それからは特に何もなかった。今年もまたクリスマスが近づいて、学校が飾り付けられていった。
まるで他人事のように季節が過ぎていき、あっけなく休暇が始まろうとしている。
クリスマスって、いったい何がめでたいんだろう?
ガラハッドは、去年送ってくれた人全員にあらかじめクリスマスカードを書き、“年末年始対策”をすることが心底面倒であった。プレゼントのほうは、去年好評だったみたいだし、また例の菓子詰め合わせでいいと思っていた。そういった面についてようやく準備を終えた頃、ロジャーとマーカス、チョウ、マリエッタたちから今年は自分たちも帰省するのだという旨のことを聞いて、ガラハッドは、申し訳ないことにものすごく、顔には出さなかったが凄くげんなりしてしまった―――――彼らと同じコンパートメントは、明るくかしましく忙しなさすぎるだろうと思ったのだ。汽車に乗る前から、この予感は的中間違いなしだった。当日馬車が遅れたので、同寮生たちはぶーぶー文句を言った。
たどり着いた駅のホームでは、少しはまともなスリザリン生たちと、もう耐えられないくらいに五月蠅いグリフィンドール生たちが、それぞれ無駄な団結心を見せあって何かを言いあい、その様子にハッフルパフ集団が震撼していた。寮馬車から吐き出されて、ガラハッドたちレイブンクロー生の群れがドヤドヤとホームになだれ込むと、その構図はなんだかうやむやになっていった。
( ――――まったく、今度の発端は何だ? )
この二寮の対立はいつものことだ。敢えて空気なんか読まないでずかずかと好きに歩きつつ、青いマフラーを巻いたガラハッドは辺りを見回した。
冬の化身さまの到来だ。黒いコートに銀の髪色で、着こんでいても彼は寒々しいのだった。その姿を目で追っている生徒がいた。
ややあって、ガラハッド本人もそれに気づいた。
( ――――! )
ホームのすみっこで停車位置に並んでいる、セドリック・ディゴリーと視線がかち合ったのだ。
グリフィンドールとスリザリンの生徒たちは、順番を守るという習慣に欠けているからこういうときに早くから並ばない。停車位置の印の場所を探すため、人込みを抜けてガラハッドもホームの端のほうへと出た。青いネクタイの同級生たちを引き連れて、ハッフルパフの低学年生たちとは隣の停車位置の先頭に並びながら、ガラハッドはかすかにセドリックと微笑みあった。
「 ――――でね、おじさんってばおかしくてね 」
ひっきりなしにマーカスが話しかけてくる。彼の親戚についての心温まる話なら、ガラハッドはもう15種類ぐらい、実にどうでもいいエピソードを聞いた。汽笛が聞こえると、チョウが指さして笑い声をあげた。閂のかけ忘れで、近づいてくる汽車の扉はいずれもぱたぱたと開閉してしまっていたのだ。羽ばたくみたいになっていた汽車がすべりこんできて、蹴散らされた霜が舞い上がった瞬間、何か限界のようなものがやってきてしまって、ガラハッドは汽車とは逆向きに走り出した。紅い車両たちとすれ違いながら、セドリックの腕を掴んで、いきなり「行こう」と一言告げて引っ張った。
「 ――――いいの? 」
ふたりは共に走り出した。
「 お仲間が呼んでるよ、ブルーマフィア! 」
「 そっちもな 」
そうは言うけれど、セドリックは走りながら振り向かなかった。笑いながらグリフィンドール生たちを追い越して、ある車両に二人は一番乗りで入った。
真ん中くらいのコンパートメントに飛び込んで、セドリックは息を切らしながら扉を閉めた。
「 ねえ、赤毛になろうか! 」
「 OK 」
そいつは名案だとガラハッドは思った。案の定、二人が杖を振ってそれぞれ髪の色を変えてから座席に荷物を放り投げると、追いかけてきた子たちはよく見もしないで、ここいらにはグリフィンドール生しかいないと思って通り過ぎていった。
「 あれ~?あいつらどこいった~? 」
声が響いてくる。笑いをこらえながらセドリックは、通路に背を向けて窓から後頭部だけが見えるようにしていた。
「 うーん?いない。 」
「 あの二人仲良かったっけ? 」
「 さぁ…? 」
「 案外、気が合うんだろ。フクロウの目どうし。 」
「 そういうの良くないわよ。 」
堪えきれずにクスクス笑ってしまっていても、赤毛が二人ならば怪しまれもしない。
それぞれの同寮生をやり過ごしてから、ガラハッドとセドリックは杖を振って髪の色を戻した。今年ホームにいた職員は飛行術のフーチ先生で、すべての子の乗車を確認したあと、彼女が大きく手を振ると汽車は動き始めた。―――――そういう仕組みだったのかと、改めてガラハッドは理解した。
昨年はたまたまあの役が、スプラウト先生の当番だったってわけだ。対面に座ってからもセドリックは、気恥ずかしげに妙に時間をかけてマフラーを畳んでいた。
おそらくは、同じようなことを考えているのだ。
「 君って、本当に毎回僕を驚かせるよね。 」
拗ねたようにセドリックは言った。
「 だってこっちのほうがいいだろ? 」
「 うん。うん。 」
「 静かに、ゆっくりできる。去年すごく落ち着いたから。 」
窓の外だけを見てガラハッドは言った。
ホグスミード駅を出たばかりの汽車は、今まさに長い旅を始めようとしている。
今年は雪があまり降らないので、何もかもが黒くなるか冷たい灰色の姿で、こびりつくように地平へと広がっていた。よそのコンパートメントの騒がしさを漏れ聞くにつけ、ガラハッドは「助かった」という心地がして深い息をついた。
セドリックはホッとさせられる少年だ。ふざけないし、こうして向かい合わせに座り続けるとき彼は、穏やかに膝の上や景色などを見て、真正面からぐいぐいと目を合わせてきたりしない。
彼も彼でぼんやりとしていた。30分くらいは経った頃、遠くの山のひとつが白いのを見つけて、セドリックは小さく明るい声を出した。ガラハッドは腕を組んでまどろみかけていた。
「 雪!このあと降るといいなあ。 」
その横顔を彩る微笑みよ。
甘い肌は輝いていて、目元は蕩けるように光っていた。
薄目を開けたガラハッドはそれを眺めた。
「 あの雲が降らせてくれそうじゃないか? 」
「 そうだね。ねえ僕も、君と去年一緒でよかったなと思ったから、今年も本当はこうしたかったんだ。誘ってくれてありがとう。あのあと君にクリスマスカードを送ろうか、僕はすごく迷ったよ。 」
「送ればよかった」と俯いてセドリックは呟いた。「くれなかったけ、あのとき?」と、ガラハッドは目を丸くして座りなおした。
「 送ってないよ。あのあと、君がみんなあてに撒いてたお礼菓子は、一個もらったけどね。 」
「 送ってないのにか? 」
「 そう、送ってないけど欲しくなっちゃったんだもの。美味しかったよ。ごちそうさま。 」
「 ちゃっかりしてるじゃないか。 」
くすくすとガラハッドは笑った。セドリックも案外、悪戯っぽい気性だ。
「 だってちょっと羨ましかったんだ。クリスマスに、君に一方的に何かを贈る勇気を持てた子がね。君は…そういう人にも優しくて本当にすごいよね。僕はそういうの、あまり得意じゃない。いきなり貰うのも、自分が勝手に贈るのも。 」
「 いやまったく、正しい感覚でしかないと思うよ、君のそれは。 」
皮肉げにガラハッドは頷いた。最後のほうのセドリックは元気がなかったが、頼むからその真っ当さを捨ててくれるなよと、自信なさげな苦笑を見せられると重々言っておきたくなった。
久しぶりに人と会話する意欲が湧いた。
うっかり寝かけていたけれども、目の冴えたガラハッドは窓辺に肘をついて、親指に顎をのせて自分の唇を撫でた。
はてさて何から口にしていこうか。
ガラハッドは、たとえば名前を挙げていくのも面倒であるほどに、自分の周りには日頃、自身の聞きたいことだけ聞いて言いたいことだけを言う人々が、とてつもなく沢山いやがって、すっかり世の主流を占めているように思う。決まりきったセリフを放つタイミングだけ極めて、何か会話らしいものができている気になって、代わり映えしない話題で、そうやって演出した自己像をただ褒めてほしいだけの人間を、相手しつづけることには辟易させられる。
しかしその点セドリックという少年は、ひとつひとつの言葉をちゃんと聞き入れて受け答えとして成立する返事をしてくれるから、彼との会話は、自分でもびっくりするほど苦痛ではない。
いろんなことについて二人は話した。
「 君も、貰ったことがあるんだな。深く知らない人から一方的に。 」
ともすれば傲慢な悩みだと受け取られるから、セドリックだってこの話はここでしかできないはずだ。「そうなんだ」と苦い顔をしたのから一転、「本当にあった怖い話」の口ぶりで、ユーモアたっぷりに明るく愚痴るセドリックに、しみじみとガラハッドは感心すると同時に見惚れた。どの瞬間を切り取ってもセドリックには、人を惹きつけてしまう霊性があるように思われた。
「 後からもじわじわ来るんだよねえ。ああいうことがあるたびに僕は、なんて嫌なやつなんだろうって自分で自分のことを思うよ。けれど、どうしてもあの手の贈り物って、喜べないんだ。 」
「 そりゃあな。だって、仮に中身がまともなものであったとしたって、ようは一方的に借りをつくらされているわけじゃないか。誰しも負債は嫌さ。 」
「 そうだね。――――そうか、そう考えればいいんだ。 」
「 純粋だなあ。君のそのなりで、“貰って当たり前”みたいな感覚になっていないのは、凄いと思うよ。 」
「 やめて。そんなの当たり前でしょ。 」
真っ赤になってセドリックは噛みついた。「可愛い奴だな」とガラハッドは思った。本当に何度も何度もそう思わされるけれど、ハッフルパフの生徒って、気取って嘘をつかないから可愛らしい。
恥ずかしげにセドリックは言った。
「 ねえ僕は、君に今年贈り物をしてもいいかい?――――きっと驚かせるよ! 」
「 それは嬉しいな。ただ一つ問題がある。 」
「 なあに? 」
「 僕は、帰宅したらこのあとクリスマスイブまでずっと、声枯らして杖磨きセットを売る予定なんだ。朝から晩まで、この時期だけうちは人気店になるもんで。 」
セドリックは目を丸くした。ガラハッドは大真面目に言っているし、たしかに杖磨きセットはクリスマスの定番だ。
「 だから、悪い。僕は君に、うちの杖磨きセット以外のプレゼントをクリスマスまでに用意できない。“THE無難の定番”ってやつなんだろ、うちの杖磨きセットは?どれだけ人とカブっても、あって困るもんじゃないしな。 」
「 それは、僕からはハッキリ言えないかな…。 」
「 君は、絶対によく考えてプレゼントを選んでくれそうなのに。悪いよ。だからこの話はなし。 」
極力さっぱりとガラハッドは言った。せっかくの好意を無下にしている自覚は、あった。けれど、けれどそうしてでも自分は―――…
「 そうだね。わかった。僕たち、お互いに対等でいたいもの。 」
まるで代弁してくれるかのように、快男子の素振りでセドリックは笑った。「そもそも対等じゃない。僕のほうがひとつ年上だ。」とは、彼は思ってもいないようだ。
「 …ああ、助かるよ。 」
複雑にガラハッドは黙りこんだ。
折しも雪が降り始めて、セドリックは熱心に車窓を観察し始めた。そのぶんガラハッドは、ゆったりと彼の横顔を眺めることができた。
“星の生徒”の制服を、セドリックならば心まで着こなすだろう。嗚呼けれど彼は、本物の陸軍幼年生よりもさらに立派だと思う。一才の年の差を、まるでないものみたいにしてくるから…。
日頃「あっ杖の店の子だ!」とか言って絡んでくる一年生を、自分は「なれなれしすぎる」という目つきで見やって黙らせている。セドリックの懐深さと高潔さが、自分にはないと思い知らされるばかりだ。
たとえ戦を知らなかったとしても、俺は君のようにはなれなかっただろう。
ガラハッドは、そんなことを思いながら自分も雪を眺めた。舞い降りた雪は、降り始めるとなると急に猛烈な吹雪となって、風に煽られながら地上を埋め尽くしていった。凄い白さだった。見えていたはずの塔が、神の手によって取り消されるように一瞬で隠れてしまった。
まばたきも忘れて、車窓に目を奪われるうちにだんだん、息が苦しくなってきた――――――真っ黒も怖いが、真っ白な空間もこうして迫りくると、吸い込まれてしまいそうでうっすら怖い。窓は鏡ではないから、緞帳で隠すことができないのだ。
ああ前の世界ではついぞ、こんな雪景色を見ることはなかった。
だって戦地は暑くて暑くてならなかったし、こんな美しい世界は、自分には似合わない。
自分は居てはいけない。
みずからひそかにそう思うだけではなく、他者からも自分はそう見なされていると、ガラハッドはもうよくよくわかっていた。
抵抗もできなかった。
あの夜ダンブルドアは、深く詫びを言ってきてこちらを抱き上げ、寮にまで連れ帰って寝かせたけれども、こちらの記憶までは、ひとつも、ひとつも消さなかったのだ。
はっきりと覚えていた。俺は、ついに、自分の本性を見つめてしまった。直視してしまった。忘れ去っていたかった。
俺は、彷徨うひとりの負け修羅だ。供養されることなく狂の境地にのこされた、地獄からきた亡霊だ。ハロウィンの夜に“こちら”に招かれて、心臓をもち呼吸を始めた。
いけない、ホグワーツに戻らないと。
何かをしてはしゃがなくては。
神をして清さを象徴せしめたような雪が、窓枠にも降り積もってこちらをさいなんでくる。何かを話したかった。けれども、言葉が出てこない。
「 ―――…。 」
しかしながらセドリックは、そんなガラハッドのことをよく見ていて、何かを聞くつもりの顔つきでこちらのほうを向いてきた。何かを話さなくては!―――苦笑しながらガラハッドは思った。
世間話をしよう。
でも、家族の話は、嫌だ。
俺は、俺は誰にも回向をあげてもらえなかったから、地獄にいたんだもの。
家族は、知り合いは、みんなは、俺を戦地に送るだけ送り出して戦わせて、死なせておいて、そのあとは経のひとつもあげなかった。そういうことだから、俺はあそこにいた。だから嫌なんだ。俺は、とても幸せなつもりだったけれど、本当は、誰からも愛されてなんかいなかった。今は忘れ去られて、あの島の岩にべたりと付着し、ひからびて、日の当たらないところで朽ちているんだ・・・。
セドリックは、ガラハッドの涙に気づいてこう言った。
「 お母さんがいなくて、寂しいの? 」
ちがう。違う。
「 …そういうことは思わない。 」
決意としてガラハッドは言った。きっぱりと、そう言い放つ年下の子に、セドリックはどう感じたのだろうか。彼は自分の膝をみつめて、なんにも言わなかった。
不意にガラハッドは皮肉に嗤えた。
そうだ、この感情の根源もまた、執着というものでしかないじゃないか。「弔ってほしかった」なんて欲求を、好きで俺と共に生きたわけじゃない者にぶつけて、なにが一人前の僧侶―――得度を受けた修験者か。ただの覚悟足らずだったなと思えば、こんなときであってもガラハッドは、笑えた。愛なんて、諸欲なんて、捨てるべきだ。その道に俺は歩んでいくのだ。
雪はやんでいった。暮れてきた空を静かに眺めて、やがてガラハッドはセドリック宛に良い話題をみつけた。
「 君は、星が好きだって言ってたな? 」
安堵したようにセドリックは笑った。
「 うん、そうだよ。 」
「 良い趣味だ。僕は空なんて、見上げたこともなかった。 」
見上げればきっと、沖縄の地は空までもが南国だったろうに。
暗黒星雲に南十字星、見上げればそこに銀河鉄道の果てがあって、成仏できたことを知らなかったので…―――報国、その誓願の護摩木の如く燃えて、この者は、どういうわけやら此処へとやってきている。
かつて智慧女神アーテナーは、戦う人の子にオリーブを与えた。
ハロウィンの夜に生まれた子供は異界から来ていて、前世の記憶を持つ。これは本作独自設定ですが、「ハロウィンの夜にあの世とこの世がつながる」とするアイルランドやイギリスの信仰は、広く知られていると思います。ケルトの「季節の変わり目」はハロウィンことサウィンですが、ゲルマンの「季節の変わり目」はクリスマス。これも本来死者のやってくる日で、もちろん再生の始まる日でもあります。『クリスマス・カロル』は1926年邦訳刊行。