ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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反転

 

みなしごから嫉妬や悲愴感を取り去ってやれるタイプの愛について、俺は、そのむかし親からじゅうぶんに与えられた気がするけれども、正直、よく覚えていない。

ただ多分、俺が癒えぬ欠乏感を抱えずに、一度死んでまでまだのんびり生きているということこそが、両親の偉大さの証だろう。

 

悔やむべきは、俺は、最後に母親の心を踏みにじってしまったこと。

 

国防婦人会の長をしていたくせに、母は俺の檀家への挨拶を聞いて涙を滲ませたので、俺は、自分の余裕のなさを母にぶつけて、別れの日にきつくなじってしまった。

出征は、鎮護国家のために命を懸けることにして、すなわち修験の大行、弘法大師の示された道に同じ。

なぜ喜んで送り出してくれんのですかと、鬼子母神の業を負ってはならんと、俺は精一杯言い張ってしまった。

散々檀家の青年を送り出して墓に名前を刻ませておきながら、我が子の出征に泣いてはならないことくらい、母は重々、わかっていただろうに…。

 

あの頃本土にまで敵機がやってきて、神国日本の人々は、みんなうっすらおかしかった。

冷静に考えればそれは「奴等」が日本近海を獲ったということで、それくらい、俺は学があるから、ちゃーんと、わかっていた。

けれど、俺は先生が好きだった。先生が言うならば、どんなときでも希望があると思えた。そんな、学問を志した俺に、あの先生は、こうおっしゃったんだ。

 

 

 

『 神軍 天降る

     ますら雄の わかるる時は

        いさぎよく わかるるといふぞ 』

 

 

 

いでさらば、今は訣れむ。

 

ある夜、ほたるのようにゆっくりと、花開くように流星が落ちていった。

夢のように美しかったあれは、焼夷弾。

還俗し、山を降りなければと思った。

ただ祈っていたってこの国は、護られないのだから。

 

折しも届いた徴兵検査通達書。

 

実家を目指した汽車は、それぞれ帰省する学徒で溢れていて――――ここでひよってるような奴は、“男”なんかじゃない。

そういう空気が街全体でも出来上がっていた。

最後の帰省は、楽しかった。高校の仲間で技師などやっていた奴らからは、安芸に長門に戦艦大和、呉の秘密の海軍工廠には、“とびっきり”が錨を並べているが、ただ少し、燃料がないのだと――――もちろんこれは機密だから、秘密の出迎えで聞かされて…。

 

 

俺は、それならばと全部わかったうえで、ふるさとのために俺に出来ることを尽くしたのだ。

目的は時間稼ぎであり果ては玉砕だと、わからないで征ったわけがない。

わかっていなかったら、精々どこまでも逃げたかもしれない。

でも、できれば男になりたかったから。

 

あいつらが、必ずやってくれると信じて、いつまでも子供ではいられないから、俺は戦地へと征った。

 

きっと、先生は俺たちを覚えてはいないだろう。

 

 

母は、彼女は、あのあとどう生きたのだろうか?

今は他人という身のうえになっているから、ひどく冷静に過去のことを見つめられる。

 

彼女すら、死んだ俺に、回向をあげてはくれなかった。

どうも八月の朝に消えるまで、彼女は息子が生きていると信じていたようだ。

 

彼女は、俺を愛してくれたから、みずから覚悟して業を負ったのだろう。

たとえ千の子の亡骸を積んだとしても、我が想う子だけは助かるよう、誓願を尽くして。

神仏の加護を確信して、そうやって――――さながら“魔女”になった。

彼女は地獄のどこにいるんだろう?

たぶん、安達ケ原の鬼女と同じところじゃないか。

 

 

( ――――犯人はハリーかも。でも、ハーマイオニーのためには信じてやりたいな。無実だって…。 )

 

 

ガラハッドは苦く思い出していた。

 

こんなときダンブルドアならば、「信じる」と断言できるんだろうか?

たまたま対立したけれども、スネイプは悪くないと思うのだ。

だってほら、普通はこういうとき、誰が相手であれ十割は信じられない。真実を確かめるため、できることをしようとする。

 

 

他に誰が、「あの条件」にあてはまるだろうか?

 

 

約千人の生徒の身の上を、ガラハッドは全員知っているわけではない。犯人はハリー・ポッターだと、決めつけるのはひどく性急だ。

はてさて他にみなしごはいないかと、調べるにあたって杖店の帳簿とギャリックという存在は、不完全ながらひどく都合が良かった。「この杖の持ち主の親はどういう人?」と、みんなにクリスマスプレゼントを用意しながら、ガラハッドが興味本意を装って尋ねると、ギャリックは不死鳥の羽をしごきながら、多少は近況をまじえて教えてくれたのだ。

 

ブレーズ・ザビニ

ロイ・マスタング

ルーナ・ラブグッド

ネビル・ロングボトム

エリザベス・ホークアイ

 

少なくともこの四人は、欠損家庭だ。つまり要調査。

ガラハッドは、自分がかなり酷い目のつけかたで、容疑者をしぼりこんでいっている自覚があった。

だってこの基準でいうならさっき駅まで送ってきてくれた、近所のフローリアン・フォーテスキューなんか一番に名を挙げられなければならない。彼の善性ときたら、もう卒業して二年も経つのに、駅では後輩らを「会えて嬉しい」と次々にはしゃがせて、冬でも晴れさせるのに…だ。

 

「 いい天気。一月じゃないみたい! 」

 

 

傍らでセドリックは笑っている。ふたりきりのコンパートメントで、ふたりはホグワーツに帰る。

 

「 フローリアンに会えるなんて!フレッドたちも来ればよかったのに。トンクスは、元気にしているのかな。 」

 

「 きっとな。今は、立派な闇祓いになるために頑張ってるんだって。 」

 

揺れる汽車は明るかった。

 

 

 

 

さてガラハッドがホグワーツに戻ると、グリフィンドール二年のハーマイオニーは、珍妙なことになっていた。「ブルストロードの毛だと思ったら、猫の毛だったんだよ」とハリーが教えてくれた。絶対姿を見せてくれないらしいので、ハリーとロンと一緒に医務室の入り口に鈴なりになって、ガラハッドは慎重に言葉を選んだ。

 

「 あ~~~えっと、明けましておめでとう。お気の毒に。きっと今、可愛らしくなりすぎてるんだね…クリスマスプレゼントありがとう。 」

 

「ご両親からも」とガラハッドは付け足した。言いたかったのは、主にこの部分だ。

 

「 便利なマグル文具いただいちゃった。三色ボールペン最高!こんな便利なものが普及してない魔法界、意味わかんない。大喜びしておりますって、君からもご両親によろしくお伝えください。 」

 

「 パパには言わないでね!?変なこと書いて送ったら、許さないんだから――――私は、元気ってことにしておいて!! 」

 

「 うん実際、元気は元気そうだよね 」

 

「 シャーッ 」

 

月曜には戻れるといいんだけど…と力なくロンがぼやいた。

心配顔で医務室をあとにし、優しい子なんだなと思ったら、ハリーと顔を見合わせながら、こうだ。

 

「 数週間は入院が続くんだって。あいつ多分、一日でも授業を休んだら、狂っちゃうのに。 」

 

 

あ、やっぱこいつフレジョの弟だわ。ガラハッドとしては、俄然ロンへの話しやすさが高まった。

 

「 ああ見えて不安なんじゃないか?ちゃんとついていけるのか。 」

 

「 ついていけるかだって?ハーマイオニー以上によく出来る魔女はいないよ! 」

 

「 物知りになることで頑張ってるんだよ彼女は。そうじゃないと毎日、そこらで悲鳴あげてるよ。ほらたとえば、煙突飛行とか――――僕らにとっては当たり前ながらホグワーツにはないもののこと、あの子は教わらずに、“知ってる顔”しなきゃいけないわけだしさ? 」

 

「 僕、煙突飛行に失敗した 」

 

ボソッとハリーが先を歩きながらぼやいた。ロンとガラハッドふたりの会話に、背を向けたままいきなり入ってきた形だ。

 

「 ―――へえ? 」

 

ハリーはこちらを振り向かない。

ああさては彼らのほうの「潜入」の成果も、あまりかんばしくはなかったな。

ガラハッドは詳しく聞きたかったが、曲がり角のむこうに誰がいるかわからない廊下では、質問できなかった。

 

「 ロン、あれはハーマイオニーだって、初めてはきっと噎せちゃうものだよ! 」

 

「 そうかあ~? 」

 

「 ノクターン横丁?っていうところに着いたんだよね… 」

 

「 ああ裏筋の。ははは『ン横丁』は合ってたんじゃないか。それなら半分成功だ 」

 

「 うん、まあ―――なんか、すごく陰気なところだった 」

 

「 怖かった?でも、大丈夫だっただろ? 」

 

ぽんとガラハッドはハリーに追いついて、ハリーの肩を抱くように叩いた。

ロジャーがよくやっている仕草だ。彼の声かけの上手さを、ガラハッドはずっと前から買っている。

驚いたようにハリーは、パッと顔をあげて緑の目をぱちぱち瞬かせた。

ガラハッドは笑いかけた。たかが数十ヤードの迷子でも、この子にとっては不安だっただろう。そして、不安を吐き出せる年齢でもない。精いっぱい虚勢を張って、頑張ってしまう12才だ。

大抵、ちょっと憎たらしい。

ハリーは、例に洩れず唇を尖らせて言った。

 

「 君って、本当に何年生のつもり?三つの子じゃないんだよ、僕は。 」

 

「 え~、僕、君が生後一万日になるくらいまでは、このノリでいこうかな。 」

 

生後一万日児って、何才だと思う?

ガラハッドはそう尋ねかけた。多分、これに関してはロンよりハリーのほうが強い。

ちょっと立ち止まって指を折ったあとに、ハリーは「うげっ」と大きな声を出した。

怪訝そうにロンは、最初から計算もしないでそんなハリーを見やっていた。

 

「 三十才近いじゃないか!ねえちょっと、君って、なんで僕のことトコトン舐めてるんだい!?あ゛~ッ変、もう、このギリシャ人…! 」

 

「 はいはいそういうこと言わないの。ドラコと変わらないぞそれじゃあ。 」

 

「 はあ!?アイツと一緒にしないでよ! 」

 

「 気をつけろ――――アイツ、マジでキモいぜ。ガラハッドのこと、好きすぎ。アイツずっと談話室で、『オリバンダー先輩の仰有ったことの意味とは~』って話を繰り返ししてた。 」

 

ロンはしかめっ面で舌を突き出した。

たしかにそれはクリスマスにおサムい話だ。苦笑いでガラハッドはハリーから離れた。

ドラコと同じ扱いをされて、ハリーはすっかり怒ってしまっている。

 

「 どうせまた『布団のなかで考えとけ』とか言ったんでしょ。どこへでも説教してまわってるな、君は!結局君も純血主義なんじゃないの?旧い家の子の杖はあれこれ褒めてさ!僕には不吉なことを言ったのに! 」

 

「 うーんそれ、僕以外の人の発言がかなり混じってるよな。僕、君と杖の話をしたことあるか? 」

 

ガラハッドは苦笑した。率直に返してしまったけれど、不機嫌な人を正論で言い負かすのは愚策だ。適当に笑って誤魔化して、少し離れて歩いた。

ハリーの杖の「不思議さ」についてなら、ガラハッドは二年前にギャリックからたっぷりと聞かされたものだ。それぞれの芯材は同じ鳥の羽、比翼の関係にハリーとヴォルデモート卿の杖はあるらしい。だがそれを度外視すれば――――というか、「選ばれる側」である人間がどういう者かに関係なく、「選ぶ側」の杖は――――基本、全部善い。善いものだから売り物にしているわけで、たとえば質の悪いリンボク材なんかは、持ち主を黒魔術へと誘うからオリバンダーでは扱っていない。どこからどう説明すべきかなと、ガラハッドは少しのあいだ迷った。

 

「 不死鳥の力は知ってるな?ヒイラギの樹は犠牲の樹。血と憐れみ、不和と人間性、みずからは裂けようとも限りなき愛で仕える者を庇護する樹だよ。油を注がれしイエス、タラニス、トール神に通じる―――――ああ、君のそれは、そういう印なのかもしれないよな。 」

 

つん、とガラハッドはハリーの額をつついた。

べちっと音が鳴るほど、紅くなって急いでハリーはおでこを押さえた。

 

「 不思議だな。そいつは、ヴォルデモート卿を退散させる印なんだろ?“タラニスの雷撃”で奴は滅びたんだ。タラニスは争いの神なのに、ヴォルデモートは奉じなかったのかな。奉じた神に、焼かれることもあるのかな―――― 」

 

「 この傷はきっと母さんがつけたんだよ!ヴォルデモートじゃない! 」

 

「 ますます不思議だ。君の母さんは、ヴォルデモートの杖材を知っていて、イチイの樹の力を封じたってこと?杖師の知識があったのかな?まあうちの母親と関わりがあったなら、有り得る話か。やり手の魔女だなあ。 」

 

ふと思うところあって、ガラハッドは沈黙した。

そうか、樹木信仰を受け継ぐこのケルト・ゲルマンの大地にも、仏法はあまねく在るし因果は応報している。

人々に魔法を使わせる神霊は、ただ人に優しいわけではない筈だ。

その者が杖による導きに背くなら、必ずや報いを与える。

魔法って、つまりは呪術なんだもの。

そう理解すると急に、ぞくりとするじゃないか…。

 

降霊術に長けるイチイの杖の持ち主が、死者を蔑ろにし続けたらどうなるんだろう?ハリーはすっかりおとなしくなって、再びおでこをさらけだしていた。

 

力宿す額はお釈迦様みたいだねと、かつては思ったものだけど、近頃はガラハッドもモノがわかってきたもんで、もう別に尊いとは思えない。そいつはルーン文字だ――――太陽と稲妻の天空神、戦の神タラニスを召喚する鉤召印だ。

血に餓えし神だ。

最も力があるが、夏至祭の生贄なしには、来訪しない神。

ご都合の良い展開なんて、魔法の世界にも存在しない。

古来魔女の呪いは、その嘆きが深いほど強くなる。

ガラハッドは不意に、鬼女が赤子に爪をたてるのを想像した。

 

「 ―――ッ 」

 

三人が来た場所は踊り場だったので、そこにはちょうど鏡があった。

ガラハッドはその鏡を見た。

なんだか、眩暈がしてしまう…

 

反転する。。るす転反

自分が見ていたものは、幻か?

魔法に夢を見るなんて、そんなの子供だけだろう。

この世界は本当は、とても怖いところなんだ。

豊かさに目が眩んでいただけ――――。

 

 

 

ガラハッドは適当に理由をつけて、自分の部屋へと帰りたくなっていた。

彼は、今ひどく独特の表情をしていて、ハリーとロンを驚かせた。

二人はこのあと彼が何をする気かを直感した。

 

冷たい鏡面に手をついて、「じゃあな」と短くガラハッド・オリバンダーは言った。

次の瞬間にはもう彼はいなかった。

 

「 うぇ―――!? 」

 

叫んだのはロン。

ハリーとロンは駆け寄って、二人でまじまじと鏡を覗きこんだ。

鏡のなかで二人は、自分たちの背後にガラハッドの後ろ姿があるのを認めた。

振り向いたけれど、そこには誰もいなかった。

再び振り向いたとき、鏡のなかにも彼の姿はもうなかった。

 

あたりには、不気味な空虚さだけが閑散と漂うのだった。

 

「 …行っちゃったね 」

 

ハリーの声は震えた。

ユーモアとジョークを取り去ったら、ガラハッドの使う魔法はドキッとするものだ。

赤毛をかきむしってロンは、あっけらかんと悔しがった。

 

「 マジか。こういうパターンもあるのか。やっばいなァあの人! 」

 

ハリーは、彼の消えていった鏡にそっと触れてみた。

冷たくて硬い手触り。

入れるはずもなくて、拒絶された気がした。

 

「 いっそガラハッドのことは、ゴーストだと思えばいいのかもしれない。ニックほどグロくないし、マートルよりははるかに話が合うだろ?人間だと思うから調子が狂うんだよ! 」

 

ロンは鼻の頭をこすった。

ハリーはすぐに言葉が出なくて、むっつりした表情で頷くばかりだった。

 

「 あの話しぶりも、なんだか、年齢不詳でゴーストっぽいよ。ジョージたちはそんなことないって言うけどさ。 」

 

「 ねえ、ねえ…マルフォイの奴を信じるわけじゃないよ?でも、もしも彼が“そう”だったら――――手に負えないと思わない? 」

 

「 ああ、俺たちじゃあ、降参だよ。先生たちも手を焼くわけだ。あの方法で移動されたんじゃ、そりゃあ足もつかない。 」

 

「 あの地図は正しかった、けど…――――どうする?ハーマイオニーは、信じてるよ。彼は有り得ないって。 」

 

「 わざと最後に残されてるんじゃないかな?自分に都合の良い、信奉者だから。 」

 

「 彼だっていう証拠はないけどね。 」

 

「 でもさ、いちいち誰が純血かそうじゃないか、詳しく把握してるのはアイツくらいだぜ?みんな()()()杖を買いにいくんだから! 」

 

「 ―――…。 」

 

そうじゃない子もいるよ此処にと思ったが、ハリーはわざわざ言わなかった。

ガラハッドが他では知り得ないことを知れる立場にある点について、ロンの言うことは尤もだ。

 

スネイプをくだし、マルフォイに崇拝される、ホグワーツで最も生徒の個人情報を把握しうる者。

 

そんなガラハッド・オリバンダーは、陽気な奇才として知られている割に、ひどくシビアで現実的な面をもつ、どこか影のある人物だとハリー・ポッターは思うのだ。彼は、驚くほど敏い優しさで、蕩けそうな言葉を聞かせてくれることもある。優しくされてばかりの、ハーマイオニーが彼を慕うのはよくわかる…。

でも、それって踊らされてるんじゃないか?

彼の本心って、本当に全然わからない。

いつのまにか不興を買って、結果的に突然、手のひらを返されるかもしれない。

ガラハッドに賢者の石を突き返されたことを、実は今になってもハリーは、ロンとハーマイオニーに対して言えていない。

だって彼らは自分に付き合って、怪我だってしたのに悪いじゃないか…。

 

黙っているとロンが話を進めた。

 

 

「 無茶苦茶あやしいんだもんなあ!僕はコールのしどきだと思う。『ブタ』だとしたらそれを見せて欲しいところさ。ハーマイオニーが退院するまでがチャンスだよ。二人で、やれることは全部やらなくちゃ! 」

 

 

つまり、ガラハッドの身辺を探り、本当に彼がスリザリンの継承者ではないかどうか確かめようというのだ。ハリーは「そうだね」と答えたし、賛同そして決意をしたものの、それは、あまりに難易度の高いミッションのように思えた。

だって今度の相手はウスノロスリザリンじゃなくて、みんなの知ってるMr,レイブンクローだ。

 

「 ―――…。 」

 

「 ―――…。 」

 

「 …どうしようか? 」

 

ロンはこれには何も言わなかった。

無策だと理解して、ハリーは肩を竦めた。

 

ハリーが黙ってグリフィンドール寮に帰ると、ロンは気まずそうに後ろをついてきた。

ハリーは部屋に戻ると、共用の洗面鏡の向きを逆にして、トーマスがベッドに放置していた手鏡をひっくり返した。そして、「これでどうだ?」という顔つきで、しょぼくれていたロンに向き直った。

 

「 な~るほど!あ、いけね! 」

 

ぴゃっとロンは手で口を覆った。

ロンは急いで自分の机のほうにいくと、やがて《筆談しよう》とノートに書きこんで、ニヤッとしてハリーに見せてきた。

冬休みのあいだフレッドとジョージは、なにやら耳に詰めて使う道具の開発に夢中になっていて、彼らがガラハッドと格別親しい――――ロンいわく「抱き込まれている」のは、公然の事実であるからだ。

双子たちから、盗み聞きされるかもしれない。

すぐ折れる杖を掴まされて以来、ロンは彼らを信用していない。

 

「OK」のハンドサインのあと、ハリーはノートにこう書き記した。

 

 

 

合言葉を決めておこう。互いに成り済まされないように

 

このメモは燃やさなきゃ

 

 

 

二人は頷きあった。「うん」と「ううん」くらいは、顔を見合うだけで理解できた。

スリザリンのウスノロたちを欺いた手前、自分たちが使った手にはひっかかりたくない。

 

 

 

最高のビーンズって?

はなくそ

 

 

 

くしゃっとメモを握ってハリーは杖を向けた。

 

「 インセンディオ! 」

 

燃やしてしまってから追加を書きたくなった。

慌てて自分のノートをちぎって、次のように書いた。

先回りされるといけないから、このことは筆談であらわさなくては。

 

まずはマートルのところに行ってみない?

 

 

 

 

 

 

持ち込んだタオルで手洗い場の鏡を隠して回っている二人に、「ふぅん」と“嘆きのマートル”は、眼鏡を押し上げて言った。

 

 

「 あんたたち、少しはレベルあげてきたじゃない―――奇行の。グレイスの子の真似? 」

 

「 そ~う僕たち、マートルとそのお友達の話が聞きたくて! 」

 

「 お茶会しない?これは、僕たちなりの飾りつけのつもり 」

 

ハリーとロンは息ぴったりに言った。

ゴムボールみたいに飛び上がって、マートルは両手を頬に添えた。

 

「 えっっっ!?う、うそ、あたし、誘われちゃった!――――生きてるあいだは、なーんにも誘ってもらえなかったのに。いつも除け者にされたのに!うええええん、うええええん 」

 

「 うわ、また始まったよ 」

 

ロンはちょっぴり正直すぎる。

ハリーは、恭しく個室のドアを開けると、両手で便座を示してマートルに勧めた。

 

「 どうぞ、君の席はここ 」

 

少しは涙の勢いがおさまったものの、マートルはまだぷかぷか啜り泣いている。

「あれ?」とハリーは思った。

こないだハーマイオニーが土足で乗り上げていた便座は、フタがしまっていた筈だが、今は誰かが使用したかのように、フタが開いていたのである。

誰かが来たのだとすぐにわかった。

 

「 マートル、最近僕たち以外にも誰か来た? 」

 

「 ん~?女の子。当たり前じゃない。ここは女子トイレよ! 」

 

「 何かが入ってるんだ 」

 

ロンも個室の中に入ってきた。

ハリーは極力便器のなかの水に触れないように、中指から小指を反り上がらせて指先でそれを摘まみ出そうとした。

「よせよ」とロンが途中で止めた。

 

「 触っちゃいけない。危険かもしれないのに。 」

 

「 こんなものが危険なもんか。それに、もう触ってるよ。 」

 

 

それは、ノートだった。学習ノートよりは小さく手帳よりは大きく、ちょっとした雑記か日記帳のような―――――見たところマグル製の、何の変哲もない帳面だった。

啜り泣いていたマートルは、また大泣きに戻った。

 

「 うぇええんうぇえええん、それを持ってきた子、リリー・エヴァンスに似てたあああ。あたしのグレイスとりにきたのよ!あげない!あげない!グレイスはあたしの友だち! 」

 

「 え、母さんに似てる子がいるの? 」

 

「 ちがうってハリー。それよりも――――なあマートル、その子はガラハッドを探しに来たのかい? 」

 

「 …すん、…ぐすん、そうよ――――!うぇ、うええぇ 」

 

「 どういうこと?なんでガラハッドに会おうとして此処に? 」

 

「 こってこてのガラハッド卿ファンなんだろ?ほら、パーバティみたいなさ。鏡のあるところあるところ、リサーチしてまわってるんだ。なあそれよりも!おかしいよ。これって、女の子の名前じゃないじゃん? 」

 

ロンは日記帳を指さした。

ハリーが改めて見ると、それはT,Mリドルと書いてあった――――変わった苗字だが、性別まではわからない。

 

 

「 どうしてそう思うの? 」

 

「 前に罰則のときに見た。トロフィールームでさ。こいつは、べらぼうにデキる昔の生徒の名前だよ! 」

 

 

「スリザリン生だ」とロンは、ハリーに忠告するかのように言った。たとえスリザリン生じゃなかったところで、パーシーのようなタイプはロンの天敵であると言えた。

ハリーは疑問に思った。どうして、卒業生の日記なんかを誰かが持っているんだろう?変わり者のガラハッドを追いかける女の子もまた、変わっているんだろうなと―――その点は自然に納得できるのだが、こんなものをこんな場所でファンに贈られたとき、ガラハッドは、どういう切り返しをするんだろうか?

嘆きのマートルはゴーストだから、物を触って動かせない。

ハリーは、ガラハッドが非常に紳士的な対応で日記帳を受け取ったあと、にっこりと笑って相手をときめかせ、途端に問答無用でそれを便器に叩き込み女の子を震撼させる姿をちょっと想像した。

 

「 彼が捨てていった? 」

 

「 ちがうわ 」

 

「 え? 」

 

「 このT,Mリドルってやつ、さぞ模範的な生活を送ったんだろうな。それで、日記までどこかで展示されていたってワケ 」

 

「 ぶちこんだのは、女の子のほう? 」

 

「 そりゃあぶちこみたくもなるさ 」

 

熱心なロンの言葉に、珍しくマートルが少し笑った。

ハリーは困惑して、手の中の濡れた日記帳を開いた。

べちゃっとしているので、めくるのがちょっと手間だが、めくってもめくっても白紙の日記帳だった。

 

 

「 んん…? 」

 

「 あたし、その子リリーに似てたから、いーっぱい言ってやった。あたしだってね、あたしだってね、死ぬまで言われっぱなしだったけど、もう死んでるんだもの。 」

 

マートルは上機嫌だ。上機嫌な彼女は、却って不気味だ。

ぐふぐふと彼女は、変な笑い方をして眼鏡をいじった。

 

「 グレイスはあたしの友だちよ。ガラハッドのことだってね、あの子になんかあげないんだから!絶対会わせてやんないって言った!! 」

 

「 いつでも会えるよな 」

 

「 トイレ以外でね 」

 

 

ハリーとロンは頷きあった。

「ひどいひどい」と言って、マートルはまた泣き出してしまった。

ハリーは溜め息をついた。マートルにとっては此処が世界のすべてなのかもしれないが、我々生きている人間は、別にどこにでも行けて、毎日大広間で食事を共にし、その気になれば彼を誘い出せるのである。いくらその子がガラハッドと二人きりになりたがってるとしても、便所でゴーストに仲介を頼むって、どういうセンスなんだか…。

 

…まあそんなのは、最大限お気楽にこの事実をとらえた感想だ。

 

ハリーはロンを小突いて、時機の到来を教えた。

ホウ、ホウと外でヘドウィグが鳴いたのは、廊下に誰かがやってきた合図だ。

ふたりは急いで透明マントを被り、鏡に張ったタオルをはいだ。

ハリーはそのタオルで濡れた日記帳を包みこみ、抱き締めて廊下をうかがった。

 

巷じゃブルーマフィアと呼ばれているガラハッドの取り巻きの一人が、スパンコールのピアスを輝かせながら男子トイレに入っていった。

急いでハリーとロンはその場を走り去った。女子トイレではマートルが、さっきの「ひどいひどい」の続きで、まだ大泣きしていた。

 

 

「 びええええっ、ひっく、ひどいわ!あたしだって!あたしだって毎日会いたいわよ!ガラハッド!うえええん、だってだって、そっくりだもの。あげない!あげないあんな子になんか!! 」

 

「 ―――…? 」

 

小便をしながらロジャーは首をひねった。

 




■「神軍天降る~今は訣れむ」は、折口信夫の「学問の道」の一節で、学徒出陣の壮行歌です。好きだった漫画や小説、当時常識だった名文、主人公を駆り立てたものはいろいろあるけれど、最後の最後に覚悟を決めさせたのは、折口信夫の演説であり作品だったということです。それだけの力がある名作だと思います。
■「リザ・ホークアイ」…漫画『鋼の錬金術師』のキャラクターです。青が似合う鷹の眼。レイブンクロー生っぽい名前です。
■「生後一万日」…映画「ハウルの動く城」の原作『魔法使いとハウルの火の悪魔』のなかでハウルは、自分は生まれてから一万日めだと言います。
■同じ樹の枝、同じ鳥の羽…これを「比翼連理」と呼び、特別ロマンティックな関係を連想させる語にしたのは白居易の『長恨歌』が最初だと思うのですが、詳しくないので自信がありません。何百年も物凄くよく引用されていますし、例も挙げきれません。有名どころだと『源氏物語』と『曽根崎心中』とかかと。
■「安達ヶ原の鬼女」「鬼女が赤子に爪をたてる」…能『黒塚』、歌舞伎『奥州安達ヶ原』などの元になっている伝説から。公家の乳母が、乳を与えた子の難病を治したい一心で、治療薬である“胎児の生き肝”を求めて行きずりの妊婦たちの腹を裂く。あるとき手にかけた妊婦が、昔生き別れた実子であったことに気づき、乳母は嘆きのあまり鬼と化して無差別食人鬼と成り果てた…という前知識が必要な作品は他にもいろいろある。
■主人公が使う鏡の魔術(鏡から鏡への移動)は、ジョジョ3部のJ.ガイル…タロットの「吊られた男」が割り振られているスタンド遣いと、それに対する花京院の反応が元ネタ。ガイルは鏡のように光を写す物体の反射光に潜み、物体に写った映像に干渉することで実際の対象に攻撃や干渉ができる。しかしガイルの能力では、鏡の中で物を動かしたりしても現実側では動いたりしない。鏡の中から飛び出してくるように見えるガイルを怖れる仲間に対して、花京院は「鏡に“中の世界”なんてありませんよ…ファンタジーやメルヘンじゃないんですから」と言い、“現実には”それはどういったスタンドなのかを分析する。しかしハリポタはファンタジーでメルヘンなんだよなあ!
■ロンが主人公について「ゴーストだと思えばいい」と言った元ネタはジョジョ5部に登場するスタンドMan In The Mirror。こちらのスタンド使いの名前はイタリア語で“幻影”で、死ぬとき跡形もなく消える。“幻影”の能力は、敵を本人だけ“鏡の中”とされる特殊な死の空間に引きずり込み、スタンドなしの無力な人間を物理的現実的にボコボコにするというもの。
■スタンドMan In The Mirrorの元ネタはマイケル・ジャクソンの曲のタイトル。人種差別に反対する曲で、サビの歌詞は和訳すると「俺は鏡に映る男(自分)と始める。どうしたら変えられるのか彼に問いかける。こんなに明瞭なメッセージはなかった。もし君も世界をより良くしたいなら、自分自身を見つめろ、そして変わっていけ」といったような意味になる。
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