フェアな叙述というのは難しいもので、記録する側であれ読み解く側であれ、これに悩み悩まされない者はただの歴史オタクである。その者は、歴史家であるとは言い難い。何が重要で何が重要でないか、それを選別する危うさを知らない。
この冬至舞踏会で起きた出来事のうち、「多くの参加者の注目を集めたこと」というのは、必然、「多くの記録が残されること」となり、この夜を直接知らない人々にまで伝わっていく。
それらは、後の世とのつながりを当然視される。そこにはアンナ・ショシャーナがいたからだ。それらは、あれこれと深遠な意図が考察される。大層な意味づけの対象となるのだ。
だがそういった出来事ほどえてして、当事者にとってはただの事故であったりする。
たとえば、“フラー・デラクールの行進”。
これは、“セドリック・ディゴリーの乾杯”と違って、本人が望んでおこなったものではない。フラー本人にとっては、妥協…まさしく苦肉の策であった。
それというのもフラーは、ロジャーさえまともな状態であったならば、マクゴナガル先生から「並びなさい」と言われたとき、一番手での入場にはこだわらなかった。それに彼女は、ごく普通で善良だとされる人々が常にそういられるように、目の前のことに対処するのに、いちいち自身のルーツとか前年のワールドカップの結果とか、なんたらへの抗議だとか誰それへのエンパワメントだとかを、勘定に入れていなかった。
フラーは、ただ普通に、ただ真っ直ぐに歩くために必死だった。
なんせロジャーときたら、ドレスを着たフラーに釘付け・首ったけになるあまりに、彼女のほうにばかり傾いて、彼女を押しながら歩いてしまったのだ。「選手入場」の三分ほど前、ロジャーとフラーのカップルは、セドリックとチョウが神妙に入室を果たす隣で、先に小部屋に入ろうとして逸れて壁にぶつかり、二人して壁沿いの鎧にしこたま殴られていた。
( 信じられない!なんて凶悪な校舎なの!? )
フラーはホグワーツの野蛮さに震えて、この男もまたアホであることに気がついた。ロジャーは、腐ってもレイブンクローチームのキャプテンらしく、鎧が振り回す棍棒からフラーを庇うくらいの機転は利いたのだが、フラーから怪我がないか心配されると、ひどく舞い上がってデレデレした。
小部屋の中は静かだった。フラーは、他の三組のペアの邪魔になってはいけないので、囁くような声で怒りを表明した。
「 んもう!あなーた、前、見ーてくーださーい…! 」
マクゴナガル先生は知らん顔だ。チョウは恍惚の人となっていたが、パーバティとハーマイオニーは「何このバカップル?」という顔つきだった。彼女たちはフラーに冷たかった。
ロジャーは、へらへらとフラーの怒りを聞き流した。フラーは、この馬鹿はそもそもの事故の原因なのに、自分の男らしさに酔っていると思った。
だから諦めた。フラー・デラクールという少女は、ホグワーツの大広間の入り口に設けられた門をくぐる際に、一切の望みを捨てたのである。
門の向こうは壮観だった。大広間の壁はキラキラと銀色に輝く霜で覆われ、星の瞬く黒い天井の下には、何百というヤドリギや蔦の花綱が絡んでいた。その植物たちに目を惹かれるほど天が高く見えて、星を見ようとすると花々がぼやけて輝いた。フラーは、胸の内で有名な叙事詩を諳んじながら、目を細めて見えているものを疑った。
( フン!地獄って、案外美しいところなのね。騙されないわよ!ああ背中が痛い!ホグワーツは、ひどいところ!! )
こうして、フラーはみずから緊張を解いて腹を括った。
腹が立って仕方ないけれども、今からダンスパートナーを取り換えることはできないのだ。ここはもう、さも何も起きていないかのような顔つきをして…ぐいぐい寄ってこられない速度で自分が先に歩いて、嬉しそうなお馬鹿さんをついてこさせるしかない!!!
斯くしてフラー・デラクールは行進した。
「我こそは勝利女神」という顔をして、フラー・デラクールはずかずか歩いた。
ロジャー・デイビースは、触れられそうで触れられない美女の腕に手を伸ばして、ふわふわと夢遊病のように歩いた。彼は彼女にリードされて、頭をぽんぽんされることで、空いている椅子に座らせてもらった。
フラーはどっと疲れたうえに、ダンスのことを思って気が重くなった。
「 えー、何なのあれ 」
「 あのひと、何様のつもり? 」
( うるさいわね!? 黙って拍手しときなさいよ! )
フラーはイライラと髪をかきあげた。
フラーは、大きな丸テーブルに着いて他の三名の選手たちの着席を待つあいだ、他の小テーブルにいる連中になんか目もくれず、空っぽの金の皿を睨みおろし続けた。燭台の炎に照らされて輝くこの皿は、チカチカ光って趣味が悪いと思った。ひび割れた陶器と、簡素な根菜のスープでいいから、家族で食事をするほうが何倍も良く思われた。
さて、この次に起きて注目され記録され、当初から盛んに考察の対象とされた出来事。それは、幾人かの純血魔法族たちのやりとりである。これに関しては、当事者らには歴史の主体者たる意識があった。彼らは、優雅に軽やかに鎬を削った。
ガラハッドは、フラー以降の三人の代表選手たちが入場するあいだじゅう、選手ではない人々のことばかりを眺めた。司会者用の高壇は会場の隅にあり、誰が誰と一緒にどれくらい大公妃に近いテーブルにいるか、学生総代は見渡すことができたのだ。ヴェールをつけたまま食事はできないので、今夜のアンナ・ショシャーナ妃は煌びやかな仮面をつけていた。ガラハッドはそれを奇妙だと感じたが、明るい司会者の顔をつくったまま、少しも表情を変えなかった。
( そこまでして庶民には顔を見せないのか? )
よくやるよ…と、呆れる気分ではあるのだが―――まあブスでも、美人でも、なんやかんや言われる種にはなるだろうし、そうなると権威が落ちるのだろう。
ガラハッドはドラコ・マルフォイに目を惹かれた。
( うわあ憎たらしい!アイツ、あんな漆黒の詰襟なんか着て…慎ましくして、俺を派手に見せるほど、自分がとても良く見えるってこと、よくよく知っているよな? )
ガラハッドは近頃ドラコが嫌いである。「父親が嫌い」ではなく、彼本人の性格も嫌になってきた。だってあいつは、今日までの打ち合わせのなかでただ「はい」とか「了解」と言えばいい場面で、わざわざクソ丁寧に何度も「承引いたします」と言ってきたような奴だから…。
( …絶対、あれは俺を馬鹿にしてるよな。敗者の分際で。お育ちを鼻にかけるしか取り柄がない。俺だって十分な練習期間さえあれば、大公妃の前でフォークぐらい使える )
翳も曇りもない金髪に、細い顎、青く血管が透けるほど白い肌。ドラコは、ガラハッドが事前に言いつけた通り―――否、万が一にも断られると困るから、実際は丁重に依頼をしたのだが―――少なくとも両者の事前の合意の通り、仮面の大公妃と同じ小テーブルに着いて、そのテーブルでのホストを務めていた。出来すぎた振舞い、得意満面の横顔。マルフォイは、「やはりこの自分こそが、英国の代表者たる生徒だ」と考えている―――真偽のほどはわからないが、ガラハッドにはそのように感じられた。
コンプレックスの裏返しだ。ガラハッドは参加者を観察することをやめた。歯牙にもかけないでおくことが、この場合は一番いいからだ。
選手が全員着席した。
ガラハッドは、学生総代としての職務を遂行した。万物に興味がなさそうな表情をつくって、淡々と司会を進めた。
シザーリオ・ド・ボーモンはそれを小気味よいと感じながら聞き、この現状を面白いと思った。シザーリオは大公妃の護衛をしていたので、ドラコと同じテーブルに着いて、ドラコの表情の仔細や、声色までを間近に受け取っていた。シザーリオは、ドラコがあまりに可愛らしく子供っぽいので、微笑の裏側で訝しさを膨らませた。
( 随分、マルフォイ家の嫡嗣はガラハッド卿を慕っているなあ?ガラハッド卿のほうは、この坊やに興味なさそうだけど。普通は、こういうときは勝負していくんじゃないのかい?お互い、家門を背負っているんだからさぁ…ノアイユ=オリバンダーは、マルフォイ=ブラックからすれば格下だろうに!島国感覚、わっかんないなぁ!? )
シザーリオは陽気に首を回して、近くの席の顔ぶれも見た。
このほど家格を満たす女子たちのうち、マルフォイ家の嫡嗣が連れてきたのはパーキンソン嬢だ。近場のテーブル群に目を走らせると、グリーングラス家の姉のほうはノット家の者と、グリーングラス妹はカスティーリャの者といて、ブルストロード嬢とアボット嬢、ロングボトム家の男子は、この近くはいない様子。今夜、クラウチ氏の椅子に座っているのは、髪色からしてウィーズリー家の一員かな?あの関税屋は、杖職人たちから引きずり降ろされたか?ウィーズリー家の双子はガラハッド卿と親しい…。
シザーリオは流し目がさまになる者だ。彼女(彼?)は、その風貌に任せて堂々と人間観察を楽しんでいたが、ある程度のところで居ずまいを正した。司会をしているガラハッドが、人々の目を大公妃のテーブルへと集めたからだ。
ハリーは、ガラハッドが「本日の晩餐はマルフォイ家に伝わる…」と言い出したのを聞いて、一瞬で食欲が失せてしまった。しかし、卓上のメニュー表を手に取ってみると、悔しいが唾液がたっぷりと湧いてきた。きっと、外国の裕福そうな人たちも、これならば「英国は料理が残念」とかいって、この国を馬鹿にできないだろう。
マルフォイのやつは、太っ腹貴族として周囲のどよめきを浴びて、浮かれた大声で話し始めた―――ドラコが立派に口上を述べるほど、ハリーは、「マルフォイのやつ、こってり大公妃におべんちゃらを言っているぞ!」と思うのだった。ハリーは、大公妃のドレスローブはパッとしない色で、ダーズリー家の廊下の壁紙に似ているなとも思った。細かい模様なんてよく見ていなかった。
ガラハッドはスパッと“次”に行った。
“ドラコに与えられた時間”は終わった。
ガラハッドは皿に料理を出現させる方法を説明すると、「どうぞ、ごゆっくりご歓談ください」と全体に呼びかけて、そつなく司会壇を降りた。ハリーは、メニュー表を睨んでいろいろ悩んだ末に、ダンブルドアと同じものが食べたくなって、金の皿に向けて料理名を唱えた。
「 ポークチョップ! 」
ハリーはにっこりした。金の皿の上には、たちまち香り高いポークチョップが現れた。
ガラハッドは周囲を見回しながら歩いて、自分のために空けておいてもらえた席についた。この小テーブルには、マリエッタの他にはマスタングしかいなかった。マスタングもまたあちこちに目を走らせていた。マリエッタに見守られながら、ガラハッドとマスタングはひそひそと言葉を交わした。
「 いいな。思ったよりも早い。オードブル、コース方式にしなくて正解だった 」
「 うーむ、そうだが。品切れが怖いぞ。妙にポーク好きが多いと見える… 」
気が気でない食事は終わった。
予定通りの時間に、ダンブルドアが立ち上がって手を広げた。彼は大広間を見回して、生徒たちにも立ち上がるように促した。ガラハッドはさっとテーブルたちを壁際に引き上げさせて、より広いスペースをつくった。間取りが変わると、妖女シスターズがドヤドヤと入場した。
会場は拍手に湧いた。
ガラハッドは、リュート奏者やドラマーの「いい頃合い」について、ずっと見ていてもよくわからなかった。だが問題ない。ガラハッドは、「彼らが演奏に取り掛かれる状態かどうか」について、マスタングに見極めてもらうと事前に決めていた。
舞踏会が始まった。
マスタングの合図はわかりやすかった。
マスタングは杖を振って、ステージ脇の篝火以外をすべて消した。
ハリーは、すぐそばの蝋燭の火が消えてからもしばらくぼうっとしていたため、パーバティに声を殺しながら急かされてしまった。
「 さあ!わたしたち、踊らないと! 」
ハリーは、立ち上がりざまに自分のローブの裾を踏んづけた。それから、努力によって誰のことも見ないようにして(シェーマスとディーンに揶揄われて、手を振られていた!)歩いて、煌々と照らされているダンスフロアへと進み出た。
演奏はもう始まっていた。
セドリックは、ハリーのような努力をしなくたって、こんなとき心を閉じることがとても得意だった。彼ほど完璧な青年はいなかった。その場でスローなターンをしながら、セドリックは間近なチョウだけに目を注いだ。
ハリーは、パーバティにがっしりと手を握られてリードされつつ、踊りながらあちこち余所見をしていた。だからハリーは、
ハリーはホッとした。曲はだんだんと早くなり、ダンスは暗い雰囲気ではなくなった。ハリーは、「想像よりはひどくないな」と思いながら、最終速度まで遅れずにターンして、パーバティのことを振り回した。最後のバグパイプの音と同時に、大広間は再び拍手に包まれた。
ジニーはネビルへと懇願した。
「 座らせて! 」
ハリーは背中でそれを聞いた―――なんだか、とても良いことを聞いた気がした。
ジニーはフロアを横切ってテーブルのところまで行くと、ルーナから借りた靴を脱いで、ネビルが踏んだ痕がついていないか確かめた。ハリーはパーバティをさっと離して、パートナーとして素敵な提案をした。
「 座らない? 」
「 あら、わたし、まだまだ大丈夫よ! 」
パーバティは肩で息をしていたが、次の曲でも踊りたがった。今ダンスフロアを離れるなんて、パーバティには考えられないらしい。ハリーは、「えぇー!」という気持ちでいっぱいだったが、すぐにびっくりしたので、不満顔がバレなかった。
人垣が割れた。
仮面の大公妃が、人間とは思えない滑らかな動き方で、すぅーっとゴーストのようにフロアに入ってきた。ハリーは、さっき踊りながら彼女を見た。そのとき、彼女は閉じたままの扇を口許に傾けて、悠然と座ったままでいた。それは、いくら微笑みが零れているとはいえ、『わたしは結婚していますよ』という意味であるのだが、そんなの事前に勉強しておかないとわかるわけがない―――ハリーが驚いたのは、その大公妃の向こうに、チョウ・チャンが一人きりで立っているのが見えたからだ。
チョウは、大公妃とその随身たちの美しさ優雅さに見惚れて、セドリックが消えたことに気づいていなかった。チョウはちらっと黒目を動かして、マリエッタが分別をつけてさがるのを見送った。それからは、ひたすらハラハラしてガラハッドのことを見守った。
ゆらゆらと揺れる篝火が、彼の髪色の濃淡を際立たせている。
しっかりと
( 石でも削れば聖母マリア、土でも捏ねれば愛と美の女神!人間は、水35L炭素20㎏、アンモニア4L石灰1.5㎏、リン800gにナトリウム250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3gの土の塊!! )
ガラハッドは顔をあげて、存分によく回る舌を動かした。彼は、アンナ・ショシャーナ妃のことを耳が溶けるほど褒めて、「私に思い出をください」と言った。これは、声色・目線・手の動きの仔細に至るまで、染みつくほど事前に練習したものであるから、「万事ただ上演された」というだけで、意味なんか何もこもっていなかった。良く出来たマリオネットのようなガラハッドに、アンナ・ショシャーナはますます微笑みを深めた。小さな唇であった。
前奏は終わりつつある。一段と音楽が大きくなった。
ガラハッドは、大公妃の手が自分の手のうえに乗る瞬間を、今か今かと待ち構えていた。どう考えても時間は等速ではなく、この数秒が一番長かった。ガラハッドは、実際に一曲踊っている間は、大公妃の動きの滑らかさ軽やかさを邪魔するまいとして必死だった。ガラハッドは、どうにかホストとしての責務を果たした後は、大広間の隅っこへと逃げ出して一服した。
フレッドとアンジェリーナ(元気を爆発させて踊っており、危険!)の近くまで退避すると、そこは人が少なくて落ち着ける場所だった。
ジョージが、バタービールの瓶を片手に話しかけてきた。
「 ヒューッ!見たぜ、この野郎。セドリック超えだな!? 」
「 と、思うだろ?実は、とんでもないニュースがある 」
ガラハッドは自分もテーブルからバタービールを取って、栓を開けながらニヤッとした。そしてグビッとやりながら振り返って、ジョージがすぐ返事をしない理由に気がついた。
チョウがいた。大広間の中心部からここまで、ガラハッドはチョウについてこられていたのだ。
ガラハッドは、ただちに馬鹿話を封印した。
「 どうした? 」
「 はぐれちゃったの 」
チョウは肩を落として答えた。チョウは、今しがたシザーリオとダンスできたことが嬉しかったが、セドリックがいないというのに、浮かれてはしゃぐことはできなかった。チョウはきょろきょろと辺りを見回して、しょぼんとした顔でガラハッドのことを見上げた。
「 セドリックを知らない?って、言っても無駄そうね… 」
おいおいどこに消えたんだ、ピュアすぎ天然記念物よ…―――ガラハッドはセドリックの姿を探して会場を見回したが、ジョージはニヤッとしてチョウに話しかけた。
「 姫君、昔のことはお忘れになるべきですぞ! 」
ジョージは、“ほとんど首無しニック”そっくりの口調で言った。ガラハッドは笑って、今度“灰色のレディ”にぐちゃぐちゃ言ってこられたら、こいつを一発キメるのが良さそうだと思った。ジョージは「奇数!この悩ましき数」について語って、チョウのことをダンスに誘った。チョウはにっこりと笑って、3は素晴らしい数だと言った。
「 ここ太陽系では、3はちょうどいい数だと感じているわ 」
ジョージは虚を突かれたが、けらけらと笑って健闘を見せた。
「 うひゃあ、びっくり!三角関係が好き?君とセドリックと…あと一人!このジョージ・ウィーズリーはいかがでしょう!? 」
「 よせジョージ。ここは青い星だ 」
「 はーいガラハッドは正解。セドリックに会ったら、わたしはステージの近くにいるって伝えてね 」
チョウは可愛い声でそう言うと、ぴょこんと方向転換して歩き出した。
余談だがハリーはこの瞬間、無言で遠くを見つめすぎたため、パーバティから捨てられてしまった。ガラハッドは、アンナ・ショシャーナのオーラにまだあてられていて、今のはチョウの一本勝ちだと思った―――そう、ここは太陽系3番目の惑星。大アルカナの3番は、女帝だ。アンナ・ショシャーナ様の立ち居振る舞いは、この世の人間とは思えなかった…!
ガラハッドがそう言うと、ジョージは肩を竦めた。ジョージは、フレッドとなら何だって共有が当然だと思ってきたのだが、近頃は流石に無理を感じつつある。
ハリーは、急にバタービールが欲しくなって、飲み物を取りに行くことにした。
ところがハーマイオニーが来て横に座った。
「 や、やあ 」
「 暑くない? 」
ハーマイオニーは手で顔を扇ぎながら言った。ハリーは座り直して、ぎこちなく「やあ」と言ったのだが、ロンは黙ったままハーマイオニーを睨みつけた。
チョウが通りすぎていった。ハリーは、座ったままチョウを見送ることにかまけて、ハーマイオニーの発言をろくに聞いていなかった。チョウが行ってしまうと、喉の渇きはどこかへと消えた。ハーマイオニーはロンと喧嘩を始めた。
「 ビクトールが飲み物をとってきてくれるわ 」
「 ビクトール?ビッキーって呼んでくれって、まだ言わないのか? 」
ハリーは黙って椅子を温めながら思った。
( 聞くに値しない喧嘩だ―――って、ガラハッドならスパッと言うんだろうなあ。ガラハッドはさっき、チョウ・チャンから誘われて断ったってこと…? )
信じられない。正気の沙汰じゃない。けど、有難いから狂気の持ち主のままでいてほしい…。
ハリーにそう願われているとは知らないで、ガラハッドは双子を眺めながらバタービールを飲んだ。いまの曲で待ちぼうけだったジョージは勿論、毎回どちらか一人が絶対に余ることは、フレッドにとっても面白くないらしかった。
フレッドはジョージに言った。
「 あそこにバグマンがいるぜ 」
双子同士の会話は、あとは目線と頷きだけで良いらしい。
急に解散を提案されて、アンジェリーナはショックそうな顔つきをした。ガラハッドは、内心ではフレッドとジョージの肩を持ちつつも、賢くおとなしく黙っていたのに、双子が去っていったあと、一人でアンジェリーナから責められる羽目になった。
「 Sir!あんた、彼らに何か言いつけたわけ?パーティーの真っ最中に?ちょっと有り得ないよ 」
ガラハッドはどう答えるべきか迷った。
ガラハッドは、フレッドとジョージはこのあとバグマンやその金回りの話ばかりして、“気まずかった事実”をなかったことにするだろうなと思った。そうやって揉み消されていく感情は、最後にはどうなるのだろうか?お互いへの嫉妬心によって、彼らに対立してほしいわけではないのだが…。
ガラハッドは素っ気ない声で言った。
「 どっちもガチなんだろ。
気まずいのは、自分だって勘弁願いたい。
ガラハッドはアンジェリーナの表情を見ないで済むように、のこりのバタービールをいっきに飲みほして、身体を捻って空き瓶を捨てた。あらかじめ想定していた通り、会場内に喧嘩の気配があった。ガラハッドは現場に向かうことにした。
アンジェリーナは壁に凭れてしゃがみこんだ。彼女は、火照る頬をバタービールの瓶で冷やした。
ハリーは、ロンとハーマイオニーの言い合いが悪目立ちし始めたので、静かな声でロンを宥めようとした。
「 ロン。ハーマイオニーがクラムと一緒に来たこと、僕、何とも思っちゃいないよ… 」
しかし二人は舌戦を続けた。
ハリーは、それぞれ別の方向から同時にガラハッドとマスタングがやってきたのにドキッとして、警察のお世話になる気分を味わった。パドマは、ずっとロンの隣にいてそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだったのだが、「いい気味!」と思って小さく笑った。
マスタングに睨まれて、ハリーは首を縮めた。ハーマイオニーは言い返さなくなった。だが、ロンは冷静ではなかった。
ハーマイオニーは、「わたし、困ってます!」という顔つきをして、ガラハッドを味方につけようとした。ところが、ロンから手痛い一撃をくらった。ロンは、忌々しそうな顔で声量を抑えたものの、いかにもガラハッドに言いつけるようにして、ハーマイオニーにこう言ったのである。
「 行けよ。ホグワーツの敵、愛しのビッキーを探しにさ。君がどこにいるか、あいつ、探してるだろうぜ 」
「 わたし、あの人をビッ!!! 」
「
マスタングがすかさず言った。
ハーマイオニーは叫べなくなった。
パドマは、今ならロンと言い合いにならず、とことん無視される可能性もないと判断して、立ち上がってバシッと言ってやった。
「 さよなら 」
パドマはロンを捨てた。
ガラハッドは、
「 どうかしましだか? 」
クラムはレモネードの瓶を二つ掴んでいた。
ガラハッドは、この質問はただの質問ではないように感じた。何故これだけのメンバーがいるなかで、この俺を選ぶような聞き方をするのだろうか?
クラムは、次にはぷいっとガラハッドから顔をそむけた。
「 ハーム-オウン-ニニー、だいじょうヴですか? 」
ガラハッドは淡々と言ってやった。
「 ハーマイオニーだ。どうやら、彼女は君が原因で非難されているようだぞ?もちろん、彼女がそのような扱いを受ける謂われはないんだが、ここは論戦の場に適さない。だからこれは、人目を集めすぎないような措置をした結果だ―――ゴシップのタネにされたいのであれば、止めないが―――そのとき、より傷つくのは彼女側じゃないか?君は、栄えあるダームストラング生代表であり、大変人気のあるクィディッチ選手だからな 」
今宵、この舌は絶好調である。ガラハッドはクラムを黙らせた。
クラムは、むっつりした表情になるのを通り越して、みるみうるうちに背中を丸めて小さくなった。ガラハッドは言いすぎたことを察したが、今さら発言を取り消せなかった。
だが、負けても爪を立てるのがビクトール・クラムだ。
クラムは、一度俯けた顔をちらっと上げたとき、「屈辱だ」と訴えるような目つきをしていた。
「 ヴぉくは、二度ど貴方のだすけ、要りません…ひどりだけ不利でも、いいです。卑怯なこど、しないで証明します。ハームァ…ハーム…ハーミイ-オウニーは、当然にヴぉくとダンスしました 」
一瞬、輪の全員がポカーンとした。
気迫に圧されたガラハッド。悪夢から目を逸らせないでいるロン。言っている意味がわからなかったハリーとハーマイオニー。そして「何を言っているんだ?」と、別の意味で思ったマスタング。
マスタングの呆れ声を受けて、ガラハッドはハッと我に返った。
「 Mr,クラム。私が言うことではないが、ダームストラングはそれでいいのか?おたくは、競技要項をもう少し確かめたほうがいいと思うが 」
ハーマイオニーは「どういうこと?」と思った。
ハリーは、「クラムはいつ何でガラハッドに助けられたんだろう?」と思った。
ガラハッドは、うんうんと頷いてクラムに言ってやった。しょげこんでいるなら反省するけれど、まだ張り合うんだっていうなら、こうである。
「 そうだ。君、それは立派な心掛けだがな、そいつを真に受けるとしたら、俺は、おたくの棺桶の準備をしないといけなくなるね 」
「 すれヴぁいい 」
クラムは短く吐き捨てた。
心は、時に母国語でなくては吐き出しきれないものである。クラムは、最大限白目を見せつけるような目つきでガラハッドを見て、言いたいことの続きはブルガリア語で言った。それは、輪の全員にとって呪文だった。
「 あんたは正しい…正しくって、嫌いだ。僕は、あんたに恩を着せられるくらいなら、死んだほうがマシだ 」
「 ―――…??? 」
「 あんたは、僕なんかに嫌味を言う必要がないだろうに…! 」
ちょうど一曲終わった。
クラムは、踊っていたみんなが互いに拍手しあう中を、陰気な歩き方で去っていった。
ガラハッドは感情を整理できなかったが、総合的にいえば、自分は恥ずべきことをしたように思った。ガラハッドはしばらくクラムのことを目で追って、彼が独りでちびちびとレモネードを啜るのを見た。ダンスフロアから目を戻すと、ガラハッドは暗い声で言った。
「 解除してやって 」
「 とっくにお喋りできる 」
マスタングはいつもの調子で言った。
ガラハッドは、今のみみっちいマウントの取り合いを見て、ハリー、ロン、ハーマイオニーは自主的に黙り込んでいたんだと知って、ますます恥の意識を強めた。声を出せるか確かめようとして、三人は一斉に「あー、あー」と言い始めた。
マスタングは何様の口調で言った。
「 散れ。貴様ら、固まって居るとまた喧嘩するだろう 」
「 あー、おえー 」
「 行こう 」
ハリーは吐く真似をするロンに声をかけた。ハーマイオニーはじっと立ち尽くして、二人がハグリッドとマダム・マクシーム(彼らは聳えている)のほうに行ってしまうのを見つめた。
マスタングも人混みに消えた。
ガラハッドは、ハーマイオニーの惨めそうな声を聞きながら、「それは仕方ないって」と言わないでおくように努力した。
「 見た?ハリーは、いっつもロンのほうの肩を持つの… 」
「 うん 」
「 ハリーとロンが喧嘩したとき、わたしは、ちゃんと中立でいてあげたのに 」
「 うん 」
「 ハリーは、わたしなんかいなくてもいいんだけど、ロンがいなかったら寂しがるの 」
「 うん 」
「 ハリーは、わたしよりもロンといるほうが楽しいのよ 」
ガラハッドは相槌を打ちながら悩んだ。
拗ねているハーマイオニーは可愛いけれども―――それを俺に言ってくるのって、どういうつもりなんだろう?今、そんなことより…いや、気分転換に…少しでも気分が良くなるように…踊らないかとハーマイオニーに提案したら、自分は、「気が短く器が小さい男」であるだけなく、「凄まじく空気の読めない男」か?
興奮を煽る音楽に、昼間は嗅ぐはずのない香り。暑い日の果物屋みたいに色とりどりに、それぞれ鮮やかに華やかに朽ちつつあるように。ぐるぐる、ぐるぐると回ってワルツを舞う人々のせいで、なんだか、落ち着いて物を考えられない。ふざけて女子同士で踊るチョウとマリエッタを眺めながら、ガラハッドは危機感を募らせていった―――なんで?どうしてハーマイオニーは、そんなにハリーのことを気にするんだろう…?
「俺がいるんだから、よくない?」と思う反面、彼女の寂しさはよくわかった。自分では埋められない寂しさだということも含めて、よくよくわかってしまって、寂しかった。寂しい人を見て寂しくなるなんて、つくづく益のない連鎖で、救いがないなと思った。