授業後、満を持して行われたガラハッドとマリエッタの会話は、稀に見る「大事故」で「大惨事」となった。ガラハッドは鞄に教科書を仕舞いながら、騒がしく人の移動するなかでマリエッタにずばずば質問をして、予期しない答えばかりを聞いた。話題を振ったのは自分であるから、気まずくても受け流すわけにいかない―――ガラハッドが目を彷徨わせているあいだに、チョウはマリエッタに頷いて黙って先に行った。「ふたりっきり」にしてくれる友人に、マリエッタはことのほかの友情を感じた。
ガラハッドが怖れつつも期待したほど、エッジコム家とクラウチ家は親しくなさそうだった。
姉妹仲が悪かったわけではない。むしろその逆であったが、アイリーン・エッジコムの姉にしてマリエッタ・エッジコムの伯母、バーテミウス・クラウチの妻である女性は、とうにこの世を去っているらしいのだ。
それを聞いて、ガラハッドは嫌な予感がした。
「 あー…それは、早いご不幸だったんだな。もしかして… 」
時の魔法法執行部部長だった者の妻である。死喰い人たちに襲われたのだろうか?
ガラハッドが強張った顔つきで話し始めたので、マリエッタは急いで明るい声で遮った。
「 事件や事故じゃないの!全然、ルーナのところは違うわよ?いやだあなた、そんな暗い顔しないでよ!わたしは、トラウマなんかないってば。伯父様の近況の件、母に手紙を書いてみるわね?けれど、あんまり期待できないと思うわ… 」
マリエッタは言っていてつらくなった。
お願い、わたしから興味をなくさないでね!―――マリエッタはローブのポケットに手をつっこみ、熱心に指でおまじないを始めた。マリエッタからの視線を感じながら、ガラハッドは顔を上げられなくなった。「嫌な予想」が、「さらに嫌な現実」に塗り替えらえた。ガラハッドは、とても声に出してはこれを言えなかった。
( それじゃあ…。つまり…君も、長くはないかもしれないってことだよな? )
推察するに、「聖28一族」と呼ばれるような家の夫人が自然に早世しているのなら、それは“血の呪い”を持っていたということである。
それは、マグルがいうところの“婦人病”だ。
ガラハッドは、同居家族のうちに魔女を持ったことがないので、その詳細についてまでは知らなかった。とりあえず女系遺伝だということぐらいしか。
それって、こんなに身近に持ち主がいるものだったのか!?―――マリエッタとは長い付き合いだが、ガラハッドは考えたこともなかった。
ガラハッドは、クラウチもあれで病弱の妻を介護したのかと思うと、ちょっとは人間らしい気がして、逆にそれに腹が立ってもいた。どうして、あいつは、はなから虚弱なひとを愛し娶る心を持っておきながら、こっちに対してはこうなんだろう?そしてこの子は、母に似た素敵な大人になる少女なのに、シワシワのおばあちゃんにはなれないのかな…。
マリエッタはおまじないをやめないで、現在の伯父と母について予想を話した。
「 その…バグマンさんがおっしゃっていたという、あのかたが長くご出勤なさっていない件は、真実であるなら、必ず省内で話題になっているでしょうね。いくらウィーズリー先輩が補佐でついているにしたって、それは尋常ではないことだと思うから、母は、この機会に既に“あちら”を訪ねたかもしれないわ。でもそれは、お世話というのは建前で、家の中をよく見てみたいからだと思うの。わたし、あの家に遊びに行ったりしたことない。いつだって、伯母様たちのほうがうちにいらしてたの… 」
マリエッタはそれきり黙り込んだ。
彼女は、ポケットのなかのおまじないに専念した。
これ以上内実を語ることは、我が身の恥になることだと思ったのだ。
ガラハッドへ俯いて頭を掻き、平淡な声で「そっか」と言った。
ガラハッドはいよいよ悩み始めた。
「 行こうか 」
ガラハッドはマリエッタを誘って歩き始めた。
ここで向き合い続けるよりは、並んで歩いていたほうが気まずくない。
マリエッタは嬉しくなってついていった。
ガラハッドは、変身術教室を出て次の授業へと向かっていきながら、傍らのマリエッタについて悩み続けた―――うわあ、うわあ、どうしよう!?もしも一夫多妻制がアリならば、俺は、当然マリエッタのことだって幸せにしたいよ!「世話になったからキスしてやろう」とかじゃなくて、自分に出来る限り、本気で…。嫉妬させてイライラさせたり、好きなことを我慢させるんじゃなくて、限られた命、のびのびと彼女らしく過ごさせて、いつでも微笑んでいられるようにしてあげたい。
あああああでも俺は、ただでさえハーマイオニーを大事にできていない!
到底、一夫多妻制が務まる器の男じゃない。
ハーマイオニーに何て言おう?
もちろん、マリエッタにも何て言おう?
さあさあガールフレンド同士で話をして、俺のことは折半してくださいというわけにはいかない。天国のような悩みのはずだが、ガラハッドは地獄の気分だった。おそらく、ふたりともが怒り狂って、寄ってたかって八つ裂きにしてくる気がする―――…それって因果応報だと思った。
何より、セドリックのことはどうするべきか?
言葉を尽くして向き合うべきというなら、彼にこそそうするべきではないか。
そんなことを考えていたので、ガラハッドは、ボケのボリス像のところでセドリックに鉢合わせたとき、過剰に驚いておどおどした。ハッフルパフ5000点の笑顔で、セドリックはガラハッドに挨拶をした。
「 やあ 」
ガラハッドは小声で「やあ」と返した。
どうにか、平然とした様子で言えたように思った。
ところが危機はここからだった。
セドリックは、彼と同じ時間割の友人たちといた。
ショーンが、すかさず「Sir、彼女連れかい?」と笑って冷やかしてきた。
マリエッタは嬉しそうにもじもじした。
セドリックはぴくっと動きを止めた。
ガラハッドは、気まずさで血便が出そうだった―――十二指腸の状態が良くない。
セドリックは何も言わなかった。
セドリックは、困ったように照れたようにマリエッタのことを見て、遠くの親戚同士のように彼女にも挨拶をした。セドリックは、マリエッタからガラハッドへと目を戻すと、胸ポケットへと指を挿し入れて、少し緊張した声で「忘れ物だ」と言った。
ガラハッドは即座に手のひらを見せた。
「 いい、いい。安いものだから 」
「 いいの?要らないなら、僕が持っておくよ 」
セドリックは何でもないように言った。
それきり、ガラハッドとセドリックはすれ違って別れた。
ガラハッドは目を白黒させて歩いた。男が手鏡を持つだなんて、ガラハッドはそう市民権のある行為だとは思わない。セドリックが堂々とそれを取り出そうとしたのは、彼は義理堅いからか?気にしないからか?―――自分は、男なのにしょっちゅう鏡を見ているから、ゲイのセドリックから同類だと思われたのか?―――…つまり、これもまた自分が招いたことなのか?
ガラハッドはぐるぐると考えた。階段のところで同輩たちに追いつくと、マリエッタはチョウにとびついて何事かお喋りをした。ガラハッドはまた悪い予感がした。やがて、ガラハッドは努めて宙ばかりを見ていたが、チョウの可愛い声を耳に入れた。
「 いいなあ、わたしもセドリックに会いたかった! 」
崖の切っ先に立つ心地がした。
足が竦む。誰かが突き落としてくれたらいいのに、決定的な瞬間はずっと来ないのだ。ただ空っぽの自分が、照りつく日差しのなかに置かれているかのよう。崖の下に見えている海面が、ぎらぎらと凄まじい反射をあげているかのよう…。
青、青、青の幻影―――二月であるというのに、ガラハッドはじっとりと冷や汗をかいていった。シクシクと胃が疼いて、腸の動きが変で困った。「全部自分が悪い」とわかったって、「どうすればいいか」はわからない。頭痛まで感じ始めながら、ガラハッドはのろのろと足を進めた。
次の授業は“ムーディー”だった。
今年の
“ムーディー教室”が近づくと、誰も痴話喧嘩カップルを冷やかしたりしなくなった。教室に着くと、ガラハッドはできるだけ目立たないようにして、前でも後ろでも端でもない席を選んだ。
松明がめらめらと燃え上がっていた。
名前のない影になるようにして、ガラハッドは俯いて講義を聞いた。
このようにしている間は、日常という拷問から解放されるはずだ。
コッツ、コッツ―――…。
義眼義足で鼻のないムーディーは、老人は老人であるとはいえ、さながら“日露帰り”を売りにする教師である。彼は生まれてこのかた、悲鳴などあげたことがないように振舞う。彼は今日も、義足を軋ませながら教室を歩き回り、ぬるい空気しか知らないボケどもに、“戦える力”をつけんとして語った。
彼は人種差別を許さない。
純血、非純血、半人間。黒人、白人、ユダヤ人。どいつも甘ったれのはらわたを持っているのなら、すべて
そのようにムーディーが断言すると、教室はヒリついて静けさを増した。
そのなかで、ガラハッド・オリバンダーは顔色を変えずにいた。彼は、背を曲げることなく座っているのだが、悲しげに項垂れて、心ここに在らずであるように見えた。
魔法の眼がぐるりと回った。
マッドアイ・ムーディーは考えた―――この生徒は、決してこちらに反抗することはないのだが、いくら
そこでムーディー…否、ポリジュース薬でムーディーに成りすましているクラウチJrは、今日、この生徒には
あらぬほうを向いて、無数の生徒越しに…。
クラウチJrは、黒板の前へと戻りがてら、不意に振りかぶってガラハッドに杖先を向けた。
「 ッ…!!? 」
ガラハッドは泡を食って杖を抜いた。ガラハッドの杖先は震え、どこを狙っているやらわからなかった。大勢の生徒が巻き添えをくった。彼らは、ムーディーは自身に杖先を向けたと勘違いして悲鳴をあげた。
クラウチは杖をひっこめて大笑いした。
「 油断大敵!小僧、遅いぞ―――今のは、実戦ならばとうに命がなかった! 」
クラウチは、化けても義眼でないほうの目でガラハッドにウインクした。ガラハッドは口を半開きにし、目をかっぴらいてそれを見つめた。
クラウチは、杖を抜くこともできずにあたふたし、みすみすやられっぱなしになろうとした者たちを叱りとばした。
「 おまえたち、何をしている?その棒っ切れはただの飾りか 」
ガラハッドはなんとなく急かされた。
とんでもない動悸を感じたまま、ガラハッドは無様に杖を仕舞いこんだ。
( …あれ?今の、もしかして褒められてた部類か? )
戦場にいた頃の警戒心を、ガラハッドはもう忘れてしまっている。即座に暴力に暴力で報い得るのは、治安の悪い場所に慣れた人間だけである。
ガラハッドは、一応は杖を抜くことができたくせに、ふと、「今ので死んでいたらよかったのにな」と感じた。たまさか憂鬱に憑かれていただけで、この忘却は幸福の証であるのだった。愛されて育ったゆえの愚かさ、かつては妬んだ呑気さである。
クラウチJrは板書を始めた。
生徒たちは息を撫でおろした。
ガラハッドは、背後から脇をつっつかれて身を捩った。
振り向くと、ロジャーが二列後ろから杖腕を伸ばしていた。彼は、ニヤニヤして「こっちからも狙ってみろよ」と囁いた。ガラハッドは動かず、黒目だけでムーディーを見やってみた。ぐるぐると魔法の眼が回っているので、ロジャーの提案は無謀であるに決まっていた。
ガラハッドは、暗い顔にフッと挑発的な笑みを浮かべて言った。
「 お前、やれよ。ビビってんなよ 」
ロジャーはおどけ顔で首を傾げた。
ガラハッドはくいっと顎をしゃくった。
もしも崖の切っ先にいたところで、彼らは今と同じ遣り取りをすることだろう。追い風が吹き、その崖が高く高く、海面がぎらぎらしているほどに。
お互い平気な顔をしあいながら、ふたりは「意気地なし」と囁き合った。
そんなこんなで授業が終わり、放課後になった。
エイドリアンは、“ムーディー教室”から我先に逃げ帰るのはダサいと信じて、スリザリン生にしてはゆっくりと鞄を背負った。そのときエイドリアンが聞いたのは、イカレたレイブンクロー生たちの会話である。気だるげに鞄を背負いながら、ガラハッド・ロジャー・マーカスは雑談をしていた。エイドリアンは、こういうのにスッと混じっているあたり、「ベルビィって地味だけど只者じゃないよな」と思う。「流石は監督生」というべきか。
どこに心臓があるんだかわからない顔で、初めにガラハッド卿が言った。
「 俺、ちょっと文句言ってくる 」
「 マジか。勇者か。つかノリ悪いな 」
「 教師が生徒に杖向けんな、だよ 」
「 フツーの教師は生徒をイタチにしないね 」
「 それ。俺もイタチかなあ… 」
「 さあな。案外、頼めば選ばせてくれるんじゃね? 」
「 カナリアが良いと思うよ 」
「 よーし試してこよう 」
「 減点より変身!これ、良い制度だと思うんだよね 」
マーカスはクスクスと笑った。
ガラハッドは教壇に向かっていった。
ロジャーは面白がってついていった。
マリエッタも仰天してついていった。彼女は、人間の彼氏と一緒に寮に帰りたい。何が起こるのか見たくって、エイドリアンは教室に残った。
「 あれ?帰らないの? 」
「 ヤバい。Sirがヒキガエルにされちゃうかも! 」
バディーアがチョウを引き留めた。「何だ何だ?」と居残るギャラリーたちを背に、ガラハッドはムーディーに話しかけることとなった。
怖れを知らない好奇心の鬼として。
無論、これは戦略の一部であった。
「 どうも。先生、少しよろしいですか? 」
「 どうした 」
「 昨夜、薬品庫で盗難があったんですよね? 」
ガラハッドは全員に聞こえる声で言った。
クラウチJrは、いきなり試されて愉悦しそこねた―――そぅれこの小僧は、俺に好感を持ったぞ!と、思ったら急にぶっこんできたな?
クラウチは魔法の眼を回した。
そこらじゅうにいるヒヨコどもは、「ええっ、そうなの?」と首をめぐらせたり、「ああ、知ってる!」とはしゃいだりしていた。クラウチは、マリエッタ・エッジコムのことは敢えて見ないようにした。この従妹は、こちらの母に似た顔つきをしているのだが、若くてつやつやした肉体を持っていて、いつ見ても母より馬鹿っぽく、いるだけで神経を逆撫でしてくる。
ロジャーがパチンと指を鳴らした。
ロジャーも、一旦は「は?マジで?」とガラハッドの横顔を見たのだが、昼休みに聞いた愚痴を思い出して「あっ」と言った。
「 確かに、スネイプ今日キレてる~ってライアンのやつ言ってたわ 」
「 犯人はわかってるんだ 」
「 へえ、そうなのか。そんじゃソイツは…へへへ、先生!何に変身させたんですか!? 」
ロジャーはニカニカして白い歯を見せた。ガラハッドはニコリとも笑わずに、「逮捕だろ。犯罪だ」と低く短く言った。
クラウチは「つまらん」という顔つきをした。
ふん、こいつめ…逮捕がなんだ。こちらは、アズカバンを脱して来たのだぞ―――クラウチは、余裕のある声で「ほう」と言って、ようやく、ようやく正体を明かしてきた、この臆病なまでに慎重な少年へと微笑んでやった。クラウチはガラハッドに遠慮しなかった。復活の材料に要らぬとする程度には、“あの御方”は実子を評価していない。殺さずに、仕えさせて武器を作らせようとはお考えだろうが…。
「 どうした?おまえは、ポッターからそれを聞いたのだな? 」
「 ええ。先生、僕はとても心配です。彼が逮捕されていないということは、大公妃殿下がいらっしゃるこの時期に、城内で今後も事件が起きかねませんね? 」
「 まことに。オリバンダー、このことを噂にしたいのか?徒に人心を乱すか―――何が狙いだ? 」
「 大公国の騎士は優秀です。いずれ知られてゆくことは、初めに隠すほど良くない結果になるなあと思いまして 」
ガラハッドは肩を竦めて言った。
クラウチは考え込んで黙った。
ロジャーは空気を読んで黙った。
ロジャーは、ガラハッドとはもう百回以上喧嘩をしている。今のを見て、仔細はわからないが、クソ不機嫌なときの「何か言うことはないのか?」のオーラを感じ取った。ロジャーは推測した―――そっかコイツ、
ロジャーはガラハッドの肩を叩いて言った。
「 帰ろうぜ 」
ガラハッドはコクッと頷いた。
言外の脅しはもう終わった。
ガラハッドが言いたかったことはこれである―――さあ“元部下”マッドアイ・ムーディーよ、落ちぶれたクラウチを見限って、陽のもとに突き出せ!「容疑」の段階では名を言いふらせないが、こっちは全部わかってるぞ。もしも盗人を庇い立てするなら、あんたのことも大公国に売ってやる。「大公妃に毒を盛ろうとした者たち」とされて、正義屋の晩節を汚せばいい!―――ガラハッドは恋愛に忙しいので、政敵潰しのほうは
クラウチは、しきりに頷いてガラハッドたちを見送った。彼はムーディーに化け込んだまま、死喰い人として、今のを「提案のフリした命令」だったと受け取った。
( ふむ…確かに、近々“あの御方”は英国の支配者となるのだから、その威容は世界に知られることとなる。カルカロフは一度は逃げた男だ。奴を
クラウチは荒々しく息を吐いた。
けっ、ドラ息子め、何も手柄がないくせに、「父の従僕は我が従僕」って顔だ。そういうところが評価されていない。こっちは、ポッターの操作で忙しいというのに!
クラウチは、生徒たちがみな教室から出て行くと、ポケットから一枚の紙を取り出した。それは、昨夜ハリー・ポッターから巻き上げた忍びの地図だ。杖で叩いて、数分間地図を眺めたあと、クラウチは訝しく首を捻った。
華やかな姿は虚飾である。
シザーリオ・ド・ボーモンなどという人間はいない。
『仮面の告白』三島由紀夫
映画『フルメタル・ジャケット』