セドリックが四人でのサボり場所に選んでいたのは、ガラス温室が林立する南向きの菜園だった。ホグワーツ中のすべての場所を見下ろせるレイブンクロー塔から、ガラハッドはここを見下ろしたことがあるけれども、実際に立ち入ったのは初めてのことだった。
すべてがガラス造りといっても薄汚れているから、目を焼くようなまばゆさはない。けれど、とても明るいところだ。
濃厚な植物の匂いには、不思議な魅力があると思う。
育ちすぎたお化けキャベツが、陽に喝采をあげるように葉を開き花を咲かせていた。その陰を利用してセドリックは、塔から死角になる場所に居心地をつけた。
「 ここは良いな 」
周辺を見回しながらフレッドが言った。彼はガラハッドと違って、塔ではなく粉ひき小屋のほうからの視線を気にしているようだった。
「 こっちからは誰か来たらすぐにわかるけど、あっちからはあんまり見えない。君って、悪戯の才能もあるんじゃないか? 」
「 まさか。僕こういうの初めてだから、ドキドキして目一杯考えたよ。スプラウト先生はこの時間、一二年生用のほうの培養室でマンドレイクにかかりきりのはずなんだ。 」
はにかんでセドリックは置石に座り込んだ。不安げなことを言いながらも、その表情は嬉しさを隠せないでいた。
セドリックは、にこっとしてジョージと拳をつきあわせた。スポーツマンのノリで、三人ともロジャーみたいだ。改めて見ると三人は三者三様、最後に揃って見たときよりかなり成長している。地上に降りたったことで、それぞれの体格の個性は際立ったように思う。肩回りのいかつい双子に対して、セドリックは体幹がしっかりしていて―――――そういえば、彼らはクィディッチでのポジションが違うんだっけ。初対面のときが最後なので、当たり前といえば当たり前なのだが、なんだか、こうして三人揃うと印象が変わっていた。
彼らは、もう武者でいえば初陣だ。それぞれが、幼年期の丸みを脱ぎ去ったばかり。
ガラハッドも座り込むとセドリックは言った。
「 早速やろうか 」
「 主犯は君だったのか? 」
責める口調になってしまった。
セドリックは、困ったような恥ずかしがるような顔で言った。
「 何て言うべきなのかな… 」
「 俺らさ、一時間めが一緒の授業だったんだよ 」
ジョージが代わりに話し始めた。
「 朝から魔法史だった。あのげろ眠いやつな! 」
「 でもさ、今日のはジーンと響いちゃったわけ! 」
「 ビビッときちゃったってわけ! 」
「 四年生の魔法史では、杖を巡る権利闘争について学んでいくんだ 」
穏やかにセドリックが補足してくれた。フレッドとジョージの語り口は軽妙だが、セドリックがいないと意味がわからない。二人は身を乗り出して、口々にガラハッドへと話しかけた。
「 “真っ当な杖”を持つのは魔法使いが勝ちとった権利なんだぜ?なのに酷いんだママったら……ううん、でも仕方ない! 」
「 うちは金がないからな。でも、それじゃあロンの奴はどうなるんだよ?これから、何にもできないじゃんかあんなのじゃあ! 」
「 小人やゴブリンじゃないんだぞ?人間なのに、俺たちの弟は! 」
「 彼らの弟のロナルドは、杖が折れちゃったけど新しいのを買ってもらえないらしいんだ 」
「 …人間であっても、若いうちに道を踏み外せば杖を折られる。その代わり、アズカバン行きはまぬがれるじゃないか。導き手を憎んで、導かれた者を憎まず。君たちの母親は、そういう思想のもとでああ言っていたんじゃないのか? 」
「「 それって重罪人の話だろ~!? 」」
双子は大声で揃えて言った。
セドリックがぶつぶつと、杖をたてて音消し呪文を唱えはじめた。
「 ロナルド坊やはそういう悪い奴じゃないよ!マグルに見られちゃったのは、そりゃアンラッキーってやつ! 」
「 あいつらワケあって車で空を飛んだんだよ!悪い屋敷しもべ妖精がいてさ――――うちには夏休みの間、ハリーが滞在したんだけど、どうもそいつはハリーがおばさんちにいたときから、ずっとハリーをつけ狙ってるみたいなんだ!知ってるか?ハリーって、日頃は意地悪なマグルのおばさんたちと暮らしてるんだぜ。あんなに気の毒な場所はないね! 」
「 そいつが、おばさんちでハリーをひどいめにあわせた。さらにキングスクロス駅にも現れて、9と3/4線の壁を通り抜けられなくした。それであの二人だけ、汽車に乗れなかったんだよ!全部その屋敷しもべ妖精が悪いのさ! 」
「 俺たちも一緒に駅に行ったんだぜ?けど、俺たちは先に壁を通り抜けちゃって。 」
「 今年から妹も入学してきててさ!ホームでケイティやアンジェリーナに、妹を紹介してたんだよ。そっちと喋ってたから、気づいてやれなかった―――弟組がついて来れてないってことに。 」
「「 可哀想なことしたよな 」」
「 ――――…? 」
ガラハッドは面食らった。
だいぶふざけた奴等としてしかこの双子を認識してこなかったが、聞いてみればかなりの弟妹思いで、良い兄貴たちじゃないか。
ガラハッドはセドリックを見た。なんだか、同意するように黙って頷かれてしまった。
「 駅の壁に細工をしたのは、屋敷しもべ妖精だとは限らないよな? 」
ガラハッドは確かめるように言った。失礼かもしれないけど、これは意地悪じゃなくて、事実そういう可能性がある。
そんな言い訳をしたいガラハッドに、セドリックの苦笑が重なってとりなしてくれた。
「 そうだね。でもポイントは、誰がやったかということより、“誰かのせいであの二人は無茶するしかなかった”ってところだと思うんだ 」
「 まあそうなんだが… 」
「 誰のせいだったとしても、俺たち怒ってるぜ! 」
「 何故こんなことになっているのかわからないけれど、屋敷しもべ妖精は、壁や家具を扱う魔法が上手いんだよ。だから僕は、二人の話は有り得ることだなあって思うし、事実だとしたら、ロナルドとハリーはとても気の毒だと思う。うちにもいるんだ、屋敷しもべ妖精。彼らとの付き合いって結構、難しいよ。対立したらきっとそれくらいはされちゃう。 」
「 へえ… 」
ガラハッドは素直に頷くばかりだった。
オリバンダー家にはたんまりと杖があるので、闇祓いが定期的に魔法を補強しにきており、屋敷しもべ妖精のような“杖持つ権利なき種族”は踏み入ることができない。話には聞くものの、ガラハッドは屋敷しもべ妖精を見たことがなかった。
その点、セドリックは詳しいはずだ。彼の先祖エルドリッチ・ディゴリーこそ、魔法省闇祓い局の創始者でもある。
「 杖なしの状態じゃ人間の魔法使いは、建物のなかで屋敷しもべ妖精に敵わないんじゃないかな?彼らは杖を持ったら、何だってできるよ。ほら、そういう事件が――――昔は色々あったらしいし、その、いろいろと不便を強いているだろうけれど――――君ん家には、その対策があるだろ? 」
「 うーん、まあな? 」
セドリックは気を遣ってくれるが、ガラハッドは詳しくは知らない。頭を掻きながらそう言うと、神妙にフレッドとジョージが語りだした。
「 14世紀、バードック・マルドゥーンが“ヒトたる存在”を画定 」
「 されどそのころは、小鬼と人間の間で“屋敷しもべ妖精”叙任権闘争真っ最中 」
「 魚人と巨人が連合。けれど、セイレーンは主張を変えなくて。 」
「 オローリンがついぞ現れなかったことで、最初の代表制議会は崩壊。それから、1612年にもホグスミードで小鬼の反乱。 」
「「 魔法史の教科書に載ってるぶんだけで、こんなにあるぞよ 」」
「 …お前ら、意外と勉強出来るんだな? 」
「 二人は頭良いよ。日頃はその頭を、勉強方面に使ってないだけ。 」
ちょっと意地悪な声でセドリックが言った。ガラハッドはこれには瞬いた。なんだか今日という日は、人の意外な姿ばかり見ている。
セドリックは抱え膝を崩すと、長い足を投げ出してつまらなそうにした。子供っぽい仕草で、容姿とはアンバランスだった。
「 二人は僕なんかより、ずーっとよく物を覚えているし、何より抜群に変身術が上手いんだ。毎回変なものをつくって、最後には爆発させてるけどさ。マクゴナガルも二人には甘い。 」
「 そうお褒めくださらなくても~♪ 」
「 敵いませんわ学年一位~♪ 」
「 で、真面目なハナシ屋敷しもべ妖精は、ホグワーツにも沢山いるだろ?ハリーをつけ狙っている妖精に、紛れ込まれていたら”事”だぜ。でもどいつが俺たちの弟に手を出したか、虱潰しに調べるのは無理みたいなんだ。これはセドリックの考えな! 」
セドリックは深く頷いた。双子はどうか頼るように、厳めしいセドリックの顔つきを見ていた――――どうやらウィーズリー家には、我が家同様屋敷しもべ妖精がいないらしい。
随分古い家系なのにと、ガラハッドには不思議に思われた。
セドリックは困ったように言った。
「 彼ら、あんまり特徴がないんだよ。ううん、そういうのは、失礼かな――――とにかく、僕らには見分けが難しい顔をしている。 」
「 俺たちはせめて、ロンが今後また酷い目に遭わないようにしてやらなきゃならない。そのためには杖が必要!折れてない、真っ当な杖が必要だろ?――――ああもう、こんな時間だ!そういうわけで、交渉開始させてくれる? 」
せわしなく双子は何かを取り出した。それぞれがポケットに手をつっこみ、ローブから尻からカッターシャツの胸から、せせこましく小物を取り出して地面に置いた。
ガラハッドには、それらはガラクタに―――――せめて好意的に言うなら、“幼児が海辺で拾ってきて宝物にしている何か”に見えた。
瓶の蓋であったり、海軍さんの釦であったり。
安っぽい装飾品の一部や蛙チョコカードなんかもあるから、まさに“お子様の宝箱の中身”だ。
妹が集めてたな…と、ガラハッドは目を細めた。
これにつやつやのドングリがあったら完璧だ。
「 ロンの杖、見てやって出来るだけ手を尽くしてやってよ!その代わり、これのうちどれでも好きなのを言って。いいやもうロンの杖のためなら、全部君にあげたっていいんだ!君だって、修行した末の技術なんだから。 」
「 まず、これ、全部、何? 」
「 特製魔法道具!この二人、こういうのに関して無茶苦茶強いんだよ。全部見た目通りのものじゃないから、気をつけて…。 」
ひそひそとセドリックが言った。ひととき関心をひかれたが、ドキッと警戒心が働いて、手を出さずにガラハッドはガラクタを見据えた。
蛙チョコカードを手に取ってフレッドが言った。
「 これは”爆発チョコカード”!なかの人をこちょこちょして、怒らせてから放置するとそのうち爆発する。君なら口で煽って使える。 」
「 へ、へえ…。 」
今さりげなく喧嘩売ってこなかった?
なんだその使い途に困る馬鹿カードは。
彼らはどういう発想で、そんなもの生み出したんだろう…。
次の商品紹介はジョージがおこなった。
「 これは”真夜中の元気ビンビン”!こうやって目のとこにはめると、暗いところでもよく見える。 」
「 へえ…。 」
一瞬下ネタかと思ったわ。でも、それはちょっと便利かも。
いやいや、好奇心で欲を出して、ここで物品を受け取り、大きすぎる借りを作ってしまったら何やらあとがこわい。
この双子の侮れなさは、さっき廊下で体感したばかりだ。
やられたぶんは空戦でやり返してやったが、徒手空拳の喧嘩と魔法道具づくりでは、色々とわけが違ってくる。
「 どのくらいの折れ具合なわけ? 」
ヘアピン(に見えるもの)を眺めながらガラハッドは言った。
「 現物は今もロナルドが持ってるのか?芯材の状態は?魔力はまだ残ってる?芯までやられてたら僕にはもうどうにもできないし、木材部分の亀裂がどうなっているかで、修理の難易度は変わるんだ。――――それと、必要なものが変わる。 」
「「「 その気になってくれた!? 」」」
セドリックまでもが声を揃えて言った。
「 やる気になってくれたんだ?やっぱり、君は良い奴だと思ってたよ! 」
「 任せろ、ロンのやつ引っ張ってくる!ガラハッドにセドリック――――放課後また会おうぜ! 」
「 俺たち作戦会議しなきゃな! 」
「 誰かが杖なしでいさせられるなんて、あってはいけないよね。必要なものは僕たちで集めよう。 」
気っ風よくセドリックが言い放った。
力強くジョージが頷いて、やおら立ち上がって言った。
「 決まりだ!ガラハッド、この件が終わるまでは休戦な!しばらくクソ爆弾は勘弁してやる。 」
「 そもそもなんで仕掛けてくるんだよ 」
「 ねえこの際だから言うけどさ。君たち、そういうのそろそろやめなよ。 」
「 でもさあセドリック、これが楽しいんだよ! 」
クソ迷惑なことをフレッドは言った。
「 こいつ、どこに仕掛けても見破ってきやがんの。何にでもすぐにひっかかる、うちのパーシーとは大違い。これで燃えるなってほうが無茶だよ! 」
「 ぜぇったい引っ掛かりたくないからな! 」
「 君たちってライバルだったんだ? 」
いや、そんなことはないけどさあ…。
ガラハッドは逡巡した。
でもそう言われてみると、まあ、そうでもあるような。
いくらライバルだと囃し立てられても、何かにつけてマクラーゲンでは相手にならないし、ロジャーとは日頃はぶつからない。セドリックにライバルと評されて、ウィーズリーズのふたりが胸を張ってYESと言うのを、ガラハッドは否定する気になれなかった。
フレッドの袖の破れ具合が、不意に気になってしまった。
自分のやったことだが、改めてまざまざと見ると痛そうである―――――散々悪戯をふっかけられてはきたけれども、自分は彼らに怪我を負わされたことはない。
「 大丈夫か?それ 」
口角をあげるとすぐわかる。そばかすだらけの顔って、とても笑顔が際立つ。
快活に笑ってフレッドは、怪我した腕を自ら突き上げてこう言った。
「 へっちゃらへっちゃら!それより俺は今度から、君らのこと呼びたいとき大広間でこれやりま~す――――…せーの 」
「「 荒ぶる鷹のポーズ 」」
「 ふぁ!? 」
「 ぶっっっは 」
セドリックが吹き出して身を屈めて向こうを向いた。微動だにせず双子は、無駄に鍛えた腕でばかばかしい恰好をしていた。
「 ……っ 」
怪我をさせている手前、ガラハッドはフレッドに対して強く出られない。
言い淀んでいる間に耳が熱くなってしまい、色白生まれの宿痾――――我ながらにっくき赤面症を、よりよってこの場で発現させている自覚があった。
どうして、この中では、俺ひとりだけ、まだ声変わりを迎えていないのか?
こうして立ち上がってしまうと、自分だけ頭一つ小さいし、抗議のために大声を張ると、まるで女の子みたいに見えるかも。
口八丁で知られるガラハッドだが、珍しく今は失速気味だった。恥ずかしさに目を潤ませて、ガラハッドは両手でローブを握って悔しげに言った。
「 ちょっ……俺そんなのじゃ、にゃ…クソ! 」
セドリックのとりなしが苦しい。いっそ一緒になってからかうか、噛んでしまったことを笑ってくれ。
「 俺鷹じゃなくて鷲だから!鷹よりも一回りでかいし!!…ふ、普段は、ぴぎぇ~とか絶対言わないからな!? 」
そうこうしているうちに午前中は終わった。
■今回も元ネタは『紫電改のタカ』。ライバルとのバトルあり、そこから芽生える友情あり、「みんなで協力して、友達の弟を助けてやろう」の回があります。まあ「助ける」というのは、「みんなで“男”にしてやって、立派に特攻させる」ことなんですけどね。爽やか青春漫画なんですよ。ただ突然最終回を迎えます。ある日主人公たちも特攻するので。
■「菜園の三人」「菜園の誓い」…いずれも「桃園」のパロディです。一級上の彼らは武者でいえば初陣の頃、三国志演義であれば、これは義兄弟の杯を交わし、生死を共にする誓いを立てる場面です。