そして、寮対抗クィディッチ開幕戦の日に、レイブンクローのペネロピー・クリアウォーターが石に変えられた。
アリバイを疑われることを恐れたガラハッドは、クィディッチには興味がなかったが、その日はジルたちと一緒に競技場に出かけていた。
けれど、試合は行われなかった。
ただちに寮に帰るようにと命じられて、列になって粛々と歩き、春の日照りに野草を踏むばかりだった。
あわれオフィーリアは、柳の枝が折れて死んだ。
清らかな水のなかで。
「スリザリンの継承者は、本当は人を殺せるのに殺してないんだ」と、春の初めごろにガラハッドは、ペネロピーに忠告していた。
そのときの彼女の表情といったら!
彼女は成人間近にして、既に立派な魔女だった。
瞳に怒りをみなぎらせて、けれども彼女は冗談を言った。
『 そう―――忠告ありがとう。それって、スリザリンの継承者は、被害者に化けて出られるのが怖いってことよね。 』
『私は祟るわよ』とペネロピーは、あのとき強気に笑っていたけれども、内心、とても怖かったんだろう。
例の如く談話室に集められて、もう眠気なんか催せないフリットウィック先生のお話で、石になった彼女が見つかった場所は、図書室のすぐ近くだったと知ったとき、ガラハッドは苦く顔を覆って、彼女と一緒に調べ物に行かなかったことを悔やんだ。
彼女は、ガラハッドが保身のために観戦に行くときも、この凶行を止めることに血道をあげていたのだ――――さもなくば狙われ続ける、必死にならねばならない立場だった。
彼女は人望があった。
彼女がいなくなったことで、レイブンクロー寮は雰囲気が変わった。
彼にも人望はあった。
この犯行をとめられなかったことで、アルバス・ダンブルドアは解任された。
そのころからだ。
もう誰も助けてやくれない、いかに成績がよくったって、どうにもならないことがあるとわかったとき。
古き賢きレイブンクロー、公明厳正レイブンクローの、青にひそむ闇が暴れはじめた。
昇華を示す鷲に、闘技盤の形の談話室。
競争、それが寮是なのだから、こんなのは必然的帰結である。魔力を持った子供たちの、四百の瞳がいま開かれあっていく。
レイブンクロー寮の入り口は、前に通った者が「次にここを通る者が解き明かすべき謎」を、鷲型のドアノックに言付けておく形式だった。
ガラハッドは、入学直後これには結構苦労させられた。まだ定石を知らず勘が磨かれていなくて、てんで謎なぞが解けなかったのである。
子供は頭が柔らかくて、案外すぐに解いた。今にして思えば、早くに授業が終わって寮に帰ってくる一年生のために、朝、最後に出る誰かが、幼めの問題を出してくれていた。ガラハッドが苦戦しているのを見ると、んもう嬉しくて嬉しくて堪らない奴の筆頭が、同室生のロジャー・デイビースだった。彼は、ここぞとばかりに秀才のハナをあかして、よく調子に乗ってベッドのうえで跳びはねていた。
…だがまあ、約三年もレイブンクロー塔を出入りすると、謎なぞってなんやかんやネタが尽きますよねという事実に気づく。
今ではたまにドアをノックして、ブロンズの鷲が新作の問題を出すと「お、いいねえ。やるじゃん前のだれか!」と、逆にちょっと嬉しくなり、「新ネタ聞いた?」とつい誰かに喋っちゃうくらいだ。
ところが最近難易度の上昇がいちじるしい。
レイブンクロー生なら、解けるはず。
解けないような子は、レイブンクロー生じゃない。
だれがそう言うわけではないけれど、なんだか、ただでさえ長い階段が、余計億劫になる日々である。
ある日ガラハッドたちが午後の授業から帰ると、壁の内側に沿って螺旋になっているレイブンクロー塔の階段は、頂上から2ねじり半ぶんくらい渋滞していた。先に授業が終わったはずの一・二年生が、全然寮に入れず一時間以上並ばされていたのだ。時間柄ぞろぞろ続く三・四・五年生たちの帰還に、群れ雀のように子供たちは吠えまくった。
「 どけよ、アンソニー。役立たずなんだから! 」
「 先輩に解いてもらおう!先輩はお前より賢い! 」
「 これでやっと入れる! 」
上のほうの音は塔の構造上反響するので、高い声でぎゃんぎゃんやられるのはつらい。眉根を寄せているあいだにぽぽんと一度に何人かから背中を押されて、ガラハッドは肝を縮めた。
うわぁこれはプレッシャー!解けなかったら大恥かくやつ!!
嫌だ嫌だ今日の問題は聞きたくない!!!
身を捻ってガラハッドは抵抗し、塔の中腹ではすったもんだが始まった。
「 ちょ…やめろって。僕はこういうの得意じゃない!謎なぞといえばロジャーだろ? 」
「 最近謎なぞじゃないもの――――きっとまた上級生よ。さっさと入って、平気な顔してやりましょ。 」
「 いいじゃん面白いんだからねガラハッド卿なら。解けても、解けなくても。 」
「 僕は面白くないッ 」
「 解けたら“伝説”だし、解けなかったらみんな諦めつくでしょ?さあ、早く行きなさいよ。 」
「 三年生代表ガラハッド・オリバンダー、行っきまぁす! 」
「 勝手に行かすなチクショウ!! 」
煽って突き飛ばしてきたのがただのアホであるマーカスだったら「アハハうるせえ~」で終わったけれども、最近他力本願を極めているチョウと、かつて「謎なぞ王に俺はなる」とかほざいていたロジャーだったので、腹が立った。
特にロジャー!こいつ、自分は万が一にも恥かきたくないからって、盛り上げる形でなすりつけてきやがって―――!!
ギロッとガラハッドが睨み付けても、図太さ自慢のロジャーはロックハートスマイルだ。期待に輝く一・二年生たちの目が、眩しすぎてくらっと足を踏み外しそうになった。ガラハッドは溜め息をつきながら、しぶしぶみんなを追い越して階段をのぼった。
処刑台にあがるみたい。ずっと下のほうからは上級生も見上げてきて、当然ながら気分は最悪だった。
「 え―…一応、チャレンジさせてもらいますね? 」
ガラハッドは恭しく言った。トントン!とドアノックを鳴らして、ブロンズの鷲の変化を見届けた。
鳴らされることで眼に光を宿した鷲は、もう何度目かわからぬ謎なぞを語った。
『 君よ、分解し、再構築せよ―――その
「 はあ!?え、何これ――――待て待て待てもう一回再生! 」
さっとガラハッドはローブの内ポケットに手をつっこんだ。
ぱりっと景気よく糊の音をたてて、いつもの手帳をいきおいよく片手で開いた。
差し込んでいた三色ボールペンで、急いで問題のメモをとった。
こんなの
笑えるほど全然わからないので、次のページにもその次のページにもそれを走り書いて、びりっと紙を破りとって宙へと投げた。
塔のなかをひらひらと舞い落ちるメモたちは、下のほうの誰かたちに拾われていくだろう。
「 先輩がた!是非手伝ってください。この文字を並べかえて、唱えるみたいです! 」
「 片っ端から並べていったら? 」
ぱちくりと目をまたたかせてマーカスが言った。
ガラハッドは全然こたえがわからなかったが、奇妙に踊り出すまでもなく、こういうことならすぐに言えた。
「 それだと発音が定まらない文字列ができるし、二億通り以上試すはめになるよな? 」
「 …そっか。 」
マーカスは今死にたくなっているかもしれない。彼は真っ赤な顔で黙り込んでしまい、しばらくは沈黙があった。
やがてふもとから声が聞こえた。
ハッとしてガラハッドはそちらを振り返ったし、全員がそちらのほうを見やった。ガラハッドと同じように、何パターンもの可能性を手帳に書きながら確かめていたらしいロイが、先に答えを見つけて、このアナグラムを解いた。
どよめきで塔が揺れた。自信ありげにロイが、珍しく子供らしい笑顔で伸び上がって、下の階からガラハッドに指示をだした。
「 わかったぞ!
「 Write the diary 」
呆気なくドアは開いた。
「やったあ」と口々に言い合って談話室に駆け込み、お礼を言って自室に行く一年生なんかは妖精みたいなもんだ。
ガラハッドは「おおお!」とうっかりはしゃいだけれども、続々とあとから階段をのぼってくる上級生たちのなかで、何やら厭な空気が、じっとりと膨らんでいるのを確実に感じた。すぐに自室に引っ込もうかと思ったけども、どうも後ろ髪引かれて、ロイが談話室まであがって来るまで、地球儀のところで少し待ってしまった。
手帳を片手にロイは、てっぺんまで階段をあがってきてすぐガラハッドに気づいて、ニコッと破顔した。微笑みながら自分の手帳を掲げて、ガラハッドはそれに応じた。
「 どの辺で気づいた? 」
「 まずは発音できるパターンで、W,H,Yの子音潰しさ。英語じゃない可能性も考えたんだが。 」
「 だよなあ?あ~ッ俺はそっちに引きずられちゃったよ。悔しい!語尾に母音が来るパターンは、後回しにすればよかった。 」
「 Eが2つしかないのはミソだよなあ!だがな?今回、完全な勘というわけではないんだ。はははwriteの変化形は、前に考えたことがあったのさ。ほらここに。 」
ざっくばらんにロイは自分の手帳を見せてくれた。
ぼっちの習慣で、どうも始終こんなことばかりしているらしいロイは、数年前のシステム手帳を使い倒して、ノート欄に推理小説家顔負けのアナグラムリストを作り出していた。
圧巻の内容だった。ガラハッドは「こいつ、海軍電信局にでも入ってたのかよ」と思った。
「 凄いなあ!ポーじゃん。エドガー・アラン・ポーって、東洋のマグルにも有名なんだぞ。 」
「 本当に?君がそう言うなら、信じたくなるな。 」
「 うひゃ~白々しい! 」
「 ――――!? 」
ただちに振り向いたけども、今の談話室には結構な人がいる。誰が言ったことなのかは、ガラハッドにはわからなかった。
「 ―――チッ 」
けれどもロイにはきっと発言者がわかっていた。年相応だったロイ少年の表情は、さっといつものスカしたやつに戻っていた。
ガラハッドは状況を察した。
けれど、ロイは「ちがう俺の仕込みじゃない」なんて弁明を、一言も発しなかった。―――――ガラハッドは、実際どうなのだろうと正直思ったけども、今の手帳はめちゃくちゃ面白かったし、才能を感じた。
あの問題を出したのは誰?ロイだってまだ15かそこらなのだから、ちょっとこれを見て欲しかったとかで、こんなことがあってもいいじゃないか…。
ガラハッドは何も聞かなかったことにして、再びロイへと話しかけた。
「 凄いと思うよ、その技術。新しい呪文をつくるのに使えそう。 」
極力明るい口調で、こころ解きほぐしてやったつもりだった。
しかし彼は、まるで組織慣れた将校みたいに、さっき怒りもしなかったぶん、これに飛び上がって喜ぶこともしなかった。ソーホーのキャバレーの子であるらしい彼には、魔法族なんかこぞって田舎のジャガイモに見えているのかもしれない。
ロイ・マスタングは、ガラハッドでもドキッとするような人を値踏みする目つきで手帳を仕舞いこみ、ポケットに手をつっこんで不敵に笑った。
「 そうだな。いずれ負け犬を哭かせる呪文づくりに、使おう。 」
* * *
「今日みたいな日はまだ良いほうだ」という理解が、寮内ではすっかり共有されていた。ペネロピー・クリアウォーターが石にされた日その当日の、全員取り調べの際の空気ときたらなかった。
あのときは円形の談話室の中央の、地球儀のところには七年のロバート・ヒリアードを筆頭に、六・七年生の監督生がぐっと固まって立ち、寮生を円形に並ばせて、あくまで柔和に、それぞれどこで何をしていたかを聴きだした。
あれはなかなかの惨事だった。
どの子も馬鹿ではないレイブンクロー生は、これはアリバイ探しだとたちまち理解して、焦って余計なことまで言い始めた。この「余計なこと」の有害さは、まずガラハッドに直撃した。
「 私知ってます!オリバンダーはスリザリンの継承者! 」
「 彼に杖調べはさせない。だが、証拠もない。OK、まずは彼からだ。今日二時頃オリバンダーと一緒にいた者は? 」
「「「「 ―――…。 」」」」
マーカス、ロジャー、ニール、シップリー、ジルが手をあげたが、ジルの手の上げかたときたら、たっぷり他の者の出方を見てからそろぅりと…だったので、あとでロジャーたち中心に鬼詰めされていた。「は?疑ってンならついてくんなよ。“売る”ためにきてんの」とか言われて、泣いてこの寒いのにトイレに閉じこもったジルは、“嘆きのマートル”みたいだった。「うへぇ迷惑!」とこれには上級生も苦笑いだった。好きなときにクソをひねる権利が、全男子寮生から奪われたのであるから。
さて他の惨事といえば当然、いわゆる「ぼっち」だからアリバイのない子が数人いて、そっちのほうも見ていられなかった。
「ずっとお空見てたもン」とか言うルーナを、会議でどう報告するべきか監督生同士で揉めていた。
七年生会議は信用ならないと、公然とロイは言い放った。
ヒリアードはこれには激昂していた。
あとの子は正直名前がわからなくて…「へえ、ああいう生徒、いたんだ」という感じで、どうしようもないままガラハッドは見ていた。たぶんマートルって、ルーナやロイよりはあっち側の生徒だっただろう。
それから、こんなこともあった。
明るくて優しくて評判の美少女なので、ぼっちのわけがないのだが、二年生のパドマが「その時間はひとりで図書室に…」と申告し、「何しに?」と図書室になんか本の貸し借り以外の用などないに決まっているのに、七年監督生のリザ・ホークアイが聞き、そして、地獄だった。
「 魔法薬学のレポートをしに… 」
「 嘘よ。それ締め切り過ぎてるじゃない! 」
「 先輩!二年生のレポート提出日、一昨日でした! 」
「 あんたちゃんとレポート書いてたわ。ねえ、あなたも見たわよね? 」
「 一緒に提出もした!だから嘘! 」
「 パチル―――悪く思わないで頂戴 」
うわああいたぞここに狼が!という勢いで談話室の円陣は雪崩をうって逃げ、ホークアイを筆頭に、監督生たちはパドマを囲んで杖を向けた。
日頃はお母さんみたいな彼女に冷たく杖を向けられて、腰を抜かし泣き崩れたパドマの言うところによると、結局結末は、こうだった。
パドマは、双子のパーバティのレポートを丸写ししてスネイプに提出し、再提出を言い渡され、それを友だちに知られたくなくて隠していたらしいのである。
可愛らしい話じゃないか。
しかし、まあ、それにしても、近頃のレイブンクロー寮の空気ときたら、きっつい…。
相互監視に果てはない。相変わらず生徒になんか微塵も興味のない、ビンズ先生の素行と魔法史講義室のだだっ広さに、ひととき解放感を覚えるほどだった。けれどここでも青ネクタイたちは、邪悪じゃないけどせせこましい活動に精を出している。
珍しく講義を聞き流して、マリエッタは熱心にミサンガを編んでいた。
「 あの子泣き落としかけたんでしょ、ヒリアード先輩に 」
「 へえ… 」
怖えな13才女児。
マリエッタよりもはるかにどんくさいチョウも、不細工ながら筆箱のファスナーに糸の先端を結わえつけ、どうにかこうにか編み始めに成功していた。
「 男の先輩たちって、甘いわよねああいう子に。“スリザリンの継承者”じゃなくたって、カンニングなんて最低じゃない。クリアウォーター先輩がいらっしゃったら、もっと厳しくなさったわ。 」
「 ホークアイ先輩がかわいそう。間違ってないのに、あの人。 」
「 女子寮ってね、やっぱりあの二人が揃っていてこその女子寮だったのよ。 」
「 私たち、ああいう上級生になりたいねって誓いあったの。 」
「 これ御守りなの、親友同士の。おそろい。 」
「 へえ… 」
「 お互いに贈るの。あなたたちもつける? 」
ふたつ返事でロジャーが乗り出して、「イカす配色はこうだ」とか言って糸を選んでいった。
うわ面倒くさいやつだなと思ったガラハッドは、潤んだ瞳のマーカスに捕まった。
「 ねえ僕たち、ズッ友だよね!? 」
「 ―――…。 」
“格別のご学友”ってそういやどうなりましたっけ。
* * *
死んでいった子供たちが、生まれ変わって此処にはいるんだろう?ずるい子はやられても仕方ないよな、俺だって恨みを晴らしたいよ。
あのこマグル生まれ。
あのこ何にも知らない。
あのこ幸せそう。
苦しんだことがない。
餓えてみろ。
死んでから物を言え。
そう思ったことがないといえば嘘になる。
けれど、こんなのは前提がおかしいんだと、ちゃんとわかっている。これは、全部俺がつくった幻影だ。此処は、非業の死を遂げた者が集う学校。美しい魔法の力で、得られなかった幸せを知っていく。
「そうであったらな」と、思ったんだ。
みんなみんな、せめて死後に幸せになってほしかったから、ここは夢みたいに豊かだから、そう信じてしまった。
入学式の日に見た幻のとおり、この学園が、本当に「幸せな場所」であったならば、よかった。
けれども、もう俺には無理だ。
ここは常世の国じゃない。だから今、鮮烈にまたひとり人間が泣く。虐げられる者の悲鳴が、鬼である俺には生を実感させる。
さあ恨めよ。呪え―――それが魔女と魔法使いになるということなのだから!
そう子供に強いる施設が“学校”なのか?
いつまでも、夢に逃げているほどクズじゃない。
俺は今、現実に向き合わないといけない。
■「スミレにパンジー…デージ」は、シェイクスピアの『ハムレット』の引用です。ヤナギの木が折れたせいなのか入水自殺だったのか、水中で怪死してしまう直前に、狂ったオフィーリアが周囲の人々に贈る花です。意味は「てめえらのせいでこうなったんだよ」的な。
■「嘘よ」は漫画『鋼の錬金術師』でのリザ・ホークアイの有名台詞。マスタングに化けた敵の正体を暴くために、彼は二人きりのとき私をリザと呼ぶのよとカマをかけた後、「嘘よ」と同時に発砲する。
■「ヒステリックブルー」はロックバンドの名前。代表曲は「春~spring~」。二巻編のオチはこの曲のサビの歌詞となる。