左下からひといきの五芒星は、ギリシャでは不滅の肉体と精神の印であり、ブリテンではカバラの印である。それを天地反転で描くならば、サタニズム。古今に魔術は多かれど、斯くも意気あり野心あるものはない。
愚かな子供たちから吸った生気を温存していたリドルはこれを受けて、相手を引きずりこむまでもなく、自分が実体化した。
「 やあ! 」
驚きもしない姿がまたいい。
新たに日記の持ち主となった少年は、つまらなそうな瞳で、日記本体の置いてある机に肘をついて椅子に座り、じっとこちらを見上げていた。しなやかな指づかいで挑発的に、マグルの筆記具をもてあそんでいた。
蒼いほどの銀の髪の毛に、月のような瞳。
自分とは対であるように思えて、リドルはこの少年の容姿を気に入った。
間違いない。事前にあちこちから伝えられたものと一致している。彼こそが、我が下僕ルシウスがおのれをこの時代に送り出し、「復活の依り代に」と勧めてきた少年だ。
ガラハッド・オリバンダーだ。
彼は、間違いなくこちらのことが見えているし聞こえているのに、人見顔で「ふぅん」と気だるそうに足を組んで、返事をしない。「ひとりで喋って、そこで芸をしてみせろ」みたいな態度は、やられると少々腹立たしいが、リドルには効用がよくわかった。
自分も、こちらに取り入りたい欲が全面に出ている者どもへは、よくそういう態度をとるのだ。
馬鹿どもは、これを受けると怯えて勝手に芸をしてへつらい、勝手に恥じ入って身の丈を知る。
「 こんばんは 」
リドルは、不敵だとは受け取られないよう、かといって馬鹿とは思われないよう、慎重に尊厳ある微笑みを浮かべた。
初めて、自分に匹敵する“帝王”を見た。
「 椅子が必要か? 」
ガラハッドは、今のリドルのポーカースマイルを見て、これは単純再生や記憶した映像をそのまま流すものではないと感じた。
“案内役”にあたるのであろうこの“少年型のなにか”は、いったい、どれくらいの自我を持っているのやら――――前にハーマイオニーの父母から聞いたSiriやAI、タブレットを使った相互通信の話を思い出して、判じかねていた。
まあわからないならば、丁重に扱っておこう。
ガラハッドは、散々だらだらした後でありもう寝るところだったから、パジャマ姿だった。杖をポケットに入れたままローブをつるしており、手ぶらだった。
なのでボールペンを机に置いたあと、パチパチと、何度か指を鳴らして談話室からマツ材の椅子を喚んだ。するとマツはびゅーんとここまで来てくれた。
そのあいだにガラハッドは、ハンガーからローブを外してふわりと羽織った。
「 気が利くね 」
リドルは、カーテンの隙間からつっこんできた椅子に腰掛けながら言った。
銀髪の少年は、落ち着き払った振る舞いで大人みたいに言った。
「 失礼、人に会う格好じゃなかった。 」
「 そうだね。そんなふうに僕に接する人間に、出会えて嬉しいよ。 」
「 おたくのモデルは?Mr.リドル、ご本人? 」
「 そうさ僕はトム・マールヴォロ・リドル、その人。 」
「 その人? 」
「 謎なぞは楽しんでくれたかい?君は、いつも手帳を持っていると聞いたからね―――――くくく、いい趣向だっただろう?いつもは、“それ”に何を書いているの? 」
紅い眼を光らせてリドルは微笑んだ。
ねだられたわけでもなくガラハッドが、みずからローブの内ポケットから手帳をとりだしたからだ。リドルは散々聞かされていた。うざいハリー・ポッターから―――きっとあの黒革の手帳は、ダドリーとやらが持っていた“スマホ”だと。
選ばれた子とやりとりするためのもので、公然とされど秘密に、ガラハッドからメッセージをもらっているから、そういう子はひとりでもやっていけるんだと、うんぬんかんぬん。
なるほどなるほどとリドルは思っていた。
「公然とされど秘密に」というのは、下僕の結束心を燃え上がらせるには良い手法だ。そうやって、裏ではみ出し者をキープしておけば、いざというときには捨て駒にできる。
「 これ?ハハッ、そりゃあもちろん 」
ガラハッドは、隠すそぶりもなくぱかりと手帳を開いた。
「 “秘密の部屋”についてですよ。お恥ずかしいですが、僕だってぼんやりしていたわけじゃないんだ。ただまあ、あなたには、敵わないな。いったい、どうやって見つけ出したんですか?僕は… 」
「 君は最高だな!! 」
リドルは興奮のあまり腰を浮かせた。
ガーネットのように輝く目で、リドルはガラハッドの開いて見せる手帳を食い入るように見た。
ぺらぺらと軽くめくられるにつけ、どのページも素晴らしい内容だということがよくわかったのだ。
その手帳には、殺すべき生徒/同志と呼んでやって下僕として使うか、より残酷に殺すべき生徒/次こそ必ず殺せる角度/我が秘めやかなる業績について、一文字一文字が独立した几帳面な字で、秩序立てて書いてある。
思わず奮い起って奪い取ろうとすると、サッと表紙を閉じて仕舞われてしまった。
巧みな逃れようはセクシーで、照れた笑顔は可愛かった。
「 や、だから、実際に辿り着いたあなたのほうがよほど凄いんですって!あなたは行ったんでしょう、秘密の部屋に?僕も、秘密の部屋に行ってスリザリンの―――ああ、いや、僕では行けないかな? 」
「あちゃー」とガラハッドは目を瞑り額に手をやった。
圧倒的に、実力不足だ!
だって自分はまだ、サラザール・スリザリンが継承者に遺した武器の正体と攻略法を、見つけ出していないのである。いくらリドルの手ほどきを受けたって、向かうのが自分なのでは、みすみす石にされるか“それ以上”の目に遭うだけかも――――はて、今、去ったと見せかけているダンブルドアは、いずこに潜んでいるんだろうか?
「 ねえ、ダンブム…、、ん?んんん!?あの、今、何しました? 」
「 うん?なんにも?続けて。今、ダンブルドアの話しようとした? 」
目を開けると、とても綺麗な顔立ちにニッコリ微笑まれた。矢鱈近いところにリドルの顔面があって、睫毛と睫毛が触れ合いそうだった。
リドルは、一度すっかり立ち上がって勝手にガラハッドのベッドに座り直し、斜め前からガラハッドの椅子の背凭れを両手で掴み、首を傾けて笑顔で覗きこんできていた。
ガラハッドは、「この少年型魔力結晶体こと仮称トム・リドル本人、無茶苦茶距離近いな」と内心感じながらも、どこまで自動で動いているかわからない存在を相手に、文句を言うのもなあと思って黙っていた。
理想的に作ってあるから、実際の人間よりもはるかに美しくて、この少年の造形にはなんとも迫力がある。
あれかな、魔力切れでお腹空いたのかな。
吸い寄せられてきたんだなと、科学的に解釈していた。
実際、磁力のような吸着感をもって、リドルの骨ばった手はガラハッドの胸を這いおりる。その手をとって握りこんでやりながら、ガラハッドはリドルへ、確かめるようにゆっくりと声をかけた。
「 今日はここまで――――だな? 」
迂闊にもリドルはどきりとした。
脈打つ心臓よ。手のひらで魔力の質を確かめながら、内心「まだ華奢で、子供だな」とか思っていたところだったからだ。そんなガラハッドから慈母のような目つきで、幼子をあやすようにリドルは話しかけられた。
「 おやすみリドル。どうにかして、ダンブルドアと渡りをつけないとな。君が活躍する出番は、それからだ。 」
「 君がダンブルドアと話を?――――危険だよあの男は。関わりを避けるべきだ。 」
「 へえ、君もそう思う?けどなあ僕は、あいつの強さだけは否定できない。 」
「 僕も同じだよ。ううん、同じだった…。未来の僕は絶対、あいつと戦っても、勝てるんだ。 」
真剣な顔で、ごくりとリドルは生唾をのんだ。
目を閉じないので、蛇のような仕草だとガラハッドは思った。
「 ――――勝つんだ。僕の作者は、あいつを越えるために、こうして僕を此処に置いていって、強くなった。 」
「 そうなのか? 」
「 そうさ。そうだよ。けどね、結局は――――ククク、あはは、いい気味!僕を置いていったからだよね!!!ねえ君は、ダンブルドアのどういうところが嫌い?僕には話して聞かせてよ!僕が嫌いなのはね 」
にぃっとリドルは思いきり笑った。
すると唇から不揃いな八重歯が覗いて、ガラハッドは却ってそれに見惚れた。
「 ――――!? 」
えっこの子、もしかしてトム・マールヴォロ・リドル氏の姿、そっくりそのままなのか?“作り物”なら、そこは整えるはずだ。
つ、つまり、リドル氏ってば優秀なうえに無茶苦茶美形?そのリドル氏が、まさかの反ダンブルドア同志!?
是非一度お会いしたいんだが!?
ガラハッドは、今さら動揺して手で口許をおさえた。
そうして若干うつむいたガラハッドに、嬉々としてリドルは語りかけていった。
「 僕が嫌いなのは、奴の、愛の力とやらを押しつけてくるところさ。実際は何もしてくれないくせに、奴は愛の信者だけを善人だと思い込んでいる! 」
「 あ、ああ―――それはわかるな。 」
「 そうだろう?君となら、わかりあえる気がしたんだ。君の魔力とっても素敵だね。 」
触れて味わいながらリドルは目を瞑った。ああいよいよ“電池”切れか~とガラハッドは黙って苦笑いした。
さっきから、「カナリアさん待って~」とカーテンの向こうでは、どんくさいマーカスがどたばたしている。
いまに空っぽの鳥かごを振り回して、カーテンを跳ね上げずっこけてきそうだ。
急いで“終了ボタン”を押す感じでガラハッドは、雑に開いていた日記をぱたんと閉じた。
ジョジョ3部で承太郎が敵の動きについて逐一メモをとっていたのは、あとで「ツケの領収書」として敵に叩きつけるためです。