ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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炎を継ぐ者たち

 

ギャリックの弟子アラベールが帰還した翌日、オリバンダー杖店は臨時休業の札を提げた。

 

小さな店の小さな家は、ひととき往年のにぎやかさを取り戻しつつあった。リビングは魔法で拡張され、いつものソファは三倍の長さに伸びた。「すかすかでかなわん!」と自分の城を乱されて、ぷりぷりとギャリックは文句を言っていた。そうは言ってもあれは嬉しい顔だ。言いつけられた通りに杖を磨きながら、ガラハッドは背中で喧噪を聞いていた。

 

かつてオリバンダー杖店には、今では別の店を持っているジミー、木守りびとになったエルドラの他にも弟子がいて、いずれも住み込みで働いたものらしい。ガラハッドの面識のない人物も含めると、その数はしめて8人…ギャリックとアラベールの二人は、若いころ職人一門の棟梁と手代だったわけで、二人とも4年越しの再会から一夜あけ、すっかりかつての調子を取り戻している。

 

 

「 机も置きましょうよ! 」

 

威勢のいい声でアラベールが言った。大体こういうときの彼は腕まくりで、実ににこやかに人をくったような顔をしている。

 

「 きっと書き物をしますから。私の書斎のをここに、一夜のみ置くとしましょう! 」 

 

「 勝手に決めやがって!書き物だとぉ?あやつは、何をしにおっとりお越しけつかるってえんだ? 」

 

「 私がお願いしたんですよ。あの件について―――――我が崇高な試みに、是非とも、とね。 」

 

ガハハと馬鹿笑いだ。ガラハッドは、彼らにつられて杖たちまでもが笑いだすので、古い箱からの埃で咳き込んでしまった。

 

「 ひと悶着あったろう! 」

 

「 ええまあ。しかしガスコーニュの奴らトロくさい!その点アテキーヌの連中は、みみっちくてうるさいですね。ですから後の憂いを断ちたくて、今宵サインを交わしておくわけです。 」

 

「 そこまでするのかね。しかしな、儂は使わんぞ? 」

 

「 そうおっしゃらずに。 」

 

「 お前が使え。 」

 

「 私は私で別にいただけるものが。 」

 

「 はぁーッ気前の良いこったな! 」

 

「 まったくです。本当に、なぜ私に甘いやら知りませんが、いただけるものはいただいておきましょう。いやはや偉大な方ですよ! 」

 

「 ――――? 」

 

 

大人の話に入るものではない。

聞いていないふりをしながら、ガラハッドは内心耳をとがらせ、首をひねっていた。

 

これからやってくるのは、いわゆる「遠くの親戚」のはずで、アラベールの縁者というからにはアメリカ人か、随分と遠縁ということになる高貴なフランス人だ。

 

 

( フランス貴族かぁ…。 )

 

 

ぽけぇっとふわふわ空想が膨らんだ。昨夜聞いた話によれば、アラベールはああ見えてフランス革命を予知してアメリカに渡った、フランスの魔法貴族の子孫であるらしい。

 

なんだそれは羊のようなもこもこの形のカツラを被る人々の子孫ってことか?と、聞かされた俺は昨夜ぽかーんとしてしまった。なおアメリカのほうには弟妹がいて、普通にニューヨークに住み、実に“しょーもない”生活をしているらしい。

 

 

( 異世界のさらに別世界だなあ…。 )

 

 

“高祖”などと呼び表すからには、貴族のほうの親戚が来そうである。

フランスから来るのか?しかも…いいのか?貴族身分のかたを普通の家に招いて――――って、転生以来この家かホグワーツしか知らない俺は、ここが魔法界でいう世間並の家なのかそうでないのか、正直なところよくわかっていないのである。

決して広い家屋ではないし、男所帯のごちゃごちゃしたところだから、俺はここを典型的なプロレタリアート―――――職人階級の家だと思っていた。案外、違うのだろうか?いいやそもそも、元の世界の身分構造は、そのままこちらの世界に当てはまるのだろうか?そんなことを考えていると自然に手は止まっていく。

 

 

「 ガラハッド!何しとる!杖が拗ねとるぞ!! 」

 

「 うわっ!?は、はい! 」

 

 

考える暇もなく夜が来てしまった。

 

 

その夜やってきた親戚は、とても柔らかいフランス語で、ニコラス・フラメルと名乗った。ごく普通の灰色のローブを着ていて、白タイツは履いていなかったし、とんでもない巻き毛のカツラなどは被っていなかった。

 

炎の(フラメル)ニコラ”とは勇ましい名乗りだが、ただの柔和な老人であった。

音楽室に飾ってある肖像画のような姿を想像していたガラハッドは、肩透かしをくいながらそれなりの挨拶をした。

意外だったのはホグワーツ校長の、アルバス・ダンブルドアまでがニコラスと共に暖炉から出てきたことだ。ブランデー入りの紅茶を提供しながら、ガラハッドは控えめに質問した。

 

 

「 校長先生もうちと親戚だったんですか? 」

 

「 ふぉっふぉっふぉ、そうであったら、嬉しいことじゃのぅ!ガラハッドよおぬしを、孫のように思わせてくれるのかね? 」

 

 

ダンブルドア先生は微笑んだ。ガラハッドはこの偉大な魔法使いを、こんなにも間近で見かけたのは初めてだった。

 

いつもは大広間の最上座にいらっしゃるのを見て、「わあ蛙チョコレートと一緒だ」とか「あの髭いったい何センチあるのかな」とか、マーカスと囁きあったりするくらいだ。

近くで見るとダンブルドア先生は、まるでおのずから光を発しているみたいだった。

平家蛍のようにじんわりと、不思議なあたたかい空気を身にまとっている。

子供ではないガラハッドは、彼のすばらしさには却ってあいまいに苦笑するばかりだった。立派な人からのリップサービスには、何と返事をするのがいいのやらわからない。

 

 

「 彼は高祖様のご友人だ。 」

 

 

すかした顔でアラベールが言った。背筋正しく座っている彼は、さっきは膝をついてニコラスのローブの裾にキスしていた。

ガラハッドはそれにも正直驚いたが、そういう作法があるものらしい。

傲りがちだがガラハッドは、所詮こちらの世界のことについては、こちらの世界の子供並みにしか知る機会を持たず、結果充分に知らずにいる。今日は特に連続で自身の常識知らずぶりを実感して、恥じ入って、給仕役のあとはもう小さくなって座席を温めるばかりだった。微笑ましそうにニコラスはそれを見ていた。

 

 

「 ふぉっふぉっふぉ!歳のほうは、ニコラスよりも彼に近いのじゃがね。我々は、お互いによく知っているのじゃよ。懐かしいのう! 」

 

「 君は昔からご活躍だがねダンブルドア。我々は、そんなに接点があったかな。“あれ”以来だろう? 」

 

「 儂ゃお前さんに杖を売ったな。お前さんの妹と、弟にも。 」

 

 

ギャリックがダンブルドアに言った。

「へえ」と息をついて、「世間、狭いな」とガラハッドは思った。

やおらアラベールが言った。

 

 

「 息子よ、私が杖職人である以前に、錬金術師であることは知っているね? 」

 

 

いきなりフランス語だ。ぎょっとしたガラハッドだったが、職業のほうは、まあ、知らないわけがなかった。

とはいえ、具体的に何を知っているなんてことはない。その件に関して彼は秘密主義で、何をどうしてどう稼業として成立させているのか、ガラハッドは知らない。

 

 

「 ええ。――――実験部屋には、入ったことがありませんけど。 」

 

「 入れたことがないからね。危険だから。 」

 

「 そんなに危険なんですか? 」

 

 

錬金術って、つまりは基礎化学だろと、転生前に高校の教育を受けたガラハッドには思えてならないのである。

このおっさん、いつまで俺のこと幼児だと思ってんだろという心地で、冷ややかにこう言った。

 

 

「 魔法薬学みたいなもんでしょう?ボーバトンアカデミーでは、開講されているんですよね。 」

 

「 そうだよ。おや、お前も、来年は私とボーバトンに来たいかい? 」

 

「 おお、それは寂しいのう。ガラハッドはホグワーツを楽しんでおるのに。 」

 

「 初めは心得から学ぶ科目なのだ。錬金術というのは、なんでもぺらぺら明かす者には向かない分野だ。 」

 

 

校長先生もフランス語がわかるのか。古い知り合いというのは本当らしく、アラベールはダンブルドアに対して遠慮がない。アラベールは少し前のめりになって、にこにことガラハッドに話しかけ続けた。

 

 

「 だから言ってこなかったが、私は、ニコラス様と同じ洞窟から出た魔法使いの末裔で、杖の技術に興味を抱く前、ずっと若いうちに《フラメルの弟子》となって――――要するにお前も正統の、炎の継ぎ手(フラメル・ニコラ)の一員なのだ。本来であれば学校は、ボーバトンこそがふさわしい。 」

 

「 アラベール 」

 

 

しわがれた声でニコラスが言った。

 

 

「 よいのじゃ――――あまり、アルバスと争ってくれるな。この子のことを写真で知っただけで、ペネメレも喜んでいた。私は、希望を知った。 」

 

「 しかしですね? 」

 

「 話を聞くべきではないかね? 」

 

 

悪戯っぽくダンブルドアが言った。ニコラスは笑顔で、その動きは亀のように遅かった。彼は、そのままうっすらと唇を開けたが、大変ゆっくりとしか声は響かなかった。

 

 

「 ―――アルバスよ。我が最後の弟子と、手をとりあっておくれ。おぬしには、話したことがあったろう?こんな子こそがド・ノアイユらしいと。初めのノアイユに誘われなかったら、私は、生涯洞窟から出なかった。外の世界を知らず、ボーバトンへと至らなかった――――初めのノアイユがしたことも、当時としては過激じゃったとも。 」

 

「 そのようじゃのう。 」

 

「 はっは、いやあそんな昔のことは知りませんがね!結果的に私が生まれているんですから、うちの先祖ってえのは、どんくさくはなかったんでしょうよ! 」

 

 

へらへらとアラベールは言った。人をくったような顔をさせれば、この男は超一流だ。

優しく窘めるようにニコラスが彼を見つめた。

アラベールは真顔に戻った。

 

 

「 さて、そろそろ本題はいかがですか?私の事業に、ぜひご賛同を。 」

 

「 ノアイユ 」

 

「 アルバス、おぬしも近々わかる。私にとっては、この子の試みに役立てることが、今は何よりの幸福なのじゃ――――おぬしは、きっとわかってくれよう?ギャリック 」

 

「 ふん 」

 

 

どこを見ているんだかわからない顔でニコラス・フラメルは言った。

素っ気なくギャリックは鼻を鳴らした。

その姿に似つかわしくない、少女みたいな仕草だった。

 

 

「 羨ましくなったかえニコラス?儂はもう、“あとは神々とひと踊り”じゃ。我が後に洪水よ来たれ、あとのことなんか知らん! 」

 

「 お義父さん… 」

 

「 ガラハッドや 」

 

 

ちょっと話がわからなくなってきたなと、感じていたところにゆったりと呼びかけられた。

便所に行って帰るだけで日が暮れそうな速度で、ニコラス・フラメルは言葉を紡いだ。

大した言葉は聞いていないはずなのにガラハッドは、今か今かと思って聞く姿勢をとるだけで、わずかな時間のあいだに妙に疲れた。

 

 

「 受けとってほしいものがあるのじゃ。 」

 

「 何ですか? 」

 

「 私の遺産じゃよ。もう数年のうちに、私は、あちらへ行こうと思っておってな――――今は各地の継ぎ手(ニコラ)たちに、こうして贈り物をする旅をしている。 」

 

「 ほええ? 」

 

 

うまく返事ができなかった。

 

ガラハッドは、話に入れずにいたあいだに考えてちょうど思い出して、このとき把握していたのだ。あんまりにも普通の親戚としてやってきたから結びつけられなかったものの、“ニコラス・フラメル”といえば結構な有名人だ――――!

 

有名人というか、偉人だ。

 

元の世界でいうところの、一休宗純みたいなものだ。

 

流石はこちらは魔法の世界とあって、まれにとんでもない長命者が実際に存在して、多分こちらの世界でなら、弘法大師は文字通り生きているし、八百比丘尼はいる。

 

 

「 あちらへ行くって―――…えっと、つまり、即身成仏ですよね? 」

 

 

ガラハッドは混乱してそう呟いた。

宗教系大学の学生として、そこらへんについては理論の面からもひとしきり学んだけれども、真言で実際に仏を喚べちゃう世界で、そんなもの目指したら何がどうなっちゃうやらわからない。

 

 

「 くっくっく、そうじゃよ。よく知っている。よく学んでいるね。 」

 

 

流石アラベールの子じゃと、ニコラスが息をつくのを見つめて、また、気づいたことがあった。

 

 

「 ―――!? 」

 

 

待てよ俺は今どうするべきなんだろう?

ニコラスは疑問に思わないのか?

俺が、こんな白髪頭で黒髪のアラベールの息子づらをしていて…。

 

 

本来、俺に遺産相続権などない。

 

 

ガラハッドは咄嗟にアラベールの横顔を穿ち見た。すると、どうだろうか。彼は猫のように敏く気づいて、黙って深々と頷いてきた――――いったい、どんな顔をすればいいんだか。

ニコラス・フラメルは、全部知っているのか?

知っていて、アラベールが「そういうこと」にするのに高祖という立場から、弟子のために一役買っているのだろうか?

 

戸籍というものがないらしいこっちの世界では、ここにいる一同が揃って「アラベールの子はガラハッド」と記録すれば、実態はともかくそれを事実ということにしてしまえる。

 

13世紀から生きるニコラス・フラメルは、おそらく魔法界の誰よりも強力な立会人だろう。ホグワーツの校長を務めるとあって、アルバス・ダンブルドアだって相当な有力者だ。アラベールは、俺が年頃を迎えるにあたりいずれ真実に気づくと踏んで、今宵この二人を招いたのかもしれない。

 

どこまで、良く出来た男なんだろうなこいつは。

 

俺が彼のほうの立場だとして、いくら恩義ある師匠の縁戚…一門のお嬢さんの忘れ形見だとして、そこまで12の子を思いやって、気を回してやれる気がしない。

 

心底感服する思いでガラハッドは、深々と溜め息をついて言った。

 

 

「 父さん 」

 

 

俺は、本当に親に恵まれている。

 

ニコラスがずっとこちらを見ているので、ガラハッドは彼のほうに向けて返事をした。

 

 

「 父さんに憧れて、その、ちょっと本で読みました。 」

 

「 ほほう! 」

 

「 かっかっか!儂の教育がいいんじゃ。良い樽を寄越せよアラベール! 」

 

 

呑み助ジジイが何か言っている。じゃれあっている杖業師弟に比べると、錬金術師のニコラスと、外野のダンブルドアは非常に穏やかだった。

 

“それ”は貴重なものなので、継承すると狙われる可能性もあると彼らは言う。

 

特にダンブルドアのほうは、半分は教師だというのもあり、もとより大変な人格者であるから、“それ”の継承者に指名されたガラハッドのことを、非常に熱心に心配してくれた。ガラハッドが恐縮してしまうくらい、彼のオトナぶりは実に真っ当だった。

 

その点うちの保護者たちはどちらも、芝や神田の江戸っ子気質みたいなものを、どこで培ったんだかやっぱりどこの世界も職人というのはこういうものなのか、師弟揃ってチャキチャキに備えており、言い出すこともその言い回しも、いきおい発破が利いている。

 

アラベールは、日頃はフランス語にどっぷり漬かっているのか、すっかり舌っ足らずになっているアメリカ英語で、「ばっきゃろう手前ぇどものもん一つ、守れも隠しもできねえ息子じゃねえんだい」みたいなことを言って笑った。なんだか、親と慕えばちょっと恥ずかしい気もして、複雑な沈黙にガラハッドはとらわれてしまった。穏やかにダンブルドアは微笑んでいた。

 

 

「 知恵を試すときだろうよ。 」

 

 

と、ギャリックが家長顔で言った。

 

 

「 馬鹿でも阿呆でも本だきゃあ読める。クソになってひりだしちまわず、おつむに何が詰まったかっていうのは、試してみなくちゃわかるめえ。 」

 

 

もう黙っててくれとガラハッドは思った。これに対しても、ダンブルドア校長はとことん紳士であった。ふっふっ、とニコラス様はゆっくり笑っていた。

 

ガラハッドは迷ったすえに、リスクを承知でフラメルの系譜として、すなわちアラベールの息子として、ニコラスから財産の分与を受けると申し出た。“それ”が狙われやすくグリンコッツにも預けられないのであれば、自分の在学中はホグワーツに持ち込むと言った――――そのようにするのがいいと、キラキラした優しい青い目で、心の中にダンブルドア先生が語りかけてきた気がしたのだ。

 

ホグワーツの堅牢さは魔法界随一だ。「ふーん」とアラベールは、狐の目つきでニヤニヤと顎をさすっていた。

 

 

「 まあ保管法については、好きにするがいい。になったからにはお前も、他の継ぎ手(ニコラ)たちと多少は渡り合えんといかんからな。 」

 

「 ふぉっふぉっふぉ、そうじゃな。私たちが協力しよう。 」

 

 

立派な証文と小さな麻袋、ホグワーツの教師用地図を置いて、ダンブルドアとニコラスは帰っていった。

 

 

 

ガラハッドが譲り受けた“それ”というのは、こぶしくらいの大きさの地味くさい石ころであった。

 

賢者の石というそうだ。

 

その名前は、もちろん聞いたことがあるものだったけれども、ガラハッドは石を観察すればするほどに、これがあの有名な賢者の石であるとは、到底思えなかった。

だって何やらが結晶化した感じすらなくて、凝灰岩みたいな見た目で、河原に落ちていても気づかなさそうであるのだ。ためつすがめつしてガラハッドは、これはどうやって使うものなのかとギャリックに聞いた。見た目のわりに軽いけれど結構つるつるだから、かかとをこするのにも向きそうにない。

 

 

「 知らん 」

 

 

馬鹿みたいなことを考えていた曾孫同様、まったく悪びれずにギャリックはそう言い放った。

ああ聞く相手を間違えたなと、一瞬にしてガラハッドは理解した。

 

 

「 まずはよく磨いてやってだな。いい頃合いだろうって頃に、『お前さん、働く気はあるかえ』と訊ねてみるこったな。へッ、お前にはできんだろうが。 」

 

「 出来ないこと言わないでよ。 」

 

「 修行しろって言ってんだ。 」

 

「 秘文字が等しい別の物質と原子を惹かれあわせて電流を発生させ、電気分解することで純水と化合させるのだ。すると命の水を錬成できる。 」

 

 

書斎に机をしまっていたアラベールのほうが、戻ってきてまともなことを言った。

 

 

「 え。それって、明らかに化学だよね?錬金術? 」

 

嬉しくなってガラハッドは喋った。

 

「 電気分解!そういうの俺わかるよ―――ということはこれは、マグル界では発見されてない元素で出来た石ってこと? 太陽系外の隕石みたいな…命の水って? 」

 

「 不老不死の霊薬だ。大エリクシル、アムリタなどとも謂われるな。いやあよく勉強している!さては私のいない間、私恋しくこの父の背中を追ったのだな? 」

 

「 ああ、それで。 」

 

 

浮かれたアラベールは無視するに限る。それでギャリックが使うとか使わないとか、途中で言っていたのだな。合点がいってガラハッドは、近頃腰をいためているギャリックをみつめた。

 

ガラハッドと目が合うとギャリックは、つまらなそうに顎を突き上げてひょいと足を組んだ。

まだそういう動きができると主張したいらしい。

 

 

「 お前が修行をサボるといかんから、わしゃせいぜい酒を飲んで寿命を縮めとるんじゃ。早う一人前になれ! 」

 

「 と、素直じゃないから言っているが、是非ともあと五十年は生きていただきたいところだ。 」

 

「 アラベール! 」

 

「 実際、そのようにファッジも言っていましたよ。大変ですねお義父さん。私はフランス向けで手一杯です。 」

 

 

苦笑いでアラベールは肩を竦めた。

 

 

「 ――――! 」

 

今のは、ガラハッドにも大体意味がわかった。

ファッジとは魔法省大臣の名前で、ギャリックは杖つくりの名人なので、この国の魔女と魔法使いたちのため、彼から末永く現役であることを願われているのだ。

それも当然だなとガラハッドは思った。今年ホグワーツに入学して知った、この世界の杖業界の寡占状態を思えば。

不意に気になってガラハッドは、比較的若いアラベールを見上げて言った。

 

 

「 父さんは、そのうちイギリスに帰ってきて職人をやらないの? 」

 

「 おおっと 」

 

 

ニヤニヤして彼は目を細めた。

しかし彼にしては珍しく、淀みなくすぐには答えなかった。

 

ガラハッドは恥ずかしくなった。自分はまだ全然ものを知らないので、何から説明するべきか、迷われているんだとわかったのだ。条約が…とかなんとか、アラベールはひととおり後でちゃんと説明してくれたが、とりあえずはこのとき、結論を先に教えてくれた。

寂しげな笑顔だった。

 

 

「 あいにく、腐っても公爵をやっていくと決めたところでな。私は高祖様から、ピレネーに素敵なお庭をいただいたのだ。 」

 

「 そうなんだ。 」

 

「 私はイギリスには店を持たない。 」

 

逆にフランスでは店をやってるんかいと、驚いてガラハッドは高い声で「へえ」と言った。

ボーバトンで教鞭をとるのと二足の草鞋だから、そりゃあ忙しくて滅多に帰ってこないわけだ。

聞けば公爵位があるからって楽に暮らせる時代なんて、とっくの昔に終わっているらしい。

 

「 ふん!ボウズ、お前泣き言をいうんかい。 」

 

「 いやいやいや寂しいとかじゃないから!父さんいなくても平気だから! 」

 

 

咄嗟に反抗期みたいなことを言ってしまったガラハッドだった。

 

 




■ギャリックの台詞「我が後に洪水よ来たれ」は フランス発の有名な慣用句。革命を前にポンパドゥール侯爵夫人が言ったとか。日本語でいうと「あとは野となれ山となれ」にあたる。
■ノアイユ家発祥の地であるフランスのノアイユは、鍾乳洞が多くある丘。最初にノアイユを名乗る騎士は14世紀に現れた。つまりニコラス・フラメルの生まれと同じ頃に。11世紀にはここはマゴニア伝説の地であった。彼ら“テンペスト”と呼ばれた魔女と魔法使いが迫害を受けて逃げ込むなら…鍾乳洞じゃないかな。
■一休宗純も14世紀の人物。
■ALB+閉塞音のアルバス、ALB+開放音のアラベール。ここにも対称性がある。
■フランス革命前の実在ノアイユ家は伯爵だった。「アメリカではただのノアイユだった」と言うアラベールは、「公爵」に任じられたと言っているため、先祖よりもワンランク上の爵位を得たことになる。よってフラメルの遺産分けを巡って、代々公爵家であった者たちと争いの気配あり。何故そんな叙任がなされたのか、ヒントは「条約」。
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