ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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第二の試練Ⅰ

 

チョウが出て行ってしまったので、ガラハッドは頼みの綱を失った。会議終了後のトライウィザード・ソサエティー活動室には、「どう見てもこちらを揶揄うつもりしかない連中」と「互いに憎み合っているドラコとハーマイオニー」、「地雷原のうえで踊るルーナ」しかいなくなった。

 

ドラコは、ほとんど仕事なしのまま役割を終えた。

ガラハッドはドラコが羽根ペンを置いた瞬間、咄嗟に身構えて険しい顔になった。

ガラハッドは、目が合ったが最後下品な冗談を浴びせかけられそうなので、絶対にロジャーたちのほうを見ないようにしている。ロジャーたちの前で、ハーマイオニーと会話をすることは避けたい。だが、だからといってドラコと話したくはない…。

しかし働かせることで黙らせてきた手前、ガラハッドはドラコを無視するわけにはいかなかった。ガラハッドは、いまにドラコが振り返ってきて、また気取った口ぶりで語りはじめるのを―――こんな人前で、また「我が君」なんて言葉を使って、「僕はあいつらとは違いますよ」みたいな顔をしやがるのを―――怖れて、秘かに杖を取り出したい衝動に駆られた。

 

“舌縛りの呪い”、からの“忘却呪文”のコンボだ!

いける。そんなの失敗するわけないぞ!

脳裏には、まるでサイレンが鳴っているかのように、厳めしいアラベールの声が響いていた。

 

 

『 よく気をつけて振舞えよガラハッド。“お前を崇める眼差し”が、“彼女を殺した眼差し”だ 』

 

 

…―――ガラハッドは杖を使わずにおいた。

ハァ…よくないよくない、過剰防衛の暴力、よくない。

不安、そして自信のなさで、他者攻撃に走るなんて浅ましいことだ。

多分、こいつはそこまで悪い奴ではない。

ガラハッドは優しくなろうとした。

だってドラコは、こちらよりも一級下であるわけだし、“例のあの事件”のときに現場にいたわけがない。そしてドラコは、グレイスがどんなふうにしてヴォルデモートの子供を孕んだとされているか、今、そこでやっているような“男の馬鹿談義”に参加して、周囲の大人から聞き知っているかというと―――多分、見ての通りの“坊や”で、馬鹿ではない男ばかり集まると、へりくだるふりしてあしらわれやすい奴だから―――きっと詳細を知らないのだと思われる。

 

だから、こちらのことを慕っていられるんだろ?

もしもすべてを知っているのなら、お前は、こちらのことだって「穢れている」と感じて蔑むはずだ。

 

…と、ガラハッドは腹の底で思っていたので、却ってさっぱりとドラコに労いを言うことが出来た。

ドラコは悪くない気分だった。彼は、羊皮紙を筒状に巻いてしまう前に、「これでよろしいですか?」と一度振り向いてガラハッドに見せた。

ガラハッドは周囲へと気をとられつつ、飄々とした調子で雑な褒め言葉を連ねた。

 

 

「 良い。良い。流石だ、素晴らしい 」

 

「 フン、これくらい当然できますよ 」

 

 

ドラコはムスッとして紙を巻き始めた。

ガラハッドはちらっとハーマイオニーを盗み見た。

おそらく、今のはドラコなりの照れ隠しだが…―――また変てこなことを言い出したルーナに捕まりながら、ハーマイオニーは「当たり前でしょ!」という表情でドラコを睨んでいた。

ドラコは、ガラハッドに記録紙を提出しながら、言っても許されそうな程度に、ぶちぶちツンツンと文句を言い始めた。

 

 

「 ほら、どうぞ。今度は、もっと大きな仕事をくださいよね 」

 

「 すまんな。冬至舞踏会ほどの大仕事は、以後あるものではないんだ 」

 

「 そうでしょうか?我が君、大公国の面々は囁いておりますよ。ガラハッド卿は、是非とも… 」

 

 

コンコン

ドアがノックされた。

一斉に首を巡らせて、室内の全員がドアのほうを向いた。

ガラハッドはちょうど手が埋まっていた。ガラハッドが鞄に記録紙をねじこんでいるあいだに、ルーナが「どうぞ~」と言ってドアを開けに行った。部屋の中央でたむろしている男子組は、ニヤニヤ笑いを引っ込めて目を丸くした。ルーナがドアノブを掴んで引っ張ると、そこには水色のボーバトン生が立っていた。

 

 

「 アロー! 」

 

 

シザーリオ・ド・ボーモンだ。

彼(彼女?)は、いつもの気っ風のよい調子で笑って入室してくると、結構上手に英語を話した。

 

 

「 ごきげんようマドモアゼル、あなーた、天から落ちてきまーしたか?ベリーキュート!招いてくださて、ありがとぅございまーす! 」

 

 

シザーリオはルーナをポカンとさせた。

というより、「室内の全員をポカンとさせた」というほうが事実に近い。

マーカスは、「ルーナは、自分より強烈な女子に出会うのは初めてなんじゃないかな」と思った。シザーリオはルーナのファッションに驚かなかった。

 

 

「 あなーた、ヴェルサイユに行く、準備万端だね! 」

 

 

シザーリオは明朗にそう言うと、それきりルーナとの接遇を切り上げた。

 

 

「 Hey,Sir!それに、マルフォイ家の。さき、そこで、マドモアゼル・チャンから、会議は終わーたと聞ぃたですよん―――…どうだい、状況は。全部順調かい? 」

 

 

シザーリオはフランス語に切り替えて黒板のほうへ進んだ。

ドラコは難なくフランス語で応じた。

ガラハッドは、会議後一歩も動かないままフランス語を話す二人に囲まれたことで、なんとなく自分もフランス語で返事をしたのだが、これにてさっきからそこで順番待ちをしている、「どきなさいよマルフォイ」という拗ね顔も可愛らしいハーマイオニーのことを、完全に除け者にしてしまったと感じた。

ガラハッドは、「ごめん」とハーマイオニーに口パクで言った。

同じとき、フレッドは狐につままれたような顔で上座のサークルから目を逸らした。ジョージは赤毛を掻きむしりながら、唇をひん曲げてレイブンクロー組へと言った。

 

 

「 うへえ!アイツ、そういやフランス系だったな? 」

 

 

ガラハッドは身を固くしてそれを聞いた。

 

 

「 雑っ魚。お前ら、フランス語わからないのかよ 」

 

 

ロジャーが間髪入れずに言った。

フレッドとジョージも負けてはいなかった。

 

 

「 そっちはわかるのかよ 」

 

「 お前もわからないだろ 」

 

「 それがね、涙ぐましいだろ?こいつ、部屋で死ぬほどフランス語勉強してるんだ。愛しのフラー様のために 」

 

 

マーカスが大きな声で言った。

ガラハッドは、聞いているだけで下座へと目をやらなかったが、見なくてもマーカスはニヤニヤ顔だとわかった。音がたつわけではないが、ロジャーはきっとマーカスを軽く叩いただろう。

マーカスはクスクス笑いながら言った。

 

 

「 信じられる?こいつ、あの薔薇を部屋で育ててたんだよ。もう匂いが、部屋中凄いのなんの!僕参っちゃった 」

 

「「 へえ! 」」

 

「 黙れ 」

 

「 へへへ。なぁんだこいつ 」

 

「 へへへ。格好つけ野郎が 」

 

「 そりゃあ、な?デラクールに()()なら、格好ぐらいつけんとなあ? 」

 

 

マスタングが冷やかし声で言った。双子が三つ子になったかのように、フレッド・ジョージ・マーカスは一斉に笑った。

ガラハッドは秘かにホッとした。

よかった、次に揶揄われる番はロジャーだ。これにて自身は安全圏に入った。

 

ガラハッドは、ドラコとシザーリオとの会話に集中したかったので、ちょうどハーマイオニーが部屋を出て行ってくれたことにもホッとした。つまらなそうな顔をして、ルーナも一緒に出て行った。

そのとき、シザーリオ・ド・ボーモンはニヤッとして攻め手に出た。

 

 

「 おや?いまデラクールって聞こえたよ! 」

 

 

シザーリオは、ルーレットを回すように軽やかに局面を“次”へやった。

 

 

「 あなーたたち、気をつけるですよん 」

 

 

シザーリオは英語で一発いれてやった。

“談笑”もひとつのゲームである。次に一斉に揶揄いを受けるのは、ソサエティーで最年長のマスタングとなった。

マスタングは、シザーリオから交流科目“錬金術”での素行を告発されると、「その手帳を見せろ!」と双子から杖を取り出された。マスタングは慌てて杖を抜いて応戦した。

 

 

「「 アクシオ! 」」

 

「 アクシオ!やめんか!ただの研究用だ!くそっ、ボーモン、貴様わかっているだろう!? 」

 

「 あははははは 」

 

「 やっべえ、何の研究してんすかマスタングさん!? 」

 

「 そいつは確かめなくちゃね―――アクシオ! 」

 

「 アクシオ! 」

 

 

呼び寄せ・呼び寄せ返しを受け続けて、マスタングの手帳はあちこち宙を舞った。ガラハッドは、「ああアレ、確かに女の名前ばっかりなんだよなあ…」と眺めながらも、友人たちのようにはしゃぐ気にはなれなかった。

ガラハッドはシザーリオの横顔を窺った―――彼女(彼?)は、こんな遊びをするために、この部屋にまで来たわけではないだろう。

ロジャーが、椅子を飛び越えて“円運動の歩行”をし始めた。彼は手首を水平にする構えのまま、とてもいきいきして周囲に指示を飛ばした。

 

 

「 散ろうぜ!フォークスヘッド・フォーメーションだ! 」

 

「「 任せろ! 」」

 

 

双子たちは“両側から挟む役”をやった。

マーカスは手を叩いて大笑いした。ところが、彼が三人をトルネードーズに喩えたので、双子とロジャーの連携は失敗してしまった。決して譲れない信条として、双子はキャノンズ贔屓であるらしいのだ。

 

 

「 ふっはっはボケども。数だけいたって仕方ないな? 」

 

 

マスタングは悪役みたいなことを言った。不敵に手帳を翳して見せているが、残念、彼は童顔なのである。大きな声を出すとガキ臭く、悪党を気取るには役不足だ。ガラハッドはプッと失笑した。

双子は、「うっざ」という顔でマスタングのことを見ている。ガラハッドはそっと杖を抜いて、不意討ち“追い払い呪文”でマスタングをダサい目に遭わせてやった。手帳は再び宙を舞って、マスタングはあんぐりと口を開けた。

 

 

「 なっ…裏切ったな!?チッ、この…! 」

 

「 わははナイスナイス 」

 

 

ロジャーは明るい声をあげた。

双子たちは沸き立って杖を振った。

ゲームは第二幕へと突入だ。コートさながらの教室は、再びクアッフルが放たれたかのようになった。

ガラハッドは熱心な審判のように、手帳を巡る競争をよく見ていたが、シザーリオからも目を離さなかった。愛すべき馬鹿どもの騒ぎをよそに、シザーリオはドラコを捕まえて話し込んでいる…―――さっき、シザーリオは「手袋が湿って困っちゃうぜ」と言うくらいの軽さで、自身の生み出した喧噪に乗じて、堂々とドラコのことを脅していた。彼(彼女?)は、ドラコにも例のリータ・スキーターの差別的記事と、“本国からの要請”の話をした。それで“ハーフタイム”のあいだ、ドラコは表情を曇らせていたのだ。再び場が沸きはじめると、シザーリオはドラコに挑発的な声色でこう言った。

 

 

「 それで、ちょいと調べさせてもらったらさあ。驚いたぜ、キミ、去年アレと裁判をしたんだって? 」

 

 

ガラハッドは流石に気まずくなった。わざわざ、よりによってここでそれを言うシザーリオは、こちらの良心を試しているんだろうか…。

ドラコは、もともと白い顔をひどく蒼褪めさせて、ちらっと一瞬ガラハッドのことを見た。「助けてください」という目つきだったが、マルフォイ家の家名に懸けて、ドラコは、決しておどおどした態度はとらなかった。

 

 

「 や、それは。父が、近頃は面白いこともないのでやったことでして。鳥を啼かせるよりは興があるかと 」

 

「 シュバリエ、彼はまだ14だ。自分で告訴したわけじゃないし、父君とは違う人間だ 」

 

「 オーラララ、14!へえ、キミ、しっかりしてるなあ 」

 

 

シザーリオは本心のわからない声で笑った。

ガラハッドは他人のことを言えなかった。彼は、彼女(彼?)に微笑み返す気になれずに、冷ややかに「当然だろ」と言っておくにとどめた。

シザーリオは平気で話し続けた。

 

 

「 そうか。キミは、彼の御母堂にもお会いしたことがあるんだな?ブラック家の方なんだもの。マルフォイ夫人は、さぞお美しいんだろうね 」

 

 

ガラハッドは、「それはもう」と冷ややかに大袈裟に言った。事実はどうであれ、ここに息子がいるのに、「別に?」とか「ブス」とか言うわけがなかった。仕向けられた筋書きに乗りながら、ガラハッドはシザーリオの狙いを直感した。

わかったときには、もう遅いのであったが。

冷や水をかける言動から一転、シザーリオはドラコをブラック家の一員のように扱って、ガラハッドの目の前でドラコを懐柔し始めた。否定も謙遜もしないドラコに、ガラハッドは「ばーか」と言ってやりたくなった。ガラハッドは、「シザーリオはつくづく性格が悪い」と思った。

 

 

( はいはい。シザーリオめ、次はドラコを“情報提供者”として使うってわけかよ )

 

 

ガラハッドは「好きにしろ」と思った。ふたりの会話を聞くだけ聞いて、決して屈辱だとは感じるまいとしたのだ―――そりゃそうだ…という思いが身を助けた。

 

ガラハッドは、もしも自身がシザーリオのほうの立場だったら、たった一名による情報提供を鵜吞みになんかしない。それぞれに餌をちらつかせて、オリバンダーとマルフォイを競わせて役立てようとする。

ガラハッドはきっぱりとこう念じた。

 

 

( シザーリオ、お前の思い通りにはならない )

 

 

カチャン…と。

もしも心臓に錠前がついていたら、ガラハッドはそれを落としきった。

宙を舞っている手帳なんか無いように、ガラハッドは壁かけの時計だけを見上げた。八時だった。シザーリオはそれを見咎めて言った。

 

 

「 さてと。すまないが、マルフォイ家の。悪いが、そろそろ(Sir)を貰っていくよ。ボクらは、ちょっぴり野暮用があるもんでね 」

 

 

シザーリオはガラハッドを繋ぎとめた。

シザーリオに肩を叩かれて、ガラハッドは黒目だけで振り返った。

シザーリオは苦笑気味に言った。

 

 

「 ほら、“例のあの件”さ。行こう、今夜、チャンスなんだ 」

 

「 …へえ。今日、今からとはな 」

 

 

と平淡に言いながら、ガラハッドはまたしても「こいつめ」と思っていた。いくら非公式の謁見とはいえ、普通もうちょっと準備をさせないか?

みすみす恥をかかせようっていうのか?

せめてきちんとしておこうとして、ガラハッドは自身の制服のネクタイへと手をかけた。

折しも、「そっちに行ったぞ!」とフレッドが声を張り上げた。

ガラハッドは、上しか見ていないジョージに体当たりされた。

べしっ!

ネクタイは歪んだ。手帳は、ドラコの脳天へと直撃した。

マスタングとジョージが叫んだ。ドラコは、左右から同時に迫られてキョドキョドした。

 

 

「 おいそれを返せ! 」

「 ちぇっ、寄越せよ。ほらこっちだ、早く! 」

 

 

ガラハッドは珍しいものを見た。

ドラコは、さっと手帳を背の裏に隠すと、とても嬉しそうに躊躇う素振りをしたのだ。ジョージはいきりたったが、流石にドラコ相手に強引に飛びかかっていかなかった。マーカスが背後に走りこんで、「へいシーカー!パス、パス!」と言った。ドラコは、マーカスに手帳を投げたのであるが、その手帳はあらぬほうへと飛んで行った。

 

 

「 あっ 」

 

 

咄嗟に、ドラコはそれを追いかけて教卓の側を離れた。

ガラハッドはそれを見送った。

ドラコは、馬鹿騒ぎのド真ん中へ突入してしまい、慌てて杖を抜いて警戒心を見せた。ロジャーとフレッドは、これにはギョッとした様子だった。意外にも、マスタングのニヤつきがその場をなんとかした。

 

 

「 フッ…また一人増えたか 」

 

 

またしても悪役の口調である。

それも、格別かっこつけすぎの。

飛んできた手帳をキャッチして、マスタングは勝ち誇った顔つきで言った。

 

 

「 5対1。それでも、俺の勝利だな? 」

 

 

フレッドとジョージが同時に喚いた。

 

 

「 兄弟、こいつ、無言呪文まで使い始めたぞ! 」

 

「 おとなげない!そんなに見せたくないのか 」

 

「 馬鹿者!獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすのだ 」

 

 

ロジャーとマーカスも同時に冷やかした。

 

 

「 フゥ~、ガチじゃん!こいつは絶対暴かないと 」

 

「 先輩、いつから獅子寮になったんです? 」

 

 

ドラコだけが煽られても黙っていた。ムカつかなかったわけではない。ドラコは、マスタングに数えられた「五人」のうちの一人は、自分ではなくガラハッドだと思ったのだ。

だがドラコがチラッと振り返ると、ガラハッドは我関せずでローブの前を開き、カッターシャツの襟を立てているところだった。ガラハッドは、もう繕うよりも一からネクタイを結び直すことにして、ついでなのでウィンザー・ノットで結ぶことにした。

 

 

「 英国男だねえ… 」

 

 

シザーリオの呟きは掻き消された。

ガターン!

ロジャーが無様にすっころんだのだ。彼は、マスタングが無言で呼び寄せた長机に、背後から尻をどつかれてちょっと吹っ飛んだ。

一斉に笑い声が発された。

気がつくと、ドラコは双子やマーカスと一緒に笑っていた。

マスタングは高笑いして、手帳を翳したまま嬉々として言った。

 

 

「 覚悟しろ。貴様ら、まとめてお礼してやる 」

 

「 ちょっ、アクシオ以外はなし!なしだよ!? 」

 

「 いいって!ロイ先輩、そっちは杖なし呪文もありでいこうぜ。お前らも、いっぺんくらってみやがれウィーズリーズ! 」

 

「 よしな。マルフォイ君もいるんだから 」

 

「 ベルビィ、僕、構わないさ―――アクシオ! 」

 

 

ドラコは上擦り声をあげた。杖を振って、ドラコは手帳を狙ったが、フレッドとジョージは別れて杖を掲げあい、互いに椅子を呼びよせて暴れさせた。追い払い呪文は使えないというルールなので、疑似決闘は半分鬼ごっこになった。背後から迫る椅子を避けながら、机をくぐったり飛び越えたりの大乱闘だ。もうローブなんか着ていられない(裾を踏む!)ので、みんな次々に闘牛士のようになった。走りながら脱いで杖腕を出すので、みんな逆腕にローブを巻きつけることになった。

ガラハッドは出ていく準備を終えた。

ウィンザー・ノットは優雅でフォーマルだが、ノットに厚みを持たせるぶん剣の丈が短くなる。ガラハッドは、ウエストコートの内側に短いタイをねじ込み、これがただの制服ネクタイであることを無問題とした。

 

有難う、冬の入りに、古いセーターを燃やしてくれやがったチョウ。そして、ちょうどよく冬装備一式をクリスマスにくれたシリウス。「普段着に」とカードには書いてあったけれども、彼のセンスなら信じて、どこでも堂々としていられる。

 

ガラハッドは、ドラコは案外この面子に馴染めるようだなと判断して、馬鹿騒ぎが終息しないうちにトライウィザード・ソサエティー活動室を抜け出した。シザーリオとふたりで、“例のあの馬車”を目指して、隠密行動の開始だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上階まで降りてみると、大広間から南翼棟にかけては、まだまだたくさんのダームストラング生たちがいた。暇人たちの目を避けるために、ガラハッドはシザーリオを夜の船着き場へと誘った。

そこは、初めてハーマイオニーとキスをした場所だったが、対マリエッタと違って、一切そういった思いはないから、ガラハッドはシザーリオを誘うことに抵抗はなかった。

 

ドアを開けると、城の窓から漏れてくる光を受けて、流水はギラギラと輝いていた。弾みをつけて飛べば、石の迫り出しているここだけは、この水路はぎりぎり渡れるくらいの幅だ。ガラハッドは巧くやりきったし、シザーリオも問題なく跳んだ。落ちないように気をつけながら、ふたりは細い縁の上を歩き、縦一列で水路沿いを進んだ。さっきドラコが言いかけたことの続きを、ガラハッドはシザーリオに背後から伝えられた。

 

 

「 困ったもんだね、ダームストラング生たち。彼ら、この城を離れたくないんだな。何もないのにうろうろして。あれじゃトロールだよ。キミ、どうして夜話会でも開いてやらないんだい?うちにも、それに行く準備をしているのがごろごろいるぜ 」

 

「 夜話会?雑談の会なら、勝手にそれぞれでやっておけばいい 」

 

「 自分で機会をつくれる人ばかりではないんだろ 」

 

 

ガラハッドは返事が少し遅れた。

誰かに上の空になられることに、シュバリエ・シザーリオは敏感だ。以後シザーリオはガラハッドに話しかけず、黙って城の南側を目指した。

 

 

( …こんなときこそ忍びの地図が欲しいな )

 

 

それがガラハッドの考え事だった。

ガラハッドは、シザーリオに促されて人目を忍んだものの、緊張と不安とで、「こんなこと無駄だ」という気持ちを無視できなかった。

城の裏側を半周して、城の南側へと出た時のことだ。

ガラハッドは、いよいよボーバトンの馬車群を目に入れる前に、シザーリオに一言言っておくことにした。並んで生垣に潜んで、ふたりは押し殺した声で会話をした。

 

 

「 いくら隠れて移動したって、ムーディーはすべて把握しているかもしれないぞ 」

 

「 フフフ… 」

 

 

ガラハッドは真剣に忠告(なんてできる立場ではないが…)をしたつもりだった。ところがシザーリオは、「どういうことだい?」とは言わずに、なにやら意味深な微笑みを浮かべていた。

シザーリオは、「この距離ならようやく話せる」と思っていた。盗聴呪文を使ったって、この声の大きさなら拾えはしまい。

 

 

「 …そうだね。でも、それって気にすることなのかい?ムーディーだろ?見せつけてやればいいじゃないか 」

 

 

唇が触れるほどの距離だった。シザーリオは、ガラハッドの耳朶に囁きを注ぎ入れた。ガラハッドは、冷え切った身体に吐息を感じた。

火遊びに慣れた口ぶりだ。つい、考え込まされてしまう…。

シザーリオはますます笑みを深めて言った。

 

 

「 嘘つきくん。ボクは、約束を守るたちだよ。こうして証明しているだろう? 」

 

 

それは大変有難いことである。ガラハッドはコクッと頷いた。

ガラハッドは、気まずいような照れくさいような感情に囚われていた。

ムーディーの顔を思い浮かべる。

たしかに、こっちだって「彼は身内の不正に甘い」と知っているのだから、「こいつ、大公妃に媚びを売りに行っているな」と彼に思われたって、「うるせえ黙れ」というマインドでいればいいわけだが…―――ガラハッドは、そこまで面の皮を厚くできなかった。

難しい顔をするガラハッドに、シザーリオはささやかに弁明をしておいた。あの御方は、今日は意識がはっきりしておられるんだよ、と。あの御方には、ヴェールをあげなさったとき、半分眠っているような様子のときと、万事につぶさに目を注いで、ちゃんと人らしく過ごされる日があるんだ、と。今日は後者で、これは久しぶりのことなのだ―――と、シザーリオはガラハッドに囁き続けた。きっと、彼ならば彼女を理解できる気がするからだ。

 

 

「 久しぶり?人らしくって? 」

 

 

ガラハッドは、ぽかんとしてシザーリオの顔を覗きこんだ。その途端だ。シザーリオは、内臓がキュッと絞られた気がして、鼻の奥のほうがツンとしてきた。

 

シザーリオ・ド・ボーモンは知っている―――男は、それがいい男であればあるほど、彼に献身する女なんかよりも、互いに百個でも文句を言える、実力伯仲の男のほうを大事にする。男は、男の意見や痛みだけを真っ当に受け止めたり、選択の自由を尊重したり、真に尊敬したり信じたりする。

 

シザーリオはふと我慢できなくなった。彼(彼女?)は、先日あの贋ムーディーに寄越された高慢な品評づらを思い出すと、あの時は我慢したぶん虫唾が走る。フッと口の端をつり上げて、またガラハッドに耳打ちをした。

 

 

「 …どうして、直接教えてくれなかったんだい? 」

 

「 何を? 」

 

「 水臭いやつ。この期に及んで、意味もなくシラを切るな。キミは、本当は“例のあの人”の息子なんだろう?ボクら、将来結婚するんだから、協力し合って当然で…。言ったろ?本当の血はどうだっていいって。ボクら、そんな話だってしてきたじゃないか。それなのに、キミは… 」

 

 

ガラハッドは首筋がぞわぞわした。

不意に、シザーリオに首筋を咬まれそうな気がして、ガラハッドは手でそこを庇った。脈拍を感じる。それもやばい心拍数で。ガラハッドは焦りを感じすぎて、変にへらへらと笑ってしまった。

シザーリオはじっとりとガラハッドを睨んだ。

 

 

「 なに笑ってんだい?あのさ、ボクは怒ってるんだよな。キミ、ボクを虚仮にしていないっていうのなら、あの駒を潰して見せてくれよ。ボクはキミを助けるけれどさ、あいつのケツまで持ってやる筋合いはないと感じてるね 」

 

 

シザーリオはそれきり囁きをやめた。

ガラハッドは、「あいつ」とは誰のことかわからなかったが、不機嫌で無表情なシザーリオのことを見て、やはりこいつは、男ではなく男装の女だなと感じた。それも、オスカー・ワイルドの戯曲サロメのような、強烈に怖い部分を持つ女だな、と。

それは、完全に直感も直感だったが、そう外れてはいない予想である。

近頃マリエッタに鍛えられて、ガラハッド・オリバンダーは妙な能力を高めていた―――それは、いうなれば、“地雷探知能力”のような嗅覚だ。“探知”であって“回避”ではないので、別に“あって嬉しい能力”ではない。

ガラハッドは目頭を抑えた。

シザーリオは懐中時計を見た。

じっと俯いているガラハッドに、シザーリオは「待ってろ」と呟いて隠れ場を出て行った。

 

 

 

 

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