ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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公然の秘密Ⅰ

夜、洞穴にゆらりと影が増えたとき、シリウス・ブラックはただちに人間の姿になった。彼は、ひどく切迫して来訪者を見つめた―――かの人の表情は、第一の課題の時とは大違いだ!

途端にシリウスは、安堵と歓喜とで走り回りたくなった。ぐしゃぐしゃに笑み崩れながら、シリウスは「よし!」とこぶしを握り固めた。

 

 

( やった。やったぞ!ハリーはやってのけたんだな!? )

 

 

シリウスははしゃぎながら「どうだった?」と言った。

ガラハッドは、「まったく、あなたは仕方のない人だ」という目でシリウスを見て、クスクス笑いをしながらハリーの手紙を取り出した。

ますますシリウスは舞い上がった。

ハリーからの手紙を最後まで読むと、シリウスは喜びで手が震えた。シリウスはじゅうぶん舞い上がっていたが、ここに至って決して油断するまいとした。

 

シリウスは、今夜は思いっきり笑いながら、ガラハッドに一応、「ここに書いてあることは本当か?」と訊いた。ガラハッドは、シリウスのシラの切り方はド下手くそだと感じて笑った。シリウスは、「今夜のガラハッドは、これまでに見たことがない機嫌の良さだな」と感じた。

 

ガラハッドはシリウスに質問をした。自身は、いかにしてハリーたちをここに連れてくるべきか?と。

 

 

「 そいつは君に任せるが吉だ 」

 

 

と、シリウスは明るく断言した。

「それじゃあ」とガラハッドは手のひらを見せて、自分なりのハリー輸送計画を語った。

 

 

「 人知れず迎えにいかないといけないでしょう?ハリーたち三人は、しばらくは注目を集めすぎているので、ちょっとはほとぼりが冷めるのを待ちましょう。それで、彼らは寮を出るべきじゃない。俺は、ムーディーに目をつけられたくないから、いつも自室からしかここに来ていないんですよ。奴に移動が得意だと知られると、校内で何か起きたときに、一番に手引きだの何だの疑われる―――三人と合流して消えるところを見られて、また(・・)誘拐犯と間違えられるのは御免だし…―――まともに考えたらムーディーは、ハリーのことはちゃんと見守っている筈だ。おっと、これは言いましたっけ?今は、ムーディーがあの複製忍びの地図を持っているんです。俺、ハリー、ムーディーと手に渡っていって… 」

 

「 初耳だ。リーマスは、『また無茶をする』と言ってそれを寄越さなかった。あいつめ、俺を信用していない…。…良いニュースだ。それは、心強いことだ―――君には苦労をかけるがね 」

 

「 まあね。でも、どうだろう?シリウス、俺は最近掴んだんですよ。あのDead or Alive(執行許可アリ)の闇祓いサマは、どの程度まともに仕事をしているんだか―――奴は、身内相手には急に日和るみたいだ 」

 

 

ガラハッドは眉をあげて肩を竦めた。

急に、シリウスの表情に影が差した。

 

 

「 少しも日和らないほうがおかしい 」

 

 

ガラハッドは小さく首を傾げた。

 

 

「 そうですか?まあ、あんたは、生きて逮捕されてここにいるわけだから、さてはムーディーに追われたわけではないんだな。恨みがないから、そういうふうに言えるんじゃない? 」

 

「 違うぞ。たしかに、わたしを追って捕縛したのは、幸運にもルーファス・スクリムジョールで、マッドアイ・ムーディーではなかったが…。いい機会だ。ガラハッド、少し昔話を聞いてくれ。是非とも、君の意見を知りたい件があるんでな 」

 

 

シリウスは有無を言わせなかった。

ガラハッドの「ええ?」という顔を無視して、シリウスは勝手に話し始めた。

 

 

「 以前、『わたしは家出をした』と、君には話したことがあるね?あれは、わたしが16才のときだった。わたしの誕生日は11月だ。その夏休みは、わたしにとっては、成人前に最後に家で過ごす期間だった。わたしは、あの夏ホグワーツから帰るなり、両親からこう命じられた―――いざ、一人前になる次期当主として、かつて子守り(ナニー)だった妖精の首を刎ねよ、とね―――情けないが、これはブラック家の伝統なんだ。人間の乳母はトラブルの元だろう?乳母子を抱えるくらいわけはないが、乳母の親戚に頼ってこられると厄介だ―――かといって、うちは絶対にマグルを家に入れないし、わたしの母のような女は子の世話なんかしない。そこで屋敷しもべ妖精だ。だが、万が一魔法族を率いる地位にある者が、成人してなお幼心を捨てていないで、妖精を慕って意見を聞いたりしては困る。そういうわけで、ブラック家(うち)は代々殺してきた。両親は、あの夏わたしにも『殺せ』と言った。だが…―――何を隠そう、16の日のわたしは、それを拒否してやったのだ! 」

 

シリウスは得意気に胸を叩いた。

ガラハッドは「は?」の顔つきのまま固まっていた。

シリウスは少し挑発するように言った。

 

 

「 さて、君ならばどうするね?躊躇わず殺すのか?わたしは、君からしてみれば臆病者か? 」

 

「 えーっと… 」

 

 

ガラハッドは駄目元で確認しておいた。

 

 

「 殺さずクビにする…という選択肢はないわけですね? 」

 

「 まあな。特に、わたしは―――わたしと弟のレギュラスは―――ブラック家の中でも星室の生まれだから、わたしたちの体質や好みなどは、外部に漏れ出ると碌なことにならない。自由にした屋敷しもべ妖精は、たちまち国内外の魔女と魔法使いから狙われて利用される。そうなると知っているからだな、わたしたちの子守りだった屋敷しもべ妖精は、すすんで首を刎ねられたがったよ。わたしは、それを『すすんで』とは言わないと思うが… 」

 

「 呆れたな。わかった、もしも俺がその問題に直面したら…だろ?『わたしの立場になって考えてみろ』とは、言わないところがミソだろう。その夏、あんたはグレイスと会わなかったって言ってた。けれども、あんた完全に確信してるんだ。俺が、なんて言い出すかわかってるんだ―――ははは、何です?これ、わざわざ聞きたいんですか? 」

 

「 ああ。聞きたいよ。もちろん、ずっと聞きたいと思ってきた 」

 

「 代理で自供しておけばいい?―――わたしなら、その妖精に杖を与えます 」

 

 

ガラハッドは苦笑しつつ補足までしてやった。

 

 

「 自由を望むとき、その妖精が身を守れるように。死ぬか生きるかを含めて、その妖精が、本当に望むことを実行できるように―――あなたが、強いられて殺人者にならずに済むように 」

 

 

ガラハッドは歌うようにヒョイと手を出して言った。

どうぞ、どうせこんなものは冗句ですよ。本物による言葉だと思われちゃ困ります。というポーズである。

けれども、シリウスにはもうそれで充分だった。

 

 

「 キューン 」

 

 

シリウスは突然犬になって鳴いた。

彼はくるっと丸くなった。

 

ガラハッドは理解できなかった―――シリウスよ、このおめでたい夜に在って、どうしてわざわざこんなの聞きたがって、既にどうしようもないことについてすすんで悲しむんだ?涙を見せなくったって、犬の尻尾ってかなり正直だ…―――ガラハッドは居心地の悪さを感じた。

 

彼の予想通り、シリウスは岩肌に爪を立て、強く深い念じ込みを始めた。

嗚呼やはり、グレイスはわたしを愛してくれていたのだ、と…。

 

シリウス・ブラックは確信した。

自身が、家を飛び出して夜の騎士バスに乗り、ポッター家に転がり込んだことを、「選び得た道のなかの最善手。ひとりで選び取ってやった道」だと思い込んだのは、ガキの頃の愚行の一つだった。

わたしは、グレイスの計略を無駄にしたのだ。

彼女は、わたしが子守り殺しを望まない者であることも、そんなわたしは、勘当を受け入れることなしには、殺人を拒否することができない生まれだということも、重々、よくよく承知している魔女だった―――うちのクリーチャーは彼女から杖を与えられている筈だ!

 

おおお、呻きが漏れて止まらない…。

どうにかして、クリーチャーが持っている筈の杖が欲しい…。

その杖で、ヴォルデモート、わたしは、生涯貴様と戦ってやるぞ。

 

シリウスは人間に戻った。

ガラハッドは、彼もまたマイペースだなあと、その小気味よい顔つきを見て思った。良い夜だった。彼らは、それからもしばらく雑談をした。

 

 

 

 

真夜中になった。

古来、魔法使いは夜育つ。

 

この夜、魔術師シリウス・ブラックは、「ピーター、コロス」しか思えなかった頃の精神状態から、完全に脱出してのけた。野心の光を目に宿し、彼は朗らかによく笑った。

ゆえに、これより冥府へとくだるまで、彼は咎ある者ながら、闇の勢力と能く戦う。

自身は、名誉をひどく傷つけられて、こんな身の上へと落ちぶれているけれども、あらゆる血の持ち主たちと同じように、生まれたときには高貴だった。わたしは、真に重要である霊魂までは、枯れず汚れずに“今、ここ”に辿り着いている―――その信念が彼を強靭にし、自然に王者として振舞わせる。

 

闇の魔術に打ち勝つとはどういうことか、シリウス・ブラックは正しく知っている。

長年、ちゃんと実行できずにいたが、彼は最後にはうまくやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間ほどしてから、ガラハッドは深夜にグリフィンドール寮を目指し、ハリー・ロン・ハーマイオニーの三人を迎えに行った。

その頃には、ロンが戦ったという水中人の数は五十人に増えており、おはなしとしては面白いのだが、誰も本気で興味を持たなくなっていた。ハリー・ロン・ハーマイオニーの三人は、誰にも見つかったり追われたりせずに、深夜に談話室の隅に集まることができた。

 

ハリーは、できるだけみんなが見落としてくれそうなところを選んで、持ってきた鏡をそっと置いた。これは、ロンと一緒に男子寮のシャワー室から 壊して略取 外して借りてきたものだ。ちゃんと言いつけ通り、あんまり小さすぎない鏡を選んだらこうなった。

パチン!―――ハーマイオニーが鯉口を切った。

彼女が持参して抜き放ったものを見て、ロンは「信じられない」という顔つきをした。ハーマイオニーは、ガラハッドに「ここよ」とすぐにわかるように、口紅で鏡に目印を描いた。

 

ホグワーツには、クレヨンも油性ペンもない。

インクやペンキは鏡面を流れ落ちる。

ロンは、そのことは重々わかっているのだが、一言いってやらねば気が済まなくなった。

 

 

「 ハーマイオニー、君、そんなの持ってたんだ? 」

 

 

ハーマイオニーは急いで口紅を仕舞った。

 

 

「 うるさいわね。彼が調達してくれたの 」

 

 

ハーマイオニーはむっつりと赤い顔で言った。もちろん、口紅ってクレヨンとは違うのである。

ロンは愕然として咄嗟に声を荒げた。

 

 

「 君、そんなの受け取るから…! 」

 

 

ロンは躊躇った。だが、結局また我慢できずに、ロンはハーマイオニーに忠告の体をとって言ってやった。

 

 

「 そんなのを、あいつから平気で受け取ったりするから、君は、スキーターにあんな嫌がらせ記事を書かれたんだぞ! 」

 

「 違うわ。あなた、本当の原因を知っているでしょう? 」

 

「 知ってるけど!でも、君は、これだから“緋色のおべべ”扱いされる!! 」

 

「 なあに?それ、何を表してるの? 」

 

「 ママが、その手の女の人のことを“緋色のおべべ”っていう… 」

 

「 …ぷっ 」

 

 

ハーマイオニーは噴き出してしまった。たった今の「緋色のおべべ」という言い方といい、「クリスマスには手編みのセーター」なところといい、ハーマイオニーの感覚からすると、モリーおばさまは友達のお母さんというよりも、田舎のラブリーなおばあちゃん(それも、わたしのおばあちゃんより年上)だ。

モリーおばさま、大好きよ!でもごめんなさい、それとこの可笑しさは別なの…―――ハーマイオニーは小刻みに肩を震わせた。

ロンは唇を尖らせてひどく項垂れた。

ハリーはずっと黙っていた。ハリーは、ふたりの言い合い(いつものことだ)なんか放っておいて、時計の針が動くのをじっと見ていた。

 

“約束の時間”ぴったりに、鏡は移動鍵(ポートキー)と同じ役割をした。

 

 

 

 

一仕事終えたガラハッドは、三人とシリウスの再会を見守って満足した。秋に会っているハリーを含めて、去るクリスマスよりも前のシリウスの姿を知る三人は、現在の彼の姿に驚いていた。彼らは、口々に安堵や労わりを言って、微笑んでシリウスと握手を交わした。

 

ハリーは嬉しくてたまらなかった。ハリーは、シリウスに強く手を握られただけでなく、彼から親し気に肩も叩いてもらえた。だがハリーは、哀しくもハリー・ポッターであるので、咄嗟にシリウスにハグをすることができなかった。

記憶にある姿よりも、シリウスはかなり清潔になっているのに!それに、とても健康そうだ。彼はマグルのファッションで、とても動きやすく温かそうにしている…。

このまま、かっこいいバイクに乗って飛ばしていそうだな。

ハリーははにかんでもじもじした。

こういうとき、ロンはハリーの代弁役だ。

 

 

「 うっひょー、たまげた!クールになったなあシリウス 」

 

 

ロンは、元の髪は何メートルあったのかを訊いた。

シリウスは優雅に短髪を撫で上げて、目を細めて「さあな」と言った。「どんな姿でも、わたしは強くて美しいので、細かいことなんてどうでもいい」みたいな表情だ。ハリーはそれに釘付けになった。

 

 

「 アフガンハウンドだと思っていただろう?違うんなこれが。元はシェパードに近いんだ。ロナルド、あのときは申し訳なかったね 」

 

 

ハリーはシリウスの言動に痺れた。ハリーは、クリスマスにシリウスがくれた万能ナイフを、シリウスが無造作に使いこなすさまを想像した―――なお、自分は持て余して寝室にしまいこんでいる。

シリウスは「バックビークを撫でてやってくれ」と言った。

客の四人がバックビークへの挨拶を終えた頃、シリウスはぺらりと一枚の新聞紙を振って言った。

 

 

「 ハリー、一昨日の新聞を読んだかい? 」

 

 

ガラハッドは、「うわ出た」という顔つきをしないようにした。

その新聞紙は、ガラハッドが定期購読して、読んだあとシリウスにやった新聞の一部である。シリウスは、「くれないなら村のゴミ箱を漁る!」とまで言って、強烈に新聞をせがむ習性を持っている。シリウスは毎日、きっちりすべてのページが揃った新聞を読みたがるので、「厄介な記事が載っている」と感じても、ガラハッドはそれを隠せなかった。

ハリーは「えーっと」とボヤけたことを言った。

ハーマイオニーがこっくりと頷いて言った。

 

 

「 読んだわ。クラウチの記事ね。あの人は、自宅に姿がないんだそうね 」

 

 

シリウスは厳しい声で「ああ」と言った。

シリウスから座るように勧められて、グリフィンドール四年の三人は、岩の壁が傾斜をつくっているところに尻をくっつけた。ガラハッドは鏡と蝋燭の近くを選んだ。

またハーマイオニーが口を開いた。

 

 

「 クラウチの失踪は、魔法省の運輸部職員が確認したんだそうね 」

 

 

シリウスが当然らしくこちらを見た。

シリウスとガラハッドは、その件について既に話したことがあった。

ガラハッドは極力トラブルを避けた物言いをした。

 

 

「 あー…その人は、俺のトモダチの母親なんだ… 」

 

 

ガラハッドは少し早口になった。

 

 

「 …彼女は、子供からクラウチが第二の課題の日も欠席したと聞いて、クラウチの家までお見舞いに行ったんだ。その記事は、彼女の証言がもとになって作成されているものだ 」

 

「 クラウチからみて、義理の妹だそうだ。ゴドリックの谷の、エッジコムだ 」

 

 

シリウスは余計なことを言った。

ガラハッドは白目を剥きそうになった。

おいおい!おかげさまで、俺はまた嘘を吐いてしまったことになるよ!―――ハーマイオニーの目は輝いている…―――とっても…危険な兆候を感じさせる色で…。

ハリーがいきなりぶっこんできた。

 

 

「 やったの? 」

 

 

ガラハッドは、味方からいきなり刺された心地がした。

やった?した?行為した?……って、ナニを!?

やめろ!そんな話今ここでするな!!

 

 

「 くぁwせdrftgyふじこlp 」

 

「 杖なし呪い合戦。君、クラウチに勝ったってことだろ?あいつ、今どこでどんな状態なの? 」

 

「 え!?ああそういう…って、いやいやいや違っ、そうとは限らなっ 」

 

「 いい気味だわ!シリウス、クラウチは罰が当たったのよ! 」

 

 

ハーマイオニーは元気よく断言した。

彼女は、ガラハッドに対してたった一言だけ言った。

 

 

「 あの人たち、親戚だったのね… 」

 

 

ガラハッドは「あー、うん」としか言えなかった。追及はなかった。だが、ホッとする気持ちにはならなかった。

それからは、ハーマイオニーは“使命感”を燃え上がらせていったのだ。

使命感?否、“無垢で純粋で仕方ない正義感に、仄暗い優越感を一滴垂らし落とした何か”じゃない?―――ガラハッドは後者のような気がしてしまった。

ハーマイオニーの口ぶりは、「聖書にあるとおり終末が来た!」みたいである。闇の印のこと。ガラハッドがかけられた冤罪のこと。ウィンキーが受けたひどい仕打ちのこと。それらをハーマイオニーが説明して、シリウスが熱心に相槌を打っている間に、ガラハッドの気分は冷えて落ち込んでいった。馬鹿みたいな連想は消え去っていき、素肌に虫が這うような不快感を覚えた―――ガラハッドだってこんなの感じたくなかった。

 

ガラハッドは、シリウスから新聞を受け取って目を通しているロンのほうが、「自分に不都合だけどまともだ」と感じた。そのとき、ハリー・ポッターは正しく気づいていた―――ロンの今のガラハッド卿への表情は、彼が尻尾爆発スクリュートに向ける顔つきと同じである、と。

どうしたの?少なくともガラハッドは臭くなくてヌメヌメしてないよ?

ハリーはロンとガラハッドのやりとりを眺めた。

 

 

「 杖なし呪い合戦か… 」

 

 

ロンはガラハッドに命乞いするように言った。

 

 

「 …やばいな。僕、君とは二度と森のなかに入らない。けど、うん、是非。是非、これからもよろしく…フレッドとジョージのことよろしく… 」

 

「 そう見える?俺って、目からビームとか出しそうに見えてんの? 」

 

「 まさに、今、出してるよ。『ヤバい生き物ずかん』、僕、書き足しておくべき? 」

 

「 …くそ、味方してくれシリウス。ルーピン・センセイのガン飛ばしは凄かったよ。けどあれで、フツウ睨みつけられた側は、『黙って道譲っちゃう』以上の結果になるか?ならないだろ!啖呵きられて、逆に『シバく!』って思うタイプの人間ならばなおさら 」

 

「 あいつがガン飛ばしを?彼は、そういうことはしなかったがなあ―――彼は、ジェームズとわたしを差し置いて、あれで立派な監督生だったというのに。気の毒に、ついにバレていたとは。そいつは、よっぽど舐めた生徒しか知らない一面だろう 」

 

 

シリウスはくつくつと笑った。

それを見て、ハリーは急に猛烈に喋りたくなった。

ハリーも、シリウスに目を細められたかった。

 

 

「 あの、あの、僕は今日わかったことがあるよ 」

 

 

ハリーはシリウスとガラハッドを交互に見た。

 

 

「 薬のことだ。ガラハッド、君が… 」

 

「 違う。俺は、盛ってない。あいつ激痩せしてたけど、俺は、決して、先に奴に盛ったりしてない 」

 

「 わかってる。そういうこと言うと、逆に怪しいよ?たしかにクラウチは、第一の課題のときにはもう骸骨っぽかったね!―――よせ、本気で言ったんじゃないから…―――僕が、今日の昼とうとう掴んだのは、あの夜、クラウチがスネイプの研究室から盗っていったものは、いったい何の薬なのかってことさ。シリウス、クラウチは仮病なんだよ。彼は病気だと偽って、魔法省に姿を見せないのに、実際には真夜中のホグワーツにいたりする。僕、忍びの地図でその様子を見た!ガラハッド、君が備えるべきは、真実薬だよ。それに違いない。今日スネイプは、こないだドビーが鰓昆布を盗んだらしいのを、僕が盗んだんだと勘違いして―――あ、うん、あの鰓昆布、ドビーから貰ったんだ…そんな…ハーマイオニー、別にけしかけたとかじゃないって…―――とにかく、スネイプは今日絶好調だった。あいつは、スリザリンの奴等が寄越した雑誌を、僕が授業中に読んでいたってことにしてね。ネチネチ脅してきやがって、そのとき、僕にわざわざ毒薬の解説をして、『うっかり手が滑ることになる』って言ったんだ。その瓶は、だいたいこれくらいの大きさだったんだけど、中身は半分ほどしか入っていなかった。減ってるんだろ?あいつ、管理が甘かったことの責任を逃れるために、うっかり人前で手を滑らさなきゃいけないんだ。それで、レパロした空っぽの瓶を掲げて、ここには満タンに入っていましたということにする… 」

 

 

推理を披露しながら、ハリーは周囲の表情を窺い続けた。一番気になるシリウスは、「なるほど!」と感心してはくれなかった―――…。

 

シリウスは、思慮深い目をして口を引き結び、ハリーが話し終えたあともしばらく動かなかった。

ガラハッドは少し気を回した。ハリーがおどおどしているので、ガラハッドは極力軽い声色で言ってやった。

 

 

「 うん、うん、ハリー、そうだと思う。生憎状況は変わってない。クラウチが今どこで何をしているのか、俺は知らない。知らないから気にして寮で話してたんだ 」

 

 

ハリーはひどく恥ずかしくなった。

ハリーの直感どおりだ―――ガラハッドは、クラウチの盗品が真実薬だということくらいは、候補になり得る魔法薬の少なさと、自分個人とオリバンダー杖店の地位からいって、かねてから予想していた。

ハリーはガラハッドの足を蹴った。この睨みは、「知ってたなら言ってよ!」という意味である。

だが、ガラハッドのほうからしてみると、「何故敢えて恥部を見せてやらねばならない?」の心境である。ガラハッドは、自身とクラウチの争いは、気質のうえで同類同士の、目糞鼻糞の泥仕合になってきたという自覚を持っている。ガラハッドはハリーを適当に受け流した。

一方、ハーマイオニーは胸をなでおろしていた。

 

 

( この反応…ガラハッドは、あの雑誌の記事について知らないんだわ…! )

 

 

場当たりな安堵ではあるけれども、生き物は心拍数をコントロールできはしない。

ちょうど、バックビークが甘えて喉を鳴らした。

シリウスは、じっと虚空を睨みながら腰を上げた。

 

 

「 いくつか確認したい点があるな 」

 

 

シリウスは洞窟の中をうろうろし始めた。少し相棒を撫でてやったあとも、シリウスは夢遊病のようにさすらった。

 

 

「 複数の要因が重なったと見える。出来事の原因や動機というものは、常に複数あって単純でないのさ。ある人が病気か病気ではないかは、私は、とても慎重に吟味すべき問題だと思うので、ここでは判断を避けておきたい―――そのうえで、ただいま私が理解したことを、時系列順に話していきたい。“闇の印”に関係することだ。お互いに隠さず、是非とも協力して解き明かしていくべきだ…そうは思わないかガラハッド?言いづらかったとは思うが、わたしは、もっと早くこの事件のことを知りたかった。まさか、君たちがあの現場に居合わせていたなんて… 」

 

 

シリウスはガラハッドを一瞥した。まるでアラベールのようなことを言われて、ガラハッドは居たたまれなくなった。

別に嘘を吐いて隠してきたわけじゃなくて、いつも自然と他の話題になっただけなのにな…。シリウスから学べることは多く、我々は近頃雑談をしすぎているかもしれない。

シリウスはうろうろをやめて語った。

 

 

「 ハリー、誓ってくれ。今後は、『過剰に心配をかけたくない』とか、『不確定だからまだ知らせるべきじゃない』とか、どうか、わたしに対して思わないでくれ。慌ただしくホグワーツで暮らす君と違って、わたしには、時間だけはたっぷりとある。わたしは、君たちがいちいち考えていられないような事についても、ここでじっくりと思案して、出来事の結びつきを探すことができる。ハリー、わたしは、君と同じ荷物を背負って考えていきたい。ここにしかいられないわたしに、どうかそのようにさせてほしい 」

 

 

シリウスは祈祷するように懇願した。

ハリーはコクッと頷いた。心臓がバターになってしまい、蕩けてポタ…と滴ったように感じた。どこか悲しそうな瞳で、シリウスはニコッと素敵に微笑んだ。

 

一瞬の笑顔だった。

シリウスはさっと顔つきを暗くして、みんなを見回して昔話をしはじめた。

 

 

「 聞け。失礼、聞いてくれ―――わたしがアズカバンに収監されてまもなくのことだ。ある男が、死喰い人として近くの牢に入ってきて、しょっちゅう泣いて悲鳴を上げて、やがて衰弱して死んでいった。収監のときに前を通られて、ちらっとしか顔を見なかったが、わたしにはすぐにわかった―――その囚人の名前は、バーテミウス・クラウチ・ジュニアだ。彼は、我々より二つか三つ下で、ホグワーツで“我々の代”のトップといえばジェームズ、“その下の代”のトップといえば、まあまああいつなのではと謂われていた。彼はイカしたレイブンクロー生で、親しかったわけではないが、ちょっとからかい甲斐がある奴で…。我々は親しみを込めて、彼をバーティと呼んでいたのだ―――そのクラウチの息子が、クラウチが魔法省大臣の座まであと一歩というときに、死喰い人として逮捕されて来て、泣いて泣いて弱って死んでいった 」

 

 

ざり…

岩を引っ掻く音が聞こえた。

「死喰い人」「息子」「死」と聞いたのである。ただでさえぎょっとしていた学生四人は、弾かれるようにキョロキョロして音源を探した。

バックビークが退屈して、前脚を動かしていただけだった。

隙間風が吹き、蝋燭の灯が揺れた。

 

シリウス・ブラックは一挙手一投足が絵になる男だ。そのうえ、彼が優雅に手を翳すと、オレンジの炎に照らされて、岩肌では大きな影が蠢いた。ひそひそ声で話すシリウスに、学生たちは魂を抜かれたようになった。

シリウスは考えながら呪文を唱えた。

 

 

ムーサよ謳え、かの男の物語を。(Ἄνδρα μοι ἔννεπε, Μοῦσα,)多くの苦難を知った筈の、あの男の物語を(πολύτροπον, ὃς μάλα πολλὰ)…わたしは、これより閃きを提示していく。君たちは、これを聞いて考えてほしい―――あの頃、闇の陣営に怯えていた者たちは、クラウチこそを次の魔法省大臣にと望んでいた。彼は、当時魔法法執行部執行部長だったのだが、わたしという例にもれず、疑わしい者を裁判なしで、次々にアズカバンにぶちこむ強硬派ぶりだった。わたしも、自身が冤罪でぶちこまれるまでは、あの頃彼をヒーローだと思っていた。とてもおめでたい馬鹿だったんだよ。

クラウチが許可したことで、闇祓いたちはDead or Alive(逮捕時生死問わず)の権限を持った。クラウチは、はっきりと正義を語ってくれる男だった。先行き不透明だったあの頃に、法を重んじ、秩序を信じよと言い続けた。彼は討ち取った者の名前を新聞に載せて、隠れて悪事を目論む死喰い人たちに、『震えて眠れ』と宣言してのけた。

たしかに今にして思うと、ああいった強いが一定過ちだって犯すリーダー・しかし決して過ちを認めないリーダーというのは、遅かれ早かれ梯子を外され、手に入れた地位を失うものだ。また、何より、彼は家庭内で愛すべき父親だったようには思えない。バーティは親に反発して、わたしたちの卒業後死喰い人になったんだな。そして、バーティの父は、息子にも容赦しなかったわけだ…―――バーテミウス・クラウチ・シニアは、『そういう人間だ』と知られた男なのだ 」

 

 

シリウスは一旦言葉を切った。

誰も口を利かなかった。

ガラハッドは、クラウチの妻が死亡した時期が、急に気になってきて何度も瞬きをした。

シリウスは再び洞窟をうろつき始めて、米神に指を添えながら言った。

 

 

「 間違いないなハーマイオニー?クラウチは、ワールドカップで一般席をおさえていたんだな?屋敷しもべ妖精に場所取りをさせたのに、本人はついぞ来なかったのだな?―――その時点で…何か…ワールドカップの会場では、クラウチの計算が狂うことが既に起きていたに違いないぞ。

少し補足しておこうか。

これは、もしかしたら蛇足かもしれないが、クラウチがどういう人間かについて、世間にはこんな了解もあるのだ―――彼は、“例のあの人”が再び力をつけたときに、まず最初に死を与えられる人物だよ。彼と彼の仲間たちが、闇の勢力から一番に報復されるんだ。だからムーディーは、常に警戒を怠っていないだろう?得意なやり方が違うだけで、クラウチも同じように身構えて武装しているはずだ。わたしは、これを重要な事実だと捉えるぞ。

そのうえで、クラウチが一般席に行かなかった件だが…。…何か、思い当たる節はあるかねガラハッド? 」

 

「 単純に、試合が早く終わったんだよシリウス。夜明けまではやるかと思ったら、あの決勝戦は大した電撃戦だった。クラウチは、貴賓席でそれなりの仕事をしたら、最後にブルガリアの大臣を見送るときまで、適当に中座してそこで休むつもりだったんだろうが、その暇が発生しなかっただけだ 」

 

「 ふむ。これは、わたしの考えすぎか。では、次の出来事を確認していこう。早すぎる幕引きがあって、一部の観客が不完全燃焼を起こした。フーリガンを避けて、君たちはみんな森の中に入った。そこでは… 」

 

「 ガラハッドはマルフォイを連れて来ていた 」

 

 

ハリーが責める声色で言った。

ガラハッドは、表情を硬くして浅く頷いた。

ハリーはシリウスに言いつけを始めた。

 

 

「 シリウスおじさん、ワールドカップ会場での暴動は、ただの負け試合騒ぎじゃなかったよ!仮面をつけた集団が現れて、マグルが吊り上げられていたんだ。ロンのお兄さんのビル曰く、それは、きっと悪ふざけのすぎる目立ちたがり屋で、本物の死喰い人ではないらしいんだけど、僕は…! 」

 

「 逆張りを信条とする者はいる。“例のあの人”が姿を消してから、十三年が経った。そろそろ、みずからの闇を御しきれない者が、『あの頃はよかった』と言い始める頃合いだろう―――『必要悪だった』『過激だったが、良い面もあった。誤解されているが、かの思想は実際は良いものだ』『近頃は、かつて目につかなかった連中がうるさい』―――ふん、ざっくりとこんなところだろうな。これらは、要するに『楽して賢ぶりたい』と『自分は特権を捨てたくない』だ―――このように言って、闇の帝王の復活に加担する者は、かつてと同じメンバーであるか否かに関係なく、現在においてみんな敵だ。ハリー、わかるぞ…ルシウス・マルフォイだろう?わたしが思うに、あいつは… 」

 

 

と、言いかけて、シリウスは少し考え込んだ。

その隙に、ガラハッドは勇気を出してこう言ってみた。

 

 

「 シリウス、あいつは、俺をヴォルデモート卿の息子だと思い込んでいる。間違いなく古参の死喰い人だが、あの暴動への関与はわからない 」

 

 

シリウスは「だよな」という顔つきをした。彼はうんうんと頷いて、もっとガラハッドの見解を聞きたがった。

ガラハッドはひとつ深呼吸をした。

ガラハッドは、ロンとハーマイオニーの顔つきは、感情を読み取れない形で強張っているように感じられた。ガラハッドは極力感情を殺して、ハリーを目で牽制しながらゆっくりと話した。

 

 

「 あの日、競技場はみんな興奮していて、密談をするのにはいい場所だった。俺は、貴賓席でルシウス・マルフォイと話した。他に同世代がいなかったから、何の飲み物を取ろうか…のようなことを、なんとなくドラコと話していたら、父親が割り込んで話しかけてきた。試合が終わると、未成年の俺とドラコ以外は、みんな“姿くらまし”をしてどこかに行った―――ドラコと父親は同一じゃない。父親のほうはわからない。けど、ドラコは、そのあと俺と一緒にマグルの一人が吊り上げられているのを見て、それをやる下衆たちに激怒していたぞ 」

 

「 演技だろ! 」

 

「 演技だとは限らない 」

 

「 あいつ、いつもマグル生まれを馬鹿にしているのに? 」

 

「 ハリー、それは否定しない。そして、俺は情報を提供しているだけ 」

 

 

ガラハッドは非常に淡々と言った。

 

 

「 協力しよう。時計を先に進めよう。とにかく、あの夜ドラコ・マルフォイは競技場を出て、俺に『わあアレは何でしょう~?』と言って指さしたものが吊り上げられたマグルだと気づいて、実際はどうだか知らないけど、少なくとも表面上激怒した。そしてあいつは、俺がお前たちと走ってあいつを置き去りにしたあと、ボーバトンの生徒を何人も助けたようだ―――だから“ドブ板戦術”で強かった。ハーマイオニー、総代選の得票数を覚えているか?あいつは、スリザリン生の人数分はきっちり票をとったように見えたけど、実際はそうではないみたいだ。ハリー、あいつはな、ああ見えて足元のゆるい奴なんだ。そんなにカリカリして、身構える必要はない。俺は、いったい何人のスリザリン生から、『実は、こっそり君に入れた』って言われてると思う?半分は好かれたいゆえの嘘だとしても、なかなか馬鹿に出来ない数だ 」

 

「 モテ自慢?僕は、あんな奴にビビってなんかないよ 」

 

「 馬鹿。違う。俺が言いたいのは、総代選開票の後もあいつが体面を保っていられたのは、とれなかった身内票をボーバトン票で埋めたからだってことだ。ただ、あれからリータ・スキーターの記事が出てきて、ボーバトンでのあいつの評判は、マルフォイ家の家名ごと落ちた可能性がある。証拠がある。近頃ドラコのやつは、ボーモンに足元を見られていて… 」

 

「 ちょうどいい。ガラハッド、あまり彼に外交を任せないことだ。ハリー、君は、トライウィザード・ソサエティーの体制について不満を持っているだろうがね。くだらない事実があるので、わたしはガラハッドのやり方に賛成だ。知られた家の者同士が、大陸貴族の前で不仲だと見せるべきじゃないんだ―――軽率に、祖国を売り飛ばすつもりがないならばね 」

 

 

シリウスは「やれやれ」と首の裏を掻いた。

ロンがハリーの疑問を代弁した。

 

 

「 シリウス、シュバリエ・ボーモンのことを知ってるのかい? 」

 

「 ろくでもない家の生まれなんでね。ホグワーツに入る年までに、貴族名鑑を暗記させられた。しかしだ、そんなことは今どうでもいいよ 」

 

 

シリウスは面倒くさそうに言った。

 

 

「 さあ、話を進めよう。さて、その後に起きたことは、さっきハーマイオニーが説明してくれたが、君たちの認識は相違ないかね?“闇の印”が打ち上げられ、動ける魔法省職員たちが現れた。ディゴリー氏がウィンキーを発見した。ウィンキーはウィンキーの杖を持っていた。クラウチは、ウィンキーをただちにクビにした。そのとき、駆けつけていた魔法省職員たちのうち、脳みそがある者にはわかったことだろうよ―――操られ方によっては、ウィンキーはクラウチを家で毒殺することだってできたのだ。クラウチには保身の欲もあっただろうが、この事実に震撼した面もあるだろう。彼は、一も二もなくしもべ妖精を手放した 」

 

 

ガラハッドはシリウスと目が合った。

シリウスは顔色を変えずに言った。

 

 

「 折しもその場には、グレイス・オリバンダーの息子がいた。グレイスは、かつてクラウチが新聞で断罪したが、結局捕まらず死体も見つかっていない魔女だ。惨めな姿を曝されなかったぶん、非人間に杖を与えて唆す者として、すっかり世間では“伝説”になっている。それに、オリバンダー翁の口上の威力もある。リーマスが記事を保管していて、ちょうどこのクリスマスに見せてくれた―――ガラハッド、君が杖に選ばれた時の新聞だ。覚えているだろう?しらばっくれるなよ。オリバンダー翁は、店頭にこう書いて貼ったそうだな?―――オリーブ杖遣い出現す。許すまじきものを負うて、産の上にて身罷りたりし当家総領娘、其の執心、此の者となれり。ハロウィンの夜に生まれた子なり―――いやはや、これは、御老公にしか切れない啖呵だ 」

 

 

シリウスはジャケットに首を埋めた。

夜が、一段と寒さを増してきていた。ハリー・ロン・ハーマイオニーは、ゾクゾクと肌を粟立たせた。

ガラハッドもまた寒さを感じて、冷たく「ふーん」と言って腕を組んだ。

 

夏と冬の一時期を除くと、オリバンダー杖店は毎日客が来るわけではない小さな商店である。「張り紙をして臨時休店」のときに、ギャリックがいちいち何を書いているかなんて、ガラハッドは気にしたことがない。

 

 

「 そう。あのときって、そういう文言だったんですね 」

 

 

ガラハッドはいくつか納得していた。

ガラハッドは、道理で入学の日にマクゴナガル先生はあんな質問をしてきたし、自分は、「祝って〜!」とチョウのように言ったことがないのに、昔から妙にひとに誕生日を知られてきたのだなと了解した。

でも、それが何だっていうんだろう?

ガラハッドは少し意地悪に言った。

 

 

「 それで?たしかに、そうだよ、その張り紙の真の意味は、『死喰い人ども、こっからお礼のしどきだ』半分、半分は『てやんでぃチビりやがれ魔法省!』でしょうね。けどね、それは何も悪いことじゃないでしょう。もう300年近く『杖一本7ガリオン』の俺たちだって、たまにはお休みなどをいただいて、家族団欒をすることはある。そういうとき、ちょっぴり気分よくなりたいだろ?祝い酒をした年寄りが、自宅をどう飾ったって本人の自由じゃないか 」

 

 

シリウスは気を遣う口ぶりに変わった。

 

 

「 勿論、自由だ。君たちに咎はない。そう、クラウチは、勝手に(・・・)当時その口上を知り、去る夏君と実際に知り合った瞬間に、勝手に(・・・)五年前の記事の記憶を甦らせて怯え、勝手に(・・・)『あんな内容は、取るに足らない』と強く信じたくなって、勝手に(・・・)君を捻ろうとしたのだ。この『勝手に』というのが、真におそるべき術の特徴なんじゃないか。君、わかっていて意地で否定したがっているな? 」

 

 

シリウスは真面目な口ぶりだった。

ガラハッドは黙って顔を歪めた。いよいよシリウスは、よりによってハリー・ロン・ハーマイオニーの前で、こちらがいかに業深いか暴いていくようだ。「散々食料を運んでやった結果がこれかよ」と、ガラハッドは少し言いたくなった。

シリウスは、最大限ガラハッドに敬意を示して言った。

 

 

「 ガラハッド。君たち家族は、強い。強くて、とても魔法族らしい魔法族だ。この国で、君たちはそうだと知られている―――わたしは、暗黙知を敢えて言葉にして、ハリーに教えてやる義務があるのだ。わたしは、この子の後見人で…。しかし、わたしには地位も力もなくて、この子は、マグルの家に預けられて育っているのだから… 」

 

「 いいよ。どうぞ、続けてください。別に、『でもでもだって』なんてここで言わないので 」

 

「 ではわたしが言おう。わたしが、君たち一族の正当性を語ろう 」

 

 

それきりシリウスはガラハッドを見なくなった。シリウスの真剣な瞳は、ハリーとその両隣へと固定された。

シリウスはついに主訴を述べ始めた。

 

 

「 いいかねみんな?クラウチがあの夜ガラハッドを特に疑ったのは、この十年越しの背景を踏まえるならば、そう無茶苦茶な展開ではないのだ。お互い“紳士的な方法”で、クラウチ家とオリバンダー家は長年抗争してきたのだからね。

オリバンダー=グレイスが問われた罪は特殊だった。彼女は、誰かを拷問したわけではないし、何かを盗んだわけでもない。彼女はただ、魔法省にとって都合の悪い杖職人だっただけだ。

そのため、グレイスは名誉を損なった。彼女にはクラウチへの“決闘権”が生じた。だが、まもなく彼女は決闘に取り組むことができなくなり、不名誉のうちに死んでしまった。

オリバンダー翁は、一族から出た“死人の権利”を主張してやったのだ。これは、魔法族の家長して当然のことだ。

何から説明すればいいだろうか―――ハリー、わたしたちはマグルとは違うんだよ。深い断絶があるのだ。マグル界で大人になった者には、わたしたちのやり方はわからなくて当然だ―――このやり方には名前がない(・・・・・)

魔法界では、現在、法律という名前でいくつも禁じ手が定められている。禁じ手のリストを作って、それが使われた件で生じた“決闘権”や“決闘の義務”―――ああこれは、慣習的に一家の長へと課されている責務で、家産の相続者である代わりに、もしも身内に損害を負う者がいて、その本人が死んでしまった場合、家長は死者の恨みを代行して晴らすべきだという、わたしたちの考えのことなのだが―――うん…それらについては、お察しのとおり野蛮な慣習だから、ちゃんとここ300年くらいの間にどんどん、できるだけ公権力に売って平和を買うように変わっている。そうか、ハーマイオニー、君もか…。ええと、もう少しラディカルに話すべきだな… 」

 

 

シリウスはしばらく空中を凝視した。

やがて、シリウスはさっきとは別の言い方で説明を再開した。

 

 

「 すべて杖持つ者たちは、自然に自力救済(フェーデ)を行っている。日常を振り返って考えてみてほしい。“決闘権の行使”は、君たちだってもうやっているはずだ。『先生、あの子にやられたの』なんていうのは、いいとこ二年生でおさらばの発想だろう?舌を伸ばされたらおできをつけてやるし、投げられたクソ爆弾は投げ返す。わたしたちにとっては、それが自然なホグワーツ生活だ。そう、応報こそ本来自然なのだ―――とはいえ、わたしたちは現代人だからな。禁じ手が使われた場合、公権力への“決闘権の譲渡”は、大抵つつがなく行われている。だが、事が血債の請求たる決闘となれば、本当の根っこのところでは、そんなのでは到底納得できやしない。できやしない…できやしないだろう?できるものではないと、現に在る制度とは別に、大抵の魔女と魔法使いは考えている。たとえばハリー、“死の呪文”は禁じ手だぞ。だから、もしも“例のあの人”が復活して現れたとしよう。そのとき、奴に対するジェームズとリリーの決闘権は、生き残った男子である君が継承するのではなく、とうに魔法省に移されているから…―――君は、指を咥えて見ているのが正しいか? 」

 

「 できない!僕、そんなこと絶対しない!そうか、僕は、それで…! 」

 

 

ハリーは口をパクパクさせた。

ロンは気まずそうな顔をした。

ハーマイオニーは息を呑んでいた。

 

 

「 …それで僕は、時々“生き残った男の子”って呼ばれるんだ!?あれは、“可哀想な坊や”っていう意味じゃなかったんだ! 」

 

「 言葉の使い方は人それぞれさ。だが実際、君はポッター家の嫡嗣であり単独で家長であり、魔法省魔法法執行部が発足する以前の時代ならば、“死者たる両親の決闘権の継承者にして、血族の弔い合戦の義務を負う者”だったので…―――勿論、これは昔の法の理屈なのだが、今でも一般的に心はそう動くので―――そういう理解でいる魔女と魔法使いは多いはずだ。

さて、クラウチ周りのことに話を戻そうか。

この通り、わたしたちは古い法に適う感性を抱えたまま、現在では法を発展させている。文字に言葉に力を宿して、真実を語って恨みを述べるとき、その口上から始まる仕返しは、人々に正当な決闘であると見なされるわけだが、強い恨みを抱えているときほど、当事者にも第三者にも、近年の法制度はしゃらくさいものに見えてしまう。しかも、現行の法制度には明らかな欠陥がある。それは何かというと… 」

 

 

ハーマイオニーが悲鳴のような声をあげた。

 

 

「 なんてこと!シリウス、魔法省だって人間の組織でしょう?うっかりして、執行し間違えることだってあるのに…あなただって冤罪だったのに…決闘の相手が魔法省だった時、その決闘権はどうなるの? 」

 

 

シリウスはニヤッと苦笑してみせた。

 

 

「 どうもならない。その者は、泣き寝入りせずに決闘権を行使するか、立場上決闘の義務を負っている場合、口上を挙げて神々を動かし、魔法省と正当に争うまでなのだ。これが、名門の魔女と魔法使いには都合が良い―――伝統的に、揉めると厄介だという判断から―――魔法省という組織は、力があると見込んだ魔女と魔法使いには甘くやってきた。今も、魔法省はそのまんまさ。

たとえば『条約上、これこれというものは所有してはいけない』とか『特定の生物の交配種を生み出してはならない』のようなきまりがあるね。これらは、決闘に関わるものは別の、“社会の安全のために便宜上定められた法”だね。

つまりそもそもを言えば、個々人が分をわきまえてさえいれば、こんなのは制定される必要のない法だ。これはな、実際の運用のうえでは、“破ったときにいちいち咎められるのは、魔法省に侮られている者だけの法”だ。なかには、てんで実力がないくせに、血筋を鼻にかけてこう主張する者もいるね―――『それは、この辺りに後からやってきた愚か者を管理するための仕組みなのに、何故我々がそれを守らねばならないんだ?』と。ハーマイオニー、旧家の魔女と魔法使いは、現行法に対して本気でそう考えているのだよ。彼らのうち実力もある者は、争いを避ける魔法省によって、そんなことでは起訴されないからね 」

 

 

ハーマイオニーは愕然とした。

 

 

「 そ、そんな… 」

 

 

だが、ハーマイオニーは文句を言わないでおいた。

ハーマイオニーは思い出したのだ。

明らかに危険で違法らしいのに飼育が続けられている、おそらく“ダンブルドアの所有物”扱いの魔法生物のこと。2年生のとき、ハリーとロンが自動車で空を飛び、マグルたちに沢山写真を撮られたこと。あのときの魔法省は仕事の詰めが甘く、ハーマイオニーは、夏休みにネットでその写真を見たことがある。それくらい、彼らは大馬鹿をやっていた―――もしも、ロンの父親がウィーズリー=アーサーでなかったら、きっとふたりは逮捕・退学になっていたのに違いない。

シリウスはちびっと魔女かぼちゃジュースを飲んだ。

 

 

「 さて、そういうわけで、自分で木を削って作ったものを、どこの誰と友達になってプレゼントするか。名門オリバンダーの者からすれば、『本来文句をつけられる事ではない件』で、グレイスは『舐められて』魔法省に挑まれた。魔法省を相手に、彼女が失ったものは名誉だ。その決闘の代行者にならなければ、まるでオリバンダー翁は孫を愛していなかったみたいだ。そして口上を挙げられ、クラウチ=バーテミウスが請求されたものは、“決して金銭には置き換わらない償い”だ。だがクラウチは、五年前には既に名声がなく、息子も奥方も失っていた。すると、彼は何を以て償うのか?それは通常、自身の声とか視力とか足とか…寿命とか…まあ、そういったものだ。以上が、クラウチとガラハッドが言い合いをしていたときに、クラウチ本人を含めて、周囲の大人たちのなかにあった了解なんだ 」

 

「 ひとつ質問してもいい? 」

 

 

ハーマイオニーは怖々と言った。

 

 

「 相場は?算定法はどうなってるの?シリウス、機能や肉体や命。それが名誉や時と一緒で、おカネに換え難いってことはよくわかるわ―――それで、クラウチが何を支払って償いとするのかは、いったいどうやって決めているの? 」

 

「 それは人間が決めることではない 」

 

 

シリウスはとても短く答えた。

 

 

「 いいぞ、君も察してくれたわけだな。わたしは、クラウチは実際に弱っていると思う 」

 

 

シリウスはガラハッドの顔色を見た。

 

 

「 クラウチは、オリーブ杖遣いのガラハッドと直接会って改めて対立して、彼はタフだってことをよく知ることになって以来、いよいよ不可算の取り立てに来られたんだと感じて、明るい昼でさえも恐怖しているだろう。というのもガラハッドは、鷲のアニメーガスとして届けを出している。わたしは、あれもまた、この場合有効なカードだと思う―――わたしは、そこらの小鳥だってグレイスのように思うことがある。実際にそうであるか否かとは関係なく、そう感じる瞬間がわたしを生かしている―――だが、もしもわたしが、クラウチの立場だったら?わたしは、どんな明るい囀りだって、高笑いのように聞こえて苦しんだことだろう。そういう精神状態のことを、一般的には病気と呼ぶ。その意味で、彼は確かに病気だと思う。

そこでクラウチは、死に物狂いの発想で、彼なりの攻め手に出たわけだな。言っては悪いがオリバンダー杖店は、破滅の道連れにはしやすい生き方をしている。立地がそうさせるのだろうがね。クラウチはスネイプの研究室から、未登録の真実薬を盗みだした―――だが、その後のことがわからない 」

 

 

シリウスはこてんと首を傾げた。

 

 

「 おかしいんだ。クラウチは、折角私的に利用出来る真実薬を得たというのに、なぜ第二の課題に合わせてホグワーツに来なかったのだろう?彼は、『お陰様でこのとおり。このたびはご迷惑をおかけした』などと言って、ホットワインでも持ち込めばいいだけだった 」

 

「 ああ。そうすれば俺は飲む羽目になった 」

 

 

ガラハッドは暗い声を出した。

ガラハッドは、大きく頷いてシリウスに同意した。

 

 

「 そう。クラウチは、這ってでもホグワーツに来たほうがよかった。そうすれば、奴は堂々と俺に毒でも飲ませられた。というのも、魔法省から来ているもうひとりの役人は、元クィディッチ選手のルドビッチ・バグマンなんです。彼はどういう人か、あなたは知っていますか? 」

 

「 ウィムボーン・ワスプスだろ?個人的なことは、何も知らないな 」

 

「 彼はね、ある意味では天才的な男です。彼は、不機嫌なクラウチからいきなり『RUDE(ボケカス)!』ってキレられても、へいへいへいっと流してコンビを組んでいられる神経持ちです。そのぶん、気にするべきところも気にしない―――もし、俺がクラウチの立場だったら…俺は、準備の打ち合わせの終わり時に、『舞踏会に行けなくて残念だった』みたいなことを言って、用意した酒とゴブレットを取り出します。『若いが、飲めるかね?』とか言って、じりじりとプレッシャーをかけてやるんだ―――バグマンは、もしもお堅いクラウチが学生に飲ませようとしたら、学生が固辞すればするほど、嬉しがってあいつの味方になるような奴です。バグマンは、もう現役じゃないけどかなり体格がいい。あれではしゃがれて、『グイッといけよ!』なんてやられたらたまりません――――だから、俺は、そうはならないように、ムーディーとバグマンに対して立ち回りました。『全部わかってるぞ』とクラウチに伝わるようにして、バグマンはこっちにちょっかいをかけてこないようにした。ハリーが教えてくれたので、俺は、先手を打つことができたんです 」

 

「 詳しく聞いてもいいだろうか 」

 

 

シリウスは余さず知りたがった。

ガラハッドは簡潔に事実を伝えた。

ハリー・ロン・ハーマイオニーの三人は、三本の箒でガラハッドが何をしていたのか、初めて十分に理解してぽかんと口を開けた。

いつの間に?それとも、元々か?このガラハッド・オリバンダーという人は、どこまで超人的なのだろう?まるでただの人間かのように、苦悩を覗かせるさまが逆に奇妙である。

ガラハッドの声は萎んでいった。政敵クラウチが異常な状態にあることについて、ガラハッドは、とうとう自分自身に嘘を吐けなくなってきていた。

 

 

「 …というのが大体の動きです。今だからこうやって説明できるだけで、実際は、どの瞬間も必死でドタバタしてたんですけど―――ハァ、いったい、何を考えたんだろうな?俺は、いったいどういう決着を期待して、キレて『潰す』なんて易々と息巻けていたんだろう?―――そうだよ。俺が、よりによってこの俺が、“こちら”にやってきて魔法使いにまでなって、念じて報復を成し遂げないわけがない…いいんだ、どうせ元々地獄から来たんだから。でも、身の丈に合わないかもしれないけど、俺だって願いを言うならば、折角こうやってまた生まれたんだ…今度は、こんなことしたくはなかった…―――いっそこんなことなら俺は、あいつには物理的にぺちゃんこになって、後遺症のない大怪我でもしてほしかった。そしたら俺は『ざまあ~!』って言って、あの件はそれでお終いになった。俺は、必ずすっきりしてクラウチのことを忘れただろうに―――本当に、その程度だった…なんて、ははは、結局言い訳しちゃってるか。ごめんごめん、俺は、もう黙っておく 」

 

 

ガラハッドは苦笑してひらひらと手を振った。

シリウスがただちに悲しそうに言った。

 

 

「 人を呪わば、穴二つという。タナトスは誰も逃がさないね。君が苦しんで生まれを悲観することが、オリバンダー翁にとっては一番つらいことなのだろう。君たちには良心がある 」

 

 

シリウスは話を前に進めた。

 

 

「 禁じ手は使っていないんだ。たとえクラウチが死体で見つかろうとも、オリバンダー家に一切の咎はない。むしろ、いよいよ名声が高まることだろう。流石は最古、流石は純血!…こんなものは全部おべっかだ。業なく生きようとするならば、名家だと言われることはまったく嬉しいことではない。後味の良いものではないからな。わたしも、クラウチが極力早く見つかることを祈っている―――さてさて、みんな、随分と長い話になってしまった。最後に結論を言っておこう―――あの夜、ウィンキーを操った闇の魔法使いはどういう人物か、わたしは、この湿気きったガラハッドのツラに答えが書いてあると思っていてね。いいかね、“闇の印”を打ち上げた犯人は…その頃暴れていた者たちが、いったいどういう者だったかに関係なく…確実にただの愉快犯ではない。そいつは、ガラハッドの近くから“闇の印”を打ち上げることで、“一定歳をとっている人間たちに、敢えて触れないで消滅を望まれている抗争”をわざと激化させた。そいつは、狡猾に策謀を巡らせて、この社会の崩壊を望んでいるのに違いない。言いすぎじゃないぞ!そいつにとっては、『返り咲きの怖いタカ派魔法官僚』とこの『真っ当な次期杖店の店主』、どちらもが『やりあって弱っていってほしい存在』なのだから―――そういうことだ。そう踊らされたのだとわかっているのだから、ガラハッド、君はこれからも極力知らん顔で、元気に君らしく振る舞うのが正解だと思うぞ。ハリー、ハーマイオニー、わたしたちの社会では、こういうとき心を閉じることが身を守ることにつながるのさ…目に見えてしおらしくしない者を責めてはならない 」

 

 

シリウスは熱っぽく締めくくった。

ガラハッドは有り難く拝聴しておく他になかった。すっぱりと腹を開かれて、吊るされて乾いていく魚になった心地だ。もうどうにでも料理してくれ、だ。

 

ハリー・ロン・ハーマイオニーの三人は、これといって何の感想も口にしなかった。彼らもまた“語らないでおくこと”を選んだ。

洞窟はしばらく静かになった。

 

シリウスは灯に新しい蝋燭を差しかけて、ハリーたちがまだここにいられるようにした―――本当は、“蝋燭1本分の時間”でお別れにするつもりだったのに。

シリウスは、さっきハリーがしたように、ハリーの顔つきをそっと窺った。

ハリーは陰鬱に蝋燭の灯を見ていた。彼は、シリウスの主張にはとても納得している。ただ彼は、「なるほど。流石だおじさん!」などと言う気分ではなかっただけだ―――けれどもシリウスは不安に駆られた。

ハリーは、不意にくしゃくしゃと頭を掻いて歯噛みして念じた。

 

 

( …で、結局、そのヤバい犯人は、いったいどこのどいつなんだ!? )

 

 

ハリーは、それがわからない推理に意味を見出せなかった。

ロンとハーマイオニーを見やりながら、ハリーは不安を押し殺して硬い声で言った。

 

 

「 シリウスおじさん、その犯人と、僕の名前を“炎のゴブレット”に入れた犯人は別人だよね?僕は、いったい何人の悪者に備えて行動しないといけないの? 」

 

「 ハリー、カルカロフを忘れているわ 」

 

 

ハーマイオニーは息苦しそうに言った。

 

 

「 ハリー、あの話、シリウスにも伝えておくべきだわ 」

 

 

ハリーは思い出して「ああ」と言った。ハリーは、ちょっとだけロンと譲り合ったが、結局また自分が話をすることにした。ガラハッドとシリウスの二人は、ハリーからまた「本日の魔法薬学」の話を聞いた。

 

ハリーは、スネイプから真実薬の話を聞いたあとに、カルカロフがスネイプを訪ねてきたのを見たのだという。授業中であると主張して、スネイプはカルカロフに出て行ってもらおうとした。しかしカルカロフは粘って、「スネイプ、君は私を避けている」というようなことを言い始めた…。

 

 

「 アッー!OKOK、もう結構です 」

 

 

ガラハッドは高速で頷きまくった。

ハリーは怪訝な顔をした。ハリーは、正しくガラハッドらしくしているガラハッドを無視して、シリウスだけを見つめて話すことにした。

ハリーは真剣に語った―――スネイプに付き纏いをしているカルカロフは、ローブの袖を捲って、嫌がるスネイプに腕の内側を見せたんだ、と――― ガラハッドはヒヤヒヤしてしまった。

お節介かもしれないけれども、ガラハッドは黙っていられなかった。

 

 

「 ハリー。嗜好って人それぞれだけどさ、俺は、お前にそういうのに興味持ってほしくないよ 」

 

 

ガラハッドはカルカロフをヤク中だと思った。

ハリーはむすっと不機嫌な顔つきをして応じた。

 

 

「 無茶言うよ。コソコソしちゃって。あんなの、気になるに決まってる。君は妙だと思わないの? 」

 

「 ガラハッド!わたしも、もしかしたらあなたと同じ心配をしているかもしれないわ…自信がなくって、調べてから言わなくちゃと思ってたんだけど…。ねえ注射器って、魔法界にもあるのかしら!? 」

 

「 ある。生憎、魔法界にも注射器はある 」

 

「 まあ!!! 」

 

 

ハーマイオニーは仰け反るように叫んだ。

ハーマイオニーは、今度こそ穢れのない使命感に駆られてまくしたてた。

 

 

「 ハリー!彼、相当な依存症なんだわ!腐ってもダームストラングの校長なのに!なんてことでしょう!!  」

 

 

そこからは、ガラハッドの言いたいことは全部、ほとんど機関銃のような勢いで、ハーマイオニーが代わりに言ってくれた。

ハーマイオニーは、「歯のない人たち」の生活がいかにいかがわしくて危険か、両親に教えてもらったとおりに、一生懸命に語って友人たちに警告した。ハーマイオニーの勢いに押されて、ハリーとロンは目を白黒させた。

シリウスは、「そういう人もいるのだなあ」と、どこか少し冷やかすような声色で言った。

 

 

「 あまり驚く気にはなれない。スネイプは、その手の人間にだけは好かれるんだろうな。あいつは、昔からべっとりした嫌な奴だったよ。ホグワーツ中の誰よりも、危険な呪いを知ることに情熱を燃やしていた。ハリー、あいつらは、純血だなんだを気にする連中のなかで、ちまちまと背伸びをして暮らしている魔法使いだ。ちょっとは格好つけないといけないから、そのマグル趣味は秘密なんじゃないか? 」

 

 

シリウスは気楽に言ってのけた。

そのとき、ガラハッドは内心「うわあ…」と思った。

 

ダームストラング校長✕スリザリン寮監に対して、シリウス・ブラック様の言うことは尤もである。ううっ、今のは、圧倒的に家柄が良くて格好いい人にしか言えないやつだぞ!

 

いいな。もしも自分だってそうだったら、俺は、一生涯どこでも羽根ペンを使わないよ。俺だってちまちま背伸びしてるよ…。

 

溜息を吐いてしまわないうちに、ガラハッドはこの会をお開きにした。

 




■余談。この魔法界における狼人間の法的権利能力は、帝国アハト刑に処された実在の人狼・人間狼身分と同じということにします。「不可算の取り立て」はわたしの造語です。
■「ムーサよ謳え」は今回はペネローペーの出てくる『オデュッセイア』のほうから。
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