ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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鷲の流儀

 

フリットウィック先生とふたりで例のトイレに行くと、そこは明らかにいつもとは違っていた。いつでも陰気に啜り泣いている“嘆きのマートル”が、今日はふわふわと漂いながらデュフフぐふふと、個性的なしぐさで笑い続けていたのだ。

先生は呪文によって透明になっていて、ガラハッドは彼が後ろについてきてくれているのを信じるしかなかった。

彼は時々ガラハッドの背中をつついて、自分はここにいるぞと教えてくれていた。

 

「 やあ姐さん、ご機嫌だな 」

 

「 おぉぉぉぉぉう 」

 

マートルはにちゃにちゃと笑った。

笑っているけれど、その眼鏡は涙のあとがのこって、シミだらけで汚かった。

 

「 ガラハッド!あのねえ、今日はとても良い日なのよ。今日という日に、毎年パーティーをしなくちゃ。あたしここの場所を、会場として貸してあげる。あの子たちは、何が好き? 」

 

「 あの子たちって? 」 

 

「 あの眼鏡の子と、赤毛の子よ。あの子たち、以前あたしのことお茶会に誘ってくれたの。だからあたし―――――今度はあたしが、あの子たちの絶命日を祝ってあげなくちゃ!くひゃひゃ、うふふでゅふふふふひ 」

 

ドキッと嫌な汗が滲みでた。

嘘だろそんな――――彼らは、彼らのほうで秘密の部屋の位置に気づいてしまったのか!

あの少年たちは必ず、ジニーを助けようとするだろう。

 

「 彼らはここで死んだの? 」

 

静かにガラハッドは質問した。

マートルは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、さっき以上に笑った。

 

 

「 死んだはずよ。さっきそこから落ちていって、上がってこないもの。 」

 

マートルが指差したのは洗面台だった。

ガラハッドはその錆びついた蛇口に、ロックハートがたまにくっつけているライラック色の羽飾りが挟まっているのを見てとった。

ヘンゼルとグレーテル作戦であるならば、立派だな。

どうも普段の様子を見ている限り、奴にそんなことをする能はなさそうだけれども…。

その手洗い台は、普通の手洗い台と何ら変わりないように見えたが、改めて近づいてよくよく見てみると、蛇口の握り手の下に引っ搔いたような小さな蛇の形が彫ってあった。ガラハッドの目は、それを、捉えた。

少し身をかがめると、迫り出した陶器の水受けの下には、たかが洗面台にしてはいやに太い配管が備わっているのがわかった。

 

ぬっと斜めから顔を出してきて、ガラハッドのすぐ近くでにちゃにちゃとマートルは言った。

 

「 ねえ、あんたも死んだらどう?悪くない経験なのよ。こう、フゥーッて浮く感じがするの。 」

 

「 経験あるんだよね 」

 

ガラハッドはきっぱり言い返すと、鋭く杖を向けて、陶器の洗面台を砕いた。

 

「 レダクト粉々! 」

 

大人がひとり余裕で入れるほど太い配管が、ぽっかりと大きく口を開いた。

 

「 うわ、うわあ 」

 

マートルはしかめっ面だ。

 

「 いーけないんだ。物壊したぁ!あんた罰則のうえに減点よ。先生に怒られるぅぅぅう 」 

 

「 見逃してもらえる、に100点 」

 

「賭けるよ」とガラハッドは言った。

どんな表情をしているやら知らないが、フリットウィック先生からの返答はない。

そのとき排水管の穴からぶわっと風が湧き出ててきて、底から爆発音のようなものが聞こえてきた。

ハッとした。ふざけて緊張を解いている暇は、ないんだ。

急いで排水管へと飛び込むとき、ガラハッドはうっかり叫んでしまった。

 

「 痛っ 」

 

透明なフリットウィック先生とぶつかったのである。ふたりはもんどりうちながら、団子になって長い長い排水管を滑り落ちた。

 

 

 

排水管のなかは、なめらかな炭鉱みたいだった。四方八方に分かれていく枝道を、ガラハッドは落ちながらあちこちで見た。

“地下鉄”―――――いいやそれよりももっと深い。具体的な深さは、わからない。ガラハッドは、深く深く、はるかな奈落へと自分は落ちていくように思った。

長い勾配の終わりは、いきなり強烈な形でおとずれた。

詰まっていた礫岩を蹴り飛ばして、いいや半分以上体当たりで、ガラハッドは管の終着点に突破口を開けた。勢いをつけて体重をぶつけられて、不格好な岩戸はぐらりと傾いた。

「あいた!」という声が聞こえて、岩石の向こうからロンが顔を出した。

 

 

「 ガラハッド?ガラハッドじゃないか! 」

 

「 ロン!――――…おい、生きてるか? 」

 

ガラハッドは本気で確認していた。

ここは、地上から何マイルも下に落ちたところのような気がするし、ロナルド・ウィーズリーは制服の袖を血染めにして、両方の手に石を持っていたのだ。ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため、みっつ積んではふるさとの、きょうだい我が身と回向して、ここ賽の河原で彼が積み上げていた石を、自分は体当たりで崩してしまったのだろうか?

地獄の鬼のおでましに、ロンは泣きそうな顔をしていた。

 

「 そうか、君は、君が今来たってことは――――ああごめん!なあ、あっちのほうにハリーが行ったよ。ジニーのこと、探しにいったんだ!追いかけて。一緒に行かせてよ! 」

 

「僕杖なしだけど!」とロンは訴えた。

もとより戦力として期待はしていないので、ガラハッドは一度は軽い返事をした。

 

だがしかし…はて、こんな「一寸先は闇」を体現したような所で、最低限の自衛もできない子供を連れて進むのは、得策と言えるだろうか?

 

ガラハッドは杖灯りをともすことにも躊躇って、数十秒、迷って動きらしい動きをせずに過ごした。

だって点けたら潜んでいる者から、こちらの居場所がバレて攻撃される。

いやいや、先にハリーが進んだってことは、ハリーだって杖灯りををともしたはずだ。

それに自分たちは、もうじゅうぶん音を立てているし…。

 

黙って見ているはずのフリットウィック先生がいることが、ガラハッドを逆に緊張させていた。

判断力が試されている。

落ち着け、落ち着けとガラハッドは、自分に念じて杖を掲げた。

 

「 ルーモス光よ 」

 

そして浮かび上がった空間は、こんなところだった。

 

剣の山や血の池はない。存外、ちゃんとした床と天井がある場所であって、まるで爆撃を受けたみたいに、一部が崩れていてそこから滾々と、床を濡らす程度の水が嘆きの河のように流れている。床には巨大な蛇の抜け殻や、小動物の骨が転がっていた。

空気が、あまり流れていないように思う。もしも排水管から、毒ガスを投げ込まれたらひとたまりもない。

 

「 ロックハートは? 」

 

「 あそこに伸びてる 」

 

ひそひそとロンは言った。

 

「 ちょっと、いろいろあってさ 」

 

半壊しているエリアを抜けてしまうと、トンネルは平坦で進みやすいところだった。

いやにくねくねと道が曲がるので、ひそんで先をうかがう場所には事欠かない。

三つ四つの角を曲がったところで、ついに前方に硬い壁が見えた。二匹の蛇が絡み合った彫刻が施してあり、蛇の目には輝く大粒のエメラルドが嵌め込んである。装飾的でありながらシンプルで太い彫りこみは、太古の人々の土器のようだ。

 

原初の思想である。これは、円巡する世界をあらわしている。

 

神々しいほどの彫刻に、ガラハッドとロンは近づいていった。お互い一言もしゃべらず、喉がカラカラだった。パーセルタングでなくたってわかる―――――この蛇たちの目は、妙に生き生きしている。

ああこれは、レイブンクロー寮のドアノッカーと同じ!

そのときに至ってガラハッドは、何をするべきかを直感して動くことができた。

 

馬鹿みたいにドアに寄っていくロンを後ろから羽交い締めにし、その頭に杖を突き立てた。屠殺される鶏みたいに、ロンは変な声をあげた。

 

 

「 くぇぁあ!? 」

 

「 I'm Lord Dahliaagawen. 」

 

 

ロンは凍りついた。

たった今背後から放たれた声は、日頃ふざけている彼の声ではない。

後ろの正面には目玉がついてないから、彼が今どんな顔をしているかは、わからない。

恐怖で、神経が焼け切れそうだった。

 

壁が二つに裂けて、絡み合った蛇が離れ合っていく。

 

ゆっくり消えていく壁の向こうからシューシューと、低く幽かな音が響いてくる。

全身を震わせる音だ。

 

「 やあリドル――――みやげがある。すぐそこまで、ネズミが紛れ込んでいたぞ。 」

 

こん、と米神に杖先を感じて、「殺される」とロンは思った。

 

 

 

 

 

 

 

ロンは、自分が細長く奥へと続いている、薄明りの部屋の端に立っていることをわかっていた。この部屋ではまたしても蛇が絡み合う彫刻を施した石の柱が上へ上へと聳え、暗闇に吸い込まれて見えない天井を支えていた。妖しい緑がかった空間が広がっていて、石柱の暗い片隅には、バジリスクが潜んでいるんだろう。

本性をあらわしたガラハッドに背後から、ふくらはぎを蹴っ飛ばされるから進むしかないけど、今来た道の他には、逃げ道はないように思えた。

 

「 うぅっ…うぇ、ふぇ、え 」

 

ロンは泣きながら歩いた。フック船長にサメのいる海へと迫り出す板の上を歩かされる、ウェンディ・ダーリングってこんな感じだ。

ガラハッドの主観においては、ロンを前に立たせて歩くのは完全に「本人のため」であった。自分の正面にいる限りロンは、リドルに命じられたバジリスクの眼光を浴びないだろうから。

そんな心を知らずロンは、泣きながらでも青い目を見開いて歩いた。先に進んでいったハリーと、どこかにいるであろうジニー、ハーマイオニーの三人を探していた。

 

いくつもの石柱を横切り、最後の一対の柱のあいだまできた。秘密部屋の奥には、天井に届くような大きな像があった。

 

背の高い黒髪の少年が、像の台座にもたれかかって我々を待ち構えていた。たとえ客人を迎えたって、王者は玄関まで出迎えなどしないものだ。

 

「 いらっしゃい 」

 

 

トム・マールヴォロ・リドル。

のちのヴォルデモート卿、その人だ。

ロンはわかっていなかったが、ガラハッドは十全にわかっていた。

リドルは穏やかに言った。優しいような―――それでいて、それを聞いた者は床にふるいついてキスしたくなるような声色で、次のように言った。

 

「 よくやってきたね 」

 

ぎこちなくガラハッドは微笑んだ。

さっきから、強烈な危機感により冷や汗がとまらない。

 

リドル少年の輪郭は、まるで明治大正の写真のようにぼやけていて、生きているような表情をされればされるほど、見る者に不思議な寂寥感を覚えさせる。なんだか、その足元に転がっている哀れな赤毛の少女まで、リドルの纏っている気配にかかれば「そういう芸術作品」のように見える。退廃芸術とか――――なんかそういうやつだ。ただひとりこの雰囲気から浮いているのが、くしゃくしゃ頭のハリーだった。彼は、練習帰りに純喫茶に紛れ込んだ、田舎の野球少年みたいだった。

 

「 ロン!! 」

 

ガラハッドはただちに杖を向けた。

ガラハッドが思うよりも呆気なく、ハリーは無抵抗にガラハッドからの呪いを受けた。

 

「 イモビラス! 」

 

ばったりとハリーは倒れこんだ。狙い通り前のめりに倒れたので、これで心配は要らなかった。

フリットウィック先生がバジリスクを倒すまで、彼はずっと床だけ見ていればいい。

あまりのことにロンは、涙も洟もわからない状態になった。

 

「 ハリー!ぅっうっ…ジニー!! 」

 

「 どうして自由にさせていた? 」

 

ガラハッドはハリーの後頭部を見下ろして言った。

リドルは、暇そうに似つかわしくない杖――――すなわち、ハリーのものではない杖をもてあそんでいた。

そのことに気づいてガラハッドは、慌ててストレートにこうやって訊ねた。“杖なし”にされてまさにリドルにやられんとしていた、ハリーが危ないと思って先に杖を向けたけれど、今はそういう場面ではなかったみたいだ。

にんまりと笑ってリドルは、悪戯っぽく紅い目を輝かせた。

 

「 ちょっとおしゃべりしていたのさ。そこの有名な、素敵な、偉大なハリー・ポッターといえども、しょせん12の小僧だから、僕には借りがある。 」

 

「 へえ…。と、いうと? 」

 

「 こいつはねガラハッド。実に、実に女々しい。陳腐で、決まりきったことしか思わないくせに、自分じゃそれを持て余して、脳足りんの証拠として、誰とも知れない人物に心を開いた。よぅく見せつけてやろう、ハリー・ポッター。お前が欲しがった存在は、誰のものであるのかを。お前は、いやしくも何に手を出そうとしたか!力関係をわかったうえで、僕の質問に答えろ。――――そうだろう、ガラハッド? 」

 

コマ送りのように感じた。

リドルの放った声色は、最後だけ奇妙に優しかった。

 

ガラハッドは、咄嗟にロンを庇って彼を横に突き飛ばした。

それしかする暇がなかったくらい、素早い動きでリドルはこちらに迫ってきた。

ガラハッドのしたことは、すなわち同意なのだとリドルは捉えていた。彼は杖を仕舞っていた。

狙えばよかったのに、すぐさまガラハッドはリドルを始末することができなかった。

冷たい身体でガラハッドは抱きすくめられた。

 

「 ―――!? 」

 

蛇に絡みつかれるかのように、ぎゅっと長い腕を回して…。

互いのローブを互いが纏い合って、ふたりは一輪のつぼみのようになった。

リドルは背が高いので、ガラハッドの頭の上に顎を置いた。リドルは、自分が話すときに顎が当たっても痛くないように、ガラハッドのおでこに手を置いてやった。

この子がおでこまで真っ赤にしていることが、嬉しくて仕方なくて興奮していた。

紅い目と八重歯を光らせて、そのままの恰好でリドルはロンへと話しかけた。

 

「 やあ、杖なしくん。そいつを仰向けにしてやれ。 」

 

ロンは動けなかった。彼はすっかり腰を抜かして、蛙のように足を開いて尻もちをついていた―――――凄いものを見せつけられている。

童貞には刺激が強くて、彼は使い物にならなかった。

官能的な手つきで、リドルはガラハッドの輪郭をなぞっていく。

金縛り呪文から逃れようと、歯を食いしばってハリーは呻いていた。

 

「 ねえ、キスしてもいい? 」

 

ハリーにも聞こえるほどの声で、リドルはガラハッドの頭に頬ずりしながら言った。

 

「 ちょっ―――待って。待って、なあちょっと、お願い…っ 」

 

 

蚊の鳴くような声でガラハッドは言った。

俯いて縮こまるほどに、リドルは締めつけを強くしてくる。

「可愛いなあ」と彼はクスクス笑っているが、ガラハッドは今すぐリドルを背負い投げして、「近くに寮監いるからァァァァアッ!!!」と叫びながら一本とりたかった。

そうはいっても暴れだせないから、両手でリドルの服を掴んで、胸に顔をうずめることでキスされるのを阻止した。

 

すごい動悸だった。

 

必死でガラハッドは考えていた。

 

バジリスクは、一体どこにいるのだろう?

フリットウィック先生は、今どこに?

こんな姿見られたあとじゃもう、少なくともフリットウィック先生の話だけは二度と聞き流せないんだが!!?

 

―――――いや、待て。待て。この動悸、本当に全部自分か?

 

その途端、急激に冷静になれた気がした。ぽすんとリドルの鎖骨の下あたりにおでこをくっつけて、ガラハッドが事実を確かめるその頭上で、再びリドルはハリーに話しかけていた。

 

「 わかったか小僧! 」

 

リドルは、ハリーが強情を張り続けるあいだはハリーを生かしておくだろう。

ハリーの悶絶は激しくなってきていた。好きなだけリドルは抵抗させていた。

精神的にハリーを屈服させることが、男としてリドルには重要なのだ。ガラハッドにはその衝動が、情けなくも痛いほどよくわかる。

こちらを抱きしめながらリドルは言った。

 

 

「 ガラハッド・オリバンダーは、お前ではなくこの僕を選んで、共に魔法界に君臨する。僕の導きによって、世界一偉大な魔法使いになって、この世を在るべきように変えるのさ。神がし損ねた代わりに、我々が星を廻らせる。僕が最も強大になるときは、ハリー、これからだ。赤ん坊のころの貴様は、不完全なヴォルデモート卿を打ち砕いたにすぎない。僕は、ガラハッドがもっと早くに生まれていたら、自分で自分を引き裂くようなことはしなかった。僕は、僕を捨てたりなんかしなかった!共に世界を我が物にして、貴様なんぞにはかかずらわなかった…。 」

 

ガラハッドは顔をあげた。

リドルの横顔は、いまや獰猛な鋭さを宿していた。

「トム」とガラハッドはリドルのことを呼び留めた。「その名前で呼ぶな」とリドルは硬い声で言った。

 

「 いいや、トム。トム…リドルでもいい。なんでもいい。お前じゃないほうのお前と差がつくのなら。なあ俺は、君が選んでくれた俺は、お前ひとりだけのために、この世に生まれて来たんだよ。お前じゃないほうのお前、ヴォルデモート卿ためにじゃなくて。本当だ。だって、俺は―――― 」

 

銀色に目が光った。

獲物を掴み取るような凶暴さで、今度相手の肌に触れていくのはガラハッドのほうだった。

決して“勝負”をせずに、この子をなだめ降伏させたいのだ。そう思って、「愛」になるはずの言葉を呪文みたいにいきおい唱えたけれども、この魔法の結末は制御できそうにない。

ハッとしてリドルはハリーから目を戻していた。

 

すがるように頬に触れられて、リドルは真っ直ぐにその狂気を見た。

 

 

「 ――――ハロウィンの夜に現世ここにやってきたから!なあトム、宇宙にはお前の知らない、三千大千の世界があるんだよ。時間なんかなあ、因果なんか、直線じゃない。俺はお前に会うために、()()()()ここに来たんだと思う?お前に、俺と生きる覚悟はある?ないんじゃないか?俺は、俺はお前に会うために… 」

 

ガラハッドはリドルを突き飛ばした。自分から迫っていたのに、今度は突き飛ばしたのだ。

悠然と見せつけるように、ガラハッドは胸ポケットから手帳を取り出した。切り札のように翳され、それはリドルの視線を強烈に奪った。

そのときだった。こっそりとロンが、ハリーに近づくために後退を始めたのは――――。

 

「 この名前を覚えているか? 」

 

 

地獄の書記官のように、ガラハッドは手帳の或るページを突き出した。

 

「 最後の穢れた血―――ハーマイオニー・グレンジャー! 」

 

「 もちろんさ 」

 

「 では、この名前は?我が寮の偉大なる大先輩―――――マートル・ウォーレン 」

 

「 もちろんさ 」

 

歌うようにリドルは語尾をあげた。そのくせむさぼるような目つきで、にっかりと八重歯を光らせていた。そのあとリドルは上品に笑った。

その名前をこの場で出されたことは、とても誇らしいことだという顔つきだった。冷ややかにガラハッドはそれを見ていた。

 

「 死んだ生徒だ。50年前に、僕がバジリスクを使って、殺した。 」

 

「 『うっかり死なせた』か『殺させた』の間違いだろ?僕は、生憎蛇語をたしなまない。けれど、君のためにいる―――つまり、どういうことかわかるか? 」

 

 

隙間風のようなヒューヒュー音が聞こえる。ハリーの吐息だろうか。

リドルは、さっと年相応の顔つきに戻った。

その姿は刹那とっても嬉しそうだったが、その後はショックなのか恥じらいなのか奮起なのか、ガラハッドには見ていてもわからなかった。どこかマスタングを思わせるリドルの表情には、純粋な好奇心の色も見える。

 

「 杖でやったんだろう? 」

 

ニヤッと彼は笑った。

ガラハッドもニヤッと笑って、わざと声を大きくした。

ハリーとロンがこれを聞いている。

“敢えてそっちのほうを見もしないで”やることならば、色事の他にもこういうのは定番だ。

 

「 そうだよ。彼女、ダサい悲鳴あげてた。 」

 

「 あはは傑作だな! 」

 

「 禁じられた森に連れ込んでやった。 」

 

「 いいね、それから? 」

 

「 それからというと? 」

 

「 まあね、やることといえば決まっているけど―――――どう感じたかを聞いているんだよ。 」

 

「 そうか。くくく、それじゃあ、聞いてくれるか?なあトム、僕は、()()()殺しをしたときは、『当たれ』としか心底思わなかったんだよ。 」

 

明るい声色でガラハッドは言った。

「へえ」と穏やかにリドルは返事をした。

ハッタリを言うおくちは可愛いけれど、こちらに優越しようとする性根は、許容しがたいレベルの生意気だ。

落ち着き払った口ぶりで、教師のようにリドルは続きを促した。

 

 

「 そうなんだ。君は、そうだったんだね?詳しく聞かせてもらおうか。 」

 

「 お前はわかると思うけどトム、殺しを成功させると人間って、不思議と穏やかな気持ちになれるよな。いざとなったら、()()殺せるって思えるのは凄くいい。立場上、ろくでもない奴らと一緒に過ごすしかなくたって、()()殺せる人間なんだから、大抵のことは全然平気になる。 」

 

「 ああ。それはわかる…。わかるよ。 」

 

「 それが三回目かそこら以降からは、また心境が変わってくる。 」

 

「 へえ…? 」

 

「 こっちも殺されかけたり、生きるも死ぬも運次第の経験をすると、もう…その経験が重なるともう…――――もうな、心底、殺しをすることは権利のように思えてくる!『俺は、()()()()人を殺したからこうして生き残った。()()()()()()()()()、今度もまた殺そう。』って、なぜだか真剣に思えてくるんだよ。『生き残るために』じゃなくて、生きることと殺すことがひとつになる。本当に、ひとつになるんだ!! 」

 

「 ふぅん… 」

 

「 ヴォルデモート卿も最期には、そういう状態だったんだろうな 」

 

 

嘲るようにガラハッドは言った。

芝居に感動したお客のように、機嫌良さそうにリドルは言った。

 

 

「 いいね。逞しい想像力だ! 」

 

「 言ったよな、トム?僕を、受け入れてくれないっていうのか?僕は、君と会うために時を越えてこの世界へとやってきた。神がし損ねた代わりに、僕が、星に背を向けてここに来てやった。()()()()()、随分と殺しをした。生きながら修羅に成って、このとおり業火が染みついたよ。トム、君のおかげさ、本当に―――君のおかげさ。僕は、ごく普通の学生だったから、ごく普通の名前だったから、貴種じゃなかったから、君が求めてくれなかったんじゃあ、こうして化けても出られなかっただろう!偉大になるのは、トム、()()()()()()()のほうだよ。そんなに才能があるのに、そのつもりはなかったのか? 」

 

「 ―――…! 」

 

ガラハッドは兄のようにそう言った。リドルの紅い目はもう、そんなガラハッドに釘づけだった。

震えながらもロンがハリーのもとに至って、そのポケットから杖を抜き取った。リドルもガラハッドも、そのことには気づいていなかった。

彼らは凛然と対峙していた。

もう一度、強く抱きあってはくれまいか。ロンは彼らを見ていると、そのチャンスはまた来るような気がした。今の状態ではふたりを同時に狙うことはできないので、呪文を唱えた途端にロンは、どちらかから反撃されてしまうだろう。―――黙ってロンは考えていた。

 

 

リドルは屈服していた。

困ったような声色で、真面目な表情でリドルは言った。

 

 

もしも、夢みたいな奇跡が起きていて、この少年は本当に“僕の”ためにいるのなら。

 

いいやすべてのことはただの偶然で、けれど全部全部、運命だということにして、こんな自分のことを愛してくれるのなら…なおさらリドルは確かめなくてはならなかった。この世がどれほど酷くって、YESである確率がどれほど低くても、「たとえ百万人犠牲にしたって」と、愛はこのように願わせる。

 

「 ねえ君は、しあわせなの?こんな、クソッタレの世界に――――僕のために此処に来るのは、つらくなかったかい 」

 

ロナルドは心を決めた。絶対に出来るようになるよう教えてくれる先生のアドバイスが、不意に聞こえたような気がしたのである。陽気な奇才らしい顔つきで、ガラハッドはひらひら利き手を振っていた。

 

「 あはは。お陰さまで、しあわせだよ! 」

 

暗闇に閃光が走った。

 

 

金縛りから急に解放されたハリーは、ぶはっと一気に息を荒げた。

フリットウィック先生の一閃によってリドルは掻き消えるも、「シューシュー」という音がその場に響いた。

ハリーにはその意味がわかった。バジリスクだ!バジリスクがやってくる!―――――地を這うものと音がして、小刻みな振動が秘密の部屋全体を揺らし、天井からパラパラと小石が降ってきた。

無事にハリーを助けることができたロンは、今度はガラハッドへとハリーの杖を向けた。「よせ!」というガラハッドの言葉など、聞き入れるはずもなかった。

 

「 ペトリフィカス・トルタス! 」

 

電気ショックのような痛みを味わって、ガラハッドは無様に床に転がった。

ロンは立ち上がったハリーにハリーの杖を投げると、転がったガラハッドに駆け寄ってその杖を奪おうとした。

 

 

「 うぇっ、ちょっち、これは無理かも! 」

 

ロンはガラハッドの杖を落っことした。そのときだ。突然ロケット花火みたいなものが打ちあがり、噴煙だらけのなか雄鶏の声が鳴り響いた。

ハリーは、自分の杖を構えるや否やあの日記を探していた。リドルがハリーに正体を明かしたとき、あの日記帳は開かれて床に置かれていたのだ。

けれど噴煙は視界を奪い、ハリーはそれを見つけられなかった。

 

「 ロン!! 」

「 フィニート・インカンターテム! 」

 

リドルは再び出現していた。

ジニーの杖で、リドルはガラハッドを解放した。その光線の源がすなわち、日記のある場所であった。

 

「 ぶはっ!?…。――――?? 」

 

戦闘というのは、いきなり霧が晴れるように終わるものだ。

 

ガラハッドがそちらに目を向けたとき、ハリーの武装解除呪文が煙幕を貫いていた。

けれど、何も起こらなかった。

花火が落ち着いて水色の煙が消えていったとき、そこでは小さなフリットウィック先生が、古ぼけた日記帳を拾い上げていた。―――彼はにっこりと言った。

 

 

「 よくできました! 」

 

ガラハッドは手放しで感服した。行動の先手を読む力はもちろん、初撃でリドルの力を削るさじ加減が、フリットウィック先生は完璧だったと思う。

バジリスクの習性を利用して、ここを安全地帯にしているのも彼だ。

リマインド効果つき無言呪文――――…いったいどうやったらそういうことができるのか、雄鶏の輪唱を聞きながらもガラハッドにはわからない。

 

いつの間にか日記を持って立つ見慣れた先生に、ハリーとロンのふたりは大声をあげた。

 

「 フリットウィック先生!? 」

 

「 いつのまにぃ!? 」

 

「 良い武装解除呪文でしたよハリー。私もあやうく杖を落とすところでした。何より、“どこに放つべきか”の判断力がすばらしい。グリフィンドールに20点!ロナルド、君の終了呪文も完璧なものでした。君は、あの呪文を初めて成功させたんじゃないかね?グリフィンドールに20点 」

 

いつもの調子の先生に、ガラハッドは安堵してしゃがみこみそうになった。

とはいえまざまざとさっきのを思い返すと、ちょっと真っ直ぐには顔を見られない。

 

「 ガラハッドは――――そうですね、まず校内設備を破壊したことでマイナス50点、巧みな演技・弁論術にプラス100点、されど風紀紊乱でマイナス10点 」

 

「 はい…、はい… 」

 

「 ゆえにレイブンクローも40点 」

 

排管の入り口で先生に頭突きしたことは、なかったことにしておいてくれるらしい。

そう言って笑いながら、小さなマエストロは古びた日記帳を軽く振った。

 




■「ティンカーベル」「フック船長にサメの…ウェンディ・ダーリング」は戯曲『ピーターパン』からです。いずれより明確に登場させ、PAZZLE2に入れます。
■元ネタ『長谷雄卿草紙』で、鬼は姫を賭けて長谷雄とすごろくを打ちますが、長谷雄は「自分の持っているもの、すべて」を賭けてすごろくを打ちます。
■元ネタ『高野聖』…蛇などが潜んでいる陰鬱な場所で、旅の密教僧は“嬢様”の色仕掛けに遭います。
■『長谷雄卿草紙』で勝者である長谷雄が姫を手に入れられなかったのは、鬼から待てと言われたのに、色香に魅入られた彼が姫に手を出したから。すると姫は消えていきました。
■リドルが鬼であるとすると姫はハーマイオニーになる。ホグワーツに千年継承されている、生徒の対立を生み続ける「伝承」や「社会構造」こそが魔であり鬼だとすると、姫はリドルになる。男だけどアリスですんで、まあ…。
■リドルが主人公と世直しをしたがるのは、戯曲『血は立ったまま眠っている』オマージュ。
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