ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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Dancing with the stars

 

前略、セドリック・ディゴリーは舞い上がった。

彼は、十代の魔法使いである例にもれず、少しならず夢見がちなところのある青年だ。彼はいそいそと折り鶴を開いて想い人からの手紙を読み、声にならない悲鳴をあげて悶絶した。まさに今、閉門の鐘が鳴り響いている。指定されている時間帯が終わった。

 

 

( いや、まだだ。まだ出会うチャンスはある )

 

 

セドリックはタフなスポーツマンだ。「クソッ何故!?なんでガラハッドは、普通にフクロウで送ってくれなかったんだよ」と、思いながらでも文句を言っていないで、すぐさま自室を飛び出す健気さを持つ。「ああもうッ!今日も振り回されてるなあ!」と感じるのも、約ひと月ぶりとなるとちょっと楽しいのだ。

セドリックはハッフルパフ寮を後にした。

ばたばたと走って地上階へと出ると、玄関ホールは夕食の匂いで満ちており、ホグスミードで遊んで帰ってきた生徒たちがぞろぞろいた。セドリックは、大広間に向かうみんなをびっくりさせないようにしてホールを横切ると、「バイバイ」と微笑んで手を振ってまた走り出した。

ああ透明人間になりたい!―――そう強く願いながら。

寮輩たち。彼らは本当に良い人たちだけれども、誰もこちらがどういう人間かを知らない。誰のことも嫌いじゃないけれど、みんな僕とは隔たれた、別世界の住人たちだ…―――セドリックは近頃そう感じていた。“贋物の自分”へと向けられる言葉は、賛辞であれ責め句であれ興味が湧かない。過ぎていく時間を惜しんで、セドリックは螺旋階段を駆けあがった。

 

 

( ガラハッドは、この道を逆方向から来るはずだ! )

 

 

セドリックは図書室を目指した。

そのとき、ハリー・ロン・ハーマイオニーは、ちょうどハグリッドの小屋から城に戻ってきて、ホグスミード帰りの生徒たちに混じっていた。ハリーは、ホールで首を回して顔を上げて、どこかへといくセドリックのことを見上げた。

ハリーは、この時間にセドリックがどこに向かっていくのか気になったが、できるだけ気にしないように努力をした。レイブンクロー生たちを追い越して、ハリーは前ばかりを見て進んだ。

 

 

( うぅーんアイツは、とっくに“次”に進んで動いてる…謎解きのあとは、どんな準備をしているんだろう?追いかけないぞ…でも、でも、貰ったヒントを試してみるだけなら…? )

 

 

つんつん。

ロンがハリーのことをつついた。

 

 

「 へへっ見たかい?ディゴリーめ、アイツ、今頃になっててんてこ舞いしてるよ 」

 

 

ロンは嬉しそうに言った。

ハリーは、ロンのニヤニヤ顔を見て胃が捻じ切れそうになった。

それからも、ロンとハーマイオニーのふたりは悪気なくハリーを苦しめ続けた。

ふたりは、「ハリーの“第二の課題”対策はセドリックよりも順調である」と信じこんで、ハグリッドが最後には笑顔だったことを語り合い喜び合い、ハリーの気力をみなぎらせる狙いで、しきりにハグリッドの言った言葉を繰り返した。自業自得であったが、ハリーは良心の呵責とプレッシャーで、口から胃袋ごと吐きそうになった。別れ際に見たハグリッドの笑顔が、目の裏に焼き付いて離れなくなった。

 

 

『 ハリーよ、俺がいま心から願っちょるのが何かわかるか?俺はなあ、おまえさんに勝ってほしい。ほんとうに、勝ってほしい。みんなに見せてやれ…親ナシでもできる。純血じゃなくても、できる。ダンブルドアのやりかたは正しいぞ!って、ハリー、お前さん、どーんと負かしっちまって、それを証明してくれえ 』

 

 

ハリーは決心を固めた。

人波に乗って大広間に入り、グリフィンドールのテーブルへと落ち着く頃、ハリー・ポッターはもう揺るがなかった。

―――よし、僕は、プライドを一時忘れよう。

あの叫ぶ卵を持って風呂に行き、セドリックからのアドバイスに従うんだ。

解くべき謎を解かないことには、やるべきことは何も始められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時が一直線()()()()ことは、観劇者にとっては自明であるだろう。さてその頃ガラハッドは、虚無の面構えで図書室をさすらい、昼間必要の部屋で見かけた本を探していた。マダム・ピンスは閉館作業を始めており、図書室はどんどん暗くなってきていた。

 

それでも、ガラハッドはまだ粘って本漁りを続けた。

彼は溜め息をつきながら徘徊した。

壮大なる書架群の底では、今日もまた古い紙の匂いが淀んでいる。そこに広がりゆく薄闇は、今の気分を表しているかのようだった。

ガラハッドはきっぱりとこう決めていた。

 

 

( どうせなら、一冊借りて帰ろう…完全な無駄足にはしないために… )

 

 

流石の怨霊ぶりである。なんという往生際の悪さ。

ところで彼は、目下のところ「疲れた~」とも感じているのだが、これまた冗談みたいな事実である。つまり、ここは 論理空間 なのである。なんせ客観に耐え得ることを述べるなら、今日の午後ガラハッドは、同寮女子たちを怖れて窓から逃げだしたものの、そのあとは充分に休息をとっており、健康な16歳男子の身で、そんなに疲れているわけがない。彼は、去る二時半から五時半のあいだ、来室者が必ず自分を見つけられるように、図書室中央の閲覧机に肘をつき続けていた。結果的に、誰にも目撃されなかったが。

 

 

彼が座り込んでいたここ三時間は、傍目には何も起こっていない。

本当に、何も起こっていない。

けれども魔法の粋にして本懐は、鮮やかな閃光や炸裂音ではない。

“本質”は常に形而上に在り、語られ得るものはすべて起こり得る。

勿論、言い表し得ぬものもまた存在する。それは示される。それは神秘である。

 

 

ガラハッド・オリバンダーは、セドリック・ディゴリーのことを待っていた間、存分に深くめいそうした。迷走もしたし、瞑想もした。待つだけで没捜(meisou)でもあった。

ガラハッドは、セドリックを待ち始めた当初「よし!思った通り、今日の図書室はまったく人の気配がないな」と喜んだのだが、肌に沁み込むような静けさ、大図書室の空気という魔物に、ただちに呑みこまれてドキドキした。そして彼は、待ち人の行動について想像を巡らせるうちに、初めて自身が思わせぶりである可能性に気がついて、ひどく動揺した。

 

 

( あっ、しまった!?その、断固としてこの誘い出しは、「あなたに告白されてから一ヶ月越しに、あのときのお返事をしますね」という意味ではなくて…!!! )

 

 

と、狼狽えて不整脈に襲われること少々。

少々。ほんの少々だ。

ガラハッドは、カッと赤くなったぶんすぐに白くなっていって、そのあとにさらなる迷走を重ねた。

ガラハッドは元々、誰であれ「誘ってみたけど断られた」みたいな件に対して、()()()()()()()()という側面を持っている。いくら好意を告げられた記憶があっても、「あ、でも、あの後いっぱいやらかしたし、これは失望されたな…」と判断するまでに、本人の主観的時間感覚はさておき、国際原子時で2秒もかからないのだ。地獄に慣れた霊魂らしく、ガラハッドは深く反省をし始めた。

 

 

( うわあ俺、馬鹿みたい…当然だ…完全に人を舐めてた…たしかに、俺ならあんなに必死に真剣に言ったことを一ヶ月ものあいだスルーされたら―――いくら縁は切れなくたって、心情のうえで「もうそれまで」になるなあ… )

 

 

ガラハッドはゾーンに入っていった。

ドツボに嵌まり、魔術師として、じわじわと火力が上がってきた。

唇が歪んだ。彼は、人知れず皮肉げに自嘲した―――なるほど、今日のセドリックは寮にいるはずだが、あの手紙は無視された様子だ…たしかに俺は、愛想を尽かされて当然の輩だ。セドリックはもう去った。自分たちは、今や既に友達ですらなくて、会えばつつがなく談笑できる程度の、ただの知り合いの一人に戻った…。

 

 

( …それじゃあ、例のバグマンの件については、後日すれ違いざまを狙って廊下で忠告する他ないな )

 

 

と、いう結論だけでは終わらないのが、オリーブの杖持つ伝説の騎士、彷徨える修羅 GALAHAD OLIVEWANDER( ⇔A GNAWED DAHLIA LOVER⇔ )である。彼は「自業自得。今や、万事引き受けるしかない」という境地に到達したあと、不意に目を啓かれて頓悟を得た。彼は「天才。発想が常人とは違う」と評されることがあるのだが、元はどこにでもいる学生であり、すすんで世間から乖離していっている。今は昔となったことについても、意識的に考え続けるのだった。

 

 

( 俺、なんであんなにショック受けたのかな… )

 

 

セドリックからの告白。あのときの、衝撃の“本質”は何だったかというと…―――何が、あのクリスマスの夜以来、今も続く痛みとなっているかというと…―――それは、“親友の裏切り”に対する憤りと、憤りを生み出す悲しさだ。

それは、直視できないほどのものだった。

だから刺激に酔おうとした。

普通に考えて、学生は日夜真っ当に生活していたら、相愛の恋人とだっていきなりセックスする機会を持たない。けれども、所詮は学生である者だって、少しは下品な冗談でも言わなくては、どうにもやりすごせなくなるような痛覚を持っている。

 

何故、あそこまで強く「裏切られた」と感じたのか?

もしも、ある日突然、友人だと思っていた奴に告白されたら…「男ならみんなそう思うだろ?」と、この期に及んで保身に走るまい。

 

その理由は、誰がどうであるかに関係なく、少なくともこの自分という人間が、他者を信頼する習慣のない独善家だからだ。このガラハッド・オリバンダーは、恋人、あるいはもしかしたら恋人になるかもしれない相手を、決して同性の親友のようには扱っていないからだ。自分は、自分が男からそうされる側に回りかけたら、強烈な尊厳の毀損を感じて深く憤るような方法で、日常的に女子生徒たちへと接しているからだ。それゆえの鏡像を幻視したのだ。

NIψONANOMHMATAMHMONANOψIN(己が顔のみならず己が罪を洗え) 

好意って、畢竟操作欲だ。マリエッタは俺を映す鏡だ。

俺は、ろくに善意からハーマイオニーに接してない。

だが、それを開き直るほどには落ちぶれたくない。

 

と、いうめくるめく奇矯なマイワールドの末に、ガラハッドは酷く情けなくなって呻いた。

 

 

( うーん今、いくらここにハーマイオニーがいてくれたとしても、セドリックに嫌われた件はキツいままなんだよなあ…って、シンプルに感じちゃう時点でヤバいというか…。女で埋め合わせようっていう発想がアレだし、彼女が“その程度”なのは俺側の問題だし。ハァ…うーわキッツいな… )

 

 

そして閉門の鐘が鳴った。

気づいたらもうそんな時間!?―――ガラハッドは、そんな自身の感覚にまで改めて落ち込んだ。

 

 

( ヤバい、なんか集中してたな…。馬鹿らしい。見込みないのに、どんだけ熱心に待ってたんだよ俺は… )

 

 

ガラハッドは溜め息を吐いて腰をあげた。

自分ときたら、ますますクズ中のクズであると同時に、同性の友人をひとりを失った程度で、こんなにもダメージを受けて未練を抱く男だったのか?アイツは、セドリックは、並外れて人間が出来てる奴だったから、同じ男とはいえ、きっと俺とは違った…アイツは、絶対俺のこと転がして遊ぶつもりはなかったよ―――とかナントカ、今になって感じてしまうこの心の、我ながら堪えがたい気色悪さ!!!

 

ガラハッドは苦虫を嚙み潰した。彼は理性の人であったが、その歯軋り癖は笑い事では済まない。彼にはその自覚もあった。だから、彼は極力思考を切り換えようとして、必要という概念について少し考え直すために、あの部屋にあった全然実用的でなさそうな本を探して借りて帰ることにした。

 

ガラハッドが本棚に指を差し込んだとき、セドリックはとうとう図書室に到着した。彼は、彼のことをすぐに見つけだした。

セドリックは肩で息をしていた。

ガラハッドはギョッとして手をひっこめた。いくら惜しまれた人でも、心の準備がなければこうである―――ガラハッドは、まるで()()()()()を見たかのような反応で、3メートル以上離れた、本棚の端に手をかけているセドリックを見竦めた。

セドリックは膝に手をついて俯いたまま、声を絞り出して話し始めた。

 

 

「 ごめん。ごめん、お待たせ 」

 

「 え!?いやいやいや… 」

 

 

ガラハッドは咄嗟に首を振った。

反射である。完全に習慣任せの行動であり、何らの思考を差し挟んでいない。

セドリックから次々に話しかけられて、ガラハッドはたじたじになった。

 

 

「 かなり待たせたよね? 」

 

「 ううん 」

 

「 嘘。現にまだここにいてくれたじゃないか 」

 

 

セドリックは上体をあげて、心からの安堵の笑顔を見せた。

薄闇に沈む図書室で、ガラハッドは返事ができなくなった。

何だろう?このすべてが強烈な感じは…―――ガラハッドはキョロキョロして小声で答えた。

 

 

「 ばか、そんな大声出すなって。…待つだろ。そりゃあ、待つよ、重要な用があるんだから 」

 

 

これにてセドリックは舞い上がった。

ガラハッドは赤面を自覚したが、体面に賭けて恥ずかしさを噛み殺した。彼は、グッと表情を引き締めて耳を澄ませた―――こんな時間にカウンターを通過した利用者を追い出しに、マダム・ピンスがセドリックを追って来ていないか?

ガラハッドは鋭く指を立てて唇にあてたあと、セドリックに「ついてこい」というサインをして、急いで“神話研究”のコーナーを離れた。ヴィーラから森の奥へ誘われたみたいに、セドリックはドキドキしてついていった。

ふたりは肩を並べた。ガラハッドが小声で囁くので、セドリックは自然にガラハッドの近くにいられた。ふたりはより暗いほうへと行った。

 

 

「 移動しながら話そう。ピンスは、クソほど耳が良いからな 」

 

「 う、うん! 」

 

「 頼む。お前も声を落としてくれ… 」

 

 

ガラハッドは急いでバグマンの件について説明した。内容を明かせば、これが秘密であることは言うまでもなかった―――秘すべき内容であるだけでなく、この伝達行為自体も秘密なのだ。

セドリックは驚きに目を見張り、黙って頷いて続きを促した。

ガラハッドは真剣に物語った。

ガラハッドは、セドリックはバグマンに好意的であるので、どれだけ気を遣った言い回しをしたところで、まずは彼の本性にショックを受けるだろうなと思っていた。そのうえだ。これは重大で深刻な話題であるから、自身はホグワーツの学生総代として、代表選手へと忠告をするにあたり、最後まで厳粛な態度をとるべきだろうと思っていた。

 

ガラハッドはそのように毅然と振舞った。話の中盤ほどからは、彼は、前だけを見て淡々としていた。だが、用意していたことをすべて言い終えると、急に格好がつかなくなった。セドリックは考え込んでいた。図書室の端まで来てしまったので、ガラハッドとセドリックはくるりとターンをした。

 

 

「 ディゴリー!もう閉館ですよ、ディゴリー! 」

 

 

マダム・ピンスの声が響いてきた。

林立する本棚の向こうのどこかで、彼女が探しているのはひとりだけだ。

しめた!ガラハッドは手鏡を取り出した―――よし、このまま、セドリックだけを出口へと行かせよう…―――ガラハッドは、セドリックに「それじゃあ」と言って去ろうとして、不意にその顔つきを直視し、また猛烈に赤くなった。

密会では、言葉よりも沈黙のほうがずっと雄弁なのだ。セドリックは、彼も彼でじゅうぶん赤くなっており、「口の中のキャンディーが甘すぎて、大きすぎて困っています」みたいな表情をしていた。セドリックは勇気を出して言った。

 

 

「 行っちゃうのかい? 」

 

 

ガラハッドは「ぎゃーッ」と叫びそうになった。

彼は、却ってこの場に留まっていられなくなった。

 

 

( なっ、コイツ、マジでまだ俺のこと好きなんだな!? )

 

 

嬉し…くはないけど有難すぎである。

神かよ!仏かよ!一体、どういう思考回路なんだよ!?

でもダメダメ、俺、根っから本当にノンケなんで!!!―――ガラハッドは鏡の世界へと飛び込んで逃げた。

それは、一応一瞬で突然のことであったが、セドリックはあまり驚かなかった。彼だって魔法使いなのだ。それも、同世代のなかでは特に優秀なほうの。

 

 

( あ~うん、だよね。そうなるよね―――こんな忠告されて…いきなりキスとかできたら…そっちのほうが驚いて、『明日死ぬのかな?』って思うからね… )

 

 

セドリックは達観していた。どこかの誰かさんのせいで、彼はかなりタフに仕上がってきている。

彼は手鏡を拾い上げた。

図書室の床は絨毯敷なので、この鏡は落とされたが割れていなかった。

それをポケットへと仕舞いこんで、セドリックは笑って図書室を出た。もしもこれが『シンデレラ』だったら、この人探しは難易度が低すぎである。途中でゾンビが出てくるくらいで、初めてストーリーとして成り立つことだろう。自身を狙う妨害者については、そう考えると平気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中に透明になってベッドを抜け出す時、ハリーはいつも錯覚に浮かされる―――今、この幽玄なるホグワーツ城では、自分以外は熟睡しているに違いない…と。

示威と冒険とを常とする彼は、決して独りで変化する原子ではないのに。

熱ある不眠、奔地、死を賭する跳躍。

その果ての美へと殉じる原子たちが、そろそろ出揃い始めている。

 

チョウ・チャン、マリエッタ・エッジコム、セドリック・ディゴリー、ガラハッド・オリバンダー。この四人は、それぞれの思いと落ち着かなさを抱えて、夜半、粛々とベッドに入っていたものの、燭台の灯を消さずにいた。

眠らずにいたのはこの四人だけでない。

ハーマイオニー・グレンジャー―――彼女は、一度欺瞞によって心和らげられることについて疑問を抱くと、日常のなかに類例は溢れていると感じて、クルックシャンクスを撫でながら、「あなたは幸せ?」と小声で語りかけていた。

ロナルド・ウィーズリー―――彼は、ハリーが何かしらの用で出て行ったことに気づくと、気兼ねなくガラハッドの選挙ポスターを破った。

 

やがて、まるで全浸礼の洗礼(バプテスマ)を受けるかのように、ハリー・ポッターは浴槽のなかで“声”を聴いた。彼を手助けしたのは幽霊だ。“便所女”のマートル・E・ウォーレンは、今夜も男湯で絶好調だった。

 

 

さてハリー・ポッターは、“次”へと取り組む身になった後、つつがなく寮に帰りましたか?

いいえ、そんなことありません―――と、あなたは知っているはずだ。

ご笑覧ください、輝きの花冠を戴くアウグスタ。

三千大千世界を握る御方。

あなたの前で踊る前に、すべての者は挨拶に参ります。

 

 

帰り道、ハリーは安全を確認しようとして忍びの地図を見て、“城内にいる筈のない人物”を見つけた―――クラウチだ。彼を示している点が、スネイプの研究室のなかにあった。

これは、バーテミウス・クラウチという名の若者であったが、ハリーは50代の男を思い浮かべていた。それも仕方ないだろう。ふたりは、完全な同名なのだ。トム・リドル(父)とトム・リドル(子)のようなものだ。

ハリーは少し迷ったが、こっそりとスネイプの研究室を見に行くことにした。そしてハリーは、半分は本人の好奇心のせいなのだが、半分は()()()()()()()()の趣味のせいで…―――道中、ずべぇッと無様に転倒して階段に尻を打ちつけ、金の卵も忍びの地図も取り落とした。

 

卵が開いた。叫びが響き渡った。

ハリーは、片足を階段に飲み込まれたまま、今に限ってやたらフローラルな香りがする自分を恨み、透明マントの下で震える羽目になった。

 

フィルチが駆けつけてきた。ミセス・ノリスは、鼻と尻尾を小刻みに動かして、ずっとハリーのことを見つめ続けた。ハリーのピンチをさらに悪化させたのは、寝間着姿のスネイプ教授だった。スネイプは階下から現れて、自身の研究室が荒らされていると主張して推理を始めた。ハリーは冷や汗をかいた。続いて、マッドアイ・ムーディーの登場と機転がなければ、ハリーは「今日こそスネイプに吊るし上げられて、刻まれて魔法薬の材料にされた」と思った。

 

バーテミウス・クラウチは機知ある青年である。

彼は、この危機に白眉の活躍を見せた。

彼は、勝負慣れたポーカープレイヤーのように、いつもどおりマッドアイ・ムーディーとして振舞いつつ、他の者たちへとハリーの居場所がバレないようにして、特にスネイプを脅して撤退させた。

ハリーは知る由もなかった―――このクラウチは、実はスネイプのことを妬み憎み蔑んでいて、その“演技だと知られていない演技”は、“本質”においては演技ではない。スネイプが左腕を抑えたとき、クラウチは歪んだ笑い声をあげた。「なんとひ弱な雑兵!“印つき”の古参のくせに、我が足元にも及ばん」と思ったからだ。彼は寮祖へと感謝した。

 

企ては進んでいる。

すべては闇のなかである。

魔術のはじまりは常にそういうものだ。

 

邪魔者をすべて追いやってから、クラウチはハリーを“騙し階段”から助けてやった。

 

 




『論理哲学論考』ヴィトゲンシュタイン
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