ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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ロマンスがありあまる

 

はじめに言葉があった(In principiō erat verbum,)

そして言葉は神のうちにあった。(et verbum erat apud Deum, )言葉は神であった。(et Deus erat verbum.)

 

言葉ひとつを武器にして、セドリック・ディゴリーはガラハッドに愛を伝えた。言葉ひとつを武器にして、トム・マールヴォロ・リドルはガラハッドから奪い取って、何もかもを台無しにしてやった。

 

耳を聾するばかりの声の洪水のなかで、トム・リドルは歓喜の高笑いをした。

やれやれ、反吐の出る光景だったな!

こいつらは、あと少しでキスしそうだった。

いい気味だ。セドリック・ディゴリーは死んだ!

この僕のことを眼に入れないくせに、ガラハッドめ、幸福(・・)を選ぶだなんて烏滸がましい。さあ、さっさと悔い改めて、ひれ伏して詫びにくるがいい。

 

お前は、二年前たしかに言ったじゃないか。

神がし損ねた代わりに、みずから、星に背を向けてここに来てやってきたと。そのために随分と殺しをして、自分は、僕に会うために時を越えてきたんだと―――そのことを忘れさせはしない!

 

万物は言葉によって成っている。(Omnia per ipsum facta sunt: )

存在することを始めたもので、(et sine ipso factum est nihil,)言葉によらずに成ったものは何一つない。(quod factum est,)

 

そんな世界のなかに在って、ガラハッド・オリバンダーは膝から崩れ落ちた。誰よりも若い大会役員である彼は、“姿あらわし・くらまし”の使えないこのホグワーツで、走って一番に異変の現場へと―――迷路の入り口へと辿り着いていた。

だが、彼は何もできなかった。

爽やかに香る芝生のうえで、実は移動鍵(ポートキー)だったことが判明した優勝杯を掴んだまま、ハリー・ポッターはうつ伏せに…セドリック・ディゴリーは、そのハリー・ポッターに腕を掴まれて、目を開けたまま仰向けに倒れていた。その姿を一目見ただけで、ガラハッドは糸の切れたマリオネットのようになった。

 

動きひとつで、彼は観衆を騒然とさせた。

ダンブルドアとファッジが追いついてきた。

ダンブルドアは、ガラハッドを追い越してハリーへと駆け寄り、生死不明のハリーを仰向きにさせた。ハリーは弱々しく手を動かした。大観衆が総立ちのなか、ファッジは輪唱の口火を切った。

 

 

「 何たることだ―――ディゴリー!彼は死んでいるぞ! 」

 

 

言葉は、すみやかに夜の闇へと伝播していった。

 

言葉に命あり。その命は人の光。(in ipso vita erat, et vita erat lux hominum:)

光は闇の中に輝いている。(et lux in tenebris lucet,)そして、闇はこれに勝たないのだ。(et et tenebræ eam non comprehenderunt.)

 

魔法族たちの輪唱は大きくなっていった。

駆けつけたマクゴナガル先生は息を呑んで、「ディゴリーが!ディゴリーは死んでいます!」と言った。パーシーは喘ぐようにこれを繰り返した。一方、バグマンの声は大きかった。彼の声で観衆たちに火がついた。

死んでいる!死んでいる!セドリック・ディゴリーが、死んでいる!

ガラハッドは膨大な「死んでいる」を浴びた。

叫ぶように伝える者…金切り声で伝える者…女の子たちは泣き喚いて、激しくヒステリックにしゃくりあげた。

彼女たちは口々にこう叫んだ。

 

信じられない!どういうこと?セドリックは優勝したんじゃないの?信じてたのに!そんな、どうして?さっきまではあんなに…!あああセドリック!嘘。彼、いまに起き上がるはずよ!こっち向いてセドリック!本当に?本当に彼は死んでしまったの?愛してたのに!

 

ガラハッドは呆然としてそれを聞いていた。

 

不思議だった。空っぽの自分には穴が開いていて、後ろから風が吹いて囁きが流れこむみたいだった。自分には心がなかったのだろうか?痺れ伏しているあいだに、おそらくこのあと思いつきそうなことは、全部先に他人に言われた。ここには、もう何も残っていやしない…。

 

…気がつくとガラハッドは医務室にいて、ディゴリー夫妻共々、目を閉じさせられたセドリックのことを見下ろしていた。ベッドに置かれている遺体は、新しすぎて本当に眠っているようだった。むせび泣くディゴリー夫妻の背後では、ベアトリーチェ・メディシスが大きな声を張り上げていた。ガラハッドはその声でハッと我に返ったのだ。

ベアトリーチェはマダム・ポンフリーへと詫びを入れていた。

 

 

「 マァム!ポッターは行ってしまいましたわ~! 」

 

 

マダム・ポンフリーは調合室から叫び返した。

 

 

「 なんてこと!誰です!あんな状態の子を動かしたのは!! 」

 

「 ムーディー先生です!引っ張り返して、とりあえず止血だけしましたが…ネクタイを剥いでやって、動脈を縛っただけですけど… 」

 

「 あの方は破傷風ってものを知らないのかしらね 」

 

 

ガチャン!

マダム・ポンフリーは道具箱の蓋を閉じた。

このやりとりを耳に入れて、ダンブルドアは急いで手を止めた。彼は、動かぬセドリックの顔に布をかけてやろうとしていたところだったが、ぐいっとその布をガラハッドへと押しつけて大股で歩いた。

マダム・ポンフリーは、調合室にて必要なものを揃えると、メディシスを引き連れて医務室を出て行った。既に“手遅れ”の者には、歴戦の医療者は目もくれなかった。ダンブルドアもマダム・ポンフリーたちと出て行った。「許しがたい仕打ちを受けた」と感じて、ディゴリー氏はくぐもった呻き声をあげた。

 

 

「 話が違う!ダンブルドアみずから、ハリーから起きたことを聞きだすという話だったのに…! 」

 

 

エイモスはもう彼を信じられなくなった。

セドリックはどんな最期だったと思うか、エイモスはガラハッドにいくらか話しかけた。呆然としていたガラハッドは、ここに来て初めて、自分の思うことを自分で言う機会に遭って困った。

ガラハッドは改めてセドリックの亡骸を見つめた。この瞬間も、ディゴリー夫人は膝をついてベッドに打ち伏して、冷たくなってしまった息子の手を握って啜り泣いていた。ガラハッドは昔の記憶へと憑りつかれていた。

 

 

「 コロッと―――外に出た途端に、撃たれてひっくり返る。よくあることだ。部隊長、少尉さん、セドリック… 」

 

 

ガラハッドは幻影を見て宙を掻いた。

嗚呼そういえば、今日は6月24日だ。

前日に司令官自決につき、残存兵力は玉砕したその日だ。

紙切れの上で戦いが終わったって、俺たちは最期まで戦ってた。

 

数度の空振りを乗り超えて、ガラハッドはセドリックの胸に触れることができた。そしてそのまま、ガラハッドはセドリックの肩から腹にかけてをまさぐった。ガラハッドは静かに報告した―――服の色でわかりづらいのかと思ったが、やはりこれといって外傷はない、と。

エイモスは使用された呪文を直感した。

夫人は初めて口を利いて、「せめて、綺麗なままで帰ってきてよかった」と言った。

 

 

「 あの子が連れて帰ってきてくれたんでしょう?…こんなに重い子を。こんなに、重くなっていたのね 」

 

 

夫人はハリーへの感謝を呟いた。

ガラハッドは、躊躇いなくセドリックへと触れることができた自分自身に、不意に無尽の悲しみを覚えて震撼した。もしも、彼が生きていたら…ドキドキして恥ずかしくてならなくって、自分は、こんなこと絶対にできなかっただろうに。「シャツを脱がせたら痣があるかも?」と、服の下を想像するなんて考えられなかった…。

 

…ガラハッドは急に泣きそうになった。

そのとき、校庭側の出入り口から、黒い犬が医務室に飛び込んできた。エイモスはただちに杖を抜いて白い光線を放った。

 

 

「 去れ!私の息子は渡さん!! 」

 

 

夫人はセドリックを強く抱きしめた。夫妻はシリウスのことを死神犬(グリム)だと思った。

シリウスはただちに撤退したが、医務室の外から吠え立てて、内部にいたガラハッドへと「ハリーはどこだ!?」と訊ねた。ダンブルドアから遣いを寄越されて、シリウスはただいま駆けつけたばかりだった。

ディゴリー夫妻の制止を聞かずに、ガラハッドは医務室を飛び出してシリウスに言った。

 

 

「 パッドフッド!ハリーは無事だ!でもここにはいない。ムーディーがどこかに連れていったらしい。きっといま聞き取りを受けているんだ 」

 

 

ふたりは半屋外の廊下を走りだした。医務室の内部を突っ切るルートを避けて、ふたりはホグワーツ城の深部を目指した。

ガラハッドはじっとしていられなかった。

“転がる石”でいなくては、ぐしゃぐしゃに融けて今すぐ泣き喚いてしまいそうだった。城の内部に入ってすぐ、ガラハッドとシリウスはスネイプと鉢合わせた。「最も強力な真実薬を取ってくるように」と、スネイプはダンブルドアに要請されたところだった。個人製造・私蔵であるならば、魔法省の定める有効成分量など問題にならないのだ。

ガラハッドはスネイプの来た道を見やって叫んだ。

 

 

「 職員室!?ムーディーの部屋!? 」

 

 

スネイプは足取りを緩めずに叫び返した。

 

 

「 チッ―――貴様は、そいつを連れて校長室に引っ込め! 」

 

 

スネイプはちらりと黒犬を見て、「この世にこれほど醜悪で気色の悪い生き物はいない」という顔つきをした。ガラハッドは一歩さがって二者を見比べた。シリウスは四つ足を踏ん張ってスネイプに唸っていた。

スネイプは地下への階段をおりながら言った。

 

 

「 行け!早く…見られるな!合言葉は駄菓子だ。百味ビーンズではなければ、片っ端から言っていって当てろ! 」

 

 

スネイプはローブを靡かせて消えた。

地下の研究室が開かれる音がした。扉の音を背に聞いて、ガラハッドは、シリウスがスネイプに従ったことにも強く驚いた。ハリーを探すことをやめて、シリウスは一直線に校長室を目指し始めた。ガラハッドはそれについていって、人間の言葉でまずは「百味ビーンズ」とガーゴイル像に唱えた―――何の変化も起きなかった。

 

 

「 蛙チョコレート。歯磨き糸楊枝型ミント菓子 」

 

 

これでもガーゴイル像は動かなかった。

ここで一旦、ガラハッドは周囲に人目がないかを探ってみた。ハァハァ、わふわふと言って前足を持ち上げ、犬だからちょっと呑気に見えるシリウスは、俺よりもさらに駄菓子には詳しくなさそうだが…?「骨っこジャーキー」とか言ったらはったおすぞ?

多分、子供のほうが思いつきやすいようにしてあるんだろ?

それなら、シリウスの学生時代からある定番駄菓子よりも、最近のネタ商品のほうが合言葉に選ばれている筈…。理事や魔法省大臣なんかは、名前すら口にしたがらないようなチープなやつ…。

ガラハッドは少し考えてピタリと当てた。

 

 

「 ゴキブリゴソゴソ豆板 」

 

 

石像は脇に飛び退いていった。

ガラハッドとシリウスのふたりは、動く螺旋階段によって樫の扉の前まで運ばれた。ガラハッドは扉に手を当てて、内部は無人であるか否か樫の樹に質問した。安心できそうだったので、中に入りながらガラハッドはシリウスにそう言った。シリウスが犬から人間に戻ると、フォークスが驚いてホロホロと声を出した。

 

 

「 お前に用はない 」

 

 

ガラハッドは冷たくフォークスに言った。

フォークスは小首をかしげて、止まり木の上で小さく横ステップを踏んだ。不死鳥のとぼけたさまを見ると、ガラハッドは非常にイライラした。

 

 

「 お前が涙を流したって、セドリックはもう戻らない――――それどころか、お前はセドリックを取っていったな?お前、お前、お前の尾羽根だろう!?ヴォルデモートの杖を成り立たせているのは!奴に魔法を使わせているのは!!お前が…お前が爺さんに尾羽根をくれなかったら…ッ 」

 

 

ガラハッドはグッと唇を噛んだ。

あの芝生のうえで、ダンブルドアの腕のなかで、帰還したハリーが一番に呻いたことを材料に…―――極々わずかな情報から、自分は、かなり無茶苦茶なことを言っていると、ガラハッドは自分でよくわかっていた。

 

すべての悪い魔法は、杖職人のせい?いいえ、術者本人の問題です。

ではすべての悪い魔法は、杖の材料のせい?いいえ、術者本人の問題です―――わかってるわかってるちゃんとわかっている!

もうこれ以上行く先がないだけ!!

 

広くはない校長室のなかを、ガラハッドはぐるぐるぐるぐると歩き続けた。ガラハッドは、今なら星をも呪いおとせる気がした。口を開けば炎を吐き、睨み通せば誰だって射落とせるだろう。

気遣わしげなシリウスを視界に入れまいとして、ぷいっと脇を向いたときのことだった。思いがけないものを見つけて、ガラハッドは飛び上がり後ずさった。ダンブルドアの小机には、まるでこの部屋を去る直前までじっくりと読んでいたかのように、とても見覚えのある本が開いて置いてあった。

日本語の、折口信夫の本である。

ガラハッドはすべてを感得した。

 

ご丁寧にもダンブルドアは、文中の「マレビト」「饗応」「来訪神」などの語に印をつけていた。

ガラハッドは裏返った声で笑ってしまった―――あはは!そうだな!そうだよ、俺は、俺自身が来訪神なら…ギュッとこの腕に抱きしめて、“この世”から“あの世”へと持ち帰るものは、何より誰よりセドリック・ディゴリーという人がいい。妖精や天狗がやるように、彼という人を攫って独り占めする。そうして、あんな声たちはもう届かないところまで行ってやろう。

ごめんなセドリック、君の両親を悲しませて。

でも、君個人のことをいうなら…君だって、死ぬほど俺に選ばれたかっただろ?死ぬほど…そう、死ぬほど……。

 

ガラハッドはまったく動かなくなった。

彼は、余人ならば「発狂」と呼ぶ行為をして、その笑いのあとは爛々と宙を見据えて、一つのことを思い入れて没入した。シリウスは、そんなガラハッドを見ていてとても苦しかった。自分が親友を亡くしたときのことを思い出して、シリウスもまた異常な情動のうちに在った。

シリウスは、壁の棚に置いてあった水晶玉をじっと見つめた。

 

やがて、ガーゴイル像の動く音が響いた。

 

ガラハッドとシリウスのふたりは、共に目の据わった顔つきでダンブルドアとハリーとを迎え入れた。ダンブルドアはハリーをソファーへと座らせつつ、この戦いの“先鋒”と見込んでいる魔術師たちに対して、低く短く「見たな?」とだけ言った。若い彼らは、それぞれ自分事ばかりに夢中の返事をした。

ダンブルドアはふっと微笑んだ。

ガラハッドはハリーの顔色を見て、「かろうじて自力で歩いてきたけど、こいつ、このまま気絶していくのでは?」と思った。シリウスはハリーの隣へと座って、片方の手(震えている!)をハリーの肩に置いた。その状態で、シリウスはハリーではなくダンブルドアを見上げて訊ねかけた。

 

 

「 いったい、何があったんだ? 」

 

 

シリウスはひどく急き込んでいた。

二対二だ。ガラハッドはダンブルドアの隣へと座った。ダンブルドアは、澱みなく原稿を読むかのように、今しがたバーテミウス・クラウチ・ジュニアに対して自分がしてきたことと、彼から聞き取った情報について説明した。

ダンブルドアの正面で、ハリーはすっかり眠りかけていたが、シリウスとガラハッドはこの話に驚愕した。「こんなことになるのではないかと思っていた」と、シリウスは悲痛な声をあげた。

ガラハッドはまごついてダンブルドアに質問をした。

 

 

「 で、では、ヴォルデモートの肉体は今どういう…!? 奴はハリーを材料に人体錬成をしたんですか?他の材料は?クラウチ・シニアは、ただ殺されただけなんですか! 」

 

 

ハリーの四肢はどこも欠けていなかった。

ということは…と、ガラハッドはハリーの内臓の心配をした。

だがガラハッドには事態がわからなかった。

 

 

「 一滴の血も流さずに、心臓の肉を1ポンド取り出すようなこと。そんなことはできるわけがない 」

 

 

ダンブルドアはとても前のめりになって言った。

 

 

「 左様。そのようなことはできる筈がない。じゃがハリーは、はじめにヴォルデモートが復活したと言った。それは、いったいどのようにして成ったのか。そのことを今から聞きたいと思っておる 」

 

 

ダンブルドアはハリーを揺すり起こした。

ガラハッドは刮目してダンブルドアの横顔を観察した。

 

不思議だった。ガラハッドの目には、今、このアルバス・ダンブルドアは興奮していると見えた。さながら彼自身が代表選手になって、すぐそこに、眠りかけのハリーの内部に、念願の優勝杯を幻視しているかのようだ。

 

ガラハッドに気づかれたと察して、ダンブルドアは自身の非人情ぶりを恥じた。だが、変わる気はない。今の局面では、来るべき勝利の日に向けては、疲れている子をまず眠らせてやるような、あたたかい血のかよう心なんて、わたしには要らないのだ―――「明日ではいけないのか」と言うシリウスを無視して、ダンブルドアはハリーを優しく尋問した。

 

ガラハッドはハリーのことも観察した。

ハリーは、シリウスに凭れかかって、とても深く息を吸い込んでから話し始めた。ほとんど目は開いておらず、話すことが解毒だと感じているかのようだった。

ハリーがワームテールに短剣で刺されたと聞いて、シリウスは烈しく呪いの言葉を吐いた。ガラハッドはハリーの右腕を見て、たしかにそっちのローブの袖は破れているなと思った―――どうして、「破れているだけ」で済んでいるのだろう?

 

ダンブルドアが素早く立ち上がり、ハリーに腕を出させて傷口を確認した。ごろんと転がすようにして、ハリーはテーブルの上に右腕を投げ出した。渾身の力で止血されて、ハリーの傷口はだらだらと血を流してはいなかった。代わりに白く、蒼くなってきていたが…。

ハリーは静かな声で言った。

 

 

「 僕の血が、他の誰の血よりも、あの人を強くするとあの人自身が言っていました。僕を護っているものが―――僕の、母が遺してくれたものが―――あの人にも入るのだと言っていました。そのとおりでした…ヴォルデモートは、僕に触っても傷つきませんでした。僕の顔を触ったんです 」

 

「 普通そこで顔を選ばないよな 」

 

 

ガラハッドは嘆息しつつ言った。

慎ましい老人の顔をして、ダンブルドアは再び腰を下ろした。

ガラハッドは席を立って机の周りを廻り、シリウスの反対側からハリーを支えに行った。ハリーの肘を自分の肩に載せて、手を上方へ挙げさせながら止血帯を解いてやった―――ガラハッドはムーディー(贋物!)のネクタイを持っていられなかった。

ガラハッドはそれを暖炉へと投げ込んだ。

 

ハリーは話し続けた。

宿敵の血・父の骨・臆病者の肉によって、ヴォルデモート卿は復活し、大鍋から姿を現した。彼は自分は「完全」になったと言った。彼は、配下たちの前でハリー・ポッターを屈服させて殺害することを望み、みずからハリーの縄目を解いて、杖を返し、ハリーに決闘権を行使させた。

 

ガラハッドはそれを聞きながら、輪のなかでひとりだけずっと暖炉のほうばかりを向いていた。蛇が苦しんで死ぬように、魔法の火のなかでネクタイは燃えていっていた。

 

金色の光が杖同士を繋いだくだりで、ハリーは喉がつまって、しばらくのあいだ話せなくなってしまった。ヴォルデモートの杖から現れたものの記憶が、どっと溢れて、胸がいっぱいになったのである。

校長室にいながらして、ハリーはあの墓場での光景を幻視した―――セドリックが出てくるのが見える。年老いた男が、バーサ・ジョーキンズが……母が……父が……。

彼らから受けた励ましの言葉を、ハリーはしゃくりあげながら述べた。ハリーはヴォルデモートの表情を思い出した―――不死鳥の歌と、金の鳥籠のなかで、光の糸で繋がったまま見た表情だ。

ハリーははっきりと言った(・・・・・・・・)

 

 

「 あの人は驚いて、恐怖していました 」

 

 

それからハリーは、相応しい言葉がわからずに苦しい息を吐いた。

 

 

「 ゴースト?それとも、何だったのかな…死んだ人たちが見てくるのが、あの人は怖かったみたいです。父さんは僕に囁きました…つながりが切れると、父たちはほんの少しの間しか留まっていられないけど…それでも、僕のために時間を稼いでくれる、と。するとセドリックも囁いたんです。両親のもとへ、僕の身体を連れて帰ってと…。それから彼は叫びました……あの人に向かって…どうだ、これが杖の力だ、と。杖を、殺人なんかに使って彼を悲しませて、そのくせこんな僕にだって怯えるお前を、僕は絶対に許さない、と…―――するとあの人は逆上した。死者のくせに…みたいなことを言って、あの人が杖を振り上げて、金色の糸が切れてしまいました。影たちはあの人を取り囲んで、僕が走って逃げる時間を稼いでくれました―――…それで、僕は、生きて帰ってこれた…どうしてか、僕は生きて帰ってきた… 」

 

 

ハリーはからくも話し終えた。

ハリーは、もうこれ以上何も言えない心地だった。自分は、今頃死んでいるのが当然のことで、生きているのが変なことのような気がしていた。だってあのとき、生きてそこらじゅうにいた者たちはみんな敵で、僕の味方は全員死んだ人たちで…。僕は父さんに従ったんだから…。

 

しかし、ここにいるシリウス・ブラックは生きている。

シリウスに凭れて、シリウスの体温を感じて、ハリーは穏やかに目を瞑った。ジェームズとリリーの名を呼んで、シリウスは両手で顔を覆っていた。

 

ダンブルドアはガラハッドのことをじっと見た。

ガラハッドはまったく顔色を変えず、黙々と修練に打ち込むような様子で、傾いたハリーの腕だけを高くし続けていた。傷ついた腕で天を指して、ハリーはぐったりと有難うと言った。

 

ガラハッドはまた暖炉のほうを向いた―――ゆらゆらと火が踊っている。

天に在っては比翼の鳥、地に在っては連理の枝。そんなふうに誓った魂には力がある。恨みが…あるいは、が在るので…それらは、すべての魔法の根源と成る。すべての芯材と枝材は、はじめに片割れを持っているものである。

そのなかの一組のことについて、シリウスとダンブルドアはすっとぼけた会話をしはじめた。ガラハッドは一から説明する気になれずに、努めて素人の疑問や見解を聞き流した。生きていたセドリックのあの声で、死せるセドリックが言ってくれた言葉を上演しようと思ったら、他の音はすべて雑音なのだった。

 

 

( …それで?肉体を得た新ヴォルデモートは、今どこにいるんだよ? )

 

 

ガラハッドはそれにしか興味を持てなかった。

必要な情報を集め終えたので、ダンブルドアもまたこの尋問を切り上げにかかった。約束の時間が迫っていた―――ダンブルドアはチラリと時計を見て言った。

 

 

「 シリウス、これ以上のことはガラハッドに訊くのがよいじゃろう 」

 

 

ダンブルドアはスネイプのためにそう告げた。

そのころ当のスネイプ本人は、校長の指示通りにファッジを医務室へと留めていた。スネイプは、大臣の前でセドリック・ディゴリーという生徒の思い出を語り、スプラウト先生を巻き込んで、ディゴリー氏へのお悔やみを長引かせていた。たとえどれほど時間が過ぎようとも、ダンブルドアが戻るその時まで、セブルス・スネイプはこうし続けるつもりだった。

ダンブルドアは腰を上げながら言った。

 

 

「 じゃがシリウス、わたしは、おぬしには今夜頼みたい仕事があるのじゃ 」

 

「 何でしょうか 」

 

「 医務室で。夜じゅう、ハリーのそばにいてやってほしい 」

 

 

シリウスは深くきっぱりと頷いた。それこそが彼のしたいことだった。彼はすぐさま犬になって、ハリーの膝へと鼻先を擦りつけた。

 

 

三人と一匹は校長室を出た。傷口を高くさせ続けるついでに、ガラハッドはハリーに肩を貸して医務室の間際まで歩いた。だが、内部からの声が漏れ聞こえてくると、ガラハッドはビクンとして動けなくなった。再びセドリックの遺体を見ることに堪えられなくなり、その場で足を竦ませてしまった。

ガラハッドはイライラとして思った―――今のは、絶対にハリーが悪い!と。

 

どうして!こんな!もう還らないときに!ハリーめ、「この足の傷は蜘蛛に襲われて…」から始めて、「セドリックが助けてくれなかったら」と…共に優勝杯を掴む直前に、彼がどれほど高潔で善い精神を示したかについて、どうして、今、このタイミングで言うんだよ!?いくら偲んでも、彼はもう戻らないのに!!!―――自分が圧し潰されて(・・・・・・)しまう前に、ガラハッドはハリーをどんと突き放した。

ガラハッドはダンブルドアへと言った。

 

 

「 見に行ってもいいですか? 」

 

 

チラッと―――ガラハッドは、鋭くムーディー先生の部屋へと続く方向を見るだけでよかった。これほどのことをしてのけた、バーテミウス・クラウチ・ジュニアとやらの顔、魔法省へと引き渡される前に、是非とも拝ませていただきたいものであった。

 

ダンブルドアは何もできなかった。彼は、先頭に立ってもう扉を開いてしまっていた。

ファッジ。それに、幻術で迷ったマダム・ポンフリーたち。その彼女たちを問い詰めていたモリー・ウィーズリーとハーマイオニー。それらの者たちが大声でダンブルドアのことを迎えた。騒がない者たちのうち、ロンとビル、スネイプもまた、ハリーの顔を見ることを待ち望んでいた。

ディゴリー夫人は伏せていた顔をあげた。

ディゴリー氏は首を絞められたようになった。

呻くエイモスと同じように、ガラハッドもまた歓声の中になんかいられなかった。一目散に洗濯室の前を駆け抜けて、上の階へ!―――ガラハッドはムーディー先生の部屋を目指した。

 

ヴォルデモート卿は雲隠れしたが…その場所には、高鼾でお眠りになっている、大層なしもべ殿が一人いらっしゃる筈だ。顔を見てやるだけのつもりだったが、ガラハッドはおのずと杖を取り出していた。

だから、このことは必然なのだ。

 

武装したガラハッド・オリバンダーが近づいてきたとき、ウィンキーは今度こそ働こう(・・・・・・・)とした。この隙に、絶対に逃がそうとして盗んだ杖だったが、ウィンキーもまた悲痛に狂っていた。

坊ちゃまはご主人様をお殺しになった!

奥様は大変お嘆きになります!

坊ちゃまは悪い子!でも、ウィンキーの坊ちゃま!

ネビル・ロングボトムの杖を振って、“クラウチ家のウィンキー”は金切り声をあげた。

 

 

「 坊ちゃまを殺すなあああああ 」

 

 

ズズゥン…

砲撃のような音が鳴った。

ホグワーツ城は縦に揺れた。

医務室にいた全員は、ハッと一斉に顔をあげて天井を見た。いいや校庭でも、玄関ホールでも、地に立っているすべての者はハッとして一斉に顔をあげた。

外は真夜中の暗さだった。模糊とした闇のなかでは、何が起きているのかは見えやしない。観客だった者たちは杖を掲げて、一斉に言葉を灯した。

 




■ヨハネによる福音書1章1節~5節をゲス極まりなく使う
■『ヴェニスの商人』ヒロインが裁判官を務める裁判のとこ
■在天願作比翼鳥~の『長恨歌』って最終、一種の異世界モノですよね
□杖がなくても妖精って魔法使えるんだよな…
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