いつになくあざとい仕草で大人を牽制していたガラハッドを、『週刊魔女』の記者を差し置いてパシャリと写真におさめた猛者がいた。
グリフィンドールの一年生の、コリン・クリービーである。あのガラハッド・オリバンダーが日頃絶対にしない表情をおさめたその写真は、奇跡の一枚と呼ばれて高値で取引されたとか…。そしてもちろん、このホグワーツにおいてそういうキナ臭い金の動きを仕切っているのは、ご存知この二人である。
「 おうこらウィーズリーズ 」
翌月ガラハッドは、手を上げる二人に杖を突きつけていた。
飛び上がってセドリックは腕を広げた。
双子はちらっと互いを見た――――杖は一本しかないから、俺たちぶっとばされる確率2分の1。
「 ちょ、ちょっと!君たち、休戦したんじゃなかったの? 」
「 それがなあセドリック――――こいつら、去年の末も僕の決闘をネタに稼いでいたらしいんだよ。何なの?せめて上納金は? 」
「 へ、へえ。申し訳ねえや、親分。 」
「 言い訳させてくだせえや、親分。 」
「 嘘…。ガラハッドが“上納金”とか言うの、僕信じられないんだけど…。 」
セドリックは少々夢見がちだ。芝生に転がっている双子を杖で脅して、セドリックに嘆かれるほどガラハッドはうぶじゃない。
「 僕を誰だと思ってんの? 」
ガラハッドは冗談を言った。
近頃いかにも目が大きいといったような、幼さの記号を捨てつつあるこの少年。
とはいえまだ曲線的な横顔に、大人びた表情の落差が凄い。
悪びれた表情はじゅうぶん可愛くても、ちょっと冗談では済まされないような雰囲気がある。
「「 ブルーマフィアのドン 」」
「 そういうこと 」
ごもっともな掛け合いに、セドリックは独り天を仰いだ。
その日四人はとある取り組みのために集まっていた。ロンの杖を補修するにあたり、足りない断片を補おうというのだ。あの日菜園で華々しく誓ったものの、フレッド・ジョージ・セドリックの三人は季節柄、日頃クディッチの練習に放課後を奪われていた。
その間ガラハッドは通販を使わずに敢えて授業で使う素材をくすねてスネイプの鼻を明かしつつ、杖補修用の接着薬をつくりあげた。しかしフレッドとジョージが弟から預かってきた「かつて杖だったもの」には明らかな不足があり、足りない破片はおそらく、どこかに行ったという“青い車”の中にある。
セドリック持参のピクニックシートのうえで四人は、ころころ転がりつつ秋空にそれぞれの意見を響かせた。それというのも今日はハロウィンなので、クィディッチの練習はどのチームもオフであり、多くの生徒は校内で菓子の強請りあいに執心していたのだ。誰に憚ることなく四人は、存分に校則を破る相談をすることができた。
「 餌で誘き寄せられないかな? 」
大真面目にセドリックは言った。
「 マグル学の授業で見たよね、“ガソリン”。先生の部屋から、あれをちょっと失敬してくるんだ。匂いが強いから、きっと寄ってくるよ。 」
「 ザリガニ釣りじゃないんだから…。 」
「 いやあセドリック、“自動車”って、動物とはまた違うんだ。動くという点では一緒だけど、あいつら自分では餌をとれないのさ。 」
「 そうなの?不思議な乗り物だね。 」
「 禁じられた森が怪しいよな。だって車は見つかってないんだぜ、野生化してるとしたらあそこさ。 」
「 その森をくまなくは探せないから言ったんだよ。 」
フレッドは押し黙った。セドリックの指摘は尤もなので、庇うようにジョージが相手を変えた。
「 ガラハッド、君ダウジングは出来ないのか? 」
「 ええっ? 」
思ってもみないことにガラハッドは声をあげた。
ダウジングって、あの棒きれや振り子で目当てのものを探しだすやつ?
当初のセドリック同様、双子だって大真面目だった。
手近な草をちぎっては投げて、うにゃうにゃとガラハッドはぼやいた。
「 いやいや…君らさ、僕に対して無茶振り激しすぎ。僕は三年だぞ。まだ習ってないよそんなの。 」
「 え、出来ないの?オリバンダー家の跡継ぎなのに? 」
「 やめろよ。あれはああ言うしかなかったんだから。 」
「 占い学でやらなくてもさ、樹の枝を使うのはおたくの十八番だろ?そうだってパパがよく言ってるよ。出来るかもしれないから、試しにやってみろよ。 」
「 無茶言うな。まぐれで物が探せるかよ。 」
言い合いになってセドリックに止められた。
不貞腐れて見上げる天の明るさよ。いつもより遠くなったような秋の空を、雲は幾重にも重なって横切っていく。
どこをとって見ても、空は絶え間なく変化している。
引き続き議論する三人を尻目に、ガラハッドは、寝たまま伸びあがってなんだか感傷に浸っていた。
今日を以て自分は14となる。
こんなふうに生活に関わらないことばかり話題にして、気まぐれに雲を眺めていると、ああ自分は少年時代に戻ってきたのだなと、そんな実感が心くすぐる。
結局のところ四人は、まずは暴れ柳の近辺をよく探すことにした。
獰猛な柳が回収不能にさせているだけで、あの樹の周りには多少なりと、折れてしまった杖の欠片が落ちている可能性があるからだ。車を探すのは至難の業なので、まずはすぐにできることをやろうかという話になった。
そこまではよかったのだが、暴れ柳との対決は想定以上に熾烈を極めた。
「 えええっクソ!なんでだ!?なんで“眠らせ呪文”が効かないんだよ! 」
と、最初に叫んで芝生にのたうったのはフレッド。
彼の放った呪いは、暴れ柳にはまったく効かなかった。
だってそりゃあ、相手は、いつもお世話になってる立派な杖材だもんな――――とガラハッドは、いきなり迂闊に近づかず離れたところで考え込んでいた。
だって無駄に痛い目には遭いたくない。
ひるむことなくジョージが、今度は“制止呪文”を暴れ柳に放った。
「 イモビラス 止まれ! 」
ガラハッドは黙って見ていた―――英国の柳には、日本の温泉街のそれとは多少違うところがある。
渦巻くような幹から出でる枝葉は、地に向かってしなだれていかず、天に向かって真っ直ぐに高く伸びていくのだ。まあ要は、柳は柳でもネコヤナギの類であるということだ。
今が春じゃなくて良かったかもしれない。くらったことはないけれども、暴れ柳ならばあの花までこぞって引っ掻いてきそう。上から振り下ろされる枝の先端は無論細いが、太いところは木刀よりも太い。
「防具がないと無理」と見学を決め込むガラハッドを追い越して、制止呪文を信じたジョージが、ものの見事にぶっ飛ばされていった。
それを追いかけてフレッドはきゃんきゃん吠えるだけだが、セドリックは犠牲を無駄にしなかった。
彼はそろそろと慎重に身を屈めて、暴れ柳の有効打撃範囲のギリギリに迫っていった。
ところが暴れ柳はその意志によって、幹に至るまで自在に捻ることができて、鞭のようにしなることができるらしい。
「 痛ッ!! 」
バシッと重たい嫌な音がした。
顔を歪めてセドリックも、よろよろと安全圏へと戻ってきた。
「 いた、いたたたた、どうだろう?日没を待つっていうのは?樹は大人しくならないかな…。 」
「 いいや柳は月の神木だから、夜こそ元気出してくると思う。 」
「 ええ~。 」
「 そもそもこの樹、なんでここに生えてるんだ? 」
ガラハッドは暴れ柳を指さした。どうしてこんなところに、この種類の木が一本だけ。
なんでも植物というのは大抵群生しているものだし、柳って普通は水辺に生えるものだ。
あくまで作戦を練る姿勢のガラハッドに、セドリックは顔を赤らめた。
「 さっきジョージが制止呪文を使ったよね。今度は、四人同時に唱えてみる? 」
ガラハッドはYESとは言わなかった。悪くない考えだと思うが、成功するとは思えない。
だってまるまる切り倒したら、杖400本ぶんくらいの体積はある木じゃないか。
理屈っぽくガラハッドは言った。
「 ユニコーンの毛は最も良い芯材なんだ。どんな樹の癇癪でも宥めてくれるはず。禁じられた森にいないかな? 」
「 なるほど俺たちもっとヤバい目に遭わなきゃいけないわけね! 」
フレッドが嚙みついた。そうとは言っていないが、まあ結果的に、そういうことになってしまうか。
自分が言い出したことである手前、ガラハッドはそのあとの双子の提案を馬鹿に出来なかった。
獅子舞みたいな方法で、二人はユニコーンになりすまして暴れ柳の周りを歩こうと言い出した。
変身術なら任せろとかなんとか言って、頭頂部から傘ほどの立派な角を生やしたジョージは、自慢げに顎をしゃくった途端バランスを崩し、たちまちすっ転んでいった。
尾を生やしたフレッドが、いそいそとジョージを引き起こした。
自分たちのローブも魔法で白く変えて二人に貸しながら、“号令役”のガラハッドとセドリックはこんな会話をした。もちろん小声でだ。
「 僕に足りないのはさあ… 」
フレッドとジョージの二人は、ボタンを駆使して四人ぶんのローブを繋いでいく。
「僕に足りないのは…」と言ったあとの、セドリックの溜め息は深い。
「 彼らの、こういう発想だと思うんだよ…そして、実行力とね 」
「 君はそのままでいいよセドリック 」
ローブに赤毛が覆われていった。ガラハッドはそうやって完成した、手作り感満載の奇天烈なユニコーンもどきと、何とも言えない感情で見つめあった。
「 うーん… 」
獅子の鬣や山羊の顎髭、馬の顔つきを装ったお面はまあまあ上手いんじゃないかと思うけれども、こんな衣装をつけて地を這うセドリックは、なんというか、ちょっと嫌だ。フレッドとジョージは息ぴったりだが、それぞれが足元を手探って進むので、ユニコーンの足は六本になってしまっていた。
「 ちょっとキモいよな 」
ガラハッドは毎度一言多い。
「ユニークって言おうか」と、セドリックが先手で口論を防いだ。
「 ちぇっ、こいつは違う! 」
這いつくばって地面をまさぐり、木片に似た小石を投げやるのはジョージ。
本物のユニコーンはそんなことしないと思うけど、はたして大丈夫なんだろうか。
「 いいよ、そのまま真っ直ぐ。あと六歩で圏内に入るよ。大丈夫僕らがついてる! 」
チームプレイに慣れたセドリックは頼もしい。
おっかなびっくり前進し始めたユニコーンもどきを、杖を出してガラハッドは、固唾を飲んで見守っていた。
折しも日没が近づいて、黄昏の風が出はじめた。ざわざわと鳴りはじめた梢に、当然だが双子はビクッとした。
「 大丈夫だ! 」
セドリックの檄がとぶ。
「 風が出てきただけ!いいよ、君たちの作戦は大成功! 」
はたしてそうかなとガラハッドは、ひやりとする不安にとり憑かれた。
冷たい風が、背中にくっついたみたいに。
たしかにこれまでになく近づいても、暴れ柳は二人を打ち据えないでいるけれど。
けれども暴れ柳は、じゅうぶんユニコーン(?)を警戒しているようにガラハッドからは見えた。
もう、天は暗くなっている。
聳え立つホグワーツ城を背後に、暴れ柳はおそろしく見えた。
藍色の雲を突く枝は凛然と聳えていて、幹はかたく編まれているよう。
その深い亀裂には今にもデメテルが顕れ、死すべき人の子を冥界に誘い込みそうだ。
「あっ」と双子のどちらかが声をあげて、ガラハッドの心臓もはねた。
折り損ないの割り箸の破片みたいなそれ。ユニコーンの前肢はしっかりと、五本の指で戦利品を握っている。
「 やったぜ!あった!これだ、ここいらに… 」
「 ――――危ない! 」
予感は的中した。
馬脚をあらわしたユニコーンもどきに、暴れ柳の枝が襲いかかった。
セドリックの盾呪文は無駄だ。木そのものには魔法が効かないのだから!
ガラハッドはただちに突風を呼び込み、ぶわっと白いローブをめくりあげて枝に絡みつかせた。
初撃の勢いを封じられて、暴れ柳はますます猛った。
「 やべえ、逃げろ! 」
フレッドの判断だって速い。
けれど彼を失ってジョージは、撤退するどころか前につんのめってしまった。
角が重すぎたのだ。
ゴキッという厭な音を聞いて、ガラハッドは咄嗟に悲鳴をあげた。
「 ジョージ! 」
ところが二発目はなかった。それどころか、役目を終えたローブたちははらはらと、百日紅の種子みたいに地に落ちてきた。
まったくただの柳であるかのように、暴れ柳はぴたりと動きを止めてしまった。
「「「 え…!? 」」」
三人は呆然として、急に動かなくなった枝を見上げた。
「 いてててて、首もげた 」
幹に突きこんでいた角を外して、首を振りふりジョージがぼやいた。
「「「あっ」」」とまたしても少年らの声が揃った。
急いで他の破片を探そうとするジョージの背後には今、黒々とした深い洞穴が姿をあらわしている!
居竦んだのはガラハッドばかりで、フレッドとセドリックの二人は躊躇なくそこへと駆け寄っていった。
フレッドは踊るようにジョージに飛びつき、肩を叩いて穴の中を指さして言った。
「 おい兄弟お手柄だぜ!こいつは隠し通路だ! 」
「 なるほど、この瘤を突けってわけだね 」
「 わぁーお!すっげえ、どこに繋がってるんだこれ!? 」
ジョージは杖で叩いて角を消した。フレッドのほうは尾を生やしたままだが、そちらは邪魔になるものではないから構わないようだ。グリフィンドールの「勇猛さ」って、要するに「無謀さ」だと日頃は思っているけれど、振り向きもせず穴に入っていった双子に、今はガラハッドも憧れるかもしれない…。
「 お、おい…! 」
「 僕らも行ってみようよ 」
セドリックが囁くように言った。
彼に誘われて近づいたが、覗いてみると穴の中は深くて果てが見えない。
入った途端に道が曲がっており、そこを曲がってもすぐにまた曲がっていて、行き先の予想をつけられない。
「 …一本道かな? 」
ガラハッドは振り返った。
昼が終わる。夏が終わる。ハロウィンという日の、陽が沈もうとしている。まさにパーティーが始まろうとしている校舎からは、ランタンの光が漏れ出している――――。
双子たちの度胸はすさまじい。今に中から悲鳴が聞こえて、化け物が出てきたら…なんてことは思わないのだろうか?
ガラハッドは小さく呪文を唱えて、校舎のなかから出てくるものと同じ色の杖灯りをともした。
別に穴の中じゃなくったって、そろそろこういうのが必要な時間だろう。怖いけれど、けれど確かに少しある冒険欲は、こんなときは空腹を超える。
「 わからないな。でももしも一本道じゃなくて、枝分かれしていたら、彼らならば待っていてくれてると思うな。 」
セドリックが静かに言った。
ならば急がなくては。
灰色の目を交わしあって二人が進むと、暴れ柳はまた入り口を閉ざした。
代表的なものはニワトコの樹、リンボクの樹ですが、「この樹は妖精界の入り口であるため、傷つけると妖精に呪われる」という信仰はイギリス各地にあるようですね。『イギリス植物民俗事典』より。
ハロウィンの夜に、傷つけると怒る樹の入り口が開きました。異界の入り口です。