ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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真実の口

 

それからしばらくのあいだのガラハッドの人の驚かせぶりは、赤毛の悪戯仕掛け人たちもかたなしだった。周囲なんかには構わずにガラハッドは、鏡の魔術の実験にのめりこんでいった。

 

やがて入念な“試行”のすえにガラハッドは、丁重な文章でダンブルドア先生に手紙を出した。ただ驚いたり噂したりしているだけの呑気な子供たちとは違って、自分は連日遊んでいたわけではない。ガラハッドは、そのころには一応鏡の魔術について、少しは理解できたという実感があった。急がねばならないという意識もあった。

 

 

いよいよ最後の関門をつくりたい。

 

 

その旨を書いて送ると、翌日には返事がかえってきた。忙しい人物であるから、返事はもっと遅いと思っていたのに。

このように書いてあった。

 

 

『 今夜鏡を動かそう。鏡に取り憑かれている者がいる。共に話をしよう。 』

 

 

あの子のことだろうなとガラハッドは、特に感慨もなく思った。

 

 

 

 

 

 

「今夜」というのが何時のことかわからなかったので、ガラハッドはとりあえず前回と同じ時刻に寮を抜け出すことにした。時計の針は寸分狂わないけれども、あれからふた月近く経っているから、もう月はハンノキの真上を通らないし、牡羊座の軌道は地平線の向こうに隠れている。

 

ガラハッドがホグワーツに入って初めて気づいたことのひとつに、天球の星のめぐる速さのことがあった。かつては空なんかろくに見上げなかったけど、今ではオリオン座の位置を見てしみじみと、「冬が近づいているな」などと感じいることがある。もう窓とカーテンのあいだには、冷たくて重い空気がどっしりと溜まっていた。ガラハッドは、しっかりと着込んでから夜の学校へと繰り出した。

 

 

“夜になったら現れる通路”というのは、ホグワーツにはあと50はありそうな気がする。

 

 

夜光虫のような光で、その夜も城はまるで絶海の孤島に浮かぶみたいだった。昼間とはちがう様子の隻眼の魔女像のところに行きついたとき、ガラハッドは、念のために一度持ってきた地図を広げた。教師用の地図だそうだけれど、それぞれの寮の位置と間取りにばかり詳しくて――――この通路のことは載っていなかった。あんまり意味のない地図だけれども、これはこれで活用方法がある。

 

 

( このへんにも部屋が出現しているか、廊下が伸びているはず…。 )

 

ガラハッドは、こうして内部の床面積が増えても城の外壁はつながったままだと信じて、地図のなかでまだ見ぬ隠し部屋の場所の当たりをつけていった。それらが実際に出現しているかを確かめに行きたかったが、そこは我慢して例のホールへと向かった。もしかすると待たせているかもと思って急いだのだが、ダンブルドア先生の姿はそこにはなかった。

 

「 やあ、こんばんは。 」

 

そこには、ハリーだけがいた。

抜け殻のようになったハリー・ポッターが、じっと鏡の前で座り込んで、小さく膝を抱え込んでいた。

 

ガラハッドが声をかけると、彼はびくんと飛び上がった。ずっと幻影ばかりに見入っていて、間近に見下ろされるのにも気づかなかったようだ。驚いたような顔から一転、「来てくれたんだね」とハリーは、泣きそうに目を細めてまぶしがるみたいに、ポケットに手をいれたままのガラハッドを見上げて言った。

 

「 また会いたかった。君と、また話をしたかったんだ。 」

 

それなら大広間で会えただろうにと、ガラハッドは思ったけども言わなかった。得も言えぬこわばりを宿す眼で、ハリー少年が、喰らうようにこちらを見据えてきたからだ。

 

「 みんな嘘だって言うんだよ。僕の父さんと母さんは此処にいるのに、君以外は誰も信じてくれないんだ。――――ねえ、どうか証明してよ! 」

 

びたっとハリー・ポッターは鏡へと手を触れた。深淵に落ちていきそうに見えて、ガラハッドはヒュッと息を呑んだ。

 

「 僕と両親だ!僕の両親はここにいるよ! 」

 

ハリー・ポッターは叫んだ。

人間、こうして正気ではない盛り上がり方の他者を見ると、不思議と逆に冷静になれるというもので…。

…ガラハッドは実に冷めた心地で、黙って頷いたあと、ポケットのなかの杖を握りしめたまま、穏やかな口ぶりでハリーへと質問をした。

 

「 鏡のなかに君もいるのか? 」

 

少し知識をつけたガラハッドは思ったのだ。

それって、大変よくない状況なのではないだろうか、と。

 

 

「 こないだは、鏡の中には両親だけがいらっしゃる様子だった。今は、君も鏡の中に? 」

 

ところがハリーは聞いていやしない。ガラハッドが自分の言い分を否定しないのを受けると、ハリーは猛烈に嬉しそうになって「ねえ、やっぱり見えるよね?」と色めきはしゃいだ。完全に情緒不安定だ。

 

「 それが、見えないんだ。こないだは確かに見えたのに、今は見えなくなっちゃった。 」

 

ガラハッドは嘘をついた。平然と。

この手の嘘ならば昔から、得意だった。ショックを受けた目つきで、ハリーはあんぐりと口を開けた。

 

「 どうして!?じゃあ君には、今は何が見えるの? 」

 

「 さあね。 」

 

ちらりと鏡を見やりながらガラハッドは言った。立派な枠のなかには、異世界へと続きそうな暗い空洞しかない。自然体の自分にこう見えることの意味は、あまり考えたくはない。本で読んだことを思い出してガラハッドが心に念じると、ゆらりと卵スープが映った。―――深夜なので少々、小腹がすいていたのだ。

 

「 あまり自分の心に思うことを、べらべら人に喋るものじゃないと思う。 」

 

 

つけいられるから…と思いつつ、そこまではガラハッドは言わなかった。ちょうどよくハリーが自分のほうばかりを見ているので、この隙に鏡を片付けようとした。

めくりあげられることで鏡面の後ろに回っていた緞帳を、ガラハッドは脇からひょいと掴んで引っ張りおろした。「やめて!」とハリーが叫んだが、ガラハッドは聞こえなかったふりをして作業をつづけた。

 

「 まあ今のは、僕の父さんの受け売りだけど。 」

 

 

ずるりと幕が垂れていった。夢の終わりを告げる幕引きを、ハリーは立ち上がりガラハッドを突き飛ばして――――止めた。

 

「 やめろ、どけ!どけよ!――――君には、親がいるんじゃないか!僕には親がいないんだ!僕の気持ちなんかわかりっこないよ!! 」

 

ハリーの声は反響していった。空っぽの礼拝堂みたいなこの部屋に、静まり返った暗い夜の学校に、わんわん、ぐわんぐわんと。――――誰か来るはずの声だ。

ガラハッドは、目の前のハリーよりも周辺の景色のほうを、ナイフのような色の瞳で、観察していた。

 

 

「 うんまあ…正直わからないね。 」

 

どうして誰もこないんだ。

 

今ここで、ひとりの子が、みずから魂をなくし抜け殻になろうとしている。おとなは知っているだろう?

ガラハッドは気を巡らせたが、なぜだか誰も駆けつけてこない。仕方なくガラハッドは、もう一度あらわになった鏡の前で言った。

 

 

「 父親とはいったけどな、別に本当の父親じゃない。僕は、生まれたときに母親を亡くしていて、父親が誰なのかはちょっとわからない。ハリー、勘違いしているみたいだけどな、世の中君が思うよりたくさん孤児がいる。みんなそれなりにやってんだよ。あんまり思いつめるな。 」

 

「 なんだって? 」

 

彼は幸せなほうだ。じゅうぶん幸せだけど、自分ほど幸せではないから、このことは告げるのに気を遣うけれど…。

 

ハリー・ポッターは幸せだ。痩せっぽちではあるけど、じゅうぶんに身体ができていて、遺産らしきものがあって。

 

ガラハッドは思うのだ。自分が元いた国の子供なんか、みんなもっと小柄だし三人に一人くらいは両親がないだろう。子を持つ親の世代は、とっくに戦争に行った。ある日焼夷弾が空から降ってきて、「いよいよ」となるよりも前に。

 

だいたいそれでなくても恐慌とか飢饉とか、普通に病死とか労働災害とか、人間というのはいろんな原因で死ぬから、戦時じゃなくたって親なし子はふつうにいる。橋のうえの乞食たちのことをガラハッドは思い出していた。産業奨励館の近くの相生橋には、千日前から歩いてくる人たちを目当てに、いつでも靴磨きやらがいたものだ。そういえばいつのころから、とんと見かけなくなったが…。

 

 

「 孤児だから不幸という話はないんだよ。ようはどれくらい、自分の甲斐性で身を立てる術を選べるかってことのほうが大事だ。ハリー、お前は、『小学校出たら兵隊か漁師』ってわけの立場じゃ、ないだろう。努力次第で何にでもなれて、お前はじゅうぶん幸せだよ。孤児でもこの世界じゃうまいもんが食べれる。 」

 

「 何だよそれ―――僕は、そんな話はしてない。僕に両親がいないことなんて、よくあるどうでもいい話だっていうの!? 」

 

「 そんなことは言ってないだろ。 」

 

「 言ったよ!言った!…どうして、君は平気でいられるんだい? 」

 

「 話が通じないな。 」

 

 

ああもううんざりだ。

ガラハッドは、いちかばちかのつもりで大声を張った。

 

 

「 ねえ先生、おられるんでしょう?ダンブルドア先生! 」

 

 

八割がた山勘だが、仮に外れたってこの言葉でポッターは静かになる筈だ。勘であることがわからないように、ガラハッドは彼だけを見すくめて言った。

衣擦れの音が、突如として背後から耳を撫でた。

 

「 待たせてしまったのう、ガラハッド。 」

 

 

ほらやっぱりいた!!!

 

はじかれたように振り向いて、ガラハッドは長身のアルバス・ダンブルドアを見上げた。おおかたハリーがあまりに()()()()()()いるので、介入するタイミングをはかりかねて我々を見守っていたのだろう。他の教師たちが駆けつけないのも、彼が何かしらの術をかけているからだ。

 

案の定ハリーは静かになった。見てみると彼は決して捨てられたくない犬か何かのように、瞳を潤ませて、震えて呻いていた。

 

 

「 先生、僕、ぼく…! 」

 

「 これはみぞの鏡という、見る者ののぞみを映す鏡でな。 」

 

 

重々しくダンブルドアは言った。彼はするりとガラハッドの背後からハリーのそばへと回り込んで、今度はハリーの背後に回り、優しく肩を抱いてやりながらこう言った。

 

 

「 みぞの鏡の魔力が、ひととき君を狂わせたのじゃ。ハリーよ、ガラハッドの言うことは、正しいぞ。まだ少し、受け入れるには時が満ちないだけじゃ。その時がやってくるまでに、手放してしまってはならぬ。ゆっ…くりと抱きしめて、ベッドの中で考えるとよい。 」

 

 

ガラハッドは瞠目した。教育者としてダンブルドア校長は、今言ったようなことをハリーに伝えたかったのだろうか?たしかにさきほど自分が言ったことは、少年にとってはダンブルドアのような地位のある立派な大人の口から聞くには、それが真実であるゆえに、残酷で残酷で、受け入れるには理不尽で、つらすぎる言葉かもしれない。ダンブルドア先生は、このままでは歪んでいきそうなハリーに、年の近い俺から冷や水を浴びせさせた?だとしたら、先日からこの鏡をこの場所に置いているのは――――…

 

 

「 …元はどこにある鏡だったんですか? 」

 

 

斜めに見上げてガラハッドが尋ねると、瞳をキラキラっとさせて、真珠のような輝きの髭をしごきながら、ダンブルドア先生はにっこりと微笑んだ。子供向けの、好好爺の笑顔だった。

 

 

「 ずっと此処にあったものじゃよ。 」

 

「 …そうですか。先生には、こちらは何が見えるのですか? 」

 

「 厚手のウールの靴下を一足、持っている姿が見えるのう。今宵は冷えるゆえに。君には、何が見えるのかねガラハッド? 」

 

「 ハリーと一緒にアイスクリームを食べている僕です。仲直りしたいんだけど、いいかな? 」

 

 

頬を笑み曲げてガラハッドは言った。今泣いたカラスがもう笑うかのように、ぱあっと顔を輝かせてハリー・ポッターは頷いた。

月のような瞳を光らせて、ガラハッドの微笑みは深まっていくばかりだ。

仲直りののぞみは嘘というわけじゃないけど、相変わらず鏡は何も映していないし、光という光を吸い込むような闇を見せているのみ。まるで暗黒星雲を閉じ込めた額縁であるかのように、噓つきのこちらを前にして、みぞの鏡は反射することすらしなかった。

 

そんな鏡を御したいと、魔法使いとしてガラハッドは願っている。

 

「 行こうかガラハッド。 」

 

ハリーの目の前なのにダンブルドアは言った。そんなことをここで言ったら、ハリーは着いて来たがるだろ!?舌打ちしたい気持ちをガラハッドは抑えた。

 

 

「 最初の使者(アゲンス)を迎えるときが来た。夜は長いようで短い――――ハリーよ、今夜は冷える。暖かくして、ゆっくりおやすみ。 」

 

「 先生とガラハッドは、どこへ? 」

 

「 さあて、どこかのぉ。 」

 

「 四階右側の禁じられた廊下。 」

 

 

いっそぺろりとガラハッドは行き先を吐いた。ぺろりと言ったふりをして、もちろん内心よく考えてのことだ。

 

 

「 すっごく痛い死に方するから、新入生は来ちゃダメなところ。 」

 

「 ええっ! 」

 

「 ふぉっふぉっふぉ!いいのかねガラハッド、秘密を話しても? 」

 

「 ハリーは友達だから、知ってもいいんですよ。 」

 

 

さっきからダンブルドアは、わざとハリー・ポッターをおびき寄せてこちらの反応を見ているとしか思えない。それならばとガラハッドは、敢えて自分から行き先を明かしたのだ。

そのときにダンブルドアがする反応を、見たかった。

ガラハッドは、ぐいっと自分からハリーへと近づいて、優しい声で次のように告げた。

 

 

「 なあハリー。透明マント貸してくれよ。お父さんのなんだってな?手足が透けるって、いったいどんな感じ? 」

 

 

ダンブルドアはずっと微笑んでいた。ガラハッドは、彼の考えがわからなかった。

そこで今夜はひとまずこのマントを奪い、ハリーをすぐにはこちらを追ってこれない状態にしてやろうと思ったのだ。額を合わせるような距離でガラハッドが囁くと、笑み崩れながらハリーは是と言った。

 

 

「 いいよ!いいよほらこんな…こんな感じさ! 」

 

「 すっごいなあ。明日の昼間返すよ。昼休みに南翼棟側の中庭で、一緒に遊ぼう。 」

 

 

だから、な?今夜はもうお別れだ。

サービスしてやるのはここまで。とっとと寝やがれ甘ったれ小僧!――――そう思いながらもガラハッドは微笑んでいた。

すぐそばにダンブルドアがいる手前、ハリーに対して忘却術を使えないガラハッドは、グリフィンドール寮に向かうハリーをにこやかに手を振って見送った。何の茶番だこれはと、内心冷ややかに思いながら。足元の冷えはしらじらと心までを蝕み、今ならゴーストにだってなれそうだ。先を行くダンブルドアの背を追いながら、「そういえば…」とひそかにガラハッドは思った。アラベール・ノアイユとアルバス・ダンブルドアは、旧知らしいがお互いをファーストネームで呼ばない。

 

 

ボーバトンに来いと、何度もアラベールは言っていた。

 

 

 

真夜中の学校で、紫マントの背中を追いかけて思う。

アルバス・ダンブルドアは信用ならない。

みずからそう思われる状況を、わざわざつくりだすこいつは何なのだろうか――――?

 




■WEB小説あるある…主人公は矢鱈と説教する(人のこと言えないくせに)
■「暗黒星雲」…『銀河鉄道の夜』で、終点を目前にジョバンニが見た景色です。
■「最初の使者」…賢者の石づくりが始まろうとしています。先日からダンブルドアは星の軌道を見て、「然るべきとき」を見定めてきました。然るべきときに第一原質を隠された火によって卵とするために。
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