ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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ハリー・ポッターと賢者の石

 

“太った婦人”の肖像画の向こうにグリフィンドール寮を隠している、ホグワーツ城の南翼棟は日頃からざわざわしていない日がない。とはいえ熱心な先生がたの指導により、授業中はきちんと静かなものであった。その静謐が破られて、マクゴナガル先生は不機嫌そうに出入口を開けた。

 

 

「 一体、何の騒ぎです?ただいまは授業中!妨害する者は減点に… 」

 

廊下から息せき切った男子が転がり込んできた。思いがけない出来事に、マクゴナガル先生は猫のように手を縮めた。

 

「 先生!助けてください先生!クィレル教授とガラハッドが、四階で決闘をはじめて―――― 」

 

「 何ですって? 」

 

「 ガラハッドが!ピクシーと間違えて先生をぶっ飛ばしちゃって、先生がキレて暴れだしたんです!それが凄くやばくって! 」

 

どっと受講生たちのなかに笑いが広がった。ハリーはクィレル先生が、ピクシーのようにちんちくりんになって「ぴぴぴぴッ」とおびえるのを想像して笑った。憮然としたハーマイオニーが、不機嫌を隠さないで笑っている子たちを睨みつけた。

 

「 先輩はそんなミスしないわ。 」

 

 

「また始まったよ」とロンが、「うげぇ」というそぶりをしてわざとらしく肩を竦めた。

 

「 こいつ、そのうち宗教を開くんじゃないか? 」

 

「 オリバンダー先輩は、とっても優秀な魔法使いだもの。きっとクィレル先生のほうが、何かおかしなことをしたのよ。 」

 

「 静かに待っておきなさい。 」

 

たしなめるようにマクゴナガル先生が言った。

「はい」と折り目正しく言って、おとなしくハーマイオニーは座りなおした。

 

「 私が様子を見に行ってきましょう――――あなたたちは、待てますよね?我らがグリフィンドールと、勤勉なハッフルパフですもの。 」

 

マクゴナガル先生は出て行った。それきり彼女は帰ってこなかったので、午後の授業はなんとなく終わってしまった。

 

もう学期末が迫っているというのに、今日もまたネビルはマッチ棒を針に変えられなかった。終業のベルが鳴ったあと、そのことを忘れたいかのように乱雑に教科書を鞄に押し込んで、もごもごとネビルは言った。

 

「 すっごくいい勝負してたのかな? 」

 

 

そうに違いないと、誰もがにやつきながら思っていた。

 

 

「 そうだろうな。よかったじゃないか、居残りさせられずに済んで! 」

 

 

けたけたと笑うディーン。

 

「 なかなか決着がつかないってこと?今四階に行ったら、見れるかな? 」

 

「 やめておきなさいよ。 」

 

「 ねえ魔法使いの決闘って、どんなことするの。 」

 

「 もちのロン、魔法使いは杖で勝負!呪文を放ちあうんだよ!シュッシュッデュクシ―――――シュッ、パッてね! 」

 

「 男の子って、馬鹿みたい。 」

 

ハーマイオニーがパーバディに言った。ラベンダーも一緒になって、同意するように彼女たちは笑った。

 

「 オリバンダー先輩がそんなことするわけないじゃない。あの人はもっとクールで、シャイよ。 」

 

「 去年マクラーゲンをぶっとばしたらしいのにぃ? 」

 

真っ赤になってロンが言い返した。自分が言われたわけではないのに、ハリーまでなんだか恥ずかしくなった。

 

「 あいつ、見た目詐欺の美少女ゴリラだってフレッドが言ってたよ。今回も教師に喧嘩売ったんだろ? 」

 

「 それが不思議なのよね…。 」

 

「 ねえ、医務室に行ってみない? 」

 

ハリーはひらめいた。中央棟四階にまで野次馬に行ったら叱られると思うが、こちらのほうは絶対無罪だ。

 

「 僕、今からお腹が痛くなると思うんだ。医務室に行って、ガラハッドとクィレルどっちが大怪我してるか見ようよ。 」

 

「 それいいな! 」

 

ところが同じことを考えた者が何人もいると見えて、医務室は生徒でごったがえしていたのだった。

 

「 あなたたち!そんなに不健康なのなら、毎朝の飲み物を青汁に変えてもらいますよ! 」

 

マダム・ポンフリーの脅しは地味に嫌だった。追い出された三人はしぶしぶ寮に戻ったが、そこは噂の宝庫で一瞬も飽きることがなかった。

 

「 クィレルは無差別に呪文を放ったって。 」

 

「 ガラハッドは廊下に見えない壁をつくって、友達を追い出したって。一対一の対決のために! 」

 

「 騎士じゃん。 」

 

「 あいつ、ただの変人じゃなかったんだ? 」

 

「 ひどい教師。あの子まだ二年生じゃない。 」

 

「 でもあの子、凄いよ。 」

 

「 あああ勝負の結果を知りたい!そんなアナタに! 」

 

フレッドとジョージが賭けくじを売っている。

 

ハリーはガラハッドの勝ちに賭けたが、レートは十倍で当たっても儲かりそうになかった。みんな早めに大広間に集まって、いそいそとレイブンクローのテーブルを眺めた。

 

「 二人ともいないわ。 」

 

先生用のテーブルのほうまで確かめて、ハーマイオニーがひそひそと言った。「つまり、どういうこと?」と、大穴狙いのロンは始終落ち着きがなかった。

 

「 ガラハッドも、クィレル先生も、ダンブルドア先生もフリットウィック先生もいないよ。スネイプの奴までいない! 」

 

「 皆さん! 」

 

マクゴナガル先生が壇上に立って言った。

 

「 静かに――――落ち着いてお聞きなさい。クィリナス・クィレル先生とレイブンクロー二年生のガラハッド・オリバンダーが、本校の校舎内で行方不明になりました。おそらくは城内の――――日頃は至りづらい、どこかの空間に迷い込んだ可能性があります。今、先生がたが手分けして探しておられます。今宵の晩餐は、各寮の談話室にて! 」

 

「 はい、先生。 」

 

高々とパーシーが手を挙げて訊ねた。

 

「 ダンブルドア先生も捜索にあたられているのですか? 」

 

「 ダンブルドア先生は本日ご出張につき、いらっしゃいません。 」

 

マクゴナガル先生はぴしゃりと言った。その顔つきは険しくて、それ以上の質問を許さなかった。思ったより重大そうな事態に、寮へと戻るグリフィンドール生の群れは悄然として静かだった。

 

ダンブルドア先生がいないと聞いて、ハリーは冷や水をかけられた気分だった。談話室での晩餐はホームパーティーみたいだったけれど、ハリーは存分に楽しめなかった。

 

『 ――――あの子をあそこによんだのはわたしじゃよ。 』

 

口の中の水分をポテトに奪われながら、ハリーは静かに思い出していた。“みぞの鏡”はもうないとハリーに教えにきてくれたとき、ダンブルドア先生はこうも言っていた。

 

『 鏡に興味があるとあの子が言った。みずから、光の魔術を用いることを志した。人間の業を直視せんがために。――――そういう人物はのうハリー、闇に身を隠す魔法使いよりも、ずーっとずーっと本当の勇気があるのじゃ。勇敢さというのは、旅に出る力だけをいうのではない。悪魔が湧き出ると知っていながら、希望と会うためにパンドラの箱を開けることもまた、勇気なのじゃよ。すなわち、人間に期待する営みは、勇気ある者だけにかなう。きみは、あの子からどう在れと期待された? 』

 

「 僕…行かなきゃ。 」

 

取り皿にとった料理をじゅうぶんに食べきらないで、ハリー・ポッターはぽつりと呟いた。

 

「 …透明マントで。食事なんかしてる場合じゃない!行方不明だって?ダンブルドア先生の留守を狙って、彼は連れ去られたってことじゃないのか? 」

 

かたわらのロンに耳打ちした。

 

「 ガラハッドを助けないと。 」

 

その一言が混ざっていたので、耳聡くハーマイオニーが聞きつけてきた。

ぐいぐいと彼女が割り込んできても、このときばかりはロンは嫌な顔をしなかった。

 

「 なんだって?そうか、そういうことか…! 」

 

「 まずは現場を見に行きましょうよ。初めに決闘が始まったっていう、四階の教室へ。行ってみなくちゃ。 」

 

「 巧くやらないとね。 」

 

「 ロンは来なくていいわよ。 」

 

あまりに悪気なさそうにハーマイオニーが言ったので、ハリーはちょっと口ごもった。真面目に言われているのが表情からわかるせいで、言われた本人まで失語している。

 

「 規則を破って抜け出すんだもの。あなた部屋に残って、ハリーのぶんのアリバイをつくってよ。行くのは私たち二人で、充分よ。 」

 

「 うるさいなあ…魔法使いの決闘のこと、この中で一番よく知ってるのは僕だろ!? 」

 

「 それもそうねえ。 」

 

ロンは魔法使いの常識に通じているし、ハーマイオニーは学年一よく呪文を知っている。三人で行くのが最も良さそうだけど、それはそれとして大丈夫なんだろうか。使命感に急きながらもハリーは、ハラハラと二人をかわるがわる見比べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから起こった出来事を、美談だとは俺は呼ぶまい。朝露の気配が忍び込む未明の医務室のベッドで、俺は大きく足を開いて挑戦的に、わざと膝に肘をついて前のめりに座り込んで、ダンブルドアの杖から吹きだす銀の霧を見据えていた。

 

ガラハッドは、こんなものどこまで信用できるやらわからないと思いながら、取って食いそうな目つきでそれを睨んでいた。

 

「 ――――むにゃむにゃ 」

 

隣のベッドではハリーが、靴を脱がされただけの姿で寝付かされ、安らかな寝息をたてている。稲妻型の傷。年相応にまるっこいその額から、とって出してダンブルドアが上演してみせた彼の記憶は、おおよそこういうものだった――――三人組はあの後、こっそりと寮を抜け出して、まずはひょこひょこと廊下を走るフリットウィック先生をみつけてそのあとをつけて進み、動く階段に相乗りして無事に中央棟四階へと至り、トイレで俺の書いた血文字を拝んで震え上がり、それを書いたのは俺であるのに、どういうわけか却って俺を救う決意をした。俺が自分の血で書いた梵字の意味をフリットウィック先生は理解しており、鏡の前でマクゴナガル先生と話し合っていたにも関わらずだ。「ハァァやっぱり子供って人の話聞かないよな!?」と、イライラして嘆息してしまう俺は狭量なのか。

 

ダンブルドアは言った。

 

「 おぬしの用いる術は興味深い。“その昔”は、東の山岳にいたのかね?鈎召(こうちょう)というのじゃったか――――いずれは依り代を必要とせずに、守護霊呪文同様に使えるよう技術を高めてもらいたい。 」

 

「 へえ。それは?いずれふざけたファッション外道を倒すため? 」

 

「 左様。あのヴォルデモート卿を、そのように呼ぶのはおぬしくらいじゃろうよ。奴は逃げていった。可哀想なクィリナスを捨てて…この一度で復活を諦める男ではない。さて、この辺りでの基本的な術の習得と技量の向上に、閉心術に開心術――――いずれ来るときに備えて、おぬしに身につけてもらわねばならぬものは様々ある。 」

 

「 自分は戦わねえのかよ貴様は。俺はもう、ホイホイと流れに乗っていくだけの馬鹿じゃねえよ。お国のためならやりますなんて、勢いで言うかボケ。まずは貴様から野に首晒せ。波にころころ洗われて、しゃれこうべになってから言ったら聞いてやるよ。 」

 

「 おぬしの化けっぷりは見事じゃ。 」

 

ぐぬぬぅと首を振ってダンブルドアは唸った。唸りながらも、笑顔だった。

 

「 は?……。…いや。 」

 

ガラハッドは不意に気がついた。なんだこいつ、へらへら笑いやがってと思ったのだが――――もしかすると、この老人はこちらという存在について、盛大なる勘違いをしているのではないか?そういえば仏教の外の世界でのアーシュラーは、天空の司法神ヴァルナが世に遣わせる高い戦闘力を持つ修行者たちのことなのだ。インダス・メソポタミアのヴァルナ信仰は形を変えて各地に継承されていて、ここケルトの地にもその影響はある。フリットウィック先生が好みそうなモチーフで、なんだかレイブンクローらしくもある。だが自分はというと、著名な先達は壇ノ浦にて夜ごと波間の月光を相手に斬り合っており、殺生の業に苦しみ日夜帝釈天に責められたタイプの阿修羅なわけで…。

 

…とはいえ事実、今ここは別に地獄ではなくて、誰も念仏をしない別天地であることを考えると、案外自分という存在は、怨霊とはまた違うのかもしれない。生身の身体を持っていて、鏡の中に入れたわけだし。ガラハッドがそのまま考え込んでいると、ダンブルドアは白いひげをしごいて笑った。

 

「 おぬしの言う通りじゃなあ?儂くらいになるとのぅ、若い世代のなかに己を恨んでくれる者がいることも、また嬉しくてならんのじゃよ。おのれは、生い先短くとも、まだ取り返しがつくような、それが世の希望のような…と思える。 」

 

「 はあ。 」

 

「 ふむ、邪魔をしたようじゃな。 」

 

思案顔のガラハッドを見てダンブルドアは黙った。「何言ってんだこいつ」という気分のときに雄鶏が啼き、慌ただしい朝が来て不消化な面談は終わった。

 

 

 

 

 

 

その日は終業式だった。周囲は明るいが、ガラハッドは愛想よくできなかった。こちらに話しかけてくる同級生は、お互い無事を確かめあったつもりで泣いていた。

 

ガラハッドは冷めた心地で、そんな子供たちを見ていた。

ハーリーン・クインゼルの親がアズカバンにいることは、さっきスネイプから聞いて初めて知った。そういう理由で死を騒がれない子だっているし、あの春、迫りくる米軍に怯えて魔法なしでだって次々に断崖から飛び降りていった少女たちよりも、この子たちのほうが甘ったれなのに、みんなふくよかで幸せそうなのが、憎らしかった。何とも言えない心地だった―――――どうして、こいつらはのうのうと助かってるんだろう?

 

 

「 ――――っ 」

 

 

――――ああ嫉妬が育っていく。

 

この思いを、憎しみから昇華させる解釈はひとつしかない。そうだね君たちは、あの日散っていった子たちの生まれ変わりだから、今は幸せになって、怖いことなんか何にも知らないんだよね。

よかった、そんなふうでいてくれて。

ごめんよ、俺なんかが混じっていて。

俺は君たちをあの日、殺した側だ。

この美しい学園にはいられない、異物だ。

 

 

そんな思いでガラハッドは人の輪を疎み、ひとりで玄関を目指した。

 

千年変わらない石が少年を送り出す。

 

ガラハッドがかつかつと床を踏みしめていると、アーチ天井に

 

「 待って! 」

 

 

という声が高く響いた。

背後からハリーが駆け寄ってきて、にっこりとガラハッドに話しかけてきたのだ。

 

「 ねえ、これ返すよ。君のだもの!――――はい! 」

 

「 いいや、いい。 」

 

ぴしゃりとガラハッドは言い放った。ポケットからまだ手を引き抜いてはいないものの中で石を掴んでいるらしいハリーは、そのままの姿勢できょとんとして、全身の動きを止めた。

不思議そうな顔で、ハリーは緑の目をぱちくりさせた。

 

 

「 ~~~~ッ 」

 

 

食ってかかるためにガラハッドは息を吸った。

そんな顔をされると逆に、黙っていられなかった。

 

「 ハリー、お前は簡単にものを信じすぎだ。 」

 

言ってやらねば。この子には親がない。たとえ独善だとしても、この悪党ができる償いはもうこれくらいしかない。

死んでいった子供は幸せにならなくちゃ。

それなのに、どうして()()()()()、孤児がいるんだろう?

孤児を利用するような大人がいるんだろう?

動揺するとガラハッドは早口になった。

 

「 あのな、鏡が望むままにホイホイと、何でも与えてくれるなんて思うなよ。よりによってあのダンジョンの奥に分け入れるような侵入者に、本物の賢者の石を渡したら、どうなると思う?危険だよな?現にお前は、危ない目に遭ったじゃないか!あの鏡の仕掛けは、そういう罠なんだよ。お前は、あそこで心に石のことを思い浮かべた肉体持ちの生者だから、あの鏡に閉じ込められた――――自然にそうなったんじゃないぞ?俺が!閉じ込める用の罠を!はっといたんだ! 」

 

ハリーは呆然としていた。あまりに馬鹿面なので、ガラハッドはますます腹が立った。

 

こいつは、俺やダンブルドアに口先の優しさで満足させられて、どうして、自分がクィレルに杖を向けられたのに助かっているのか、わかっていないんだ。

「鏡は光をはねかえす」という絶対的事実を、ご都合のいい愛の力か何かだとでも思って。夢に思い描いてるだけの女に、「お母さんありがとう」などとでも思っているんだ。

ここは魔法の世界だから、そういうことがあるとでも思っている。

そんなのは、そんなのはおかしい。

愛なんかに、頼るな。

そんなふうに浴びせられる言葉はまだいっぱいあるからこそ、ガラハッドはため息をついて、さっさとハリーに背を向けた。顔を付き合わせていたら、無限に罵ってしまいそうでよくなかった。

 

「 そいつは持っとけ。少しは人を疑うことを覚えようって、時々は眺めて思い出すといいよ。孤児には必要な習慣だ。 」

 

呆然とするハリー少年のそのあとのことは、置き去っていってもあざやかに目に浮かんだ。

 

 

水を浴びせられたみたいにあどけなく、贋物の石を手にしたまま緑の目を瞬かせて。

やがて少年は状況を理解して恥じ入り、真っ赤になって瞳を潤ませるだろう。

「助けてやったつもりなのに」と嘆いて、それからは憤りを覚えるだろう。

一度ならず二度までも彼の心を弄び、こうして手酷く突き放した自分のことを、これから生涯嫌うだろう。

 

だがそれでいい。善意による献身が相手を喜ばせるとは限らないし、世のなか恩を仇で返されることもあるのだ。孤児は、そういうことこそを学んで生きていくべきだ。さもないとダンブルドアのような大人に使われて、わけもわからずに一生を終えてしまう。

 

 

どんどん歩いてガラハッドは城を出て行った。

セストラルたちは嘶いて彼を迎え、馬車は一路ホグスミード駅へとむかった。

鈴なりになって窓から手を振りあう者たちに溢れ、賑やかな「バイバイ」が飛び交うなか青空に白煙をあげるホグワーツ急行。まるで出征の日の汽車のようだと、思い出されて夏の朝を憎んだ。この光景の美しさが、直視すべきものどもを霞ませている。

 

( ――――ここは魔法の国なのにな。 )

 

 

なのに醜く、生臭くて、気楽ではいられない。

気楽でいてはいけない。

 

夢から醒めた心地で、“ただの大学生”だったガラハッドは、ひとり立ち尽くしていた。

 

 

 

【fin】

 




■主人公はアルバス・ダンブルドアによって昨年第一原質に選ばれ、今年隠された火を暴かれました。卵のなかでは、硫黄と水銀は衝突するさだめにありますし、激しく衝突するべきです。その状態で鳩を追ったら、本人たちが選ぶのではなくあるとき自然に、必然的に、鷲となれるからです。“鷲となる”は“昇華する”という意味ですが、「二種類の物質の反応が終わって化合物ができる」とマグルたちは言います。これは宇宙のどこでも起きることです。『古き賢者の学、あるいは遍き医学の学理』(18世紀)によると、この事象が七度繰り返されたとき、賢者の石が錬成されます。
■「これじゃあ耳なし芳一だよ/阿修羅」から「修行者アーシュラー」へ。
もう主人公は第一原質ではないので、その本質は「狂った怨霊」から変化していくでしょう。耳なし芳一は壇ノ浦に澱む平家の怨霊が坊主の耳を引きちぎる話なので、これの怨霊は先に出ていた「能の修羅物の怨霊」と同じです。第一原質の彼は殺生の苦しみからすっかり狂っており、手当たり次第に祟りをなし、日夜帝釈天に焼かれる存在でした。帝釈天のくだりは、修羅能のなかでも『忠度』の謡からです。なぜこれを引いたかというと、忠度は和歌への執心を現世への未練として桜花のもとに現れ、歌人かつ僧である老人とまみえる亡霊だからです。歌人かつ僧の老人というのは、もちろん晩年の折口信夫のこと。和歌への執心を胸に散った武者とは、戦地でも歌を詠むも硫黄島で玉砕した万葉集研究者、折口と愛しあった男のこと。彼の出征を見送り、彼の死を察し、嘆き、弔おうとする折口信夫のようすは、歌集『倭をぐな』に詳しいです。
■『死者之書』の中将姫による大津王子の鎮魂は、能の修羅物と構造を同じくし、より幻想的にしてあるものです。
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