ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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公然の秘密Ⅱ

 

日曜日の夕方、ガラハッドがエディに誘われて談話室でポーカーをしていると、マリエッタがつかつかとやってきて、なかば叩きつけるようにして雑誌を卓上に置いた。

ゲームは強制終了となった。下敷きになって見えやしないが、山札は雪崩れて捨て札と混ざったに違いなかった。

アンドレは飛び上がって下手人を見た。

 

 

「 なんてことするんだ! 」

 

 

しかし、アンドレはマリエッタがやったと把握するなり、一転黙りこんでニヤニヤし始めた。

他の面々もそうだった。彼らは、強烈に面白い予感に胸を躍らせた。なんだか寮の名物になってきた、“いつもの夫婦喧嘩”の幕開けである。泡をくったような調子で、ガラハッド卿がビビって身構えている。“女教師系”のマリエッタ様は、『週刊魔女』を厳しく指さしてこうおっしゃいなさる。

 

 

「 あなた、読んで。素敵な記事があるわよ 」

 

「 新作の愛の妙薬が出たのか? 」

 

 

ガラハッドはしぶしぶ手札を投げ出した。男子グループの中にまで入って来るなんて、ガラハッドは本当にやめてほしかった…何が悲しくてこの俺は、ニヤつくアホどもの前で女性誌を読まないといけないんだか―――ガラハッドはふと真顔になった。

ジルが前のめりになって言った。

 

 

「 Sir、スクープ?そういえば、あのダームストラングの子とはどうなったんだい? 」

 

「 よせ。よせ。本当に何もないから。あれは、単に道を訊かれていただけ 」

 

「 またまたぁ! 」

 

「 頼むって。お前ら全員黙れ 」

 

 

ガラハッドは『週刊魔女』を取って開いた。

『ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み』だと?表紙に踊る見出しのなかで、ホグワーツに関係ありそうな記事はそのひとつだけだった―――ガラハッドは急いでパラパラとページを捲った。

ハリーのカラー写真が見えた。みんなが覗き込むが、ガラハッドは極力記事を隠そうとした。真横にいたロジャーは、最初の数行だけをチラッと見ることが出来た。

 

 

ほかの少年とは違う。そうかもしれない―――しかしやはり少年だ。あらゆる青春の痛みを感じている。と、リータ・スキーターは報告する。

 

 

「 それ、ウィーズリーとのことが書いてあるのか? 」

 

 

ロジャーはガラハッドに質問した。

ガラハッドは絶句して小刻みに首を横に振った。

ハリー・ポッターの名前なんて「閲覧数稼ぎ」であろう。この記事は、三行目からあとはもうハーマイオニーのことばかりだった。

わざわざ「マグル生まれ」と最初に前置きして、彼女がクラムからも好かれていることを書くなんてたちが悪い。愛の妙薬によって生まれた子は、愛の妙薬を使うことに長けていると言いたいらしい。筆者がそう決めつけていることにならないように、巧みに連想を掻き立てる書き口にしたあと、末尾に他者の証言を借りているところが憎々しい…!

 

 

「 ハハッ…クソが。流石はプロでいらっしゃるよ! 」

 

 

ガラハッドは雑誌をマリエッタに突き返した。

マリエッタはニヤッとして言った。

 

 

「 ほ~ら言ったでしょう。あの子は、誑かしのプロなのよ。あなた、これで少しはお目覚めになった? 」

 

「 違う。そういう意味で言ったんじゃない 」

 

「 どういうこと? 」

 

「 スキーターだ。この記者が、卑怯で猪口才だって言ったんだ 」

 

 

ガラハッドは三本の箒での出来事を思い出した。

自分は、あのとき震えるハーマイオニーの肩を抱いて店を出たから、リータ・スキーターは我々の関係を察したと思う。

それなのに、俺ってば、この記事では存在しない扱い…。

ガラハッドはイライラと目を細めた。

 

 

( けっ、ド三流が。杖店(うち)にはビビっといて、孤児と外国人とマグル生まれを狙うのかよ )

 

 

ガラハッドはちゃあんと知っている。

近頃は、スキーターは日刊予言者新聞じゃあいっぱしのジャーナリストぶった筆を振るっていて、『“持続可能な発展”の提唱者・英国が盟主を務める、一連の国際協定締結の立役者に失踪疑惑!?重病!?魔法省は回答拒否!と、いうことは…』と、同業者に速報記事で負けたぶんネチネチネチネチと、これからの社会に警鐘(笑)とやらを鳴らしてコガネを稼いでいる。

ガラハッドは、スキーターの“敵を選ぶ力”と、そのうえの“嫌味の才能”には完敗である。ああはいそうですかそうですか。たしかに俺では、名前を出したって「誰?」になっちゃって、ゴシップ記事としては旨味がないですよね~。そりゃあね~こちとら“最古の純血”の一員ですけどね~~天下のハリー・ポッターとビクトール・クラムのようなスターではありませんとも~~~。どこからも文句をつけさせず、“マグル生まれにも杖を売っているオリバンダー”に、マグル生まれの恋人がいたところで意外性がないし?

ガラハッドはハーマイオニーの身が心配になった。

ガラハッドは、「彼女はこんな雑誌を友達と回し読みする子じゃない」と思った。陰でヒソヒソ言われて、事情がわからないまま悲しんでいやしないだろうか?気の毒に。女同士って陰湿そうだもんなあ…―――ガラハッドは勝手に鏡像を幻視して憂えた。

 

翌日、事態は想像以上にワイルドに展開していった。ガラハッドは、マリエッタの監視を掻い潜ってハーマイオニーの様子を見に行き、彼女は腫れ草の膿で手を腫らしたとハリーたちから聞いた。

 

 

「 彼女、今は医務室に行ってる。さっき、あの雑誌の読者から嫌がらせの手紙がいっぱい届いたんだ 」

 

 

ハリーはやるせない様子で言った。

ガラハッドはすぐに見舞いに行きたかったが、一時間目が魔法薬学だったので抜けられなかった。魔法薬学の次は変身術で、こちらもちょろまかして抜け出せるわけがなかった。いよいよ近づいてきたO.W.L試験に向けて、どの教員も五年生に目を光らせていた。昼食時、ガラハッドはようやくハーマイオニーに会うことができた。

 

 

「 あのスキーターって女、憎たらしい! 」

 

 

ハーマイオニーは覚えたての言葉を使って憤慨した。

 

 

「 自力救済(フェーデ)よ!こういうときこそ、自力救済(フェーデ)よね! 」

 

 

ガラハッドはお腹いっぱいの気分になった。

ハーマイオニーは、両手が包帯でぐるぐる巻きになっていたが、まったくしょげこまずにしっかりとその手で昼食を皿に確保していた。どうやら、「悲しくって食べられないの」の状態ではなく、「腹が立つぶん食べたいのに、この手ってば動かないのよね余計に腹立つわ~!」という気分のようである。ガラハッドはそっとジュースを注いでやった。

ニフラーがどうのとか言って、ハリーとロンは少し口論中だった。

ガラハッドが神妙に提案をすると、ハーマイオニーは少し考えて瞳を潤ませて応じた。

 

 

「 あの女の頭を抑える方法を思いついた。ご丁寧にも、記事中にヒントが載っていたんでな。証言者はパンジー・パーキンソンだったな。スキーターは、パーキンソン嬢におべっかを言う必要があって、記事中で本来は不要な情報なのに、不自然な挿入をして可愛いって書いたんだ。賭けてもいいけど、『次もホグワーツ内に引き込んでもらうため』だろう。この二人は確実につながっている。鷲寮(うち)のテーブル来るか?パーキンソンは、冬至舞踏会以降マルフォイにべったりだぞ。隣のテーブルにいたってわかるね―――俺は、マルフォイ経由で未来の貴婦人たるべきお嬢様に、こんな低俗なお遊びはやめさせて、相手を選んで“辛口コメント”をやってる、ただの卑怯なクズババアとは、手を切るように仕向けることができるよ 」

 

「 ―――…。……いいわ。わたし、自分の手であの女を負かしたい。もう来ないで、とするんじゃなくて、来たところを捕まえてとっちめてやりたいの 」

 

 

ハーマイオニーはきっぱりと言った。

ガラハッドは正直意外だった。彼は微苦笑して、「そう。それならば出来ることはないや」としか言えなかった…―――彼には自覚がなかったのだ。

彼女は、彼に自信を与えられたからこの一年でとても強くなったのだけれども、ハーマイオニーに頼ってもらえなくて、ガラハッドは肌寒いような寂しさを感じた。使ってもらえない在庫杖たちが、紙箱の中で震えるときの気持ちがわかった。

自分は汚れているんだなとも感じた。

でも、こんな手段だって獲得性だ。

ガラハッドは、「こんなときに守らせてもらえないのなら、自分は何のために強くなってきたのだろう?」とも思った。そういうことは独りの寝室で、真夜中に近い頃に思うのであった。

 

一週間が経った。

その週、マリエッタはとても上機嫌だった。彼女は、毎朝フクロウたちがハーマイオニーに群がるのを遠目に見ては、これまでの苦痛と我慢が報われたように感じた。あらあら!わたしはなぁんにもしていませんけど、やられるべき子っておのずとやられるみたいね~!

あとは、この意地っ張りさんに間違いを認めさせるだけね~!

ガラハッドは一週間無口に過ごした。

 

ガラハッドは、廊下や談話室などの雑談の場で、「ハリー・ポッターの爛れた恋愛事情」が話題に上がり、「あのふたり、よく見ると本当にいつでも一緒!」「あれはロンハリなのかハリロンなのか」という議論を耳にすると、自身の想像力の暴走に苦しみ、「う゛っ、やめろよ…」と急いで中座することを続けた。

また、話題が「ハリー・ハーマイオニー・クラムの三角関係」となると、ガラハッドは非常に機嫌の良い日が続いているマリエッタに、なんだかにこやかに復讐されている気がした―――…なるほど、わかりました好きな人のゴシップを黙って聞くしかないのって、大変つらくて耐え難いことですね…「わかればいいのよ」っていう顔、とっても怖いのでどうかやめてください…。

 

三月の下旬、O.W.Lの実施スケジュールが公開された。

ガラハッドは、これにはどっと救われた心地になった。

たちまち身近で行われる会話は、ゴシップから勉強の話題へと切り替わった。たとえば、誰かから声をかけられるときは、「ねえ、Sirはポッターと親しいよね?」から「なあ、この呪文の読み方って何だったっけ?」などになった。

 

ガラハッドはよろこんで試験対策を始めた。

一方、マリエッタは油断などしていなかった。

ある日のことだ。知ってるわよ、この機会は、「Sir、教えて♡」って媚びるクソ女の発生しどきなの。散れ!「彼女さん厳し~い笑」を常套句にする女ども!!―――と、いう気分でマリエッタはドンッと卓上に書籍を積み上げた。

勿論ガラハッドはそんな内心まで知らない。

自習ブースに相応しい態度で、マリエッタはてきぱきと持ち物の紹介をした。

 

 

「 はい!これが、一昨年と去年のマグル学の教科書よ。それから、こっちは魔法生物飼育学の過去問題集 」

 

「 有難う。俺も、セドリックから去年の問題を貰ってきた 」

 

 

ガラハッドは不要な言い訳をした。「フレッドとジョージは、こういうのちゃんと残しておかないんだよな」と言っておくと、マリエッタは「ふふふ想像つくわ」と笑った。彼女は“ルーン文字学”の過去問に目を通し始めた。

 

ガラハッドは最近考えを変えた。これまで、【履修科目+数占い】だけを受験しようかと思っていたけれども、こうやって過去問が手に入るものであるなら、とりあえず全教科受けるというのもアリかもしれない。

初日の午前中はマグル学なのだが、それには参加せずに昼から…というのは試験ウィークのスタートが締まらない。

それに、どうも普通(O)魔法(W)レベル(L)で問われるものは、どんな専門分野にも繋がる基礎教養だ。「君たち、互いに高め合うのですよ」とおっしゃった、あのフリットウィック先生の口ぶりからはそう察せられる。

 

 

「 教え合いをしなさい。仲間に教えることを通して、単純反復とならない復習をしていきなさい。文字に言葉に火の息を吹き込み、生きた技術として駆使していくのですよ。聞き手側は、『情報が増えたら混乱する』などと言って、未知の領域に関する解説を拒否しないでよく聞きなさい。その程度で混同と錯誤がすすむのであれば、はなから自身が受講してきたほうの教科において、その者は基礎の定着が足りない。閉鎖的な行動をとりたくなった者は、それに走らせる己の弱さと向き合って諫めなさい。早期に自身の現状を確かめ、熱を入れて知力の地金を叩きなさい。真に賢いレイブンクロー生ならば、他分野について他者から学ぶことで、より多角的な考察力を培って自身の興味範囲を追究するものです。さあ諸君、君たちは、レイブンクロー寮生活五年目です。一年生とはわけが違うでしょう?自身は、『ふわふわと知恵と個性に憧れた子』ではなく、『現に知恵あり個性ある者になった』と証明する機会が、このO.W.Lという試験であると心得なさい 」

 

 

レイブンクロー生はフリットウィック先生が大好きだ。

斯くして今年もレイブンクローの五年生は、「きもっ。あいつらガリ勉!」と陰で(・・)囁かれている。ちゃんと陰で隠れて言わないと、彼ら彼女らは、もしも公然と「ガリ勉」と呼ばれる機会を得たら、それを“勲章”として受け取ってニヤニヤするからだ。もしくは、このガラハッド・オリバンダーに限って言うならば、「ええ、そうかな?今って、最悪にダラダラしちゃってると思うけど…」と苦笑して、また当然のように普通じゃないところを出してくる。

 

やれやれ、連中には関わっていられない。

と、思われているうちに四月になった。

 

 

ガラハッドは、あれからも何度かハーマイオニーに調子を聞いていた。

四月、ハーマイオニーはとうとうこちらに弱音を吐いてくれた。

 

 

「 ロンのお母さんが、イースターエッグを贈ってくださったの。でも、わたしのぶんだけとても小さかったわ。どうやら、ロンのお母さんも『週刊魔女』を読んでいるみたいなの… 」

 

「 …へえ、そうなんだ 」

 

 

ガラハッドは「えっ、そこ悲しむとこか?」と思った。というか普通、友達の親からイースターエッグなんか貰うか?俺は、自分のとこの親からでさえそんなの貰ったことないが…。

ハーマイオニーは、他の嫌がらせ被害の状況をぼかした。彼女は、前回は「ハリーとロンはいつまでも『ホグワーツの歴史』を読まないの」と言って、「ハリーが言い出したんだけど、今時の(・・・)マグル界には盗聴器っていうものがあってね…」と、親切丁寧にそれを説明してくれた。つまり、昭和元年生まれの心はズタボロだ。

彼女は、今回は「ムーディー先生に確かめたら、当日湖の近くにスキーターはいなかったわ」と言った。ガラハッドは、「なんで俺に頼るのは駄目でムーディーはいいんだよ」と、重々みっともないことは承知であるながら、兄か何かのように振舞って、年下の奮闘を茶化す調子で言ってしまった。ハーマイオニーは唇を尖らせた。

 

 

「 だって…ムーディー先生は質問に答えるだけだわ。積極的に介入はなさらないの。わたし、あなたの陰に隠れて、結果的にマルフォイのお世話になりたくないわ… 」

 

 

ガラハッドはそりゃそうだと思った。

ただし一点だけ言っておきたい!

ガラハッドは出来るだけクールに言った。

 

 

「 真に受けるな。ムーディーは適当に答えただけだよ。正しく働いて、ハリーをよく守っているように見せるためにな 」

 

 

ガラハッドは意地ではなく本当にそう思った。だってそうでなかったら、あの日シリウスは無事に帰れやしなかっただろう。ムーディーはとことん見掛け倒しなのだ。評判通り老い衰え、いまや自分より弱い学生相手にイキることしかしていない。

 

 

( 舐めやがって。ふざけてんじゃねえぞボケ。それでも教師の肩書きがあれば、ハーマイオニーは信じるんだよなあ… )

 

 

その一念が炎へとなったのか…。

その日のDAで、ガラハッドはうっかりムーディ先生をぶっ飛ばした。事故である。ちょびっと、真正面から使った“防御呪文”の威力が強すぎた。

ガラハッドは前からわかっている―――わかっていて、今だって一種の手加減をしているのに、失敗してしまった―――こんな、実戦逮捕術の花形である“姿現し”と“姿くらまし”が使えないホグワーツの教室の中で、いちいち一人ずつ名前を呼ばれて、剣道の稽古のように呪文を放ちあうのなら、自由な足を二本持っている自分は、本気でやればムーディーなんかいつでも倒せる。義足を引き摺っている男に、決闘術のステップは踏めない。自分は、杖なしでだって机と椅子に加勢を頼める。

 

本気で詫びてきて老人を労わることを言うオリバンダーに、クラウチ.Jrは血管がキレそうになった。

 

 

さてそんな日々の果てに。

ある日ガラハッドは、「満を持して」というべきなのか、「今更になって」なのかわからない誘いを受けた。自身としては後者だと感じた。

放課後、マーカスから“レタス喰い虫”の扱いについて聞きながら寮塔階段をおりたら、ビクトール・クラムがそこで待ち伏せをしていて、是非ふたりで話したいと言って湖に誘ってきた。ガラハッドは当初、「俺には君と話したいことがないよ」と言って断った。だが、その翌朝にはミケから手紙を受け取ってしまった。

 

 

『 我が友に機会を与えてやってほしい 』

 

 

ガラハッドはいよいよクラムと話をする気が失せた。

 

 

( だっる。ていうか、決闘希望ならばもっと早い段階で来いよ )

 

 

しかし、たかが(・・・)有名クィディッチ選手はともかくとして、数少ない同業者であるミケ・グレゴロビッチに不義理はできない。ガラハッドは深い溜め息を吐いて手紙を仕舞い込み、隣席にいたロジャーに、このことを言いふらさないようにと言った。

五年目の付き合いの勘なのだが、ロジャーは、このことに関してだけは面白がっていないようだった。

 

 

「 おう。けど、お前、行くなら錨をおろしとくべきだぜ―――別に俺じゃなくていいからさ 」

 

「 ははっ。お前は、俺に“立ち会い”をさせたことはないもんな? 」

 

「 お前を連れていくと話が散らかる 」

 

 

ロジャーは口の中の隙間をポテトで埋めた。

流石、デラクールを射止めた男は違いますなあ?

ガラハッドは、「嘘吐け。ダサいからだろ」と思ったが言わなかった。いかにも助っ人頼りに見えることのダサさは、まさにビクトール・クラムが体現していると思った。

 

ガラハッドは紅茶を飲み終えた。彼は、しっかりとタイミングをはかって席を離れて、同寮の六年生たちに混ざって一時間目に向かった。この曜日ならば、彼らはハッフルパフ生と一緒に行動する。

 

ガラハッドは、セドリックにこのことを伝えておくことにした。

 

別に、本当に知っておいてもらうだけでいい。「クラムとふたりっきりになるのは嫌だから、一緒に来てほしい」なんていう意味ではない。「揉める予定だから、加勢してくれ」だなんて死んでも言わない。単純に、万が一ふたりで過ごしているところを見られて、また嫉妬心を抱かれてはかなわない。

ガラハッドはうっすらと予想した―――おそらく、セドリックはクラムの大ファンだから、もしも、今度は彼との仲を疑って、猛烈な嫉妬をした日には、きっと二度目の恥を晒すことを避けて、「そりゃあ、僕よりも彼だよね!!!」と、卑屈な自己完結を決め込むんだろうな、と…。

 

その予想はかなり当たっていた。

 

その日、セドリック・ディゴリーはびっくりした―――なんと、朝、一時間目の教室に向かっていたら、ガラハッドはシップリーたちがすぐそこにいるのに堂々と、随分とプライベートな手紙をヒョイっと見せてきた!?

あの、あの、二人で出かけるのを事前に教えてもらえるということは、僕は先日揶揄われたわけじゃない?いや、これこそが新手の凶悪な揶揄い?……こいつって、いっつも悪気だけ(・・)はないんだよなあ!!!―――セドリックは緩みかけた頬に気合を入れた。

嬉しいけど、怒って、強引に、気合を入れましたので、セドリックはガラハッドを泣かせたくなった。「君は、いい加減思い知れよ」と告げて、ちょっとそこの石壁に…今日こそ、あんまりにお舐めになってもらなわないために……と、いう妄想を差しはさんでいる場合ではないのだが。

セドリックは仏頂面で低く言った。

 

 

「 フレッドとジョージから聞いてる 」

 

 

ガラハッドはギョッとしてセドリックを二度見した。

 

 

「 凄いよね。君、あいつと話をするってことは、そっちと関わりのあるほうの…についてだな?わかってるぞ。そのお話し合いは、大会運営への要望聞きなんかじゃないんだろ? 」

 

「 あー…ああ、うん、多分。えぇぇお前、いつから知ってるんだよそれ… 」

 

「 フッ、内緒。教えないよ 」

 

「 おい 」

 

「 気をつけろ。決闘の申し込みだったとしても、僕は君の味方なんてしないからな。念のために言っておくんだけど、勝ちたさに目を眩ませないことだね。好機だ、そのほうとは、これでさっぱりと終わりにしてしまえよ 」

 

 

セドリックはつい意地悪な声になった。

ガラハッドはムスッとして少し赤くなった―――「わかってるし…」とかなんとか言っているが、これは知られていたことへの羞らいと、忘れ得ぬ人に対しての未練顔だ。セドリックはそれを見逃さなかった。

 

別れどきである。それぞれの時間割に従って、これよりは別の道を往かねばならない。

セドリックは、ガラハッドのことをドンッと押してやった―――ああこの野郎!ここが、賑やかな廊下なんかじゃなかったらなあ!

ガラハッドは足を止めなかった。人波に乗って歩きながら、彼は振り向いてへらっと笑った。

セドリックはそれに絆されてしまった。

ちぇっ、うんと酷い目に遭わせてやりたいけど、他人から体面を潰されているところを見たいわけじゃないんだよね。決闘ならあいつは強い筈だ…しかし、相手はあのビクトール・クラムだ…―――悩みに悩むセドリックは、今日もまた無口な人物だと見なされた。

 

 

さてガラハッドはその日の翌日にとうとう、ビクトール・クラムと一対一(サシ)でお話をする機会を持った。結局、クラムが何を言い出す気であるのやら、ガラハッドはいまいち予想を絞り込めなかった。立会人など伴わずに、クラムは一人で約束の場所へとやってきた。「盗み聞きされたくない」という要望を受けて、ガラハッドはクラムに“禁じられた森”へ行くことを提案した。そこが杖業の者にとってどういう場所か、ミケと親しいクラムにはわかっている筈だった。クラムが条件を呑んだので、ガラハッドは却って驚きながら歩いた。

 

 

「 頼みがある 」

 

 

森の外が見えないところまで来ると、クラムは暗い声で話し始めた。ガラハッドは、もう十分驚いたつもりでいたが、「頼み」というフレーズにはまたびっくりした。「とっても壮絶な覚悟をしました」という顔で、クラムは地面から一度も目を上げずに話し始めた。

 

 

「 ハーミィ‐オウン‐ニニーを助けでください。ヴぉくは、ヴぉくのブァンをゴンドロールできない。ヴぉくは、この国のマスゴミのごと、わからない。あなだは、争うごと避けられる人ですね。オリヴァンダー、どでも、強いですね。ハーミィ‐オウン‐ニニーはあなだが好きだ。ヴぉくは、もう、身を引くので、どうか、彼女を罰さないでぐださい。あなだは、彼女を許しでください 」

 

 

クラムは用意していた言葉を全部言った。

ガラハッドはポカンとして弱々しく答えた。

 

 

「 …そいつは、物凄っっっく否定したい誤解に基づいてるな 」

 

 

ガラハッドは樫の樹の幹に手をついて言った。

 

 

「 やっぱりな、お前は勘違いしているんだ。あの記事を書かせたのは俺じゃないのに 」

 

「 嘘だ。ヴぉくが、彼女をブルガリアに誘ったこど、あの時、あなだしか聞いでいませんでした! 」

 

「 それは、君にとってはそう見えたというだけだろ?蛙か何かにでも化けて、スキーターはそこらへんにいたんだろう。第一、俺が黒幕だとすれば、記事で叩かれたのは彼女じゃなくてお前だっつうの。どうして俺が、みすみすハーマイオニーが不幸になることをしなきゃいけないんだ?ただでさえ…あんまり…あの記事以前から…本人が幸せにならない方向に進んでいるような気がしてたのに… 」

 

 

今度はガラハッドが俯いてしまう番だった。

そして、これまでに考えてきたことを告げる番であった。

ガラハッド・オリバンダーは言った。

 

 

「 俺はあの子を愛している 」

 

 

クラムはムッとして顔を上げた。「ヴぁかな!」だか「ヴぉけが!」だか知らないが、クラムは声を荒げて何かを言った。

ガラハッドは、「黙れ今俺が喋ってんだよ」という目つきをして、あくまでも淡々とした声で続きを話した。

 

 

「 だから、俺は、彼女がそれで平穏な道を歩めるのなら、もういっそお前に負けてやるほうがいいのかもと思うことさえある。時々…ほんの時々だけどな。別に、お前には敵わないからじゃないぞ。純粋に、彼女の身の安全を思うならば、彼女の興味関心は、ブルガリアのヨーグルトにでも向いているほうがいい場合がある。それか、なんか健康にいいらしい紅茶キノコとかな 」

 

 

OK?ご理解いただけただけますか菌類以下生物?

と、いう角度でガラハッドは首を傾げた。

クラムは悔しさで唇を震えさせた。

 

 

「 お前ヴぁ、くちヴぁっかりの奴だ! 」

 

 

ビクトール・クラムは杖を抜いた。

ずるっ

クラムはすっころんで尻もちをついた。

樹の根が動いて、彼の足元を崩した。ガラハッドは動かず、樫の樹の幹に手のひらをつけたままでいた。

倒れたというのに杖先がぶれず、なおも威勢を失っていないクラムを見て、ガラハッドはクラムという人物に舌を巻いた。勝つか負けるかのためではなく、ビクトール・クラムは愛に動かされて吼えているのであろう。

 

 

「 ガラハッド卿!お前ヴぁ、なぜハーミィ‐オウン‐ニニーを助けない!?お前なら、きっど裏から手を回せる。ブルーマフィアの血ヴぁ青いのか!お前ヴぁ、彼女を愛してなんがいない! 」

 

 

ガラハッドは簡単に否定できなかった。

うっざ。お前って、やっぱ踏み込んできてほしくないところまでクるよなあ?そういうところ好きじゃないや―――ガラハッドは改めてそう思った。

 

え~その件につきましては、自分でも重々考え悩んでいるところでして、結論、「放っといてください」というのが、おたくビクトール・クラムさんへの回答である。

ガラハッドはざっくりとそのように言った。

「本人が望みやしないのに、俺が伝手でどうにかしちゃうのってなあ」とか、「そもそも本人の意志なんか訊かずに、黙って解決しておけばよかったのかなあ」とか、「どんな意志だって尊重して応援してやりたいな。彼女は、これを機に魔女らしい魔女になりたいんだろうなあ」とか、俺は、お前から見ると冷血かもしれないけれど、俺は、日夜俺なりにいろいろ考えてます。いちいちお前にお手紙書いて、葛藤の共有なんかする義理はないだけです。お前と俺はお友達じゃないから、いいか?こんなことで二度とお呼び出ししてくんなよ?

と、ガラハッドはまるで記者の質問に答えるかのように、徹底的に揚げ足をとらせるまいとして、まったく言葉を乱さずに陳述していった。

 

最後にぶつけられた質問に、ガラハッドは「そういうところだぞ」と思った。クラムは、こっちがあくまでもガラハッド・オリバンダーであって、ガラハッド・オリバンダー以外ではないと知っている筈なのに、ハリー・ポッターとハーマイオニーの関係は記事の通りなのかと、杖を仕舞いこんで、苔や泥のついた尻を叩きながらむっつりと言った。

ガラハッドは樫の樹から手を離して言った。

 

 

「 さあ?そんなの、本人に訊けよ。ハーマイオニーは否定するだろうな…それを信用できないなら、おたくは、彼女の何を愛してるんだ?俺にはずけずけと口出しをできて、英雄相手には事実確認もできないのか? 」

 

 

この言葉はクラムへと刺さった。

帰り道、クラムはひどく猫背になって歩いた。

森を抜けて、ダームストラングの船が見えるところまで出ると、クラムはジトッとした目つきで目礼をして去った。ガラハッドは、クラムが堂々と背中を見せて歩いたので、また「うわ…」と驚いてかなりやりづらさを感じた。

不気味だ。こっちは信用しきれないので、ガラハッドは何度も振り返りながら帰った。こんなに振り返っているのに、一度も目が合わないなんて俺が小者みたいだ…―――ガラハッドは早足になった。

 

惨めな気分が膨らんでいく。ガラハッドは、充分その場で言い返してきたというのに、さっきクラムに言われたことが心に刺さっていた―――そうだよ、俺は、この期に及んでもまだ、愛するとかいうのはどういうことかわかってないよ。「そういうのはこうだ!」と断言してのけて、実行力を問う輩を憎く感じる。そんな凄い奴と張り合おうとして、格好つけてしまう自分が大嫌いだ。

 

格好つけてしまった、といえば…。

ガラハッドは、冬至の日にこの校庭で自身を「 I am A GNAWED DAHLIA LOVER( ⇔GALAHAD OLIVEWANDER⇔     ) 」としたことを、早くも黒歴史として後悔している。

あれだよ。自分は、どうもあれ以来、なんか太宰治世界の住人になってきてる気がする。

あの書き口!あの退廃感!「あはは、治りたがらない病人って、病人じゃないよな~」とか言って、冷やかして斜めに読むくらいじゃないとやってられないやつ!

わたしは、花一輪をさえほどよく愛することができない」とか、汽車に乗りながら連れに言っちゃってさあ…。

 

ほのかな匂いを愛でるだけでは足りず、突風の如く手折って手の中に入れて、花びらをむしって揉みくちゃにして。たまらなくなって泣いて、唇のあいだに押し込んで。ぐしゃぐしゃに噛んで吐き出して、それを踏んでしまって蹂躙して。それから、自分で自分をもて余す。自分を殺したく思う。「僕は、人間でないのかも知れない」と言う。

そんな男に誰がした?―――って、正直、根本では前世からずっとそうだから、いまだにこんな文章をこまごまと覚えているんだけど、「魔法の仕掛け人は誰?」という意味では、多分、おそらく、間違いなく、犯人は自分だ。

これは、過去イチ壮大で取り返しのつかない自滅だと思う。

あ~ぁ、今日もカジュアルに死にたい気分だな~!?

ガラハッドはざくざくと芝を踏んだ。

 

ハグリッドの小屋が見えるところまで森際を進むと、城の正面玄関もまた視界に入って来る。無事に帰ってきたガラハッドは、くさくさした気分を引っ込めて目を丸くした。玄関扉よりも外の大理石の上には、セドリックとマリエッタとチョウの姿があった。ガラハッドの姿を認めると、三人は微笑んで石段を駆け降りてきた。

セドリックは恥ずかしげに苦笑して言った。

 

 

「 馬鹿だなって、思ってるかい?…日没を過ぎても帰ってこなかったら、様子を見に行こうかと思ってここにいたんだよ 」

 

 

それこそ錨の役割だ。

ガラハッドは言葉もなく破顔した。

マリエッタは血相を変えてガラハッドの腕に触れた。

 

 

「 ガラハッド!あなた、どうして言わずに行ったの!? 」

 

 

マリエッタはチョウに感謝していた。

 

 

「 チョウが、チョウが、あなたたちが森に入っていくところ、窓から見つけてくれなかったら!ああ、あなた…セドリックだってここにはいられなかったのよ! 」

 

「 決闘はしてない。しないような気がして、その勘はちゃんと当たったんだよ。俺たちは、あくまで盗み聞きを避けてお話をしてきただけ。アホの俺はお叱りを受けました 」

 

「 …ッ!?―――それで、結果は、どうなの? 」

 

「 …当事者のひとりがいないのに結果も何も 」

 

 

ガラハッドは小さくなって答えた。

チョウは「それはそうよね」と思った。

 

 

( けど、マリエッタはそれじゃ納得できないよね )

 

 

お手柄のチョウちゃんはちょっと強気だ。

うふふ、よ~し一肌脱いじゃおっかなあ!?

チョウはニコニコニッコリして、ホッとした様子のセドリックの腕にくっついていきながら言った。

 

 

「 ねえ、ところで!折角平和的に終わったんだし、うんと明るいことを考えましょうよ。わたしたち、イースターにはホグスミードでデートするのよ。マダム・パティフッドのお店、デビューしちゃおうかなあって―――マリエッタとガラハッドも一緒に行かない!? 」

 

 

キラーパス!

ナイスだチャン選手!

セドリックはただちに早口で言った。

 

 

「 いいね。いいアイデアだ。是非とも、イースターには四人で出かけよう 」

 

 

マリエッタは「まあ!」と嬉しそうに言った。

今日は驚いてばかりだ…と、ガラハッドははにかみながら思った。「マジで言ってんのお前?」という目で、ガラハッドはじっとセドリックを観察した。それから、ガラハッドはゆっくりとマリエッタのほうに向きなおり、彼女からの期待の眼差しに応えた。

 

 

「 いいのか? 」

 

 

ガラハッドは申し訳なさそうに言った。

マリエッタはとても良い気分になった。

 

 

「 そうね…なんだか、許したい気分ね 」

 

「 俺でよければ、全力でエスコートさせてもらおう―――まっ、ただし、マダム・パフの店はナシだな 」

 

「 え~!いいじゃない。可愛いじゃない、あの店! 」

 

 

チョウとガラハッドは言い合いを始めた。

はじめに、チョウがマリエッタを味方につけようとした。

 

 

「 ねえ?あの店、一回は入ってみたいよね?行きたいね~って前に話してたじゃない 」

 

「 ばぁか想像しろって。俺がさ、あのティーカップを指先で摘まむのか?いいぞ白い服でこいよ。当日、一勝負したいっていうんならな 」

 

「 ぷくく、最低。しないよ。わたし変顔とか外でしないから!んもう、やめてよセドリックの前で… 」

 

「 俺たちはフツーにパブとかのほうがいい 」

 

 

ガラハッドは同意も何もとらずに言い切った。セドリックは笑いながら何度も頷いた。

んもう男の子はわかってなーい!―――チョウは黒猫のようにぷいっと拗ねた。

 

それからは、チョウ・チャンという魔女の青春のうち、一番美しい季節がやってきた。彼女は寝室で、「うんとお洒落していこうね」と言って、また幸せを掴んだ子を抱きしめて頬ずりした。

 

 

「 いつか四人で結婚式をしたいわ 」

 

 

この時期、16のチョウ・チャンは大真面目にそう言っていた。彼女の計画はこうだった―――どうせあいつは、「何だっていいと思う。すまん、違いがわからん」みたいなことを言うし、セドリックは何でも肯定してくれる。だから、マリエッタのウェディングドレスはわたしが選ぶ!わたしが着るドレスは、マリエッタに選んでもらうの!―――ブーケを投げて投げられてよりも、このアイデアはずっとクールじゃないかしら?

 

 

人間、若いときは誰でも、黒歴史のひとつくらい作るものである。

 

 

 




公然の秘密(椎名林檎)
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