扉が開き、二人の生徒たちがやってきた。ガラハッドとマスタングの姿が見えた途端に、マリエッタは自分の顔が赤くなるのを感じた。
マリエッタは、大きなロウェナ・レイブンクロー像の前に立って、近づいてくる彼らを待ち受けながら、猛烈に喉の渇きを覚え、自分の胃が捻じれるのを感じた。心臓が暴れブラッジャーみたいになって、他の臓物を押しのけていく…!?
ガラハッドは、俗に評すれば少しワイルドな、ぶっきらぼうで冷たいような感じがする無表情―――しかし、事実としては「余人には到達しえない深遠な智慧を働かせ、うんと思索を巡らせている」とわかる顔つきで―――扉に次のなぞなぞを仕掛ける役をマスタングに任せて、姿勢よく最後の数段をのぼってきた。一仕事終えてきた学生総代として、一番かっこいいときの立ち居振る舞いで、静かに談話室へと入ってきたということだ。
マリエッタは、ガラハッドのことを選挙戦で売り出して以来、少々奇妙な病に罹患している。たとえば『この人、以前議論が長引いたから紅茶を淹れようとしてくれて、目がついているのにお口が忙しくって、どばどばと手元で洪水を起こしたのよ』とか…ガラハッドが元々持っている、支持者には極力隠しているような困った部分ほど、自分たち
( そこのところを知らないで「卿、大好き♡」なんてはしゃいでいる人たちって、おめでたくって実に有難いわ )
マリエッタは日頃そう思っている。
彼女は、今さら『卿に目もくれずに横切られちゃった』くらいで驚かないし、傷つくどころか少し嬉しい。
マリエッタはそわそわと微笑みながら、ガラハッドが像の台座上の羽根ペンをとり、“魔法のインク壺”を使うのを見守った。ガラハッドは、初めて冬期休暇残留希望書へと目を通しながら、この主文の下に長々と連なる記書きたちは、ほとんど“今日の放課後、この時間までにここを通った生徒のリスト”と同じなのではと思った。
ガラハッドはマリエッタに「おつかれ」と言って、「チョウは?」と聞きながら自分の名前を書いた。マリエッタは目を泳がせながら嘘を吐いた。
「 …えっと、部屋で勉強中よ 」
「 そうか。なあ、こんなの、監督生が横で監視しておく必要あるか? 」
ガラハッドは不機嫌に言った。
右手が痛くてうまく動かなくて、3才の子供みたいな字になってしまったのだ。杖を握るのだって右手なのに、右手で壁を殴るべきではなかったな…―――左手で右手をさすりながら、ガラハッドは試しに杖を振っておく必要を感じた。
「 いたずら防止だろ?『このリストになりすましで記名したり、勝手に書き換えたりした奴は燃やすぞ』って、マスタングがメモを置いておくだけで効果があると思うけど、ちゃんとしたのが必要なら、俺が魔法をかけよう。ずっと張りついているのは馬鹿みたいだろ 」
「 う、うん、そうね…そうすれば宿題ができるし―――ねえ、あの、わたし気がついたの。この退屈なお仕事をしている間に、考えたわ。舞踏会当日に必要な皿の数を読むためには、招待されて来る下級生の数を知る必要があると思わない?このリスト、その手がかりになると思わない?マルフォイはそこまで気が回るかしらね?ねえ早い段階で、確認しておいたほうがよくない? 」
「 そうだな。念のために 」
ガラハッドはポケットから杖を取り出していた。
マリエッタはコクンと頷こうとして、そのまま酔っ払いみたいな動きと呂律で言った。
「 あなたのダンスパートナーは、私がよくない? 」
杖先をあげた姿のまま、ガラハッドは動きを止めた。
「 え? 」
「 チョウはセドリックと行くの。ルーナは低学年でしょ。グレンジャーさんは寮が違うから、直前まで細々とした確認をとりあえるわけじゃないし、先日したみたいに、直後に反省会を持てないじゃない?パーティーは十二時に終わるのよ! 」
ああっ、舌が止まらない…!
息もつがずに話し続けて、マリエッタは肩で息をしていた。
ガラハッドの真ん丸な両目は、朝焼けと夕焼けのセットみたいだった。キョトンとしたままで、カチッと“総代モード”に入ったのか―――はたまた、突飛で奇天烈なことを言い出すのか―――彼は、人間には目と口と鼻がついているということを、初めて意識し観察しているのかもしれない。
( カタツムリって、こんな気分だったのね…!? )
マリエッタ・エッジコムは、魔女の例にもれずナメクジを怖れない少女で、カタツムリを見つけたら縮むまで視線を注ぎ、愉快な模様や色合いをしているウミウシを興味深く思う。だが、それらになりたいと思ったことはない。彼女は、ガラハッドの視線から逃れようとして大ぶりな動きをとり、ビシッと談話室の一郭を指さして、“とても合理的な主張”を続けた。
「 その点私たちって、お互いに眠いのさえ我慢したら、当日ソコであれやこれやすぐに共有できるわよ! 」
「 ブッフォン 」
マスタングは変な咳払いをした。
マスタングは、ガラハッドに負けず劣らずの悪筆記名をやり遂げて、ニヤつきながら男子寮に向かった。一方、チョウは笑う気分にはならずに、レイブンクロー像の後ろに隠れて、じーっと膝を抱えていた。聞いているのはつらかったが、知らないうちに決まるのはもっと嫌だった。おでこを膝小僧にのっけて、耳を澄ませてみる―――ガラハッドは、マスタングがいなくなったのを見計らって、マリエッタに凄く素敵な返事をしてる…。
( マリエッタったら、感激して泣いちゃうんじゃない? )
そう感じるとチョウは、俄然元気が出てきてニコニコした。早くレイブンクロー像の陰から飛び出して、マリエッタを抱きしめてあげたくなった。めちゃくちゃに女子寮で言いふらして、いっぱい祝福してあげよう!
男子寮のアーチをくぐるとすぐに、ガラハッドは極めて威嚇的に首を回した。あまりにもタイミングよく起きた“事件”だったので、すべてはマスタングの計略ではないかと思われた。いたずらと呼ぶには、人を巻き込んでいて根性が悪い。ガラハッドは、真昼であったとしても陽の射さない通路で、壁掛けの松明がつくっている陰翳の奥や、立っている甲冑の脇などを細かく睨んだが、それらのどこにもマスタングを見つけられず、ぞわぞわと動揺を募らせていった。
( 自室にまで追いかけて行って、問いただしたりするのはダサいな… )
ガラハッドはマスタングと関わることを諦めて、とりあえず自分の寝室にひっこむことにしたが、大してクールダウンの時間はとれないとわかっていた。夕食の時間が来てほしくないと感じたのは、ホグワーツに来て以来初めてだった。そこに行くとまたマリエッタと顔を合わせる…。
ガラハッドは、猫が顔を洗うように自分の顔を触り、わざわざ右手の痛いのを感じ続けた―――自分は、「チョウにダンスを申し込みたい」という気持ちさえなければ、わざわざ寮に帰ってこなかったのに。マスタングとは違って、迅速に手紙を出す役目があるわけではないのに…俺はYESと言ってしまった!
ガラハッドは、マリエッタのことを大切な友達だと思っているから、疎遠になりたくないから、場当たりにYESと言ってしまった。だって、「申し出有難いけど、君の考えはすべて正しいけど、君なくして俺は当選できなかったけど、君も生物学的には女の子の一人であるけれど」と、ごたごたとした理由を並べたてて、不合理で失礼で恩知らずなNOを突きつければ、強烈に彼女を傷つけてしまったと思う!気軽な提案というわけでは、なさそうだったのだ。五年も一緒に学んでいるのだから、ネタか本気かくらいはわかる。そういえば彼女だって、女の子だった―――それなら、あんなに必死に誘ってもらえるだけで、俺には過ぎた贅沢じゃないか…?
ガラハッドは、美女たちから百の“可愛がり”という名の冷やかしを受けるよりも、一人の誠実な人に尽くされるほうが嬉しい。その意味では、マリエッタ・エッジコムは世に比類なき聖少女であろうに、このもやもやした納得できなさは何なんだろう?
帰室するなりマーカスに冷やかされて、ガラハッドは狷介に眉を顰めた。「お前、知ってただろ」とガラハッドが力なく責めると、マーカスはケタケタと声をあげて笑った。
「 もちろん!寮じゃ有名だからね 」
「 …本当に? 」
「 君こそ本気で言ってる?凄いや!知らないの?騎士譚に姫の献身はつきものじゃないか。ガラハッド卿伝説!いやはや僕は心底感動しているよ。ようやくちゃんと伝説らしくなってきた。あのガラハッド卿が、あのガラハッド・オリバンダーが、五年めにして物心をつけて、それで、どうなったんだい? 」
マーカスは、異常な上擦り声をあげてニヤニヤした。絶対に結果の予想はついているくせに、敢えてこの口に言わせようというのだ。ガラハッドはぐっと舌打ちをこらえて、マーカスにぷいと背を向けた。ここはロジャーの参戦と加勢を期待だ!ロジャーのスペースのカーテンは閉ざされていたが、ガラハッドは大声で彼に呼びかけた。
「 おい!ロジャー、出てこい、飯行くぞ! 」
夕食の席で、ロジャーと言い合いをしていれば女子は入ってくるまい…。
ロジャーは、引き裂くようにカーテンを開けて出てきて、ガラハッドを見据えて仁王立ちした。
「 うっっっせ。一人じゃあんよできねえのかテメーは 」
「 うひゃあ! 」
マーカスはじたばたと靴を鳴らした。ヒクヒク震えて、ずいぶんな舞踏呪いにかかっているくせに、尻が重いので座ったままであるらしい。
「 ヒュー、クール!トサカがきまってるよ! 」
「 ロジャー、こいつ吊るしてもいいよな? 」
ガラハッドは先に部屋を出ながら言った、
「 そこの窓からやろう。もしくは、暖炉の中だ 」
ロジャーは、部屋を横切りながら前のめりになってマーカスを睨み、火の上でこんがりと豚を焼く素振りをして見せた。
「 ぐ~るぐ~る、脂滴らせとけってんだ 」
ロジャーは忌々しそうに唸った。
ガラハッドの観察するところ、たしかに現在のロジャー・デイビースは、いつもよりヘアセットに気合が入っている。この時間に早いシャワーを浴びて、身だしなみを整え直した理由って何だろう?…そんなの、聞くまでもないよな?聞くと無粋にもほどがある。
ガラハッドは今のロジャーの耳朶を見て、「へえ、それが勝負ピアスなのか」と思った。以後それをつけているのを見ると察するものがあるから、「知りたくなかったな」とも思った。
ところで、痛い。駄目だ、これは折れたりしているやつ…―――ガラハッドの右手はズキズキと疼き、ポケットのなかで腫れあがりつつあった。寮塔階段をくだりながら、ガラハッドはロジャーに右手を突き出してアピールしてみせた。
「 見てくれ。さっきそこの壁を殴ったらこうなった 」
「 はあ!?ちょっ、ヤバい色してんじゃねーか 」
「 聞けばわかる。俺は、殴らねばならなかった 」
「 馬鹿すぎる。お前って、こう、どうして、お前なんだ? 」
「 さあな。とにかく、俺は第一に医務室に向かうべきらしい 」
「 おう…うん、そりゃあ…良い心がけだよ。サンキューな 」
ロジャーは呆れて首を振りながら言った。
たまたま居合わせた二年生たちは、あの先輩たちはやはり格別変わっていると思った。
ガラハッドの希望は、マダム・ポンフリーがこの腫れあがった右手を見て悲鳴をあげ、今夜は入院が必要であると主張し、医務室で食事をとらせてくれることだった。ところがマダム・ポンフリーは、ガラハッドの手の関節を順に杖で軽く叩いていき、たったの5分ほどですべての医療行為を終えた。
右手に湿布を貼った状態で、ガラハッドは医務室から追い出された。この湿布は腫れを引かせるためだけのもので、痛みはもう全然なかった。
身体のどこかが痛いほうが、ずっとマシな気分だった。痛みを失ってしまったことで、却って直視してしまったことがあった。―――そうか、そうかセドリックはあのあと、チョウに出会ってダンスに誘ったのか。「時系列上、そういうことになる」とは理解できるのだが、皆目信じられない…。
( 信じたくない…の間違い? ううん、やっぱり信じられない )
根拠?ないです。ないのくらいちゃんとわかってる…。
それでも何かの間違いであることを期待して、ガラハッドは大広間へと向かった。真実は、レイブンクローの女子生徒たちの視線の先と、動きと、猛烈なクスクス笑いによって、残酷なほどすぐに明らかになった。ガラハッドは、自分だって赤い顔で座っているマリエッタと交互に見比べられて、冷やかしを受けている一員なのだが、「やっぱり、チョウはセドリックと付き合うことになったんだ」と直感すると動けなくなり、自寮の席にまで辿りつけなかった。チョウとセドリックは今どんな顔をしているか、確かめる勇気もなかった。
( セドリックより良い男子なんていない。チョウは、そりゃあOKするよな… )
そして、チョウよりも可愛く性格の良い女子なんていないのである。別に、マリエッタの性格が悪いと思うわけじゃない。ただあいつは、チョウほどノリが良くないし、古典絵画の婦人みたいな顔をしている。
( きついな…セドリックの目に狂いはない )
ガラハッドは皮肉に嗤った。強がったが、すぐさま斜め後ろから野太い声で話しかけてもらえなければ、ガラハッドはそのまま俯いてしまい、通行の邪魔になり続けたことだろう。ガラハッドは、あれ以来関わりのなかったマイキュー14世に声をかけられて、神妙に右手の心配をされた。ガラハッドは、身を入れて彼と話し続けることで、どうにかこの夕食の場を乗り切ろうとした。―――さもなくば地獄じゃないか!?
ダームストラングのマイキュー14世は、学生総代のガラハッド卿からレイブンクロー席へと誘われた時、ある雄弁な友人と共に行くことを条件として、戦略的にYESと言った。有名選手・ビクトール・クラムを伴って、彼は“大公妃様のお膝元”へと参列した。二人の杖職人たちを交互に見ながら、ビクトール・クラムは無邪気にはしゃいだ。
「 Sir、ヴぉくは、前に、ミカから聞いだんです。炎の雷は、油の好き嫌いが激しい。炎の雷は、どても気難しい。ヴぉくは、乗りながら、づねに、それうぉ、感じでいます。ヴぉくは、ヴぉくの箒に、グレゴロビッチ工房の油、づかいます。ヴぉくは、それで手入れをします。それは、ほとんど、上手くいきます。しかし、時々… 」
どんな試合があって、どんな状況の時、どうだったか。どんなコンディションのとき、自分はどう考えて、どう対処しているか―――ビクトールはそれを惜しみなく語り、ガラハッドへと意見を求めた。ガラハッドは、喜んでこの雑談に没頭した。純粋に興味深く感じて、「自分は勉強させてもらうばかりだ」と思ったが、ガラハッドは姉弟子エルドラの森について話せたし、湿気対策についてはマイキュー14世よりも一日の長があった。
「 なんせこの国はじめじめして寒いですからね 」
ガラハッドは、英国人らしく冷やかに笑った。
ビクトールは、この地を寒いと思ったことがなかったので、スン…と鼻を鳴らしてむっつりした。
。たっ笑てっなに緒一とちた生ントバーボ、はルドリ
ガラハッドは決して見ないようにしていたが、。たっやてっいにし物見てえ敢はルドリ
愚かしいことだ。良心の痛みというものは、それが固かったほうが鋭くなるのに、みすみす清く正しく生きようとして、不合理だと思わないのか。湿った粘土と冷えたダイヤモンドなら、ダイヤモンドのほうが激しく粉々になる。
さも楽しんでいるような顔つきをして、その夜セドリック・ディゴリーは値千金の会話を聞いた。クィディッチファンなら、聞かずにはいられない、最高に嬉しいゲストトークだった筈だった。
セドリックは夕食をほとんど呑み込めなかったが、誰からも心配の声はかけられなかった。どこにも、味方なんかいなかった。でもそれは、僕自身が招いたことだから、僕は受け止めねばならないんだと、セドリック・ディゴリーは思った。
『愛が呼ぶほうへ』はポルノグラフィティの曲のタイトルです。My name is...