ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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仮面劇の終わり

 

夜の森の中は危険である。二組の疑似親子を送り出すと、アルバス・ダンブルドアは森番小屋の裏庭に移動した。マダム・マクシームとカルカロフたちは宿舎へと帰ったので、その場所でダンブルドアはひとりになった。彼はファングを撫でながら夜空を見上げて、クラウチが自分に伝えようとしたことについて推測を巡らせた。

星々の瞬きを見ることは、チェス盤を眺めるようなものだった。

アルバス・ダンブルドアは確信していた―――この局面で、“最古の純血・杖造りオリバンダー”の者たちならば、たとえクラウチの“真の動き”がどうであろうとも、このフィールドにおいて最強の狩人となり、「生きている状態で、無力化」してクラウチを森から引きずり出してくる。

彼らは、保護した相手に援助さえ申し出るかもしれない。

なぜなら、その行為は圧倒的勝利宣言として機能するからだ。

ほら、今、まさに彼らは高らかに笑っているであろう!

雲はないのに、風が強くなってきた。森はゆったりと揺れ動いて、梢からはヒュウヒュウと笛のような音が響いてきた。神の見えざる手によって撫でられるように、校庭の青草は波打って大きくうねった。

 

 

( ふむ…存外早いのう…? )

 

 

ダンブルドアは目を細めて髭をしごいた。

このとおり最善手を選びとりながら、ダンブルドアには訝しいこともあった。何故窮したバーテミウス・クラウチ・シニアは、「わたしが悪かった」という表現を繰り返したのだろうか?何故彼は、魔法界に起きている異変・ヴォルデモートについての情報と一緒くたにして、自身の家庭への思いまでこちらに聞かせたがったのか?バーサの件などに比べると、その件だけが妙に私的で浮いている。ダンブルドアの考えでは、あの彼の、あの息子との関係についての懺悔なんて、通常(・・)このわたしが聞く立場ではないものだった。

アルバス・ダンブルドアは強く念じた。

 

 

( 許すまじ、ヴォルデモート卿。クラウチ家を壊したのもあの男じゃ )

 

 

ダンブルドアはクラウチのために祈った。

哀れなことよ。あの子は、卒業してわたしを追い抜いて人の親になって、彼なりに戦って決断をして、近頃はもう60がらみにまでなっていたのに……。

血の通った我が子を持つという、わたしには選べなかった道を歩んだのならば、誰であっても、それが、どんな結末になってしまったとしても、その人物はわたしよりもずっと偉大だ。そのような者でありながら、彼は仰ぐべき父を間違えているのだ。

 

とはいえ、よろしい、彼の期待には応えたい。“あの裁判”の時のことを、後で憂いの篩を使って振り返ろう。

 

と、ダンブルドアが結論付けたときだった。

ガサガサと灌木の茂みを鳴らして、杖職人たちが小さな包みを持って帰ってきた。慎重に中身を改めながら、ダンブルドアは安易に結論を出さないでおいた―――“ピーター・ペティグリューの手口”という先例があるからだ。

折しも、ハグリッドが遣いから帰ってきて、ムーディーもこちらの状況を見に戻ってきた。“最良”ではない結果にだって価値はある。ダンブルドアは調査を切り上げなかった。杖職人たちを先導として、彼らは全員でもう一度現場へと行った。

 

残された痕跡を調べて議論をして…。

…するとどうやら、地面が吸っている血の量からして、バーテミウス・クラウチ・シニアは本当に亡くなっていそうだったが、周到な偽装であるという可能性も捨てきれなかった。本当に死んでいるのだとしたら、彼は殺されて死体を刻んで持ち去られた筈だった。移動上の問題は、死体をまるのまま変身術で小さくすれば解決するのに、いったい、犯人は何のためにそうしたのだろうか?怪物の仕業にしてはおかしな点が多く、ダンブルドアの勘案事項は増えていった。

 

謎という謎が出尽くして、ムーディーがこれ以上の議論は無駄だと主張し、ハグリッド(彼は森の怪物たちの弁護に忙しかった)もついに黙った頃、ダンブルドアはひとつの可能性を口にした。

 

 

「 人体錬成かもしれぬ 」

 

 

それを聞いたが、アラベールは表情を動かさなかった。

アラベールは閉心術を駆使した。

彼からしてみれば、すぐそこにマッドアイ・ムーディーがいるのに、「私は、その違法行為に思い入れがありますよ」なんて明かすわけがない。

そのうえで、アラベールは同じ錬金術教師としてダンブルドアに返事をした。

 

 

「 だとすれば、これをやったのは死喰い人でしょうな。いやはや、ヴォルデモートの素材選びのセンスは、まさかの予想通りです。レベルアップを目指して、“骨のある敵”から取るというわけですな 」

 

「 骨のある敵、か… 」

 

 

ダンブルドアは深く考え込んだ。

この展開に、クラウチ.Jrは、咄嗟にぶるっときた……ので、これは老兵の武者震いだということにした。

ムーディーは憎悪を滲ませてフンッと嗤った。

 

 

「 なるほど。きゃつらめ、次はこのマッドアイ・ムーディーから取るという寸法か! 」

 

「 そうですね。他に必要な材料は鮮度が問われると思いますので、おたくは、生きたまま誘拐されることにお気をつけください 」

 

 

アラベールはとても事務的に言った。

ヒクヒクッ…―――ムーディーは顔の古傷を引き攣らせた。

アラベールはそれきりまた大人しくなった。

アラベールはハンカチに鼻と口をうずめて目を伏せて眉を顰め、無言のまま、「次にわたしを喋らせたら吐きます」とダンブルドアにアピールした。ホモみたいな仕草しやがる野郎から目を逸らして、クラウチ.Jrはガラハッドを睨みつけた―――クソッ、てめえら、“こっち側”じゃなければとうにぶっ殺してんだからな!?技術者だからって調子こきすぎだろう!!―――ガラハッドはダンブルドアのほうばかりを見ていた。

 

心に厳重に鍵をかけて、バーテミウス・クラウチは暗く念じた。

我が君、あと少しです。あと少しで、わたしはポッターをご主人様に捧げます。ご主人様は復活なさいます!嗚呼どうか、どうかその暁には、生意気な職人を踏みつけて屈服させてください。その血の一滴に至るまで沸かせて泣きじゃくらせ、服従というものを教え込んでやってください。あなた様はそれの出来る御方です―――。

 

やがて、作られた謎は謎であるままに、魔法使いたちは真夜中を迎えた。唸り合っていたところで益はないので、ダンブルドアは調査チームを解散させた。クラウチ.Jrはどっと疲労感を覚えた。

 

アラベールは馬車へ、ハグリッドは森番小屋へと帰ったので、消灯後のホグワーツ城に戻ったのは三名だった。

生徒であるのに呼びつけて働かせ、ひどい光景を目撃させた手前、ダンブルドアはガラハッドを寮まで送り届けようとした。

ガラハッドはこれには気まずさを感じた。

 

 

「 え?いやそんな、わざわざ、丁寧にご足労いただかなくても。ハリーじゃないんですから、俺はちゃんと寮に帰りますよ 」

 

 

ガラハッドは大真面目にそう主張した。

教員役だが、クラウチ.Jrは下手なことは言わないでおいた。彼はマッドアイ・ムーディーに化けている間、生徒に対する最上級のねぎらいと褒め言葉は、「おまえには闇祓いになる資質がある」を使うと決めていた。だが、次期杖店店主を相手には、“本物”なら何と言うだろうか?―――それがわからず、黙って顔の古傷を引き攣らせた彼のことを、ダンブルドアはまったく疑わなかった。

 

ダンブルドアはにっこりと微笑んだ。

ガラハッドは逃げるようにレイブンクロー寮を目指した。

ムーディーは“本物”を寝かせている拠点へと引っ込んだ。

道すがら、思えども語れぬ者のぶんまで代弁するつもりで、ダンブルドアはガラハッドに「来てくれてとても助かった」の旨を伝えた。「この人、結局ついてきたな…」と思いながら、ガラハッドは適当にそれを受け流した。

 

 

( はいはい、流石のダンブルドア節。人をふわふわさせるのが巧い。怖っ…この人、人を気分よく働かせることに慣れすぎ… )

 

 

なんという可愛げのなさであろう。ガラハッド・オリバンダーは、休暇中はいつも自宅で働いていて、学生総代になってからは、ホグワーツでも働くことを当然のように感じている。寮塔階段の入口が見えるところまで着くと、ガラハッドはダンブルドアへと向き直って静かにこう言った。

 

 

「 どうぞここまでで。ご厚意有難うございます。先生こそ、明日、お疲れのでませんように 」

 

「 ……うむ 」

 

 

ダンブルドアはついぐんにゃりと微笑んでしまった。

本心を言うならダンブルドアは、二度目に森を脱した頃から疲れていて、この階へと至るまでにじゅうぶん、寄りかかる杖が欲しくなってきていた。この彼に肩を貸してもらわなくては、最上階にまでは行けまいと思っていたところだった―――それは、実存を超えた意味で、である。

ガラハッドからの視線を受けて、ダンブルドアは思考を現実へと引き戻した。

 

 

「 いかんのう。これでは、わしのほうが部屋まで送り届けられてしまいそうじゃわい 」

 

 

ダンブルドアは茶目っ気を含ませて言った。

ガラハッドは生意気なお節介をやかずに、とても慎重にギャリックの弟子らしく言った。

 

 

「 どうも。先生を相手に、そうできる者となれるよう、精進していきます 」

 

 

ダンブルドアは微笑んでガラハッドに背を向けた。

ガラハッドは老人が歩き去るのを見送って、廊下に誰もいなくなってから寮塔階段をのぼった。

 

 

くるくると回り続ければ、おのずから高みへと至る構造

“ロウェナ・レイブンクローの階段”によって、ガラハッドは頂上へと近づいていった。

一般的には、螺旋型階段というものは、中世、数学の花開いたイスラム地域で考案され、十字軍の帰還と共にヨーロッパでも普及した道具である。この形状をしている階段では、攻守ともに右手に武器を持つ場合、上にいる守り手のほうが非常に有利となる。

この塔の“本質”はそれであった。

求める機能が同じであるとき、賢者たちはおのずと似た存在を世に生みだす。

すなわち、道具は、本質が実存に先立つ。

人間は、実存が本質に先立つけれども。

 

ガラハッドは急激に眠くなってきていた。「ふぁぁ」と間抜けな欠伸をしながら、ガラハッドはとっとと魔法のドアノッカーを攻略した。ギィィィッと音を立てて寮のドアが開いたとき、ガラハッドはぼんやりと髪を掻きむしっていた。

 

 

( あ゛ー…どうしよ、この時間にシャワー浴びたら、音が響きそうだな )

 

 

しかし、ガラハッドはただちに「まあ、いっか」と思った。「今夜は、もう遅いしこのまま寝ればいっか」ではない。「誰かにうるさいと言いに来られても、浴びたもん勝ちなんだからブワーッと浴びちゃえばいっか」である。これぞ、寮生活五年目のふてぶてしさだ。

早速ネクタイを解きながら、ガラハッドは談話室を横切ろうとした。

しかし、二三歩進んで、気がつくと彼は立ち止っていた。

 

 

「 えっ 」

 

 

ガラハッドはいっきに目が覚めた。

あっ、うん、そうだったな…彼女って、そういえばそういう人なんだよ…―――誰にも冷やかされていないのに、ガラハッドは恥ずかしくなってきて俯いてはにかんだ。

義理堅いことに、この時間になってもまだ、マリエッタは女子寮の部屋に戻っていなかったのだ。待ちくたびれてしまったのか。彼女は、本棚の前にあったはずの長椅子を移動させて、数時間前にこちらを送り出した窓辺で寝こけていた。

ガラハッドは何度も瞬きをした。

星灯りの談話室で、ガラハッドはじわじわと体温が上がっていく心地がした。

 

不思議だ。外はあんなだったし、事実はそうじゃないように思うが、待ちくたびれて眠っているマリエッタを見つけたら、何故だか今日は良い日だったような気がしてくる…。

ああ、でも、彼女は起きたら泣くんだろうな。親しくはない伯父であるとはいえ、今夜の顛末を知ったら彼女は泣くだろう。

ガラハッドはそれを想像してつらくなった。

どうしよう、ブランデーを吸った角砂糖みたいだ。硬かった自分はぐずぐずである。今なら、簡単に火が点いて融けてしまいそうだ…。

 

…と、いうわけで忍び足で様子を見に行って、ガラハッドはぎくりと立ち往生した。暗くてわからなかったけれども、近づいてみると、談話室の隅っこで、マリエッタは一人で眠っていたのではなかった。

何から何までしっかりと見て、ガラハッドは目を白黒させた。

松明が消えていたので、黒髪はすっかり闇に融け込んでいた。マリエッタが伏せてブロンドを垂らしている場所には、実はおろし髪姿のチョウもいた。眠れるチョウとマリエッタは、しなだれる植物のように密着して絡み合い、お互いの体温で暖をとりあっていた。仔猫のような眠り方ではあるが、彼女たちの肉体は仔猫ではないのだった。

 

ガラハッドは、いくら会話中に寝落ちしても、男同士だとこうはならないと思った。

 

 

( 凄っ…女子の距離感、凄っ!? )

 

 

ガラハッドはそそくさと男子寮へと引っ込んだ。

一瞬、その場にて上着を脱ごうとして、思い直して足を進めた形だった。この上着を脱いで、かけてやるといいんだろうけど…―――恋人として、マリエッタの喜びそうなことはわかっているけれども、自分は、彼女にそれをしたくなかった。今の自分は、きっと血の臭いがすると思うから。

ガラハッドは未使用の毛布を取ってきて、マリエッタとチョウを纏めて包んでやった。

よしよし、これにて談話室はいかがわしくなくなった!

余計なことを考えるまいと、ガラハッドはさっさとシャワーを浴びに行った。

 

 

 

 

 

タイムリミットが近づいている。

真夜中、望んで強い温水に打たれながら、ガラハッドは次の夏休みのことを考えた。正確には、二ヶ月後あたりにまた訪れるであろう、セドリックとふたりで過ごす夜のことを―――…。

 

久々に血や肉片を見て、自覚なく興奮してしまっているのか?ぶるっと、背中に震えが這いあがってきた。もっと熱いのを浴びたくなって、適当に蛇口を掴み捻りながら、ガラハッドは真剣に将来のことを懼れた。セドリックとは、去年も一昨年も泊りがけで遊んだのに、今年それがないことはおかしいように思った。

多分、今年は父のディゴリー氏が、是非我が家に来い来いと言ってくれる。彼は俺を自宅に招いて、ホグワーツでの息子の話とか、大会の内部の話とかを聞きたがるだろう。

それをお断りする理由って、ちょっとすぐには思いつかないし、ディゴリー家に対して不自然な行動をとるということは、セドリックに、その行動の裏の感情を読まれるということだ。

ガラハッドは俯いて目を瞑った。

 

 

( 泊まらずに帰ればいいだけだ…『職人修業で、明日朝早いんです』とか言って…! )

 

 

でも、その手段に出ることがまた恥ずかしい。

ガラハッドは痛烈に想像した。

絶対、そのときセドリックは、「ははは、避けられたなあ…」みたいな、あのこっちの胸を抉る苦笑いを浮かべながら、同時に物凄い慈愛の眼差しで、「そうかい」と言って俺の好きにさせてくるぞ!

あいつは、そういうとこ本当にハッフルパフ!

全人類を溶かしバターに変えて、しかもじゅわじゅわチリチリと焦がす危険性ゆえ、あの眼差しは法で規制されるべきだろう!

 

乙女のように慎んで、うんと大切にされてしまうなんて御免である。そうされる居たたまれなさに比べたら、ギラギラと睨まれにいくほうがずっといい―――…いや、まあ、うん。ようは、その状況って、俺がずっと優位に立ち続ければいいだけだから…!?

 

迷走(・・)し始めた思考を切り上げて、ガラハッドは談話室で腕組みをして眠った。

 

 

 

翌朝、マリエッタとチョウはガラハッドよりも先に目を覚ました。朝陽が、窓辺にいた彼女たちをいち早く照らした。

ふたりはニヤニヤして協力した。ふたりはそうっとソファーへと忍び寄り、座ったまま器用に寝こけているガラハッドに毛布をかけ返してあげた。

その朝、レイブンクローの早起き組は静かに振舞った。みんなが「しーっ」と囁きあった結果、ガラハッドは起きるなり時計を見てバタつくはめになった。

 

それから。朝食の席で、ブルーマフィアの面々は、昨夜の打ち合わせ通りガラハッドを取り囲んだ。みんながバラバラに質問したら、ガラハッドは最低四回は同じ話をしなければいけないので…―――昨夜のあれは何で、あれからどこで何をしてきたのか、他の全員から権利を委任されて、ルーナが代表してガラハッドに質問した。

ガラハッドは周囲の気遣いを察した。

ガラハッドが思うに、昨夜発生した奇妙な事件は、いずれ魔法界じゅうに知られることであった。ルーナの質問は細かかったが、有難くも一回で済むぶん、ガラハッドは正直に且つ丁寧に説明をした。

 

話しながら、ガラハッドはじっくりとメンバーたちの反応を見た。

チョウは呆然としてこちらを見ていた。想定通り、マリエッタは紅茶を飲もうとして、ありとあらゆるものを溢し始めた。ルーナは驚愕し続けていて、マスタングは聞きながら新聞をチェックし始めた。

ロジャーは、こういうとき何でも目を細めて「マジか~…」である。

ガラハッドにとって意外だったのは、マーカスがやけに落ち着き払っていて、マリエッタの倒したミルク入れを元に戻しつつ、まるで用意していたようなお悔やみを言ったことだった。

彼も経営者の息子だ。ガラハッドはそれをしみじみと感じた。

 

斯くして朝の集会は終わった。

その日、ハリー・ポッターとその友人二名は、当然大変熱心に情報を集めていた。彼らに押しかけられて、一時間目より前に、ガラハッドは二回目の報告をした。

 

結局、ガラハッドは四度同じ話をした。

三回目の相手は、その日の晩に報告をしたシリウスだ。

四回目の相手は、後日、逆に報告を持ち込んできたセドリックだった。

 

数日が経ち、六月に入ってからのことだった。いっきに暑くなった日に跳ね橋のところで、ガラハッドはセドリックに速足で近づいてこられた。

休み時間だった。ガラハッドはルーン文字学の授業に向かうところで、そのときはエイドリアン・ピュシーたちと一緒にいた。セドリックだって“次”への移動があるだろうにと、ガラハッドは鞄紐を鷲掴みにされて思った。

セドリックは小さくエイドリアンに会釈をした。

 

 

「 チョウから聞いたんだけど 」

 

 

セドリックは、極力なんでもないことのように言った。

ガラハッドはセドリックの声の硬さに苦笑いした。

 

 

「 あー…それは、今、さっきか? 」

 

 

ちらっと、ガラハッドはセドリックの肩越しにその向こうを見た。跳ね橋の向こうには、ちょうど賑やかな女の子グループがいて、目が合うと愛想よく手を振ってくれたのだが、そのなかにチョウは混じっていなかった。

セドリックは一段と声を厳しくした。

 

 

「 今じゃない。けれど、まさに、今日、さっき僕は見たんだよな 」

 

 

ガラハッドは“支持者”に振り返していた手をおろした。

とりあえずエイドリアンを先に行かせて、改めて何を見たのかとセドリックに問うと、彼は恥ずかしそうに少し俯き―――ゲロ甘い茶菓子を見たと言った。

ガラハッドは黙って目を細めた。

セドリックは慌てて言い訳のように言った。

 

 

「 ひとりだったよ。いや、正確には、秘書とかを連れていなかったという意味さ。きっと、今頃は校長室にいる。彼は、“例のあの件”でホグワーツに来たんじゃないかな?新聞には、まだ何も載っていないね…? 」

 

「 あ、ああ…ファッジって、そっちのファッジ 」

 

 

砂糖味の想像は吹き飛んでいった。

ガラハッドは目薬を注されたようになった。

声を落として、どこまで知っているのかと問うと、セドリックは「おそらく、全部だ」と答えた。

 

 

「 全部って? 」

 

「 全部。全部だな 」

 

 

セドリックはニヤッとして言った。

 

 

「 たとえば、素敵なふわふわ毛布の件も知ってる。チョウはね、君が、実は酷い目に遭って帰ってきていたのに呑気でいて、あとになって、『まあ、なんてことをしちゃったの!』と思ったようだよ 」

 

「 いや別に…むしろ、いつもどおりキャーキャーはしゃいでいてくれたほうが… 」

 

「 だよね。でも彼女、君の顔色に気づかなかったこと、あのあといちいち謝りに行ったりしなかっただろう?僕のほうで、その点はじっくりと伝えておいたから 」

 

「 そりゃどうも。はー、影の仕事人さんかよ 」

 

「 学生総代殿に言われると光栄だなあ。…ところで、今は冗談を言っている場合なのかい? 」

 

「 さあ? 」

 

 

ガラハッドは肩を竦めて冷笑した。

セドリックは何度も瞬きをした。

近頃のガラハッド・オリバンダーは、断頭台の上でだってジョークを言う根性をしている。いわんやただの跳ね橋の上をや。

ちょびっと頭を巡らせて、ガラハッドはセドリックに自身の見解を話した。

 

 

「 “あの人”の後任が必要な筈だ…―――おそらく、大臣と校長は、そのポストの任免に伴って、“例のあの件”をおおやけにする前に念のために、クラム関連の詳細を確認しているんじゃないだろうか?彼が襲われた件は、下手をすれば外交問題に発展するから 」

 

 

セドリックはすぐに深々と頷いた。

 

 

「 そうだね。それで、僕は、『襲われたのはブルガリアの英雄だから』という理由じゃなくて、『英国が犯人を欠片しか突き出さなかったから』という理由で……その…詳細までは想像が及ばないんだけども、なんらかの大きな問題に発展してしまったら嫌だなあ思っている。なんにせよ僕は、この件を機に君のところが一段と…またいろいろと…難しい立場にならないといいなあと思っているんだ 」

 

 

今度は、ガラハッドが深々と頷く番となった。

ガラハッドはセドリックとまったく同じ気持ちだった。

というか、これは完全に杖店(うち)の事情なのであるから、セドリックのほうがこちらと視点を合わせてくれているのだ。

あんまり上手に笑えないで、ガラハッドは「ありがとう」と言った。

 

 

 

その午後、ハリー・ポッターは夢を見た。授業中にうつらうつらして、悪夢を見たからといって教室を飛び出すなんて、この時期の受験生にとっては有り得ない。校長室にて、ハリーが憂いの篩を使っているあいだも、ガラハッドは真剣に勉強していた。

 

 

 

夏の気配は濃くなっていった。

英国にしては空が青い日が増え、ボーバトン生たちはとても喜んだ。

待てども新聞はクラウチの怪死を報せず、ガラハッドは時々不安になった。それを打ち消す熱量で勉強を続けて、ある日ガラハッドは寮監面接の日を迎えた。進路指導を受けるために、ガラハッドはフリットウィック先生のお部屋へと行った。

 

就職を希望する業種?そんなの、今さら確認されるまでもない―――オリバンダー流杖術関連職だ。「茶番だ」という態度にならないように、ガラハッドは気をつけてそう話した。

この面談は本来、希望する業種に就くために必要な成績・能力・来年履修するべき科目について、生徒が寮監から個別にアドバイスを受けるためにある。だがそんなの、自身よりも生徒本人のほうがより詳しく知っているので、フリットウィック先生は何も口出しをしなかった。彼から「試験に向けて、何か気になっていることはありますか」と言われたので、ガラハッドはO.W.Lの採点基準について質問をした。

 

 

「 “魔法史”を不安に思っています。期間中、魔法省からおいでになるという試験官は、筆記試験のほうの採点も務められるのですか?―――定番の問題がありますよね 」

 

「 杖規制法は、18世紀の小鬼の反乱の原因になったか。それとも反乱をよりよく掌握するのに役立ったか。意見を述べよ。と、いう問題ですね。たしかに、あれは毎年第四問で出題されています。記述式問題の第一問は、毎年決まってアレだね 」

 

「 意見を述べよっていうのが…。そう来られると、こっちは教科書をそのまま引き写すわけにはいかないじゃないですか?先生がO.W.Lを受けられた時から、あの問題は既に定番だったんですか?僕が模範解答を書くのは、いかにも、いかにもすぎるというか… 」

 

「 そうだねえ…わたしの時にも、あの問題は出題されたんですが…。わたしは、あの問題には答えませんでした。あとで、時間があったらその問題に戻ろうと思って、結局戻れるほど余裕がなかったので 」

 

「 いいですね、それ。そうやって、初問を欠かしても O(優良) になりましたか? 」

 

 

と、言ってからガラハッドは緩みかけた顔を引き締めた。

呪文学教授フィリウス・フリットウィックが、その爪を隠さぬ眼光を発したからである。手乗り文鳥のような先生を相手に、ガラハッドは改めて聞く姿勢をとった。「はっきり言っておくとしよう(ἀμὴν γὰρ λέγω ὑμῖν)」と、先生はとても優しい声色で言った。

 

 

「 オリバンダー、失敗したわたしが言いますが、そういった種類の逃げというのは、本当によしたほうがいいですよ。そのように賢く振舞えば、たしかに手に入る名声はあります。しかし、それでは魂は腹が膨れない。飢えた魂は自分を蝕みます。わたしも、かつて蝕まれて決闘にのめり込んだのです…ちゃあんと試練には全部挑んで、名声ではなく、名誉を重視して生きることです…ギルデロイ・ロックハートを覚えていますか?わたしは、彼もまた最良の教師の一人だったと考えています。後輩に生き様を見せて、考える材料を与えたのだから…わたしも、じきにその方法でしか君に教えられなくなることでしょう… 」

 

 

フリットウィックは続けてこうも言った。

 

 

「 身についた技術は裏切らない。回り道にも拾いものはあるものです。これを確信できることが、歳をとることの効用ですね。オリバンダー、君は、将来杖職人になるのであれば、形式として杖を振る行為が含まれる魔法について、生涯、“ただ完成品を振るだけの者”すべてに劣後してはならない。侮られ、狙われ、使われてしまいやすい職です…わたしは、教え子が“道具をつくる道具”にされてほしくはない。

さあ、来年の時間割を考えていきましょう。あなたなら何でも望み放題です。

本当だよ。本当に、紙切れなんてくだらない。それよりは刃を研ぐべきです。

事実、社会は紙切れによって動いているのだと言えますが、夏休みにどんな試験結果が魔法省から届いたって、ギャリック翁はそれを笑い飛ばしなさる筈です。だいたい、どうあれ試験官は君に P(不可) なんてつけられるまい。粗探しをして、低い評価をつけるとき、彼らは自身の矮小と偏狭とを曝け出すでしょう。“第四問”の件、君は、『この知性の持ち主に O(優良) を与えないでおく自分は…』と、学識者ぶった判定員たちを揺るがせるつもりでおやりなさい。クキェキェッ、楽しんで、自由に、ちょいと一筆捻ってやるのです―――そうしたほうが愉快だと思いませんか? 」

 

 

マエストロはにっこりと笑った。

うーんと元気をもらっちゃって、ガラハッドはふんわりと微笑んで個別面談を終えた。礼を言って退室しながら、「やっぱり、うちの寮の寮監って最高だ」と思った。

 

 

( 来年は楽しそうだな~! )

 

 

ガラハッドは、手の中の時間割表(案)を眺めて、歩きながらセドリックの反応を想像した。個別指導で、六年では毎週フリットウィック先生から決闘術を教わるんだと言ったら、セドリックはどんな表情をするだろうか。彼の、欲しくてたまらないものを見るときの顔つきときたら!「ううっ、ずるい!」と唸らせたくなって、ガラハッドはセドリックに会いたくなった。

 

…ま、実際は授業に戻るんだけどな。

そういえば彼自身は将来何になりたいんだろう?

 

今度聞いてみるか…と思いながら、ガラハッドは陰気な魔法薬学教室へと戻った。中抜けは仕方のない事情であるのに、今日も今日とてスネイプは嫌味臭かった。「てめえはどうして教師になんかなってんだよ?」と、ガラハッドは黙ってスネイプの頭頂からつま先までを眺めてやった。教師(これ)が希望して就いた職だっていうなら、彼はちょっとくらい教師っぽい人格になるべきだと思った。

 

 

 

試験本番の週がやってきた。

一旦始まってしまえば、試験ウィークとはお祭りの期間である。わー当たっただの外れちゃっただの、これの配点はどうだだの、この解答速報は合っているのかだの、やばいやばいだのイケる気がしてきただの、ハイテンションでギャーギャー叫びあって、結局「よく寝よう!」ということになって、なんか普通よりもだいぶ早く寝たりする。

たとえば、試験三日目にはチョウがキレ始めた。

チョウ曰く、数人ごとに本番の部屋へと招かれるO.W.L実技試験の部は、日替わりでZの生徒から始めるか、いっそ完全なくじ引きで順番を決めるべきであった。

「もう一番手は嫌~!」と、チャン・チョウが駄々をこねだしたときであった。「そんなこと言ったら僕はB!!!」と、ベルビィ・マーカスも教科書で机を殴った。

チョウはポニーテールを振り回した。

 

 

「 いいじゃない!別に、中に入ったらABC順じゃないでしょ! 」

 

「 わかってるって!僕は、これからも一生こういうとき一番のグループなんだよおおお 」

 

「 ずるいよね~!絶対、後ろのほうの子のほうが準備できるよ!そうだよってケイティもアネッサも言ってたわ! 」

 

「 いや俺、Dだし。俺とマリエッタは、お前らがやってるあいだ廊下に立たされてるし。マジで、お前ら、試験中に変な声出すのやめてくんねえ?ああいうのクッソ緊張するんだけど… 」

 

「 ほーんと、控室を利用できる人はいいわよね~。そのうえ最後でもなくって、一番緊張しないタイミングで受けられるんですもんね~ 」

 

「 いやいや、結局のところそんなの個人差だって。O・P・Qってのは、そりゃあ有難い番手ではあるけどさ、ピュシーの奴は、昨日今日と無茶苦茶アガッてたぞ? 」

 

「 そりゃ、Sirが同じグループにいらっしゃるのが悪いんだよ 」

 

「 それな 」

「 それね 」

「 それはそうだと思うわ 」

 

「 君はね、気の毒なエイドリアンに点数の2割をプレゼントするべきなんだよ? 」

 

「 ハァァア?ふざけんな。お前ら、俺への愛が歪みすぎてませんこと~!? 」

 

 

とかいって喧嘩しているあいだに明日で最終日だ。

校庭で、「最終日が呪文学って最高!」と、ガラハッドは傷だらけの手で天を指さしてはしゃいだ。

ハグリッド先生の個別指導はワイルドだったので、魔法動物飼育学の実技試験は腰がひけるものだったが、本番は案外嚙まれたり引っ掻かれたりする程度で済んだ。「最悪指が飛ぶと思ってたんだ」と言って、ガラハッドは友人たちをケラケラと笑わせた。

 

翌日、予想通り、午前中の呪文学筆記試験は、これまでで一番楽勝だと感じた。ガラハッドは、試験中のほとんどの時間、肘をついて答案の見直しをしつつ、試験用の“不正防止羽根ペン”をぴこぴこと反転させた―――滑らかなペン回しに挑戦していたのだ。

午後の実技試験においても、彼は上機嫌な自由人であった。

 

Something wicked this way comes

semoc yaw siht dekciw gnihtemoS(るくてっやがのもいし々禍)

This way!(来るぞ)

!yaw sihT(ぞる来)

オリバンダー・ガラハッドだ(He is...LOAD DAHLIAAGAWEN ⇆ A GNAWAD DAHLIA LOVER)

 

三人の試験官たちは狂乱した。

あの者は、口を開けば天衣無縫

立ってにこにこしているだけで唯我独尊

彼が含まれているグループをよぶ前に、魔法試験局員たちはヒソヒソと囁き合った。このメンバーは、超高齢者から初老までだが、まるで十代の娘たちかのように、誰があの青年の担当をするかについて相談をしたのだ。昨日までの試験結果を踏まえて、「あの者は、間違いなくアルバス・ダンブルドア以来です!」と、マーチバンクス教授は太鼓判を捺した。彼女にニッコリと微笑みかけられて、ダンブルドアもニッコリと微笑み返した。彼は相談事には混じらないで、校長らしく試験部屋の隅に腰かけていた。

マーチバンクス教授は誇らしげに言った。

 

 

「 ほほほ、長生きはするものですよ。ダンブルドア、あなたの変身術の実技は素晴らしかった。またあのような杖捌きが見られるだなんて…。ふふふ、ふふふ、では、オリバンダーの担当はわたくしが… 」

 

「 いえいえ、わたしどもは勉強せねばなりませんから。ぐっと間近に、こう、脇目ではなくてですね… 」

 

「 わたしのほうこそ、まだまだ不勉強でございまして… 」

 

「 おやまあ、あなたたち、私の冥途の土産を奪わないで♡ 」

 

 

老女たちの戯れは続いた。

その頃、控室には地獄の空気が醸成されていた。

いやに長い待ち時間に、ずっと杖を磨きながら杖と喋っている隣人―――なんだって?「いいね。今日も頑張ろうな」だって?いや、もう、頼むからあなたは頑張らないでください―――と、エイドリアン・ピュシーはガラハッド卿に対して思った。

 

どうしよう、ど忘れして呪文が出てこないんだが…?

ギュッと絞られてくる大腸、ジッと見てくるのはムーディー。

ヤバいって。この見張り番による見張りはレベルが高すぎる。

「トイレ行かせてください」って、言うのに勇気が要りすぎる。

しかも、あの義眼でトイレの中まで見られたら嫌だな…。

 

しかし、やがて、エイドリアン・ピュシーはきっぱりと決断をした。

TO BE, or NOT TO BE―――この格言、選ぶべきは、当然、TO BEのほうである、と。

理由は単純明快だ。賭かっているものは、人間としての尊厳だからだ。人は、何もしないままで耐え続けて、その果てにここで漏らしてしまうくらいなら、強大な相手へも挑んでいき、どんな結果になったとしても、せめて最期まで奮闘していくべきなのだ。

エイドリアンは大声で叫んで立ち上がった。

 

 

「 先生!トイレ行かせてください!!! 」

 

 

ガラハッドは非常にびっくりした。

異常な隣人を見上げて、ガラハッドはさらに追加でびっくりした。続々と周囲もまた立ち上がったからだ。

なんと、他にも催している人がこんなに!?

ガラハッドはハッとしてムーディー先生に言った。

 

 

「 まさか!これは、集団食中毒?先生、今日の昼食でしょうか? 」

 

「 ……フン、貴様は、食ったくせに腹を下していないだろうが 」

 

「 たしかに。これは妙ですね。先生は?仕事でここにおられますが、実はちょっとお腹が痛かったりはしないですか? 」

 

「 黙れ。黙れ、何のこれしき…! 」

 

「 先生!先生も一緒に便所行きましょうよ!!! 」

 

 

エイドリアンの声は試験室の中まで響いた。

ムーディーはポリジュース薬の性質を呪った。あるいは、人毛の消化には向かない人体の胃腸を。

それぞれの尊厳を賭けて、意志ある一団はトイレを目指した。

 

控室が伽藍洞になったとき、ガラハッドは一人だけで名前を呼ばれた。ガラハッドは実技試験会場に入ると、まず部屋の隅にいるダンブルドアへと声をかけた。

 

 

「 先生、あの、お気づきかもしれませんが…今そこには誰もいません 」

 

「 よいじゃろう 」

 

 

ダンブルドアは味わうように目を細めた。

試験は開始された。

三人もの試験官に一人でガン見されて、ガラハッドは流石に緊張してしまった。それで、なんだか変な笑いを浮かべてしまいながら、「あーもう、ここは役になりきる感じで!」と、慣れた杖捌きだって雑にはならないように、ちょっと大袈裟なくらいで、頭の中を空っぽにしてやりきった。

マーチバンクス教授はうっとりして、ガラハッドはギャリックの若い頃に似ていると言った。

 

 

「 友人と一緒に、憧れたものだわ。名前を憶えていてくださるだけで嬉しかった。わかっているんですよ?ふふふ、あのかたは、なんでも、どんなことでもよく憶えておられます。わたしは、夢を見せていただいたのです―――それでこうして、学術に関わって生きるのだと決めて…もうこうして、気づいたら局長にまでなって…―――随分と、夢に生かされてきたおばあちゃんです。おお思えば、なんとも遠くへと参りました 」

 

 

ガラハッドは返答に困って微苦笑した。

ガラハッドは、この小柄な老婆の若い頃の姿が全然想像できなかった。

ガラハッドはダンブルドアに助けられて、この癖の強い老人に返答をせずに済んだ。「我らが宴もこれまで」と、ダンブルドアは悪戯っ子のように言った。自分よりも年上の親しい相手には、こっちの老人もまだこんな顔をするらしかった。

 

 

「 ガラハッド、追加の問題を出してもよいかのう?わたしは、おぬしの呪文学の実力の真価は、共通のテストでは到底測れなかっただろうと思っておる。ひとつ、この老いぼれと遊んでくれんかね―――我々役者は何者じゃろうか? 」

 

「 あなたが役者だというならば、あなただけでなくわたしも妖精 」

 

 

『テンペスト』である。

ガラハッドは「助かった」と表情で伝えながら、ダンブルドアに対してただちに朗々と唱えた。

幽かに杖の先を振って、リズムをとりながらこう言った。

 

 

「 ここに在るすべては、やがて空気になる。我々は、希薄な空気の中に溶けて消える妖精だ―――いままで観ていたものは幻影だ!

幻影(それ)が、はなから土台のない作りであったのと同じように

雲に届く塔、雄大なる宮殿、荘厳なる寺院

否、この地球それ自体さえも!

幻影だ。

わたしたちは幻影に生きている。

そう、この世界にあるもの全ての、実相は(くう)にして儚く溶けるもの。五蘊(ごうん)は仮に形を成せども、四大は空に帰すさだめ。後には、雲ひとつ残りやしない(ことわり)だ。

我々人間は、夢と同じものからつくられている。

さまざまな夢が生み出されるけれど、やがて、我らのささやかな人生も夢に還る。

宴は終わりだ、さあ幕を閉じましょう 」

 

 

ぶるぶるっと、ダンブルドアは鋭く首を振った。小さく、激しく、彼がそのように身体を震わせると、その長髪と髭は浮き上がって強く波打った。

 

 

「 ブラボー! 」

 

 

ダンブルドアは獅子のように吼えた。

 

 

「 ワッショイ!これで、しまいじゃ! 」

 

 

ガラハッドはイェーイという気分で試験会場を出た。

たしかな手応えを感じたのである。

『テンペスト』第四幕のはじまり、“仮面劇の終わり”を朗じきることができて、ガラハッドは強く昂揚していた。こぶしを握り、声なき勝鬨をあげながら、ガラハッドはにこにこしてレイブンクロー寮へと帰った。

 

試験後の解放感って最高だよな!

しかも、今夜は、三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の最終戦!

 

大賑わいの談話室をくぐりぬけて、ガラハッドは急いで寝室を目指した。「信じられない!」「なんで行っちゃうの!?」などの声には、「ごめん!アレまだ出来てないんだ!」の一言で実態が通じた。あちこち紙吹雪をくっつけたまま、ロジャーとマーカスはついてきて部屋で口々に言った。

 

 

「 やばくね?あと三時間ねえじゃん 」

 

「 何か手伝える?えーっと、僕、樹の扱いは全然わからないけどさ 」

 

「 任せろ、やってやる。大丈夫、お前らはフツーに楽しんでて。…あ、ジュース貰えるんだったら欲しい! 」

 

「 よしきた。百杯酌んできてやるよ 」

 

 

ロジャーとマーカスは談話室の宴に戻った。

ガラハッドは腕まくりして机へと向かった。

試験が終わった直後だが(直後だからこそ、これまでやることを溜めていて)、ガラハッドは頑張らなくてはいけなかった。

トライウィザード・ソサエティーは、その富のすべてを“全員”に対して贈る形で使いきる。そちらのほうは、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズが担当する。“大会優勝者個人”への記念品は、学生総代がオリーブの枝で冠をつくる―――全会一致の決定であった。

 

みんなへの記念品はサヨナラの日でいいけれど、優勝者への記念品を贈るのは、今日じゃないといけない。

ガラハッドは早速作業に取り掛かった。

彼は必要の部屋で材料のオリーブを手に入れて、今日までにしごいてすぐに編めるようにしていた。だが実際に編む作業に取り組んでみると、おおよその形をつくりあげてからが難しい。ひとまず均等に厚みを増やしていくが、「美しい冠」というものの定義は曖昧だ。結局、最後は矯めつ眇めつぐるぐると回して、直感によって「これだ!という形」を探っていくしかないわけで…。

…気がつくと寮は静まり返っていた。

 

どっぷりと集中している間に、昼が去って夜が訪れていた。

ガラハッドが談話室へと出て行くと、そこらじゅうにパーティーをした痕跡があった。だが、無人だった。ふわーっと漂う“灰色のレディ”曰く、みんな、是非とも良い席をとりたいから、許される限り早くクィディッチ競技場へと向かったらしい。

ガラハッドはそれに相槌を打って、部屋で飲んだジュースのゴブレットをテーブルに返した。今に始まったことではなく、ガラハッドはこう感じる性質だった―――誰でもそうだけど、そのひとが『いた』痕跡だけがあって、その姿はもうないのって寂しい。

ちょっとした親切のつもりで、ガラハッドは“灰色のレディ”を観戦へと誘った。お喋り好きである彼女を、こんなところに独り残すのは忍びなかった。

レディは淑やかに微笑んで応じた。

 

 

「 まあ嬉しい。連れて行ってくださるの?実をいうと、ずっと行ってみたいと思っていたのよ…一番は、やっぱり舞踏会かしらね。幽霊っていやね。着替えられないの。こんな、殺された日のままの姿では……わたしはどこにも行けないわ……とても残念ですけれど…わたしは、貴方の腕をとることができません… 」

 

「 ショック。まあね、物理的に触れないですからね 」

 

「 ええ、そうね…。そうね、物理的にね 」

 

 

レディは物悲しそうな顔をやめた。

謎仕掛けのドアのところまで、ガラハッドは彼女からの見送りを受けた。

初めて聞いたが、彼女の告げる「おゆきなさい」には、何か不思議な力が宿っているような気がした。ギィィィ、バーンと扉が締まって、ガラハッドは後ろから風圧を感じた。ガラハッドは階段を駆けおりながら、撃ちだされた弾みたいになってると自分で思った。

 

 

…そう。そういう想像が先にあったからだ。

概念としての鉄砲に、人体という実存が与えられたような感じ。

 

その夜のセドリック・ディゴリーを見たとき、ガラハッドはそういう印象を抱いた。

セドリックは気合十分だった。ガラハッドが通用口から競技場へと入ったとき、セドリックはもう審査員席の近くに立っていた。他の選手は、まだそこに集合していなかった。観客たちの目には触れないように、セドリックは高い生垣の陰をうまく利用していた。

 

 

( …あいつ、暗いとこにいても目立つな )

 

 

ガラハッドはそっとオリーブの冠を隠した。ちょうど熱くなったようなそぶりで、薄い上着を脱いでそれで冠を包み、平然とした顔で小脇に抱えて歩いたのだ。

 

 

( サプライズはとっておかなくちゃな )

 

 

ガラハッドはまっすぐ本部席に行った。

空き椅子の上へと上着を置けば、冠のシルエットはテーブルが隠してくれる。さくっと隠匿を成功させて、ガラハッドはバグマンとパーシーに挨拶をしに行った。「どうも」「やあ」などの応酬もそこそこに、パーシーはそわそわと腕時計を見て言った。

 

 

「 今日は母たちも来ているんだ。ハリーは、今回は遅刻をしないだろうね? 」

 

 

ガラハッドは適当に「さあねえ」と言っておいた。おそらく、パーシーはまだ自分をグリフィンドールの監督生だと思っているなと感じながら。

 

 

「 セドリックはもう来ていますねえ 」

 

「 オッホン!僕は、彼は少々早く来すぎていると思うよ。まだトロフィーの設置が完了していないのに。本来なら、彼はあそこに立っていることを許されるべきじゃないだろう。精神的準備はどこでもできる―――もっと、何も見えない、何も聞こえないところに立っているべきだ 」

 

 

パーシーはフェアネスの重要さを説いた。

勿論相槌を打ちながら、ガラハッドは深く迷った。

あ~ぁ、どうすっかなあ…パーシーは、俺が入学した年にまだ新聞を読んでなかったみたいだけど、現在クラウチの怪死を知らないわけがない。魔法省内部で、クラウチの後任は誰になりそうなんだろうか?パーシーって誰の代理で来てるんだろう?―――代理にしては妙に態度がでかいな…。

えええまさか、新卒一年目でこの事業については役を引き継いだとか?

いや正直、もうあとは見届けるだけっていう状態だと思うけど…―――ガラハッドは敢えて質問せず確認しないでおいた。

 

 

( どうせそのうちわかることだ )

 

 

ガラハッドは、いま魔法省内の人事には興味が湧かなかった。パーシーの声が大きいので、セドリックがおろおろと移動を始めていた。ガラハッドの視界の端っこで、セドリックはダンブルドアに何か話しかけた。おそらく、最後の杖調べの儀の召集まで、どこで時間を潰してくるかを申告しているのだろう。グレゴロビッチ氏の姿は見えないので、ガラハッドにはこれ以上挨拶をしておきたい相手がいなかった。

特に仕事はないわけだし、ガラハッドはセドリックを追ってみることにした。

 

 

ひそかなる追跡は楽しかった。

初めて知った一面だけど、セドリックは結構独り言をいう奴だったようだ。

彼はまず、ハッフルパフの男子クィディッチ選手用ロッカールームに行き、その入り口のドアをガチャッと鳴らした。生憎、その部屋は今年使われていないわけだが。

 

 

「 …アロホモラ 」

 

 

セドリックは突破していった。

そして、灯りなんて何もないはずの部屋の中で、何やらずっとブツブツと独り言をいいはじめた。

 

ああ、いるよなあ、試験前はずっとこういうことをする奴。

こういうタイプには話しかけないほうがいい。

 

雨音を聴くような心地で、ガラハッドは廊下にてそれを聞いていた。目を閉じ、腕を組んで石壁に凭れて、ガラハッドは立ったまま眠るかのようになった。

実際、いくらかは眠ったかもしれない。

ガチャッと再びドアが動いたとき、内外の人間はどちらも飛び上がった。「え、わ、来てくれたんだ…!」などと、セドリックがはにかんだのは一瞬だけである。「お前、滅茶苦茶独り言うんだな」とニヤつかれて、セドリックは赤くなって逆ギレした。

セドリックは、よりによってガラハッド卿には何も言われたくなかった。

 

 

「 くっ…言うけど!?君も、よく箒とかと喋ってるじゃないか! 」

 

「 えええ。それはちゃんと相手がいる発言の一種だろう。お前だって、スニッチと箒は友達だろう 」

 

 

ガラハッドは大真面目にそう主張した。

セドリックは「たしかに」と思った。

というわけで、仕切り直しだった。日頃は控えめで遠慮しがちなセドリックも、試合直前にはいつも最大の気遣いを寮輩から受け取ってきた。セドリックはとても強気だった。彼は、今度はムスッとしてガラハッドを軽く睨みつけた。

 

 

「 とにかく、盗み聞きなんて趣味が悪いと思うな 」

 

 

ガラハッドはまたしても真顔で答えた。

 

 

「 邪魔しちゃいけないかと思ったんだが… 」

 

「 嘘だろ!?やめてくれよ、君、マートルとまったく同じことを言うのは! 」

 

「 え、本気?俺って、本当にマートルと同じこと言ってるのか?うわあああ 」

 

「 うわあああって言いたいのはこっちだ 」

 

 

セドリックはビシッと指を突き出して言った。

ガラハッドは一瞬黙り込んだ―――いったい、いつセドリックとマートルに接点ができていたのやら、ガラハッドにはわからなかったのである。

 

少し首を捻って、相手をよく見たのがいけなかった。

ガラハッドはそのまま動けなくなった。

完璧な一直線上において、杖先が向き合ったようなものだった。互いに磁力を持つのならば、この先のことはおのずから決まっている。ガラハッドはすっと目を細めた。

 

ああ、彼は松明に明るい燃え方を教えている。

実用に向けた出で立ちなのに、この世にはもったいない美しさだ。

さて、どうも、なんか、こう…どうやら、場に沈黙を齎す天使って、ひとりが降臨して通過していくと、あとに続々と何人も通過するみたいだ。時間は有限だというのに、このまま永遠に見つめ合っていられる。

―――彼らはお互いにそう思った。

 

不意に、ガラハッドは唇が動いた。白露が葉から落ちるように、気がつくともう言ってしまっていた。胸の息がすべて漏れ出していた。

 

 

「 君より好いやつはいないよ(YOU ARE BEFORE ANYONE ELSE) 」

 

 

降伏(・・)だ。ガラハッドはついに正直になった。

ガラハッドははっきりと言おう(ἀμὴν γὰρ λέγω ὑμῖν)とした。言葉ひとつを武器にして、セドリックは自分に向かってきてくれたのだもの。はじめに言葉があった(ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος)ことに、自分は報いなくてはならない筈だ。

ガラハッドは声を出そうとした。

それを待っていて、セドリックは微笑みながら泣きそうになった。瞬きを忘れて、ずっと前ばかりを見ているからだ。

ガラハッドはとうとう言おうとした。

 

 

「 俺は(I am)…―――! 」

 

」 !ばらさ、だ者誕降しれさ見予は君(EYB , LEON NEESREOF A ERA UOY) 「

 

 

呪いが射込まれた。

チャリーン…―――硬質な音が鳴り響いた。

ガラハッドとセドリックは、ハッとしてお互いへと向き合うことをやめた。彼らが困惑するそばで、。たげあを鬨勝きな声はルドリ・ムト

この手の呪文術に関して、彼という人は一番であるという自負がある。

うっかり落とした“収獲”を拾いあげて、その男はポケットへとねじ込み直した。もう出すときに落としてしまわないように、今度は、さっきまでとは逆のポケットを選んで入れた。

 

パカッ

懐中時計の蓋を開ける。

マスタングは「時間だ」と判じた。

 

彼は取り立てから戻る途中に、篝火に目を惹かれてガラハッドたちの存在に気がついた。「ディゴリーはもう召集ではないのか?」が、そのときにマスタングが思い浮かべたことだった。

 

ばっちりとマスタングと目が合って、ガラハッドとセドリックはそそくさと歩き始めた。戻ってみると、観衆たちのボルテージも含めて、“第三の課題”の会場はもう出来上がっていた。

ギラギラと白く照りつける、強烈なスポットライトを浴びて。それぞれに与えられた場所に立って、拍手喝采に応じて振舞っていると、もう一言も口を利く暇なんてなかった。

 

6月24日、セドリック・ディゴリーは死んだ。

 

 

 




■サルトル『嘔吐』
■サルトルの実存主義。また、「地獄とは他人(からの眼差しによってしか自己を規定できない状態)である」
■「はっきり言っておくとしよう」は聖書に出てきすぎていて出典を挙げきれない
■『ハムレット』のTo be…は実際こういう意味ですよね
■Something…の繰り返しは『マクベス』の最初の最初の魔女たち(妖女シスターズ)の台詞
■『テンペスト』にぶっこんで繋げてあるのは『太平記』
■『スカイハイ』怨みの門番
■「松明に明るい燃え方を…〜世界には勿体ない美しさ」は元々「彼は」ではなく「彼女は」。ロミオからジュリエットへの認識
■「はじめに言葉があった」はヨハネによる福音書1章1節ですが、この一文から始まる小説といえば『薔薇の名前』
■ずっと前から地味にいる、『鋼の錬金術師』から名前そのままで来て年齢順が逆になっている人たち。そのなかでも“炎の錬金術師”は、他の原作モブと違って本質が実存に先立つキャラクターなので最初から今回のためにご登場いただいている
□O.W.L第四問やセドリックの命日は原作そのままです
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