いよいよ日が改まるという刻限に、ガラハッドはギャリックに学校の話をした。
ギャリックは、何一つ面白くないという顔でちびちびと酒を舐めていたが、ガラハッドが話を終えるとゆっくりと唸りはじめた。
「 実に――――実にアホくさい。どいつもこいつも杖がなくては小人と変わらんくせに、なァ~にを一丁前に血だのなんだのと… 」
「 うんそれ言うと思った 」
「 わしの母親はマグルじゃ。どいつが、そ~れを理由にわしの杖を手離せるんじゃ?まったくアホくさい。アホくさい…実にアホくさい…耳が腐っちまわあ! 」
ギャリックは癇癪を起こして、はぜている暖炉の火に向けて吼えた。
竦みあがって薪は崩れたし、とりなしてカーテンがひとりでに揺れた。
家が、主人の不機嫌を察知して、不安そうに高いところからみしみしと鳴った。
オリバンダーの店の住居部は、木のうろに窓と煙突をつけたような構造である。
吹き抜けのリビングの天井はどうなっているやら、ガラハッドもいまいち知らなかった。
いつでもそこはほの暗くて、きっと何かが棲みついている――――。
「 でも、アホくさいことにも対処しないといけないでしょ?僕、今年しみじみ痛感した。最古の家系って面倒くさいね。 」
「 ったく面倒しかねえ。大体、本当に最古なわけがあるかい。きっと我々のご先祖以外は、字が書けんでモノを遺さなかったのよ。それだけじゃ!もっと古くから魔法使いはおるわい。 」
「 紀元前に? 」
「 いんや、いくら早くても2世紀 」
「 ああ、ローマのブリタニア侵攻の――――まあ、たしかに、その頃のブリテンってね… 」
「 わしらは所詮虜囚の裔じゃ。そういうつもりでおったら、恥を忘れんで済む。名誉や栄光があったら、アテナイを離れてまでオリーブにすがるもんかね。 」
フン、とギャリックは鼻を鳴らした。
言いながら、いらいらとグラスを指で弾いていた。
こんなことを言ってるがギャリックはワインを飲まないし、血管にはアイラウイスキーが流れているよなとガラハッドは思った。黙っていても色々思い出しているとみえて、ぷんぷんとギャリックはキレ散らかしていった。よくあることなので、ガラハッドは気にしなかった。
「 ねえところで、うちの先祖ってブリテンに“アイギス”を持ってはこなかったのかな?アーテナーにまつわる道具といえば、オリーブの樹とアイギスでしょ! 」
「 知るかッそんなもんあったとしてな、とうに借金で質流れじゃわい! 」
「 …ですよね~。記録とかはないの? 」
「 オリバンダーの家宝はなァ――――昔からおつむと腕一本!それ以上は腹を腐らせる 」
「 そっか~ 」
「 すっとぼけた返事してるんじゃねえぞ 」
酔った目で睨みつけられてガラハッドは退散した。
「 ちぇッ 」
居間を囲んで弧を描く階段を駆け上がり、この家での自室へとひっこんだ。
困ったなあ。秘密の部屋に置いてありそうな武器の、第一候補はアイギスこと、見た者を石へと変える怪物“メドゥーサ”の首を嵌め込んだ盾だったのに。ドラコが矢鱈こちらにこだわるのも、てっきりオリバンダーがギリシャルーツだからだと思っていた。
そうでないならば何なのだ。
いやいやご先祖が書いて残していないからギャリックが知らずにおり、うちとはすっかり縁が切れているだけで、サラザール・スリザリンが秘密の部屋に置いている武器は、やっぱりアイギスしか考えられない。だって蛇だもの、メドゥーサの髪の毛は!ならば、攻略法は神話の通りであろう。問題は誰なのかということだ――――その盾をもちいる者、コリン・クリービー石化事件の犯人という意味での、真のスリザリンの継承者は。
冬休みのあいだじっくりと、ガラハッドは落ち着いて考えを深めていた。
その夜ガラハッドはデスクに肘をついて、雪降るダイアゴン横丁を長いこと眺めた。
夜半すぎても街灯は輝いていたが、買い物客の足跡は夢のように消えていった。
「 …はぁ 」
思うに、犯人は生徒だ。
それも幼い生徒か、マグル界育ちの生徒である。
そうに決まっているということは、いま、部屋に流れるラジオ番組からもわかる。
さっきから《オールナイトMUK》では、妖女シスターズのマイロンが特別にクリスマスソングを歌っている―――――彼はマグル生まれだ。魔法界育ちのガラハッドは、このバンドのことならファンというわけでなくても知っているし、もしも自分が過激な純血主義者であったなら、いの一番に彼・マグル生まれのポップスター・妖女シスターズのマイロン・ワグテイルを狙う。
( ――――それも放送中にな )
知られたこの声で悲鳴をあげさせる。
そして、日刊預言者新聞の一面を飾り、魔法界を震撼せしめてやろう。
どうせ手が後ろに回ることをして、どこかの壁におどろおどろしく文字を書くなら、それくらいはやらないとな…と、ガラハッドなんかは思うのだ。ところが犯人はせいぜいホグワーツ内部で、創設者がらみの暗い伝承――――ようは“学校の怪談”に便乗しているだけで、外では何もしていないから、まあ子供だろう。
ろくに味方がいなくて、テロリズムの手法しかとれないくせに、やることが小さく収まりすぎている。
おそらく単独犯で、孤独なのだろう。
秘密の部屋をサロン化して、しっぽり愉しむ仲間すら持たず、“スリザリンの継承者”を自認する延長で、たかがマグル生まれの子供を恥ずかしげもなく“敵”と呼んでいる。
ガラハッドの感覚では、もしも自分が継承者だったとして、コリン・クリービーなんかを敵として数えるわけがない。
いくら頭が良くたって、ノクターン横丁ひとつ一人では歩けそうにない、ハーマイオニー・グレンジャーなんかも、そうだ。
何を奪いあえば、人は彼ら彼女らを脅威だとみなすことになる?
あるいは、憎たらしい競合者だとみなす?
考えるほどに犯人像は明確になっていく。
犯人は、マグル生まれの子供をある意味互角の存在として憎んでいることから、彼らと同じ条件で魔法界に飛び込み居場所を探している、血統の力でたまさか誇りだけは持てる、孤児である可能性が高い。
ガラハッドにはよくわかる。「誰かに手をかけるには、見下し以上の感情が必要だ」と…。
それは多くの場合、悲愴感と、嫉妬だ。
やらなければやられるという感覚が人に一線を越えさせるし、痛み悲しみが他人のものを奪いたくさせる。
ホグワーツにやってくるマグル生まれの子は、みんな小学校に通っていたから、一定成績がよく、親たちからよくしつけられ、その可能性を信じられて送り出された「愛されている子供」ばかりだ。その愛が欲しくても得られない子には、どれほど妬ましいことだろう。
ガラハッドは、苦悶していった。
どうしても、ある一人の少年の存在を、脳裏から消し去れずにいたのだ。
真夜中の校舎で泣いている、さみしがりで甘えん坊で、痩せっぽちのハリー・ポッター。
不思議の世界にやってきた、よくいる名前の男の子。
「すべての条件」に彼は当てはまってしまう。
しかもあの少年は、パーセルマウスなのだという。
蛇舌ほど“スリザリンの継承者”らしい要素なんてない。
昨日トイレで間近に接したとき、実際のところガラハッドは、ハリーのことをまっすぐに見られなかった。
「 ――――まさかな 」
ガラハッドはひとりごちた。
あの子は純真すぎるって、賢者の石の件で感じたのは俺自身なのに。
全部、勘違いだったのか?
あれは、過去の姿か?今でもハリー・ポッターは、あの底知れない闇に堕ちていきそうな表情を浮かべることがあるのだろうか。―――みぞの鏡にすがったときみたいに。
ガラハッドにはわからない。
ただ、もしもあの子が犯人なのだとしたら、あの日から今まで、彼を繋ぎ止めるための愛が足りなかったのだろう。
寒さの侵入を防いで、オリーブ色のカーテンをひいた。
暗くなった室内で、「きついな…」とガラハッドは、自分の出した結論に苦く呻いていた。
■「オリバンダー家に家宝はない」は本作の独自設定です。この点以外はすべて原作から読み取れることです。原作1巻でオリバンダー翁につけられている形容語は、女神アテナにつける枕詞と一緒ですよね。
■樹木信仰の祭司である「森の王」がギリシャ・ローマの「逃亡奴隷」であるというのは、『金枝篇』からの流用です。