その年もアラベールは冬に帰らなかった。
春になってからガラハッドが手紙を出しても、返事はなかった。健康のこと、学業のこと、一応形ばかりに書いてニコラス・フラメルの近況含めフランスのことを尋ねる内容であったのだが、返事はなかった。届いてないんだろうな、とガラハッドは思った。少しは賢くなって、あれ以来これに関してはダンブルドアの干渉を疑っている。
イースターの明るさなど上っ面だ。
大広間のレイブンクロー席に行儀よく座りながら、春の到来を祝う日に在っても、ガラハッドの心と頭とは鋭く冷えたままだった。
最上座で陽気ぶっているダンブルドアを、ガラハッドが慕い敬うことは二度とない。それどころか、このごろガラハッドはこう思っていた。
賢者の石を狙っているのは、ダンブルドア自身ではなかろうか・・・?
何しろ彼はフラメル本人から、炎の継ぎ手へと指名されていない。
あるとき蛙チョコレートを食べていて気がついたのだ。フラメルの“共同研究者”というのは、自力本願を是とする真の錬金術師からすれば鼻で嗤ってしまうような肩書で、とはいえそのように世に知られているからには、彼はフラメルに献身したのだろう。ダンブルドアは、フラメルが自分には何も与えなかったことに腹を立てて、100%棚ぼたで利を得ている俺の取り分を狙っているとか?
うーん、どうだろうな。
ダンブルドアは、それほど単純な男ではないと思うが…。
そうでなかったら、どうしてあんなことをしてきたのか。
動機のほうはともかく、「彼を信用できない」という事実それ自体が大問題だ。もしもダンブルドアこそが真の“狙い手”であったら、四階右側廊下からの一連の罠は、まったくもって意味がないのである。そうして、これからどんな手段を講じるにしても、まずはあのぺらぺら喋らされる術への対抗策を準備しない限り、こちらの考えはあいつに筒抜けだ。一体、どうすればいいのか!ガラハッドは日々悩んでいた。授業の勉強なんかはすっかり後回しにして、何か使えるものはないかと図書室で本を探す日々。「最近、無口だよな」とロジャーとマーカスが、心配そうに自室ではガラハッドを囲んだ。
「 うん―――そうだな。悪い。 」
上の空でガラハッドは生返事をした。
心配そうにしながらも、彼らは彼らでマイペースだった。
「 怖い怖い。今度は何を始めるやら。 」
「 嵐の前の静けさってやつだね。 」
言いたい放題である。
反論する気もてんでわかなくて、適当に手を振るガラハッドだった。
そんなある日のことだ。
いつものように図書室を出たところで、ハリー・ポッターから声をかけられた。ハリーは箒を持っていて、クィディッチチームの練習帰りにそのまま来たという感じだった。栗毛で出っ歯の女の子を連れていて、その子は目をくりくりさせていた。ハリーは、ガラハッドを見つけて寄ってくると
「 相談があるんだけど。 」
と小さな声で言った。
ちらちらと、女の子の顔色をうかがいながらハリーは言った。いかにもその女の子から、こちらへとけしかけられていた。
「 いいよ。 」
と答えながらもガラハッドは、目を銀色にして冷たく光らせた。
「 どこで話そうか?レイブンクロー塔の、その上はどう? 」
「 え??? 」
「 君は箒で来い。 」
言うなりガラハッドはローブを撥ね上げた。飛び上がって驚くふたりの前で鷲に変身し、猛然と窓から飛び出してやった。
「ああっ」と意を汲んだハリーは箒で追いかけたが、女の子はその場に置き去りにされた。残念ここは魔法の世界であるから、こういうことだってあるのである。
レイブンクロー塔のうえで。
変身をといたガラハッドは、学校で一番高いところである尖塔を抱きしめて手の甲に顎を乗せ、追ってきたハリーを迎えた。
「 噂通りうまいな? 」
尖塔のうえに座るところなどない。頑張るのは箒なのだからと、ガラハッドはハリーをそのまま空中でとどまらせた。ホバリングみたいな状態になって、ハリーはほわほわとそこで浮いていた。
「 羨ましいもんだ。最近はどうだ? 」
まったく安定を崩さないハリーは、たしかに箒に乗る天才だった。ふたりが昼休みに一緒に遊んだのは一回きりで、そのときのガラハッドは、レイブンクロー寮の二年生をこぞって連れていき、わいわいとハリーを囲ませて自分は脇からそれを眺めた。
何に動揺しているんだかハリーは
「 そっちこそ…最近どう?近頃、元気ないんでしょ? 」
ともしょもしょ言った。額に大層な傷をつけているのに、言動はただの子供だった。
「 そういうのどこ情報なの? 」
眉を寄せてガラハッドは言った。
「 レイブンクローに妹がいる、パーバディ・パチル。 」
「 ハリー、女の子の噂って、信用しないほうがいい。 」
ガラハッドは溜め息をついた。ハリーはますます恥じらうように、俯いて箒の柄を握る手を見つめた。――――そんなことをしてよくフラついたり怖くなったりしないもんだ。
「 別に僕、灰色のレディに片思いしてるとかじゃないから。四階廊下に侵入した一年って君? 」
ハリーは頷いた。
「 ああ…。 」
普通は多少隠すだろう。まさかそこまで潔く認められるとは思わなかったガラハッドは、ちょっと二の句が次げなかった。その隙にハリーが声に熱をこめた。
「 噂になってる? 」
「 いいや別に…。 」
「 じゃあどうして? 」
「 まあ君ならばあの後きっと、好奇心を抑えきれなかっただろうなと思って。 」
「 あはは 」
褒めていないのに照れ笑いされてしまった。なーんかこいつやりにくいんだよなと、ガラハッドは半目でハリーを見やり、顎をついた姿でもう一度溜め息をついた。人目につかないという理由からこの場所を話すのに選んだが、さっきから正直寒くて後悔している。けれど、子供は風の子。競技用のローブを着ているハリーは、頬を紅潮させており元気だった。彼は意を決したように言った。
「 あのさ、心配なことがあって声をかけたんだ! 」
はいはい。早く用件を言ってくれ。
そんな気分でガラハッドは頷いた。
「 君って、僕と同じ孤児だし、闇の帝王に命を狙われてるんだろ?僕とおんなじ… 」
「 ん…うん? 」
「 ハーマイオニーは頼りになるよ。君のこと尊敬してるし。 」
「 すまん話が嚙み合わない。 」
うわ~これ長くなるやつ!心因性頭痛を感じながら、ガラハッドは片手でハリーの発言を制した。
「 誰が、誰に、命を狙われてるって? 」
「 君が、ヴォルデモート卿に、命を狙われてる。 」
「 うーんそれ、初耳だなあ。――――ああもちろん、“例のあの人”の名前のほうじゃなくて、僕が命を狙われてるっていう情報のほうな。僕は別にそいつに、何もしていないんだが?君とは違って。 」
ダンブルドアのことが思い出されてくる。あいつは俺を信用するとか何とか言って、ひるがえってこれまでは俺のことを信用していなかったという事実を明かした。――――ハリーはダンブルドアの手先だ。彼の発言の内容は、その前提を踏まえて吟味しないといけない。
「 僕だって何もしてない。 」
憮然としてハリーは言った。
そりゃそうだな、とガラハッドは思った。
「 したのは、君の母親だよな。 」
「 うん。僕は生き残っただけ。 」
「 だがまあ君は結果的に利を得てるから。ところで、僕が殺されそうだっていう情報は一体誰の口から? 」
「 …みんな言ってるよ? 」
「 みんなって誰のことだ? 」
「 ダンブルドア先生と、ハグリッド。 」
「 たった二人じゃねえかよ! 」
こいつ、どこまで“天然”で“本物”なのかなあ?一応警戒はしておくが、手先にしては本当にお粗末だ。年相応に馬鹿正直で、チョウによく似た直情型。ガラハッドが呆れているうちに、またしてもハリーはヒートアップしていった。
「 でも君は、君はいずれ世界中の魔法使いの杖を作るようになる人なんだろ? 」
「 どうかな、それは絶対にないと思う。 」
「 どうして?杖職人にならないの? 」
「 いいや別に、家を継ぐ意思がないわけじゃないけど。僕一人で世界中の魔法使いの杖を作るなんてのは、どだい無理だっていう意味だ。普通に考えて無理だろ? 」
ハリーとの会話は疲れる。もとの相性もあるだろうが、物を知らなすぎることもその一因だ。
「 そうじゃないかとは思っていたが…やっぱり、君って、マグル社会育ちか?杖のメーカーは、ドイツにはグレゴロビッチの店があるし、イギリスにもキデルの店がある。ちなみに最近うちはフランスに支店がある。“持続可能な発展のための国際魔法使い協定”が採択されて、各国は流派の違う杖の店を二店舗以上確保することになったんだ。そうしないと独占に陥るから。 」
「 そうなんだ…うん、へえ…そうなんだ。僕、こないだまでずっとマグルのおばさんのとこにいた。すっごく嫌な奴らでさ。 」
「 それで?おそらくは未来の杖職人のひとりだから、俺は命を狙われるって?なんでまたそう思うんだ? 」
彼の家庭語りは長い。そう察したガラハッドは、無理やり話をもとに戻した。
「 ハグリッドが言ってたんだ。 」
「 ハグリッドってあの森番だろ?巨人っぽい姿してる… 」
会話らしい会話をしたことはないが、一年前ガラハッドのことを軽々と担いだり、今年の夏休みの終わりに、ガラハッドが設計したダンジョンの入り口へダンブルドアの指示で三頭犬を配置した大男だ。つまりあいつも・・・というかこのホグワーツの教師は全員、ダンブルドアの手先なんだと改めて実感してガラハッドは、またしてもため息を嚙み殺した。このごろの憂鬱の原因はこれだ。常時うっすらと監視されていると言ってよく、気が張り詰めてしまう。
「 ハグリッドは、君のお母さんに杖を直してもらったんだって。君のお母さんも、ホグワーツで働いていたらしいね? 」
聞いたこともない話だった。「何言ってんだ?」と思ったが、否定する材料がなくてガラハッドは、これにはついつい黙り込んでしまった。
「 …そうなのか? 」
思えば自分はこの世界での母グレイスについて、気にしたことがなく人に訊ねたこともない。ハリーの言うことがそのまま本当だとは思えないが、嘘だと否定しきることもできない。それくらいガラハッドは、母親に関する情報を持たない。黙っているとハリーは続けて話をした。
「 君のお母さんは、ハグリッドの杖を直してフリットウィック先生の杖をつくって、ヴォルデモートに攫われて悪のための杖作りを拒否して、死んだんだってね。ハグリッドってばいっつも、思い出して泣くんだ。 」
「 へえ…。 」
「 ねえ、一度会いにいってあげてよ。きっと凄く凄く、凄く喜ぶと思うから。―――そして、スネイプに気をつけて。 」
「 スネイプに?どうして? 」
「 あいつ、試合中に僕を箒から落とそうとした。ハーマイオニーが気づいてあいつのマントに火をつけてくれなかったら、呪いでやられるとこだった。それに、あいつは三頭犬に噛まれて怪我してたんだ。 」
「 ―――…? 」
「思ったよりも根拠のある話だ」と、ガラハッドは感じて思考の海におぼれた。ハリーの言っているような事実があったかどうかは、寮に帰ってロジャーたちに訊けばすぐにわかる。問題は「噛まれて怪我」のほうだ。この世界の医療は外傷をたちどころに治すので、ガラハッドが怪我をしているスネイプを見たことがない事実は、ハリーの話が嘘だという決定打にならない。とはいえハリーの言うことを、そのまま信じていいような気はしない。自室で落ち着いて考えたくなって、ガラハッドは会話を切り上げにかかった。
「 それは――――忠告どうも有り難う。 」
偽物の笑みだ。典型的営業スマイルだったが、ハリーは嬉しげに頬を綻ばせた。
ガラハッドは内心考えていた。
スネイプとダンブルドアは、どういう関係であるのだろう?スネイプはダンブルドアに従わないのならば、自分にとっては逆に味方になる可能性もある。敵の敵は友理論というやつで。
「 ねえ四階右側の廊下の奥にあるのは、賢者の石? 」
せっかく考え始めたところを遮って、無邪気にハリー・ポッター様はお言いなさった。溜息をついてガラハッドは、疲れた声で義務的に返事をした。
「 君はなんでも知っているなあ。 」
「 やっぱり、そうなんだ。あるとしたら君の財産だろうって、ハーマイオニーが言ってたんだ。 」
「 そのハーマイオニーって子、何者? 」
「 友達。すごく頼りになる。 」
会話が一周している。さっき一緒にいた子だよねと、ガラハッドは忍耐強く笑顔で軌道修正した。
あそこに置いてあるものが賢者の石だということは、「わかる人にはわかる」という仕掛けにしたつもりで、錬金術師らしくしたつもりだったが、無関係な子供にまでバレているのではただの赤っ恥である。
「 君は四階廊下の話をするだろうと思ったから、彼女の前ではまずいかなと思って、置いてきちゃったんだ。ごめんねって伝えておいて。ところで、僕の財産は他にもある。なんで賢者の石だと思った? 」
「 えーっとそれはね 」
「 なんでホグワーツにあると? 」
「 だって君が狙われて死にそうになったら、蘇生させるのに賢者の石が必要じゃない?ほとんど学校にいるんだから、家に置いといても意味ないよ――――って、ハーマイオニーが言ってた。 」
「 フラメルの遺産わけのことは、新聞で知ったんだな?品目は書いてなかっただろう。なんで俺の相続品が石だと? 」
「 君はイギリスの王子だから、フランスの城や土地や大きなものの権利を相続したなら、もっとセイジテキに?なにかこじれてるはず――――って、ハーマイオニーが言ってた。僕は全部受け売り。 」
「 そうかぁ…ハハハ、なんだか、その子には完敗した気分だけど、これだけは言わせておいてほしい。 」
聞くべきことは聞ききった。もうこれ以上の忍耐をする義理はない。
我が後に洪水よきたれ!
老ギャリックそっくりに、八つ当たりでガラハッドは毒づいた。
「 誰が王子だボケ! 」
他称美少女の次は王子かよ。11才女児にしてやられる王子がいてたまるか。
「 でも!でも、有名な人の家系なんでしょ!? 」
「 ぶっとばすぞポッター・ハリー。お前んとこのほうがよっぽどだ! 」
ぐわ~ムシャクシャする~~ッ!と叫んでガラハッドは、のけぞって頭を掻きむしり真っ逆さまに尖塔から落ちていった。
ダンブルドアは偉大な魔法使いで、真の錬金術師、つまり精神変容の術師です。彼は隠された火によって卵とした者の内部で、こうして硫黄と水銀(二種類の対極的な思想)を争わせるようです。目的は主人公の葛藤を生むことなので、この情報はどこまで正しいかわかりません。直接言ってこないでハリーを“忠告してあげたくさせる”あたり、ダンブルドアは化学反応にハリーを巻き込みたいようです。食えないジジイですね。