完全に自業自得ながらガラハッドはそのあと風邪をひき、ゴホゴホいいながら二月を迎えた。
二月に入っても寒い日が続き、最初の一週間くらいはゴホゴホくらいで済んだが、ずるずると長引くうちに、だんだん声が出なくなり咳には痰が絡み、節々が痛くなってきた。ある晩猛烈な悪寒に襲われたことからガラハッドは、半分はズル休みの気持ちで、ズバッといっきに三日間授業を休むことにした。
全快を目指すの半分、誰にも邪魔されず考えをまとめる時間が欲しかったの半分。
はなを啜りながら自分で葛根湯をつくるとき、ガラハッドは「ああ俺、今すごく魔法使いっぽい」としみじみ思った。
さて四日め、けろっとしたガラハッドが寮の外へと繰り出すと、他寮生からの視線は随分和らいでいた。まるで凍りついていた土地に、雪解け水がぬるんでいるようだった。
「なんだかなあ」とぼやきたくなる憂鬱さで、春めいた陽光のもとガラハッドはもりもり朝食をとった。
ハッフルパフ生たちという生き物は、本来とてもやさしいのである。今日に至っては近場のハッフルパフ生たちから、ガラハッドは純粋に体調の心配をされた。
「 脳みそふわふわかよ。ほんっとに噂好きって、記憶力がないよな。『うわ継承者だ生きてた』ぐらい、誰か言ってこいよチクショウ。 」
「 意味不明…。言われたいの?濡れ衣なのに?ねえ、まだ熱がある? 」
「 ないよ。なんでも軽々しく言われてたんだなあと思うと、余計に腹が立ってきただけ。 」
「 あのね、私思うんだけど、あなたってちょっと完璧すぎたのよ。なんだか、人間っぽくなかったっていうか。いえね、これはあくまで、イメージの上の話なんだけど。あなたのアホなところ、私たち見てきてるし。 」
「 何だねマリエッタ君?喧嘩売ってる? 」
「 でも実際そうだもの 」
あっけらかんとマリエッタは言った。それに続いた言葉に、ガラハッドは考えこまされた。
「 ガラハッド卿でも風邪ひくのねえって、みんな驚いて噂になってたわよ? 」
「 えええ? 」
一体どういうイメージなんだ俺は。
ガラハッド・オリバンダー復活の噂が、今まさにグリフィンドールの席でも広まろうとしていた。
ケイティからそれを聞いて、ハーマイオニーは急にそわそわと頬っぺたを撫ではじめた。先週退院したのだけど、また毛やひげが生えてきていないか心配になったらしい。
大広間の端にあるグリフィンドールのテーブルは、レイブンクローのテーブルとは隣接しないのだが、鶴のように首を伸ばすまでもなく、ハリーはその噂が真実だと確かめることができた。パーシーが持っている魔法の時計の、八時半ぴったりにレイブンクローの一団が動き始めたのだ。尋常でなく毎日同じ時間に行動するガラハッド・オリバンダーを、レイブンクロー寮の生徒たちは時計代わりに使っている。
「 すっかり元気になったみたいだ 」
満足げにパーシーは時計をしまって言った。
まるで彼が元気になったのは、自分の手柄だとでもいうかのようだった。
「 良い光景だね。これでまた規律が行き届くよ! 」
「 まるで太陽が無事にのぼりました、みたいな顔だよな 」
ロンが聞こえるように文句を言った。
クリスマスに『監督生』のバッヂを『劣等生』に変えられて以来、パーシーが双子に怒りっぱなしであることは誰でも知っている。
「 ふたりの心配だってしろよ!フレッドとジョージが風邪をひくことなんて、滅多にないのに 」
実はセドリックも風邪をひいていた。
さてそんなことは知らないハリーは、ロンの話に頷きながら内心、今日は久々に日記を書こうかなと考えていた。
ジャスティンとニックが襲われたこと、アーニーやピープズがすっかりハリーが犯人だと決め込んでいること…先日ハリーは日記に怒りをぶちまけて、リドルはとても優しく、非常に同情的にそれに応じてくれた。ところがリドルの優しさは、ハリーにとって逆にショックな展開をもたらしたのだ。ひとしきりハリーが書き散らしたあと、浮かび上がってきたリドルの文字は次のようなものだった。
とても悲しく思います
あのときは心臓が高鳴った。
知っていることをすべて、急いで伝えようとしているかのように、初めてリドルの文字が乱れてきたからだ。
熱心な筆談の相手が、あの紙の向こう側に、いた。
僕の記憶を、インクよりずっと長持ちする方法で記録しておいたのは幸いでした。
僕は、この日記が読まれたら困る人たちがいることを、初めから知っていました。
この日記を拾ってくれた人が、ハリー、あなたであって本当に良かった。
僕は“秘密の部屋”について知っています。
僕の学生時代、それは伝説だ、存在しないものだと言われていました。
でもそれは嘘だったのです。
僕が五年生のとき、部屋が開けられ、怪物が数人の生徒を襲い、とうとう一人が殺されました。
僕は“部屋”を開けた人物を捕まえ、その人物は追放されました。
――――ハリーは、それから先で見た物事をもう語りたくない。今日までハリーは、こんなことなら、日記の仕掛けを知らない方が良かったとさえ思っていた。
ロンとハーマイオニーが、ハリーの見たことを繰り返し聞きたがって、13歳の頃のハグリッドについていやというほど議論したからだ。議論は堂々巡りだった。もうたくさんだ。ハグリッドが絶対にわざと人を傷つけようとはしないお人好しで、にもかかわらず大きくて怪物のような生き物が好きという困った趣味を持っていることなんて、ハリーはとうに知っている。あれ以来、ハリーはリドルとの筆談をしていない。
筆談したらハグリッドの件を直視することになって、余計に気がふさぐから――――けれど、この日は別の話題があるし、ほんの少し気持ちが上向いた。
夜、ハリーは天蓋つきベッドに座って、なにも書いていないページをぱらぱらとめくってみた。
白いページの魅力は魔術的だ。
真新しくてすがすがしいような、人を寂しいような物足りない気持ちにさせる。
最初の一滴のインクをぽつんと落とす瞬間は、何度体験してもドキドキする。
インクは紙の上で一瞬明るく光って、ページに吸い込まれて消えていくのだ。
こちらが改めて羽根ペンをつけているあいだに、リドルはむこうから挨拶をくれた。
お久しぶりですね
ハリーは、リドルに倣って極力綺麗な字で「お久しぶりです」と書いた。すると、『今日はどんな日でしたか』と返ってきた。いそいそとハリーはこのように書いた。――――すぐに返事がかえってきた。
ずっと心配なことがありました。いいえ今も心配です。あなたは、ガラハッド・オリバンダーという人のことを覚えていますか。
もちろんです。
今日、彼は風邪を治しました。本当に、風邪だったそうです。僕はてっきり、彼は人が嫌になって引きこもっているのだと思っていました。なぜなら彼は去年から、多くの人に“スリザリンの継承者”と噂されているのです。彼は蛇語を話しませんし、スリザリン生でもないのにです。
今度の返事には少し時間がかかった。
ハリーは、リドルからの返事を待つのがじれったくて、日記を開いたままベッドの上でごろごろした。
彼はどういう人なのですか?
リドルが疑問を持つのは当然だ。
たしかにこれまで、説明が足りなかったかもしれない。
腹ばいだったハリーは身体を起こすと、ていねいにインクをつけて書いた。
彼は変わり者です。最も古い血筋の魔法使いで、将来杖職人になるので、有名です。難しい魔法をひょいひょい使います。決闘クラブでは教師を倒しました。ゴーストと親しいです。とても優秀な人で、レイブンクローの再来ともいわれています。賢明公正、美しくて厳格なのです。僕に、孤児だからって不幸ぶるなと言いました。
最後のほうの文字は震えてしまった。
ハリーは、リドルからの返事が来る前に続けてこう書いた。
彼も孤児なのです。けれど、彼はとても強い人です。彼は両親を恋しく思わないようです。彼は僕を騙して、人を疑うことを覚えろと言いました。孤児には必要なことだそうです。リドル、あなたはこれをどう思いますか?
あなたはそれに驚いたのですね
率直に言えば、傷つきました。けれど、ダンブルドア先生は彼を正しいと言うのです。先日僕は組分け帽子とも話をしました。組分け帽子までもが言いました。自分はもう要らなくて、ガラハッドの進む道が、正しいかもしれないと。
どういうことでしょう。彼はハットストールだったのですか?
わかりません。彼が入学したとき、僕はまだいませんでしたから。彼は組分けされることを拒んだそうです。
それなのに何故レイブンクローにいるのか?それはハリーも帽子に尋ねてはぐらかされたことで、もちろんリドルも気になるだろうと思った。
けれどもリドルは尋ねてこなかった。じわじわと、このような文字が浮かびあがってきた。
ユニークな人物なのですね。あなたは、はじめ僕を彼だと間違えていました。それはどうしてなのですか?
今日はたくさん質問をされる。自分の話に興味を持たれている。ハリーにはそれが嬉しかった。
彼はいつでも手帳を持っているんです。僕はこの日記を、彼との連絡用だとはじめ勘違いしていました。今となっては恥ずかしいです。申し訳ないことをしました。
構いません。あなたは、彼について調べていてこの日記を手に入れたのですね?
そうです。僕の心配事は今一つです。
ハリーは、深呼吸しながら羽根ペンにインクを足した。
先日怪物に襲われたうちの一人は、ゴーストでした。僕は、ガラハッドのことを不思議だけれどとても良い人だと思います。けれど彼は、今年“秘密の部屋”を開けた人物かもしれません。
あの壁の文字をハリーは思い出していた。
秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ。
五十年前に秘密の部屋を開けたのがハグリッドだったとして、ハグリッドが今年あんな文字を書くはずがない。あの文字の苛烈さと謎めきは、あまりにもハリーの思うガラハッド・オリバンダー
ハリーは、マルフォイがファンクラブでもつくりそうなほどガラハッドに心酔している理由が、実のところとてもよくわかる。
彼のあの雰囲気は魔法だ。夜のホグワーツで初めて会ったとき、彼は淡く薄く輝いて見えた。
魔法の杖を手渡してくれる子が、野暮ったい少年だったら興醒めだけれども、彼はその微笑みひとつで、誰をも夢幻に連れ去るだろう。行き先が悪夢か、至福の安らぎかはわからないのもまた、御伽噺に出てきそうだと思う。
今回の返事ははやかった。
どうしてそう思うのですか?
わかりません。そうだったら嫌だなと思って書いています。全部噂です。
彼は怪物が好き?
わかりません。いくら話をしても、わかった気にはなれない人なんです。怪物の話はしたことがありません。
それ以降リドルからの返事はなかった。
ハリーは返事を待つうちに、だんだん眠くなってきて再びベッドに転がった。別に何という話ではなかったが、モヤモヤを吐き出せてスッキリしていた。
そのまま朝まで眠った――――翌日、彼は身体を冷やして風邪を引いた。
風邪だと思っているうちは幸せだ。
いつだったかダーズリー家で熱を出したときのことを思い出して、ハリーは全身に冷や汗をかきながらでも、ふかふかの布団があるだけで幸せだと思っていた。
ああもしもホグワーツが閉鎖されて、またあの家に戻ることになったらどうしよう?
ロンはリドルのことをパーシーみたいなチクり屋だと言うけれど、ハリーには孤児院に帰りたくなかったリドルの気持ちが、痛いほどよくわかる。
寝込んで見る夢は最悪だった。
夢の中でハリーは、誰かに抱きついて涙を流す。
しんどいよう、さみしいよう、おかあさん、おかあさん。
けれど母親のようなその人は、いくらすがっても一度としてこちらを見てくれない―――――冷たい鱗を持っているのだった。
いつまで、僕はこんなことを思ってしまうんだろう?
3人めのオリバンダーである主人公の元になっているのは承太郎&花京院。タロット「恋人」のスティーリーダン戦で、承太郎は手帳を持ち歩くメモ魔の一面を見せています。書いている内容は敵にやられたことリスト。