ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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Winners had tight acts

 

セドリックのことばかりを考えながら、ガラハッドはレイブンクロー寮の扉を攻略した。新しい謎を仕掛ける声を聞きつけて、談話室のマリエッタは腰を上げた。椅子に編針を置いて立ち上がった彼女は、既に編みあがっているぶんだけの時間ここにいた。

チョウは驚いて時計を見て、後輩たちを手招きして女子寮に隠れた。

ルーナはボーっとしていた。

チョウは談話室の中央に引き返して、ルーナをぐいぐいと女子寮に引っ張りこんだ。そうこうしているうちにガラハッドは、最後の上り階段へと足をかけた。レイブンクロー寮の談話室は、鷲型ノッカーつきドアよりさらに高いところにある。最上階の床を踏まずして、ガラハッドは行く手を遮られた。

ロウェナ・レイブンクロー像の前に現れて、マリエッタは嬉しそうに微笑んで言った。

 

 

「 おかえりなさい! 」

 

「 え?あ、うん… 」

 

 

ガラハッドは男子寮に直帰し損ねた。

アーチの柱にくっついて、チョウは真剣に耳をそばだてた。

マリエッタは勝利を噛み締めるように、ゆっくりとした口調でガラハッドに言った。

 

 

「 早かったのね。閉門までは、まだ随分とあるでしょうに。今が、普通なら一番楽しい頃合いでしょうに 」

 

「 あー…そうだな? 」

 

「 ハリー・ポッターたちと遊んできて、楽しかった? 」

 

 

マリエッタはにっこりして質問した。これは、「もしもとても楽しかったならば、あなたは、この時間に帰ってきていないでしょ?」という表情である。

ガラハッドはそれを直感した。

ガラハッドは、自分たちは窓から見られていたんだとも察して、咄嗟に談話室の窓に目を走らせた。陽射しの射し込み方から、今は午後二時頃だとわかった。談話室はがらんとしており、誰もいない…当然だ…今日は、一二年生以外はホグスミードに行っている。ホグスミードに行きたがらない変人やぼっちは、年から年中個人スペースに引き籠っていることが多い。

ガラハッドは怖々と目を戻した。

マリエッタは、あくまでもあくまでも笑顔である。

だが、彼女は得も言えぬ迫力を纏っている。纏っている!纏っているぞ!と…―――少なくともガラハッドは強く感じた。彼女は、いまに豹変して獰猛になる可能性があり、野生のスフィンクスみたいなものである。ガラハッドはやっぱりサッと目を逸らして、今度はお菓子パーティーの痕跡がある一郭を凝視しながら、妙に小声になって言った。

 

 

「 何?何か用?俺、今急いでるんだけど。…あ、今のは、君の手を借りたい状況っていう意味じゃなくて、部屋でじっくりと考え事をしたいという意味だから… 」

 

「 そう。すなわち時間に追われているわけじゃないのね?それって、『忙しい』とはまた違うわよね 」

 

「 そうかもな。感覚って人それぞれだよ。それじゃあ 」

 

 

ガラハッドはマリエッタの脇をすりぬけた。

突然、マリエッタは大きな声を出した。

 

 

「 逃げないで! 」

 

 

マリエッタはガラハッドの肘を掴んだ。

ガラハッドは、そっとマリエッタへと振り向いて苦笑いした―――ああ、ほら、やっぱり…。でも、でも、こっちはただ自室に戻るだけなのに、逃亡者よばわりされる筋合いはないよなあ…?

マリエッタはマクゴナガル先生みたいな態度で、ビシッとソファーを指さして言った。

 

 

「 そこに座って。話し合いましょう! 」

 

「 何を? 」

 

「 たまにはわたしのことを優先して。良いでしょう? 」

 

 

マリエッタはガラハッドのことを見つめた。

ガラハッドはメデューサに見られたかのようになった。

ここはレイブンクロー寮である。寮内生態系ピラミッドの下位者として、ガラハッドは捕食される心地を味わった。氷で背を炙られているようになり、ぶるっと身震いして小さくなった。

 

マリエッタ・エッジコムとハーマイオニー・グレンジャーは、こういった場面での振舞いがよく似ている。

 

ガラハッドは、下手に“解決法”がわかっているぶん、それを採用する誘惑に駆られて少し俯いた。

うーん、どうしよう…ここは「髪に糸くずついてるよ♪」とでもほざいて、スキンシップをはかればご機嫌が上向くだろうが…それは、折角つくったはずの距離をなかったことにしてしまう魔法だ。理性人を自負する身で、そのような行動には走るまい…。

ガラハッドはグッと顔に力を入れて、手を突き出してきっぱりと言った。

 

 

「 悪いけど、今、本当にそれどころじゃないんだ 」

 

「 生きた人間を最優先にしてと言っているの 」

 

「 まさにそれをしようとしていて、忙しくて 」

 

「 嘘!どうせまた決闘とか飛行機とかそんなのでしょう?お好きであるのはいいですけどね、趣味に耽るのも大概にしなさいよ。いいから、そこに、座る! 」

 

「 ハァァ?それ、君が言う?今日もそんな爪しといて、君が言う? 」

 

 

ガラハッドは断固として座らなかった。彼は男子寮アーチの前に立ったまま、マリエッタに手のひらを見せて言った。

 

 

「 ここでいいよ。どうぞ、俺に伝えたいことを言って! 」

 

 

マリエッタは憮然として腕を組んだ。

可愛いと思っていたけど派手だったかしらと、ネイルを隠したのである。

しかし、彼女の眉は吊り上がったままだ。マリエッタは厳しい声色で言った。

 

 

「 …ふぅん。わたしったら、いったい何を言い出すと思われてるの?とっても、くだらないことだと思われてるの? 」

 

「 まさか! 」

 

 

ガラハッドは高く短く言った。

責務感が恥ずかしさに勝った。

 

 

「 半月前の返事をくれるんじゃないのか?君も、ようやく踏ん切りがついたのかなあって!…あの、誤解のないように言っておくけど、正直待ちくたびれた部分はあるにしろ、今日まで思い立てずにいてくれたこと自体は、有難いと思ってるから。君は情が深いもんな。でもどうぞ、見限ってくれ!100%俺が悪いし、決して恨んだりしないって誓うから、どうぞ、ここに一発くれるといい 」

 

 

ガラハッドはどんどん早口になった。彼は自分の頬を指さして、「さあ殴れ」という態度をした。

マリエッタはふくれっ面だったが、奇妙に唇を上向けて顎を引いた。しっかり反省しているのであれば、マリエッタとしてはそれで十分だ。マリエッタはニヤつきながら言った。

 

 

「 わたし、そんなことしないわ… 」

 

 

ガラハッドはこれ幸いと手をひっこめた。

 

 

「 そう?君って、本当にどこまでも聖人だな!俺には勿体なかったよ。過去のことについては、心底感謝している。でも、俺たち合わない部分が多いって、君だってよくわかっただろ? 」

 

「 合わない部分もあるから、わたしたち話し合うべきなんじゃないの? 」

 

「 話し合ってもどうにもならない 」

 

「 やってみなきゃわからないでしょうよ!誰だって、やり直すチャンスがあるべきだと思わない?食事の件については、私が悪かったけど…でも…お互い様よね…? 」

 

「 そうことにしてくれるのは、とても有難いけどさあ!?でも、あのな、俺は、まさか君が君の決断を下すのに、女子寮での審議を通過する必要があるとは思わなかったね。ただあのとき言い損ねただけじゃないとは!この状況って、フェアな話し合いの場だと言えるか?―――なあ、どうせそこにいるんだろ!? 」

 

 

ガラハッドは女子寮アーチの奥の暗がりを睨んだ。絶対に、あの陰に何人かいるはずだ。テーブル上の食べかけの菓子たちは、少なくとも四五人の存在を暗示していた。

そのうちの一人が誰であるか、ガラハッドには確信があった。

 

 

「 チョウ!チョウ、出てこいよ 」

 

 

ガラハッドは虚空を睨んで言った。二年生たちは震え上がった。ガラハッド卿の声には力があり、「えへへ、バレちゃった」では済みそうにない雰囲気だ。

チョウは動かなかった。

二年生たちは焦って、ちらちらとチョウの横顔を見上げた。彼女たちを手で遮って、チョウもまたじっと虚空を睨んでいた。

チョウは、只今ひどくドキドキしていたが、それは恐怖からではなかった。チョウは、こうして耳を澄ませているうちに、決して親友には言えない事実に、ついに気がついてしまったのである。

 

 

( ああ、そっか…ガラハッドは、最初からそこまでマリエッタのことが好きではなかったんだわ。“あの時期”だったからOKしたまでのね…そんな、マリエッタは凄く努力してるのに… )

 

 

チョウは眉を顰めた。

ううっ、でも、わかるなあ?わかっちゃう。こういうのって努力の問題じゃないよね!―――チョウは息を殺して、自主的に石になった。

けれど、心まで硬直できるわけがない。

チョウはゴクッと生唾を呑み込み、目をくりくりさせて動悸を感じ続けた。

いつまでもチョウが姿を見せないので、ガラハッドは根負けして溜め息を吐いた。

マリエッタは口を開きかけたが、ガラハッドの溜め息の深さに動揺した。

女子寮アーチの奥から目を戻して、ガラハッドはしみじみと呟いた。

 

 

「 有り得ない。到底理解できない。ここで話し合うことは、絶対に意味がない 」

 

 

ガラハッドはそれきり背を向けて、「うんざりだ」という表情をマリエッタから隠した。

はいはいどうせ俺の言動は、あとでそこに潜んでいる女子たちから講評されるんだろう。好き勝手に点数をつけられて、口さがなく言われる側の身にもなれよな!―――ガラハッドは二度とふりかえらず、こんなことで動揺するまいとした。

彼は男子寮に戻った。

一方で、マリエッタはガラハッドに嘆息して去っていかれただけで、まるで強烈な呪いをかけられ、谷底に突き落とされたかのように感じた。彼女は、しばらくのあいだ呆然としていたのだが、やがて彼が自室のドアを閉める頃になると、ようやくのろのろとソファーへと戻った。

彼女は編針を拾い上げた。

とはいえ、もう手慰みをするどころではなかった。

毛糸玉が落ちて転がっていった。

糸がほどけるのには構わないで、マリエッタもまた虚空を凝視した。

憂いの息は密やかだった。

マリエッタは、近くに後輩たち―――彼女たちは、特に背伸びしたい子たちで、お喋りだ―――を置いてガラハッドと話し合いをしようとした件について、疎まれたくないから言わなかっただけで、羊皮紙いっぱいにだって言い分を書ける。今は、彼への言い訳と文句と責め句しか心に浮かばず、現に寮内で誰より彼に近い座にある女子としての、自身の器量不足を痛感した。

 

 

( はぁ、だってね。わたし、常にあなたとのことを噂されていなくちゃいけないの…あなたを狙っている子が、馬鹿な考えを起こさないように…! )

 

 

マリエッタはムスッとして杖を振った。彼女は、無言でただちにテーブルの上を綺麗にしてのけた。一般的には、これは“悪くない腕前”に相当する。

マリエッタ・エッジコムは馬鹿ではない。

ガラハッドにとっては悪いことに、この少女はなかなか優秀な魔女であり、女社会の操作に長けた者であり、不屈の精神を持っている努力家だ。マリエッタは、ようはガラハッドは「まだまだ遊びたい盛り」であって、誰にも縛られたくなくて、誰ともじっくり話し合う気がないのねと思った。実際、これは間違った理解ではない。マリエッタは、彼とデートしたい女の子は多いから、ガラハッドは、毎日その子たちと一人ずつデートをするだけで、一年三百六十五日気を紛らわせていられるんだわとも思った。

 

だが…だが、しかし、この状況は長く続くまい…―――旧家の正妻かのように、マリエッタは毅然としていようとした。魔女マリエッタ・エッジコムの予見するところ、あれで繊細であるガラハッド・オリバンダーは、華やかな社交家として振舞うことに、彼自身いずれ限界を感じる。そのときが自分にとっての好機だと、マリエッタは確信しているのだった。

 

明朗快活天衣無縫、陽気で愉快な毒舌紳士。その彼の弱く暗く卑屈な部分を、他の誰が知っているというの?彼ったら、どうしたって“普通”にはなれないのに、めいっぱい人に馴染もうとしているところが可愛いのよ!

 

マリエッタは深く微笑みながら女子寮に戻り、その落ち着いた聖女ぶりで後輩たちを感心させた。ただし、ルーナひとりに限っては、マリエッタに感心したのではなく呆れていたのだったが。

ますます大人っぽくて素敵な目の伏せ方をするマリエッタに、チョウはハラハラして無口になった。そんな女子寮の空気なんて知らないが―――…同じころ、ガラハッドはゾクッと首筋に寒気を感じ、慌てて書きかけの手紙を隠した。

 

自室にて。ガラハッドは、壁からいきなり“灰色のレディ”の訪問を受けたのだ。どうも今回の喧嘩に関しては、“灰色のレディ”は珍しく男側の味方であるらしい。

ガラハッドは咄嗟に手紙を二つ折りにした手前、引き続きそれで折り紙をして、“灰色のレディ”に長話を切り上げさせようとした。「大丈夫です!僕、このとおりストレス解消中なんで!!!」と、幽霊に奇行対決を挑む奴なんて彼くらいだ。

 

 

セドリックへ

今日のこの城に人が少ない時間帯のうちに、君は寮を出て図書室に行くように

 

 

ガラハッドの手紙はここまでとなった。

ガラハッドは、一秒でも早くセドリックに忠告をしたかった。だが、万が一のとき手紙は証拠として残るので、何の用件があるかまでは敢えて書かなかった。ガラハッドは“灰色のレディ”に相槌を打ちながら、これを折り鶴にして窓から飛ばした。

 

鶴は、やがてセドリックの自室の机に降りたった。

不幸にも、そのときセドリックはシャワールームにいた。

 

セドリック・ディゴリーという青年は、もう監督生用浴室に行くのはこりごりである。彼は、今日はずっとハッフルパフの男子寮シャワールームで四つん這いになり、床に置いた水入りバケツのなかに頭をつっこんでいた。そうしながら、彼はとても勢いのあるシャワーを浴びて、泡頭呪文の強度を高める練習をしていた。

 

セドリックは重々わかっている―――これは、凄まじく間抜けな姿だと。

だから、今日の、人のいない時間帯がチャンスだ。

と、いうわけで夕飯の匂いが厨房から漂い始めるまで、セドリックは孤独な研鑽に没頭した。日没の迫る頃になって、セドリックはようやく自身に“何か”が届いていることに気がついた。

 

セドリックは千羽鶴を知らない。セドリックには、机上の折り鶴は紙のドラゴンであるように見えた。翼を広げ、尾をぴんと立てている、激しく吼えるときのホーンテール種かな?それにしては前のめりで、頭が小さいな…?

セドリックは少々困惑したものの、「これは、絶対にガラハッドの仕業だ」と確信してニヤッとした。セドリックは、翼部分に自分への宛名書きがあるのを認めるなり、すぐに折り鶴を壁の松明へと翳した。

光に向けて、セドリックはじんわりとはにかんだ。透かして見ると、この不思議な“何か”の内部では、反転した文字の陰たちが重なり合っている。

セドリックはとても嬉しくなった。

これは、きっとあのクリスマスの夜への答えに違いない。

閉門の鐘を聞きながら、セドリックは慎重に手紙を開いていった。

 

 

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