「最古」と呼ばれている一族がいる。「常に勝者たる」を二つ名とするマルフォイ家と違って、決して裕福ではなく毛色もよくない一族が。
小さな島国に根を張って、彼らは敗れながらでも生き残ってきた。今では、彼らには最も個性的な門閥の術がある。その強さゆえに、彼らは「純血聖28一族」のひとつにも数えられている。その製造する杖の強力なること、とうとう当世ギャリック・オリバンダーの代に至っては、もはや英国のみならず、世界中の魔法族から認められている。
長い歴史のなかで、オリバンダー家がこの地位を得るに至った手立ては単純だった。
暖簾分けだ。一陣営に固まって属するなんて、みすみす全滅の可能性をつくる愚かな賭けである。たった一名でも技術の継承者が生き残ったならば、偉大なる先人たちの叡智は、またその者から広まり、必ずやさらに発展していくというのに。
自分ではまだまだ未熟すぎる。ギャリックでは、これから新たな弟子をとるにはもう老いすぎている―――だから今、ガラハッドはアラベールにきっぱりとサヨナラを告げた。
ガラハッドだけではない。昨夜のうちに、家長ギャリックもまたアラベールに別れを告げていた。オリバンダー家の跡継ぎとして、ガラハッドには聞かずともそのことが察せられていた。
言うべきことを言いきって、ガラハッドはじっとアラベールからの返答を待った。
アラベールはハンカチで冷や汗を拭った。
天から
アラベールは、まさにその痛みを味わい、苦悶し始めたところだった。
途方もない後悔に苛まれて、アラベールは狼狽も狼狽した。
嗚呼こちらの心労になるまいとして、まるでまた来週会うみたいな調子でサヨナラを言って、この子は、寝たきりでもちゃんと嫡嗣らしい顔つきをする!―――父として、ここは「よくぞ立派になった」と讃えるところか?―――全然その気が湧かなくて、アラベールはやれやれと小さく首を振った。
塵芥に涙を注ぎかけて、女神アーテナーの力を借りたあの日から幾星霜。あんなに、女の股から生まれた子
いつから、わたしは、どうしてこの子が、他でもないこの子がこの世にいつづけることを、「奇跡」でなく「当たり前」かのように錯覚できたのだろう?早く独り立ちさせるべき子だからと、たしかに焦ってしょっちゅう叱り飛ばしてきた。決して、他の家庭を持つ幸せになんて、一度として憧れたことはないのだが…。
…だが、アラベールは今更言い訳などしなかった。
言葉なんかでは、積年の仕打ちの取り返しはつくものではあるまい…―――実の親との関係から、アラベール・ド・ノアイユはそのように考える男だった。彼は、もう二度と実父のことを誹れないと感じて、今日までまだ自分は子供だったような気がした。
奇しくも、あふれるような陽光が、風景をおののかせて、非人間的に、衰弱させた。
太陽のせいで、異邦人は狂った行動へと走った。
アラベールはようやく子に返事をした。
「 ガラハッド。最後に頼みたいことがある 」
ガラハッドは少し驚いて「何?」と言った。
アラベールは真顔で、ガラハッドにとっては珍しい口ぶりのままで続けた。
「 好機だ。お前は、頼むからこれを機に分霊箱をつくってくれよ 」
ガラハッドはゆっくりと瞬きをした。
アラベールは水を掬うように片手をあげた。
「 賢者の石は、即死してしまっては役に立たないのだから。『あっさりうっかり死にました』なんて報せ、わたしは、フランスで絶対に聞きたくない。そうとも…いかにもわたしは、未熟で身勝手な親だった…だがそれでも、親が子の息災を願って何が悪い?願いを叶えるために使わないなら、知識などあっても意味がない!―――わたしは、明日にはお前を立ち上がらせてみせよう。だから…だから……おっと!うむ、うん 」
アラベールはいくらか咳払いをした。熱心に話をしているうちに、彼はサイドテーブルからガラハッドの杖にすっ飛んでこられたのだ。慌てて杖を捕まえて、アラベールは杖に労いの言葉をかけた。
今に始まったことではなく、このオリーブの杖が抱えている秘密は、アラベールの立場からは一目瞭然だ。
アラベールは杖から賢者の石を取り出すと、その仮の姿を解きほどいて、陽光のもとにその正体を晒した。賢者の石は、生者を在るべきように変えて生かし続け、死者を在るべきように変えて土へと還す。それは今、無数の小傷が反射で紅くきらめいており、どこにでもある普通の石ころが、うっすらと血を滲ませているかのようだった。
アラベールはそれに目を細めた。
そのとき、ガラハッドはある種の安堵のような感動を覚えていて、ぼんやりと秘密を暴かれるのに任せていた。
ついさっき、彼はちょうど「自分にも分霊箱が必要だ」と考えていたところだった。言われなくたって、これ以上の親不孝はできないと強く感じていたからだ。
悲しかった。ただただ悲しかった。
あまりに悲しすぎて、ガラハッドはもう心が麻痺したかのようであった。
絶対不可逆の境を超えて、セドリックはひとりで死んでいってしまった。けれども、それなのにこの世界で、自分はまだまだ死ぬわけにはいかない。家族がいて、杖職人としての使命があって……これから、一族でヴォルデモート卿と戦うのにあたって、為し得る備えを疎かにするなんて考えられない。
太陽は昇り、雄鶏はますます強く鳴いた。人々が動き出すなかで、彼という人は再び眠りに就いていった。
斯くして、その朝、錬金術師に“生命の水”を注がれると、その者はいっそう深く長い眠りへと入った。
その日のうちに起きた出来事は、多岐に渡るがまとめれば一つだった。アルバス・ダンブルドアによって、“不死鳥の騎士団”が再結成された。
嵐の時代のはじまりだ。
その時代の一日目に、ガラハッド・オリバンダーは目覚めて起き上がった。
黄金の朝陽が射すなかで、マダム・ポンフリーは賢者の石の力を畏怖してひどく後ずさった。ガラハッド自身もまた、この急回復には驚いて目を真ん丸にした。試験対策でつくった傷跡も、染みついたペンだこさえもなくなっている手…―――まるで自分のものではないような手を、ガラハッドは、ゆっくりと開いたり閉じたりしてみた。そっと医務室のベッドから降り立つと、随分と愉快な出来事が起きた。
約八十年前に記されたことだ。
足のくるぶしが、膝のひっかがみが、腰のつがいが、頸のつけ根が、米神が、頭のてっぺんが…―――骨という骨がゆるやかに組み合わさる部分が、脈動にあわせてヒクついて、その感覚が段々上ってきて……ガラハッドは、
喉の奥から、引き攣った切れ切れの音が湧き上がってくる。
笑い声だ。
ガラハッドは、野晒しの狂骨のようにカラカラと笑った。
This way! ...I born this way!
まさに…まさに『死者の書』の志賀皇子だ。
フラスコの外に出て生まれたときよりも、大人の体型になったぶん再現度が高い!
ガラハッドは、「こんにちは、僕、約八十年前の死者で~す」と念じて、独りで酔っ払いのようにくつくつと笑い転げた。悲しみのなかで、このことだけは心底嬉しかった―――…ほぅらやっぱり、世界広しといえども、俺ほど
いまに、すぐに、そうであることを証明してみせよう。
ガラハッドは時計を確認した。
完全に異常だが、完璧に良識のある振舞いだった。
大抵の人間は、訓練によってこういうことが可能になる。
そのあとの彼は、マダム・ポンフリーに治療の礼を言った。彼は、マダムからいくつかの検査を受けたあと、治療着を脱いでアラベールが置いていった服に着替えた。
一枚のカーテンによって、ガラハッドとマダム・ポンフリーはそれぞれの領域を設けた。マダム・ポンフリーは、“ヴェールの向こう側”を気にせずにはいられず、医療者として、賢者の石の効用に畏怖心を強め続けた。
彼女は、自身の積年の努力は何だったのかと考えた。そして、やがてガラハッドがカーテンを捲って出てくると、少し拒絶するような声色になって退院の許可を出した。
ガラハッドはマダムの態度を気にせず、これからやる禁術の算段をつけながら医務室を後にした。出御する王を見送るかのように、マダム・ポンフリーは医務室の戸口に立って彼を見つめ続けた。
医務室を出ると、ガラハッドはまっすぐにレイブンクロー寮を目指した。ゴールの座標はわかっていたが、急ぎ足でまっすぐに向かうことはできなかった。
ウィンキーによる破壊と、ロウェナ・レイブンクローの魔法により、“いつものルート”はもう存在しなくなっていた。
ガラハッドは鷲のように首を動かして、再構成されたホグワーツを観察しながら歩いた。丁字路や三叉路に出くわすたび、どの道を選ぶか考えなくてはならなかった。
廊下にて、階段にて、まだ何の絵も飾られていない新たな小ホールにて。
ガラハッドは、誰かと出くわすたびに「死体が歩いている!?」みたいな驚き方をされて、押し殺すような歓喜の声で迎えられた。
誰だって、このガラハッド卿が無二の親友を亡くしたことを知っていた。あの夜起きたことについて、ガラハッドは誰からも無神経に質問されなかった。
それでも、ガラハッドはじゅうぶん孤独を選びとりたくなった。ガラハッドは、行く先々で畏怖心を見せられつつ、ただただ息災を喜ぶ意味のことを言われ続けた結果、まるで生ぬるいヌメヌメの中に入れられ、肌の表面を溶かされるかのように感じた。
片道の出征だった身だから、復員兵の心なんて知らなかった。
あの頃、還ってきた兵士なんて一人もいなかったし、もしも自分が迎える側だったならば、そんな奴を見て讃える気にはならなかっただろうに。だってそいつは、先に逝った仲間の死を「犬死に」に貶める腰抜けじゃないか!―――…ガラハッドは頑なにそう思って、やっと寮塔にまで辿り着いたとき、がむしゃらに螺旋階段を駆け上がった。
本人の気持ちとは関係なく、ガラハッドは談話室でも生還とスピード退院を喜ばれた。談話室から歓声が聞こえてきたとき、ロジャーとマーカスは弾かれたように立ち上がった。彼らは、「
ふたりは、ガラハッドと男子寮の通路で鉢合わせて興奮した。
ロジャーは、「マジかよ!どっこも痛くねえの?」などと言いながら部屋に戻って、ある時点でハッとしてきつく口を閉ざした。彼は、はたと足を止めたガラハッドの横顔と、その視線の先とを見比べて後悔した―――…こんなに、虚しくて寂しい光景はないよなと思えた。ガラハッドのベッドの上には、本部席からロジャーが回収したガラハッドの上着と、記念品のオリーブの冠とが置きっぱなしになっていた。ロジャーは自分を無神経だと思った。
「 それ、ハリーは要らないって言ったんだよ 」
マーカスは、ロジャーとガラハッド両方のことをよく見ていた。
誤解を与えないために、マーカスははっきりと言っておいた。
「
と、マーカスが言い終えるか否やのことだった。
ガチャッとドアノブが鳴って、ノックもなく寝室にチョウが現れた。チョウは、開けたドアを締めることもしないで、ガラハッドのことを見るなり涙を流した。
「 あー…アレだ。チョウ、もっと中に入れ… 」
と言って、ロジャーは部屋の前の通路を確認した。
マーカスも、「ここは男子寮だよ?」と思ったが彼女に言わないでおいた。チョウが一人で来たことが気になって、ロジャーは談話室にマリエッタを探しに行った。少し遅れたが、マーカスも意図を汲んでロジャーについていった。
そんな同室二人と違って、ガラハッドは周囲に気を回せなかった。彼は、まだオリーブの冠をみつけたときのまま一歩も動かないで、呆然とするような様子で自分の居住スペースを見つめていた。
チョウもまた、まったくいつものチョウ・チャンではなかった。
彼女は寝室に入ってくると、うぅぅっとぐずるような泣き声をあげて、まるで幼い兄妹であるかのように、ガラハッドに背後からきつく抱きついてしゃくりあげ始めた。チョウは、自身を「あの夜の事件について、一番に早く真相を知るべき人」だと信じていた。だから、フェイから速報を聞くや否や、すぐさま男子寮にまでこうして踏み込んで来たのだったが、本当に帰ってきた、本当に無事の様子のガラハッドをみつけたら、どうにも、泣けて泣けて全然質問ができなかった。分かち合えると思うと、悲しみの堰が切れてしまった。
「 セドリック…うぅ、セドリック。ガラハッド、あんたは還ってきた…うっ、セドリック、うぇぇえん! 」
チョウは火が点いたように大泣きを始めた。
ガラハッドは、肩を回してチョウを抱き締め返して、おろし髪の彼女の後頭部を手中に納めた。そうしながら、彼はもう片方の手でそっと杖を抜いて、いつだって攻撃と防御ができるように構えた。
嗚呼きっと、女の子だから身も世もなく嘆くことのできるチョウは、こうやって俺のぶんの感情を吸い取ってくれている。心が無ければ、戦おうとは思わないけれども、心を持ったままで戦うことはできないから。
今なら言える。銃後の涙は愛しいものだ。
…―――何故このように思ったのか。
ゆったりとした袖に杖を隠して、伝説の騎士ガラハッドという人は、自身の学習机の上に神経を集中させていた。彼は入室して、冠をみつけたあとにすぐに気づいていた―――そこには、取り出して置いた覚えはないにもかかわらず、例の“新・リドルの日記”が鎮座していることに…。
アラベールが気を回して、こちらの目につくところに置いたとは考えづらい。
以前に
」 ?うろだんる作を箱霊分も君、ドッハラガあや 「
ガラハッドは、リドルにそう揶揄われ愉快がられていると直感した。
ガラハッドが顔を歪めたので、。たっかな方仕てくし嬉うもはルドリ
」 うろなに全完と僕。うよき生に遠永あさ 「
そのとき、チョウが泣きながら言葉を紡ぎはじめた。
長い髪をぼさぼさにして、彼女は俯いたまま独特の声を出した。
ガラハッドは鳥肌が立ち、初めて彼女が巫女であることに気がついた。何も知らず、何も視えていない筈なのに、狂乱のうちに彼女はリドルを責め立てはじめた。
「 ねえどうして?セドリックは、どうして殺されなきゃいけなかったの? 」
」 ?いかるあかんな由理にのぬ死が魚雑。ねあさ 「
「 あの犯人!あいつは、どこの誰なのよ!? 」
チョウは、あの夜に見たクラウチ.Jrのことを思い浮かべながら噎び泣いた。もう死んだからって、「もう、あの男は誰だっていい」とは思えなかったのだ。
チョウの気迫にあてられて、ガラハッドは急にマリエッタが今どこにいるか気になりはじめた。日記から目を逸らせないまま、ガラハッドは言葉を探しはじめた。
「 えっと…あの男は、ホグワーツに長く潜んでいて… 」
」 いない違間はとこるあで血純、らかだんな下手の僕のうこむ、もとくな少…ねてさ 「
。たっ言らがなし定想を”人手下の真“はルドリ
チョウは質問をしたものの、今は長い説明を聞けるような状態ではなかった。チョウはガラハッドの言葉を遮って、よりいっそう恨み深い声になってこう呻いた。
「 どうして?セドリックは、誰にも恨まれることをしない人だったわ。わたしは、それを一番によく知っているんだから。セドリックが、あの犯人に何をしたっていうの?あんなに、立派な人はいなかったのに。彼ほど心がきれいな人はいなかったのに、どうして、どうして…!? 」
ガラハッドは口を半開きのままにして黙った。
忌々しいことに、すぐそこでリドルは、チョウの言葉を繰り返してニヤニヤと嗤いやがる!―――それを視て聞いて、ガラハッドはいろいろなことを思ったのだが、ひとまずはリドルの味方になるまいと思った。
ガラハッドは、この件でチョウを否定しないでおくことにした。
いいよ、傍目に見てそう見えたならば、もうそれが客観的な事実だよ。
いろいろとあったけれど、たしかにセドリックは抜群に良い奴だったし。
万人は、このチョウのように怒ってヴォルデモートを憎むべきだ。理不尽な殺し、人間の冒涜を許さずに怒るべきだ。
だから、あのセドリックの情けなくてどうしようもない部分は、この自分が墓まで持って行く。誰にも教えてやらないで、ずっと自分だけのものにしていく…―――そのことをどう呪文にするか考えて、ガラハッドはうんと知恵を絞った。
。たっ言と」よだんい悪が君「にドッハラガ、はルドリ
ガラハッドだってそれくらいわかっていた。
この自分を愛さなかったなら、セドリックは死への道を歩まなかっただろう。
カッと火花が散るように、ガラハッドは杖を振り声を張り上げた。
■カミュ『異邦人』の有名なとこ
■ヨハネによる福音書1章8節まで。今回はより古いギリシャ語訳のほうにしました
■ヘブライ語の「夕と成り、朝と成った《ויהי ערב ויהי בוקר》」は、右から読んで「ヴァイェヒー エレヴ ヴァイェヒー ヴォーケル」。かっけえ。これ7回繰り返すとか呪文だろう
■『死者の書』折口信夫より。「膝のひっかがみ」って死語だしよくわかりません
■レディー・ガガのBorn this wayのMVの地獄魔女感は凄いと思う
□さすがに次回でラストにしたいです