは果物鉢の絵の前で立ち止まった。
「 ねえ、わたし、ドビーを説得しようと思うのよ。今回の手紙で、ドビーは満足すると思うわ。でも、ここは『もう一声!』と言うべきところよね、すべての屋敷しもべ妖精のことを考えるなら―――だって自由で幸せなドビーを見て、他の妖精たちも自由になりたいと願ったとき、すべての屋敷しもべ妖精が週末に休みをとることは、現実的に不可能でしょう?シフト制週休二日制である場合、週末勤務手当があって然るべきよ―――そのことをきっとドビーは知らないわ 」
「 そりゃあ、知っていたら逆に驚きだ 」
ガラハッドは絵のなかの梨をくすぐった。
梨がすぐに身を捩って笑ったのを見て、ハーマイオニーは急いで囁くように付け足した。
「 無知につけいった搾取は防がないと…! 」
梨は変身して取っ手になった。
少し乱暴な手つきで、ガラハッドは取っ手を捻って厨房の扉を開けた。
屋敷しもべ妖精というものは、人目の有無に関係なく、日頃から気分によって(?)透明だったり透明じゃなかったりする。臆病な小動物のように、物音がするとサッと透明になる。
ガラハッドとハーマイオニーから見て、厨房は当初無人であるように見えた。だが、馴染みの顔の生徒たちの到来に、妖精たちは次第に姿を現していった。『選出された屋敷しもべ妖精代表』であるドビーは、そのなかで非常に目立っていた。
ハーマイオニーはドビーに手を振った。
ドビーは飛び上がってふたりに挨拶をした。
「 お嬢さま!オリバンダーさま!ようこそ、ようこそでございます!いま紅茶を一杯お淹れになられます! 」
声が大きいから目立つのではない。
ドビーは、他の妖精たちが皆キッチンタオルをサリーのように巻いて着ているなかで、一人だけ奇天烈な格好をしているから目立つのだ。ドビーは、帽子代わりにティーポットカバーをかぶり、それにキラキラしたバッヂをたくさんつけて、裸の上半身に変な柄のネクタイを締めて、トランクスのようなものを履いていた。
「 ドビー、今日も素敵なファッションね 」
ハーマイオニーは大真面目に言った。
「 自分で選んだものを身につけるのって、最高よね 」
ガラハッドは、今日のドビーの装いは一段と倒錯的で、「着ていないほうがマシだ」とまで思った。あまりに素晴らしいことをおっしゃるハーマイオニーさんに、実例を示して問いかけてみたくなった。
「 本気?俺が同じことしたら“事案”じゃない? 」
「 プフッ!やめて―――ドビーはとってもラブリーでしょう? 」
『ラブリー』って、『ちんちくりん』の言い換えであるらしい。ガラハッドは呆れて肩を竦めると、ざっと百人はいる厨房中の妖精たちに、ローブを捌いて純血風の会釈をした。ラブリーとは言えない図体ゆえに、ちょっぴり紳士ぶったわけである。
ハーマイオニーはやる気に満ち溢れていた。「読み聞かせといえば暖炉の前」だと、ハーマイオニーは思っていた。かつて母親が絵本を読んでくれた時のように、自然と自分もやろうとしたのだ。厨房の奥の暖炉のほうを見て、ハーマイオニーは「あっ」と驚いて声をあげた。
「 ドビー!あの子は…!? 」
「 ウィンキーでございます! 」
ドビーは大きな目をギョロギョロさせて言った。
「 お嬢様はウィンキーをご存知でいらっしゃいますか?ウィンキーは自由になられました!ウィンキーは仕事をお求めにいらっしゃいました! 」
ガラハッドは刮目して暖炉脇の生き物を見た。
「 ウィンキーって、まさか… 」
「 クラウチ家の屋敷しもべ妖精よ! 」
ハーマイオニーは興奮気味にウィンキーへと近づいた。ハーマイオニーにお茶やお菓子を差し出そうとしていた屋敷しもべ妖精たちは、ぴょこぴょこぞろぞろと後ろをついていった。ガラハッドは、ハーマイオニーを追おうとしてうっかり妖精を蹴りそうになって、謝罪がてら愛想までにひとつビスケットを受け取った。
「 悪かった。折角良くしてくれようとしたのに。どうも有難う 」
ガラハッドはビスケットを手に持ったまま、大股でハーマイオニーのことを追いかけた。近づくと、ドビーとはまた違う方向性で、ウィンキーもまたイカレたファッションであることがわかった。ブラウスの前はスープの染みだらけだし、スカートも焼け焦げだらけだ。
ハーマイオニーは、「とても心配していた」「あなたが無事で良かった」というようなことを、何度も熱心にウィンキーに言った。力なく丸椅子に腰かけていたウィンキーは、おそらく彼女なりの微笑みを浮かべた。
ハーマイオニーは悪意なく訊いた。
「 いつからここにいるの?あなたもホグワーツで働くのね! 」
突然、ウィンキーはボトリと涙を溢した。「つい先週でございます!」とドビーが、ウィンキーの代わりにキンキン声で答えた。
ハーマイオニーはウィンキーの肩に触れながら言った。
「 そうなの?ごめんなさい!今日まで気づかなかったわ。けど、あなたに会えて嬉しいわ。本当よウィンキー! 」
「 いつから厨房にいる?その前はホグワーツのどこにいたんだ? 」
ガラハッドは“数え漏れ”が起きていることを怖れて尋ねかけた。ぴしゃりとガラハッドの腕を叩いて、ハーマイオニーは責めるような口調をやめさせた。ウィンキーはいっそう涙を溢していた。
「 ご主人様のところに… 」
ウィンキーは言いかけて、やめた。
それからウィンキーはピーピーと泣いて、丸っ鼻から鼻水を垂らした。
「 ウィンキーは不名誉なしもべ妖精です!ウィンキーはご主人様から二度と近づくなと言われました!ご主人様はウィンキーをお求めでない!ウィンキーは本当に自由になってしまいました!! 」
「 これは面白いことを言う 」
まったく面白くないという顔つきで、ガラハッドはハーマイオニーを視線で黙らせた。
「 ウィンキーさんとやら。そりゃあ、あんなことをしでかしたらクビだよ。君たちに『アズカバン行き』はないんだからな。僕も君に会えて嬉しい。『自分からクビになりたかった』以外に、“闇の印”を打ち上げた理由はあるのか?僕はそれを聞く権利がある筈だ 」
ガラハッドは低い声で言った。
ウィンキーはピタリと泣き止んだ。
そんなウィンキーの姿に、ガラハッドは「彼女は屋敷しもべ妖精界の女優なのかも」と思った―――妖精間の美醜なんて全然わからないけれども。強い意志と高い知性を感じさせる目で、ウィンキーはきっぱりと返事をした。
「 あたしはそれをお言いになりません 」
ガラハッドは冷ややかに眉を上げた。
「 へえ。反“屋敷しもべ妖精原則”の遵守か? 一、主君の名誉を
「 あっあたしは何を言われても平気でございます!あたしは、ちゃんと恥を知る屋敷しもべ妖精でございます!お給料を欲しがるような屋敷しもべ妖精とは違います!クラウチさまは、悪いウィンキーをクビにするのが正しいのでございます!! 」
ウィンキーは強い憤りを見せた。
ドビーは困ったようにキョドキョドした。
ハーマイオニーが割って入った。
「 ウィンキー、お願い、“体験したこと”だけでも話してくれないかしら?“アレをした理由”なんてないわよね?あなた、利用されたんでしょう?居合わせた魔法省の人々も、あなたは狙われたんだって言ってたわ。古い家の屋敷しもべ妖精だから… 」
「 あたしは“体験したこと”もお話しになりません! 」
ガラハッドはイライラと言った。
「 ハーマイオニー、『狙われた』んじゃなくて、『選ばれた』気分でいるんだよコイツは。真夜中にレディ・グレイスと出会って、やり返すための杖を与えられたんだ。ご覧のとおり誇りが
ガラハッドはウィンキーの口ぶりを真似した。
ハーマイオニーは複雑な表情で黙り込んで、ガラハッドとウィンキーとを交互に見比べた。やがてハーマイオニーはガラハッドの腕にそっと手を触れたまま、しゃがみこんでウィンキーの目の高さで言った。
「 酷い虐待を受けていたのよね?かわいそうに。あなたたち主人に逆らえないから――― 」
「 あたしのご主人様たちを、あなたさまは侮辱なさらないのです!クラウチさまを、あなたさまは侮辱なさらないのです! 」
「 でも、もうクラウチ家のしもべではないんでしょう? 」
ハーマイオニーの優しい一言は、ガラハッドの嫌味よりもウィンキーの胸を抉った。
「 びえーーーん!!! 」
ウィンキーは大泣きしてスカートに顔を埋めた。
ガラハッドは「ちょっと大人げなかったかな」という気分になって、顔を歪めながら舌鋒を収めた。
「 もういい、ハーマイオニー、ワールドカップの件の真実を聞き出すのはよそう、少なくとも今は。…彼女のことは、しばらく放っておこう。僕は、クラウチに今度会う時に『どうも。ウィンキーは元気そうでしたよ』って言えるだけで、十分良い気分になれる 」
ウィンキーは猛然と顔を上げた。
「 あなたさまは、あたしのご主人様にお会いになる!? 」
ガラハッドは毒のある笑みを浮かべているところだった。
ウィンキーは大きな声で叫んだ。
「 あなたさまは意地悪!あたしはご主人様をお守りいたします!! 」
「 ウィンキー、落ち着いて。この人にも事情があるの。あなたは気絶していたから知らないの… 」
「 あなたはあたしのご主人様のことがお好きではない!?あなたさまは悪い魔法使い! 」
「 あ、そう。クラウチは君よりも
ウィンキーはビクンッと全身を硬直させた。
ハーマイオニーはガラハッドに苦い顔で小さく何度も頷いて、それを見たウィンキーをショック死させかけた。ウィンキーは厨房中に響く泣き声をあげて、床につっぷして悶え始めた。ガラハッドの気分を宥めるつもりで、ハーマイオニーはそっと周囲の屋敷しもべ妖精たちを手で示した。
「 いただきましょうよ 」
妖精たちに勧められるまま、ガラハッドとハーマイオニーは運ばれてきた椅子に腰かけた。彼らは湯気の立つ紅茶を受け取った。クリームケーキの乗った皿を両手で差し出して、ドビーは変わらぬ元気の良さでこう言った。
「 オリバンダーさま、ウィンキーはまだショック状態なのでございます!ウィンキーは、前向きになるのに時間が要るのでございます!ウィンキーは失礼な対応をなさいましたが、ガラハッド・オリバンダーはウィンキーをお嫌いになってはいけません!ドビーは、ウィンキーのことを古くからご存知です! 」
ガラハッドは忍耐心を試された。
泣きっぱなしのウィンキーを放ってお茶を飲めるほど、ガラハッドは(ハーマイオニーもだが)神経が太くなかった。ガラハッドは、もしもウィンキーが人間であったならば―――いいや何だったら、ウィンキーがトロールや巨人族であって、こんなちんちくりんの泣き虫でさえなければ―――“あの夜の出来事”の詳細を含め、かつてどうやって闇杖を入手したのかについても、ウィンキーからは山ほど聞き出したいことがあるので、尋問をやめなかったことだろう。
ガラハッドは躊躇いながらも検討した―――開心術とか…ちょっと準備も実力も不足していて、すぐには実行に移せないんだけど…いわゆる人間同士での“最も話の早い手段”というのは、屋敷しもべ妖精相手でも有効なのだろうか…と。ウィンキーは、ただでさえこんな情緒不安定ぶりなのだから、開心術などかけたら発狂間違いなしであろう。ガラハッドは弱い者をいじめたくなかったが、なんでもかんでも我慢することはできなかった。
沈思黙考の人であることをやめて、ガラハッドは穏やかに答えた。
「 …わかった。ところで、聞いたよ、ドビー。週に10ガリオンの賃金だって?年収でいうと520ガリオンだ。凄いよ、それって多分先生方の報酬と同じくらいだ。次は、屋敷しもべ妖精代表として、グリンゴッツにかけあってみてはどうだ?口座を持てるように―――うんと貯金ができるだろう? 」
ガシャン!
と、ドビーはクリームケーキを落っことして棒立ちになった。「悪い子!!!」と嘆かれては話が進まないので、ガラハッドは即座に杖をとりだして振った。皿は修理され、ケーキの残骸は生ごみ入れへと飛んだ。それなのにギャンギャン喚かれてしまったが、これは悪い展開ではなかった。ドビーは、テニスボールのような黄緑の目に涙をためて、とても恐ろしそうにぶるぶると震えた。
「 貯金!!!週に10ガリオンいただくと、貯金がおできになりますか!?嫌です、嫌です、お嬢さま、ドビーめはやっぱり、週に10ガリオンも要りません! 」
ハーマイオニーはポカンと口を開けた。
「 そんな…まさか、価値を知らなかったの? 」
「 知っていると恥ずかしい!と、感じるらしい人はホモ・サピエンスにもいる。清貧、いいんじゃないかな? 」
ガラハッドはさも真剣そうに言った。
ハーマイオニーは大真面目に返した。
「 どうして?どのみち、貰っておけばいいじゃない―――ダンブルドア先生は、それでよいと仰っているんだから。ガラハッド、わたし、ハウスワークの価値が見くびられるのって、おかしいと思うわよ! 」
「 素晴らしい。正しいご意見だ。でも何より、本人の意思が一番 」
ガラハッドはぴしゃりとハーマイオニーを遮った。
杖一本は7ガリオン。
新入生の数は、例年200名弱。
オリバンダー杖店は、利益率3割(有り得ない!いっぺん製造業やってみろ!)で杖を売らないと、“本業”だけで年500ガリオンも稼げない。“屋敷しもべ妖精より安い職人”になるなんて、ガラハッドは理屈抜きで嫌だった。ドビーに500ガリオン稼がれるくらいなら、毎日2シックルとられるほうがマシだった。
まるで純粋に興味があるかのような顔で、ガラハッドはドビーへと尋ねかけた。
「 ドビー、君にとっての理想の働き方って?君は、賃金を得たら何に使って暮らしを楽しみたいと思ってる? 」
「 オリバンダー様、ドビーは服を買いたいのです!ドビーは、月に一度ホグスミードに行って、素敵な服を買うことができましたら、それより余るほどには要りません!お給料もお休みも、それより余ってしまうのは嫌でございます! 」
「 それじゃ、週に1ガリオンってところかな? 」
「 そんな…それは安すぎるわよ 」
「 そうかな?4ガリオンあればセーターが買える。彼にはちょうどいいと思う 」
ガラハッドはドビーの裸の胸を手で示した。
ドビーはひときわ大声で言った。
「 1ガリオン!ドビーは週に1ガリオンで満足です!ドビーは働くのが好きです!ドビーは、ドビーの気に入った服を着て、ドビーのお得意のスープをおつくりになりたいです!それがドビーの理想です!坊ちゃまはドビーのスープを美味しいとおっしゃいました!坊ちゃまはよくおかわりをなさいました! 」
「 待って…“坊ちゃま”って、マルフォイよね? 」
ハーマイオニーはボソッと呟き、見るからに顔をひきつらせた。美味しそうに食事をする幼いドラコ・マルフォイを、ハーマイオニーは想像できないのである。こうしてハーマイオニーの気が逸れているうちに、ガラハッドは“今回の代筆役”を買って出た。
ガラハッドがダンブルドア宛てに手紙を書く横で、ハーマイオニーはぶつくさと文句を言った。
「 ねえ、市場に低賃金の労働者がいるのって、よくないと思うわ。いくら『仕事が好き。やり甲斐があるから』と本人は言っていても、法外な安さで働く人がいるのって、他の労働者の賃上げの障壁になるわよ。ひいては経済成長が阻害されるの 」
「 …うん 」
ガラハッドは生返事をした。ハーマイオニーからの言葉は、底のない穴に落ちていくかのようだった。何の反響音も生じなくて、深淵を覗くきっかけになるだけだ。「うるさい」や「わかってる」は封じ込めたのではなく、最初から湧いてこなかった。
写経僧のような面差しで、ガラハッドは要望書の代筆をすすめた。