神様、仏様、俺はどうして、普通の女の子には縁がないんですか。
凄い美形でも聖女でも才女でもなくていいです。
俺は、刺激よりも癒しがほしいです…。
シザーリオに“例のあの人の息子”と呼ばれて、ガラハッドは否定するタイミングを逃した。一度それを逃してしまうと、このアウェイの地で、「あのう、さっきの話だけど」と切り出す隙なんてなかった。
五分後、ガラハッドはシザーリオに内側から手引きされて一台の馬車にあがりこみ、問答無用で素早く引っ立てられた結果、とある部屋へと放り込まれていた。
シザーリオは、ここでまた「待っていろ」と言って奥の間に向かったのだが、ここは、転生以来見たことのないタイプの間取りの部屋なので、ガラハッドは具体的にどこに控えているべきかわからなかった。
複雑な口上が聞こえる。
ガラハッドは、慌てつつも冷静に考えた結果、和室の文脈で理解して、自主的に子坊主のポジションに膝をついた―――そこは、通常置物を飾る位置だったのであるが。
ガラハッドはそわそわして周りを見回した。
彼の見たところ、この部屋の壁の一面は天井から足元まである大きな窓が並んでいて、まるで縁側向きの奥座敷のようだ。ここでは、廊下と部屋の間には障子がなく、卓袱台の位置には円卓がある。15畳くらいで、王侯が使うにしてはこじんまりとしている。床の間の位置には、非常に大きな鏡がある。それは、天井からつるされたシャンデリアの灯を反射しており、室内を非常に明るくしていた。
またこの部屋は、床の間の左右に襖を持つ代わりに、赤大理石の暖炉を二つ備えていた。鏡を縁取る装飾といい、暖炉の上と横の絵画配置といい、この部屋の構成は、完全なる左右対称だった。
絵画は、どれも無害な風景画で…―――ガラハッドはそれを有難く感じた。
ここは、以前に謁見した空間よりも、ずっとずっと、ずっと良いところだな。
なんせ前の場所は、壁にも天井に隙間なく神話や聖書の出来事を上演する“魔法の絵”が詰めこまれていて、部屋の四隅の柱のうえには、古代の
あれらのインパクトが強すぎて、ガラハッドはアンナ・ショシャーナの顔つきをよく覚えていない。
今、こんな心理状態でまたあの部屋にぶち込まれたら、ガラハッドは震えて叫び出す自信がある。
最低限の観察を終えると、ガラハッドは俯いて無茶苦茶歯軋りをした。
( うううドラコとシザーリオは、いつから裏で繋がっていたんだ!?ドラコは坊やだけど、シザーリオは察しているんだろうな。俺が、どうやって生まれたとされているか…あああ、クソッあいつは、“ファッション純血主義者”だから、ドラコとは根本的に違う! )
ガラハッドはぎゅっと顔を歪めた。
彼は、ひとつ勘違いをしていた。
ガラハッドは、シザーリオが「潰せ」と言った「あの駒」「あいつ」とは、ドラコ・マルフォイのことであり、彼がこちらの出生について、シザーリオに話したのだと解釈した。
マッドアイ・ムーディーが贋物であることに、ガラハッドはまったく気づいていない―――気づいていないからこそ、ガラハッドは彼のことを虚仮脅し野郎だと思っている。クラウチJrを顎で使い、シザーリオに差し向けて女扱いさせた自覚など、ガラハッドにあるわけがなかった。
ガラハッドは大真面目に呻吟した。
( シザーリオとドラコは、そりゃあ気が合わないよな。どっちも貴族だから、表面上はまあまあ穏やかだが… )
ガラハッドは、憂いたが迷ってなどいなかった。
潰せだって?とんでもないな!?
告げ口して、ちょっと足を引っ張る程度ではないのなら、ガラハッドはシザーリオよりドラコの味方をするつもりだ。
ガラハッドが感じるに、本邦の“田舎純血主義者”は、ある面では非常に倫理的である。なぜなら、彼らは「マグルなんて魔法でいくらでも従わせられるから」と、マグルの男女を漁る魔女と魔法使いを蔑んでいる。
事実はどうだかわからないが、魔法界で一般的な考えによると、「マグル生まれの子供」とは、「どこかの負け組魔法使いが間抜け女で遊び、孕ませて間抜け男にふっかけた結果」に他ならない。それを「穢い」と評する英国の純血主義者は、誰かさんのように薄っぺらい反差別を語る連中よりもずっと、素行にいかがわしいところがない。
彼ら彼女らは、愛と支配欲とをシビアに峻別している。
ガラハッドは、「ドラコはまさにそれだ」と信じていた。
彼らは、相手と対等に愛し合うことにこだわり、歪んだ男女関係を毛嫌いするからこそ、どうあれ力の差がある異種婚に対しても、「あれは人間のやることじゃない」とか、「そういう夫婦の子は、人間的な家庭で育っていない」と主張する。
もちろん、それは同意しかねることだが…―――まあ要するに、彼らは、道徳的潔癖から“ケガレ意識”を生じさせ、度を超えて他者を排斥すること以外では、非常にまともな人間なのだ。
根が真っ当ならば、いつか悪癖はなおるだろう。
ガラハッドはそのように信じている。
時が止まってほしいときほど、時間は容赦なく過ぎ去る。
奥の扉が開いたので、ガラハッドは考え事をやめた。
滑るような歩き方で幽霊のように、アンナ・ショシャーナ大公妃がこの部屋にやってきた。ガラハッドは、それに気づいても顔をあげずに、花々の曼陀羅のような絨毯に、ドレスローブの裾が揺れるのだけをじっと見ていた。
目上の者から声をかけねば、跪く側は“生きている飾り”だ。
シザーリオは大公妃の背後に従い、はたして殿下は何を言い出すやらと案じていた。母国の宮殿内で、この姫様は散々“挨拶の事件”を起こしていたりする。
アンナ・ショシャーナは口を開いた。
「 ホグワーツは今日も賑わしいこと 」
シザーリオはコホンと咳払いをした。
無邪気で仕方ない大公妃様は、夜のホグワーツ城を眺めることに夢中で、にこにこと窓のほうしか見ていやしなかった。
シザーリオが何度か噎せこんだところ、アンナ・ショシャーナはガラハッドの存在に気がついた。
「 あれ、あれ、そのようなところに。おかしな者。椅子を使えばよいのに―――それとも、そのほうが落ち着くのかえ? 」
アンナ・ショシャーナは扇を立てて言った。
「 構わぬぞ。そなた、昔の日本人じゃものな。このトリアノン宮では好きにせい 」
ガラハッドは、ぽかんとして子供のように顔をあげた。
彼はアンナ・ショシャーナをまじまじと見つめた。
彼女は、今日はヴェールを外しているどころか、ヴェール付きの帽子を組み入れた、構造の理解に困る髪型をしていなかった。彼女は、昔のマリエッタのように髪をひっつめてお団子にした、ごく普通の、顔立ちの説明に困るような魔女だった。彼女は、今はボーバトンの特別な制服ではなく、なんだかパンのような色味のドレスローブを着ている。それは、よく見ると非常に手の込んだ上質な服なのだが、西洋扇を扱っていてなお、彼女を穏やかで親しみやすい人物に見せた。
ガラハッドはぼけーっと黙っていた。
シザーリオが厳しい声でガラハッドに言った。
「 無礼者!畏れ多くも大公妃殿下が… 」
「 ふふふ、今の台詞!よいのぅ、そのボイスは久々に聞いた 」
アンナ・ショシャーナはにっこりした。
くるっとその場で回転して、彼女はドレスを着ている感覚を楽しんだ。これは、審神者であるときには得られない楽しみなので。
シザーリオは黙りこんで、「今の、どう思う?」という表情をしてガラハッドのことを見つめた。
ガラハッドは意味がわからなかった。
視線を交わし合う近衛と来客に、アンナ・ショシャーナは「ふふふ」と扇を口にあてた。次に、彼女は扇を振ってこう言った。
「 オスカル!オスカルといえば、やはり白いドレスぞ。ビザンツ風の。わらわは、あれを生で見てみとうなった。顔カプ厨、ばんざーい。ほほほ、誰にも文句は言わせぬわ。2.5次元は栄養じゃ 」
ガラハッドは意味がわからなかった。(二回目)
たぶん、シザーリオも意味がわかっていないんだと、ガラハッドは彼女の顔つきから察した。慣れきった様子で礼を言うシザーリオは、まるで人形のような明るい無表情だ。さっき怖いと感じたので、今もどこか不気味な感じがした。
突然、大公妃は奇行の方向性を変えた。
「 はて、暇がある。今日は、そなたにコメントをやろうか 」
アンナ・ショシャーナはパッと扇を広げた。
芸人か?日舞の師範みたいに、それは一瞬の芸当だった。
ガラハッドはただただ目を丸くしていた。
「 そのほう。オリーブの杖のガラハッドよ。おぬしは、ほんに素行が悪くて仕方ないのう?『負けヒロインを生み出さぬ心意気や、よし』とわらわは思うておるが―――されど、なにとのう、近頃の振舞いは目に余るぞ 」
と、大公妃は揶揄うように言った。
ひとりの人間らしかったのは、その瞬間までのことであった。
すぅ…っと奇妙な息の吸い方をして、アンナ・ショシャーナ大公妃は、またあの不思議で崇高な顔つきになった。
ガラハッド・オリバンダーは震撼した。眠るかのように目を閉じたのに、今夢を見終えたかのように、アンナ・ショシャーナはとても威厳ある顔をした。
ガラハッドはずっと目を開けていたのに、彼女が変身した瞬間がわからなかった。
いつのまにか、さっきとは別人ではないか…?
きっと、彼女は一瞬一秒も同一ではなく、一分前とは違う顔立ちをしているのだ。
目をひらいて、残酷な女神の顔つきになって、大魔女アンナ・ショシャーナ・アスタルテは、深く低く短くこう告げた。
「 オリーブの杖のガラハッド。おぬし、痛い目に遭え 」
りん…
鈴が鳴ったような気がした。
気がつくと、ガラハッドはじっとりと汗をかいていた。
寒かった場所と同じ服装で、暖炉がふたつもある部屋にいるからか―――それとは、違う要因に依るものなのか―――ガラハッドは冷静に分析することができず、俯いて手で顎を抑え込んで、何故か奥歯がカチカチ鳴ってしまうのを止めた。
たましいを鷲掴みにされて、後ろに引っ張られたような感じ…。
突然、アンナ・ショシャーナはけろりとまた元の声に戻った。
「 ときに、この世界ではセドリックは死ぬのかえ? 」
「 えっ 」
ガラハッドはがばっと顔を上げた。
「 死ぬ?えっ、死ぬんですか、セドリックが? 」
「 どうであろう?わらわは、それが気になって仕方ない。これは救済夢なのかえ? 」
「 救済夢、とは 」
「 悪い夢ならば見たくない 」
アンナ・ショシャーナは心配そうに言った。
シザーリオは、固唾を呑んでやりとりを聞くに徹していた。
会話は英語になっている。不思議な調整力が働いて、大公妃はどんな言語でも駆使できるのだという。ガラハッドもそういう人種なのだと、シザーリオは初対面から見なしていた。
大公妃と卿はふたりとも、“ハロウィンの夜に生まれた子”たちだ。
魔術的怪物たちに挟まれて、シザーリオは深淵を覗く心地だ―――…危険を直感しているのに、そうしないではいられない。
ガラハッドは、血がサーッと逆流するように感じていた。
「 そ…それは神託?っていう理解でいいんですかね? 」
ガラハッドは混乱し続けた。
心臓はずっと暴れており、汗がひいていかなかった。
ガラハッドはしばらく考えこんでから言った。
「 …それ、セドリックが死ぬかどうか。そのことは、過去・現在・未来を見通す殿下にもわからないことなんですか?それって、おかしくありませんか? 」
ガラハッドは意味がわからなかった。(三回目)
ううーん、久々だなこの混乱!?
知識のうえでの話だが、ガラハッドは、宇宙が単線でないことは理解していた。六大無碍にして常に瑜伽なり、四種曼荼は各々離れず、三密加持すれば速疾に顕れ、重重帝網なるを即身と名づく。と、いうことはつまり…?
「 …えーっと現時点で殿下には、現在時間の並行世界と、現在と接続しうる因果の、複数の過去と未来が視えていらっしゃるという意味ですか?それらは、網の目のように接続しあっていると。近々分岐があるということですか? 」
「 大元はふたつのパターンがある 」
アンナ・ショシャーナはVサインをした。
「 if時空では、セドリックは死喰い人になっておる 」
「 彼はそんな人物ではないですよ 」
ガラハッドは夢中になって言った。
「 殿下!ひとつ確認してもよろしいですか?どうか、あなたさまによる“死の定義”を、まずは詳細にご教示くださいませんか?修験によって生きながら死に変わって、劇的に人が変わるという意味なら…僕だって、もう何度も死んだような気がします 」
「 死は死じゃ。わらわは、難しいことはあまり好かぬ。わらわは、オリーブの杖のややこしいところは、雰囲気で読んでいるにすぎぬぞ 」
「 やはり!読む!あなたは、いま読むとおっしゃった! 」
ガラハッドはぴしゃっと膝を叩いた。
特定の語に反応するドビーのように、ガラハッドは金切り声をあげた。
「 殿下!あなたは、やはり僕たちを読んでおられる!僕もです!僕も、『死者の書』を戦地にまで… 」
「 うーん、うるさい。『死者の書』といえばだ。わらわは、それを、てっきりピラミッドの内側に描いてあるものかと思った 」
「 あっ、はい 」
「 わらわは、日本のほうの『死者の書』のイメージが浮かばぬ。それゆえ、視ていても“そなたの世界”のどこがどうそれらしいのかわからぬ。そなたは、少々マニアックすぎると思うぞ。どうだ、せめて教科書に載っているものを扱うのは 」
「 ―――… 」
ガラハッドは返事ができなかった。
急に更新の止まったボケに、アンナ・ショシャーナは不機嫌に言い放った。
「 もうよい。ボーモン、こやつを摘まみだせ 」
アンナ・ショシャーナはガラハッドを見なくなった。
ガラハッドは失望を感じた。
中将姫が織りあげて、地を包み天に昇るもののように思ったのに…―――金の曼陀羅に似た絨毯を、ガラハッドは呆然として見つめおろした。
気がつくとガラハッドは、またホグワーツ城の水路際にいて、シザーリオに正面からハグされていた。彼女は、こちらの背中をぱんぱんと叩くと、ハグを解いて肩を揺すってきて、「めげるな」と熱っぽく小声で言った。
「 大丈夫だ。必ず“次”はあるよ 」
ガラハッドはそれにハッとさせられた。
シザーリオは急いで馬車に戻っていった。
ボーバトンの馬車群同様に、ホグワーツ城は眠りつつある。暗い部屋が増えたのに伴い、来た時より水面の反射光は弱くなっていた。きらきらと光る水路を眺めて、ガラハッドは重い倦怠感を覚えた。
嗚呼ごめんなアラベール。
自分が、大公妃に頼って得たかったものは、厚かましいほどの現世利益。彼の息子として生きるうえでの、お得な特典や特権である筈だったのに…。
彼女は、とてもたくさんの生を経験したと聞いているのに、「一度として日本人だったことはない」と察せられただけで、こんなにも冷めきって、突き放された気分になるだなんて…。
ガラハッドは深く自嘲した。
来た道を逆に辿っていると、手には冷たい石壁の感触。耳には水音、鼻にはそれらの臭いたち。全身には、この真っ黒い夜のなかに、更に冷え圧するものが澱んで、骨の節々をくじかせるような、疼くような寒さが感じられて…―――吐く息の銀に揺蕩うのが、我ながらおどろおどろしいではないか。
ああ俺は、今でもどこかの日本人に、死に際と後世を気にされたがっているよ。
こちとら今世は英国人で、「英霊」っていう呼び方はギャグみたいなのにな。
やっぱり、最期に読んだ小説の主人公と同じだ。
自分は、自分を救ってくれそうな人の存在を知ると、これからも飽かず惹かれてしまうんだろう。傍から見ればその恋は、おぞましい怨霊の祟りなのに。
でも大丈夫、あの小説は、出来すぎなほどのハッピーエンドだったよ。