「 ガラハッド、ガラハッド 」
無闇矢鱈に俺を呼びながら、興奮気味の子供たちは群れをなして階段をくだる。
一年生のときからある科目と違って、選択科目の授業にはすべての寮の生徒が満遍なくいる。同学年とはいえ、これまでは一堂に会することのなかった面子が集まっており、ちょっと異様な興奮を生み出していた。アンドリューは、さっきからばしばしと俺の肩を叩いて、自分の言っていることに自分で笑い転げていた。
「 あの教授の顔ときたら!めちゃめちゃ厳しいって有名なのにな?ガラハッド、今年も伝説更新だな! 」
「 わ~~~ガラハッド卿伝説、わたし、間近で見たのは初めてなのよね。鳥肌立っちゃった! 」
「 やばいだろ?あのシリーズマジなんだよ、全部実話!俺らいつも比較されて泣きそう。 」
どっとロジャーが笑いをとった。
「へえ」と思えばたしかに可哀想である。立ち回りの巧いロジャーはともかく、主にこういうことも言えずに、ひっそりその陰ではにかんでいるマーカスのほうが。
ガラハッドが思うに、ロジャーは学年のリーダー格である少年だ。誰にでも声をかけられて、こんなとき場の中心にいる。
一方で自分は、あまり集団が得意ではない。
さっきから曖昧に笑って、止まないイジりをやりすごすばかり――――“ガラハッド”という騎士のイメージは、日本でいうと“八幡太郎”みたいなものだから、そりゃ同級生にいたら笑えるけど――――好きでこの名前じゃないんだよな。「なんでこんな名前つけたんだよアラベール」と、正直以前から地味に恨んでいる…。
「 いいじゃないか、俺なんか敵役だぜ! 」
廊下を占める群れのなかでは、グリフィンドールのコーマック・マクラーゲンも一緒になって笑っていたので、ガラハッドはそれには心底ホッとした。
彼とは一年生のときに喧嘩して以来、ほとんど関わりを持ってこなかったのだが、こうしてなんとなく一緒にいられるくらいには成れてよかったと思う。
女子生徒のほうは、ハッフルパフの知らない子と、グリフィンドールのケイティ・ベル、これにレイブンクローのチョウ&マリエッタコンビが加わって、もう賑わしくてうるさくって止まらなくって仕方なかった。ピクシーが4ダースいるみたいなもんで、それぞれが爆発的おしゃべりお化けなのだ。
「 それでね、私あのときは足が竦んじゃって 」
「 三階だものね!? 」
「 でも飛び降りるしかなかったのよね? 」
「 クィレルが追って来てたんでしょ! 」
「 それがね、わからないの。見えないの!でもね凄くすっっごく、気持ち悪い空気がぞわぞわ~って、奥からやって来るわけよ。それがもう怖くて! 」
「 いや~!! 」
「 で、そのときにガラハッドが! 」
……そういえば。
会話を聞き流しながらガラハッドは思った。
こいつらと同じくらいかしましくておしゃべりだった、スリザリンのクインゼルはあのときに死んじゃったんだよな。
間近に光線を浴びて、ばったりと倒れていった。
あの子のこと誰も思い出さないのかな。
歩いているうちに一階に来た。校庭の見える通路で、そろそろこのメンバーはこのあたりで解散だけど、話が途切れなくて自然と集団の足が遅くなった。
突然つきぬけて陽気で力強い声が、そこらじゅうに無法にに響き渡った。
「 や~~~~っと止まったガラハッド! 」
「 !? 」
はじかれたようにガラハッドが振り向くと、背の高いアンドリュー・カークの後ろから、ひょこりと左右に真っ赤な頭が飛び出してきた。
「うわ出た!」と、反応してやるのは彼らを喜ばせるだけなので、思ったとしても絶対にガラハッドは声に出さない。
「 きゃ~っウィーズリーズ! 」
でも代わりに誰かが叫んじゃったから、この意地はすっかり意味がない。ニタァっと弓なりの目が四つ横に並び、例のふたりはメトロノームのように左右に揺れていった。
「 ガラハッド! 」
「 ガラハッド卿! 」
「 返事してよ 」
「 助けてくれよ 」
「「 俺たちのおはなし聞いてえ? 」」
ウィーズリーズの双子は、それぞれが別々に人垣を掻き分けて、結果として他人に倍窮屈な思いをさせながら、今日に限っては小細工をせず、堂々とこちらに向かって近づいてきた。そばかすだらけの顔が二つ、ガラハッドの間近で左右対称に並んだ。
虚を突かれたガラハッドは、「おぉ」とか「あぁ」とか言って動けずにそれを受け入れてしまった。
有名人のおでましに、周りの三年生集団は沸いた。グリフィンドール四年生のフレッドとジョージは、ホグワーツきってのトリックスターなのだ。シンメトリーの動きで二人は、それぞれの外側の腕を広げて言った。
「「 うちのママの吠えメール聞いた? 」」
「 ――――…。 」
ガラハッドは、失語しつつも思った。――――今朝あれを聞かなかった生徒はホグワーツに一人もいないだろ、と。お前らの弟が実にお前らの弟らしく、ド派手に馬鹿をしでかして暴れ柳にボコられたんだってな?
まったくウィーズリー家の母親の頭痛を思うと、他人事ながら気の毒である。
おかしいな、チャーリーはまともで良いやつだったのに…。
過去を思い出すのは現実逃避である。
「 聞、こ、え、た。 」
これはもう嫌な予感しかしない。
ぷいっと力強く背を向けて、早足で逃げ出しつつガラハッドは空に叫んだ。
「 好きで聞いたんじゃないぞ?お前らの親の手紙、大広間中に響き渡ってたんだよ!何の用だ?この歩く近所迷惑ども! 」
「 いや~それでしたら話が早い 」
「 みなさん知っておいでで話が早い 」
「 旦那ァ~お助けを~ 」
「 騎士様~お慈悲を~ 」
「「 ロナルド坊やの杖、直してやってくれない? 」」
「 くっっっそそれ言うと思った! 」
苦い顔つきからしぼりだされたものは、声3割ため息7割といったところだ。
水道橋の下みたいなここいらは、半分は屋外みたいなもの。ガラハッドは、イラついて廊下に転がっている小石を蹴った。そんな彼を追いかけていきながらも、双子の横揺れは加速するばかりだ。「お願いお願い♪」と素早くダンスされたって、がっしりした少年二人組なのだから別に可愛くもない。四角っぽい赤毛のハンプティダンプティに、ガラハッドはますます嫌な顔をした。
「 いいじゃない 」
双子のファンなのだろうか。「おめでとう」とでも言うみたいに、きらきらした笑顔でハッフルパフの子が言った。
「 ガラハッド卿伝説、次のエピソードは慈愛の人助け!騎士譚に相応しいよね 」
「 ああそれ、勝手に決めると怒られるのよ 」
「 怒られるっていうか、拗ねちゃうの 」
「 『ったくお前ら僕をオモチャにしやがって~』とか言うよな 」
「 あははロジャー、今の似てる! 」
「 プイッて猫みたいに、窓からどこかに行っちゃうんだよ。ね、可愛いでしょ? 」
「 ハァ?ハァアアアアア!? 」
お前のほうが可愛いわチョウ!!
詐欺だとはずっと思ってるけど、この夏イメチェンしたチョウはやっぱり可愛い。
がさつさを補って余りある愛嬌持ちが、さらっと凄いことを言ったのでガラハッドは真っ赤になった。
その隙を突かれてのことだった。馴れ馴れしくもフレッドとジョージが、左右から肩を組みかけしなだれかかってきた。
「「 頼むよ未来の杖職人 」」
誰がお前らになんか頼まれるか!
ぴしぱしと二人を手で振り払ってガラハッドは言った。厚かましい奴は嫌いだ。
「 あのさあお前ら、自分で言ってることがおかしいと思わないのか?なんで有償では修理に出せないものを、俺相手には無償でさせようとするんだよ。いくら俺が半人前だっていってもな、失礼にも程がある。 」
「 まあまあまあ、決めつけるのはよせガラハッド 」
「 俺たち何も、無償でやってくれとは言ってない 」
「 交渉しようぜ 」
「 交渉タイムだ 」
「「 ウィーズリー・ウィザード・ウィーズが、特別な品々をご用意いたします――――アクシオ!! 」」
「 !? 」
ガラハッドは、今まさに変身して飛び立とうとしていたところだった。こいつらとは一分一秒でも早く別れないと、これまでの経験上、マジでろくなことがないので。
アニメーガスであることを活かした緊急脱出作戦は、うまくいくと思った…の、に、、、
「 ピギャッ!?ピギェェェェ 」
鷲の鳴き声ってこんなのなんだな!?
自分の悲鳴にびっくりして、危うく墜落しかけてあっぷあっぷ。
何かが翼に絡んでおり、羽ばたくと風切り羽根を変に捲りあげて、悶えて逃れようとするときつく縛られた。
ニヤ~~ッと弓なりの目を並べて、ふざけた双子たちは笑っていた。
あ!い!つ!ら!だ!
そういえばさっきちょっと背中に触られた!!
旋回して見ると、こちらを縛る何かの先端であろう紐を握り、すっとんできた箒にまたがるフレジョの笑顔は邪悪そのもの!いつものように上空に舞い上がれないガラハッドは、ばたばたとみんなの頭上で回りながら飛び、手前側にいた赤毛に猛禽キックを浴びせかけてやった。
「
「 いってええええ!? 」
「 クソッ我ら悪戯仕掛け人! 」
「 負けるかァ!!くらえ煙幕ゥ! 」
「「 君たちのプリンス、このウィーズリーズがいただいていく! 」」
格好つけて双子は名乗りをあげた。途端にものすごい勢いで引っ張られてびゅんびゅん飛ばされ、錐揉み回転で校庭の空へと至って――――無力にもガラハッドは目を回した。
ガツンと降ってくるほど青い空に、眼を貫いた白日。
平衡感覚の危機に冷や汗が出て、どっと覚醒感が呼び起こされた。
咄嗟に気流を捕まえたとき、人間よりも眼がいい鷲に化けているガラハッドには、数十ヤード上空からでも級友たちの顔がしっかりと見えた。
みんな一様に口と目をかっぴらいて、ポカンとしてこちらを見上げていた。
( ――――くそッ! )
なっっっっにが友情運最高ですよだドラコ坊ちゃんの嘘つきめ!あいつらみんな冷たいぞ!?
チョウなんか面白がって、にこにこしてこちらに送別の手を振っている。シーカーを務めているくせに、自分も飛んで助けに来てくれるような気配は、びた一文ぶんもありはしなかった。
マリエッタとロジャーは顔を見合せ、マーカスは懐から時計を取り出して見ていた。
実益主義者の塊であるチーム青ネクタイは、さっさと俺を置いて次の教室に向かうことにしたようだ。
彼らがこちらに背を向ける頃、腹を括ってガラハッドは、ふざけた双子との空戦に気持ちを切り換えたのだった―――。
より高みへと舞い上がって、太陽を背に急降下攻撃!
二発めの猛禽キックをくらったフレッドが、ぐぅっと呻いて高度を落としていった。
随伴機のようなジョージが、すかさず飛び込んできて呪文を放った。
「 エンゴージオ! 」
( 当たるかよ! )
機銃掃射を避けるのは容易い。
一直線にとぶ光線を天地反転滑空で避け、ガラハッドは再び舞い上がって太陽を背にとった。
漫画で知っていた戦法だが、なるほど本当に使える!
上級生二人がかりで拿捕&拉致!ねえこれってイジメじゃないんですか!?などと、大人しく拐われて嘆いて泣き寝入りするほど俺は、可愛くない可愛くない可愛くなんかない!!!『週刊 少年倶楽部』直伝、次は急転直下戦法だ!
「 待って!危ないよ!本当に危ないよ、ねえ、もうやめようよ! 」
予期せぬ三人めの箒乗りは、本当に予期せぬ人物だった。彼もまた競技用の箒で、達者な飛行術を見せていた。
その人物は、肩をおさえているフレッドの代わりに、器用に彼のぶんの箒の柄も掴んで飛んできていた。しっかりとガラハッドを括る紐を握ったままのジョージが、明るい声で
「 セドリック! 」
と彼のことを呼んだ。
( セドリック!?なんでセドリックが… )
けれども彼は確かにそこにいる。鮮やかな太陽のもとで、彼は黒髪を銀に光らせていた。
めいっぱいジョージがわめいた。
「 セドリック!俺たち計画通りにやったんだよ!そしたら怒らせちゃった! 」
「 そりゃあ怒るよ。君たち乱暴だもの。スムーズに誘い出してきてねって、僕は再三言ったのに…。 」
「 乱暴はガラハッドのほうだろぉ!? 」
( はぁ?お前らが先にやったんだろうが! )
「 いいんだ、この傷、ロンの奴に見せてやりたいね! 」
「 “お兄様の健闘の証”って? 」
「 そう!チャーリーにもな! 」
「 ピギェェエッ 」
ガラハッドだけ鳥類で人型ではないので、さっきから会話にまじれない。滞空しているうちは地団太も踏めず、悔しさから変な声が出てしまった。
双子とセドリックは存外親しいらしく、箒で飛びながら遣り取りは丁々発止で続いた。
セドリックは双子に言った。
「 あの杖って元はチャーリーのなの? 」
「 そう!君もハガキ見ただろ?あいつ、就職したらソッコーで新しい杖を買った。 」
「 対ドラゴン専用のなんだって! 」
「 調教のしやすさが違うらしい 」
「 紐を切ってやったら? 」
と気遣ってくれるのが流石セドリック。
「 観念しなよガラハッド。どのみち二時間めはもう始まっちゃったんだから―――ついてきて。今回は僕に拐われてよ! 」
にっこりと笑ってセドリックは降下していった。
現代ではジョジョのような異能力バトルが少年漫画の人気ジャンルですが、かつては少年兵たちが航空戦をする漫画などもあって、これが今読んでも普通に面白いんですよね。今回の元ネタは『紫電改のタカ』です。