ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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三枚のペチコート

 

で、俺はあの後どんな顔してこの子に会えばいいんですか?

先日ガラハッドが虚仮にして置き去りにした女の子は、名前をハーマイオニー・グレンジャーといった。

 

 

「 こんにちは! 」

 

 

彼女は、ほぼ毎日図書室に通う習慣をもつ少女だった。実はずっとガラハッドのことを遠目に眺めていて、彼のよく現れる時間や、棚をめぐる順などをよく知っていた。そんな少女が、この日ひとりで勇気を出した。べっこう飴みたいに褐色の目を輝かせて、ふわふわの栗毛をふくらませてハーマイオニーは言った。

 

「 こんにちは!あの、私、改めまして、わたし、ハーマイオニー・グレンジャーです。ハリーから聞きました!光栄です、お褒めいただいたみたいで――――わたし、すごく嬉しくって!」

 

「 …。…あ、ああ。 」

 

「 あの、わたし、グリフィンドールなんですけど、組み分け帽子にはレイブンクローもいいねって言われたし、とても長い間悩まれました!オリバンダー先輩は、二年生の学年一位なんですよね?わたしオリバンダー先輩のこと、尊敬してます。 」

 

「 ―――…。 」

 

ああそりゃどうも有難う!

そんな社交辞令さえも言わなくっても、女の子って、好き勝手にいろいろ喋る。

 

「 変身に興味があります! 」

 

とハーマイオニーは、木の実を持ったリスのように背筋を伸ばした。

 

「 このあいだは本当に、びっくりしました。立派な大鷲でした!!わたしも、ああいうのをやってみたいんです。でもあのぅ、わたし、一年生の教科書は一通りすべて予習したんですけど、このレベルじゃあまり満足できなくて。一年生向けの推薦図書を読んでいたのでは、動物になれないんだって気づいたんです。オリバンダー先輩は、どのような本を読まれて自習されましたか?オススメはありませんか? 」

 

「 マクゴナガル先生に教えてもらえば? 」

 

彼女はグリフィンドールの寮監だ。猫のアニメ―ガスだし、変身術の教授だ。彼女以上の適任はいないよと、本の列をずっと見つめながら力なくガラハッドは言った――――さっきから、見えているはずの文字が全然頭に入ってこなくて困る。

 

ハーマイオニーは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑って息を吸った。

 

「 マクゴナガル先生から、オリバンダー先輩は特別であり、アニメーガスになるのも独力だったとお聞きしました!オリーブの杖に選ばれた人は、智慧と勝利の女神に愛されているんですよね?わたし、それもとても素敵だなあと思っていて! 」

 

 

くっそーあのババア…と、口に出しそうになってガラハッドはふと思った。最近イライラすることが多いわけだが、もしかして俺っていま反抗期なのか?そういえば13歳だし。そういえばあの教授、名前のほうはミネルヴァなのだ。例の女神様の別名ですわね。自分の宣伝ですかよチクショウ。

 

図書室を出てもハーマイオニーはついてきた。栗色の髪を揺らして、両手に本を抱えてトットコトットコと。仕草のほうは可愛らしいが、なかなか体格がよく、11か12の女児なのに隣に並んでも身長が遜色ないのだ。ガラハッドは無性に悔しくなって、ポケットに手をつっこんで黙って歩いていき、近場の男子トイレへと入って逃げ込んだ。

 

( 絶対あの子には負けたくないんだが…? )

 

自分はといえば転生者なのに、少女相手にそう思うことこそ情けない。ああ俺、小さい。物理的にも精神的にも。身長も器量もケツの穴も…。

 

( 外で待ち構えてそうだな )

 

というわけでガラハッドは、前々からやろうと思っていた修練に取り組むことにした。

 

どうせこんなところで籠城するのならば、ここでしかできないことをやっておきたい。

 

悔しいけど、今ってこの言葉を呪文へと変えられる時だ。ガラハッドは手洗い台に寄っていき、腰に手を当てて鏡の前に立った。手洗い台は三つあって、鏡も横並びに三枚あった。呪文の力ひとつで、この鏡三つをちょっぴり働かせたい。こつんと杖で叩けば早いわけだが、今持っている杖は賢者の石であるし、道具に頼らずにできることを増やしたい。

 

「 はぁ…ワタシマケマシタワ 」

 

誰に聞かせるわけでもない日本語を、まだガラハッドは覚えていたのだった。

シンブンシ」なんかと違って、状況に即した文であるだけこの呪文はよく効いた。

 

脈打つはずもない鏡たちが()()()()いく。

 

 

見た目には何の変化もないけれど、波紋のような振動を感じて、ガラハッドはニヤリと笑った。

 

 。みかかよみがか。ていらひをちみのみき 」

 

それからも見た目の変化はなかった。

光り始めるとか、何にも映らなくなるとか、そういう変化を期待したガラハッドは拍子抜けして、鏡の前でひらひらと左の手を振った。普通に左右が反転して映るし、鏡の中の自分が勝手に動いたりもしない。

振り返ってガラハッドは声を張った。

 

「 おーい、マートル!マートル、いないのか。 」

 

隣の女子トイレには幽霊(ゴースト)がいる。イギリス版トイレの花子さんみたいな、四番目の個室にこもってるらしい奴が。

なんでも4時44分にそいつに紙をくれと言うと、こちらまで幽霊にされてしまうらしい。四次元とは興味深い世界だ。

ややあって、鏡と向き合うように並ぶ小便器のうち、床すれすれのところに奇妙な変化があった。逆髪を垂れ下げた女の霊が、昆虫のような動きで、おどろおどろしく這うようにそこから出てきた。

 

「 ――――いったい、何?どうしてあんたが私を呼ぶの? 」

 

「 へええ! 」

 

明るくガラハッドは声をあげた。

仄暗い壁の底から来た幽霊はさておき、合わせ鏡の効果をつかむことのほうがガラハッドには重要事だった。鏡と鏡の隙間の幅を確認して、ガラハッドはマートルに声をかけた。

 

「 ここも通れないんだ? 」

 

排水管の都合で、多くの男女トイレは左右対称になっているはず。ということは今のようにしたとき向かい合っている鏡は、壁をも貫いて鏡の道をつくるだけではなく、互いの鏡の面積以上に効果を拡散させるというわけだ。

 

「 どういう理屈なんだろう? 」

 

 

大きな独り言だった。

 

「 壁は光を通していないのに。いや、光は…。 」

 

ガラハッドは腕を組んで、入り口とは反対側にある窓を見上げた。覗き見防止のためであろうか、その窓にはこまかい格子がはまっている。

 

 

「 …光は窓から差し込んでいるわけか。なるほどこいつは――――。 」

 

「 何よ!呼んどいて無視するの?最低!あんたみたいなパリピ、私大嫌いなのよ!! 」

 

「 パリピって言われたのは初めてだなあ。 」

 

「 パリピじゃない。いつも楽しく鏡とおしゃべりしちゃって。私見てるんだから!今だって、鏡にいい顔して。 」

 

「 ゴーストって鏡の機嫌とれるの? 」

 

初めてガラハッドはマートルに向き直った。鏡の魔力に触れてしまわないよう、マートルは手洗い台の下に回り込んでそこでしゃがんでいた。

 

「 あたし、自分の顔を鏡で見るの、大っ嫌いだわ。うえーんうえーん! 」

 

「 へえ、そうなの?マートルって、ゴーストなのに鏡に映るんだ!?それは苦労するね! 」

 

「 あんた絶対同情してないでしょ!――――そうだわ、あたしもう鏡には映らないんだった。 」

 

「 なあんだ。 」

 

なあんだ普通の幽霊か。いかにも落胆したガラハッドに、「何なのよぉぉぉお」と便所女幽霊は噎び泣いた。

“嘆きのマートル”と呼ばれているだけあって、その泣きっぷりは大したものだ。

よく泣くとは噂に聞いていたけれど、流石にまずいぞとガラハッドは思い始めた。マートルがびちゃびちゃ垂らしていく涙は、ヒヤッとする霧となって足首から下へと絡んでくる。ハーマイオニー・グレンジャーを厭って、もっと面倒くさい女を呼び寄せてしまった。ガラハッドの後悔をよそに、ひとしきり泣いた後マートルは、けろりとしてふてぶてしい目つきをした。

 

「 それで?あんた何の用なの? 」

 

「 君に用があるふりをしたかったんだよね。 」

 

 

幽霊は鏡には映らない存在だし、鏡に入れないし鏡をすり抜けられない。だから鏡の魔術に対して、幽霊はどんな反応をするか、よいサンプルの一人だから呼んだまでだ。個人的な用などあるわけがない。興味深い結果が得られたので、もう今日のところ用はない。

 

ガラハッドは、マートルに負けず劣らずひどい目つきで廊下のほうを見やった。

 

もうだいぶ時間が経ったので、さすがにグレンジャーはもう廊下にいないと信じたい。

 

無人のはずのトイレで独りで喋ったりゴーストを呼び始めたり、こちらの奇行にドン引きして逃げてくれたはずだ。

 

 

「 あんた面白いわね。 」

 

 

上から目線でマートルは言った。もう鏡は眠っていったので―――――いそいそと天井まで浮かび上がって、物理的にも上からの目線で“嘆きのマートル”は言った。

 

「 あんたグレイスの子でしょ?見た目以外全っ然、似てないわね。でも似てないってことは、二人は結ばれたの?あんたパリピだもんね?複雑だわ…それって良かったのかしら…。 」

 

「 へえ。うちの母親のこと、知ってるのか? 」

 

「 いじめられてたのよ彼女。よく私のトイレに来て、泣いてたわ。よく覚えてるわよ。いじめられる教師って珍しいもの! 」 

 

とても嬉しそうにマートルは言った。「えええ…」とガラハッドは、衝撃のあまりただただマートルを見た。

 

「 教職員用のトイレは、使いづらかったんじゃない?可哀想だったから、私もよく一緒に泣いたの。 」

 

「 …へえ。 」

 

それってグレイス・オリバンダーの話ですよね?そんなタイプには見えないけど?…と家にある写真を思い出すにつけガラハッドは、イメージとの違いに苦笑させられた。だってあの女性、どう見ても女王様タイプだろう。銀色の睫毛を跳ね上げさせ、立派に膨らんだ胸に巻き毛を垂らし、緑色のネクタイをしめているあの姿。ほとんど動くことはなくいつでもつんと澄ましており、微笑む際は嫣然としている。ガラハッドの困惑をよそにマートルは言った。

 

 

「 元気なの彼女? 」

 

ぷかぷかと宙に漂いながら、つくづくと懐かしそうなそぶりだ。

本当に仲が良かったのだと、その表情からは察せられた。

 

「 たまには顔見せなさいよって、伝えて?あたし、ホグワーツから離れられないから…。 」

 

「 悪いけどうちの親、とうの昔に死んでるよ?俺を生むのと引き換えに。 」

 

「 ッッそうなの!?ひどいわ!誰も教えてくれなかった!! 」

 

まあそりゃあ、君にはな…という言葉を飲み込んでガラハッドは、思案六方腕組みをした。またしても泣き出したマートルは大量放水。動きはクラゲかところてんのようだ。理由が理由だけに立ち去るのもなんだかなと、彼女が泣き止むのを待っていると文字通り日が暮れていった。

 

“嘆きのマートル”が大泣きから啜り泣きに変わったころ、ガラハッドの腹の虫がぐうきゅるると鳴り出した。これはマートルにも聞こえたようだ。ぐすん、ずびぃと鼻水を啜って、不細工にマートルは言った。

 

「 ああ、あたし…あたしこれで向こう10年は泣いていられるわ。ううん、20年かも。どんどん涙が出てくるから…。 」

 

「 嘆き続けてないと消えるタイプ?泣くこと自体が目的だったりする? 」

 

「 生意気!あのね、私はグレイスの友達なんだからね?それ相応の態度をとりなさいよ!それにあんた、レイブンクローでしょ?私もレイブンクローなんだから! 」

 

「 ふーん…? 」

 

「 見たらわかるでしょ? 」

 

「 いいや僕からは君って全般的に、白っぽく半透明に見えてるから。見たらわかるとか言われても。 」

 

「 そうなの!へええ面白いわね。 」

 

「 面白い?じゃあさ、君からは鏡ってどう見えてる?僕も、謂わばちょっといじめられてるみたいなもんで、いい隠れ場所を探して鏡のこと調べてるんだよね。 」

 

「 まあ大変!“いじめられ”のことならね、あたしは大先輩も大先輩よ。あたしのこと、これから頼っていいわよ!グレイスの子――――…ええっと、あんた誰だっけ? 」

 

「 ガラハッド 」

 

「 そう。あのねまずはね、誰にも会わず食事をする方法!大広間になんかね、行かなくていいの。厨房に行けばこっそりご飯をもらえるのよ――――屋敷しもべ妖精たちは、クソでしかない人間たちよりもずっとマシ。 」

 

「 へえ。 」

 

「 耳より情報でしょ? 」

 

「 うん、まあ。今まさにね? 」

 

「 うふふふふ。おふっふふふふでゅふふふふぉぬかぼぅ、“マートル姐さん”って、お呼びなさーい? 」

 

得意げにマートルは壁をすり抜けていった。

いきなり静かになったトイレのなかで、虚脱感に憑かれてガラハッドは前髪をかきあげた。

 

なんか無茶苦茶、本当に無茶苦茶疲れた。生気を抜かれるってこういうこと?

 

げっそりしてガラハッドはトイレを出た。今日って絶対に占いでいったら、“女難の相”が出ていた一日だったはずだ。けれどまあ収穫はなくはない。自称マートル姐さんはうまく機嫌をとれば、灰色のレディよりも鏡の術の研究に付き合ってくれそうだ。灰色のレディに粉をかけたせいで、血みどろ男爵に祟られ酷い目に遭ったこともあるガラハッドだった。

好奇心に負けてマートルの言う通り厨房に行ってみると、本当にどっさりと、布に包まれた状態でパイ類やフルーツがもらえた。それを脚で掴んでばさばさと窓から寮の自室に戻ると、ロジャーとマーカスに今までどこにいたのかと聞かれた。

 

「 マートルと喋ってた。 」

 

オレンジを分け与えながらガラハッドは言った。大広間で夕飯を食べたとはいえ、自室でのフルーツパーティーを嫌がる子供なんていない。

 

 

「 ほらトイレの。癖強いけど、あいつなかなか良い奴かも。 」

 

「 お前さぁ…。 」

 

「 マジで、“霊専”なの? 」

 

「 お前らはそういうことしか頭にないな? 」

 

思春期真っ盛りかよと、自分を棚にあげてつっこむガラハッドだった。

 




「三枚のペチコート」とは、プロイセンのフリードリヒ2世を吊し上げるための作戦のことです。オーストリアのマリア・テレジアは、彼から女性であることを理由に神聖ローマ帝国皇帝位の継承にいちゃもんつけられました。そこでロシア女帝エカテリーナ、フランスの実権者ポンパドゥール侯爵夫人と手を組み、外交によってプロイセンを窮地に…。
無意識にマリア・テレジアと同じようなことをしてのけるハーマイオニーは、かの女帝同様「戦争は他国に任せておけ。幸福なオーストリアよ、汝は結婚せよ。」と後世の歴史家に言わせるような力も持っているはずです。
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