ひどい風邪を拗らせたハリーはマダム・ポンフリーのお世話になり、マンドレイクの近況を聞いた。
近頃マンドレイクは情緒不安定で、隠し事をするようになったらしい。
急速に思春期に入ったというわけだ。
にきびがなくなったら、すぐに二度目の植え替えの季節。刈り取ってトロ火で煮るまで、そんなに時間はかからないと彼女は嬉しそうに言った。
淡い陽光がホグワーツを照らす季節が、再び巡ってきていた。
城の中には、ほんの少し明るいムードが漂いはじめた。
ついこないだハッフルパフの子がまた石にされたところで、本当はそんな気分になるべきときじゃないのに、春が来てしまったので、生徒たちは不可避の浮つきに侵された。
ハリーがすっかり調子を取り戻したころ、ロックハートがバレンタインデーを盛り上げた。
彼は、この催しは襲撃事件をやめさせるためになると考えているらしかった。
グリフィンドール生が変身術の教室の前で列を作って待っているときに、ロックハートがマクゴナガル先生にそう言っているのを、ハリーは小耳に挟んだ。
「 ミネルバ、こんな時だからこそですよ 」
わけ知り顔でトントンと自分の鼻をたたき、ウインクしながらロックハートは言った。
「 こんな時こそ明るい催しが必要!絆を確かめあい、みんなに感動を与えなくては!犯人に、私に捕まるのは時間の問題だと観念させてやりましょう!まさにこれだ、という考えがあるんですよ。 」
ロックハートの言う「考え」とは何か、二月十四日の朝食時に明らかになった。
前日に夜更かしして寝坊し、まだ眠い頭で大広間に入ったハリーは、一瞬、部屋を間違えたかと思った。
その日に限っては大広間は、壁という壁がけばけばしいピンクの花で覆われ、淡いブルーの天井からはハート型の紙吹雪が舞い散っていたのだ。
ハリーがグリフィンドールのテーブルに行くと、ロンは吐き気を催しそうな顔をして座っていた。
ハーマイオニーはくすくす笑いを抑えきれずにいた。
「 これ、何事? 」
ハリーは空いている席につき、ベーコンから紙吹雪を払いながら二人に訊いた。
ロンが、口を利くのもアホらしいという顔で、上座の教職員席を指さした。
けばけばしいピンクのローブを着たロックハートが、手を挙げて「静粛に」と合図しているところだった。
ロックハートの両側に並ぶ先生がたは、全員石のように無表情だった。
その中でも特にフリットウィック先生は、ヒクヒクと頬を痙攣させるマクゴナガル先生や苦虫を噛み潰しているスネイプと違って、本当の本当に彫刻みたいに動かず、いにしえの賢者像みたいだった。
「 バレンタインおめでとう! 」
ロックハートはさけんだ。
「 今までのところ46人のみなさんが私にカードをくださいました。ありがとう!そしてありがとう!そうです。みなさんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました――――しかも、これがすべてではありませんよ! 」
ロックハートがポンと手を叩くと、玄関ホールに続くドアから不愛想な小人がぞろぞろと入ってきた。
それもただの小人ではない。
ロックハートが全員に金色の翼をつけ、竪琴を持たせていた。
「 私の愛すべき配達キューピッドです! 」
ロックハートがにっこり笑った。
「センスねえ~~!」とレイブンクロー席のほうから、野次だか悲鳴だかが飛んだ。
ビーターのロジャー・デイビースだった。
ライバルチームだけど、ピアスの彼のことをハリーは応援したくなった。
ロックハートはそちらのほうを向いた。
チッチッチ…と舌を鳴らして、ロックハートは言った。
「 僻みはいけませんよ。大丈夫、君もカードを受け取ることでしょう。いずこにも愛は溢れています!今日は彼らが学校中を巡回して、みなさんのバレンタイン・カードを配達します。そして、お楽しみはまだまだこれからですよ!先生方もこのお祝いのムードにはまりたいと思っているはずです!さあスネイプ先生に、“愛の妙薬”のつくりかたを見せてもらってはどうです?ついでにフリットウィック先生ですが、“魅惑の呪文”については、私が知っているどの魔法使いよりもよくご存知です。素知らぬ顔して憎いですね! 」
フリットウィック先生は顔を覆ってしまった。
スネイプのほうは、「“愛の妙薬”を貰いに来た最初の奴には、無理やり毒薬を飲ませてやる」という顔をしていた。
「 ハーマイオニー、頼むよ。君まさか、その46人に入ってないだろうな? 」
大広間から最初の授業に向かう廊下で、隣を歩く彼女に弱った声でロンが言った。
するとハーマイオニーはムスッとして、急に女子っぽく両手で鞄紐を持った。
「 入ってないわ。わたし、ああいうのって、なんだか違うと思うもの。 」
「 違うって? 」
「 推し、推しって騒ぐのとか――――みんなで、おそろいのカードを送るのとか。 」
「 あらぁあなた、いつから同担拒否になったの? 」
パーバティ・パチルが、ハーマイオニーになんだか冷たい目を浴びせた。
「違うわよ」とラベンダー・ブラウンが、ひそひそと可笑しそうに言った。
「
「 やめて――――ちょっと、やめて 」
ハーマイオニーの声色はいつもとは違う。
女子三人の攻防は、ハリーには混ざれない世界だった。めずらしくハーマイオニーは劣勢だった。
小人たちは一日中教室に乱入し、バレンタイン・カードを配って、先生たちをうんざりさせた。
ハリーは、フレッドとジョージならばカードを受け取ったのを機に、明るく堂々と「サンキュー!」と笑って、どの授業もお祭りに変えてくれるだろうなと思った―――彼らは結構モテるはずだ。絶対にあの小人には絡まれたくないけど、こうもみんなが湧きたっていると、すべてが自分とは無関係に過ぎ去っていくのもつらいものがある。
ところが午後も遅くなって、グリフィンドール生が妖精の呪文教室に向かって階段を上がっているとき、とうとうハリーにもお鉢が回ってきた。とびきりしかめ面の小人が、キーキー声でわめきながら追いかけてきたのだ。
「 おー、あなたにです!アリー・ポッター! 」
「 えっ… 」
何学年もの生徒が行きかう中央階段で、すぐそこには一年が並んでいて――――そのなかにはジニーもおり、西廊下にはレイブンクローチームのチョウ・チャンも姿を見せているのに、こんなところでバレンタイン・カードを渡されたらたまらない!全身火の出るほど熱くなったハリーは、やみくもに急いで逃げ出そうとした。
ところが小人は、そこらじゅうの人の向う脛を蹴飛ばして、ハリーが二歩も行かないうちに前に立ちふさがった。
「 アリー・ポッターに直々にお渡ししたい歌のメッセージがあります! 」
小人は、まるで脅すように竪琴をビュンビュン掻き鳴らした。
ちょうどいい高さだが、間髪入れず蹴っ飛ばして踏破していくほど、ハリーは擦れた子供ではなかった。
「 ここじゃダメだよ…っ 」
消え入りそうな声で、ハリーは歯を喰いばって逃げようとした。
「動くな!」と小人は鞄をつかんでハリーを引き戻し、獰猛に唸った。
「 放して! 」
ハリーは鞄をぐいっと引っ張りながら怒鳴った。
ビリビリと大きな音がして、ハリーの布鞄は真っ二つに破れた。
本、杖、羊皮紙、羽ペンが床に散らばり、インク瓶が割れて、その上に飛び散った。
小人が歌いだす前にと、ハリーは走り回って拾い集めたが、廊下は渋滞して人だかりができていた。
「 何をしているんだい? 」
ドラコ・マルフォイの冷たく気取った声がした。
ハリーは破れた鞄にがむしゃらに何もかもつっこみ、マルフォイに歌のメッセージを聴かれる前に逃げようとした。
必死だった。
「 この騒ぎはいったい何事だ? 」
また聞き慣れた声がした。パーシー・ウィーズリーのご到着だ。
頭の中が真っ白になり、ハリーはとにかく一目散に逃げだそうとした。
しかし小人はハリーの膝のあたりをしっかりとつかんだので、ハリーは床にばったり倒れこんでしまった。
「 痛ッ 」
「 これでよし 」
小人はハリーの足首の上に座り込んだ。
「 あなたに歌うバレンタインです! 」
「 やあやあみなさんご機嫌麗しゅう! 」
またしても聞き覚えのある声がした。
モーセのように人だかりを割って、ガラハッド・オリバンダーが挑戦的に到来した。
ハリーは腹這いだったが、そのいでたちを見上げて呆気にとられた。
小人もぽかんとしたのだと思う。
わずかな隙をついて、ハリーは小人を振り落として立ち上がることができた――――改めて見直しても、今日のガラハッドの装いはヤバい。
彼は、騎士団勲章のリボン帯の代わりに、干からびた海藻のようなものを肩から斜めにかけていて、勲章メダルの代わりに、目玉の飾り物をぶらさげていた。そのうえさらにひどいことに、学生ローブにびっしりとオナモミの種をくっつけて、チクチクするそれで中東の刺繍みたいなものを描いていた。
隣にいられるのも恥ずかしいという顔で、チョウ・チャンがそっと彼から遠ざかっていた。
“骨生え薬”でも飲まされたみたいな顔で、マルフォイがみっともなく叫んだ。
「 せ、先輩!? 」
「 バレンタインおめでとう 」
マルフォイは泡でも吹きそうだ。
きわめて無表情に近い姿で、ガラハッドは穏やかに挨拶をした。
「 イカすと思わないか、このファッション?――――君たちもくっつき虫つけとけよ。 」
ガラハッドは、その場にいる二年生全員を代わる代わる見ながらそう言った。
「 あなたが唆したの? 」
憮然としてハーマイオニーが言った。
するとロジャー・デイビースが飛び上がった。
「 自分を引き立てるため?ちょっと許せないわ。 」
「 違う違う。俺がさせてるんじゃない!朝起きたらすでにこうだった! 」
「 ラブグッドの仕業ですね?おのれ、我らがオリバンダー先輩に! 」
「 そうご明察。趣深いプレゼントだろ? 」
「はあ」とガラハッドは深く溜め息をついた。
「それでは聴いてください」と彼はいやに力強く宣言し、顔の隣にこぶしを掲げた。
「 演歌『親の言うことを真に受けるな』
いいか、親の言うことを真に受けるな♪ 真に受けたら、こういうことになる♪
いいか?親の言うことを真に受けるな♪ 少しは、まともかどうか確めろ♪
いいか?親の言うことを真に受けるな♪ ダサキモいって思うか?
てめえらのやっていることは♪ 全部これとおんなじ!!! 」
嵐のように彼は去っていった。
彼が去っていくと、大笑いしていた人たちは見るべきものは見終わったという顔で、それぞれの教室に向かっていった。面白がってガラハッドたちについていこうとする一年生がいて、パーシーにつかまり叱られていた。
「 やるね 」
と、噛み締めて拍手をしたのはロン。
「 彼のこと、好きになってきちゃった 」
「 ロックハートより、ずっとクール 」
吐き出すようにハリーは断言した。
さあここに残ったのは、散らかったままの床と惨めな自分。それから、ロンとジニーとハーマイオニーと、あとはマルフォイたち。
ハリーは、しゃがんで羽ペンを集めてくれているハーマイオニーの後頭部を、マルフォイが嗤いながら見下ろしているのが気に食わなかった。
ハリーはマルフォイを睨みつけた。
そのときに気がついた。
いつのまにか、奴は床からこちらの本を一冊くすねていた。
クラップとゴイルに、マルフォイはそれを見せびらかしていた――――“リドルの日記”だ。
ポケットに友達がいるような気分で、ハリーはそれを携帯していたのである。
「 それを返してもらおう 」
どうせ汚いとか安物だとか言うんだろう。ハリーは静かに言った。
ジニーは肩を震わせて、汚れた手で頬っぺたに触った。
彼女は、他の一年生たちに混ざってこの場を立ち去らずに、したたかにインクを浴びた教科書を拾って集めてくれたから、このとき頬が黒くなってしまった。
高飛車にマルフォイは言った。
「 ポッターはいったいこれに何を書いたのかな? 」
「 マルフォイ、それを渡せ 」
パーシーが戻ってきてくれた。
「ちょっと見てからだ」とマルフォイは、あざけるように日記をかざした。
パーシーはさらに言った。
「 本校の監督生として――― 」
しかし、ハリーはもう我慢がならなかった。
インクで汚れていたけれど、ハリーの杖は狙いを外さなかった。
「 エクスペリア―ムズ!武器よ去れ! 」
スネイプがロックハートの武器を取り上げたのと同じように、日記はマルフォイの手を離れ、宙を飛んだ。
ロンが満足そうな顔でにっこりと、長い腕をいかしてそれをキャッチした。
「 ハリー! 」
パーシーの声が飛んだ。
「 廊下での魔法は禁止だ! 」
「 いいんだ!減点しといて! 」
「取返してやるとも」と念じて笑ってやる。
痛快な気分だった。マルフォイよりも一枚上手に出たのだ!
怒り狂ったマルフォイは、ガラハッドにあてこすられたのは自分だと、あの調子では気づいてすらいない。
いつも二言目には父上は父上はって、鼻持ちならない態度で言ってるのにさ。
強くなれた気分だった。
もっと強くなりたい。勝手なことをいう生徒たちや、どうかしている教師の差し金でさえも、ガラハッドはユーモアによって撃退している。僕は、あんなふうになりたいんだから、女子たちの言う「推す」とは全然違うんだ。そんなことを考えているうちに、妖精の呪文の授業は終わった。
「目の保養」と囁かれていたはずの彼の、とんでもない恰好はその後もたまに目撃された。どうやらイカレたプロデューサーがついているらしく、女子たちにとってはその子は大罪人であろう。
ファッションという新たな分野で、彼が常人には理解できない個性を発揮しはじめて数週間が経ったころ、ロンが、ガラハッドのあの振る舞いは人を油断させるための作戦に違いないと言い出した。ちょっとした会話のなかでネビルが、ガラハッドが三年の喧嘩番長であることを踏まえながら、「でもあの人って、アレだもんね」とくすくす笑っていたからだ。御守りや魔除けを買い漁っているネビルも、彼のことは全然怖いと思わないらしい。
「 能天気すぎないか?杖職人っていうのはさ、つまり、そこが砂漠か洞窟じゃない限り、いくら杖を折られたって困らない魔法使いだってことだよ!そこらへんの樹だって味方につけるんだ。なかなかくたばらないっていう点では、蛇と一緒さ。そうだってパパが言ってた! 」
「 その“パパが言ってた”っていうの、やめたら。 」
ネビルにも両親はいない。
ハリーの冷ややかな一言を受けて、ロンはハッと気がついたようだった。
ハリーは複雑だった。ハリーは、ガラハッドのことはもう疑う気が湧かないけども、よりによってネビルが「彼はスリザリンの継承者じゃない」とにこにこ信じていると、なんだか自分まで騙されているような気がしてくる。
ガラハッドがやけくそに歌うほどマルフォイに不満を持っているのは、彼はスリザリンの継承者じゃないからだと思ったけども、例のごとく彼は常識の枠外にいて、深慮である。
銘打てのポーカープレイヤーのように、どこまで本気かフェイクなんだかわからない。
二月のあいだ、新しい事件は起きなかった。
そうして三月になったので、ロックハートはますます調子に乗っていった。
「 」
最高の透明耳栓をフレッドとジョージがプレゼントしてくれて、それのおかげでハリーとロンは、ますますクソみたいになった闇の魔術に対する防衛術の授業で、穏やかに着席していられた。ロックハートは自分に酔って話をしているだけで、指名してきたりはしないので、スネイプの話と違って一切聞かなくてもいいのだ。ハーマイオニーとパーシーは、ホグワーツに出回り始めたこの冒涜的な道具を、先生がたは断固取り締まるべきだと主張した。
「 産毛羽ペンもセットでいらんかね~? 」
「 みなさん、偽物にご注意くださいよ! 」
「俺剃ってますから!!」とガラハッドは、今日も今日とてイケメンを台無しにしていた。
彼を恥ずかしがらせて顔を赤らめさせることが、双子は楽しくて仕方ないらしかった。
そんな彼らを昼休みに見かけて、放課後はクィディッチの練習をしたら、ハリーの心は自然と晴れあがっていった。
すっかり春であった。スミレにパンジーにローズマリー。オダマキ、ファンネル、ヘンルーダ。デージも咲き始めて、校庭は美しかった。暴れ柳も銀の芽をふくふく太らせている。
イースターが過ぎていくころ、ウッドが夕食後に毎晩練習をすると言い張り、ハリーの生活はクィディッチ漬けになった。つまり、楽しい気分が続いたってことだ。毎日めいっぱい練習をして、夜は泥のように眠った。
そんなある日のこと、その盗難事件は起きた。
「 ハリー、誰がやったんだかわかんない―――僕、いま見つけたばっかり! 」
寝室に戻る階段の一番上で、パニック状態でネビルが言った。
彼がドアを開けると、ハリーのトランクの中身がそこらじゅうに散らばっていた。
「 えっ… 」
床の上ではマントがずたずたになって広がり、天蓋つきベッドのカバーははぎとられていた。
ベッド脇の小机の引き出しは引っ張り出されており、中身がベッドの上に散らばっていた。
ハリーはぽかんと口を開けたまま、ただでさえ染みだらけの『トロールとのとろい旅』がついに破壊されて、そのページのバラバラになったのが散らかっているのを、数枚踏みつけて、おそるおそる自分のベッドへと近づいた。
「 何が盗られた? 」
ポケットを裏返されたローブを見て、機敏にロンが周囲を見回した。
ハリーにはそれがわからなかった。
「 誰かが何かを探したんだ 」
ロンの言うことは正しいと思う。
けれど、大切なものはどれも壊れずに在った。
クリスマスに貰ったものや、友達からの手紙――――ウッドおすすめのクィディッチのフォーメーションを解説する本や、突き返された石ころ、透明マント。
ハリーは、あとからきたディーン、シェーマスの力も借りて、五人で部屋のなかを片付けていった。
彼らが毛布などは元に戻してくれるので、ハリーはそこらのものをトランクに放り込んでいった。
そのうちに気がついた――――なくなっているのは、あの日記帳だ。
日記をつけることは、結局習慣にはならなかったから、バレンタインの時期以来、もうずっと放っていたのだ。
「 …来て 」
ハリーはロンを誘いだした。ほとんど人のいない談話室で、ハリーはロンとハーマイオニーにだけそのことを打ち明けた。ぶるぶるとロンは蒼くなって言った。
「 それって、ヤバイんじゃない?僕たち以外の誰かが、50年前の真実を知っちゃうかも――――そしたらハグリッドが 」
「 どうしましょう?先生には知らせられないわ。絶対に盗られたものは何か訊かれるもの。―――でも、どうしましょう?犯人はこの寮のなかにいるのよ。だって他寮生は、私たちの部屋のこと知らないんだもの。合言葉だって知らないし――――そこは巧くやったのだとしても――――こんなに、ごく短い時間であなたを狙えないわ。ああ…ああ、どうしましょう。 」
「 まさかハーマイオニー、またあそこに行くんじゃないよね? 」
「 何なのハリー?ええそうよ私は、こんなときにはガラハッドだって思ってました! 」
「 向こうだって困るだろうさ 」
暗い声でロンが言ってくれた。
「 事件はグリフィンドールで起きていて、あっちはレイブンクロー生なんだから 」
珍しくハーマイオニーは一言で黙り込んだ。
談話室のソファに座り込んで、ハリーは狼狽えて自分の膝をみつめた。
この寮のどこかに犯人がいるなんて、考えたくなかった。
誰かが、悪意を隠して間近に潜んでいるだなんて…。
ハグリッドのことを思うと、50年前の出来事は人に知られないでほしい。
けれどそれと同じくらい、自分が日記に書いていた内容のほうも、誰にも知られないでほしい。
リドルは、口がかたいだろうか?
「お願い秘密にして」とは、ハリーは一度も書かなかった。
だってこんなことになるとは、夢にも思わなかったからだ。
犯人は、僕のことをスリザリンの継承者だと疑う人?
その人物が日記の秘密に気がついて、「ポッターは何を書いていた?」と書き込んだらどうしよう?嗚呼あの日記がインクを吸うということは、このホグワーツで、結構多くの人が知っている可能性がある。
だってバレンタインのあのとき、インクの溜まった床からマルフォイは、
ハリーは気持ちがぐしゃぐしゃになって、悪い想像に耐えきれなかった。
自分が書いたことは、嗤われるか?僕は、ガラハッドのことが好きだ。それの何が悪いんだ?みんな彼のことは好きじゃないか。彼を継承者だと信じる人も、その対抗者だと信じる人も――――!
明日にはクィディッチ開幕戦があるけれど、ハリーはこんなのじゃ飛べる気がしない。
けれど「あんなに練習してきたのに」と、泣き出すこともエースとして出来ないのだ。
「スミレにパンジー…デージ」のくだりは、シェイクスピアの『ハムレット』の引用です。