ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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【1巻までの登場人物】

■チョウ・チャン
のちにハリー・ポッターと付き合う。

■ロジャー・デイビース
のちにフラー・デラクールとダンスする。

■マリエッタ・エッジコム
のちにDAを裏切る。

■マーカス・ベルビィ
のちに雉肉を喉に詰まらせる。

■フローリアン・フォーテスキュー
のちにいつのまにかいなくなる。


作中の錬金術用語、および賢者の石の作り方は『古き賢者の学、あるいは遍き医学の学理』内の象徴語で統一しています。




1巻:石をめざす物語
父の帰還


 

フローリアン・フォーテスキューがアイスクリームパーラーを開いたのは、夏休みが始まってからたったの五日後のことで、帰宅するや否や彼が最初に行ったことは、自宅の屋根からにょきにょきとお化けヒマワリを生やすことだった。

それは、実にダイアゴン横丁らしい広告看板だったので、“漏れ鍋”から出てきた魔女と魔法使いたちはそれを見るなり、一刻も早くアイスキャンデーが欲しくなり、こんなあるべくしてあるような店が、どうしてこれまでこの場所になかったのだろうと思った。大人も子供も鬼婆だって、せっかく魔法界で一番のダイアゴン横丁に来たのなら、アイスクリームをぺろぺろ舐めながら、ひしめく店々をひやかしてまわりたいに決まっている。

 

 

ガラハッドは夏休み初日から連日、フローリアンの店の開店準備を手伝ったけれども、杖を使えないからあんまり役に立つことはできず、おおむね彼の準備の良さを褒める係だった。いよいよこのあと10時から開店という朝、真新しいカウンターに肘をついて、ガラスケースの中に並んでいる色とりどりのアイスを眺めながらガラハッドは、最後の最後の仕事として、

 

 

「 これでうちの店に行列ができても安心だな? 」

 

 

とにんまり笑った。

 

緊張のあまりにフローリアンが、もう百回目くらいになるのに、また店内の備品を確かめはじめたからだ。彼だって今日からはひとりの店主である。挑戦的な笑みでからかってくる6つも年下の子を、むすりとしてフローリアンは睨んで腰に手を当てた。

 

 

「 クリスマスマーケットのときは酷かったんだ。杖磨きセットを求めて、ずらっとここら辺に人が並んでさ――――今年は呪文で凍えさせて、ホットチョコレートを売りつけてやれよ。 」

 

「 何をぅ。いまにうちへの行列が、オリバンダーの店先に食い込むからね!と、言いたいところだけど。 」

 

 

弱々しくフローリアンは肩を竦めた。さっきから自分が挙動不審であることは、情けなくも重々よくわかっている。

 

 

「 正直自信はないよ。でも、お陰さまでうちって立地だけは最高だし、何とかなると思ってるんだ。ねえ、こういうのはどう?君はこれから、宿題をするときはうちのテラスに来てやればいい。無料(ただ)でサンデーをご馳走するから!でもその代わり、夏のオリバンダー杖店には、じっくりじっっっくり時間をかけて、新入生の杖合わせをしてほしいよ。 」

 

「 待ち時間が生じるように? 」

 

「 そう!さすが話が早い。 」

 

「 悪くない取引だな。 」

 

 

ガラハッドは笑った。心配しなくてもこの店は、きっと大変な人気になると思う。お手伝い役の役得で、一通り味見をさせてもらったところフローリアンの自家製アイスクリームは、いずれもとっても美味しかったのだ。雑談しながらフローリアンは、自分の店の入り口を開けに出てきたマダム・マルキンに手を振った。彼女から贈られたエプロンをフローリアンはつけていた。

 

 

「 新入生とその家族が、うちのテラスでわくわくしながら、君の家に招かれる順番を待つわけさ。収益のこともあるけど、何より家族の思い出に残る外出に、アイスクリームがあったら最高じゃないか。僕の憧れだったんだ。 」

 

「 家族と出かけてアイスを食べるのが? 」 

 

「 そう。それでね、僕が一緒にアイスを食べたいのは、僕に孤児院に行かずに済む暮らしをさせてくれた、この街の人だって気づいたわけさ。 」

 

 

照れ臭そうにフローリアンはウインクした。その姿を仰ぎ見てガラハッドは、つくづく感心してしまった。――――彼の両親が亡くなった日のことならば覚えている。

 

 

「 あの何でもイヤイヤの子が…大人になったなあ? 」

 

「 なんだい。ガラハッドって、昔から年寄りみたいなこと言うよね。ギャリックさんの影響なんだろうけど。 」

 

 

憮然としてフローリアンはしゃがみこんだ。立っていたときの膝丈ほどを手で示しながら、彼は煽るように鼻をつきあげて笑った。

 

 

「 君こそ小さかった。僕が両親を亡くしたとき、まだこんなのだったよ! 」

 

 

たしかにそれくらいであった気がする。

 

 

 

 

 

父アラベールがオリバンダーの杖の店に帰ってきたのは、ガラハッドが帰ってきたのの一週間遅れだった。

ガラハッドが8つのとき以来なので、約4年ぶりということになる。喜びを隠せないギャリックが、その晩はごちそうを用意せねばと言い出した。そうはいってもオリバンダー家には、屋敷しもべ妖精の一匹もいない。

 

 

「 “漏れ鍋”にお願いしよう! 」

 

「 トムに注文してくるよ。 」

 

 

そういうわけで準備は整った。魔法省に寄ってから帰るということで、父の帰宅手段は煙突飛行だった。

昼嫌いのフクロウがぱっちりと目を開ける頃、オリバンダー家の居間の暖炉に、緑色の火がぼうっと燃え上がった。

 

 

「 やあ、ただいま。 」

 

 

炎のなかから現れて、ほんの昨日ぶりであったかのように、気負いのない声でアラベールは言った。

 

 

「 ガラハッド、息災か。おお…おおお随分、大きくなったな!?お義父様、ただいま戻りました。 」

 

「 うん、うん。 」

 

 

喉を震わせながらギャリックは頷いた。帰ってきた当の本人よりも、ギャリックのほうが万感胸に迫っている。

 

 

「 よく帰ってきたな――――我が弟子、我が息子。身体は悪くないか。 」

 

「 身に余るお言葉です。 」

 

「 ときどきお前がいなくて往生したのだ!さてさて、とにかく座りなさい。 」

 

 

いそいそとギャリックはソファへと腰かけた。翡翠色のカバーは、昼間ガラハッドが洗い上げて敷き詰めたばかりだった。

 

 

「 ええ…。 」

 

 

絶好調の師匠とは裏腹に、帰宅したばかりのアラベールは、見るからに困惑していてなかなか腰を下ろさなかった。

 

 

彼は、リネンシャツとジレに合わせて、利休色みたいな夏用のハットを手に持っていたのだが、特に風もないのにそれを取り落として、それを拾うときも目線を落とさなかった。

ずっとガラハッドを見ていた。

彼は表情共々、さながら魔法社会に紛れ込んだマグルの実業家のようだった。已む無しか、彼の記憶の中の息子は、まだほんのゴブリンほどの背丈であった筈…。一方で今のガラハッドは、腰の曲がったギャリックよりも、姿勢が悪くないぶんわずかに背が高い。

 

もう抱き上げて「よしよし」されそうになったときは、全力で抵抗したって構わないはずだ。

そんなことをガラハッドが思いつつ、アラベールがどう出てくるか警戒していると、気まずそうにアラベールは、威厳を保つためのような咳払いをした。彼はキャリーケースを引いたまま、暖炉の前に立ち尽くして、キツネのような目つきでまじまじと穴があきそうなほどこちらを見てきた――――ので、出迎えのためにソファの横に立っていたガラハッドは、いたたまれなくなってますます目を逸らした。

 

 

「 ご、ごほん。 」

 

 

もう一度アラベールは咳払いをした。

 

「 ―――…。 」

 

「 ―――…。 」

 

 

うん。

わかる俺もなんか気まずい。

 

 

うわ母親いてほしかったなあと、転生後初めてガラハッドは思った。こんなとき女性のもつ力は絶大で、きっとこの気まずさを霧散させただろう。

ソファを叩いてギャリックがせっつくので、アラベールは慎重にその対面の位置へと座った。

ガラハッドは実のところ、暖炉の前で向かい合う二台の二人がけソファのうち、この後はどちらに座るべきか迷いながら父を待っていたのだが、この期に及んでは躊躇いなくギャリックの隣へと座り、引き続きアラベールのほうを見なかった。それを受けてアラベールは、少しならずショックを受けたようで歯切れ悪く「おぉ」とか「あぁ」とか、小さな声で言った。そうしながらも脚を開いて座り、肘を太股のうえに置いた。彼は、妙に緊張していると見えて、不必要に手のひらを擦り合わせ、数珠を鳴らして祈るようなポーズをした。

 

 

「 …あー、ガラハッド? 」

 

 

ぎくしゃくとした親子の会話が始まった。ガラハッドもまた、妙に緊張してしまって呼ばれてもアラベールの顔を見られなかった。

 

 

「 はい 」

 

 

自然とうつむきがちになって、ガラハッドは、久々に見かけるこの現世での父を、心まで12の子というわけではないぶん、ひどく冷静な目で観察してしまっていた。

 

 

オリバンダー・アラベール。その銀縁の眼鏡は今風で、もとの目つきも相俟って怜悧な印象である。

 

以前からのことだが、彼はなぜか一介の商社勤務みたいな服装を好むので、ガラハッドが近年知ったところの、“一般的な魔法使い”らしくはなかった。かといって決してマグルに見えないのは、その手のひらには暗号じみた刺青が刻まれており、それが魔術的で、一応は魔法使いのはしくれとなった立場から見ても、何が刻んであるんだかよくわからず、結論「ひどく妖しい」からである。

 

その点を度外視してみても、改めて見ると奇妙な点の多い男で、ガラハッドは、不意に彼はいくつなのだろうかということが気になってきた。

 

だって、おかしくないだろうか?

 

背筋は伸びている。身のこなしや手足の肉付きは若々しいが、それが却って奇妙に見えるほど、アラベールの髪には白いものが筋に見えるほど交じっていた。皺は深く、立ち居振舞いは古風で、米神を引き上げるほどにきりりと長い髪を結わえていて、前の世界でいうなれば「幕末生まれの剣豪のような雰囲気」を、白人でありながら彼は持っているのだ。

“自分”の親であるならば、まあわかる。けれど、“今年13になる子の親”にしては彼は、いやに歳がいっていて、貫禄がありすぎるとガラハッドは思った。

写真で知る母グレイスの姿は、卒業式の日の装いをしていて、時々開いて見せてくれる証書から、撮影日の年月日がわかる。そこから考えると生前の彼女と彼の間には、親子に近い年の差があることになるのだ。そういう夫婦もいるが…とガラハッドが思いめぐらしているうちに、妙に真剣にアラベールは言った。

 

 

「 ホグワーツはどうだ? 」

 

 

唸るほど低い声。 いくら緊張しているにしたって、そんなに深刻に訊くことかそれ?と、ガラハッドには思えた。そう思うと少し笑えた。

 

 

「 え?はあ、楽しいです。えーっと、あの、そうだ、アニメーガスになりました。鷲です。副校長と来週、登録に行きます。 」

 

「 素晴らしい! “意味”がわかって、なったのか? 」

 

「 え? 」

 

「 何を念願してアニメーガスを目指した?――――どうして、お前は“鷲”に? 」

 

「 空を飛びたかったんです。道具の力に頼らずに、高いところに行きたくて。 」

 

「 それはいい! 」

 

 

快活にアラベールは笑った。ばしりと膝を叩いて、物凄くうれしそうだった。

 

 

「 他にはどんなことを? 」

 

「 定期試験では、学年一位でした。 」

 

「 出来たことの話ばかりじゃなくていい。何かつらいこと、苦しい目に遭ったりしなかったか。 」

 

「 いいえ別に? 」

 

 

きょとんとしてガラハッドは応えた。途端にアラベールは黙りこみ、険しい、厳めしい顔つきになった。

ベテランの刑事が、事件現場で考え込むような表情だ。

ガラハッドがギャリックのほうを見ると、ギャリックもまた半分瞼を閉じて、顎をあげてアラベールを品評するかのような顔をしていた。

 

 

通販を求めるフクロウが、店のほうの窓をコツコツつつく音がした。ギャリックがそれを無視しているので、ガラハッドも坐りを崩さなかった。

 

 

奇妙な静寂のなか、正面の景色にアラベールを収めざるを得なくて、落ち着かない心地でガラハッドは思った―――――この男は、約4年で、随分と変わったなと。この通り強面でやくざじみているが、以前は気は優しくて力持ちという感じで、女親のないぶんまで息子に構い、子を溺愛する男だったものだが。それとも、これが息子が幼児から少年へと変わるときに見せる、親の顔の変化としては普通だろうか?あいにく本物の子供というわけではないガラハッドは、心底てらいなく彼を慕ったり、おそれたりしたためしがない。

離れていた4年のあいだ、彼を恋しいと思ったこともない。

子の心親知らず、アラベールは熱心に何かを考え込み、困ったように額に手を当てていた。

 

「 ――――…。 」

 

 

自分とは違って、彼は心底少年期の子供を持つ親の心地でいるだろう。

離れてする子育ての難しさ、その親としての心労を、無駄にしてはならないと感じる。

自分はともかく、世間一般の基準では彼は、まさしく“良い父親”なのだから…。

そんなことをガラハッドが思っていると、耳慣れぬことを父は言った。

 

「 “予言の月”の預言者には、選ばれなかったと? 」

 

「 何ですか?それは。 」

 

「 ふぅん…いいや何でもない。 」

 

「 お父さんのほうは、ご健達でしたでしょうか。手紙も出さなくて、すみません。 」

 

 

するとアラベールは驚いた顔をした。

彼はギャリックのほうを見て、ギャリックからこっくり頷き返されると、初めて表情を弛めて力なく笑った。

 

 

「 構わない――――そうか、そうかお前は、私に似たな。お互い筆不精だ。 」

 

「 ははは…。 」

 

「 儂のがうつったらしいな、お前には。 」

 

「 それはいい。筆不精はオリバンダーの家風ということにしてしまいましょう―――――明日、私の高祖さまがいらっしゃいます。 」

 

「 ほう。久しぶりになるのお。 」

 

「 ガラハッド、フランス語は覚えているかな? 」

 

 

不意にアラベールがフランス語を話した。重ねて示しておくが、これも約4年ぶりである。

ガラハッドは面食らって、咄嗟にうまく返事ができなかった。

少し間をおいてのそのそと膝をさすり、視線をさまよわせながら言った。

 

 

「 えっっっっと、はい。久しぶりすぎて、自信がないけれども 」

 

「 上手だ 」

 

満足そうな皺が目尻に光った。大あせりしながらガラハッドは、仕舞いこんだ辞書の場所のことを思っていた。

 

そう、このアラベールという男は、アメリカ人だそうだが、ちょっと変な英語をしゃべって、達者にフランス語を操るのだ。

もしかすると彼は、アメリカとフランスとのハーフ?

するとガラハッド・オリバンダーという立場は、英と仏と米のあいの子?と、いうことになるわけだ??

気にしたことがないのは当然。普通の大学生だった俺には、いまだに白人の種類の見分けがつかない…。

 

 

( どのみち全部元敵国なんだもんな…。 )

 

 

不思議な巡りあわせもあるものだ。不意に、とある大学生として気づいてしまった。

 

 

( ―――んん!?? )

 

 

お土産をあげようとか言って、アラベールはソファに尻をつけたまま、中途半端にキャリーを開けて腕をつっこんで中身を漁っていた。

彼は若くないが、元々は炭色の髪に黒っぽい目の持ち主で、白人のなかでは比較的親しみやすい色合いの男だ。そういう容姿の者はイギリス人のなかにもおり、彼と彼らの違いがわからないことは今も、ガラハッドとしては格別の関心事ではない。

それよりも、今急に気になり始めたことというのは――――前の世界もこの世界も、人間の体の構造は変わらないものだと仮定すると、色素遺伝子は顕性だから、「アラベールとグレイスの子」である俺「ガラハッド」の髪の色と瞳の色、その少なくともどちらかは、父アラベールに似て、母グレイスよりも濃い色になっている筈なのだ。

なのに実際はそうではない。

写真で知る限り、このガラハッド・オリバンダーの体は、何もかもを母グレイスおよび、その祖父ギャリックから受け継いでいるように見える――――三人とも髪は蒼く光るようなブロンドで、目もそれと似たような色合いなのだ。特に目のほうなんか、鷲に化けようと化けまいと、然程変わらないような感じの。なるほどなぁ…と得心すれば後は早かった。

 

 

( そうか――――アラベールは俺の親父じゃなくて、単に爺さんの一番弟子ってわけだ!出来た男だなあ、こいつは。 )

 

 

彼は隙あらばこちらを眺めている。まるで本当の父親のように、語らずともこの俺の、現世での成長を喜んでいるのだ。

実際彼は誰よりも熱心に幼少期の俺を監護したのだし、血縁はどうあれ文字通りの親と言っていい。

俺がみずからを生来の親なしと知れば、悲しむと思っているのだろう。

彼は次から次にお土産の包みを取り出しながら、真剣な面差しでこちらの顔色をうかがった。

杖職人としての顔と不釣り合いで、その姿はなんとも可笑しかった。

 

 

「 息子よ 」

 

 

笑いを噛み殺す少年の前で、男は精一杯父親役を務めていた。

 

 

「 父さんはな、ボーバトンではアラベール・ニコラ・ド・ノアイユと呼ばれるようになったんだ。まことに窮屈なのだが、まあ悪いことばかりではない。 」

 

「 へえ。――――フランスでの名前ってこと? 」

 

「 そうだよ。アメリカではただのノアイユだったが、フランスではいまだにル・コント・ド・ノアイユということでな。精々働いてやっているんだから、使い方は私の勝手だし、この通り名もいずれお前にあげよう。 」

 

 

その晩はいろいろフランスの話を聞いた。

 

 





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