ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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トム・リドルの激昂

 

昼の食事をご堪能いただくと、 “妖女シスターズ”の来校はもう隠せるものではなかった。また、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズのクリスマスクラッカーはなかなか人気があるようで、その日のホグワーツはとても騒がしかった。

ガラハッドは、演奏者の音出しやら何やらのことはマスタングに任せて、城内のあちこちを片付けてまわった。魔法クラッカーから飛び出したテープたちは、花蔦に変身させてもくねくねと動いた。

 

そうこうしているうちに日が沈んで、一年で最も長い夜がやってきた。

 

ポルターガイストのピープズは、今夜の舞踏会に自分が参加できないならば、全部台無しにしてやろうと思っているらしい。カンカンになったフィルチ程度では、今宵の悪霊はどうにもならなかった。

 

 

「 ピープズ!驕らんことだ!まっこと、油断大敵!! 」

 

 

どんがらがっしゃんという鎧の音と、獅子が吼えるような脅しの声と。

聞き苦しいものたちが響く中、ガラハッドは、大広間のテーブルたちに今日の並び方を教えた。ピープズはべそをかいて逃げていくようだが、ムーディー先生にまで下品な悪態をついている―――マクゴナガル先生の声が聞こえたとき、ガラハッドは初めてうるさい外のほうを向いた。

半開きの扉から山高帽を突き出して、マクゴナガル先生は浮かれたように言った。

 

 

「 失礼!猫も手を借りたいですよ! 」

 

「 はい、今すぐ 」

 

 

ガラハッドは笑ってテーブルたちを解散させた。

マクゴナガル先生は踵を返すと、両手でローブの裾をつまみあげて、素早く玄関ホールを横切った。ガラハッドは、薄暗くなった校庭へとマクゴナガル先生について出ていって、ちょうど校門からやってきたアラベールと鉢合わせた。ホグワーツ敷地内は“姿あらわし”が使えないので、彼は玄関に着くまでに粉雪まみれになっていた。

マクゴナガル先生は目を丸くして口許をおさえた。

 

 

「 まあ、ムシュー!そんな、今お帰りですか? 」

 

「 ええ。まったく、貧乏暇なしとはこのことで 」

 

 

アラベールは外套をはたきながら言った。

このアラベールは、ガラハッドの代わりにダイアゴン横丁へと帰省して、繁忙期の客を捌いてきたところである。ガラハッドは、教師同士の会話に入らないようにしながら、少しヒヤッとしてふたりを見比べた―――アラベールのほうは明らかにふざけた調子なのに、マクゴナガル先生は真面目に「頭が下がりますわ」と返している。

 

 

「 身を粉にする喜びというものがありましてなあ 」

 

 

アラベールは、チラッと息子へと視線をやった。

 

 

「 ミネルバ、私は君に仕えられるのであれば、もっと働くことを熱望するのですが。しかし、譲らねばならぬ様子―――お前、ご婦人をよくお助けするようにな 」

 

 

ガラハッドはむっつりとして頷いた。アラベールは、いきなりこちらを騎士へと叙任すると、改めて“ご婦人”(語弊がある。“女領主”だよな?)のほうへと身体を向けて、「あまりに素晴らしい夜にしてくださって、御身お疲れの出ませんよう」と言った。

マクゴナガル先生は笑っている。

いやはや性質の悪い野郎だ。

ガラハッドは苦虫を噛み潰して、アラベールをジトッと睨みつけた。本当は、今朝届いた手紙たちがあまりに恥ずかしかったので、あれこれと文句を言いたいのだが…―――我ながらくだらないとわかっているし、流石に副校長の前なので、さっきからずっとこらえていた。

 

 

( ハァ…くっそ、ボケ親父。フローリアンやマダム・マルキンを相手に、俺のホグワーツでの素行を詳しく言いふらすのは、やめてほしかったなあ!?…まあ、でも、親ならば言うよな…向こうのほうからあれこれと、質問だってされただろうしな… )

 

 

ガラハッドが赤面して黙り込んでいる間に、アラベールはボーバトンの拠点へと去っていった。マクゴナガル先生は、腰の革鞘から杖を抜いてふと振り返り、助手が本調子でないことに気がついた。

 

 

「 おやおや、どうかしましたか? 」

 

 

まさか、さっきの社交辞令を真に受けている?あらまあ“ご婦人”扱いなんて要りませんよ!―――しかしマクゴナガル先生は、ここで笑ってしまうのは若人が可哀想な気がして、口角にグッと力を入れた。

ガラハッドは素直に全部を言うわけがなかったが、手のひらを上に向けて、先生へと多少ぼやいた。

 

 

「 先生、騙されてますよ。父は、きっと二日酔いで帰りが遅れたんだと思います。杖店だって今日は休みです 」

 

「 ふふふふふ 」

 

「 うちでは、イブには近所の人とチーズフォンデュをするんですけど…うぅっ、クッソ、絶対にあの場でべらべらやられた…! 」

 

 

おかしな子だ。何を聞かされているやらわからなくて、マクゴナガル先生はころころと笑った。

 

 

“この世”の不思議とはこのことだ。マクゴナガル先生はよく笑った。ひとは、遠い街に暮らしている、赤の他人たちの生活を少しだけ知って、それがせわしなくこじんまりとしていると、どんな暮らしにも苦労はあるとわかっているのに、無根拠に「幸せそうだ」と感じる。そして、何故か切ない気持ちになって、それでいて満ち足りたような心地になる。つまらない人生を送る自分に、ひとさじの救済を感じる。ミネルバ・マクゴナガルは単身者なので、毎年、クリスマスには副校長室から校庭を眺める。踏まれていない雪原は誰にとっても美しいが、愛しく思っている子たちが大はしゃぎした跡がのこる雪原は、そのうえさらに良いものだと、つくづく感じたりしている。

 

しかし一般的に言うならば、現在のホグワーツの校庭は見苦しい状態だ。

穴ぼこだらけ、足跡だらけ。

マクゴナガル先生はヒョイッと杖を振って、ぐしゃぐしゃの雪を“消失”させた。

 

 

「 凄い。こんなに広い範囲の雪をいっきに! 」

 

 

ガラハッドは小さく拍手をした。

マクゴナガル先生はにっこりとして、自身の“消失呪文”の腕前を誇った。

 

 

「 ふふふ、新学期を楽しみになさい。あなたも出来るようになりますとも。さあ、さあ、ここに庭園を造りましょう!わたくしが造成して、ベンチなどを置いていきます。あなたは、小道沿いに植樹をしてくださいな 」

 

「 土が凍っていませんか? 」

 

「 ふむ…ではまずは歩いて、融かして回りましょうか 」

 

 

マクゴナガル先生は“無言”で杖先の向きを変えた。尾を高くして歩く猫のように、杖を振り振りご機嫌で歩いていく先生に、ガラハッドはのこのことつき従った。

とはいえ、20ヤードも歩いた頃であろうか、ガラハッドは観察の末に気づいた。

 

 

( あれ?もしかして、これって、普通の“ぽかぽか呪文”? )

 

 

ガラハッドは自分も杖を取り出した。それくらいの呪文ならば自分も使えるので、ここは手分けして作業するべきだと思ったのだ。

ところがマクゴナガル先生は、そのころ顔つきを真剣なものへと変えていて、辺りが無人であることを確かめていた。

 

 

「 良い機会かもしれませんわ、オリバンダー。少々、立ち入った質問をしても? 」

 

 

ガラハッドは、驚いて目をぱちくりさせた。杖を振って校庭をうろうろし続けながら、マクゴナガル先生は低い声で質問を放った。

 

 

「 あなたは、どうしてお父様の姓を名乗らないのです? 」

 

 

えっ、そんなの、決まってません?―――…と、ガラハッド・オリバンダーは思った。

ぽかんとしてしまったガラハッドに、マクゴナガル先生は大真面目に続けた。

 

 

「 あなたは、ノアイユと名乗るほうが、安全ですよ。あなたは、いつでもそうすることができるでしょう。忌まわしい呪いを受けてしまった名前を、みすみす使い続けることはないでしょうに―――わたくしの考えでは、現状は十分に良いものだとは言えません。偶然の産物を不吉だと言い立てることは、いたずらに不安を煽り立てるばかりで愚かですが、人為によって生み出された、俗に“悪意”と一言でまとめられるようなものがこもった物というのは、何であれ侮るべきではありません。特に、“例のあの人”に関わる物は! 」

 

 

質問は説得になり、忠告で終わった。

ガラハッドは、もう少しマクゴナガル先生について歩くことにしながら、ぎこちなく苦笑して腕時計を見た。

 

 

「 はあ…そうですか… 」

 

 

目を逸らしたかっただけである。

ガラハッドは、呆れ顔を隠してキョロキョロして、今度は月や星が気になるふりをした。

 

 

( いやいや…二年前のことを今更言われても… )

 

 

金星が明るかった。月は城の主塔に隠れていた。

ガラハッドは頭を掻いた。

 

 

( 今年、“闇の印”の下で暴動が起きたからか?この人といいダンブルドアといい、グリフィンドールの教師って、全然勇敢なんかじゃないよな… )

 

 

じーっと、横顔を見られているので…ガラハッドは返答の仕方に迷いつつ、「ちゃんと聞いてますよ」の態度をとった。()()()()問答へと向き合うと、マクゴナガル先生の目は城内から洩れ来る光を受けて、なんだか潤んでいるように見えた。彼女は、とても優しい人なのだか、ひどく臆病であるのだか、一年生に話をするような声で、もう一度ゆっくりと囁いてきた。

 

 

「 O.W.Lの認定証の名前は、今からでも変更が可能ですよ。どうです?試験をきっかけに、今年からガラハッド・ノアイユと名乗ることにするのは 」

 

 

ガラハッドは、軽く首を捻って高く眉を上げた。

 

 

「 先生。時代遅れでしょうけれど、俺は今後も、腕を認められて看板職人になるまでは、“オリーブ杖遣いのガラハッド(GALAHAD  OLIVEWANDER)”で通しますよ 」

 

 

マクゴナガル先生は黙り込んだ。

ガラハッドは、ひとりの五年生として、生憎とよく知っているのであるが―――厳格なるマクゴナガル先生には、目を伏せてきゅっと眉をお寄せになる癖がある。言うなれば、「頭痛がします」とアピールする顔つきだ。大抵のホグワーツの生徒は、彼女のこの表情を見たことがある―――決まって、「減点!」と短く叫ばれて、こってりとお小言をくらう前に。

ガラハッドは、言外に「この問題児!」と告げられたような気がして、ぶすっと仏頂面になった。

 

いつもどおりの仕草で、マクゴナガル先生は米神に指を添えた。自身にどういう癖や傾向があるか、マクゴナガル先生にだってよくわかっていた。彼女は、「わたしは賢く合理的だから」とは思わないのだが、ある種の頑固な魔女である自覚があり、職人たちの…否、彼らだけではないのだが…ダンブルドア校長までもがお持ちだと明らかになった、一部の魔女と魔法使いたちが見せる「伝統」へのこだわりが、今、改めて理解できない。

 

 

( まったく、現に生きている世代を危険にさらしてまで昔に倣うなんて、益がなくておかしいと思わないんですかねえ!?この大会だって、そうですよ!自寮(うち)のハリー・ポッターの扱われ方ときたら、不当すぎて見ていられませんもの! )

 

 

とはいえ、それとこれとは別件だ。

マクゴナガル先生は、とりあえず“今、この状況”に対して、賢明にも溜め息を噛み殺した。

そしてお小言を開始したのである。

 

 

「 しかしあなた、あなたのお父様は、以前にわたくしがこの件をご相談申し上げたところ、大変重く受け止められていました。しかしそういったことは、ギャリック翁がお決めになるのだ、と…あなたがたは親子ですけれども、弟子としては兄弟なのだそうですね?よいですか、あなたは、そうやって自分で決め込んでしまわずに、一度ギャリック翁に相談してみるべきです!まさか、この件について翁のお耳に入れていないなんてことは、ないと信じているのですが、たとえあなたが今日まで黙っていたとしても、先ほどお戻りになったお父様が、この数日のうちに報告なさっているはずで… 」

 

「 さあ?どうでしょう?うちの人たちは変わっていますからね。普通は校長が手紙でも書いて、保護者に伝えるんじゃないですか? 」

 

「 “あの名前”を書いてはいけません!みだりに呼ぶことも、いけないのですから… 」

 

「 それじゃ、こういうのはどうですか? 」

 

 

ガラハッドは面倒臭くなってきていた。

ガラハッドは、杖をペンにして虚空に名前を書き、マクゴナガル先生の目の前で、その文字列を並べ換えることにした。黒々とした森を背後に、文字たちは青白く燃えて輝いた。ギョッとして飛び上がったマクゴナガル先生は、ちょこちょこと後ずさって可笑しかった。

ガラハッドは笑いながら高らかに言った。

 

 

「 I am A GNAWED DAHLIA LOVER( ⇔GALAHAD OLIVEWANDER⇔     ) 」

 

 

君よ花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは?傷んで欠ける花を惜しむのも愛だから、こういうのだってアリじゃないですか?―――ガラハッドは、あんな“呻きを強いる音の名前”よりも、こっちのほうがアナグラムとして出来が良いだろうと思っている。マクゴナガル先生は目を真ん丸にして、じっくりと青白い文字たちを見つめた。

斯くして“呪い”を上書きしてのけたガラハッドに、。たい喚てしこ起を癪癇はルドリ

 

 

」 !ろえ悶みし苦 !めし苦 !ろじ恥 ?いかのるやをれそで前の師教、っんふ…ソク !いなれらじ信 「

 

 

。だんこり黙りきれそはルドリ

今のは、世界樹でも飛び越えて回っ

                て

                 ま

                

。だンラメーブ大特超、るくてっ返

たとえ三千世界の(Raven)が大笑いしても、()()()()()()()言う資格がない。なんせ敵に対してホームでこれをやって、直後にぶっ倒されたのであるから。

悶苦のルドリなど露知らず、マクゴナガル先生は何度も頷いた。ガラハッドはいよいよこの話題を終わりにしたくて、たっぷりと舌を曲げて言った。

 

 

「 先生、ご心配自体は、有難く思います。でも、もしも俺が、生涯O-LLivanderを名乗れなくて、OLiVewanderのまま死んだら、そのときはそれまでですよ。修行から逃げたんだと思われるくらいなら、俺はそのほうがマシです。ダームストラングには、グレゴロビッチ工房のミカがいますが―――あいつだって、いずれマイキューを名乗れる職人になる前に、ミドルネームを使って署名したり、ミドルネームで呼ばれたがったりしないと思いますよ 」

 

 

マクゴナガル先生は微笑んだ。ガラハッドの口ぶりは穏やかだが、声には矜持が滲んでいると感じた。思うに実力ある若い魔法使いを“腰抜け”でいさせることに比べたら、ドラゴンの牙を抜くほうが簡単だ。

先生がわかってくださったようなので、ガラハッドのほうも安心して微笑んだ。

 

 

 

さて、準備を進めなくては!冬至舞踏会(ユールボール)の開幕まで、あと三時間弱といったところだ。

それからのマクゴナガル先生とガラハッドは、雑談をせずにあくせくと働いた。

 

マクゴナガル先生は、指揮者にして歌い手かのように、リズムよく巧みに杖を振り、とてもなめらかに呪文を繋げた。ガラハッドは、「こんな使い方をしてもらえたら、杖職人は冥利に尽きる」と感じた。だからすっかり気分が高揚して、彼女の面倒くさい部分のことは忘れた。

 

 

「 テッラ!ヒュームスロコモーター・パーティステンポラス・デイフォディオ! 」

 

 

芝地が割れ、のっぺりとした地面が隙間から湧き出す。それらはバキバキと鳴りながら割れて石畳になったが、動くうちはワニの背であるように見えた。それがつづら折りに伸びていって、複雑な小道の完成だ。せりあがった芝地は波のようになって集まり、上へと聳えあがったと思ったら、落ちてきて輪の形に広がった。すかさずマクゴナガル先生は杖を向けて叫んだ。

 

 

「 デューロ! 」

 

 

形が固定された。

ガラハッドは、マクゴナガル先生の技の傑出している点は、やはり“無言呪文による素材の置換”だと思う。続いて白い閃光が放たれると、土と枯草の寄せ集めで出来た噴水は、形状と体積はそのままに、一瞬で大理石製へと置き換わった。ガラハッドはすかさずそれに杖を向けた。

 

 

「 アグアメンティ! 」

 

 

滾々と水を湧かせたのである。

その後もガラハッドは好奇心で行動し続けたが、マクゴナガル先生は涙が出そうだった。言わずとも水漏れしないか、ちゃんと循環するか確かめてくれるなんて、この助手は一部教員よりも役に立つではないの。この忙しいときに「(しるし)が…心眼が…」などと繰り返して北塔に引きこもっているトレローニーは、自寮生徒の爪の垢を飲むべきだ。

 

 

「 もうそれくらいでいいですよ。それよりも、花を。ありとあらゆる花を 」

 

 

マクゴナガル先生は小道の左右を示した。

 

 

「 オリバンダー、この何もないところに、ありったけの花を咲かせてください。自由に、放埓に、生き生きと!お客様がたに、我が国の庭というものを見せてさしあげましょう!わたくしは、あちらにベンチを作ってきます! 」

 

 

マクゴナガル先生はせかせかと歩いた。「刈り込まれた庭なんてつまらない!」と、フランス人たちに気づかせてやりたいからだった。いざ、コートの雪辱をガーデンで晴らさん!―――去る夏のイングランドVSフランスを思い出すと、元クィディッチ選手の魔女は今でも熱くなる。

ガラハッドは園芸に詳しくないので、杖を振ってとりあえず薔薇を咲かせた。

 

 

 

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