少し考えがまとまり始めると、正直クラブなんか行っている場合じゃなかった。
けれども自分も立ち上げに関わった会なのだから、初回からサボるわけにはいかない。
冬の日暮れはどっぷりと早い。時間に追われながら、ガラハッドは自室でメモを書き散らした。
少しでも書いて残しておくことが、今の明晰な思考をあとでまた続ける手がかりになるだろうから。
すっかり気持ちがはやっていて、いつもの手帳では小さすぎたので、そこらにあった適当な紙に走り書いた。字なんか無茶苦茶だが、自分に読めたらいいのだ。書いた内容はこうだ。
・サラザール・スリザリンはホグワーツを自主的に退出。
・まだ掛け金が低かった。
・分も悪い。三役揃っていた。←また揃えられる?
・魔法界に学校がホグワーツしかないのはわざと
・おそらくスリザリンがそうした←要調査
・秘密の部屋の武器…メドゥーサの盾?他要調査!
・犯人は生徒、低学年も含む
・なぜ石?目的は皆殺し、ではない?
・何回め?学校史、表彰記録
…――――ここまでで時間切れだ!
ガラハッドは、いずれ図書室に持っていく思考メモを放置して、急いで杖を持って寝室を出た。
男子部屋にまで響き渡る声でチョウが、談話室から早く早くとせっついているのだ。
行ってみると、どうしてだかルーナまでぽやんとして立っているが、主にはいつもの四人組が待っていてくれて、みんなで走ってレイブンクロー塔をくだった。松明が照っても薄暗い塔のなかで、明るい声がしんしんとこだました。
「 もう!何やってたの? 」
「 ちょっと考えごと 」
「 ったく不思議ちゃんだよねこいつ~ 」
「 いいじゃない、“ガラハッド卿伝説”の予感! 」
彼らは変わり者に優しい。それでしょっちゅうついて来るんだなこの子と、ちらりとガラハッドはルーナを見やった。
今はにへにへと機嫌よく笑っているが、きっと同級生からは持て余されているんだろう。レイブンクロー寮は個性を貴ぶが、総員子供なので互いに受容できる限界はある。
彼女は、誰彼構わず実在非実在についての神学的議論をふっかけることで知られていて、これの相手ができる一・二年生はいない。みずから除け者にされにいっているようなものだけど、本人は一人は寂しいらしく、長いローブの裾を抱きしめてよく泣いていた。
ふと“嘆きのマートル”のことを思い出してガラハッドは、複雑な思いにとらわれた。
( あいつ、いじめられてたわけだよな。普通に考えたら、いじめてたほうもレイブンクロー生…。 )
死ぬレベルのいじめって、どんなのだろう?あいつ、あそこでリンチにでも遭ったのか――――いやいや、女子ってそこまでするか?
荒れた兵隊じゃあるまいし。
それとも昔はこのホグワーツにも、初年兵いびりみたいな伝統があったのだろうか?
大広間に着くと、そこには想像以上に多くの生徒がいた。
「「「「「 おお~ 」」」」」
レイブンクローから来た六人組は、みんなして感嘆して大きく息をついた。
あのときあの教室にいた生徒の、ゆうに五・六倍は参加者がいて、顧問は複数名に増えていた。
仏頂面のスネイプが、ロックハートと並んでお立ち台に立って彼の笑顔を引きたてており、歩く安心材料として大広間の中心にいた。彼は日頃片っ端から「減点!」と唱えつつ、危険物の鍋吹きこぼれ事件を防いで回っているので、今回もその役割だろう。「良い人選!」とガラハッドは、人垣の向こうに並び立つ教師たちを見上げて手を叩いた。ロックハートは人としてアレだし教師としても少々どころでなく抜けているところがあるので、この人数をひとりで指揮されるのは不安だ。
「 スネイプがいると安心だ――――うんうん、素晴らしい! 」
独り言のつもりだった。
「 ですよね!?ああっ、すみません、ご挨拶が…。こんばんは!ですよね? 」
「 あ、ああ、ドラコ―――――君も来てたのか 」
「 はい!だって面白そうですから!オリバンダー先輩とご一緒できて、スネイプ先生が顧問だなんて最高です!若干目障りな奴らがいますけど!! 」
「 よ~しそのおくち閉じようか 」
可愛けりゃ許されると思うなよ。
ガラハッドがつんっと指先でおでこをつついてやると、たちどころにドラコはおとなしくなった。
色白の頬を紅潮させて、彼は照れ臭そうにおでこを抑えた。
そうやって黙っておけば間違いなく天使なのに、毒を吐き散らかすんだからこの子は。
今朝は辻斬りにあったような思いをさせられたが、腹違いの弟にあたる子を、ガラハッドは心底疎みきれなかった。思ったよりくせ者だったドラコ・マルフォイであるが、マスタングを相手に露骨な階級意識を見せてこちらを抱き込もうとした件は、汽車で話していた「僕、本当は兄弟が欲しかったです」の延長なんだと思う…。
しんみりしてしまったけれど、大広間は明るくて賑わしい。日頃のクィディッチ仲間をみつけて、ロジャーとマーカスたちはどこかへと消えていった。
代わりというわけじゃないけれど、ちょうどあの三人が視界へと飛び込んできた。一揃いの赤毛はよく目立った。背の高いセドリックが、人波を超えてこちらに手を振っているのがわかった。ガラハッドが軽く手をあげてそれに応じていると、隠せない笑みを湛えてドラコは囁いてきた。
「わかっているけど、今はこっちを見て」という顔だ。その瞳はきらきらと輝いていた。
「 ―――“格別のご学友”に出会われましたね? 」
この符牒が通じるのはホグワーツでふたりだけ。
くすっと思わずガラハッドは笑みを溢して、ドラコへと囁き返した。
「 ああ―――お陰様でな 」
「 嬉しいです!本当に、あなたはお目がねにかなったんだ。父上の仰有った通り…! 」
「僕も連れていってください」とドラコは熱っぽく囁いた。あっちにはフレッドとジョージも来るだろうが、はて大丈夫かなとガラハッドは思った。
その躊躇いが救いになった。
ガラハッドのローブの内側に吐息を漏らすように、そっとドラコはその続きを言ったのだ。
「 僕も連れていってください―――――秘密の部屋に!僕は純血です。あなたと同じ、大陸系だ。中世には、ニコラスという先祖もいました。 」
「 ――――!?!? 」
「 おねだりをお許しください 」
美しいフランス語でドラコは言った。
ガラハッドは、ドキッとしたが突きとばすわけにはいかなかった。
秘密の部屋ってまさか、あのホグスミードの襤褸家のことなのか!?と一瞬思ったが、そんなわけもない。
ガラハッドは、衝撃に身を固くしていた。
なんで?なんでそこまで俺のこと犯人だと思えるの!?
俺はてっきり、君のほうが思春期臭い調子乗り方で、“自称スリザリンの継承者”になったんだと思っていたくらいなのに!
ぎゅっと唇を噛みしめて、咄嗟に全否定することを避けた。
「お目がねにかなった」と言ったかこの子は?
俺は、いつの間に誰から査定されたというのだろう?まさか“格別のご学友”から?
ドラコの想定するご学友って、フレッドとジョージ、セドリックのことではない…?
ガラハッドは少し考えた。どんどん人が増えて、もはや五百人以上はいそうなこの大広間の中央では、ロックハートが会の開始を宣言しあれこれ説明をしたりしている――――全然それどころではないので、てんで頭に入ってこないのだが。あああ考えがまとまらない。自分は今、ここでドラコに対して、なんと返事をしておくべきなのだろうか?「秘密の部屋に連れていって」というお願いに対し、「え、どこそれ?」と答えれば疑いは晴れる。けれどそれは逆に、愚策かもしれない。
セドリックは、こちらに自衛したほうがいいと言った。この子は、一体どこまで本気なのだろうか―――?
この子は、こう見えてこちらを試しているのか?
誰かが、このやりとりを見ているはずだ。
ドラコも自分も、スリザリンの継承者ではないからこそ、本物のスリザリンの継承者は、まず一番に疑われやすい我々を利用しようとするはずだ。
一体、どこのどいつだか知らないけども、ガラハッドは、そいつの筋書きには乗ってやるものかと思った。
「 くっくっく 」
とはいえ、今ここでドラコに対して「いいよ」とは言えないし、断ると「なぜ?」攻撃は避けられない。
緊張がまっすぐ唇を横に引かせ、ガラハッドをぎこちなく微笑ませた。
「ほう」とそんな冷笑のガラハッドを見上げ、ドラコは蕩けるような息を吐いた。
「 お願いです、先輩! 」
「 サンザシの樹の子 」
その目は銀色に光った。思わせぶりな演技なら、ガラハッドは得意だった。
ハッとドラコは背筋を正した。ニコッと営業スマイルで、ガラハッドは客あしらいのように言ってやった。
「 だあれが殺したクックロビン?スズメが来たら教えろよ。僕は五月の鳥だから、リンゴの横を通ったさ。 」
「 ―――??? 」
「 君は、芽生えたからにはオーディンの息を浴びてきな。 」
ドラコは目が点になっていた。
ローブを翻して、ガラハッドはその場を立ち去った。
( 焦った~~~! )
ニレの樹に護られる一族の、ひとりめは女だったと謂われる。
トネリコの樹に護られる一族の、ひとりめである男と共に神霊の息吹で樹から人になったのだ。
それが今ではマルフォイとウィーズリーなのだから、連中の歪みあいは犬も食わないとよくギャリックが酒を飲んで嗤っている。杖の一族の唇によって、さもなんだか深い意味のありそうなことを言われて、じゅうぶん離れてから振り返って見ると、ドラコは困惑して立ち尽くしていた。
フッ!ばーかばーか意味なんかあるわけないだろこんな思いつきの台詞に!!!
今のは、正直ただの時間稼ぎだ。精々混乱しやがれ、どっかで俺たちを見張ってる奴!!
ぴりぴりとガラハッドは四方を見回した。今夜の大広間は、いつもの大きなテーブルがないので、いやに広く見えた。
ちょうどみんなうじゃうじゃと動き出して、手頃な決闘相手を探す時間になっていた。
やってみたい気持ちがはやって、ほとんどの子がすでに杖を取り出していた。
イチイにハンノキ、オークにケヤキ――――見覚えのある杖ばかりだ。ギャリック・オリバンダーはマグル生まれの子に杖を売るなと、もしもサラザール・スリザリンが生きていたら、真っ先にうちへとカチコミにきているだろう。自衛のことを考えると、俺が純血主義者なのかそうではないのかは、傍から見てわからないほうが当分は都合がいいはず――――そんな考えごとをしていると、顔つきが険しいのだろうか。近くまで行っても自然に避けられて、ガラハッドは、いつまで経ってもペアができなかった。
同室二人やあの四年生三人組など、あてになりそうな子たちは、みんな見失ってしまった。
「 えー… 」
またしてもぼっち!?
再び振り返ると、ドラコはハリーと向かい合って闘志を燃やしていた。
おうおう程々になと、心配になってガラハッドは監督者を探した。
もちろんロックハートじゃなくて、スネイプのほうをだ。
あのふたりがペアになったことに、彼は気づいているのかなと思って壇上のほうを見やると、なんと、ガラハッドはセブルス・スネイプとばっちり目があってしまった。スネイプは、模範演技用に用意された月の満ち欠けを表す闘技盤のうえから、ガラハッドのほうを公然と睨み下ろして「動くな。お前こそ危険因子だ」という顔をしていた。―――道理で、みんな自分の周りからは逃げていくわけだ。「たしかにそうかもしれん」とガラハッドは、申し開きもなく立ち尽くした…。
( あー…。 )
多分、ここ数年の生徒で、「怖い」で有名なスネイプ教授の目の前で、堂々と人を殴ったことがあるのは自分くらいである。カツカツとスネイプは、靴を踏み鳴らして闘技盤から出てきて、そこらじゅうの生徒を後ずさりさせながら、真っ直ぐにこちらへと近づいてきた。
ガラハッドは逃げ損じた。「やば…」とか思っているあいだに、淡いブルーの天井を背にして、真っ黒い男に間近に聳え立たれてしまったのである。
ガラハッドには、天井に浮かんでいるたくさんの美しい蝋燭たちが、自分を追悼する献灯に見えた。
「 オリバンダー! 」
びりびりと声が響き渡った。今宵のセブルス・スネイプは、隠すつもりもなく高圧的で威嚇的だ。
ガラハッドは、「僕、今日は何もしてませんけど」と言い訳したかったが、今日以外ならばたしかにやったことがあるし、たったいま後輩を騙くらかしたところだ。
おそらくドラコとのやりとりも、スネイプには全部見られていたのであろう。
ガラハッドは、そこらじゅうに視線を彷徨わせながら力なく答えた。
「 はい、何でしょうか 」
「 貴様の相手は我輩だ。決してその杖、他の者に向けんように! 」
「 …うへぇ 」
マジかよ公開処刑じゃん…とガラハッドは、改めて軽く絶望した。
手加減してくれると信じたいが、セブルス・スネイプ――――この男はなかなかの遣い手であるらしく、さっきデモンストレーションで“武装解除呪文”を使い、杖ともどもロックハート本人のほうまでぶっ飛ばしていた。
魔法使いの決闘というのは、レイピア術やタガーナイフ術と一緒で、いかに機先よく回転運動をするかにかかっている。
知識としては知っているものの、西洋剣道のせの字も経験していないガラハッドはド素人だ。
「勘弁してください」とぼやいたものの、虫を見るような目で睨まれ蔑まれお優しく聞き入れられる筈もなく、生け贄にされる羊みたいに、ガラハッドは首の裏の襟を捕まれて、よたよたと闘技盤の上に引きずりあげられた。
しかも、公開で説教された。
クラブの参加者たちの準備が充分に整うまでのあいだ、大広間のど真ん中で、スネイプはネチネチとガラハッドに終わらない小言を言い続けた。どうも機会がなかったから言えなかっただけで、ここ三年ぶん説教欲を溜めていたようだ。
スネイプは、かつて憧れた先輩に生き写しのこの息子に、グレイス・オリバンダーのイメージを崩すようなことを絶対にしてほしくなかった。
「 いいか?決して“武装解除呪文”以外を使ってはならん。さすればそれは決闘ではなく、卑しい競り合いへと成り下がる!勿論こぶしは使うな。猿ではないのだ我々は。人としての名前を汚すな。品位ある振る舞いに徹しろ。決闘術というのは―――― 」
「 ―――…。 」
はいはいはいはいもういいもういい!
そういう講釈なら負けないぞ。こちとら腐っても坊主じゃい!師範の物真似をまじえて剣の道の心構え、とことん説法してやるからな!?と、思うだけにとどめる俺ああ偉い!
そう念じてガラハッドはこっくり頷いた。地蔵のように穏やかなガラハッドの表情に、スネイプはどこか悔しげである。
にこやかなロックハートによって二人は引き離された。どの参加者も練習のペアをみつけ、機は満ちていた。
( あ゛~~~~、ちくしょう )
盤のうえの所定の場所に立たされながら、精々奥歯噛み締めないとな…と、しらけた眼差しでガラハッドは思っていた。
日本剣道の経験がここで活きるとすれば、「あ、くらう」とわかった瞬間、歯ァくいしばってケツに力いれて、仮に面を打たれても目に光飛ばさないことくらいだ。対の位置に立つスネイプの杖の忠誠心は高く、彼は、その杖と共にかなりの艱難を越え歩んできたらしいとわかった。けれど、何を怖れようか。ガラハッドは、じゅうぶん憂鬱だったが別に緊張はしていなかった。
なんせ自分は、「ぶっとばされ慣れ」に関していえばホグワーツどころか、きっと魔法界随一だと心底思っている。
ハハハ懐かしいなあ――――殺生の業を背負う者同士、始終果たしあったすえに日に三度帝釈天に焼かれていたので、今更杖握るスネイプの睨み程度、蚤の足一本ぶんも怖いはずがない。ガラハッドは、へらへらと笑って返してやってもいいくらいだったが、相手の神経を逆撫でするのは、礼節に反するなと思った。
そこでスネイプの真似をして、杖手を前にして半身に構え、手首のスナップが効くかどうかを確かめた。
遠山の目付でスネイプを見て、特定の一点に集中しないようにした。
「 ―――…! 」
スネイプのほうは、そんなガラハッドの仕草にたしかな決闘術の素養と、命の遣り取りへの慣れを感じる。
ムッツリとした面差しの裏で、ますます警戒心を肥やし育てていた。
能天気を極めたロックハートが、歌手か何かのようにいきいきと声量をあげていった。
決闘始めの合図すらもこの男は、陽気なカウントダウンパーティーへと変えてしまう。
「 相手と向き合って、そして礼! 」
闘う気のある者というのは、頭を下げたところで、目線までは下げないものだ。
互いに最低限の動きで、向いあう二人は挨拶をした。
スネイプと背中合わせになりながら、ガラハッドはせめてもの戦法を考えていた。
( 背丈の差を利用していく?いや、これは見越されてるだろうな――――でも横に動くよりは、間合いに飛び込むほうが…。 )
怯ませたらやりあえる可能性は高まる。ルールの範囲内で出来ることはやっていこうと、ガラハッドは決意を固めた。
いよいよその時はやってきた。
「 互いに二十歩離れますよ――――杖を構えて!私が三つ数えたら、相手の武器を取り上げる術をかけなさい。三、二… 」
一。
そのカウントと同時に、二色のローブが盤上に翻った。
「ひゃあ!?」と叫んでロックハートは、レフリー役を投げ出して闘技盤から逃げ出した。
「 インセンディオ! 」
ただちに床に転がったガラハッドの上を、スネイプの放った光線が通りすぎ、盤外のシェーマス・フィネガンに当たった。
みずからを青く燃え上がらせて火達磨で飛び込んできたガラハッドに、驚いたスネイプはたたらを踏むも、即座に切り返して光線は激突した。
「 エクスペリアームス! 」
「 カーベイニミカム! 」
パッと二人は離れあった。
スネイプが先読みした方向とは逆回転して、ガラハッドは次の光線も避けた。
だがそこまでだった。
最初の一太刀に賭けていたガラハッドは、戦い慣れたスネイプを杖先にとらえられない。
( 開心!レジリメンス! )
いよいよ光線を浴びた。
「 ―――ッ!? 」
ハッと覚えのある感覚に、ガラハッドは目で負けずに奥歯を軋ませる。
あ の 外 法 術 だ 。
ガラハッドは、以前にもこれをかけられたことがあった―――――去年の今頃に、アルバス・ダンブルドアから!ローブを舐めていた炎が、カッと肌を焼いて痛みがガラハッドを叫ばしめた。
「 オン!オン・ハンドマ・ダラ・アボキャ・ジャヤニ・ソロソロ――――ソワカッ!! 」
目を焼くような蓮華がひととき月蝕の盤上に現れた。
黄金の花弁とも投げ縄とも見えた何かが、ガラハッドを捉えて逆に解き放った。
見も知らぬ開心術からの逃れ方に、スネイプの判断は刹那遅れた。
盤外のちょっとした地獄の一郭では、最初の開心光線を浴びたシェーマス・フィネガンが、ラベンダー・ブラウンへの愛を叫び回っていた。
スネイプとて混乱するのだ。そこをガラハッドは逃さなかった。
「 ノウマク・サマンダ・ボダナン・キャナヤ・バンジャ・ソハタヤ・ソワカ!帰命し奉る!噛砕せよ粉砕せよ破壊せよ、馬頭明王尊! 」
閃光が炸裂した。このとき目を開けていた者は、誰も何も見えなかった。
ただばーんという大きな音を聞いて、だんだん視力が戻ってきたとき、閉ざされていた玄関ホールに続くドアにセブルス・スネイプが、何人かを背に巻き込んでぶつかり、ひしゃげて、割れ卵のように失神しているのを見た。
無事ではないのはガラハッドも一緒だった。彼は、「うおおえええ」とその場で丸くなり、まだ目の見えないうちから緑色のゲロを吐いていた。
わずかな時間とはいえ、身の丈のわりに強大な存在を鉤召しすぎて、あやうく空に還るところだったのだ。
馬頭明王は観音菩薩の変化身だ。現世に応じる仏だというのは、本当だったらしいが、ゲロとしゃっくりに苦しみながら、ガラハッドはスネイプの身を案じた。まさか菩薩様が命までとるわけがないが、骨の10本か20本くらいはやられて、仏性を叩き込まれていそうだ―――――なんせ畜生をも教化する、馬頭明王尊身である。“綺麗なスネイプ”、一丁あがり!?それはそれで嫌だなと思っていた。
そういえば背中など火傷しているし、あまりにもボロボロで勝者っぽくない。
一応ロックハートが、かつてのクィレルみたいな口ぶりで、盤外からガラハッドの勝利をかぼそく宣言した。えげつない音を聞きつけてやってきたマクゴナガル先生に、たちまちガラハッドはぴょーんと吊るされ、その他大勢の怪我人と共に空中を輸送された。
大広間は大騒ぎだった。ちょうどそのころ二年生のエース対決は、泥沼にもつれ込み、辺りには蛇が放たれていたのだ。
そのときレイブンクロー寮の扉は開かれ、少女はガラハッドのメモだけを盗んでいった。
■マザーグースと組み合わせた「ぼくは五月の鳥だから、林檎の横を通ったさ」…寺山修司の『われに五月を』「チェホフ祭」からです。過激すぎて改題される前の「チェホフ祭」のタイトルは「父還せ」。寺山修司の世界では、林檎の樹に血の滲むアジア地図が貼ってあって、汽車が通りすぎると揺れます。「電車」と「汽車」は違います。汽車のほうが父の死に結びついているようです。
■「魂を賭けよう」は花京院の台詞。圧倒的なパワーと精密性で敵をぶっ飛ばすのは承太郎のファイトスタイルです。初期はコントロールできずにいました。