物凄く丁寧なお礼の手紙とかつてギャリックの家があったところの写真が後日届いて、その紙の品質にギャリックは目を回した。
すっかりグレンジャー家とのお付き合いが深まったオリバンダー家では、毎回わぁ何に書いて送ろう何を一緒に贈ろうと、大騒ぎして二人の筆不精は頑張った。
そんなこんなで夏休みは終わり、今日から新学期である。
キングスクロス駅の9と3/4ホームにて、ガラハッドはぼへぇっと突っ立っていた。
「 …あ゛~ 」
あ~ぁ夏休みが終わる。
しらけた高い空に、パンをちぎったみたいな綿雲。
ガラハッドの感覚において、英国の夏はあまりにも短い。
どうせ駅に来れば誰かと会うだろうと思って、ガラハッドは誰とも約束をしていなかった。けれどもちょっとはやく来すぎたせいか、ざっと見回したところ知り合いがいない。誰かを待てば混みあうし、混みあったところで良い同乗者と出会えるとは限らないし――――かといって最終的な乗車率を考えたら、一人でひとつのコンパートメントを占有することはできない。よく知らない集団が後から乗ってきて、先に乗っていたのに肩身が狭くなるなんてことは、嫌だ。
紅い特急車両はもう停まっていたけれど、そんなことを考えてガラハッドはホームでじっとしていた。すると近づいてくる人影があった。
ホワイトブロンドの少年が、汽車から噴き出す風で猫毛をふわふわさせていた。
その子が話しかけてきた。ひそひそ声で、興奮した様子だった。
「 こんにちは。僕です、ドラコです―――――覚えておられますか? 」
知らない子だ。いいや知らないことはない。見かけたことはある。ただちょっと思い出せないだけ・・・。
ガラハッドは視線を彷徨わせて、少し離れたところに、その子とおそろいのローブを着た男性をみつけた。ああ、あちらのほうは、知っている顔だ!
ウィゼンガモットの重役の、ルシウス・マルフォイ氏だ。
英国杖業の木材の安定供給のため、北欧との関税条約改正に骨を折ってくれている、足を向けては寝られない御仁。
ガラハッドは咄嗟に男の子のネクタイを見た。
「 ああ 」
緑だった。
「 スリザリンの。新二年生だね。ニレの樹の杖の… 」
少年の顔が輝いた。マルフォイ家の子だから8割がたニレだろうと踏んで山を張っただけだが、幸い的中したようだ。
「 そうです!父上は、ニレの樹の杖をお持ちなんです! 」
“父上は”ということは本人は違うらしい。
「 僕は初めてのとき椅子を躍らせましたよ。覚えていてくださったんですね! 」
「 う、うん…。 」
覚えていたということにしておこう。ラムネ玉みたいな灰青色の目に、薔薇色の頬。照れたように笑うその子は顎が細く、女の子みたいで可愛らしかった。同じくらいの笑顔を浴びせ返して誤魔化しながら、自分の抱いた感想にガラハッドはドキリとした。表情を引き締めるとその子は口許の印象が強くて、さっきまでとは雰囲気が違う。
掬いあげるように見上げてドラコは言った。
「 オリバンダー先輩。ご一緒しても、よろしいですか? 」
「 勿論、いいよ 」
礼儀正しい子だ。「行って参ります」とドラコ少年は、振り向いて父親へと凛々しく言った。
ガラハッドも、身体ごと振り向いてルシウス・マルフォイ氏へと会釈をした。羽根をたたむ蝙蝠のように、優雅にルシウス氏はローブを整えてゆっくりと礼をしてきた。彼が上流であるというだけでなく、随分と、なんだか尊重される感じの仕草だった。慌ててガラハッドはもう一度丁寧に会釈をし、トランクケースを抱えて汽車へと乗り込んだ。
( 貴族の雰囲気あるよなあの人…。アラベールはただのおっさんなのに。 )
それもちょっとガラが悪い感じの。
そういえば今年は帰ってこなかった、フランス勤めの義理の父親を思った。
彼は魔法使いにしては珍しく清潔に顎髭を刈り込んでいて、「ニューヨーカーはこうだ」とか言って、大抵はマグルファッションだ。そのくせ、入れ墨を隠す気がない。アラベールとルシウスを並べて通りすがりの人が見たら、圧倒的確率でみんなルシウスのほうを爵位持ちだとみなすだろう。
ルシウス・マルフォイという人物は、纏うものの仕立てや櫛けずられた髪、そして何よりもその言葉と一挙手一投足に、高貴なる者の重みを宿している。あの成熟した男に比べると、同じように整髪していてもこちらはまだまだ雛鳥で、不要領にドラコはかさばるトランクに振り回されつつ、嬉しそうにちょこちょこと車両内を着いてきていた。
コンパートメントに入った途端に、ドラコは待ちきれなかった顔でうわずり声を出した。
「 ポッターを出し抜いたんですよね? 」
ガラハッドは面食らった。
ポッターって、あのハリー・ポッターのことか?
ガラハッドは、ドラコのぶんのトランクまでつかんでシートの背面に仕舞ってやった。そうしながら、期待でいっぱいのドラコの顔を眺めつつ首を傾げた。
「 何の話だ? 」
「 またまた――――賢者の石の話ですよ! 」
「 ああ、あれか 」
そういえばそんなこともあったな。出し抜いたというか、あんまり完全に騙されているもんだから、イラっとして自分から種明かしをしてしまったというか。
今にして思うと、あれって大人げなかったなと思う。窓際のシートへ座り込んで、不必要に頭を掻きながらガラハッドはぼやいた。
「 たしかに彼には少々、悪いことをした。しかし君は、どうしてそれを? 」
「 父上からうかがいました!あっ、あの―――荷物、有難うございます 」
ではその父上殿はどこでそれを知ったのだろう?
気になることであったが、ドラコの勢いにはかなわなかった。
「 素晴らしいです! 」
こぶしを握りしめてドラコは、演歌歌手みたいな首ふりで熱弁をふるった。
「 ポッターを智略で翻弄するなんて!最高です!憧れます!ご活躍はかねがね伺っております。是非お近づきになりたくて、お声かけしたんです。突然のご無礼をお許しください。 」
「 いやあ尊敬されるような者では 」
知恵比べというならばハーマイオニーとおこなったし、ハーマイオニー相手には負けましたし…。
ガラハッドは黙って苦笑した。ハリー・ポッター本人のほうは、知恵比べ以前の問題でいろいろと話にならない。ハーマイオニーとはこの夏すっかり親しくなって、もう何事かを競うような機会はないように思う。ガラハッドは彼女とその両親に、「新学期の始まる日、一緒にキングスクロス駅に行きませんか」と手紙を書くべきか迷ったけれど、女の子にそれを送るのはちょっと躊躇われて、結局こうしているのだった。
「 父上が言っていました 」
「 ほう。それは何と? 」
汽車はまだまだ動かない。
真面目なようすのドラコに、幾分身を乗り出してガラハッドはそれを訊ねた。
ルシウス・マルフォイ氏の意向は気になるものだ。
彼は、前述のとおりの有力者であるので。それから、彼は――――シルバーブロンドなので。
だんだんホームに人が増えてきたので、ガラハッドはそれを眺める感じで、自然によそ見をすることができた。
はきはきとドラコは喋った。
「 はい。父上曰く、あなたは、これからの魔法使いたちに杖を授けていかれるかた。あなたのようなかたには、“格別のご学友”が必要です。 」
「 “格別のご学友”? 」
「 ええ。互いに高めあい、信頼と期待を寄せあい、世のさまざまなことについて語りあい、共に未来図を描くような。世に杖を送り出す立場のあなたには、そんなご学友が必要で、そのご学友と、一緒に世をつくっていかれるのだと。その人物は、じきに現れると――――さきほど父上は言っておられました。 」
「 へえ 」
それは、現れたら嬉しい存在だな。生涯の親友という意味であろうし、それを疎む者はまずいまい。
嬉しげにこんな話をして微笑んでくるドラコ少年は、新種の告知天使なのか、はたまたユニークな売り込み屋なのか。
窓辺に肘をついて、ちょっと判断ができずにガラハッドはニヤっとして訊ねた。
「 それは君のこと? 」
きょとんとしたあとに真っ赤になって、ドラコは左右へと首を振った。
「 いいえ違います。そんな、お戯れを。 」
「 違うんだ? 」
「 僕は至りませんから。ですから父にはこう言われました。今年、あなたのお背中を見てよく学ぶようにと。よろしくお願いします、オリバンダー先輩。 」
この子はちょっとお行儀がよすぎる。
こんな風に息子を育てている、マルフォイ家当主は占いもするのだろうか?
そつなくやりそうだよなあ…とガラハッドは思った。
彼はホグワーツの理事でもあるので、毎年学園について占いをするのかもしれない。
それとも、「俺のことだから」わざわざ占ってくれた?
だとするとちょっと嬉しいじゃないか。
ルシウスの妻はナルシッサといって、名門ブラック家の人物である。一体どの程の夫婦仲なのか、冷たい政略結婚なのか、そのところはちょっとわからないけれども、現にふたりには、このドラコという息子がいるわけで…。だからガラハッドは、このことはまったくおくびにだすつもりがない。ないんだけれども、歴然たる事実として…―――――生前のグレイス・オリバンダーが共に写真を撮るような間柄にあった者のうち、ルシウス・マルフォイ氏しか、この俺ガラハッドと同じような明るい色の髪を持つ者はいないのだ。ルシウスとグレイスは、卒業式の日に撮った集合写真のなかで、揃って監督生バッジをつけて隣あって並び、親しげに笑いあっている仲。つまりまあ、「そういうこと」だよなとガラハッドは、昨年からひそかに推察していた。
かのルシウス・マルフォイ氏の、私生児ってやつなんでしょうね、俺って…。
「 格別のご学友との出会い!ああ、楽しみだ―――あ、いいえ、楽しみですね!とても優秀な人物で、あなたとは必ず気が合うそうです。 」
「 ――――…。 」
ガラハッドは黙って眉をあげた。ドラコは熱心に語るけれども、物思いにふけっていたガラハッドは、すぐには返事ができなかったのだ。
代わりにずっと眺めていた。―――――この子は、つまりは腹違いの弟ということになるが、どうであろうか。ずいぶん、こちらを持ち上げながら好意を示してくるけれど、どこまで本人の意志でやっているのだろう?きっと父親から事情を伏せながら、「杖店の子と仲良くするように。最大限、尊重するように。」などと教えられているのだ。この坊やは、見るからに無垢で、世間の泥臭いことなんかまださっぱりわかっていなさそうだ。
「 ありがとう 」
にっこりとガラハッドはドラコへと微笑みかけた。
「 ありがとう、自分のことじゃないのに、そこまで喜んでくれるなんて。 」
おとなだからガラハッドには大体わかっている。アラベールの先祖を利用してこちらに仰々しい身分証明がなされたのは、いずれマルフォイ家が次代に移るとき、この子との跡目争いが起きないようにするためである。――――この子自身は、いつそのことを親に知らされるか、みずから現実に気づくんだろうな?今は幼くて優しい子だけれど、この子だって、いずれはおとなになっていく。大領主の嫡子として、当然こちらを警戒するはずだ。
「 僕は君とも、いい友人になれそうだと思ってるよ 」
「 そそそ、そんな 」
上流階級のならいで、作法としてドラコは謙遜を躾けられているが、口先に反して表情は雄弁である。ガラハッドがじんわり苦笑すると、陶器のようなドラコの頬は色づいていった。
恥ずかしさで思わず目を瞑りつつも、ドラコは、今のガラハッドの動きをもう一度見たいと思った。いったい、どうしてそんな感じになれるやらわからないが、ミステリアスな雰囲気をまとっていて、こんな一言にまで重みを感じさせる点まで、ガラハッド・オリバンダーはドラコの憧れそのものなのだ。おとなっぽい上級生から「いい友人になれそう」と言われて、ドラコは昂揚でしばらくぼうっとした。
「 駄菓子でもどうだ? 」
暇にあかしてガラハッドは言った。
手荷物からトランプと爆発ボンボンを取り出すと、ドラコの瞳はきらりと光った。
「 君は育ちが良いからな。口にあうかわからないけれど、お近づきのしるしに、まずはひとつあげよう。そのあとは、勝負して獲り合わないか。 」
「 よ、よいのですか!? 」
ドラコは前のめりになった。日頃は冷たく光るドラコの灰青色の目は、オレンジ色の包みのチョコ菓子に釘付けだ。
「 僕、母上からこういうものは食べるなと言われていて―――でも、でもオリバンダー先輩がくださるものなら、母上も良いって言う筈です! 」
「 ははは。二人きりだけど、コントラクトブリッジでいいか? 」
笑いながらガラハッドはトランプを切った。これは多少敷居の高いゲームで、いわば麻雀のような独特の手管が多い。そして麻雀同様に、点数制であるのだが、その計算ができなくても役がわかれば楽しめる。ふたりしてちょっと背伸びをして、おとなの貴族ぶった遊びをしてみようというのだ。雀の子みたいに横に膨らみながら、何度もドラコは首を縦に振った。
「 おいしいです、これ! 」
「 そりゃよかった。文字通り、蜜の味がするだろ?男友達は悪いこともしなくちゃな 」
「 …っ!ああ、ああ僕、実のところ、父以外とブリッジをやるのは初めてなんです!他には相手がいないから。――――ねえ今度、うちの荘園に遊びに来てくださいよ。マグル式のやりかたで、兎を狩るのは楽しいですよ。 」
達者にカードを操りながら、ついに決定的な一言をドラコは言った。
「ずっと、兄弟が欲しいと思っていた」と。
照れくさそうにはにかむドラコに、ガラハッドは黙って目を細めて応じた。――――汽車は動き出そうとしていていた。
軋む車輪、大きく揺れる席、そうして流れ始める景色。
時は流れていくから、この瞬間は必ず過去になる。
可愛いドラコ。君はまだ何も知らないから、そういうことが言えるんだよ。
この子とは、友達になりたい。ずっと友達でありたいけど、いつか現実に気がついたとき、彼はこの発言を覚えているだろうか?
たとえこの子が忘れてしまったって、俺は覚えておくことにしよう。
今回はマルグリッド・ユルスナール作『黒の過程』の序盤のパロディです。微妙な血縁関係にあるゼノンとマクシミリアン両少年が、同じ車に乗り合わせてひととき語り合い、それぞれまったく違う人生を歩んでいく青春大河の幕開けです。