ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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走れメロスの謎

 

ガラハッドは嘆息した。必ず、かの聞き分けのない犬を除かなければならぬと決意した。

ガラハッドにはシリウスの考えがわからぬ。シリウスは、指名手配中の脱獄犯である。応援席で指笛を吹いて、飛び跳ねて手を振ってよい身分ではない。

彼は追っ手に対しては、人一倍に敏感ではあるのだが、未明、これより友の家を抜け出して、野を越え山越えるという。またホグスミードの岩山を拠点にして、ホグワーツに来るのだと思われる。

シリウスには父も、母も無い。女房も無い。十四の、跳ねっかえりの親友の子を溺愛している。

この少年は、三大魔法学校対抗試合の選手として、近々、第二の課題へと挑むことになっていた。

シリウスは、「君の目を盗んでみせよう。わたしは、今度こそ彼を見守る」と、臆面もなく手紙を締めくくっていた。ガラハッドは読み終えた手紙を仕舞いこみながら、シリウス・ブラックという人に対して、ほとほと深い諦めを感じた。

 

 

( 駄目だ。この人の軽率さは直らない )

 

 

案の定、その日のうちに次の手紙が来た。「紐で繋いでおくべきだった」と、リーマス・ルーピンは書き殴っていた。それでも彼という人は、旧友への便宜を懇請して筆を置いていた。

 

そんな二月下旬であった。

課題当日の前夜になって、ガラハッドは第二の課題の内容を仔細まで知った。「悪いとは思うのですけれども」と前置きして、マクゴナガル先生はガラハッドに通達をした。

 

 

「 チャンはディゴリー選手の。グレンジャーは、クラム選手のパートナーだと知っているでしょう?この二名は、明日水中人たちにその身柄を預けて、選手たちが救い出すべき者にしますから、彼女たちの欠員補充を、今夜のうちに見繕ってきてください 」

 

「 なっ… 」

 

「 あなたを信頼しています 」

 

 

マクゴナガル先生は忙しかった。彼女は、ガラハッドを見つめて顎を引き、若い娘には宿らない、高貴な色気のある口ぶりで訴えた。

 

 

「 オリバンダー、このことはどうか内密に。そのときが来るまで、あなたは、何も知らない顔をしてください 」

 

 

ガラハッドは蒼褪めて頷く他なかった。

その夜、ガラハッドは眠れなかった。

胸を掻き乱される要因が多くて、ガラハッドはひとつを考えぬけなかった。彼は落ち着いていられず、岩窟までシリウスに釘を刺しにいった。

 

 

「 どうせすべては水のなかですから、敢えて危険を冒したって見守れやしないでしょう 」

 

 

シリウスはまったく悪びれなかった。

 

 

「 その情報を得ただけで、わたしは戻って来た甲斐があるね。君は、尋ねたって手紙ではそれを書きやしなかっただろう? 」

 

「 当然 」

 

「 ムーニーはなかなか苦労していた 」

 

 

シリウスは溜息を漏らした。ホットミルクで乾杯して、ガラハッドは恩師の近況を聞いた。ふたりでひとつの腕時計を見て、彼らは針が十二時を回る瞬間を迎えた。

 

第二の課題の当日がやってきた。

 

同じころ、誰もいなくなったグリフィンドール談話室で、ハリー・ポッターも絶望して癖毛を掻きむしっていた。ただ一匹、不在の主人を待っている猫だけが、ハリーに付き合って夜更かしをしていた。

 

 

( ヤバい!ヤバい!ヤバい! )

 

 

ハリーは絶望した。必ず、かの湖のほとりで明日の自分は、打つ手なくぼさっと立ち尽くし、観衆の嘲笑を浴びるのだと想像した。

ハリーには水中の過ごし方がわからぬ。ハリーは、階段下の物置をあてがわれてきた子供である。従兄弟のダドリーと違って、スイミングスクールに通って手足をジタバタさせ、「デブは浮かぶ」というジンクスを実現したことはない。

彼は邪悪に対しては、人一倍に敏感な少年だったが、宿題を溜めこむ性質を持っており、年々ギリギリを極める者となっていた。彼はいつだって計画のまずさを、土壇場に強いことによってなんとかしてきた。どんなピンチのときだって、最後まで諦めたりしないのが信条だ。

 

ハリーは、借りてきた本をすべて調べ終えると、クルックシャンクスには構わず立ち上がり、猛然と寝室まで駆け上がった。透明マントをひっつかんで、彼は夜のホグワーツへと飛び出して行った。

ハリーは杖明かりを頼りに、図書室で秘かに徹夜しようとした。どんな呪文だっていいから、水中で過ごす方法を得ようとしたのだ。

 

その結果、どういうことになったか。

九時間後。ハリーは、まばゆい陽射しに照らされてなお、ドビーに揺すり起こされるまで、本にほっぺたをくっつけて爆睡していた。

 

このとき、時刻は九時二十分。

 

同時刻、ガラハッドは腕時計から顔をあげた。彼は、城から見て湖の反対側に築いた観戦スタンドの入り口で、はらはらと気を揉んで四方を見回した。

会場は準備万端だった。大観衆の興奮したガヤガヤ声が、雨のように湖面へ降り注いでいた。

ガラハッドは、急遽スタッフに欠員が出たぶんは自分が三倍働き、予定時刻までに生徒誘導を間に合わせたのだが、肝心の選手が揃わないので、この場合どうするのだろうかと思っていた。

バグマンは来ていたが、クラウチはまた欠席だった。代理のパーシーが統括となることはあるまい。

ハリーを待つか、もう杖調べの儀式を始めてしまうのか、判断して指揮を執るのは誰なのだろう…ガラハッドはマクゴナガル先生をうかがい、マクゴナガル先生はダンブルドア校長の顔色を見た。審査員席にて、ダンブルドアは他の二校長と同じように、さも客の一人のような顔をしていた。

 

ガラハッドは再び腕時計を見た。動揺が顔に出でているのだろうか。ガラハッドは、フラーとクラム共々一列に並んでいるセドリックから、そっと真っ直ぐに近づいてこられた。

大観衆に注目されながら、ガラハッドとセドリックは短い会話を交わした。

 

 

「 聞いて。頼む、聞いてくれ 」

 

 

セドリックは苦い声で言った。

ガラハッドは鋭く首を振った。

 

 

「 聞かない。君は、競技に集中するべきだ 」

 

 

セドリックは声が出なくなった。

それきり会話は終了した。

セドリックは元の場所に戻って並んだ。

 

今のは、互いの立場やこの状況からいって、「ちょっといい?ハリーは、何故来ないんだ?」「わからない。いま人をやって探させている」というような会話だったと、見る者に自然と想像させた。セドリックの表情は暗かったが、誰もそのことを不思議に思わなかった。選手たちは今すぐにでもスタートを切りたいはずだと、スタンドに詰め込まれた観衆たちは信じていた。

 

今日の湖の中央には、一本の柱が水面から突き出ている。それには、水草でできた縄によって、意識のない人質たちがくくりつけられていた。

彼女たちは生贄のように見えた。水中には黒い影が踊り、スタンドの生徒たちを震えあがらせた。ぐったりと吊るされている者たちのうち、こちら側の岸から見えているのは三人であった。彼女たちは、それぞれ特徴的な髪を持っており、俯いてうなじを晒しながら、ゆらゆらと長髪を靡かせるだけで、遠目からでも誰であるかわかった。

艷やかな黒髪はチョウ・チャン、ふわふわと広がっている栗毛は、ハーマイオニー・グレンジャーだ。あと一人はプラチナブロンドの持ち主で、誰にでもフラーの身内だとわかった。フラーは、さっきから湖上を指差して、広い湖面を揺らすほど文句を言っていた。

 

 

「 ガブリエール、ガブリエール!どおーして!あのーこは、とても若いでーす!あのーこは、フランスにいたあずでーす!だーれが、あの子、あそこ、売りまーしたか?わたーし、そのいと、許せませーん!―――誰よ、誰よ、出てきなさいよ、恥知らず!こんなの、ボーバトンのなかに“協力者”がいるに決まってるじゃない!あんたたち、どいつも度胸がないのね! 」

 

 

九時二十二分になった。

ギャリックが「やれ」と言い放った。

ガラハッドは開会の鐘を鳴らした。

マクゴナガル先生はショックを受けたが、バグマンによって慰められた。

 

 

「 なあに、こんなのは、杖職人たちの“出し物”じゃありませんか 」

 

 

つまりバグマンが言いたいのは、「まだハリーは脱落していないし、魔法ゲーム・スポーツ部部長である自分が、脱落などさせない」ということだった。儀式のほうはともかく、競技の開始を宣言するのは、間違いなくバグマンの役割であった。

 

 

「 我が杖によって戦う者よ、前へ 」

 

 

マイキュー・グレゴロビッチは重々しく告げた。

ガラハッドはバグマンに命じられて、急いでハリーを探しに行かされた。当然の指示ではあったが、なんだか面白くない手の振り方だ。とはいえ、それに憤慨していられる場合でもないので、ガラハッドは鷲に変身してホグワーツ城へと向かった。

ハリーは出場を辞退するのか?

ガラハッドはそうは思わなかった。

ほら、案の定ただの遅刻だ。

ガラハッドは、玄関からハリーが飛び出してきたのをみつけて、八階の高さの校庭で急旋回した。グリフィンドール寮の窓を目指すことをやめて、ハリーを追いかけて追い抜くことにしたのだ。見下ろすと、ハリーはやけに膨らんだ鞄を肩にかけており、もだもだと手足を振り回して急いでいた。半端に開いた鞄は、一部が欠けているように見えて、なかの透明マントが飛び出しているのだとわかった。ガラハッドはハリーの行く手に降り立つと、ただちに翼を腕と手に変えて並走し、味方のチェイサー同士かのように叫んだ。

 

 

「 それ、要るか?パス!ハリー、そいつを寄越せ! 」

 

 

ハリーは走りながら腕を回した。ぐいっと鞄の肩ベルトを外して、駅伝の襷のようにガラハッドへ。言わずとも加速していくと知りながら、ガラハッドはハリーに声をかけた。

 

 

「 走れハリー!走れ! 」

 

 

ハリーは黒い疾風のようになった。

 

縄を打たれた人質たちは、徐々に水底へとおろされていく。

息せき切って湖畔へと至ったとき、ハリーは、たしかにはっきりと目撃した。既に沈んでしまい、長い髪だけが浮き上がって揺蕩っているのに混じって、のっぽのロンの赤毛頭も、たったいま水底に消えていった。ハリーは走って湖を回り込むと、代表選手たちの列へと突進した。

 

間に合った。ハリーは、ギャリックから杖で肩を叩かれる機会こそ逃したが、バグマンから大いに歓迎された。

 

ガラハッドは走って会場に戻らず、校庭の窪地で立ち止まって、その場所でスタートのホイッスルを聞いた。人目につくところに戻る前に、ハリーの鞄のなかを整理してやるためだった。ほんの数秒のことだったが、ガラハッドは、ちゃんと鞄の口を閉じるために、中から一旦透明マントを取り出して、手探りで広げて角と角を合わせ、ピンと布を張って半分に折るのを繰り返した。それゆえガラハッドは、指揮者がオーケストラを率いるような動きで、徒手空拳の魔法により、胸から下をめらめらと出現させた―――と、いうふうに“目撃者たち”からは思われた。

 

さて、“目撃者”とは誰か?

彼らは、慌てて湖岸の灌木の茂みにまた飛び込んで、不要領にガサガサと音を立てた。

 

ガラハッドは振り返って灌木を見た。「犬の侵入」が念頭にあるガラハッドは、視界を掠めていった影―――今しがた、茂みから飛び出してきてすぐに隠れた影のことを、ハリーを見守りにやって来て、ちょっと挨拶をして見せたシリウスだと思った。

ガラハッドは呆れてつい呻いた。

 

 

「 うーわ、あんなに言ったのに。やっぱり来ちゃったのかよ…。いいよ、もう、そのまま隠れてるといい。もちろん、見るだけ見たら帰りますよね? 」

 

 

アルバスとスコーピウスは震撼した。カチッと鞄の金具を鳴らして、“若き日のオリバンダー先生”はこちらに近づいてくる!?彼は、すぐそこの湖岸に立って試合状況を眺め始めて、僕たちがセドリックを狙えないようにした。彼は既に彼であった。完全に背中を向けられていても、到底出し抜けるとは思えなかった。

 

そのとき、ハリー・ポッターはやっと呑み込めた(・・・・・)

三十六の身の上には、それはとても内的な体験であるのだが、十四の少年としてのその体験は、鰓 昆 布 に よ る 変 身 の は じ ま り である。

彼は、その瞬間までは湖の氷水のことを、あまりに冷たすぎるために、凶暴な炎のように感じていた。それは、じりじりと肌を焼き焦がして、どんどん全身の感覚を奪う。やがては呼吸が出来なくなり、虚空には祈念だけがのこる。

幾度か鰓をぱくぱくさせて、ハリーは頭から水へ飛び込んだ。

 

ハリーは、友達を助け出したい一心で、懸命に走っているつもりで泳いで、薄暗い湖のなかを急いだ。水魔と戦い、マートルの助言を受けた。ハリーを最も苦しめたのは、ついに発見した人質たちを縛っている、太くてぬるぬるのロープだった。

途中、ハリーは時間を知ろうとした。

水の中で、彼の腕時計は止まっていた。

 

そのとき、水の上ではバグマンが、「スタートから二十五分経過」と放送を入れていた。千人を超えるスタンドの観衆は、フラーと水魔たちの戦いに釘付けになっていた。

多勢に無勢だった。

フラーは、一度湖面から顔を出したことで、“泡頭呪文”の効果を失ってしまい、却って苦戦することになった。両足、それに腰も掴まれて、フラーは水底に引きずりこまれ、水を飲んで呪文を放てなくなった。彼女はごぼごぼと沈んでいき、スタンドには悲鳴と嘲笑が入り乱れた。

 

 

「 フラー!フラー!審判は!?レスキュー!こんなの死んじまう! 」

 

 

ロジャーは杖を取り出した。

そのとき、水中から光が発された。

約束通りに水中人が、競技継続ができなくなった選手を確保して、それを示す信号を打ちあげたのである。マダム・ポンフリーはざぶざぶと湖に駆け込み、フラー・デラクールを死なせまいとした。マダムは、岸に寄って来た水中人たちの容貌にも怯まなければ、意識のないフラーを叩くことも躊躇わなかった。ごぼっぐはっと水を吐き出して、フラーはゼエゼエと弱い呼吸をした。

 

 

「 デイビース、そこを退きなさい! 」

 

 

マダム・ポンフリーは杖を振ってフラーを浮かせて運んだ。

スコーピウスは大きく息を呑んだ。彼は、初めて“ガラハッド・オリバンダーの変身”を目撃した。

ガラハッドは何かできないかと思って、離れて見物していることをやめて、大急ぎで湖を渡って救護テントの近くまで行ったが、ロジャー共々何も期待されていなかった。

スタンドの興奮は止まなかった。

ガラハッドは、次はセドリックとチョウがあがってきたとテントの中に向けて叫び、忙しいマダムをイライラさせた。続いてクラム・ハーマイオニーペアが水から上がってきて、ゴールラッシュは救護ラッシュだった。生徒たちを乾かし、彼ら彼女らに毛布を配りながら、「全員低体温症です!」と、マダム・ポンフリーはぷりぷり文句を言いまくった。

 

 

「 どなた、こんな競技を設定したのは?魔法省の偉い方は、ホグワーツに癒者が何人いるとお思いなのかしらね 」

 

 

バグマンはクラウチのせいにした。

パーシーはどうやら本気で、自身の果たすべき職務とは、クラウチのために用意された椅子を尻で温めることだと思っているらしかった。ガラハッドは何かをしていたくて叫んだ。

 

 

「 マダム、僕にでも出来るような作業はありますか!? 」

 

 

ガラハッドはババを引き当てた。マダム・ポンフリーは、体温をあげるための湯薬を処方すると、それの配給をガラハッドに任せて、自分はフラー・デラクールの手当へと戻った。

ガラハッドは、たった今偉業を成し遂げた選手たちと、そのパートナーたちに声をかけて回る羽目になった―――薬を飲んで耳から湯気を出さなくったって、どちらのカップルも熱々のご様子であるのに。

ガラハッドは、指の隙に四つゴブレットを引っ掛けて、もう片方の手にはヤカンを持つ妖怪となった。

 

 

「 ありがとうセドリック。あなたって、世界で一番のヒーローだわ…! 」

 

 

チョウは感動に震えながら言った。

彼女にキラキラした目で見つめられて、セドリックは蒼白い顔をしていたが、ガラハッドの観察するところ、じゅうぶんニコニコして嬉しそうだった。トップでゴールした喜びか、チョウに讃えられての喜びかは定かでない―――ガラハッドは黙って給仕役に徹した。

 

ガラハッドは、セドリックが無事で嬉しかった。

本当だ。ここには、憂うことなんて何もない。

セドリックは、妨害に負けず一位で帰還した。こんなに完璧に課題をやり遂げるなんて、改めて敬意を抱くなというほうが無茶である。

セドリックにじっと見つめられたので、ガラハッドはちゃんと「おめでとう」と言った。讃えたし、心底彼の努力を労った。

だが、それとこれとは別である。

ガラハッドは、チョウが現在こんな調子になっているのは、完全にセドリックの素行に原因があるなと感じていた。

笑顔でゴブレットを差し出してやる―――「お前、何がしたいんだよ?」と思いながらも、ガラハッドは顔色を変えなかった―――セドリック、こいつは、「こんなのとても気まずいです」という顔でチラチラとこっちを見てくるくらいなら、さっきチョウを水からあげたときに、姫抱っこで運ぶべきなんかではなかった。セドリック・ディゴリーにそんなことをされて、もっと好きにならない女の子なんかいないのだから。

ニコニコするチョウに罪はない。

ガラハッドは、そういえばこんなにご機嫌なチョウの顔を、近頃は見ていなかったなあと思い至った。それは、きっと自分の振る舞いのせいだ。下手に動揺してしまう前に、ガラハッドはクラムとハーマイオニーのところへと行った。

 

 

「 こんな気持ぢになっだことはない… 」

 

 

クソ。はいはいクソ。

死ぬほど格好つけた口ぶりで、クラムは渾身の告白中だった。ガラハッドがすぐ近くまで行っても、勝利の興奮に酔っているクラムは、ハーマイオニーを口説くことをやめなかった。

それどころか、クラムは嘲るような目つきで、地味な雑用係をやっているガラハッドのことを見た。ガラハッドは、ゴブレットに湯薬を注ぎながら、クラムに頭からこれをぶっかけてやろうかと思った。

クラムはハーマイオニーをブルガリアに誘った。

当然、レディーファーストであるので、ガラハッドはハーマイオニーに先に湯薬を渡して言った。

 

 

「 おつかれ。君、髪にゲンゴロウがついてるよ 」

 

 

ガラハッドはそれを取ってやった。

ハーマイオニーは照れに照れきって、実にどうでもいい知識を披露した。

 

 

「 あら、あなた、それ、コガネムシだわ。ゲンゴロウはね、ふふふ、側面のところが黄色いの 」

 

「 なるほど。うっかり。なんか水の中にいたならゲンゴロウかなあって 」

 

 

ふたりはにこにこと微笑み合った。

“弾指”もまた魔法である。ガラハッドは、密教の魔除けの所作によって、ビシッとコガネムシを弾き飛ばした。薬草学の観点から言うと、ゲンゴロウは益虫だが、コガネムシは害虫である。この時季からもう湧いているソレに、ガラハッドは素っ気なくあたったので…―――これにてリータ・スキーターは、激しく目を回して起き上がれなくなり、人間の姿に戻ったあとは、全身鞭打ちの症状に苦しんだ。

いい雰囲気だったところを茶化されて、クラムは思いっきりガラハッドのことを睨んだ。

 

 

「 (Sir)、あなた、何しに来ましだか? 」

 

「 マダム・ポンフリーが薬を煎じてね。どうぞ、おたくも温まるといい 」

 

「 要らない。ヴぉくは、決して寒くありません 」

 

「 凄〜い。タフでタフでたまらないな 」

 

 

ガラハッドはしゃあしゃあと冷やかしを言った。

ゴングが鳴った?否、鳴ったのはホイッスルだ。

「殴り合いの開始」ではなく、「競技時間終了」のお知らせがあった。

 

ガラハッド・クラム・ハーマイオニーの三人は、一斉に湖上へと身体ごと向き直った。そこでは、水中人たちが水面から顔を出していた。

その数は、総勢百人はくだらないだろう。彼らは、三々五々であちこちに顔を出したのだが、あるところでは二十人ほど固まっていた。

審査員席のすぐ近くだ。

そこの、緑の髪の輪のなかには、人質をふたり連れたハリーが、顎を突き上げるように立ち泳ぎして、プカプカぽかーんとして浮かんでいた。ガラハッドは目が点になった。ハリーは、ロンとふたりで女の子の手を引っ張り、その子を浮かばせて岸へ近づいてきた。

 

 

( ロン!?パーバティじゃなくて!? )

 

 

ガラハッドは、まじまじとハリーたちを見つめた。

マダム・ポンフリーが飛び出してきた。

彼女は、今到着した三人の世話を焼きはじめたことで、フラー・デラクールをノーマークにした。ゾンビのような様相になって、フラーは救護テントから出て行こうとした。

 

 

「 ガブリエール、ガブリエール! 」

 

「 フラー!出ちゃ駄目だ。ひどい、君、こんなところにも傷が 」

 

「 ロジャー!止めないで、邪魔しないで、わたし行かなくちゃ―――返して!たった一人の妹なのよ!! 」

 

 

ガラハッドたちは風見鶏のようになった。

凄い声が聞こえた救護テントのほうを見たり、突然ギャアギャアと言い出したダンブルドアのほうを見たり。一斉に右を見て左を見て、また右を見て固唾を呑んだ。救護テントの入り口で、フラーはロジャーに掴みかかっている。

フラーは、一旦後ずさって杖を取り出した。

ロジャーは必死で手を上にやった。

 

 

「 止せよ!やめろ、杖をおろせ! 」

 

「 どうして?妹が危ないのよ!?あんた男だっていうならば、こんな邪魔しないで、一緒にガブリエールを助けてよ! 」

 

「 もう競技は終わった 」

 

「 馬鹿なの?あの子死んじゃったら、わたしこのタイムロスを恨むから!点をとるためじゃなくて、家族を助けるために行くの!! 」

 

 

フラーは魔法を使わなかった。彼女は、突進してロジャーの腕を潜り抜けた。ロジャーは、フラーの突破を許した。

フラーは二三歩走りでると、地上にガブリエールの姿を見つけて泣き崩れた。フラーは妹を抱きしめに行き、マダム・ポンフリーはそれを黙認した。同じころ、ロンもパーシーに捕まっており、「放せよ!僕、何ともないんだから!」と喚いていた。

 

ダンブルドアは水中人との会話を終えた。

審査員団は秘密会議に入った。

気がつくと大騒ぎのスタンドの脇の日陰では、三人の杖職人が輪をつくって立っていた。ダームストラングの女教師は、ジトーッとした目で彼らを眺めている。秘密会議の予感がして、ガラハッドも三職人に混じりに行った。

マイキュー・グレゴロビッチが言った。

 

 

「 オリバンダーの。やってくれましたな 」

 

 

ギャリックがうっとりした微笑みで答えた。

 

 

「 ほんに、やられたわい。のう、マイスター、杖の術の道は、まだまだ面白いなあ?杖は、儂らの画策には乗らんのじゃなあ 」

 

 

アラベールは腕組みのままで言った。

 

 

「 しかし、ハリーとて水の中の行動では、必ず杖を使ったでしょうよ。背いたところで、彼とて…―――いえ勿論、彼は導かれているだけでしょうが… 」

 

「 いやはや、俄然長生きがしたくなってきた。オリバンダーの、わたしは、あの子がどこへ行くのか興味がありますぞ。ポッター家のハリー…彼は、決して傅かぬ徒歩王の再来かもしれん 」

 

 

グレゴロビッチはガラハッドに笑いかけた。

ガラハッドは、直後に「うちの孫は?」と親方に問いかけられて、場当たりに上を向いてスタンドを気にした。

 

 

「 おい。すまん、ったくこのボケが 」

 

 

ガラハッドはギャリックにひと睨みされた。

ガラハッドはただちに引き返して、改めて、日の当たる場所の明るさを感じて呆然とした。

もう朝という時間帯ではなくなり、灰色の湖面は反射光を増していた。それを寂しい背景にして、ロジャーは力なく佇んでいる。

バグマンは再び拡声呪文を使った。

目に映るものが強烈で、耳からの情報は抜け落ちてしまった。採点の結果を聞き流して、ガラハッドは“太宰治”を思い出した。

『走れメロス』だ。

ハリーは、まるで『走れメロス』の結末みたいに、群衆に歓呼されて王(のようなダンブルドア)に歩み寄られ、その勇気と道徳心とを讃えられている。「すべての人質を助けなきゃ」と思ったらしいことは、たしかに素晴らしく善良な発想である。

 

ガラハッドはふと疑問を抱いた。

彼は、あの話のオチにはモヤモヤを感じるのだ。

ガラハッドは、「ハリーは、もしや毛布の下いま全裸?」と推定して、刮目してフラーの行動を見守った。メロスは、何故か全裸(・・・・・)で刑場に突入してきて、全裸のまま友と熱く抱き合うはずだ―――その姿は、見ている者の羞恥を誘う。ハリーは、乙女から緋色のマントを捧げられるのではなく、両方の頬に二回ずつキスされていた。

フラーはロンにも同じようにした。

ガラハッドはじっくりロンのことも観察した。

極力、結論を早まりたくはなかったのだ。フラーから頬にキスしてもらって、ロンは人並みに舞い上がっているように見えた。

 

第二の課題は終わった。

 

ガラハッドは、愚痴のようなシンプルな驚きのような、とにかく、言いたいことは決まっていたので、とっとと観衆が失せ果てることを望み、杖を振ってどんどん片付けをした。彼は、別の作業を買ったロジャーと再合流するまでは、無駄口を叩く気分になれなかった。

 

前世の思い出に憑かれながら、ガラハッドはスタンドを解体していった。

…じわじわと記憶が溢れだしてきた。

『女の決闘』、それが表題作だったはずだ。

それは、森鴎外の翻訳作品そのままの題名だ…。

 

とある男を巡って、その妻と恋人が果たし状を交わし、森の中で拳銃決闘をするという話。太宰は、あの短編集の冒頭で、その作品の批評から始めて太宰節をぶん回す。時々解説を挿しはさみつつ、鴎外の二次創作をやっていくのだ。

太宰は、かの物語はきっと事実であり、巧みに誤魔化してあるものの、これこれの書き口がどうだと言って、原作者のナンタラという外国人のことを、「彼こそが決闘の原因となった男であるだろう」とする―――…いや、いいや、それは、うん。今は、どうでもいいことだ。

えーっと、何だっけ?俺は、何でこれを思い出したんだっけ!?

落ち着け。無駄に不吉な想像をするな俺…!

…あ、そうだ。太宰は、あの癖の強い二次創作小説のなかで、森鴎外とシェイクスピアを比べていたんだった。

俺は、先に『新ハムレット』を読んで気に入っていたから、「あの小説の作者が論じるのなら」と、そこのさわりだけを読んで、完全に油断して文庫本を買い上げた。それで、同時収録の他作品を読むことになって、選ばずして触れた『駆け込み訴え』が、ちょっと今でも忘れられない。

 

仔細は忘れたのに鮮烈で忘れられないなんて、自分でも変だと思うけれど、男が男に寄せる想いを、ああも赤裸々に描いたものを読んだのは、後にも先にもあれっきりだから…。いろんな場面で、セドリックの内心を考えようとすると、どうしてもあれを思い出すことになっていて…―――ガラハッドは首元がぞわぞわした。

 

愛憎に縺れるふたりが、ユダとイエスだという設定も衝撃的だったな。

イエスは、死ぬことによってユダのものになったんだ。

俺は、流石にあれは不道徳すぎると思うけど、宇宙に三千大千の世界があるのなら、そんな世界が百くらいはあってもいいと思う。もしも、今の自分たちがいるこの世界が、その百のうちの一つだったら…。―――…。

 

 

( …そういえばシリウスはちゃんと帰ったのか? )

 

 

ガラハッドは湖畔を見回した。

すっかり片付けが終わっても、ガラハッドは奇妙な羞恥心を抱え続けた。だって、どう考えても『走れメロス』を含むあの短編集は、こんな良い天気の日に外で読むようなもんじゃない。

 

正午の近づいた湖は眩しい。ガラハッドが指で眉間を揉んでいると、ロジャーとマーカスが城のほうから戻ってきた。マクゴナガル先生に任を解かれて、晴れてスタッフからただの生徒に戻ったのだ。彼らは、くたびれて岩に座り込んでいるガラハッドをみつけると、すっかり人の減った湖畔に響く声で言った。

 

 

「 よう、おつかれ。おホモだちどもは帰ったぜ 」

 

「 あー、うーん…やっぱそう見えたよなあ…? 」

 

 

ガラハッドは弱った声で応じた。

個人の自由である問題だから、断じて口出しなどするまいが…自分は、先日ハーマイオニーとのデートを邪魔されたつもりでいて、知らないうちにゲイカップルとダブルデートをキメていたらしい。ハリーとロンは、ただの大親友(って、ただのとは言えないと思うけど)ではないのかなあ?あいつらまで、実はソッチ系だったなんて…いや、思うにおそらくあれはハリーの片思いだ。

 

 

「 あいつ、正直友達少ないから。いろいろストレスもあるだろうし、きっと、こう…うん… 」

 

 

ガラハッドは一連の見解を述べた。

すると、マーカスはニヤニヤして首を横に振った。

 

 

「 いーや、ちがうね。僕は、薄々察していたよ!あのカップルは、ロニー坊やのほうがハリー・ポッターに首ったけだ 」

 

 

ガラハッドはヒヤッとしてしまった。

 

 

「 なんで?そんなのどこでわかるんだよ? 」

 

「 彼、冬至舞踏会(ユールボール)のとき、パドマにまったく興味がない様子だったんだって。ハリーがパーバティを選んだから、きっとおそろいのが欲しくなっただけだって、パドマは以前から言ってた 」

 

 

ガラハッドは口を開けて頷いた。

そうだった!たしかに、あのときはハリーも、パーバティのことを飾りだと思っていそうだった!

ガラハッドとマーカスが盛り上がっていると、ロジャーが大袈裟に肩を竦めて文句を言った。

 

 

「 かーッ、凄えよな。女子のゲイセンサー!俺、あいつらホモだとしても許せねえわ。しっかり良い思いしやがってよぉ。フラーめ、俺のことは引っ掻いたってのに… 」

 

「 はいはいうぜえな惚気野郎 」

 

 

ガラハッドはロジャーを相手にしなかった。恋人に理不尽なことを言われるのって、そのぶんだけ甘えられている証拠だもの。ガラハッドは、ハーマイオニーとのプチ口論を思い出して、「あああ…」と大きな溜め息のような納得の声を洩らした。

 

どうして、ハリーとロンは冬至舞踏会(ユールボール)の夜、ハグリッドの身の上話を偶然(・・)耳にすることになったのか?

絵面を想像したくはないが、つまりはこういうことだろう。

噎せかえるあの薔薇の茂みのなかで、ハリーとロンはキスをしていたのだ。

 

 

 




■短編集『女の決闘』はオール著作権切れ。青空文庫はレイブンクローカラー!
■今回呪いの子ネタが入りましたが、タグをつけるほどじゃないような気がしています
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