前略、セドリック・ディゴリーは告白した。
セドリックは、勇気を振り絞ってベストを尽くしたあと、ガラハッドからの返答を待った。心臓はドラムロールだった。セドリックは、待っている間に三度も生唾を呑んだ。
前略、ガラハッド・オリバンダーは動揺している。
ガラハッドは、セドリックのもとには何度か泊まりにいったことがあり、ホグワーツでも好んで二人で過ごしてきた。入学以来の友人として、「嘘だろ!?今頃言うなよこの野郎!」と、「今まで言えなかったのか?」という思いとが混ぜこぜだ。カッと燃えたり、ゾッと冷えたり、ガラハッドは体温まで忙しかった。
ガラハッドは、もしも自分がセドリックと同じ趣味であったならば、同じ寮の男子には絶対に言わない。生活の何をも共有しない人々のうち、よほどの信頼がおける相手でなくては、
ガラハッドは、自身がセドリックから「べらべら言いふらさない奴だ」と見込まれたらしい事実は、純粋に光栄な出来事だと思った。本当に、それは嬉しいことなのだが、「それとこれとは別だ!」と思えてならなかった。たとえ天地がひっくり返ったって、自分は男とはキスできないので…。
( ど、どうしよう。どう言って断ろうか!? )
ガラハッドは頭を使い始めた。
ガラハッドが思うにセドリックは、こちらが彼のことを
( 『君には、他にもっと良い人がいると思うよ』かな…? )
だがガラハッドはこれを口に出せなかった。
理由は複数あった。ひとつは、ふと、先月湖畔で告げられたことの意味を理解し直したからだ。ガラハッドは鼻の奥がツンとした。
もうひとつのほうの理由は、名づけるならば“想像力の暴走”だった。ガラハッドは「うぅっ」と両手で頭に触れて苦しんだ―――想像上の“セドリックの恋人”は、どういうわけかネビル・ロングボトムの姿をしていたのだ。ガラハッドはそれを許容できなかったが、かといってセドリックに「YES」とも言えなかった。
( だ、駄目だ!ここで断って、『それじゃあ』ということになって、いずれ『良い人みつけてきました♡』って、他のホモ連れてこられる展開は嫌だ!なんか、女よりも男連れてこられるほうが、受けるダメージはでかい…。えっ、これって、嫉妬のうちなのか!?違うって!失望だよ!!―――ううん、そんな、勝手に期待して勝手に落胆するような真似は、しない…そんなのは、ルシウス・マルフォイと何も変わらない。口先では綺麗なことを言ってさあ… )
ガラハッドは、しばらく俯いたり宙を眺めたりしたあとに、最大限慎重な表現を選んで、ありのままの気持ちを話そうとした。身勝手な主張になるということは、わかっていた。けれど、ここで素直になれなかったら、後悔すると思った。
ガラハッドは、にょきっと突き出している岩の先を見つめて、ゆっくりと切れ切れに、真剣に心を言った。
セドリックは、突然、ガラハッドがなぞなぞを出題したように思った。
「 無理だとは言わない…だが、割り切ることはできない… 」
セドリックは食い気味に答えた。
「 素数! 」
「 え? 」
ガラハッドはポカーンとした。
セドリックは、神秘的だったガラハッドに急にこちらを向かれて、舞い上がっていたところを地底に戻って来た。しゃっくりのような呼吸をして、セドリックは、猛烈に痛切に後悔した。そうだ、別に「正の整数に限る」とは言われなかったな、と…。自然数nが素数のとき、√nは無理数であるから―――えっと…本当のこたえは何になるんだ…???
( ううっ、駄目だ!そりゃあガラハッドは、彼氏にはマスタング以上の賢さを求めるはずなのに!! )
勝手に試された気になって、勝手に落ちこみ、セドリックは真っ白な顔になった。本人も重々わかっていることだが、一世一代の告白をしたセドリックは、生憎とまったく冷静ではなかった。
ガラハッドは、迷走するセドリックが傷ついているように見えて、大慌てで補足や弁明をした。
「 っと、違う!今のは、口の誤りだ。ありとかなしとか、無理とか無理じゃないとか、俺が偉そうに言うことじゃないよな?今のは、決して君の嗜好・存在そのものに対しての、言及ではない。そんなのは、この世の誰が決めることでもない 」
「 哲学の話? 」
「 う、うん?違うけど、ある意味、そうかもしれない 」
「 ひとつ、わかったことがあるぞ 」
セドリックは、ぴんと指を立てて低く呻いた。
ガラハッドはドキッとして何度も瞬きをした。
セドリックは魔法をかけるかのように言った。
「 ガラハッド。君は、そうやってレイブンクロー風を吹かせることで、あちこち虜にして回っているな? 」
「 どういうことだ? 」
「 いったい、何人を惚れさせたら気が済むんだと言っている 」
「 そんなに…何人もいないって…。君は、何を知っていてそんなことを言うんだよ… 」
ガラハッドはフニャフニャと言って黙った。
( いや、本当に…俺の女の子ウケの強さなんて…天下のセドリック様の比になるようなものではないですよ…!? )
ガラハッドは顔を赤くした。
自身も顔を赤くしながら、セドリックは文句を言い続けた。
「 わかってるよ?僕は、僕が知っておきたいと思っていることを、まったく十分に知り得てはいないってね!だからこそどうにか知りたいと思って、こうやって話をしているんじゃないか 」
ガラハッドはぐっと口も目も閉じた。
恥ずかしい!こちらが誰と何回キスをしているか、セドリックは知りたいと思っているなんて!!―――ガラハッドは、「おやまあ!ディゴリーさんたら、ひとの武勇伝にご興味が?」とか、「お前のほうがモテるだろうが!」とか、なんだか、もう気楽には言い放てない。引き続きブツブツ言われても、言い返さずに頷くばかりだった。ガラハッドは、手で「待ってくれ」とセドリックに示したまま、しばらくのあいだ棋士のように考えた。
( 俺、
時に、使いたい言葉から言いたくない意味を除いて、相手に伝えたいことだけを届けるのは大変だ。ことさら、話題がこれについてとなると、このことは至難の業のように思えた。
神妙に待っているセドリックを眺めて、ガラハッドは引き続きよく考えた。
( ホモは駄目だな。でも、ゲイっていうほうがちょっとアレじゃないか?オネエ感が出てくる。セドリックは、多分そっちのケはない―――ああ、ああ、どうしよう、疎遠にはなりたくないけど…でも…別にロングボトムではないにしたって、あ~こいつと掘り合ってんのか~と思いながら、そこは割り切って、今後も親しくできるかというと…祝福できないんだよな…。かといって俺に来られてもな―――いや、まあ、ナントカセクシャルのうちには、エロいことは一生要らないという人もいるみたいだ…何度か泊まったりもしてるけど、別に『ウホッ』な空気とかないし…セドリックは、もしかしたらソレなのかもしれない!OK、それなら、ギリ、なんとかなる気がしてきた )
準備が整って、ガラハッドは深々と頷いた。
セドリックは、「いざ尋常に勝負」という心地だった。
セドリックは、「どうせ僕は無知だよ」と咄嗟にボヤいてしまったあと、「頼む、もうワンチャンスくれ」と縋ってここに至っている手前、次の問題こそは、解かねばならなかった。
ガラハッドも訊かなくてはならなかった。
「 ひとつ質問するぞ 」
と、ガラハッドは出題前にわざわざ言った。
セドリックは凛々しく頷きながら思った。
( トリッキーだな…きっと、この前置きには意味があるぞ… )
しかし、飛んできたボールはストレートだった。
ガラハッドは、純然たる威力警告表示ののち、過去一番の直球で質問をした。
「 お前、俺でチンポ勃つのか? 」
セドリック・ディゴリーは散った。
俗に、会話はキャッチボールだというけれども、こんな直球が飛んで来たら、キャッチャーミットは銃声のように鳴る。
彼は、勢いにやられて、恥じらいながらキレ気味で返事をしてしまった。
「 はぁ!?…ッ、、、勃つけど!!? 」
この期に及んでの問いなのだ、誤魔化しても良いことはあるまいと思った。若干の期待が仇となって、彼は強烈にドン引きされた。
斯くして、セドリック・ディゴリーは玉砕した。
ああ肉体と結びついていて、忌まわしいが捨てようにも捨てられない、精々嗤ってすごすしかないこの事情!格別高潔で尊敬する相手には、知られたくなかったのに!知ったからには、赦して甘やかしてほしいのに、ガラハッドはしきりに腕を撫ではじめ、そのあたりに鳥肌をたてた様子だ。吐きそうになったセドリックの前で、ガラハッドは、宙を見ていきなり話題を転換した。
「 寒くない!?そろそろ、大広間に戻ろうか! 」
ガラハッドは、一刻も早く多くの人がいる場所に戻ろうとした。
セドリックは、自分の膝を強く抱きしめて、“嘆きのマートル”のような態度で言った。
「 戻れば?僕のことは、放っといてくれ 」
「 放っとけるかよ。ここは、冷えるじゃないか。君を置き去りにはしたくない―――その…確かめておかないと返答できないなと思ったんだけど…俺の訊き方も悪かったし…独りでこういうところにいると、あんまり、良い方向にはいかないだろ…? 」
ガラハッドは気遣わしげな声で言った。
セドリックは、しばらくのあいだ悩んだが、やがて仕方なく溜め息をついて腰を上げた。惨めで、ひどく憂鬱でならなかった。この気遣いに喜ぶ心を、どうにかして捨ててしまいたかった。弱さを見透かされているから、優しくされるんだと思った。そこにまた惚れこむから辛くなるのだ。
セドリックは、自身の尊厳に懸けてこれを言っておいた。
「 別に僕は、性欲を発散したくて君に目をつけたわけじゃないぞ 」
ガラハッドは答えられなかった。グサッときて、「それはそうだろうな」と思って、はてさてどう答えたものか迷っているあいだに、セドリックはずかずかと庭園のなかに戻っていった。
セドリックが荒々しく茂みをつっきると、色とりどりの妖精の群れが、ワッと空中に立ち上った。ガラハッドはそこに飛び込んで彼を追いかけて、本当に言いたいことの代わりに、ただ「ごめん。ごめんって」と言った。
ガラハッドは歩きながら謝った。
「 悪かったよ。訊くべきじゃなかった 」
「 そんなことはない。君には必要な情報だっただろ? 」
「 だからって怒らせたくなかったよ 」
「 怒ってない!君は、徹底的に合理的で正しい!
セドリックは大きな声を出したが、ハッと噴水のほうを見て口を噤んだ。
ふたりの会話は終わった。
性欲についての議論なんて、当然ギャラリーのいる前でしたいものではない。最初の通行人に出会って以来、ガラハッドとセドリックはどちらも口を利かなくなった。ふたりは連れだって歩くこともやめた。
大広間へと戻ってからのことだ。
彼と彼とは、それぞれ完璧にその役割をこなした。一切、近づかず、お互いのことを見なかったこと以外は、彼らは本当にいつも通りだった。優雅にそして爽やかに、彼らは剣山の上でだって踊れるのだ。
やがて真夜中がきた。
舞踏会は大拍手で締めくくられ、大変惜しまれながらも終わりを迎えた。多くの者たちが、もっと舞踏会が続くことを望んだ―――ガラハッドはもうたくさんだったが。
セドリックも同じ気持ちだった。
重い身体を引きずって、セドリックは最後の仕事へと取り掛かった。玄関ホールにて、セドリックは、両手でチョウの両手を包みこむと、それを優しく押し下げて、チョウに淑女風の起立をさせた。「おしまいだよ」と心に念じながら、そっと箱の蓋を閉じるようなものだった。
「 おやすみ。良い夢を。とても楽しかったよ 」
セドリックは俯いて、実質のところ虚空に向けて言った。
チョウは、「セドリックったらお別れの仕方まで素敵!」と感じて、この夜の終わりへとうっとりした。ハリーは、通りすがりにそれを見てしまって、何かを蹴飛ばしたい気持ちへと駆られた。
「 ありがとう。わたしも楽しかった 」
チョウは、むずむずするような笑顔で照れながらこっくりと頷いた。
セドリックはこれにホッとした。
ところがチョウは、セドリックがチョウの手から手を離すや否や、ぴょーんと両手を開いてまた彼の腕をとった。勝手に開いちゃう、玉手箱!―――チョウはセドリックのことをギョッとさせた。
「 ねえねえ、さようならの前に、教えてくれない?なかったことにしてても、わたし、わかるよ。ねえ、途中で、ガラハッドと何かあったよね? 」
チョウは明るい声色で言った。
セドリックは、突然、チョウのことが凄く嫌になって、恐くなって、不気味に感じられて眉を顰めた。何故そう思うのかと問いただしても、「そうでしょう?」としかチョウは言わなかった。
チョウはもじもじしながら言った。
「 んっとね、二人が喧嘩をした原因は、わたしにも関係があることなのかあと思って…気になっちゃうの… 」
「 ないよ。全然、関係ないと僕は思っている 」
「 そうなの?それじゃあ、もしも伝言があったら、わたしが彼に伝えておくよ!冬休みだもん、顔を見る機会がないでしょう 」
「 ごめん、踏み込まないで。僕たち、もう二度と戻れないんだ 」
「 そんなことないよ!大丈夫!レイブンクローでは、男の子たちはすぐに喧嘩するわ…それで、すぐに水に流す。ガラハッドは、その調子であなたにもやっちゃったんだと思う―――わたし、二人に喧嘩を拗らせてほしくないな。それともセドリックは、ガラハッドともう仲直りしたくない? 」
チョウはしょぼんとして小首を傾げた。
セドリックは耐えきれずに顔を歪めた。
まだ全然塞がっていない傷に、遠慮なく触れられたようなものだった。「そういうわけじゃない」と答えたきり、セドリックは言葉が出てこなくなった。
チョウはじわじわと赤くなった。
チョウは、それからはわちゃわちゃと手を振って、自分は、ガラハッドの様子を見て手紙で知らせるし、ガラハッドとの仲直りに向けて、セドリックのしたいことに協力すると言った。セドリックとの関わりが続くなら、チョウは理由なんて何でもよかった。セドリックはそれがわかっていて、「こちらこそ手段を選べないなあ…」と思い始めていた。ブンクロ男の気風がどうであるかぐらい、説明されなくてもわかっていた。
長かった夜が終わった。
空が白々と輝くまで、ガラハッドとセドリックはそれぞれ眠らずにいた。互いに考え事をして、「眠りたい」と感じることを忘れていた。
ハッフルパフ寮の自室にて、セドリック・ディゴリーはこう考えた。壁掛けのイングランド代表ユニフォームの下で、クィディッチ競技場を模したボードを睨みながら―――自分は、こんな状態になってしまったうえでなお、過去を取り消したいだなんて微塵も感じないなあ…と。
告白前の状況に戻ったとき、自分は、何度だって同じ選択をするだろう。
ここからだ。ここから、状況をどう好転させるかだ。
ガラハッドは決して馬鹿ではない。「気まずいから距離をとる」という行動が永久に通用しないことくらい、彼は十分よくわかっているはずだ。そして今頃、「どうしよう?」と落ち着かずにいて、そわそわと部屋を歩いたりしているだろう。
あの恥ずかしそうな、目をぐっと閉じて歯を食いしばる表情!強くてクールで何でも一番、粋で鯔背なガラハッド卿の、あんないじらしい羞じらい顔、他に誰が見たことあるの?彼は同類じゃないってことぐらい、僕はずっと前からわかっていた!ガラハッドはその性格上、性に合わないことはすぐに断るから、告白後二秒以内に「きっしょ」が飛び出さなかった時点で、僕は大いにトライした甲斐を得ている……そんなに…今だって悪いポジションにいないはずだ…。
セドリックは人知れず微笑んだ。彼は微塵も嘆かずに、冴え冴えとした境地で朝を迎えた。昨夜のことくらいで怯むならば、彼は初めから打って出たりなんかしなかった。
そのころ窓を開けて朝焼けに目を細め、ガラハッドは一通の紙飛行機を宙に投げた。