大広間の扉は開かれたままである。外から悲鳴が聞こえてきて、ガラハッドはハッと身を翻した。音楽や笑い声に混じっていて、微かな音量ではあったけれど、今のは歓声であるとは言えなかった。ガラハッドは、ついてこようとしたハーマイオニーを押しとどめて、群衆へと目を走らせながら言った。
「 ここにいて。マスタングに『外でトラブルの気配』って、伝えてほしい 」
ガラハッドは悲鳴の発生源へと向かった。
杖を抜いて玄関ホールに出ると、同寮の六年生たちが走って近づいてきた。フォーセットとステビンズは薔薇園のほうを振り返って、口々にいま受けた仕打ちを訴えた。
「 スネイプが庭をぶっ壊してるの! 」
「 20点、減点された! 」
「 あいつ、見境なしよ! 」
「 でも、減点は我々だけだったぞ! 」
「 それは、たまたま… 」
フォーセットの頬がパッと桃色になった。
ステビンズは小さく「あっ」と言った。
「 そ、そう。我々は、たまたまあの粘菌野郎を嫉妬に駆り立てたのさ! 」
「 そのようだな。ここに勲章がついてる 」
ガラハッドは冷やかし気味に言って、自分の髪の毛をちょっとつまんだ。彼らはただ散歩をしていたわけではなく、茂みでお取込み中だったに違いないと思っていた。
ステビンズは意味がわからないようだった。
フォーセットがクスッと笑って言った。
「 花びらよ。くっついてるの―――取ってあげるわ… 」
ガラハッドはこのカップルを放置した。
ガラハッドは玄関から飛び出して、石段の上から、庭のどこが被害を受けているのかを見ようとした。迷路じみた庭だが、スネイプが凶行に走っている場所はすぐにわかった。
たっぷりと茂る薔薇垣に風穴が空き、大量の葉や花弁が乱舞していたのだ。
ガラハッドは静かに瞠目した。
( あいつ、カルカロフと一緒にいる…!? )
花吹雪の向こうに、痩せぎすの中年男がふたり。
きたねえ少女漫画のような光景に、ガラハッドは眉をひそめた。
スネイプは杖腕をおろした。
( 来たな。良い鼻の利かせ方だ )
スネイプはひそかに喜んだ―――教師相手でも怯まずに、かの学生総代殿は、悠然と歩いて近づいてきなさった。あの、「おうおう、何してくれとんじゃワレ?」と語るような目つきが只者でないのは、闇の帝王の血によるものなのか、職人の家の育ちゆえか…―――いずれにせよ今に始まったことではなく、近頃の愛想の良さのほうが異常なのである。
伝説の騎士様のお出ましだ。
スネイプは、不機嫌な態度のガラハッド・オリバンダーを見慣れていたが、カルカロフは来訪者に怯えた。カルカロフは、ビクッとしてガラハッドからの視線を遮れるところにまで後退すると、最後に友人の心へと訴えかけた。
「 セブルス、お前は、わたしと同じではないか… 」
カルカロフは優しく言った。
「 …あのとき、お前は中に入れてもらえなかった…イングランド人の身で。ホグワーツに残って、何の得があるのだ?お前は、見張り番のまま一生を終えるのか 」
ドラコは、単身、ひそかにこの二人の後をつけていたので、彫像の陰にしゃがみこんでこれを聞いていた。全力で息を殺しているのに、鼻腔には重い薔薇の香りと、湿った土の匂いが満ちていた。彫像の台は冷たかった。
カルカロフはそれ以上話さなかった。
スネイプはずっと黙っていた。
それから、耳だけに頼っていたドラコには、しばらく状況がわからない時間があった。おそらく、スネイプとカルカロフは逃げていった―――彼らは二手に分かれた。
ドラコにとって幸運だったのは、自身のほうが大人たちよりもホグワーツ城の近くにいたことである。ガラハッドは、早足でスネイプのほうを選んで追いつこうとする途中で、ドラコから足にとびつかれてしまった。驚いたガラハッドの膝を抱えて、ドラコはニンマリと笑った。
「 ッ…この狼藉、スリザリン寮を挙げてのことか? 」
ガラハッドは両腕を広げて、荒れた庭を示して見せながら吼えた。スネイプは一度だけ振り返った。彼は引き返してこずに、生徒をおいて夜陰に紛れていった。
カルカロフの姿も消えていた。
ドラコは、一張羅とユニフォームの区別をつけない性分の少年貴族である。彼は平然と立ちあがると、服に花びらをつけたままで笑った。
「 いいえ。クラッブとゴイルは、置いてきました! 」
「 …へぇー! 」
「 あいつらは嵩張りますからね 」
ガラハッドはもう一度「へぇ」と言った。
当然、目は笑っていなかった。
( …カルカロフ、スネイプ、マルフォイの三人で共謀したのか? )
そうであるにしては、やることが小さくてくだらなすぎるような…。
とにかく、この、お楽しみの妨害が趣味(これで二犯!)であるお坊ちゃんには、乗せておく重石が足りなかったらしい。ガラハッドは、すぐそこに立つ大理石の女神に言いつけるようにして、杖を持ったまま肩を竦めて言った。
「 今宵の宴は、マルフォイ家の後援によって成されると広く言ったはずだが? 」
ドラコの顔色は蒼くなった。
ガラハッドはしゃあしゃあと話し続けた。
「 こうして、場が乱れてしまうとはなあ。マルフォイ家の宴はこうだと、大陸で言いふらされたいのか? 」
「 そうですね。なんと酷い有様なんでしょう!いかん、遺憾です!! 」
ドラコは、「びっくり!その通りだ!?」という表情でたっぷりと頷いた。
ガラハッドは脱力して目が点になった。
( はあ?こいつって、本当に何も考えてないんだな―――そのぶん許せることもあるけど…う~ん、くそッ、どっちにしろムカつく顔だ… )
ガラハッドはドラコをしばきたくなった。
ガラハッドは、ドラコが線の細い美少年でさえなければ、ここは「アカンのア!ミカンの実!」などとふざけながら、脳天に遺憾の意チョップをくらわせてやり、それで手討ちということにしてやった。しかしハリー相手にならば出来ることが、ドラコ相手には難しく思えた。
丸いおでこをさらけだして、ドラコは焦ったように話題を変えた。
「 それより、先輩、僕は、ここでばっちりと聞き取りましたよ!カルカロフは、そのうち逃げ出すかもしれません 」
「 へ? 」
「 ひとりで逃げ出せばよいのですが…。奴は、ここでスネイプ先生を誘惑しておりました… 」
ドラコは暗い声で言った。
ガラハッドは面食らった。
( あれ?ドラコは、スネイプ・カルカロフとは別の目的でここにいたのか?それともこれは、保身のためのブラフか?―――…いや、ドラコはそういうことをしないな―――というか、誘惑って、どういうことだ? )
ガラハッドは一瞬考え込み、その一瞬で、強烈に酷い想像をした。
そりゃあ、あのヤギとファックしてそうなオッサンから誘惑されてしまったら、スネイプだって錯乱するよなあ!?無惨に抉られた花々を見ても、ガラハッドはもう腹が立たなくなった。
ガラハッドはシリウスの言葉を思い出して、ドラコへと小声で尋ねかけた。
「 もしかして、君は、ずっとカルカロフを監視しているのか? 」
「 はい 」
「 御父上に命じられて? 」
「 その通りです 」
ドラコはくいっと顎をあげて笑った。
ガラハッドは、眉根を寄せた状態のまま苦笑して、変な首の傾げ方のままで固まった。「元死喰い人同士の歪み合いに、駒として参加することを喜ぶなよ」とか、「そんなの、全然誇らしそうにすることじゃないぞ」とか「変態の観察は楽しいかよ」とか……湧き出てくる思いはいろいろあるのだが、それらは言って得になるようなことではない。
ガラハッドは黙り込んだ。強烈なパンチを受けた直後は、視界を光がうようよするものだ。ちょうど、そこらを飛びまわっている妖精たちのように。
ドラコは胸を反り返らせて報告した。
「 父の申した通りでございました。我が君、あの男を信用なさいませんように!カルカロフは、“しるし”が痛むことに怯えているのです。“しるし”を持つだけで光栄なことですのに、そのことを忘れているようです 」
ガラハッドは顔を引き攣らせた。
え?我が君?我が君って―――お前が、俺を、そう呼ぶのかよ!?
ドラコの舌先は止まらなかった。ガラハッドが驚いているほどに、ドラコは確かな手応えを感じた。
「 カルカロフは、その昔に同志を売った男だそうですね?恥を知らない裏切り者です!きっと、“父君”に顔向けが出来ないのでしょうね―――どう思われます?聞いておられますか?我が君… 」
ドラコはルシウスの真似をしていた。彼は、甘えたような口ぶりで言った。
ガラハッドはごくりと生唾をのんだ。
ガラハッドは、ドラコの姿からは目を背けて、無垢で美しいものだけを視界に入れようとした。だが、米神がドクドクと脈打って、どんなものも猛毒であるように感じた。もとより、薔薇という薔薇は陰翳を宿している。それらが、膨大な数の渦巻きとなって、ぐるぐる強烈に神経を削り始めた。
ガラハッドは、ガラハッドなりの努力はした。「我が君」と熱っぽく呼びかけられて―――はてさて、ここはどう返答して対処するのが正しいのか―――ちゃんと考えようとはしたのであるが、残念なことに、疑問しか思いつかなかった。いずれも、こんな一秒や二秒や三秒で、解消されるはずのない疑問ばかりだった。
( しるしが痛むって?痛いとどういう意味があるんだ?カルカロフは、誰に対して怯えている?ルシウスはアズカバンに入っていないんだから、カルカロフに復讐する筋じゃないだろ?そりゃあ、カルカロフを恨む魔女と魔法使いはいるだろうけど、そいつらは、今もアズカバンにいるはずだ!だが実際、シリウスはああして脱獄できているし…とうに脱獄しているけれど報道されていない奴というのも、ここらには居たっておかしくないな…マルフォイ家は、そういう連中を食客として抱えているのか?そのうえ、ドラコが「顔向け」と言ったということは…―――クィレルの肉体を捨てていったあのヴォルデモート卿は、今、どこで、どんな姿でいるんだ?シリウスの迷推理は当たっていた!?ヴォルデモートは、力を取り戻しつつあるのか?スネイプは、この件にどう関わっているんだろう?ドラコは、死喰い人に憧れるくせに奴には仕えないのか?俺を担ぐようなことを言って、何をしたいんだ?ヴォルデモート卿本人も、俺のことを息子だと思っているのかな…―――二年のときクィレルごとギャーって言わせたんだ、ヴォルデモートとは、息子のふりしても仲良しってわけにはいかない!クソッ、アラベールめ!俺は、いつまでのらくらとしておけばいいんだ…!? )
心臓がのたうちまわっている。ひどい動悸だ。冷や汗も出てきた。
ガラハッドは、手で胸を抑えながら小さく呻いた。意図せず、ひどく卑屈な声色になった。打算も戦略も何にもなく、ガラハッドは精一杯拒絶を示した。
「 俺を“我が君”と呼ぶのは、おかしいだろ 」
ああ無関係でいたい。ヤバい連中とは、関わらないで生きたい。
平穏な人生って、なんっっって実現が難しいんだろうな!?
自分は、こんなに大量の謎を慎重に解き明かして、それぞれ適切に対処して巧く立ち回れるほど、スマートでクールな人間ではない!そう在りたいけれどそんなに強くない!
ガラハッドは不機嫌を丸出しにして呻いて、ドラコに困った表情を浮かべさせた。
「 別に俺は、何もしてない。何もしてない。何もしてないぞ 」
「 ご謙遜を―――しかしその、そのようにおっしゃられる心中は、深くお察しいたします。実に、実によくわかりますよ 」
ドラコは、掬うような動きで身を乗り出して囁いた。
「 僕もまだ、上の世代から認められていません。まったく中年どもめ、ポッティには注目しておいて、足元に対しては愚かなことですよね! 」
ドラコは、そう言うとにっこりと微笑んで跪いた。
ガラハッドは、不意にドラコに視界の中心へと飛び込んでこられて、ギョッとした。これから何を言われるのかを直感して、震撼した。呆然として、咄嗟に何もできなかった。
純然たる好意によって、ドラコはガラハッドに慰めを贈った。
「 我が君!僕は、ただいま却って決意いたしました!僕は、あなた様を主人とお呼びし続けます。御心を強くお持ちくださいね。あなた様は、間違いなく王者の器なのですから。ままならぬことがあるときは、この誓いをどうぞ思い出してください―――我が君、あなた様の父がいくら偉大であっても、僕が心臓を捧げるのは、あなたしかいません 」
ガラハッドは反吐を吐きそうになった。
無理、無理、ガチで無理だ。馬鹿かよこいつ、反抗期の勢いで、旧勢力と抗争する気か!?
ガラハッドは、精一杯悪党っぽい素振りをしてドラコを欺いて、欺きながら黙らせて、どうにかこの場をしのごうとした。ガラハッドは『ハムレット』の一節をそのまま使って、ドラコからの誓いを受け入れまいとした。
「 ハハッ笑わせる!魂というやつ、えろう気が大きくなって。次から次へと、でたらめな誓いの大安売り! 」
「 いいえ。パッと燃え上がったこの誓いの炎、派手に輝いたぶんだけの熱が、あります 」
ドラコは、直後の一節を引用して
ガラハッドは絶句してしまった。ドラコは、優雅且つ誇らしそうに微笑んだ。
ガラハッドは急いで作戦を変えた。
「 カルカロフは、我が父に顔向けできる者ではないと言ったな?それを言うならば、ルシウス・マルフォイの振舞いだってそうだろうよ 」
ガラハッドは返事をさせなかった。
ガラハッドは、選挙で鍛えた演説的身振りを使って、大急ぎで言いたいことを言いきった。
「 俺は、去る夏たしかに聞いた覚えがある。はて『荘子』、『戦国策』を引用するかと驚いて、よく覚えている―――お前の父は、ワールドカップ会場でこう言った―――麒麟も老いては駑馬に劣る、老翼に図南の志は抱けまい、とな!お前の父も、我が父からすれば裏切り者だ。知らないか?我が国では、老いた鷲は若い鴉よりもマシであるというぞ!東洋の価値観にとびついて、父祖の精神を軽んじる浅ましさときたらないな。その舌先を信用しろというのか。お前は、その父親によく似ている 」
目には目を、ことわざにはことわざを。
ガラハッドは威圧的に言い放ち、ドラコを項垂れさせ、震えさせた。だが、そこまでだった。そこからは、どうすればいいかわからなくなった。
( ううっ、やばい!よりによってマルフォイ家を相手に、思いっきり喧嘩を売っちゃったな… )
…だが今は反省している場合じゃない。
スネイプという歩く嵐が去って、庭には人々が戻りつつあった。ガラハッドは、ドラコを捨て置いて城に引き返そうとして、玄関からカップル(ハグリッドとマダム・マクシームだ)が出てくるのを目撃した。
薔薇、薔薇、眩暈、異常に大きく見える人影…。
ガラハッドはぐるぐるくらっときて、うっかり退散の足をゆるめてしまった。
それで、後ろからドラコから縋りつかれて、思いっきり顔を歪めることになった―――どこで誰が聞いているやらわからないのに、これ以上長話なんかできるかよ!この野郎!!―――ガラハッドは無言でドラコを睨みつけた。
しかし、ドラコは必死だった。
ドラコは、手も足も唇も震えていたが、ガラハッドの情け深さを信じて、限界まで押し殺した声で耳打ちをした。
「 我が君、どうかお聞きください…! 」
ドラコの嘆願は長かった。
「 どうか、どうか父をお許しください。老いた鷲は若い鴉よりもマシ。これは、その通りでございます。我が君の心の斯く在られますこと、このドラコ・マルフォイは、たしかに、たしかに伝えておきます。わたしは若輩者ですので、直接目通りが叶いませんが、我が父が必ず、“あのかた”のお耳にお入れいたします。“父君”はお喜びになります!ですから、どうか、智慧あるかた、我が父の弱さをお許しください。父は、本当に“あのかた”を愛しております。本当です。心から篤く仕えて、長年思い出を大切にしていたからこそ、お変わりになった姿に驚いてしまっただけなのです。去る夏、父は少々取り乱していたのです。らしくないことをして、わたしも驚いたくらいです。ですから、あの時はあのようなことを言ってしまったのだと思います… 」
ドラコは啜り泣き始めた。
不意に、後方からガサッという音が聞こえた。
( ッ…―――5時の方向! )
ガラハッドは、ついに頭にきて、それでドラコを突き飛ばしたようでいて、実のところとても冷静だった。緊急事態下の、合理的判断であった―――そうだ!鉾を構えてしまったのなら、容赦せずに
「 強かった主人が、自分の理想から外れた姿で帰ってきたから毒吐きましたって?ええ?そういう思い入れが、どれほど相手にとってはきついものか、お前は、一番よく知っているんじゃないのか?どうなんだよ、完璧には程遠い一人息子さんよ。何が『愛しております』だ。お前は、親に愛されているつもりになりたくて、親のそういうところを庇っているな?涙の出る毛づくろいだよ。気色悪い。二度と見せつけないでくれ 」
ドラコは石になった。
だが、ガラハッドは攻撃を止めなかった。ガラハッドは、ヒュッと息を呑んだドラコに、涙の一滴も流させてやらなかった。獰猛な勝利の追求だ。ガラハッドは、ただちに手刀で宙を切った。鋭く、ほとんど薙ぎ斬りのような速度で、ホグワーツ城の玄関を指さして悠然とこう言った。
「 帰れ 」
まるで犬に命令するかのような口ぶり。
ガラハッドは、実際、これに関しては当然の要求だと思っていた。だって、さっきは自分のほうが城まで逃げようとしたら、ドラコに追ってこられて、ベトベトと泣き縋られたのであるから。
ぽとっ…と、涙は流れることなく落ちていった。
ドラコは、刺し傷を庇うように深くお辞儀をして、よろめきながら城へと向かった。
ガラハッドはドラコが去ったことを見送ると、今度は優しいような、甘えて期待するような、疲れて弱っているような声で、身体の陰に杖を隠しながら、「そこにいるのは誰?」と呟いてみせた。
ガラハッドは、当然、忘却術を使うつもりでいた。なんせ羨ましくも平穏に暮らす第三者に、気楽に噂されるほど厄介なことはないからだ。“誘い出し”が効かなかった場合は、さてどうやって狙うべきか―――ガラハッドが考えているあいだに、愚かにも目撃者は茂みから顔を出した。
「 僕だよ 」
「 セドリック!? 」
ガラハッドの杖先は震えた。
セドリックは、たじろいで慌てて両手を掲げた。
「 ッ、待って待って!…忘却術かい? 」
これにて、セドリックはひとつの確信を得た―――ああやっぱり、マルフォイがガラハッドにくっついて囁きかけていた内容は、業務報告の類ではなかったんだなあ!なんてこった、僕にはライバルが多すぎるよ!でも、マルフォイは思いっきりフラれたみたいだな…。
セドリックは、ガラハッドが恥ずかしがっているのだと思った。こんな状況を盗み見られてしまうなんて、自分ならば絶対にイヤだもの。
セドリックは、極力ガラハッドを刺激しないように言った。
「 今見てしまったことを、僕は誰にも言わない 」
セドリックはきっぱりと言った。
そして、手を挙げたまま来た道を顎で示した。
「 少し話さないか?―――行こうよ。ここにいたんじゃ、またすぐに誰か来てしまう 」
セドリックは手をおろして、さっさと先に歩き始めた。
ガラハッドは、これには驚いて呆然とした。
( 嘘だろ!?“闇の帝王の息子”を相手に、どんだけ無防備なんだよこいつ )
ガラハッドは杖を仕舞いこんだ。今なら、背後からいくらでも忘却術を浴びせられるけれども、セドリックの口の堅さは信用できるし、セドリックのことを裏切りたくはなかった。
ああ厭だ。肉体と結びついていて、忌まわしいが捨てようにも捨てられない、精々嗤ってすごすしかないこの事情。言うメリットがあり、べらべら喋らない奴(ハリーとか)には普通に話すけれども、格別高潔で尊敬する相手には、知られたくなかったのに…。
とても憂鬱な気分で、ガラハッドはセドリックを追って歩き始めた。
いったい、どうやって誘い出すべきかうんと悩んだというのに、こういう展開になるとは夢みたいだ。セドリックには、大広間に戻るまでもなくガラハッドと出会えたことは、大いなる幸運であるように思えていた。
セドリックは、叶うならガラハッドと横並びで歩きたかったので、或る薔薇垣の丁字路で立ち止まって、少しのあいだガラハッドを待った。
ガラハッドは、それを気遣いだと思った。
セドリックは、黙って寄って来るガラハッドのことを見て、じんわりとある種の感動を覚えた。さっきは、マルフォイを厳しくつっぱねていた彼―――とても独立的で、何についても人一倍は考えている彼―――そんな想い人に、完全に身を委ねきる所存で、気だるげな視線を送ってもらえるなんて最高だ!
セドリックは、ガラハッドから「どっちに曲がるんだ?」と目線で質問されただけで、内心お祭り騒ぎなのであった。
しかし、セドリックは強く気を引き締める機会を得た。並んで医務室の近くを通ったとき、セドリックとガラハッドは、誰かが盛大にビンタされる音を聞いた。それからは少々気まずかった。
ロジャーは、暗くてひとけのない医務室の前までフラーに連れてこられて、なんやらの衝動を爆発させたものらしい。彼はアホな男だったが、根は真っ当な努力家であり、すぐに土下座だって出来るという美点を持っている。下手くそなフランス語謝罪を聞かないようにして、セドリックとガラハッドはそそくさと歩いた。
「 あなーた、怪我あります。もう、ばか… 」
フラーは、髪をかきあげて何度も嘆息した。
やがて石畳の道は途切れた。庭園は終わったが、フリットウィック先生による“幻の洞窟”は、手に触れられないぶんどこまでも続くものだった。進んで行くと、最奥かと思われた岩壁は掻き消えて、また少し離れたところに果てが出現した。
帰れなくなっては困るので、ガラハッドとセドリックは庭園から離れすぎないようにした。迷ったところでここは校庭の筈だが、いきなり暴れ柳に殴られたりしたら嫌である。幻の鍾乳石が垂れているなかで、ふたりは神妙に膝を抱えて座った。
先に口を利いたのは、ガラハッドのほうだった。セドリックは、さっきのビンタの音を思い出して、ちょびっと踏ん切りをつけられないでいた。
「 チョウに怒られてしまうな 」
ガラハッドは、不意にぽつりとそう言った。
セドリックは、「う゛っ」と呻いて鳩尾に手を当てた。いきなり罪を指摘されて、申し開きもない心地であった。
セドリックは暗い声で質問した。
「 彼女、怒っているんだね? 」
「 いいや、寂しがってる。君がいなくなったと言って、うろうろと探していた。俺が君を独占してたってバレたら、ぴーぴー妬いてくるに違いない 」
ガラハッドは大真面目に言った。
セドリックは、一瞬、ガラハッドに揶揄われているのかと思った。女の子同士がいくら仲良しでいつも一緒にいても、セドリックは嫉妬なんてしたことがない。
セドリックは上擦り声をあげた。
「 そ、そう…彼女、とても良い人だね? 」
「 そうだな 」
「 君は、彼女と付き合おうとか、考えたことはないのかい? 」
セドリックは勇気を振り絞った。
ガラハッドは、小さく笑ってセドリックを眺めた。
何をどこまで聞き、どこまで推察を働かせたものやら―――セドリックは、さっきの件については何も訊かないで、くだらない雑談をしようとしてくれている。ガラハッドはそのように感じたし、そのことがとても嬉しかった。
ガラハッドは正直に答えた。
「 ないわけじゃないけど、あるわけじゃない 」
哲学の風を吹かされて、セドリックは頭を抱えそうになった。
セドリックは話の方向を変えた。
「 具体的な話だけをしようと思うんだ 」
セドリックは真剣な声で言った。
「 その…君のレイブンクロー生らしいところに、僕は、思いっきり憧れている自覚があるし、とても気になる。すごく、気になるんだけどさ―――僕が質問したことだけど、それは脇に措いておこう。ガラハッド、ここまで一緒に来てくれて、ありがとう 」
「 うん?いやいやそんな―――そっちこそ、こんなところまで、俺に付き合ってくれて 」
「 好きだよ。君に嘘を吐きたくないんだ。僕は、君のことが好きだ。良い雰囲気の人を盗る真似をして、本当にごめん 」
セドリックは、ついにはっきりと言った。
セドリックは誤魔化さなかった。彼は、半端な勘違いを防ぐために、慎重な話し方で続けた。
「 愛している。君が泣いたり笑ったりする隣を、他人に譲りたくないんだよ。その地位に相応しくあるためなら、僕は、命だって賭けられるから、こうして選手になった 」
セドリックはすべてを言い尽くした。
もし。もしも自分たちが男女だったら。その場合、こんなふうに肩を並べられたかどうかは別として、もしも、自分たちの今の関係そのままで、もしもどちらかの性別が違っていたら…―――セドリックは、こんなふうには言わなかった。
言葉以外に、もっと頼れるものがあるからだ。
不文律、定石、そういった諸々である。
たとえばほらこんな時間に、こんな静かな場所で、男女がふたりきりで庭とホグワーツ城を眺めている場合、膨大な愚者たちが築いたある種の知の集積によると、地についた手と手の擦れ合ったことを機に、唇と唇を寄せることは難しくない。場の文脈に身を預けて、物語を演じるようにすればいいだけだ。
けれども少数者という立場には、そういったものたちの助けがない。セドリックは、別に女になりたいと思ったことはないし、ガラハッドのことを女みたいに思っているわけではない。
正気も正気そうなセドリックを、ガラハッドは蒼褪めた色の眼で見つめた。