ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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オリーブの芽生え

 

フローリアン・フォーテスキューはオリバンダーの店から歩いて二十歩もいかない場所にある家の子供で、幼くして財産はあるが天涯孤独になったらしかった。このあたりは商店街であるから、ここへ一旗あげにきた商売人たちに対し、「根っからの住人」というのはそれほど多くないようだ。そのぶん地元民の結束は固く、両親を失ってからもフローリアンはダイアゴン横丁で暮らし続けた。子供の多い地域ではないので、俺たちは自然とひとまとめにされた。昼間大人たちがせわしなく店を切り盛りするあいだ、俺たちはよく二人で過ごした――――彼は自分のほうが年上だと信じていた。

 

 

俺が転生してから5年ほど経った頃。ある日フローリアンは、わざわざマダム・マルキンに連れられて、とても嬉しそうな顔つきでやってきた。杖を買いに来たのだった。「ずっと欲しかった」と彼ははにかんで、大事そうに箱を抱えた。その頃の彼は飽きもせずよく喋った。

 

 

制服のこと、組み分けのこと、ホグワーツの授業ってどんなのだろう?とか。

 

 

ホグワーツ。ホグワーツ、か…聞かされながら俺も夢想していた。そいつはこの世界の学校の名前で、入学試験があるというわけでもなく、子供はみんなそこに行くものらしいから、いずれ自分も通うのだろう。このところ幼児としての生活に飽きてきて、遠くへであればどこへでも行きたい気持ちだった。何よりももっと魔法が見たかった。この世界は―――といっても俺が知っているのはダイアゴン横丁だけだが――――とても面白い。小鬼の銀行に、ドラゴンの心臓を売る薬屋、色の変わるカエルや、踊るネズミを売るペットショップ。空を飛ぶ箒を売る店や、歌いだす本を売る店まである。そういったものを目にすればするほど、もっと、もっと魔法を見たくなるのだ。絵本のなかにしかないと思っていたものが、ここではすべて現実にある。それも驚くような形で!肉食ナメクジなんて聞いたことある?この世界には、なんと人魚や不死鳥までいるらしい。是非是非この目で見てみたい!フローリアン坊やの相手をしなくなって以来、暇を持て余した俺は、かつてなく読書に没頭するようになった。英語生活にもすっかり慣れてきたし、図鑑ひとつ眺めるだけで楽しいのなんの。伝説の生物や魔力を持つ鉱石、こんなものが実際にあるなんて、この世界はなんて素敵なんだろう。

 

 

俺がそういうものを好んで読んでいると、父親がこれまた非常に嬉しそうにした。彼は自室から標本や現物を出してきて、本に書いてあることを俺に試させてくれた。火鼠の皮衣は本当に燃えなかったし、飛行石は本当に浮いた。そういえば俺は、かつては生物・鉱石やら工作やらが好きな少年だったものだが、いつの頃からか長男として家を継ぐ自覚を身につけて、それで、生来の嗜好とは無関係に、それなりの道へと進んだのだ。それが今では親から存分に好きなものに没頭することを許され、実際そうしていると会う人会う人に喜ばれるのだから、実にいいご身分というものである。

 

 

どこの誰様の采配による転生だか知らないが、こんなに俺に都合が良くていいのかと思う。「まあ可愛い」とか「よくお勉強をするのね」とか、人に褒められるたびに恐縮してしまう…。

 

 

さてそんな生活が数年続いた頃、自宅から父親がいなくなった。どうも古くからの知人に誘われて、男として遠くまで働きに出ることになったようだ。

 

珍しいことではない。ここは街中だが、港とか工場とかのほうが仕事はある。

 

いざ出立の日。よく寝ろとかちゃんと食べろとかそういう子供向けのことを、噛んで含んで男から言い聞かされたので、痒みを感じつつ俺は行儀よく頷いておいた。

 

 

「 お義父さんの言うことを聞けるな? 」

 

 

お義父さんというのは、店主の老人のことである。俺のいでたちは父親よりも、この老人のほうに似ていた。

 

 

「 必ずまた帰ってくる。元気で。どうか…元気で 」

 

 

もう風邪を拗らせて死ぬような年齢ではないのに。背をかがめて涙ぐむ親ばかには笑うしかない。こうして俺は老人を手伝う、小さな商店の徒弟となった。

 

 

「 この子の杖は何になるじゃろうな 」

 

 

ぼそりと老人は言った。

 

どうも杖というのは、手に持って振れれば何でもいいというわけではない。客の好みなんか全然聞かず、勝手にあれこれと杖を選び出してきて、客にぴったり(?)な杖を見つけ出すことがこの店流の接客方法である。ハチャメチャで面白いと思うが、当人たちとしては真面目にやっているらしい。

 

 

「 まだ“合わせる”には早い…だが気になって仕方ない 」

 

「 それは当然、オリーブですよ。私のグレイスの子なんですから 」

 

「 いずれにせよ一人前にせにゃならん 」

 

 

肩をそびやかして老翁は言った。この年でひとりで子供を育てることになって、体力の不安と責任感は一入だろう――――あくまで彼のなかでは。

 

 

「 ボウズ、明日からは杖磨きだ。日に100本は磨け! 」

 

「 鍛えてやってください。私も知恵と才能では負けませんでしたが、グレイスを見てやはり幼少のみぎりからの訓練は重要だと痛感しましたね。最高の師のもとで育つことが、この子のためになります 」

 

「 お前さんの面の皮は鎧か? 」

 

「 はて、誰に似たんでしょうか 」

 

「 この極道もんが――――まったく、似てほしくないもんじゃな! 」

 

 

にっかりと笑って翁は言った。

 

 

「 いいかボウズ?何をやるにしてもだな、魔法使いであるからには、杖の一本くらい自前で用意できねばならん。こいつはとんだ野郎だが、今時にしちゃあ腕っこきだ。悪い親父じゃねえぞ、しっかり顔覚えとけ 」

 

 

そういうものなのか、と俺は思った。

 

 

 

何にせよやるべきことが示されるのは有難くて、それに従っておけば迷うことはなく、間違いだなどと言って責められず、誹りを受けることもない。

 

前の世界でも俺は、そうやって保守的に生きてきた――――地道に頑張っていたほうだと思う。

 

前世の家業に比べたら、魔法の杖職人の弟子になるなんて、最高に面白い。それからも、ダイアゴン横丁のみんなに愛されて、毎日おはようからおやすみまで言われて。やがて俺は、ある朝ギャリック老人から、感涙にむせびつつ自分の杖をもらった。「オリバンデおめでとう」と、その日からはしばらくひっきりなしに言われた。近所からもお客さんからも。日刊預言者新聞にまでそう書かれた―――オリバンデおめでとう!

 

 

オリーブの杖を与えられて、俺は魔法使いになったのだ。

 




「火鼠の皮衣」は竹取物語でかぐや姫が求めたものの一つです。「飛行石」はいわずもがなラピュタ王が持ってるやつ。それを持っているということは主人公の父親は、魔法使いのなかでも「天空を渡る船乗りたち」あるいは「嵐喚ぶ者たち」の系譜であるようです。これらの登場するマゴニア伝説について、詳しくは『中世ヨーロッパの異教・迷信・魔術』(早稲田大学出版部)をどうぞ。
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