「次は真実薬を手に入れたら」というのは、思慮あるマーカス・ベルビィによる忠告である。マリエッタはその意味を鋭く汲み取って、自身のした行為を恥じていた。
( そうね。わたし、監督生なのに、なんてことを… )
衝動による罪の償いは、理性による奉仕しかない。
マリエッタは、図書室で軽めの読み物を借りてくると、目当てのページにちゃっかりくすねた“催眠豆”を挟み、厚みのある付箋にしてガラハッドへと渡した。夕食の席にて、ガラハッドはすぐにその雑誌を開いて、少しだけ眉を上げて、そのまま石像のようになった。マーカスは、より教職員席に近いほうのガラハッドの隣にいることを活かして、ちょっと前のめりになって手元を隠してやった。
ガラハッドは膝の上の少女雑誌を閉じた。
ガラハッドは、詳細まで記事を読む気にはなれなかった。黙って“材料の現物”ごと雑誌を突き返してやると、マリエッタは姉のように言った。
「 わたしの言いたいことわかる? 」
ガラハッドは返事をしなかった。
ガラハッドは、「粗雑な“愛の妙薬”レシピ…魔法省はこれを規制しないのか?」などと考えていたので、傍目に見るとボーっとしていて、ともすればチキン・キャセロールに恋をしているように見えた。それは、真珠色の湯気を立ち上らせて、大皿から魅惑的な香りを放っていた。
マリエッタは暴れ出したくなった。
「 もう!あのね、
ガラハッドは、サッと手のひらを見せてマリエッタの言葉を遮った。
おとなしく口を閉じたマリエッタに、ガラハッドは信仰告白のように言った。
「 ハーマイオニーはこんなことしない 」
「 そりゃ、グレンジャーさんは、ちゃんとした人だから! 」
マリエッタは自分の太腿を叩いて呻いた。
マリエッタは、これにてガラハッドのことがますます好きになっている―――このひとったら、マスタング先輩には全然かぶれていなくって、“危険な女の子たち”とは関りがないんだわ!マグル生まれだてらに総代選に名乗りをあげて、ソサエティーでバリバリ活躍して、義心と知性でビクトール・クラムに好かれているような子が、世の女の子の標準なわけないじゃないの!彼女、何故か屋敷しもべ妖精(たしかに、可愛くなくはないけど…)におネツなのが玉に瑕で、そんな変人でなければ、物凄い脅威だった子よ!!
マリエッタは、ずばっと身を乗り出してガラハッドの動きを制し返した。
「 ガラハッド!事態の責任者として申告します。あなたは、食べ物への異物混入に備えないといけないわ! 」
「 嘘だろ?一人で全部食うと思われてる? 」
ガラハッドは情けない声をあげた。
ガラハッドはチキン・キャセロールの大皿からマリエッタへと目を戻して、テーブルの下でマーカスの足を蹴った。
「 うひひ、ぷくっ、ふひひひひ… 」
「 当然、シェアするってば!俺がヤバいもん食べる確率と、君がヤバいもんを食べる確率は同じだ! 」
「 摂取してしまう確率が同じでも、そのあとに起こることのマズさは段違いでしょ!あのね、あなたがこのテーブル内のどのあたりを定位置にしていて、今日のメニューの中のどれから手をつけ始めるかぐらい、ガチ勢の子は、選挙前から知ってるんだからね! 」
マリエッタはガラハッドに忠告した。
ガラハッドが「怖っ!」と叫んだので、マーカスはますます笑いが止まらなくなった。自分に言われたのだとは気づかないで、マリエッタは熱弁をふるっている。曰く、ガラハッド・オリバンダーには、一定以上可愛くも賢くもない女の子については、その存在にすら気づいていないようなところがある…実のところ彼女たちは多数者であり、近年の魔法省大臣の支持率よりも、人口中の比率が高いというのに…彼女たちの動きを侮っていると、手痛い結果を招くであろう!うんぬん、かんぬん。
マリエッタは、往時の選挙対策委員長らしく言った。
「 いいこと?あなたは、今後食事をするときは、まず他の人が食べて安全が確認されたものを… 」
「 殿様かよ。毒見役みたいな真似、俺は友達にさせたくない 」
ガラハッドはきっぱりと言って、左右に首を振った。
ガラハッドは、「これはいい機会だ」と思った。
キスしてなんとなくずるずる…というのは良くない!俺は、ハーマイオニーと結婚だってするために、魔法省に飼い殺されずに済み、純血主義者を黙らせる地位を手に入れるんだ!―――すなわち、“アンナ・ショシャーナ様の恋人”。問題ない。彼女は安心安全の人妻だ。
ガラハッドはキリッと明朗に主張した。
「 マリエッタ!俺は、自分のことは自分でできるつもりだ。何でも口に入れる歳の子供みたいに、あれこれ世話を焼いてくれなくていい!俺は、君からは努めて独立したいと思う。『いつも有難う』じゃない。『今まで有難う』だ 」
マリエッタは悲しそうな顔をした。
「 もちろんわかってるわ… 」
そう言うと、マリエッタは大皿に手をかけて、小皿へと自分のぶんのサラダをとり始めた。
「 …わたし、あなたのぶんまで取り分けて、『はい、どうぞ』って食べさせたりなんかしないわ 」
ガラハッドは深々と頷いた。
彼は、このとき「よーし言ってやったぞ!」という満足感に浸り、心底ホッとしていたのだったが、後になってマリエッタの反応を振り返り、「いやそれ、普通のことだよな!?」と気がついて憤慨した。いわゆる、「あとの祭り」というやつだ。
ガラハッドは文句を言う機会を逃した。
手を出されないだけマシではあるが、何をどれだけ食べるか見られているというのは、なんとなく、嫌なものである。「随分大盛ね」とか「どうせこれ系のメニューが好きなんでしょ」とか、いちいち思われているだけでストレスである。実際にその通りであったとしても、「うるせえ放っとけ」と思うのが当然ではないか?―――寮塔へと戻り、男子寮アーチをくぐった途端に、ガラハッドは最小限の声量で最大限の不満を表した。
「 お前ら、全員、笑いすぎだ 」
背後についてきている生徒たちへの苦情だ。ガラハッドは、夕食の席でアレ以上の言い合いをしたくなかったし、マリエッタをわざわざ追いかけて二人で話したくはないが、こいつらへの文句ならば気兼ねなく言えた。
ガラハッドはあるところで足を止めて、悠然とした態度で振り返って見せた。四・五・六年生の寝室の分岐点は、ひととき手狭な闘技場になった。ガラハッドはゆっくりと男子生徒たちを見回した―――松明の火にぺかぺかと照らされて、どいつもこいつも、鬱陶しい顔つきをしていやがることで…。
マーカスがニヤニヤと目を細めて、少し前のめりになり、胸に手を当てて言った。
「 僕、感謝されることしかしてない自信があるなあ? 」
「 それな~! 」
ロジャーがとても大きな声を出した。ロジャーは、両手の人差し指でマーカスを示した。
露骨にイラッとした様子のガラハッド卿に、男子寮生たちは忍び笑いを漏らした。
五年監督生のマリエッタ・エッジコム(真面目!)が
クスクス笑いの合唱のなかで、マーカスは肩を竦めて忠告した。
「 Sir、潔白ならそう示したほうがいいよ?さもないと、彼女…―――ぷくく、うひひ、良いじゃないか!随分、穏当なほうだと思うけど!? 」
マーカスは途中で笑い始めた。
ガラハッドは、みんなに聞こえるようにボソッと言ってやった。
「 そりゃ、おたくのパドマちゃんに比べたら? 」
狙いどおり、場はゲラゲラ笑いで満ちた。
ところがマーカスはノーダメージだ。彼は、へらへらして頭を掻きながら、「まあねえ」と腑抜けた笑い方をした。どうも、年下の彼女に完全に尻に敷かれていることよりも、復縁できた事実のほうが重要らしい。マーカスに恥の概念がないので、ガラハッドは滅法不利だと悟った。
そこらじゅうを馬鹿どもに囲まれているだけで、こっちはじわじわとキツくなっているというのに…。
ガラハッドはむしゃくしゃして唸った。
「 あ゛~、くっそ!お前ら知ってるよなあ!?俺は、俺は学生総代。“愛の妙薬”入りかどうかに関係なく、収賄にあたることはできないんだ。俺、来月のバレンタインは収穫ゼロ確定なんですけど?あいつが気を揉んでいるような事態は、発生し得ないに決まってるだろ!お前らのほうこそ、異物混入に気をつけろよな! 」
ガラハッドはそこらじゅうに指を突きつけて見せた。
「ゼロ!」と四年のアンソニーが呟いた。彼は、「そんなことあるのかい?」とつい思ったのだ。
ガラハッドは、覚悟こそしているがこれは悲しい未来なので、無邪気な後輩たちに「ゼロ」「ゼロ?」と口々に言われると、ちょっと返す言葉がなかった―――はいはい!どうせ笑われるんだったら、ついでにこうも言ってやるよ!!―――ガラハッドはあけっぴろげに愚痴を言った。
「 と、いうかだぞアンソニー、マイケル…俺は、あいつが怖れる“愛の妙薬”入り煮込み料理が、本当に食卓にのぼるっていうならば、避けるどころか、是非ともいただきたいと思ってるね。ひとっっっつも、意味なんかねえよあんな落書きに!なあニール!お前ら、もう囃すのはよしてくれないか!?こんなもんはモテのうちに入らない!だってそうだろ?どうして、どっかのお嬢さんがたときたら、“催眠豆”の葉の下に人の名前を書く暇があったら、『抱いて♡』って直接言いに来ないのか―――名前ばっかり売れて、実質モテてないんだよ俺は! 」
ガラハッドは大真面目な顔で言った。
ロジャーが、手を叩いてヒィヒィと笑い始めた。
「 ハッハー!言ったなガラハッド!?やっべえ!Sir、最低~☆俺、これはマリエッタに黙ってらんねえわ 」
「 うるせえロジャー。アレだよ、実際それぐらいの利が発生しない限りは、クソほど囃される側はやってられないっていう話だよ!自分だけ清潔みたいなフリしやがって。いいのか?俺だって、あいつらに言うぞ―――お前は、夜の医務室でフ 」
「 黙れ。殴るぞ 」
「 ハハッ、やってみろ 」
ガラハッドはにっこりして逆さ手招きをした。
ロジャーはバキバキと指を鳴らした。
マーカスは「何なに?それ何?」とばかり言って、ガラハッドの間近に寄っていってロジャーを眺め、監督生なのに周囲を止めなかった。
男子寮は“祭り”が始まった。
「 ヒューゥ!キタコレ!おい、俺は、デイビースに10クヌート! 」
「 安いぞ! 」
「 いったれ!俺はSirに3ガリオン! 」
「 おい答えろ!ロジャーてめえ、フラー様となにしたんですかぁ!? 」
「 クソが。ニヤついてんじゃねえよ! 」
「 殴れ!殴ってやれ!Sir、そいつなんかやっちゃって! 」
「 皆の衆!これでは賭けが成り立ちませぬぞ!? 」
野次と指笛が飛び交った。
ロジャーはこぶしをつくって構え、ガラハッドは手をゆるく開いたまま構えた。観衆は猛り狂った。どっちが勝つことになったところで、この五年生どもは、双方顔の形が変わればいいのである。
狂騒は急に終わった。
「 ふぅむ…―――
げっふ!!?―――ガラハッドは壁に背中を打ちつけた。
みんな、何が起きたのかを刮目して知ろうとして、どうしようもない騒ぎは鎮火された。
七年監督生のロイ・マスタングに、
死屍累々?知らんな…―――マスタングは平然として歩いた。ここホグワーツでは、「廊下で杖を出して喧嘩」はご法度だが、「杖なし魔法でぶちのめす」はルール違反ではないのだ。
「 イシスのヴェール…ううむこの発想は、プロメテウス的態度だろうか…? 」
マスタングは自分の遊びに夢中だった。彼は、自身よりも頭一つ高いところにある何かを見るようにして独り言をいい、しきりに顎を撫でながら中央にできたスペースを踏破した。いくらかの七年生がそれに続いて歩き、転んでいる生徒たちを咎める目つきで見た。尻もちをついたまま見下されて、ガラハッドとロジャーは首を竦めた。
緊迫した静けさは、およそ30秒ほどだ。
七年生たちは、両校との交流科目の難解さをぼやきながら、細い階段をのぼっていって消えた。彼らの寝室のドアが閉まる音が響くまで、四・五・六年生たちは身構えて沈黙しつづけた。
バタン…という音が聞こえたとき、ガラハッドはむしゃくしゃを忘れていた。
( へえ、あのダームストラングの女教員は、呪詛板術の専門家だったのか…マスタングはガチで錬金術に燃えてるんだな )
そそくさと自室へと逃げ帰る頃、ガラハッド・ロジャー・マーカスの三人は、すっかり仲直りしていた。ファラオ像ってどうしてみんなヤギ髭なのか、考えてみるとたしかにちょっと気になった。「それがエジプトの文化だから」と言ってしまえばそれまでだが、きっと権威を表しているのだろうから、何かしら神話的起源がありそうだ。
愚にもつかない雑談をして、彼らは平和的に眠った。
翌日の朝食の席にて、ガラハッドはちょっと嬉しい体験をした。
ガラハッドは、六年生のシップリーから大声で招かれて、マリエッタとは離れて座ることに成功した。六・七年の男子しかいないところに飛び込むと、彼女の観察眼からも逃れられそうな気がした。
「 ようSir、ここに煮込み料理がある 」
「 コイツはさぁ… 」
ガラハッドは笑って軽くシップリーの肩を殴った。
ガラハッドにとって誤算だったのは、この日、レイブンクローとハッフルパフの六年生たちは、一時間目が同じクラスだったことだ。朝食を終えて移動していると、大広間の出入口に至る前から、二寮の六年生たちは混じり合い始めた。
ガラハッドは、ごく普通の顔をしているセドリックに近くを歩かれて、内心ドギマギしてしまった。びくびくびっくり、「何を考えているんだ!?」のドギマギであって、決して「きゃっ、ハンサム~!」と照れたりはしゃいだりするタイプの不整脈ではない。「やあ、おはよう」と言ってきて肩かけ鞄を背負い直すときの、爽やかな声色、闊達な身振りから柔らかくはにかむところまで、セドリックは本当にいつも通りに見えた。ガラハッドは己を疑った―――まさか、クリスマスの夜のあの出来事は、自分だけが見た夢だったりするのか…?
「 おっと!みんな、先に行っててくれ 」
セドリックは突然足を止めた。
ガラハッドは呪文学の教室を目指して、同じフロアにある闇の魔術に対する防衛術の教室に向かう六年集団に混ざったまま、大理石の階段をのぼり続けた。そうしながらでも、気になって振り向いてしまって…―――ガラハッドはセドリックの曇りのない横顔と、その視線の先にいる人を見た。階下を移動する集団のなかには、にょきっと背の高い赤毛と黒髪がいた。
セドリックはハリーに何かを言いに行った。
ハリーは、セドリックに話しかけられるのが少し嫌そうに見えた。
ハリーはロンを先に行かせた。
( ロンには聞かせたくない話…? )
ガラハッドは急いで角を曲がった。振り向けば見えてしまう場所にいたのでは、首が後ろ向きで固定されそうだった。
白昼夢を見ている心地で、ガラハッドは神妙に呪文学教室に入った。
だから、だから、「ちゃんと現実にいる!」という感覚に引き戻してくれたので、ガラハッド・オリバンダーにとっては、ハーマイオニーの癇癪は有難いものだった。
昼休み、ハーマイオニーは芋の子を洗うような廊下でガラハッドのことを見つけて、がしっと彼の腕を掴んで、強引にルーン文字学教室へと引っ張り込んだ。ガラハッドは、連れのエイドリアンに軽く手を振って先に行かせて、今出たばかりの教室に戻ることになった。
エイドリアンは、自分のほうを向いたまま後退していくガラハッドの向こうに、チラッと女の子の髪の毛を目撃した。
「 フワァーオ!? 」
これだから“伝説の男”は!
一方教室に入るや否やハーマイオニーは、まだ教壇の近くにいたバブリング先生に話しかけた。
「 先生!すみません、わたしたち、トライウィザード・ソサエティーです!少しミーティングをしたいので、教室をお借りしてもよろしいですか? 」
「 どうぞ。戸締りをよろしくね 」
バブリング先生はにっこりした。
バスシバ・バブリングの見なすところ、この生徒たちならば何の心配も要らない。このあとソサエティーのメンバーが続々と集まり、ウィーズリーズたちも来て何かを爆発させたところで、グレンジャーとオリバンダーは綺麗に掃除をしてから帰ってくれるだろう。
午後の授業用の教材を放置したまま、バブリング先生は昼食をとりにいった。
ハーマイオニーは熱心にお礼を言った。
バブリング先生は生徒集団の最後尾につき、廊下の騒々しさと共に去っていった。
( わあ、二人きりだあ… )
と、浮かれたのはガラハッドだけである。
先生が去ると、ハーマイオニーはどさっと机上に自分の荷物を置いて、座ることもせずに猛然と話し始めた。ハグリッドが今日も姿を見せないことで、ハーマイオニーは焦りを感じていた。
「 聞いて!腹が立つわ、マルフォイの奴、先生がいないところばっかりで…ついさっきも、『エレファントマンがいなくて恋しいな?』って言ってきたのよ。新聞を読んでいるでしょう?ガラハッド、決断して頂戴よ!あいつにも使い道があることはわかったけれど、それって、
ハーマイオニーはくしゃくしゃに顔を歪めた。彼女は、そこからは小声になって俯きがちに言った―――ハリーは、「どうして?僕らはあんな記事気にしない!」と繰り返すけれど、それは自分本位だというものじゃないの、と。人間、いくら「出てきて。戻ってきて」と呼びかけられたって、内側から鍵を開けたくない気持ちになることはあるわ、と。
だってまた、いつ…ともすれば扉を開いてすぐに…傷つけられ、悲しまされ、勇気を出したことを後悔するならば、誰にも会わないでいるほうがマシでしょう?「そういうもんでしょ?」と見なすのにあたって、体格差や種族差は関係ないでしょう?―――ガラハッドは目を醒まされた気分になり、黙ってハーマイオニーの主張を聞いていた。
やがて、ハーマイオニーは凛然と顔をあげて、ハグリッドのためにきっぱりとこう主張した。
「 問題は、目下ハグリッドの敵でマルフォイの手下であるあの女が、目に見えない存在としてそこらへんにいて、対策する方法がわからないということよ。リータ・スキーターの手口を明らかにして、『二度と怖くなんかない』と思えない限り、ハグリッドは安心して暮らすことができないはず! 」
ハーマイオニーの演説は終わった。
ガラハッドは、その頃にはきつく眉根を寄せて虚空を睨んでおり、腕組みをして机を椅子にしていた。
ガラハッドはひとつ質問をした。
「 …途中の、『スキーターは透明になれるのかも』というくだり。君は、いったい何を根拠に? 」
ハーマイオニーはすぐに返答した。
「 状況からの推測よ!ロンとハリーは、パーティーの日にふたりで薔薇園を歩いていて、ハグリッドとマダム・マクシームの会話を偶然聞いてしまったらしいの。本来、そっとしておくべき状況だから、ふたりはふたりに見つからないように、草むらに隠れていたんですって。そのとき、彼らはスキーターを見ていないそうなの。
ハーマイオニーは論理的なつもりだ。
ガラハッドは怪訝さに眉を跳ね上げた。
「 物理的ビッグカップルだぞ?彼と彼女の居場所は、あの丈の薔薇垣なら座っておられたってわかったよ。君は、大広間の中にいてくれたから知らないだろうが… 」
「 …あっ、たしかに!そういえば、あの薔薇垣はこれぐらいの丈だったわね? 」
ハーマイオニーは90度ズレた「バイバイ」をした。
誰と庭を歩いたのかは、自明である。
ガラハッドは淡々と続けた。
「 そう、君も、開宴前に歩いたならわかるよな?ハリーとロンは、『こいつは面白い予感だ』と思ってニヤニヤして、自分から盗み聞きをしに行ったんだろ。スキーターのこと、下衆って言えないのと…単純に、浮かれてる奴の認知はあてにならないね 」
「 それは、実際のところどうだったかわからないわよ…―――ハリーとロンは、何かについて夢中になって歩いていて、気づいたらハグリッドとマダムに近づきすぎていたのかもしれないし… 」
「 そうならいいけど。で、スキーター透明仮説についてだが 」
「 そうそう!ハリーが言ってたわ。ダンブルドアに禁止されて、スキーターは本来ホグワーツに入れない筈なのですって!あの女、以前にハリーの中傷記事を書こうとして、ハグリッドに粘着していたのよ。ハグリッドは、ダンブルドアが止めてくれるまで耐えて、決してハリーの悪口を言わなかったから、今回、仕返しをされたんだって…少なくともハリーはそう思っていて、もう昨日からカンカン! 」
「 なるほど。それならこの件、俺はダンブルドアのしくじり…いや違うか、彼の計略だと思う 」
ガラハッドはピシャッと言った。
ハーマイオニーは声を裏返した。
「 ええっ、なんてこと!?校長先生が、ハグリッドを切り捨てようとしているというの!? 」
「 だってそうだろう?もしも、俺が校長の立場だったら、充分なスキーター対策をしないままただ『禁止だ』なんて言わないよ。公式にスポークスマンを立てて、慎重に相手してやる。スキーターには、何でもちょっと早めに教えてやって、『魅惑のブロンドがトライウィザード情報をお届け♪我こそはホグワーツのバンキシャ!』みたいな顔をさせておくよ。あの手のブンヤを大人しくさせとくには、それが良いにきまっているんだから。ところが、我らが校長先生様は、本気出せばスキーター対策なんてチョロい筈の大魔法使いなのに、敢えて先方を必死にさせた。よりによって、ハグリッドが逆恨みされやすいタイミングを狙って 」
「 理屈はわかるわ。でも、信じられない…! 」
「 頭で考えていこうハーマイオニー。ハグリッドは、裁判の件で去年も記事になった人物だ。当然、記者なら最初から目をつけてる 」
ガラハッドはハーマイオニーを説得しようとした。
総合的に考えて、ガラハッドは、まずはハーマイオニーの中にある、ドラコへの敵愾心をどうにかしていきたい。ガラハッドは、自分だってドラコには思うところあるけれども、今回のハーマイオニーは少々短絡的だと思う。
思いもよらなかったことばかり言われて、ハーマイオニーは蒼白になっていた。浅い息をする彼女に、ガラハッドは穏やかに語りこんだ。
「 ハーマイオニー、マルフォイの処遇のことだが…俺は、今の君からの情報提供によって、正直なところますます迷うようになったよ。考えてもみてくれ。マルフォイは、ハグリッドが半巨人だってことを世に広めたいのであれば、去年の係争中にいくらでも出来た。それを何故、今になって…と思わないか?あいつは、コソッと腹の立つことをするタイミングを逃さない奴だが、スキーターと接触して、
ハーマイオニーはむすっとした。
ガラハッドは、ロンを扱き下ろしてしまったことには気づかずに、少しの身振りを交えながら説明した。
「 …ゆえに本来、
ガラハッドは一旦ここで切った。
米神に手を添えたまま固まって、ハーマイオニーは深く考え込んでいる。彼女が「なるほど」と思っていてくれそうなので、ガラハッドは主張へと戻った。
「 ハーマイオニー、魔法界の恥を語ろう。腐った感覚ではあるんだけど、係争相手が半人間だなんて、純血からしてみれば恥ずかしいことだ。関わったこと自体、恥になるから、ダンブルドアを追い落としたい思いさえなければ、ルシウス・マルフォイは去年、
「 『失うものがない』ですって?このことでハグリッドが先生をやめちゃったら…ううん、彼が教師として素晴らしいどうかは別として、今の状態はじゅうぶん、大損失よ! 」
「 そこは近々どうにかする予定なんだろ?きっと、程よい頃合いで『ハグリッド、わしはおぬしを頼りに思っておるぞ。わしもまた攻撃されておる』とか言ってさあ… 」
「 そんなやくざみたいな真似、ダンブルドア先生がするもんですか! 」
「 朝に新聞が届いて、その日の午前にはもう代理教師がいたんだ。おかしくないか?そういうとき、ふつうは休講になる!誰だっけ、教師の任免権を持っているのは? 」
雲行きが怪しくなってきた。
口ぶりが荒れたのを自覚して、ガラハッドは黙り込んでクールな表情をつくった。
極力、子供っぽく見られたくなかった。
一方でガラハッドは、「ハーマイオニーめ、露骨に拗ねた顔をして!」と思っていた。それはそれで可愛らしいんだけれども、どうしても納得できなくて、歯がゆくて責め立てたくなった。
唇を震わせるハーマイオニーを見つめて、ガラハッドは必死で黙っていた。
( …何故だ?どうして、グリフィンドール生って、そうまでダンブルドアに対して盲信的なんだ?スリザリン卒の人物が校長職に在ったら、そこまで校長を絶対視神聖視したか!?結局権威主義者として、都合の良い傘だから拝んでいるんだろう!二年前、俺は、結果的には泣かせるだけになっちゃったけれども、“スリザリンの継承者”から君のことを守ろうとした。あのとき、より本気で君を守ろうとしていたのは、ダンブルドアじゃなくて俺のほうなのに!!ハーマイオニー、君にはそれがわからないのか!?それなら、君の取り柄ってことになるその頭脳は、実のところてんでお笑いの品質だな? )
ガラハッドは片手で顔を覆った。
うわ最低!俺は、責めるとなれば相手を粉砕して、石像であったものを砂利にするところまでやっちゃうんだよなあ…果てのない闘争欲を抱えている、地獄から来た修羅だから…いや、いやこれは言い訳だな。獣じゃないんだ、自制し自律しろっていうはなしだ。
ガラハッドが黙って自己批判しているうちに、ハーマイオニーは平静を取り戻していった。
「 話を前に進めたいわ… 」
ハーマイオニーは暗い声で言った。
まるで鞄が悲しんでいるかのように、ハーマイオニーは自分の荷物の上に手を置いた。
「 …今言われたこと、わたし、
「 素晴らしい姿勢だと思う 」
「 あなたはどう? 」
「 俺も同じ気持ち 」
「 よかった。どう?一緒にリータ・スキーターの手口を暴くというのは? 」
ハーマイオニーは力強く言った。
ガラハッドは間髪入れずに頷いて、「俺も、彼女とは話をしたいと思っていた」と言った。紳士的すぎる口ぶりのガラハッドに、ハーマイオニーはとうとう顔を歪めた―――恋人が優しいのは素敵なことだけど、女だからってアレに容赦してほしくない。
ハーマイオニーは、スキーターがガラハッドの言う通りただの売文屋であり、マルフォイとは無関係だったのであれば、そのほうが一層品性下劣で、唾棄すべき輩のように思えている。しかしガラハッドは、まったく鷲のようではない目つきで天井を見上げて、「そういえば…」と腑抜けた声を出すのだった。
遅すぎる情報提供に、ハーマイオニーは頬をピクピクさせた。
「 そういえば…最初の杖調べのとき、マリエッタにスキーターを校門まで迎えに行ってもらったら、彼女たちは行き違いになった。スキーターは、俺が教室から一度出たときには、校長室付近にいた。でもスキーターは、そのあと教室でダンブルドアに挨拶をしていて…てっきり早く来て彼に挨拶しようとして、そっちも行き違いになったんだと思っていたが… 」
「 ッッッ…どうして奴が校長室付近にいたと知っているの? 」
「 忍びの地図で見た 」
「 そういうの、もっと早く言ってよ! 」
ハーマイオニーは獅子舞のように首を振った。ガラハッドは、「ごめん」としか言えなくて苦笑して、内ポケットから手帳を取り出して挟んである地図を出した。杖を使い、呪文を言って現在地を見ると、ちゃんと我々はふたりきりであることがわかった。
ガラハッドは小さくなって言った。
「 うーんと…検索機能がほしいな 」
ガラハッドは老眼のように地図を遠ざけた。
今は、あまりにも大勢が城内を移動しすぎていて、スキーターがいるのかいないのか、いるとしたらどこなのか、てんでわからなかった。
ハーマイオニーは勢いづいて言った。
「 見せて! 」
ハーマイオニーはガラハッドの二の腕にタックルした。
並んで地図を見つめて、ふたりはしばらく頑張っていたが、どちらも同じ特技と弱点を持っていた。彼と彼女は、行儀よく並んで動かない文字列を追うのは速いのだが、上手く飛べたとしてもシーカーの才能がないタイプだ。
縮尺もよくなかった。忍びの地図の上では、ガラハッド・オリバンダーとハーマイオニー・グレンジャーを示す点は、重なっていて一つであるように見えた。
ガラハッドは溜め息をついて忍びの地図を畳んで、ハーマイオニーへとそっとそれを差し出した。
「 ハリーに使わせてみて 」
ハーマイオニーは頷いて忍びの地図を受け取った。
かつてハリーが持っていた忍びの地図は、本来の所有者のところへと戻っている。
ハーマイオニーはぽつりと言った。
「 ルーピン先生、お元気かしら 」
「 ああ、元気そう。少なくとも筆は、達者なようだ。最近犬を拾ったと、クリスマスカードに書いてあった 」
「 まあ!よかった!よかった、よかったわ 」
ハーマイオニーはにっこり笑った。
今日初めて心からの笑みを見ることができて、ガラハッドは嬉しくなり、どこかホッとしていた。ところがガラハッドが微笑んで見下ろしていると、ハーマイオニーは困った腕白者の顔つきをした。
甘えてよい気配を察知したのだ。
ハーマイオニーはクスクス笑いながら言った。
「 大先輩に感謝!これは、相変わらず素敵な道具ね。誰と誰がどこで寄り添っているかまで、一目瞭然だなんて―――ねえ、温室での話、わたし、聞いたわよ? 」
少し、意地悪な響きだった。
ガラハッドは「うっ」と呻いた。
「 待て待て!その話、何か尾ひれがついた後の話じゃないか?俺自身は、温室で、何もしてないぞ…! 」
「 ふふふ 」
ハーマイオニーは肩を揺らした。
そんなこといちいち主張されなくても、ハーマイオニーは当然わかっている。必死になって否定するとこ、可愛い…―――と、折角思われているのに自滅する、それがガラハッド・オリバンダーという男である。うしろめたいぶんだけ饒舌になり、鮮やかに墓穴を掘った。
ガラハッドはさっきより低い声で言った。
「 おい、それで、もしや君まで俺がどこで何してるか、その地図で四六時中見張るって言い出すんじゃないだろうな? 」
「 君まで 」
ハーマイオニーはポカーンとして繰り返した。
こういうときに焦るとヤバい。ガラハッドは堂々と物申した。
「 俺は、君に対してそんなことをしなかったぞ? 誰と誰が同時に図書室にいて、親しく話しているかなんて知らなかった 」
「 そ…れ…は……。うーん、そうね。わたしたちと違って、あなたたちは談話室でいくらでもお話しできるから、わたし、今後は知恵を絞らないといけないようね 」
「 何なんだ?わかってるだろ。マリエッタとは、大半は仕事の話をしてるんだよ 」
「 わかってるわ…わかってる。わたし、ちゃんとわかっていますとも。つまらないこと、ぐちぐち言いませんから! 」
「 じゅうぶん言ってる 」
「 言わせてよ!いけないの?
ハーマイオニーは瞳を潤ませて呟いた。しおらしく放たれたプロ市民語録に、ガラハッドはつい笑ってしまった。
ああ、好きだなあ!―――ガラハッドは、これは巧いこと言われたと思って破顔したが、しっかりノータイムでやり返した。焦っているハーマイオニーが自分でするよりも先に、彼女の頬に手を伸ばして、耳に髪をひっかけてやったのだ。そうしようとして半端に手を上げていたハーマイオニーは、ワッと泣きそうな笑顔になった。
彼女は、彼の手に手を重ねた。それって「して」ということじゃないか。
どんなに頭と舌が回る子であっても、キスされながら文句は言えない。
ガラハッドはハーマイオニーを黙らせた。愛していて、自分に出来る最高の優しさで、とても大切にしたつもりだった。
ガラハッドは思いきり照れていたので、事が済むとハーマイオニーへと冗談を言った。若い男女に個室を貸し与えるなんて、ガラハッドはバブリング先生の気が知れない。
「 優等生さん、これってスクープじゃないですか? 」
「 スクープ!大事件だわ…! 」
「 大事件と呼ぶなら、もっと
ガラハッドはこの状況を楽しむことにした。
斯くしてふたりは丸く収まったのであり、それ以降は実に平和だった。
言葉を介さないでいるほうが、彼と彼女は幸せでいられる。