ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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冬至舞踏会Ⅰ

 

七時になってしまったので、ガラハッドは大急ぎで寮塔へと戻った。生きた時計が帰ってきたのを見て、マーカスはクリスマスセーターを脱いだ。

ガラハッドは、ばたばたとシャワーを浴びて仕度をしているあいだじゅう、いやにキリッとした顔つきのロジャーに付き纏われ、このあとフラーに捧げる予定の言葉たちを唱えかけられた。早くも着替えを終えているロジャーは、ボーバトンの馬車まで彼女を迎えに行くつもりのようだ。

 

 

「 なあ、俺のフランス語、おかしくないか? 」

 

 

ロジャーはとにかくしつこかった。

ガラハッドは、鏡から目を離さずに答えた。

 

 

「 完璧。完璧。お前は完璧 」

 

 

なりふり構わぬ努力はあっぱれだが、聞かされるほうは災難である。ガラハッドはロジャーに適当な返事をして、見目好く着付けをすることに集中した。

 

和装で帯を調えるときのように、未固定の布を顎で押さえつける。右胸を覆うあたりの生地を折って、裏地を見せて右肩にひっかけると、リメイクに出した黒のデビュタントローブは、そこだけ鮮やかな青になった。ケチ臭い話だがガラハッドは、「一夜しか着なかったし、着ないのに、もったいない」と感じて、去る夏ドレスローブを新しく買わなかった。

 

ガラハッドはローブのボタン穴に通した紐をくくると、余ったぶんの紐はちまちまと編んで、ほどほどの修多羅飾りにしてから放った。スーツとはいわば直綴だ。ローブは、その上に着ける袈裟。行者とは、内で密やかに手印を結べるだけの布を纏いながら、錫杖を持つ手には重い袖のないようにするものだ。

ロジャーはしげしげとガラハッドを眺めて、さっきまでよりは控えめな声で言った。

 

 

「 へー…、すっげ、器用 」

 

 

ロジャーは言葉を選んでいた―――こいつ、マグル好きなのにやっぱ“純血”なんだよなあ…。クールさの一種が差別主義と結びつくのって、あんまり面白くないことだけど。

 

ガラハッドは返事をしなかった。

ロジャーはそれを気にしなかった。彼は話しかける相手を変えた。

 

マーカスは、あまりにもロジャーに落ち着きがなくて着替えの邪魔なので、彼に文句を言って逆に言い返された。ガラハッドは、「マーカスは加勢してほしそうだ」と気づいたけれども、今は遊ぶような気分ではなく、二人の小競り合いを無視した。このあとバーテミウス・クラウチと会うことを考えて、早くも尖った気分になりつつあったのだ。

 

 

( たとえどれほどバグマン氏が浮かれた格好であっても、あのクラウチのほうは、きっちりと仕事らしい格好で来るだろうな。一方でマルフォイ家のドラコは、絶対に新品の高級なドレスローブを着てくる… )

 

 

ガラハッドはイライラと歯軋りした。

あいつらは、前者は職責を忘れていそうな者を責めて、後者は品格を感じさせない者を蔑むんだ。まさに前門の虎後門の狼、獅子身中の虫というやつである。男子家を出ずれば七人の敵あり…!

 

 

( …いけない。にこやかにしないといけないのに )

 

 

ガラハッドは、着替えを終えるとすぐに談話室に行き、そこでようやく休憩をとった。寝室で座って気を静めていてもよかったのだが、あんまりアホな同室たちを無視していると、今度は結託されて文句を言われそうだった。それに、もしもマリエッタを待たせることになるとよくないだろう。紅茶でも飲みたい気分だったが、このあとすぐに晩餐会だ。ガラハッドは、窓辺に立って冷え込みを味わい、この気の昂りが去っていくことを願った。

 

朝と同じように湖を見下ろすと、いつの間にやら氷は粉々だ。鏡に槌が振るわれて、破片が片付けられていないみたいだ。きっと誰かが“御神渡り”を調べようとして、不均一な氷上に乗ったのだろう。

 

ガラハッドは冷たいガラスへと指をつけて遠くを睨み、室内光の反射に惑わされるまいとした。なんと、はるかに見えるダームストラングの船からは、早くも生徒たちが続々と出て来ているではないか。8時までは大広間の扉を開けないというのに、開宴を待ちきれないのか…。

 

静かな観察へと徹したのに、ガラハッドはクールダウンに失敗した。ガラハッドは、どのダームストラング生もまだゴマ粒にしか見えないというのに、つい「クラムはどれだろうか?」と探し立てた。見つけたところで、ただ眺めているだけになるというのに、「調子乗んなよ」という心でそうしてしまった―――自覚して、自嘲する冷静さもなかった。

 

そこにマリエッタがやってきた。

 

マリエッタは、女子寮アーチから出てきてガラハッドの姿を認めると、彼から振り向かれないうちに彼に引き込まれ、その横顔を理性的だと思い込み、遠矢射る予言神を連想した。恋は盲目、岡目八目、マリエッタは上擦った声をあげて、褒めようとしていきなり欲望を口走った。

 

 

「 おっ…お、お待たせ!あなた、コリンは?ええっと、写真を撮るべきだわ!? 」

 

 

事故である。マリエッタはすかさず恥じ入った。

ガラハッドは、窓辺に手をかけたままマリエッタのほうを向いて、混乱して、じっと恥じている彼女のことを見つめた。いきなりこんなこと言う変な女子、うちの選挙対策委員長しかいない筈なんだが―――よく出来た錯視パズルか?暗い校庭ばかり見ていたから、目が眩んでしまっている…?

マリエッタは美しく輝いていた。

ガラハッドは、くりくりと目を丸くして言った。

 

 

「 びっくりした。わぁお、美女じゃん 」

 

 

照れはない。すっかり、「参りました!」の心地なのだ。

マリエッタはパアッと微笑んだけれども、また俯いてモジモジしはじめた。

ガラハッドは追加でコメントした。

 

 

「 華やか!でも下品じゃないの、凄いよ 」

 

 

ガラハッドは、本当にこれは大したイリュージョンだと思っている。マリエッタは、光源の炎を味方につけて、実際にゆらゆらと輝いているのだ。ゴージャスに巻かれたブロンドに、その奥で瞬くピアス。パリッとして見える生地のドレスは濃いオレンジで、よく見るとスカートじゃなくてズボンで、鮮烈な陰翳が模様になっていて…―――そこまで観察をすすめて、ガラハッドは不思議さを感じて首を捻った。マリエッタがこんなローブを着てくるなんて、自分は、彼女のパートナーじゃなくてもびっくりしただろう。“言及する義務”がなくったって、この質問はしたに違いない。

 

 

「 その服、もしかしてチョウが選んだ? 」

 

 

マリエッタはこっくりと頷いた。それだけだ。まさかの、それだけだった。ガラハッドは、黙って目を伏せて首を回した―――今のは、YES・NOで答えられることを聞いた俺が悪いのか?ただでさえ気が重い晩餐会に、不安要素がまたひとつ増えた…。

 

ガラハッドは、もう一度湖畔の影たちを見て、それから時計を見て、溜め息まじりの声で「行くか」と言った。ホグワーツ全体を見下ろせる塔の高みから、地上階にある大広間を目指す旅―――これは、決して短くはない道のりだから、今から出発したって早すぎるわけじゃない。

 

ガラハッドとマリエッタは出発した。

寮を出た途端に、ガラハッドは虚空からパンチをくらったような気がした。日常の光景すぎて、たった今まで忘れていたのだが、この長くて急な螺旋階段は、当然男がエスコートするべき場所だろう。

 

ガラハッドは、先に数段降りてマリエッタへと手のひらを差し出した。そしてその時、ふと切ないような空想をした。今夜、マリエッタはとても綺麗だけれども、心にはハーマイオニーがいるから…彼女のことが思い浮かんで…―――だからこそ、今度こそ、ガラハッドはマリエッタとちゃんと会話できるような気がした。

ガラハッドはいきなり堂々と言った。

 

 

「 なあ、グリフィンドール生ってさ 」

 

「 え! 」

 

 

マリエッタは鋭い声をあげた。

彼女は、夢見心地でガラハッドの手に手を乗せて歩き、まったく重さがかからないようにしていたのだが、それもここまでの話だった。

ガラハッドは真面目な顔で続けた。

 

 

「 どんなお洒落をしている子でも、今夜も壁よじのぼって穴通って来るのかな? 」

 

 

マリエッタはよろめいて笑い始めた。

ガラハッドは、飾りだけだった手を強く握りしめられ、いきなり“負けかけの腕相撲”状態になった。そのままぎくしゃくと階段をおり続けて、二人は不出来な耕作機のようになった。

 

 

「 おい、気をつけろよ 」

 

 

ガラハッドは足場を気にしながら言った。

マリエッタはクスクスと笑って、笑うたびに生来のブロンドを輝かせた。

 

 

「 だぁって!ふふふ、有難う。そうね、パーヴァティは、このあと…ふふふ、ふふふふ可哀想!やだやだ 」

 

 

浮かれているマリエッタは可愛い。

マリエッタは、元通り普通に歩いて階段をおりられるようになってからも、ガラハッドの手をキュッと握り続けた。ガラハッドはやんわりと苦笑した―――あ~手袋をしていて、よかったな~~。素肌同士で触れ合っていたら、ちょっとくらっときちゃったかもしれない。

寮塔を出ると肘を貸すだけになったので、ガラハッドはホッと息をついた。

 

さらにホッとすることに、マリエッタのほうも緊張が解けてきたらしい。彼女は、こちらの肘に手をかけて歩きながら「わたしったら一人で大笑いしてたわよね」と言って、概ねいつも通りの声色で、さっき女子寮で見たことについて話してくれた。曰く、今夜の四~七年生エリアは、女子しかいないダイアゴン横丁のようなもので、自分のこの髪は、三人がかりでやってもらった。助っ人のひとりはパドマだった。パドマのドレスローブは、パーヴァティと色違いでお揃いだ。エキゾチックで可愛くて、あのひらひらで「よいしょー!穴くぐり!」はお気の毒。姉妹でレイブンクローだったらよかったのにと思った、等々…。

 

ガラハッドはしみじみと微笑んだ。今のは、あってもなくてもよかった説明で、どうということもない話だったが、ガラハッドは聞いていてとても気が休まり、終わると物足りないと感じた。あるべき神経の鎮め方について、やっと正解を見出した形だったのだ。

 

 

( また今日も助けられちゃったな… )

 

 

ガラハッド・オリバンダーは学習した。なるほど、腕にくっついて見上げてくる女の子のお喋りって、いい感じに脳みそをぼやけさせるぞ!?野郎同士歪み合う場面を想像しまくるよりも、こっちのほうが確実に健康にいい!

本当に、有難いことだった。ガラハッドが「聞いていたいんだ」と伝えると、マリエッタは気前よく生きたラジオになってくれた。ガラハッドは、お陰さまで中二階までおりてくるころには、すっかり穏やかな気持ちになることができていて、突然のことにも冷静に対処できた。例えば、いきなりガチャッと近くの通用口が開いて、キレてるスネイプが顔を突き出すとか。

 

 

「 これはこれは…いやはや、学生総代というのは、良いご身分ですな! 」

 

「 ヒィッ!? 」

 

 

マリエッタはガラハッドにしがみついた。

ガラハッドは黙って目を細めた。

 

 

( うわっ、そこのボート使ってるの、よりによってスネイプだったのかよ… )

 

 

ガラハッドは下手なことは言わなかった。

スネイプは、半開き以上にはドアを開けないまま、ギロッと玄関へと続く通路のほうへと黒目を動かして、痩せた歯茎まで見える顔つきで吼えた。

 

 

「 この無能が!!もう、すぐそこまで、ダームストラング生が来ているぞ!貴様、玄関ホールを破裂させる気か?とっとと行け!すぐに玄関扉を閉めろ! 」

 

 

ガラハッドは「はーい」と応じて足取りを速めた。別に、それくらいわかっておりますし、万が一開きっ放しのようであれば、それをするために早めに来たんですけれども―――湖からあくせくと伝えに来た人に、わざわざ言い返すほど意地悪じゃない。

マリエッタは、怪物のように見えた影の正体がスネイプだと気づくと、怯えてしまったことが恥ずかしくなり、腕を振ってつかつかと歩いた。

玄関扉は開いたままだった。

ガラハッドは、扉の外側がさっきよりも良くなっていると感じて、閉める前に「おお…」と小さく声を洩らした。ガラハッドが注目して感嘆したのは、薔薇園の外や上方である。誰かが、宙であるところを洞窟に見えるように細工しており、いつもの芝生や森はもう見えなかった。

 

 

( すごい、このほうが幻想的! )

 

 

ガラハッドは頬を弛ませた。闇は幻影だが、光は本物であるのもいいと思った。何百という生きた妖精たちが遊んでいて、現在の校庭は壮観だった。

マリエッタは何にも知らないはずだが、きらきらとした目で薔薇を褒めてくれた。

 

 

「 そう?よかった。あれ、俺が生やしたんだよ 」

 

 

ガラハッドは扉を閉めながら言った。

マリエッタは手を組み合わせて囁いた。

 

 

「 本当?素敵!ああ一体、あなたって、どこまで素敵なの 」

 

 

ギィィィ、バターン…

…扉を閉め終えると、玄関ホールは静かになった。

ガラハッドは、これには猛烈に恥ずかしくなってしまって、樫の扉から手を離せなくなり、腕と腕のあいだに顔を隠した。今すぐ下品なピープズに、そこの鎧を暴れさせてほしかった。

 

 

「 …さっき、マクゴナガル先生の手伝いをしただけ 」

 

「 素晴らしいことだわ 」

 

「 あ、あの、思うに、今凄くいい感じの空間が見えたのは、フリットウィック先生のおかげ 」

 

「 とってもロマンティックだった! 」

 

 

マリエッタはにっこりして言った。彼女は、ガラハッドが顔を赤くすればするほど、いきいきとした声を手に入れていった。

 

 

( あああ、誰か!誰でもいい!喋ろう!? )

 

 

ガラハッドは急いで玄関ホールを突っ切ると、選挙の日に使った小部屋を経由して、上座に近いところから大広間に入った。既に半数ほどの教職員たちがおり、なにか議論らしきことが行われていた。ガラハッドは、放たれた矢のようにそれに飛び込んだ。近場のシニストラ先生に声をかけてみつつ、背後にいるマリエッタの気配ばかり気にしながら…。

 

 

「 何かありましたか? 」

 

「 シビルが… 」

 

 

シニストラ先生は説明しかけたが、マクゴナガル先生のほうを見て黙った。マクゴナガル先生は赤いタータンチェックのローブへと着替えており、いかにもなスコットランド女性へと化していた。

 

 

「 よして!こんなくだらないこと、生徒に言うべきじゃありませんよ 」

 

 

マクゴナガル先生は溜め息を吐いた。

ガラハッドは事情を察した。

見渡すと、大広間ではガンギマリのトレローニー先生が、何かをぶつぶつと言いながら、これから生徒たちが座るテーブルの間を縫うように歩いているのだ。

そんな彼女を追うダンブルドアの瞳は、這い始めた孫を見るようだった。

ガラハッドは、「どっちもイカれているな」と感じて、今日ばかりはカルカロフと気が合いそうだった。カルカロフは、黄ばんだ白目を剥きだせるだけ剥き出して、ダンブルドアとその部下に対して、無言のうちに蔑みを表明していた。ガラハッドはまったく何も起きていないかのように振舞い、先生がたに椅子をすすめた。

 

 

「 I'm GALAHAD Olivewander 」

 

 

このジョークは、最早持ちネタだと言っていい。

 

 

「 昔から決まっています。13番目に座るのは、この私 」

 

 

ただの混ぜっ返しであるが、ムーディー先生は大笑いした。彼は大口を開けて、顔の傷痕を引き攣らせて笑った。

 

 

「 おぉう!剛毅、剛毅!いいぞ、若造 」

 

 

義足の彼は早く座りたかったらしい。ドカッと座り込んで義眼を廻らせ、他の教職員に「これ以上()()()()な」と呻いた。このマッドアイ・ムーディーの貫禄と比べたら、たしかにみんな小鳥のように見えた。

奇しくも、可笑しな状況が連続した。

誰もが驚嘆の眼差しで、次にやってきた人のことを見つめた。

ガラハッドも一瞬ぽかんとした。どうしてだかそこにいるのは、みんなの記憶に新しい卒業生!その名も、“谷駆ける騎士”パーシヴァル卿だ。彼は嬉しそうに舞台の上座から登場して、ひどく仰々しい会釈をした。何人もの先生が驚いて、「ウィーズリー!?」と同時に声をあげた。

 

 

「 まあ、まあ、なんてこと。とっても縁起が良いじゃない 」

 

 

シニストラ先生は微笑んだ。これにはマクゴナガル先生も頷いた。にっこりした恩師たちに迎えられて、パーシーは得意さで舞い上がった。

 

 

「 どうも、先生方、こんばんは!どうも、どうも! 」

 

 

しめた!―――ガラハッドも嬉しくてたまらなかった。

今夜、パーシーがホグワーツにやってきたということは…!?

 

 

「 わお、出世したなあ!君、もう長官になったのか? 」

 

 

ガラハッドは審査員席の椅子を引いた。

パーシーは大いに照れながら近づいてきた。

 

 

「 まさか!しかし、うむ、このとおりさ。当然、多少昇進しているから来た。僕は、クラウチ氏個人の補佐官になったんだよ―――先生がた、僕は本日、クラウチ氏の代理でまいりました! 」

 

 

ガラハッドはますますにっこりした。マリエッタは、「この笑顔、雑巾がけレース以来!」と判定して、ニマニマと“オタク笑い”をしてしまうのを隠した。ガラハッドはパーシーを椅子に座らせると、「()()来てくれて嬉しい」と肩を叩いた。あのクラウチは、個人的な関係の悪さを抜きにしても、どんなパーティーでもシケさせるような奴だから、「いなければいいのに」と思っていたのだ。

パーシーは照れながら歓待を受けた。

 

 

「 遅くなったが、当選おめでとう 」

 

 

パーシーは今夜の大広間の美しさを褒めた。

ダンブルドアは目を細めて、審査員席の端につどう若者たちを見つめた―――眩しくてならなかった。マダム・マクシームが来て道をお譲りするまで、彼らはそこで雑談をしていた。

 

マリエッタはパーシーに挨拶をして、クラウチ氏の欠席理由を質問した。パーシーはマリエッタの変化に面食らったが、すぐに“役人らしさ”をつくって答えた。

 

 

「 ぺらぺらと言うことではなくてね 」

 

 

マリエッタはさらりと返した。

 

 

「 伯父なんです。わたしの母は、アイリーン・エッジコムです 」

 

「 クラウチさんは体調が良くない 」

 

 

パーシーは手のひらを返した。その早業、父親そっくりである。

ガラハッドはマリエッタの横顔を見竦めた。

 

 

「 えっ、嘘だ、全然似てないのに! 」

 

「 姻族だもの。血の繋がりはないの 」

 

 

それでもなんか嫌だな…とガラハッドは思った。

マリエッタは困ったように言った。

 

 

「 その、ほら、あの人って、癖があってお忙しくって 」

 

 

その言い方。彼女は、一瞬母親そっくりになった。

 

 

「 すごく、男の人っぽいっていうか。いろいろ手が回らないところがあるって、聞いています。先輩が個人付き補佐官になってくださったと聞いて、安心しました。お仕事、頑張ってくださいね 」

 

「 もちろん、もちろん、全力で励むよ。君の伯父様は、本当に素晴らしい方だね!彼は、このクリスマスは潔斎して、ご自宅で精霊を迎えなさるんだ。清くて、正しい魔法使いだ!僕は代理として、立派に振る舞わなくてはなくてはと思っていて… 」

 

「 どうぞ、厳粛に、席をお護りになって 」

 

 

ガラハッドは反射でまぜっかえした。生憎、日頃フレッドとジョージに揶揄われたおしているパーシーは、この程度で失速しなかったが。

パーシーは声を落として囁いた。

 

 

「 Missエッジコム、僕は、あなたのお耳に入れておきますよ。実は、クラウチ氏は邪視に遭われたんです 」

 

 

マリエッタは怪訝な顔をした。彼女から意見を求める目で見つめられて、ガラハッドは肩を竦めた。語義を問いたいわけではないのに、パーシーはぺらぺらとよく喋った。マリエッタは咎めるような目で彼を見た。

 

 

「 ああ邪視というのは、地中海で盛んな魔法です。『いまどき邪視?』と思う人もいるくらい、古くて原始的な呪いです。シンプルで、杖を持っているなら怖れるようなものじゃない、と―――…一般的にはいわれているし、正直なところ、僕もそう思っていたんだ 」

 

 

パーシーはガラハッドへと悔しげにした。

 

 

「 けれど、ビルが言うには、そういった原初の呪いこそ、本来は強力らしいんだ。巧く扱う魔法族が少ないから、過小評価されているだけで 」

 

「 はあ…そんなのって、ピラミッドの外でも現役なのか? 」

 

「 だろう?君も、そう思うだろう?僕もそう思った!だから、対応が遅れてしまったんだよ 」

 

「 『邪視に遭った』って、クラウチ氏本人が言っていたのか? 」

 

「 そうさ。“例の印”が打ち上がった騒動があっただろう?どうもあの世界中の魔女と魔法使いによる混雑のなかに、おぞましい魔眼の持ち主がいたそうなんだ。クラウチさんのお加減が優れないのは、あのとき少し愚痴をこぼされて、お疲れが出てしまって以来さ―――そこにいらっしゃる、マッドアイ・ムーディーと同じさ。彼は、陣頭に立つリーダーであるゆえに、このほど魔術師として手傷を負われた。だからこの冬至は大切だ。今こそ、僕がサポートしなくてはね! 」

 

 

パーシーは気合を込めて言った。

ガラハッドは言葉を失った。パーシーは、アーサーやロンから、あの夜のことについて何も聞いていないのか?―――パーシーは、あてこすりをしてきたわけではなさそうで、心底お役目が大事そうだった。彼は「ウェーザビー」と呼ばれているから、クラウチから事実のことも断片しか教えられていないのか…。

 

マリエッタは「まあ」と驚いたように言ったきり黙った。彼女は、一見レディとして口許をおさえたようだったが、実際は探偵のポーズとしてそれをやっていた。ガラハッドは周囲の動きへと目を配り、去る夏のキングスクロス駅を思い出さないようにした。マリエッタの沈黙を怖れれば怖れるほど、ガラハッドは微笑みに怒りを宿した。

 

 

( クラウチ。たしかに、あいつは夏以来痩せてきていたが… )

 

 

だが…それが、何だっていうんだ?歳だろ。フツーに、加齢で弱ってんだろ。

ガラハッドは内心カチーンときていた。

クラウチめ、人のことを踏みにじっておいて、キレられて睨まれたら「呪いだ~」と騒ぐのかよ。キレられるまでは相手が人間だって気づかず、「不快だ」と表明されたら被害者ヅラか。舐めているにもほどがある。今宵、のこのこと来て直接それを言いやがったら、頭から噴水に突っ込んでやったところだ。

 

クリスマスキャロルが流れ始めた。

合図である。玄関ホールに、一般生徒が来たという合図だ。

どやどやと教職員の数が増えて、この小さな輪はお開きとなった。

 

ケッ、こんなに最悪な気分なのに、じきにパーティーが始まる!

一瞬の“救われる心地”は、却って罪状が重くなる契機だった。

 

ガラハッドはマクゴナガル先生に命じられて、代表選手たちを探しに向かった。さっき通った小部屋に戻って、玄関ホールに面する扉のドアノブに手をかけて―――たとえどんな心情であっても、開けたらクールでいようとして―――ガラハッドは一呼吸おいた。

そのときだ。ガラハッドはついてきたマリエッタから、そっと腕に手を這わされた。視線と、頷きだけでわかった。彼女は、何を思っているやらわからないけれど、とにかく()()()()()()らしいのだ。なんやかんや「邪視」よばわりには傷ついていて、ガラハッドはそれを嬉しく思った。

 

 

「 …俺のこと怖くないわけ? 」

 

 

甘えは声に出てしまった。「傷ついて見せるのは狡い」って、さっきクラウチに思ったところなのに。

マリエッタは竦んだ声で言った。

 

 

「 怖いわ。ゾクゾクする 」

 

 

マリエッタはガラハッドにキスをした。全部を手短に表すには、この方法しかなかった―――本当に、恐くて、怖ろしくて、あなたがあなたらしく進む先は、どうなってしまうやらわからないけれど、ずっと見ていたくて、支えたくて、愛しているから。

 

ガラハッドはドアノブを握ったままでいた。漫然とした苦笑。脳みそは働かなくなっていた。あれ?これ、めっちゃヤバくない?…でも一瞬かなり癒されました!ええいごちゃごちゃ考えるな!さあ、扉を開けよう。

 

 

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