斯く讃えられるアンナ・ショシャーナという女性は、ほとんどすべての生徒・職員にとって、おいそれと話しかけられる相手ではない。
初めて彼女に言葉をかけられた日、ガラハッドは驚き、考え、跪いたまま思い悩み始めた。どれほど、「その話、もっと詳しく聞かせてください!」と感じても…それに心を占められて、強烈に頭から離れなくなっても…自身は、彼女への質問が許されないし、真剣に手紙を書いたとしても、目を通してもらえる確率が低い。絶対、本人が見る前に開封されて…そして、こんな文言で始まる手紙は、「怪文書!大公妃様のお目に入れる価値なし!」と見なされることだろう。
こんにちは、オリーブ杖遣いのガラハッドです。僕は、この名前で呼ばれるようになる前は、1925年生まれの日本人でした。第二次世界大戦で死んで、約80年の時を経て甦りました。まるで、一度目の人生の最後に読んだ小説、折口信夫の『死者の書』の主人公のように。
僕から見るとこの世界は、むかし読んだ小説たちで出来ているように思うことがあります。あなたは、この世界についてどうお考えですか?
ガラハッドは知恵を絞り始めた―――どうにかして、これを直接お伝えする機会を持てないか?ずばり、今回のようなものとは違う、“エチケットにうるさい輩”抜きの謁見を果たしたい!大急ぎで客を追い出した侍女たちは、「姫様の自由さには困ります」という顔をしていた。ガラハッドは、ああやって邪魔する者さえいなければ、あの大公妃様であれば何でも答えてくれる気がする。可能ならば一回と言わずに、ラフでカジュアルな謁見を重ねたい。招待を受けたい。質問や意見をお許しいただきたい。そしてあわよくば…おねだりをしたい!そういう地位ってもう「愛人」だろう。
ガラハッドは自嘲しつつ大いに夢想した。
アンナ・ショシャーナ様。あなたは、今、何度目の人生を送っておられるのですか?もしかして、あなたは現在の時間のホグワーツについて、何パターンもの姿をご存知なのですか?
「仕舞いまで」とは、いつのことですか?あなたには未来も視えているのですか?
だとすればどうかご助言ください。
僕には、虚実の境目がもうわかりません。
どうか、お気に入りの本を読み返すように、時々は気にかけていただいて、贔屓のキャラクターを応援するように、あなたからお言葉を賜りたい。僕は、本当にそれだけで満足ですから、心の中に椅子を置いて、僕を座らせておいてください。
僕に正しいと思うことだけをさせてください。
世の靄を晴らしてください。
法も条約も何のそのって、強気にさせていただいて。
ちょっとの
アーメン。
と、人間、皮肉っぽく巫山戯るときほど頭は冴えているもので…―――少なくともガラハッドはそういうタイプであり、その晩は気分よく眠った。
なんというか、誰とどう接近するかという問題は、割り切って捉えれば一種のパズルであって、いかにして「番頭」「女中」などの駒をずらして、奥の「箱入り娘」を取り出すかと同じである。ずっと昔からのことだが、ガラハッドはこの遊びが得意だ。
翌日、新学期が始まった。
授業が再開されたので、多くの生徒はしぶしぶ早起きをした。
朝食の席は静かで、気だるい会話は欠伸で途切れがちだった。「だっりぃ」とロジャーは5回言った。ガラハッドは、3回までは「ああ」と応じた。ゆるやかに雑談をするふりをして、ガラハッドはボーバトン生たちに目を走らせた。
冬至を過ぎたとはいえ、一月のスコットランドはまだ暗い土地である。ボーバトン生たちは寒がっていった。大層な御簾中はいなかった。
一時間目の授業に向かうと、魔法薬学担当のスネイプは、新学期早々元気だった。地下牢は一年中暗いので、季節も昼夜も関係ないのだろう。スネイプは、生徒たちから冬休みの宿題を回収していきながら、ひとりひとりを睨みつけて、ネチネチ、ネチネチと脅して回った。
「 貴様らは、この冬期休暇のあいだ、定められた課題をこなしさえすればよいと高を括り、浮かれ騒いであさましくし、少しも脳みそを使うことをせず、O.W.L試験に備えていないに違いない。よく覚悟しておけ!わずかでも基礎力に欠ける者は、今日からの学期では恥を晒し続ける。今日からは、“安らぎの水薬”について扱うからだ 」
スネイプは鈎鼻を突き上げて言った。
これを受けて、ロジャーはぱっちりと目を開けたし、マーカスは蒼褪めて震えはじめた。だがガラハッドは、ひどくニヤニヤしてしまった―――おいおい、そんなことより、お前、ケツは大丈夫なのか?自身の貞操よりも生徒の成績を気にしてくれるなんて、スネイプ先生ってば教師の鑑~!!―――ガラハッドは自覚なくスネイプを煽ったが、スネイプはこの生徒との関わり合いを避けた。
不意にまた、左腕に痛みを感じたのだ。
スネイプは、ふっと風が止むように口を閉じると、「かれこれ二十日間以上便秘です」みたいな顔色と顔つきで、黒いローブを翻して教壇へと上がった。“安らぎの水薬”について説くにあたって、スネイプは『マクベス』を自在に引用した。わずか30歳と幾ばくか、そして半純血という身の上で、セブルス・スネイプはスリザリンの寮監を務めている。杖を取り出していなくたって、彼は十分に武装していた。
「 この扉を叩く音は、どこだ?と、音がするたびにビクビクする男。眠れぬ女。鎧を手放せぬ王―――神経を焼き焦がす幻、次々と湧き起こる不安に悩まされて、気の休まることのない者たち―――この偉大なる薬なくしては、医術などは、犬に食わせるものへと成り下がる。
五年生諸君!当然、当然のことであるが、この王の名前を言うことができるな?…うん?…貴様ら、誰の曲に合わせてへらへら踊っていた!?チッ、コホン…
…この“安らぎの水薬”は、記憶の底から根深い悲しみを抜き取り、脳に刻まれた苦痛の文字を消し去る。心を圧し潰す重い石を取り除き、胸も晴れ晴れと、人を甘美な忘却の床へと寝かしつける―――試験の直前になって…この薬を求めてやってきた者は…そこに吊るしてとろ火で炙ることとしようか… 」
スネイプは暖炉のなかを指さした。
メラメラと照らされている黒の自在鉤は、生贄を待って舌なめずりするようだった。火は輝いているというのに、みんな寒気を感じてノートをとった。「王の名」とやらがわからなかったので、ガラハッドもゾクッとして手がかりをメモした。
二時間目は魔法史の授業だった。
午後がやって来た。
哀れ、スネイプ先生の努力はむなしくなった。彼は、折角五年生たちを受験生らしくさせたのであるが、ビンズ先生の語り口にかかれば、向学の空気なんか消し飛んでしまうのだ。
昼休みのこと。チョウとマリエッタは、この時間になってもまだ欠伸をしている自分たちを「ヤバい」と笑いあい、外に出てシャキッとしようとした。しかし、あまりにも校庭が寒かったので、早めに次の授業の場所へと向かうことにした。薬草学の温室の内部はとても快適で、雪の反射光が爽やかに違いないからだ。
午前の受講者たちの仕業であろう―――チョウとマリエッタが温室に入ると、朝にはびっしりと結露していたはずのガラスの壁たちは、指による落書きでいっぱいだった。
そこには、多くの先客がいた。みんな同じことを考えて、温室で春の気配を感じようとしていた。グリフィンドールの女子たちが三人、ある鉢棚の前でしゃがみこんでいた。世界一の財宝を見つけたかのような顔で、ケイティ・ベルが振り向いて「あっ」と言った。
「 来ちゃった!噂をすれば、来ちゃったわ 」
「 なぁに、何の話をしていたの? 」
マリエッタは極力尖らないようにして言った。顔を見るなりニヤニヤ笑われて、気分の良い状況ではないけれども、多分、ケイティには何の悪気もないので…。
マリエッタの予想通りだった。ケイティとその友達は、話題を隠すどころか逆に見せびらかした。マリエッタとチョウは、こっそりと、しかしくっきりとガラスに残された“愛の落書き”を見て、同時にそっくりの顔つきをした。物凄く酸っぱいものを食べて、そのうえ喉に詰めたかのような顔だ。手を叩いて笑う子たちに囲まれながら、マリエッタとチョウは静かに想像した。
誰かが―――それは、秘かなおしゃべりに熱中した女の子たちに違いないが―――ガラハッドとセドリックに恋をしていて、きっと、どちらがより良いかという議論をした。彼女たちは、何か妄想を語りながら、手慰みに指でハートを描いていった。水滴が垂れて、落書きは目の前で消えていったのかも…それでも、皮脂の痕は再結露によって浮きあがる!「そんなことも知らないなんて」と、ふたりの魔女たちは思った。
マリエッタはそっけなく言った。
「 この子たち馬鹿ね 」
チョウはこっくりと頷いた。
チョウは、一年の秋に同じ失敗を談話室でしたことがある。もうこの時期には、こうなるってみんな学習しているだろうに―――スリザリン寮などは窓がなさそうだ。
「 そうね。この子たち、きっとレイブンクロー生じゃない 」
チョウはきっぱりと言った。
ケイティは笑いをひっこめた。た~っぷりと気を揉ませてから、「いいこと」として教えてあげようと思っていただけで、ケイティは最初から知っている。今日の午前中にここを使ったのは、グリフィンドールとハッフルパフの四年生たちだ。ケイティは、朝、「寒くて気が乗らない。でも、スリザリンと一緒の“飼育学”よりマシだ」と、ハリーが溢しているのを聞いた。クィディッチの練習が恋しくて、グリフィンドールのチームメイトたちは、ひととき集まって雑談をしたのだ。
「 ふーん。直感、すごいね 」
ケイティはあっさりと言った。彼女は嫌な気分になりかけたが、すぐに次の面白いことを見つけた。
“恋をされている本人”のうちの一人が、何も知らない顔でやってきたのだ。
男子集団の中にだって、チェイサー・ケイティは元気に飛び込んでいく。マーカスはジョークを言ったつもりだったが、彼女のホットなタレコミに掻き消された。「ヒュー!」が吹き荒れてどよめきになり、午後の授業はずっと落ち着かなかった。
ガラハッドは恥ずかしさを隠せなくて、ケイティたち囃し手を満足させた。ガラハッドは急に六年生の時間割が気にかかり、セドリックはどう反応するのだろうと思った。ケイティのような子から見ても、俺と彼とはセットで違和感がないのか…。セドリックは、俺とセット扱いが嬉しかったりするのかな…?
( まんざらでもない…っていう顔してるわ! )
マリエッタはむすっとしてガラハッドを見つめた。
ガラハッドは、そのことでさらに周囲から冷やかされて、“彼女のご機嫌取りの腕前”を試されていると感じた。そこで恥ずかしすぎるふりをして、マリエッタのほうを見ることをせずに、ニールやエルビス、アンドリューたちに対して、弱った振舞いを続けるだけに留めた。
伏し目がちに苦笑しながら、ガラハッドは冷静に頭を働かせた。
( まずいな。こいつら、すぐに噂するから―――俺とマリエッタと付き合ってるみたいに言われたら、ハーマイオニーに拗ねられ…いや、怒られるか?あんな舞踏会になったんだから、ある程度仕方ないと思うけど…彼女だってクラムファンに睨まれてるだろ… )
ガラハッドは女子のなかの噂など知らない。だが、その程度のことは見当がつく。
マーカスとロジャーは視線を交わして、黙って「やれやれ」と首を振り合った。パドマと復縁を果たしたばかりのマーカスは、「信じられないよ」と小声で言った。
マリエッタは、ガラハッドってばどうして「お前ら浮ついてないで作業しろよ!」と周囲を一喝しないのか、是非ともするべきであるのにと感じて、他の子の三倍は“催眠豆”を収穫してゴミを取り除き、胸を張ってスプラウト先生に提出した。マリエッタは、ガラハッドの“何か考えている様子”が好きなのであるが、ちょびっとそれが憎く思えてきた―――このひと、自分に恋する子が何人いるかよりも、異界とか時空とかに興味があるのよね!そのくせ押せば弱いときている!!
( ばか。「何その夢女、気持ち悪」くらい言って! )
マリエッタはポケットに手をつっこみ、落書きを目に刻みつけた。
一方、チョウは或る時からずっと俯きがちになっており、セドリックからの手紙を思い返し続けた。チョウは気がついてしまった―――「第二の課題の対策に注力したいから」というのは、もしかして、体のいい断り文句かも?今日という今日まで、「そっか!そうよね!頑張ってねー!!」と、本気で受け止めてきちゃったけど、それって、愚かなことかもしれないわ…。
ハグリッドの小屋へと向かいながら、チョウはマリエッタに小声で相談をした。
「 どう思う?わたしって、おめでたかったんだと思う? 」
「 あなた、それ、よりによって今のわたしに言うわけ 」
マリエッタは顔を引き攣らせて、雪を蹴り飛ばしながら校庭を歩いた。
チョウはむっつりとした―――いいじゃない!そっちは、手しか繋げていないこっちとは違うんだから!―――と、思ったがチョウは黙っておいた。
ガラハッドは“魔法生物飼育学”を履修しておらず、温室を出ると城内へと消えた。つまりブルーマフィアの面々は、「言いたい放題」を実現するならば今であったが、存外節度を保ってすごした。
マリエッタに突っかかられたとき、男子組は平然と答えた。
「 ねえ!ちょっと、あなたたち!絶対に何か知っているでしょう?なーんか、巧くいきすぎているような気がしてたの!見た?チョウ?あのひとったら…『まっ、僕、学生総代なんで、こんなこともありますよね~』みたいな顔しちゃって!随分、慣れていらっしゃるじゃない?さては冬休みの間じゅう、男子寮には、わんさかお手紙が届いてたのね。友達の甲斐がないわねえ!そういうの、秘密にしちゃう!? 」
「 んなわけなくね?お前、あいつに夢見すぎ 」
「 マリエッタ、僕たち、本当に何も知らない。手紙なんて来てない。次は真実薬を手に入れたら、飲ませてくれたってかまわない 」
「 つかガチで興味ねえ。そりゃああいつ、あれでモテないことはないだろうけどさ? 」
ロジャーはなんとなく空を見上げた。
ロジャーは、今日まで気にしていなかったが…「そういえば冬休みのあいだ、ガラハッドはどこに出かけていたんだ?」と疑問を抱いた。多分、図書室に行っていたのだと思われるが、そうであるという証拠はないし、昨日は明らかに余所行きを着ていた。だが、ここで不用意にマリエッタを焚きつけて、万が一、ガラハッドが「お前ら余計なことを言ったな!」と怒り出すながれになったら…
(( …今夜からの男子寮に安眠はない ))
ロジャーはそのように考え、沈黙した。
マーカスも同じように考えて、不安そうな顔つきのチョウへと話しかけた。
「 セドリックが本気でそれを書いているかどうか、ガラハッドならわかるんじゃない? 」
「 うーん、そうだけど… 」
チョウとマーカスの会話は続かなかった。
チョウがもじもじしている間に、お喋りしていられる時間は終わった。
受講生一行がハグリッドの小屋の前に揃うと、天馬の厩舎からグラブリー・プランクと名乗る代替教師が現れた。彼女は、「女子生徒たちが列の前方!」と声を張り上げて、名簿を読み上げて点呼を始めた。ロジャーとマーカスはのこのこと退避した。ケイティはチョウの隣まで出てきて、先生の目の前で素っ頓狂な声をあげた。
「 なんで?今日はハグリッドいないの? 」
「 新聞読んでない?彼、きっと気分がすぐれないのよ 」
マリエッタがバシッと言った。
ケイティが首を傾げたので、チョウは囁き声で教えてあげた。
「 彼、新聞に中傷記事を載せられたの…裁判は終わったのにね…彼らは勝ったはずなんだけど、今のタイミングで、彼らを攻撃する人がいるの… 」
チョウは暗い声で言って、憚って具体名を出さなかった。
マリエッタは、呆れと怒りの混ざった息と共に言った。
「 ま、おおよそ、誰が糸を引いているかはわかるわね 」
ケイティは頷いて目を細めた。
今度のあんまり良くない気分は、どこにも飛んで行きようがなかった。泥のついた足跡だらけの雪道は、歩いていて楽しいものではなかった。
列になった生徒たちを引き連れて、プランク先生は禁じられた森の端を目指した。
放課後になった。
ケイティの心を曇らせたのは、怒れるハリー・ポッターの足跡であった。ハリーは、一級上の“魔法生物飼育学”が開講されているとき、自身は“占い学”の授業を受けていたのだが、鐘が鳴ると一目散に北塔を抜け出して、城を出てハグリッドの小屋を目指した。ロンはずっと一緒だったが、ハーマイオニーは“数占い”の教室から出発して合流し、玄関ホールで追いついてきた。石段を降りるか降りないかのところで、ハリーは五年生たちの集団とすれ違った。
( まずい…! )
ハリーはすぐにチョウ・チャンを見つけた。彼女は、ヒジャブをつけた女の子のほうを向いて、その子と話し込みながら歩いていて、こちらには気づいていなさそうだった。
ハリーは急いで校庭へと駆けおりた。
「 あら、こんにちは 」
「 こんにちは! 」
ハーマイオニーが大声を出した。
ハリーが振り向くと、ハーマイオニーは興奮気味の様子で、こないだガラハッドと踊っていた女の子へと話しかけていた。パーティーの日は判断がつかなったが、今日の姿で完全に一致した―――彼女は、よくチョウと一緒にいる子で、法で規制すべきレベルのクスクス笑いをする子だ!
ハーマイオニーはにこにこして言った。
「 見た!? 」
「 見た!見てきたわ! 」
「 今日の魔法生物飼育学、これまでで最も素晴らしかったわよね!わたし、一角獣について、グラブリー・プランク先生の教えてくださったことの半分も知らなかった 」
「 そっか、グレンジャーさんって、ケトルバーン先生を知らないのね 」
マリエッタはニヤニヤして言った。
「 今日のは、久しぶりの“理論つき魔法生物飼育学”ってところね 」
ハーマイオニーは目を輝かせた。
ハーマイオニーは、トライウィザード・ソサエティーに入れて良かったことの半分は、マリエッタ・エッジコムという知己を得たことだと思っている。彼女は、「あの子、女子なのに男子ばっかりとつるんでるわ」みたいな目でこっちを見てこなくて(貴重!)、「やだ私、運動は無理〜!」と堂々と言って笑う子で(凄いと思う)、きゃぴきゃぴしていないのにそういう子とも付き合えて(羨ましい)、マルフォイとはきっちり一線引いていて(最高)、雑務の労苦を惜しまない!「同じ寮だったら良かったのに…」と思うほど、ハーマイオニーはマリエッタのことが気に入っていた。ハーマイオニーは、もしもガラハッドのダンスパートナーがマリエッタではなくチョウだったら、いくら「スタッフ同士で組んだ」と言われたって、ちょっと胸が痛む程度では済まなかった。
ハーマイオニーはわくわくして訊いた。
「 ケトルバーン先生の授業では、どんな生物を扱ったの? 」
「 ハーマイオニー! 」
ハリーは足を止めて、城側へ振り返ってイライラと言った。
「 行こう、夕飯まであんまり時間がない! 」
ハーマイオニーは急いで話題を変えた。
「 エッジコムさん、今日の新聞を読んだ? 」
マリエッタは、「待っていました!」という顔つきをして頷いた。
マリエッタは、世のすべての女の子がハーマイオニーくらい賢く、品位があり、政治問題への関心が高かったら、今日のようなイライラはなくなると思っている。「あなたを信じてる」という目をして、ハーマイオニーを嬉しくさせた。
「 読んだわ。きっと、あなたとは同じ考えよ 」
「 そうよね!きっと、あれは“敗訴側”が…! 」
「 ハーマイオニー! 」
「 あの記事の記者、選挙の日に来ていた奴と同じよね―――リータ・スキーター 」
マリエッタは低い声で吐き捨てた。
ハーマイオニーは何度も猛烈に頷いた。
ハリーは、もうハーマイオニーのことは放っておいて、自分とロンだけで校庭を歩いて行こうかと思った。そんなに、今、塞ぎ込んでいるだろうハグリッドよりも、井戸端会議が大事だっていうのか?そんなに一角獣が気に入ったのか?パーバティみたいに、「ずっとグラブリー・プランク先生が良い」って、君までも言い出すのか!?―――ハリーはキッとしてハーマイオニーを睨みつけ、待ちながら雪を蹴り飛ばした。
ハーマイオニーはたじろいだが、マリエッタは苦笑してハリーたちを会話に入れてやった。
「 急いでいるみたいね?怒らないでよ。なにも盗っていかないから―――グレンジャーさん、またね。そうだ!あなたたち、ガラハッドと何処かで会ってない? 」
「 北塔を出てすぐに見た 」
ロンが控えめな声で答えた。
「 大理石のとこ。ボーバトンの
「 あらまあ… 」
「 おたく、待たれてるよ 」
ロンは小さく顎をしゃくった。
さっきから、石段の上ではチョウが玄関扉に手を触れて立ち、微笑むでもなく、どこか切ないような目で、ぼんやりとしてハリーを見つめていた。ロンとハリーから見て、チョウよりも奥にいる女の子たちの数は、屋内の暗さでよくわからず―――実に、実に問題であるのは―――すれちがったときの雰囲気からして、きっと、全員ハリーがチョウを誘ったことを知っていることだ。ハリーは我慢の限界を迎えていた。
彼女たちが手を振って去り、ハーマイオニーが駆け寄ってくると、ハリーは猛然と前だけを目指し、今はチョウのことを忘れようとした。ハリーは、さながら蒸気で駆動する鉄馬のように、白い息を吐き散らかしてぐんぐん進んだ。
ハグリッドの小屋に辿り着くと、ハリーはそのドアを強くノックして叫んだ。
「 ハグリッド、僕たちだよ!―――開けてよ! 」
扉は閉ざされていた。
ハリーは、一瞬、杖を取り出して「アロホモーラ!」と叫ぶことを考えたが、歯を食いしばって次は窓を叩いた。
「 ハグリッド!どうして僕たちを避けるんだ!?―――まさか、ハグリッド!ハグリッドが半巨人だってこと、ハグリッドは、僕たちが気にするって思っているのかい?そんなこと有り得ないのに!! 」
ハグリッドは扉を開けなかった。
ハリーは肩で息をして、扉の向こうからの音に耳を澄ませた。ファングが、哀れっぽい音で鼻を鳴らしており、戸板をガリガリと引っ掻いてくれていた。それでもハグリッドは開けてくれない。
( なんで!!?でも…力ずくで開けたって、意味ないんだ )
遣る瀬無くて腹が立って、ハリーはリータ・スキーターを恨んだ。
雑巾がけレースに最適な大理石ホールは、窓から玄関のあたりを見下ろすことができる。初めて腰を据えて話したのと同じ場所で、ガラハッドとシザーリオは再び並んでいた。「厭になっちゃうなあ」という色を隠さずに、シザーリオは「もう日が暮れるんだねえ」と言った。ガラハッドは「まあな」と返した。シザーリオは悪戯っぽくニヤッとした。
ガラハッドは微笑みで応じなかった。
ガラハッドは、シザーリオに“お目こぼし”をやっても同調するつもりはない。
ガラハッドは、シザーリオが今のを11月に言っていたら、真に受けて、「そうか、シザーリオは空を見ていたんだなあ」と解釈した。しかし、冬至は既に過ぎたのである。ガラハッドは、馬鹿ではない大公妃付き護衛であるシザーリオの瞳は、今しがた、
シザーリオは自分からそれを認めた。
「 悪く思うなよ。『ただ骨が太いだけ』じゃないって、おおやけになったからにはボクは備える。報道を受けて、本国は遣いを寄越すさ。そのとき、今日の記事の情報だけ報告するんじゃ木偶の坊だと思われてしまう 」
「 それはそうだろうな… 」
「
シザーリオは急におどけた。
ガラハッドは「はい、そうです」と恥じ入る気持ちもあったものの、それよりもシザーリオの声色の落差に苦笑した。いろいろと思うところはあるが、とにかくいたたまれない気分だ。
ガラハッドはやんわりと言った。
「 魅力なあ…もともと、規格外の別嬪だなとは思ってたけど?普通は、化粧なしで“男装の麗人”なんて無理だ。君は、ちょっとこういうとき話が早すぎて、俺の手には余る人だっていうだけ 」
シザーリオはポカーンとして固まった。
ガラハッドは、「あっ、これは一本取ったのでは?」と気がついた。今のは、別に揶揄って言ったわけではないけれども。
ガラハッドは近頃、本当に本当の男に告白された結果、いくら男のようであったって、女ならば男より可愛いような気がしてきている。思うにシザーリオは、家のために自分を売り出すときに、「ボクと結婚すれば浮気し放題さ」とか、「ボクなら大公妃殿下を裏口から連れ出せるぜ」とか、妙に格好つけた態度で言うことはない。彼女は、いずれ婿をとるときまでに、その捻じれてる性格をどうにかしたほうがいい。多分、そのほうが幸せになれるから。
ガラハッドは浮かれて、サッと親切ぶって“取り引き”の脇を固めた。
「 シザーリオ、本国への“手土産”を期待するからって、リータ・スキーターと接触しないでおくことだぞ!事は決闘じゃない。君の得意な領分じゃない。しかも、ここは西の島国。なんであれ大いにネタにして、おフランスを虚仮にするのが大好きな読者がわんさかいる―――君なんかは、実にいい餌食にされるだろうな! 」
ガラハッドはそうシザーリオを脅して、そっとハグリッドを守ろうとした。
差別主義者と売文屋の組み合わせって、最悪だもの。こんなもん極力少ないほうがいい。
シザーリオは思いっきり顔を歪めた。
「 …フン!そのぶん、キミが情報を集めてくれるっていうのかい? 」
「 もちろん、善処しようじゃないか 」
「 頼もしいなあ?涙が出てくるよ! 」
「 俺の唇は信用ならない?お互い様!俺は、一蓮托生の相手を泣かせようとは思わないよ 」
「 お礼にひとつ教えてやる 」
シザーリオは、極力低い声を出して言った。
どうやら、舌戦では勝てそうにない流れなので、シザーリオはガラハッドの襟首を掴んだ。
釣り手どり!?男!?それも柔道有段者の!?―――ガラハッドは目をぱちくりさせた。
シザーリオは、頭突きするかのような距離でガラハッドを睨みつけて、獰猛に貪欲に
「 青二才!女口説く気があるなら、『お前なんかいい餌食だろうな』じゃなくて、『君のこと心配なんだ』って言うんだよ!―――ボクに手間をかけさせておいて、しくじるんじゃないぜ!あっちは、おだてられた数なら世界一なんだ 」
シザーリオはガラハッドを突き放した。
ガラハッドは、既にされるがままになっていたが、その後の情報提供に当惑し、ますます目を丸くしてシザーリオに溜飲をさげさせた―――え!?大公妃がふわふわと「通った」と言い出すのは、ホグワーツだけではない!?ハーツラビュル寮って、どこの魔法学校だ?そこは、バレーボールが盛んなのか?ジムリーダー?ああ見えて、刀についても語る?呪術についてお詳しいのは、流石だが…生まれついて最強格の魔女って、俗人とは“世界”の視方が違うんだなあ…。
「観音経だあ…!」と呟いて、ガラハッドはシザーリオに変な顔をされた。
■こんな怪しいあらすじの小説を148話まで読んでくださったあなたは勇者…いや、神。
■「実在しない生き物が子どもの心に椅子を作り、それらが去った後に実在する大切な人を座らせることができる」by渡辺茂男、『エルマーのぼうけん』『どろんこハリー』etc翻訳