ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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レイブンクロー問答Ⅰ

 

前略、セドリック・ディゴリーは告白した。

セドリックは、勇気を振り絞ってベストを尽くしたあと、ガラハッドからの返答を待った。心臓はドラムロールだった。セドリックは、待っている間に三度も生唾を呑んだ。

 

前略、ガラハッド・オリバンダーは動揺している。

ガラハッドは、セドリックのもとには何度か泊まりにいったことがあり、ホグワーツでも好んで二人で過ごしてきた。入学以来の友人として、「嘘だろ!?今頃言うなよこの野郎!」と、「今まで言えなかったのか?」という思いとが混ぜこぜだ。カッと燃えたり、ゾッと冷えたり、ガラハッドは体温まで忙しかった。

 

ガラハッドは、もしも自分がセドリックと同じ趣味であったならば、同じ寮の男子には絶対に言わない。生活の何をも共有しない人々のうち、よほどの信頼がおける相手でなくては、告白(カミングアウト)なんかしないに決まっている。

ガラハッドは、自身がセドリックから「べらべら言いふらさない奴だ」と見込まれたらしい事実は、純粋に光栄な出来事だと思った。本当に、それは嬉しいことなのだが、「それとこれとは別だ!」と思えてならなかった。たとえ天地がひっくり返ったって、自分は男とはキスできないので…。

 

 

( ど、どうしよう。どう言って断ろうか!? )

 

 

ガラハッドは頭を使い始めた。

ガラハッドが思うにセドリックは、こちらが彼のことを()()()だと知らなかったように、こちらのことを実際より良く思いすぎである。自分は、こんな虚飾のない眼差しを送ってくる彼が思い描いていてくれてそうなほど、ピュアでクリーンに泣いたり笑ったりしていない。大抵、自滅で泣いて下ネタで笑っている。我ながらどうしようもないクズなんですけど~!?

 

 

( 『君には、他にもっと良い人がいると思うよ』かな…? )

 

 

だがガラハッドはこれを口に出せなかった。

理由は複数あった。ひとつは、ふと、先月湖畔で告げられたことの意味を理解し直したからだ。ガラハッドは鼻の奥がツンとした。

もうひとつのほうの理由は、名づけるならば“想像力の暴走”だった。ガラハッドは「うぅっ」と両手で頭に触れて苦しんだ―――想像上の“セドリックの恋人”は、どういうわけかネビル・ロングボトムの姿をしていたのだ。ガラハッドはそれを許容できなかったが、かといってセドリックに「YES」とも言えなかった。

 

 

( だ、駄目だ!ここで断って、『それじゃあ』ということになって、いずれ『良い人みつけてきました♡』って、他のホモ連れてこられる展開は嫌だ!なんか、女よりも男連れてこられるほうが、受けるダメージはでかい…。えっ、これって、嫉妬のうちなのか!?違うって!失望だよ!!―――ううん、そんな、勝手に期待して勝手に落胆するような真似は、しない…そんなのは、ルシウス・マルフォイと何も変わらない。口先では綺麗なことを言ってさあ… )

 

 

ガラハッドは、しばらく俯いたり宙を眺めたりしたあとに、最大限慎重な表現を選んで、ありのままの気持ちを話そうとした。身勝手な主張になるということは、わかっていた。けれど、ここで素直になれなかったら、後悔すると思った。

ガラハッドは、にょきっと突き出している岩の先を見つめて、ゆっくりと切れ切れに、真剣に心を言った。

セドリックは、突然、ガラハッドがなぞなぞを出題したように思った。

 

 

「 無理だとは言わない…だが、割り切ることはできない… 」

 

 

セドリックは食い気味に答えた。

 

 

「 素数! 」

 

「 え? 」

 

 

ガラハッドはポカーンとした。

セドリックは、神秘的だったガラハッドに急にこちらを向かれて、舞い上がっていたところを地底に戻って来た。しゃっくりのような呼吸をして、セドリックは、猛烈に痛切に後悔した。そうだ、別に「正の整数に限る」とは言われなかったな、と…。自然数nが素数のとき、√nは無理数であるから―――えっと…本当のこたえは何になるんだ…???

 

 

( ううっ、駄目だ!そりゃあガラハッドは、彼氏にはマスタング以上の賢さを求めるはずなのに!! )

 

 

勝手に試された気になって、勝手に落ちこみ、セドリックは真っ白な顔になった。本人も重々わかっていることだが、一世一代の告白をしたセドリックは、生憎とまったく冷静ではなかった。

ガラハッドは、迷走するセドリックが傷ついているように見えて、大慌てで補足や弁明をした。

 

 

「 っと、違う!今のは、口の誤りだ。ありとかなしとか、無理とか無理じゃないとか、俺が偉そうに言うことじゃないよな?今のは、決して君の嗜好・存在そのものに対しての、言及ではない。そんなのは、この世の誰が決めることでもない 」

 

「 哲学の話? 」

 

「 う、うん?違うけど、ある意味、そうかもしれない 」

 

「 ひとつ、わかったことがあるぞ 」

 

 

セドリックは、ぴんと指を立てて低く呻いた。

ガラハッドはドキッとして何度も瞬きをした。

セドリックは魔法をかけるかのように言った。

 

 

「 ガラハッド。君は、そうやってレイブンクロー風を吹かせることで、あちこち虜にして回っているな? 」

 

「 どういうことだ? 」

 

「 いったい、何人を惚れさせたら気が済むんだと言っている 」

 

「 そんなに…何人もいないって…。君は、何を知っていてそんなことを言うんだよ… 」

 

 

ガラハッドはフニャフニャと言って黙った。

 

 

( いや、本当に…俺の女の子ウケの強さなんて…天下のセドリック様の比になるようなものではないですよ…!? )

 

 

ガラハッドは顔を赤くした。

自身も顔を赤くしながら、セドリックは文句を言い続けた。

 

 

「 わかってるよ?僕は、僕が知っておきたいと思っていることを、まったく十分に知り得てはいないってね!だからこそどうにか知りたいと思って、こうやって話をしているんじゃないか 」

 

 

ガラハッドはぐっと口も目も閉じた。

恥ずかしい!こちらが誰と何回キスをしているか、セドリックは知りたいと思っているなんて!!―――ガラハッドは、「おやまあ!ディゴリーさんたら、ひとの武勇伝にご興味が?」とか、「お前のほうがモテるだろうが!」とか、なんだか、もう気楽には言い放てない。引き続きブツブツ言われても、言い返さずに頷くばかりだった。ガラハッドは、手で「待ってくれ」とセドリックに示したまま、しばらくのあいだ棋士のように考えた。

 

 

( 俺、()()()…は、使ってもいい言葉なのか?自分で言うんだから、OKか?茶化す感じにはしたくないんだよな )

 

 

時に、使いたい言葉から言いたくない意味を除いて、相手に伝えたいことだけを届けるのは大変だ。ことさら、話題がこれについてとなると、このことは至難の業のように思えた。

神妙に待っているセドリックを眺めて、ガラハッドは引き続きよく考えた。

 

 

( ホモは駄目だな。でも、ゲイっていうほうがちょっとアレじゃないか?オネエ感が出てくる。セドリックは、多分そっちのケはない―――ああ、ああ、どうしよう、疎遠にはなりたくないけど…でも…別にロングボトムではないにしたって、あ~こいつと掘り合ってんのか~と思いながら、そこは割り切って、今後も親しくできるかというと…祝福できないんだよな…。かといって俺に来られてもな―――いや、まあ、ナントカセクシャルのうちには、エロいことは一生要らないという人もいるみたいだ…何度か泊まったりもしてるけど、別に『ウホッ』な空気とかないし…セドリックは、もしかしたらソレなのかもしれない!OK、それなら、ギリ、なんとかなる気がしてきた )

 

 

準備が整って、ガラハッドは深々と頷いた。

セドリックは、「いざ尋常に勝負」という心地だった。

セドリックは、「どうせ僕は無知だよ」と咄嗟にボヤいてしまったあと、「頼む、もうワンチャンスくれ」と縋ってここに至っている手前、次の問題こそは、解かねばならなかった。

ガラハッドも訊かなくてはならなかった。

 

 

「 ひとつ質問するぞ 」

 

 

と、ガラハッドは出題前にわざわざ言った。

セドリックは凛々しく頷きながら思った。

 

 

( トリッキーだな…きっと、この前置きには意味があるぞ… )

 

 

しかし、飛んできたボールはストレートだった。

ガラハッドは、純然たる威力警告表示ののち、過去一番の直球で質問をした。

 

 

「 お前、俺でチンポ勃つのか? 」

 

 

セドリック・ディゴリーは散った。

俗に、会話はキャッチボールだというけれども、こんな直球が飛んで来たら、キャッチャーミットは銃声のように鳴る。

彼は、勢いにやられて、恥じらいながらキレ気味で返事をしてしまった。

 

 

「 はぁ!?…ッ、、、勃つけど!!? 」

 

 

この期に及んでの問いなのだ、誤魔化しても良いことはあるまいと思った。若干の期待が仇となって、彼は強烈にドン引きされた。

斯くして、セドリック・ディゴリーは玉砕した。

ああ肉体と結びついていて、忌まわしいが捨てようにも捨てられない、精々嗤ってすごすしかないこの事情!格別高潔で尊敬する相手には、知られたくなかったのに!知ったからには、赦して甘やかしてほしいのに、ガラハッドはしきりに腕を撫ではじめ、そのあたりに鳥肌をたてた様子だ。吐きそうになったセドリックの前で、ガラハッドは、宙を見ていきなり話題を転換した。

 

 

「 寒くない!?そろそろ、大広間に戻ろうか! 」

 

 

ガラハッドは、一刻も早く多くの人がいる場所に戻ろうとした。

セドリックは、自分の膝を強く抱きしめて、“嘆きのマートル”のような態度で言った。

 

 

「 戻れば?僕のことは、放っといてくれ 」

 

「 放っとけるかよ。ここは、冷えるじゃないか。君を置き去りにはしたくない―――その…確かめておかないと返答できないなと思ったんだけど…俺の訊き方も悪かったし…独りでこういうところにいると、あんまり、良い方向にはいかないだろ…? 」

 

 

ガラハッドは気遣わしげな声で言った。

セドリックは、しばらくのあいだ悩んだが、やがて仕方なく溜め息をついて腰を上げた。惨めで、ひどく憂鬱でならなかった。この気遣いに喜ぶ心を、どうにかして捨ててしまいたかった。弱さを見透かされているから、優しくされるんだと思った。そこにまた惚れこむから辛くなるのだ。

セドリックは、自身の尊厳に懸けてこれを言っておいた。

 

 

「 別に僕は、性欲を発散したくて君に目をつけたわけじゃないぞ 」

 

 

ガラハッドは答えられなかった。グサッときて、「それはそうだろうな」と思って、はてさてどう答えたものか迷っているあいだに、セドリックはずかずかと庭園のなかに戻っていった。

セドリックが荒々しく茂みをつっきると、色とりどりの妖精の群れが、ワッと空中に立ち上った。ガラハッドはそこに飛び込んで彼を追いかけて、本当に言いたいことの代わりに、ただ「ごめん。ごめんって」と言った。

ガラハッドは歩きながら謝った。

 

 

「 悪かったよ。訊くべきじゃなかった 」

 

「 そんなことはない。君には必要な情報だっただろ? 」

 

「 だからって怒らせたくなかったよ 」

 

「 怒ってない!君は、徹底的に合理的で正しい!()()は、君の譲歩できない点だから、初めにどうなのか尋ねたんだろ?どのみち僕だって、有るものを無いとし続けることなんてできないから、いずれ… 」

 

 

セドリックは大きな声を出したが、ハッと噴水のほうを見て口を噤んだ。

ふたりの会話は終わった。

性欲についての議論なんて、当然ギャラリーのいる前でしたいものではない。最初の通行人に出会って以来、ガラハッドとセドリックはどちらも口を利かなくなった。ふたりは連れだって歩くこともやめた。

 

大広間へと戻ってからのことだ。

彼と彼とは、それぞれ完璧にその役割をこなした。一切、近づかず、お互いのことを見なかったこと以外は、彼らは本当にいつも通りだった。優雅にそして爽やかに、彼らは剣山の上でだって踊れるのだ。

 

やがて真夜中がきた。

舞踏会は大拍手で締めくくられ、大変惜しまれながらも終わりを迎えた。多くの者たちが、もっと舞踏会が続くことを望んだ―――ガラハッドはもうたくさんだったが。

セドリックも同じ気持ちだった。

重い身体を引きずって、セドリックは最後の仕事へと取り掛かった。玄関ホールにて、セドリックは、両手でチョウの両手を包みこむと、それを優しく押し下げて、チョウに淑女風の起立をさせた。「おしまいだよ」と心に念じながら、そっと箱の蓋を閉じるようなものだった。

 

 

「 おやすみ。良い夢を。とても楽しかったよ 」

 

 

セドリックは俯いて、実質のところ虚空に向けて言った。

チョウは、「セドリックったらお別れの仕方まで素敵!」と感じて、この夜の終わりへとうっとりした。ハリーは、通りすがりにそれを見てしまって、何かを蹴飛ばしたい気持ちへと駆られた。

 

 

「 ありがとう。わたしも楽しかった 」

 

 

チョウは、むずむずするような笑顔で照れながらこっくりと頷いた。

セドリックはこれにホッとした。

ところがチョウは、セドリックがチョウの手から手を離すや否や、ぴょーんと両手を開いてまた彼の腕をとった。勝手に開いちゃう、玉手箱!―――チョウはセドリックのことをギョッとさせた。

 

 

「 ねえねえ、さようならの前に、教えてくれない?なかったことにしてても、わたし、わかるよ。ねえ、途中で、ガラハッドと何かあったよね? 」

 

 

チョウは明るい声色で言った。

セドリックは、突然、チョウのことが凄く嫌になって、恐くなって、不気味に感じられて眉を顰めた。何故そう思うのかと問いただしても、「そうでしょう?」としかチョウは言わなかった。

チョウはもじもじしながら言った。

 

 

「 んっとね、二人が喧嘩をした原因は、わたしにも関係があることなのかあと思って…気になっちゃうの… 」

 

「 ないよ。全然、関係ないと僕は思っている 」

 

「 そうなの?それじゃあ、もしも伝言があったら、わたしが彼に伝えておくよ!冬休みだもん、顔を見る機会がないでしょう 」

 

「 ごめん、踏み込まないで。僕たち、もう二度と戻れないんだ 」

 

「 そんなことないよ!大丈夫!レイブンクローでは、男の子たちはすぐに喧嘩するわ…それで、すぐに水に流す。ガラハッドは、その調子であなたにもやっちゃったんだと思う―――わたし、二人に喧嘩を拗らせてほしくないな。それともセドリックは、ガラハッドともう仲直りしたくない? 」

 

 

チョウはしょぼんとして小首を傾げた。

セドリックは耐えきれずに顔を歪めた。

まだ全然塞がっていない傷に、遠慮なく触れられたようなものだった。「そういうわけじゃない」と答えたきり、セドリックは言葉が出てこなくなった。

チョウはじわじわと赤くなった。

チョウは、それからはわちゃわちゃと手を振って、自分は、ガラハッドの様子を見て手紙で知らせるし、ガラハッドとの仲直りに向けて、セドリックのしたいことに協力すると言った。セドリックとの関わりが続くなら、チョウは理由なんて何でもよかった。セドリックはそれがわかっていて、「こちらこそ手段を選べないなあ…」と思い始めていた。ブンクロ男の気風がどうであるかぐらい、説明されなくてもわかっていた。

 

 

長かった夜が終わった。

空が白々と輝くまで、ガラハッドとセドリックはそれぞれ眠らずにいた。互いに考え事をして、「眠りたい」と感じることを忘れていた。

 

 

ハッフルパフ寮の自室にて、セドリック・ディゴリーはこう考えた。壁掛けのイングランド代表ユニフォームの下で、クィディッチ競技場を模したボードを睨みながら―――自分は、こんな状態になってしまったうえでなお、過去を取り消したいだなんて微塵も感じないなあ…と。

告白前の状況に戻ったとき、自分は、何度だって同じ選択をするだろう。

ここからだ。ここから、状況をどう好転させるかだ。

ガラハッドは決して馬鹿ではない。「気まずいから距離をとる」という行動が永久に通用しないことくらい、彼は十分よくわかっているはずだ。そして今頃、「どうしよう?」と落ち着かずにいて、そわそわと部屋を歩いたりしているだろう。

あの恥ずかしそうな、目をぐっと閉じて歯を食いしばる表情!強くてクールで何でも一番、粋で鯔背なガラハッド卿の、あんないじらしい羞じらい顔、他に誰が見たことあるの?彼は同類じゃないってことぐらい、僕はずっと前からわかっていた!ガラハッドはその性格上、性に合わないことはすぐに断るから、告白後二秒以内に「きっしょ」が飛び出さなかった時点で、僕は大いにトライした甲斐を得ている……そんなに…今だって悪いポジションにいないはずだ…。

 

セドリックは人知れず微笑んだ。彼は微塵も嘆かずに、冴え冴えとした境地で朝を迎えた。昨夜のことくらいで怯むならば、彼は初めから打って出たりなんかしなかった。

 

そのころ窓を開けて朝焼けに目を細め、ガラハッドは一通の紙飛行機を宙に投げた。

 

 

 

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