セドリック・ディゴリーによるチョウ・チャンの誘い方は、近くにいた生徒たちの度肝を抜いて、「おお彼こそはガラハッド卿の盟友!」と、邪気のない笑いを誘うようなものだった。彼は、5年生とはこの時期に何に苦しめられるものか、去年体験して知っていたので、あのガラハッドと特に親しいレイブンクロー生たちの勤勉さを信じて図書室に行き、とても効率のよい棚の回り方をした。そして、まずはロジャー・デイビースをみつけて挨拶をし、まるで透明なマダム・フーチが間にいるみたいに、ハッフルパフチームのキャプテンとして振舞い、チョウ・チャンがぴょこっと姿を見せると、“あくまでライバルのシーカー同士として”話しかけた。書の香る図書室にいながら、芝匂うコートのド真ん中のようにやったのだ。
セドリックは、チョウにきっぱりとこう言った。
「 やあ、チャン、助けてくれないか? 」
チョウは困惑してセドリックを見つめた。
「 何のこと? 」
「 ダンスだよ。少なくとも君たちは知っているだろう?代表選手は、隅っこで眺めているわけにはいかない―――大公妃の前で、クラムたちと並んで踊らないといけないんだけど―――ホグワーツのためにも、恥はかきたくないと思っている。チャン、君は、とても運動神経が良いよね。回転の動きに強いし、決闘だってうまくやるんじゃない?僕とペアを組んで、踊ってくれないか?君は、もしも僕がうっかりステップを間違えたとしたら、ひらっと身を躱して、見せ場に変えてくれよ。そのとき、黙って足を踏まれる子じゃ共倒れだ… 」
セドリックは、慌てて口を閉じて顎を引いた。きょとんとして立っているチョウの、その背後の通路へ、本棚の陰からマダム・ピンスがにょきっと現れて、イライラと睨んできたからだ。
セドリックは姿勢を正した。
場は水を打ったようになった。
うるさくて不埒な利用者に無言の圧をかけてから、マダム・ピンスはゆっくりと遠ざかっていった。
―――…。
静かで厳かな図書室では、“ハゲワシ女史”の足音はやけに大きく聞こえて…―――マーカスは、笑いをこらえようとしすぎて前のめりになり、どこからか「ふごっ」という奇妙な音を出した。元々ぷるぷる震えていたロジャーは、「やめろ!」と囁いてマーカスを突き飛ばした。マーカスは本棚に頭をぶつけた。
「 痛っ! 」
トコトコトコッという音を立てて素早く後退し、マダム・ピンスはカッと眼光を放った―――マリエッタは、それを見てもう駄目だった。彼女は、優等生なのに女子にあるまじき音を出して俯き、余計にロジャーをヒクヒクさせた。「あなたたち、減点しますよ」と司書に脅されたところで、“禁じられた笑い”の発作はおさまるものではない。マーカス、ロジャー、マリエッタの三人は、厳格なマダムへと何度も頷いたものの、そのときもクスクス笑いを続けていた。
チョウは眉を高く上げたまま少し俯き、恥らいながらニヤニヤ笑った。得意顔を見せるのは品がないが、自然とスマイルがあふれだして、止まらなかったのだ。
目下のところ、寮対抗クィディッチで活躍している女子生徒には、他にアンジェリーナ、アリシア、ケイティがいる…―――チョウは、セドリックという他寮の有力選手から、彼女たちグリフィンドール・チェイサー陣や自寮の二軍にいるはずの女子たちを差し置いて、自分が声をかけられたことが嬉しくて、たまらなかった。チョウは自分の爪先を見つめたまま、きらきらと目を輝かせた。
( そっか!やった!十七歳以下お断りだった“ホグワーツ代表選手”には、女子限定の一夜枠ができたんだわ。“学生総代のパートナー”とは別に…! )
「やる!」と短く呟いてから、チョウはこれが声になっていたことに気がついた。これは、「骨に飛びついてのワン」か、いいとこ「奮起の独り言」であるから、聞いているほうからしたら、ぶっきらぼうな感じがしただろう―――チョウは慌てて顔を上げて、近くにマダム・ピンスの気配のないことを確認してから、今のを会話らしく繕おうとした。
そこにセドリックは微笑みかけた。彼は、チョウの態度をまったく気にしていなかった。そういったことは自然と伝わってくるものだ。陽光のような眼差しを浴びせられて、チョウは何度も瞬きをした。
「 有り難う。君がパートナーだと、心強いよ 」
セドリックはチョウに握手を求めた。パートナーシップの締結、そして、レイブンクローチーム副キャプテンに対する、試合前の挨拶だ。チョウは昂揚を感じながら、おずおずとセドリックの握手に応えた。こんなことが自分に起こるなんて、夢みたいだった。
課題をやるのに必要な本を借りて、レイブンクロー四人組は猛然と図書室を抜け出した。一刻も早く大声を出せて、手を叩いて笑える場所に行きたかった。
女子寮の自室に戻るまでを待てずに、そのあとのチョウは両手で顔の下半分を覆いつつ、甲高い声で「ふぁああ、ひゃあああ」と言いながら廊下を歩いた。可愛いはしゃぎようだと思うだろうか?ただいまの彼女の心は、「フリットウィック先生、わたし、決闘チャンピオンになりたいです!」である。見た目に騙されるなかれ。この女の子は、ロウェナ・レイブンクローに憧れるタイプだ。
ロジャーは振り返って、別の道を選んで遠ざかっていくセドリックの背中を見て、「あいつ、わかってるなあ」とニヤニヤして言った。「そうだね」と答えてマーカスもニヤニヤした。チョウは「いやだ、言いふらさないでよ?」と言って、一度は彼らを責めたものの、今起きたことをどれほど誇らしく思うか、親しい友人たちには隠せなかった。
チョウはマリエッタそっくりな口調で言った。
「 頑張る!わたし、頑張るわ!フリットウィック先生に弟子入りする。先生も喜んでくださるはず…! 」
マリエッタは、あわや呼吸困難に陥りそうなほどクスクス笑いをして、一人でウィスキーを空にしたみたいになっていた。寮に直結する階段を上りはじめるまで、マリエッタとチョウは、互いに凭れかかりあうようにして歩いた。
マリエッタはいつもより大きな声で話して、握った拳をチョウに見せつけて笑った。さながら自陣のライダーが決勝進出をきめた、F1ピットクルーのチーフである。否、“戦士”とお呼びいただけた礼に応えて、マーカスは、彼女を“推し活の女王”と呼びたい。
「 流石よチョウ!当日は髪を上げましょう!ヘアセット、練習させてよ! 」
マリエッタはなおも笑い続けた。
「 ねえ、ねえ、よかったわねチョウ!セドリックはとても良い人じゃない?あんな言い方をしていたけど、彼、実はあなたのことずっと好きだったんだわ。そう思わない?だってあの人、ガラハッドと仲が良いのよ?ああ見えて、確実に男の子の馬鹿なところと、どうにもひねくれたところがあるに決まってる!だってそれがないと、ガラハッドとぴったりと気が合わないはずでしょう?ああわたし、我慢できなかった―――セドリックったら、物凄くかっこつけて、清潔な顔をして、『ダンスパートナーはあなたがいい理由』を、並べ立ててた。絶対、他に思っていることがあるくせにね!ふふふ、あの人って、あんな人だったのね。可笑しいわ。でも、納得よ―――ガラハッドも同じことしそう! 」
ことはダンスなのだ、クィディッチとルールが一緒なわけじゃない。ある女の子が『初日』に大急ぎで誘われたら、その理由は、「その子は格別可愛いから」に決まっている。誰だって、そう考えることだろう。
ロジャーは、天下のセドリック、さっきのセドリックですら女子に言わせれば「かっこつけ」か、と…マリエッタの評から流れ弾をくらった。ロジャーは沈痛な顔で黙り込み、マーカスをさらに笑わせた。
チョウは、肩を寄せ合っている距離のまま、はにかんでじっとマリエッタを見つめた。いろんなことを思いすぎていて、全部は言葉にできなかった。言うべき順番だってあった。1・2を言っていないのに、5から始めることはできない。
「 有難う… 」
チョウは、まずはそのように言った。
「 …ダンスの練習、一緒にしようね 」
マリエッタは笑って「ええ」と答えた。
チョウはキュッと唇を閉じた。とても間近に見えているのが、いけなかった。6番目くらいに言うべきことが、胸に渦巻いて仕方なかった―――マリエッタ、今夜わたしの髪を上げてくれるの?ドレスローブに合わせて、良い形を探してくれるんだね。わたしもあなたのブロンドに触りたいわ。舞踏会当日の髪型は、どうかわたしに決めさせて。くちゃくちゃにしてしまって、痛かったりしたらごめんなさい。でも、他の人に任せたくないの。あなたにはどんな髪型がいいか、決まったプランがあるわけじゃないの。ただあなたがわたしに“流星型一つ括り”をしてくれるみたいに、わたしもあなたに良いのを探したい。あなたは、いつも寝室以外ではきっちりとまとめ髪にしているけれど、本当はもっと良い髪型があると思う…。
チョウ・チャンは思うのである。きっとあのマクゴナガル先生や、さっき笑わせてきたマダム・ピンスだって、若い頃は髪を解き放って羽目を外していたと思うのに、このマリエッタ・エッジコムが慎んで正しいことだけをしたまま、おばあさんになっていいわけない。
秘密を言い聞かせるように、チョウはにっこりとマリエッタに囁いた。
「 あなたはガラハッドと、わたしはセドリックと…わたしたち、当日はどちらも“ホグワーツ代表”のペアね! 」
チョウはそれが幸せだった。
ところが、マリエッタはパッと目を見開いて、チョウから離れて怯えたように言った。
「 え、なに?そんなの決まってないわよ 」
チョウはムッと口を曲げた―――わたしは、みんなの前でちょっと素敵な誘われ方をしたからって、いきなりセドリックが大好きになっているわけないじゃない!彼は勇敢でハンサムなスポーツマンだけど、それとは関係のないこととして、わたしそんなに軽薄な女の子じゃない。
チョウはマリエッタを突き飛ばして、寮塔階段の入り口へと強引に押し込んだ。
「 決めるの!今日こそガラハッドに言いなさいよ! 」
石の螺旋階段塔に、チョウの一喝は反響した。
奇しくも、時を同じくして、ロジャー・デイビースとガラハッド・オリバンダーは、ひそかにそっくりのことを考えていた。「すかさず冷やかし」のしにくい状況に直面して、彼らはそれぞれの場所で呻吟した。
うーん、その…ツレが異性にモテているときって、すぐ近くにいて、どんな顔をすればいいのかわからなくないか?そのツレとは人種が違いすぎて、その好かれ方といい、寄ってきてる子たちのタイプといい、ぶわーっと嫉妬を誘われるわけじゃなくても、なんというか、普通に気まずいので見ていたくない。どうぞおモテになるのは構わないから、万事自分のいないところでやってほしい。“やり口”の詳細とか知りたくない…。
ガラハッドは打合せを終えると、双子たちとは寮が異なるので、必然、マスタングと新たな二人組をつくって城内を歩くことになった。ゆえに再び2対2の誘いを受けて、上記のような思案にとりつかれた。ガラハッドは、マスタングが彼と同級の女子たちと話しこんでいるあいだ、その隣で“ただ立っているだけの人”になった。
彼女たちは、もう少女という雰囲気ではなかった。なんだか、マダム・ロスメルタのところで働いていそうな人たちであり、制服を着ているのがおかしいくらいだ。
ガラハッドは、「自分は、この中で一人だけ未成年で、幼いんだ」と感じさせられた。O.W.Lをまだ受けていないから、“交換科目”の交流についていけなかった。冷やかして笑える空気でもないし、シンプルにこういうの気まずいし…ガラハッドは、マスタングを置いて一人で寮に帰ることも考えたが、それをすると拗ねたみたいになって、後で鬱陶しいことを言われるだろうと思った。そこで仕方なく見守っていた会話は、衝撃的な結末で終わった。
ガラハッドは耳を疑った。マスタングは、今の女子生徒たちのそれぞれの魅力を挙げ、我が前には異種の魅力が集っているのだとぬかし、「君も君も、当日は私と踊ってくれないか。この坊やを嫉妬させたい」とほざきやがった。「ハァ!?」と思ったが、ガラハッドにはそれを言う暇もなかった。
次には目を疑ったからだ。
どうしてだか満足そうに笑って、それぞれボーバトンとダームストラングの制服を着た女子たちは、こちらにウィンクをして去っていった。彼女たちが去っていくと、マスタングは立ったまま手帳を取り出して、ボールペンでメモをとり始めた。その手帳の中身がイカレている!ガラハッドは、パラパラとめくられていった使用済みページには、びっしりと数字・女性名・場所名の羅列があるのを目撃した。もしかして、それは、デートのタイムスケジュール…?
( こいつ、何股をかけてるんだ…!? )
ガラハッドは絶句して、人間サイズの毛虫でも見るような目つきになって、マスタングのつむじから爪先までを確認した。こいつ、なんで昔から一定人気があるんだ!?…真剣な観察の結果、「センスは靴に出る」ということだけがわかって、それ以外は謎のままだった。
ガラハッドは失礼なことを考えた。
( 性格が…性格が、こんなに悪いのに!?いや決して、悪いばっかりではないんだけども…! )
火遊びの腕前を誇っているらしい。マスタングは、今できた予定の記録を終えると、内ポケットに手帳を仕舞ってニヤッとした。
「 近頃はこうしていてな 」
マスタングは、見るからにかっこつけてポケットに手をつっこんだ。彼は新種の暗号のことを言っていたが、具体的には何も明かさなかった。いくら学び始めて数か月だとて、日和っていてはいけない。錬金術師は、秘密厳守である。
マスタングはにこにこして言った。
「 どうした、ノアイユ先生の息子さん?ははっ、一人くらい回して欲しかったか?だが今のは、お前向きの相手じゃなかったぞ 」
ガラハッドはイラっとした。―――うっざ、こいつ、クソ煽ってきやがる…!!
ええどうせ俺では、あんな完熟のお姉さまがたを、にっこりと微笑ませることなんかできませんよ!ガラハッドは「マスタングはその点は凄い」と思うけれども、全然彼を見習いたくなんかない。
「 きっしょ 」
咄嗟にそう吐き捨ててしまい、みすみす喧嘩を売った。
マスタングは、子供っぽい顔を不遜に歪めた。
「 ぁあ?何だと?坊や、箱入りの顔させてやった礼がそれか?ボーっとしたあとに言うことがそれか?貴様それで舞踏会のホストが務まるのか? 」
斯くして、ブンクロ同士の舌戦が始まった。
毎度一言多い男 VS 売られた喧嘩は三倍で返す男
双方、近頃かなりマシになってきたほうだが、上蓋の厚みが増しただけであって欠点を失ったわけではない。彼らは、腐っても「首席と学生総代」の組み合わせであり、揃ってブ男というわけではないのに、それ以降誰にも声をかけられず、むしろ目を逸らされて、ずかずかバサバサ高速でローブを靡かせて、レイブンクロー生しかいないところまで帰った。
彼らは、持ち前の雰囲気を台無しにして、癇の強いところを曝け出して言い合いをした。双方、彼らなりには非常に穏便に、熱心に落としどころを探りあっており、罵詈雑言を浴びせあうわけではないのだが、誰もガチ議論をしている様子の人たちをダンスに誘ったりはしない。
寮塔階段を上りながら、マスタングは目を細めてがたがた言った。
「 馬鹿馬鹿しい。ダンスは一人の人間としか踊ってはいけないなどと、誰が決めたというんだ?そんなルールあるわけないぞ。仮にあるとしようか?だとすればお前は、ガヴォットやらパスピエやら、次々にペアを換えて大人数で踊る舞曲の存在を、どのように説明するんだ?そもそも、なぜ舞踏会は複数の曲によって構成されていると思う?一人としか踊らないのなら、一曲しか要らないだろうに。つまり、さっきの会議は要らなかった 」
マスタングは、「と、いうことで俺の役割は要らない。ああ辞めさせてもらおう!」とは勢いよく締めくくらず、キュッと唇を閉じることにして、本人なりには拗ねていないつもりだった。アーティストに迷惑をかけるだけでなく、義母を悲しませるような手紙を書きたくなかったのだ。
一方ガラハッドのほうも、いまや“主力”のマスタングの機嫌を損ね過ぎないように、俯きがちに弱々しく返した。
「 そうじゃない。俺は、『三曲あれば三人と、五曲あれば五人と踊りうる』みたいな、当たり前の算数を否定したいわけじゃない。そういうことが可能な設計になっている会は、そうじゃない会よりも楽しいってこともわかっている―――力を貸してくれて、本当に有難いと思ってるよ 」
「 それじゃあ、何だったっていうんだ?あの『きっしょ』は 」
「 ごめん。あんたは良い監督生だから、甘えもあった。言い返されないと思ったのかも、教師相手みたいにさ… 」
マスタングは返事をしなかった。
ガラハッドは立ち止った。
目は見えているけれど見えているだけ…―――ガラハッドは、敢えて心をその場から移して、鳥のように高みへ放った。
うわあ寒い!ただいま塔の外では、轟轟と冷たい風が鳴っている。
こんなに風の強い日の空は、肉眼で見なくても何色かわかる。舞い上がって主塔を視おろして、もっと高度を上げて広きを視て―――苔のようになった森の向こうのうねうね道の、その先のホグスミードの岩山の、あの洞窟はいまごろ空っぽ。ガランとしている岩室には、縮れた枯葉が吹き込んでいるだろう。
昨夜旅立っていったシリウスは、無事にルーピン先生に会えるだろうか?「流石にここで冬を越えるのは厳しい」のことを、シリウスは「あいつにもこの毛艶を見せてやる」と表現した。ルーピン先生は孤独なクリスマスを迎えると、確信しているような口ぶりだった。ずっとあそこにいたのでは、ハリーへのクリスマスプレゼントだって入手できないのかも…あの人、軽率なことをしていなければいいが…。
「 …お前、何をしているんだ? 」
マスタングの声が響いた。
ガラハッドは、それはこっちの台詞だった。
小さく溜め息をついて、目の前のことに心を戻す―――…「ただ見えているだけ」ではなく、ちゃんと注目するという意味で見てみると、折角こっちがぼんやりして“挑戦権”を譲ってやったというのに、マスタングは階段の半ばで立ち止まって、ドアノッカーの前まで行っていなかった。彼は、誰よりなぞなぞが大好きなくせに、片足を段差にのせたまま身体をこちらに向けて、「もっと説明をしろ」あるいは、「もっと褒めてみせろ」という態度だった。
うっかり舌打ちが出そうではないか。
こいつ、こっちが頭を下げたら、今が攻め時だと思いやがって…―――ガラハッドは頬を引きつらせて、苦虫を呑み込んで言った
「 まあ、アレだ。俺は、大前提として、この俺のダンスパートナーになってくれるような聖人を、大切にしたいと思っているんだよ。この際だから、質問してもいいか?こんなの、いちいち話すようなことではないと思うんだが…―――どうも俺は世間並みの感覚がわからない。ここいらには、告白っていう文化がないぶん…なあ、『俺とダンスしてください』って、『俺の恋人になってください』と同義だよな? 」
ガラハッドは、マスタングに対して、言いたいことの残りは視線で語った。喧嘩を避けようとした結果、強烈な睨みをくらわせたのだ。マスタングはぐっと上半身を引いたので、言いたいことは伝わったようだった。ガラハッドは、マスタングを立てて「俺はわからない」という言い方をしたが、実際には「お前はわかっていない」と主張していた。
なあ、それで、『恋人』って、通常同時に複数いるものではないよな?
つまり、お前のやってることはおかしいよな?
種馬のごとき素行のマスタングに、ガラハッドは常識を説きたいのである。別に、心底マスタングが何股をかけて、怒った女の人たちに何発殴られたっていいけれども、トライウィザード・ソサエティーのボスとして、メンバーに下半身のだらしない奴を抱えて、いずれ揉めごとを持ち込まれるのは嫌なのだ。
マスタングは、「どこかから音がする」みたいな顔つきで少し首を捻っており、深く考える様子を見せながら言った。
「 …一般的には、そうだな 」
マスタングのほうこそ、このふわふわとした奇妙なガラハッド卿に、どうにか常識的行動をとらせねばならないと思っていた。「彼って、この世の人じゃないみたい」などという優しい捉え方で、海外勢はこの天才を見てくれないだろう。
マスタングは大鉈を振るった。
「 しかし、お前な、現実逃避はほどほどにしろ。どこまで本気で言っているやら知らないが、ダンスに誘うことの意味合いは、そこらの男と女と、『ホストと主賓の姫君』とでは、まったく違う。違うに決まっているだろう!選挙に勝って調子に乗って、もう努力することなんてできないか?まったく世話が焼ける。びちびちクソ垂れるな童貞―――
ぎゃあああああッと悲鳴をあげたい心境なのに、ガラハッドは一音も発せなくなってしまった。
童貞!いま童貞とお言いになりました!?なんてひどい!なんてひどい仕打ち!!そのようなことは、先輩が後輩に言っていいことではありません!俺まだ16だぞ?そっちより経験が少ないの、当たり前じゃん!?ううん、俺ってば実は人生2回目…うわあああこの“あべこべ呪文”をくらうのも、2回目!逃避しちゃえ、試してみたかったことをやってやるぞ!!!
ガラハッドはウキーッとげんこつで石の壁を殴って、無音のままこぶしに怪我を負った。続いて全力で地団太を踏んでみても、談話室の扉に体当たりしてみても、音は一切立たなかった。わお、素晴らしいね!本当にサイレントだってことがわかったよチクショウありがとうございます!?クソマスタング!俺だって好きで童貞やってねえ!!!
ガラハッドの暴れっぷりは失敗したときのドビー顔負けの奇天烈さだったが、マスタングは、この件ばかりは無遠慮に笑ってやらなかった。マスタングは神妙な顔で腕を組み、一体どう言えばこのアホの心に響くものとなるのだろうと考えた。
マスタングは、呪文の使用者として存分に主張を聞かせられるが、LISTENの語に「服従」という意味はないから、結局のところ言葉を尽くして、相手に納得してもらうことを期待するしかないのだ。
「 …『聖人』といったな 」
マスタングは、どうにかガラハッドの世界に寄り添おうとした。彼は顎をさすりながら呟いた。
「 お前は、自分のダンスパートナーになる者を…ひいては、自分の恋人となる存在を、『聖人』と呼んだな?クサいが、間違った理解ではないと思う。そうだな、『聖人』…うん、うん 」
ガラハッドは粛々と聞かされていた。
マスタングはいくつか頷いたあと、不敵なニヤつき顔でこう言った。
「 恋人は『聖人』。大公妃殿下は、一つ格上げして『女神』というところだ。うん、考えてみると、俺たち男を受け入れてくれるかたを聖人とするのは、実に良い手なんじゃないか?聖人はどこの街にもいる。港町の守護聖人もいれば、谷合の守護聖人もいる。看護師だったらアガタだと、写真好きだったらベロニカとすればよく…―――古来、石でも削れば聖母マリア、土でも捏ねれば愛と美の女神だ。称えて、拝んで、有難がって…マグルじゃないんだぞ、天使と呼んだら、天使にしてみせよう。お前は、この魔法が下手で見ていられない 」
自作の呪文を解除して、マスタングはドアノッカーに手を伸ばした。