その晩ガラハッドがひとまず結論を出せたのは、アラベールの前では暗い顔をするまいということだけだった。「イカニモらしく」というのはささくれだった気分による解釈で、それからの夏休みのあいだじゅう、アラベールはガラハッドが思いつく限りの「いわゆる親らしいこと」をした。それは純粋に有り難いものだったり呆れるような親馬鹿だったり、時にはいやに正統派すぎて、ガラハッドに羞恥心で奇声をあげさせるものだったりした。
あるときアラベールはハリーに訊ねかけた。
「 ハリー君、つかぬことを聞くがね 」
それからの展開は、ガラハッドにとっては地獄だった。
「 うちの子は、まったく学校の話をしないたちでなあ?愛想の良い子ではないと思うから、気になっているんだ。ちゃんと友人はいるのか? 」
「 はあ?はあああ?ちょッ、そういう心配されてるわけ俺!?ほほほ、放っといて 」
「 ガラハッドはちゃんと友達いますよ。ブルーマフィアって呼ばれてて、いつも取り巻きに囲まれてます 」
「 それは…それでどうかと思う。健全な関係と言えるのかね、それは? 」
「 くそ!要らんこと言うなハリー!! 」
また、こんなこともあった。この夏アラベールは、ガラハッドの成績表を隅から隅まで読み、「この科目のレポートはどういうのを出したのか」とひとつひとつ尋ねてきて、驚くべき眼力によって、ガラハッドがそこそこちゃんと取り組んだつもりのものには「ふーん」という顔を、正直適当に出したものには「はあ?」という顔をした。
これにはガラハッドは震えあがらされた。成績表なんてまだ見られてもいいほうだ。自分が日頃どんな生活をしているか、フリットウィック先生から所見を示されたら、アラベールにはどんな顔をされるやらわからない。
氷水を浴びるような沈黙のあと、ガラハッドはある午後こんなことを言われた。
「 ふむ、少し出かけるか 」
「ついでに買い物だ」とアラベールは言った。彼はハリーのことも誘って、「ついでにフローリアンのところの味も見てやろう」と言った。
そうして子どもたち連れてアラベールが向かったのは、よりによって高級クィディッチ用具店だった。箒なしでも舞い上がりそうなハリーとは対照的に、ガラハッドは看板を見るだけで頭痛を感じ始めた。一年生のとき以来箒には、二度と近づかないと心に決めているのに…!
「 いや、あの、その、ちょっと、僕は… 」
「 お前はおもてで待っていなさい 」
アラベールはハリーだけを連れて高級クィディッチ用具店に入った。「入らないのか?」とも言われなかったことに、明るい往来にてガラハッドは、消し炭に変身させられた心地だった。
一方ハリーのほうはというと、このときも自分のことに夢中だった。樫材のドアをくぐると、ドアにくっついていたベルがチリンチリンと鳴り、奥から仕立ての良い服を着た店員が出てきた。
ひとりでは、到底入れる雰囲気ではない店だ。とんでもない自制心によって、ハリーはカウンターのところに展示してある“ワールドカップ連盟認定公式試合用スニッチ”に手を伸ばさないようにした。「やあ」とひらひらと手を振って、アラベールは店主と話を始めた。
「 久しいな 」
「 おおう、帰ってきていたか!さしずめ、お師匠のお呼びたてで? 」
「 まあそんなところだ。聞いたぞ。ずいぶん、上手にやっているらしいじゃないか。ラルフと契約したんだって?君が呼びたててくれよ。 」
「 さすがに耳が早い! 」
「数が出ないんで、まあ客寄せだね」とか、「またまた、いくら上に乗せるんだか」とか、大人の男たちの仲の良さそうな会話は、ハリーの頭のうえでしばらく続いた。柱に繋がれた犬みたいに、しょぼくれて路上で待ちぼうけをくらっているガラハッドはともかく、ハリーにはこの時間はいくら続いてもよいものだった。
店内を見回しながらハリーは思った。
あらゆる箒を試してみたい。カウンターの商品をひととおり見終わったら、今度は店中の壁を見るのに忙しい。本心を言えば、ハリーはアラベールの隣からそっと離れて、この店の棚という棚に近づいて見て回りたかった。
あそこに展示してあるのは、マダム・フーチが語っていた≪シルバー・アロー≫――――往年の名箒で、既に生産中止の品だ。「本物だ」とハリーは、興奮に震えて生唾を呑んだ。
「 ところでそちらさん有名人だね 」
いきなり店主が声色を変えた。久しぶりに浴びせかけられた「いつものやつ」に、ハリーはさっと俯いて額の傷を隠した。
「 最年少シーカーじゃないか!どうだい、新しい箒は? 」
「 えっ… 」
「 よせ、からかってやるな。気をつけろよ、このおじさんは前途ある君を借金漬けにする 」
アラベールは笑って言った。ホッとしたの半分、咄嗟にグリンコッツにある金貨の山を思い浮かべながら、ぎこちない笑顔でハリーは頷いたのだった。
そうだ気をつけろ…今のニンバス2000だって、十分に素晴らしい箒じゃないか。あと何年もホグワーツに通うんだから――――ここで散財せず、教科書代をのこしておかないといけない。
「 どうして一緒に? 」
「 息子の友達さ。お嬢さんと同じでな。本人のほうは、おもてに待たせてある。 」
「 そりゃ可哀想だ 」
急いで店主は白い手袋をはめた。
「
そうして、うやうやしい手つきでバックヤードから店主が出してきた箒は、非の打ちどころなく“とびっきりの一本”だった。
まだ試作品だというそれは、ハリーが今まで見たどの箒よりも素晴らしかった。とんでもない美人で、尾のシラカンバの小枝の曲がり具合は、一本一本が緻密に計算されたようだ。その箒はホグワーツの備品と違って、はすっぱな感じがなく、鋼鉄のスーパーカーみたいに静かだったし、箒嫌いのガラハッドも、これとは喧嘩せずに熱い視線をそそいでいた。「見惚れているんだ」とハリーは思ったが、職人の子の視点はもうちょっとシビアだった。
「 これが量産品なの? 」
十分な沈黙のあと、ガラハッドは怪訝そうに眉を顰めながら、ゆっくり顔をあげてぼそりと言った。今年アイルランド・インターナショナル・サイドのために、この箒を七本仕入れると店主が言ったからだ。ハリーは、この親子の会話を耳に入れてしまったら、たとえ現物を見た記憶を全部消したとしても、誰だって
「あわわわ」と目を瞑るハリーを挟んで、高級クィディッチ用品店の軒先で、オリバンダー親子は罪深い会話を始めた。
「 見ろ、この柄の曲がり具合を。“流体工学”という分野がマグルの学問にはある。よい魔術師というのは、科学の上前をハネるものだ。こいつは、ただ流線形にしてあるわけじゃない。初めて航空機設計の技術を転用して、科学的にデザインされた箒だ。職人ラルフ・スパッドモア生涯の挑戦だな。彼は独立して――――それはもう十年は昔の話なんだが――――こうしてここまでやり遂げたってわけだ。お前、これをどう思うね? 」
「 ラルフ・スパッドモアって、うちと同じエルドラの森を使っている人だよね?困るだろ、こんなの…こんなに良いトネリコの芯だけ使われたんじゃあ。シラカンバの枝だって、相当な数の中から選ってるよ。 」
「 一本削りだしだからなあ。 」
「 ねえしかも、これ―――削りだしのうえに寄せ木造りなんじゃない?凄い…樹を、こんなふうに繋げまとめるなんて。 」
「 そうなのだ。そこが
「 ッ金具も凄い!ああ、これ、もしかしてゴブリン製?これで空中分解を防いでるのか――――トップスピードはいくら? 」
「 時速240km!なお、その速度には10秒で至るとのテスト結果だね! 」
「自分じゃ試せない!」と店主はおおらかに笑った。「こんなものに素人が跨ったら、掴まっていられずに真っ逆さま!」だそうだ。ニンバス2000を乗りこなしている自信のあるハリーは、これを聞いてますます身悶えるのだった――――欲しいぃぃぃいッ!欲しい!欲しすぎる!!でもこの箒によって金庫を空にして、ダーズリーに頭を下げて教科書を買うはめになるのは嫌だし…全財産を費やしたところで、手の届く価格だとは限らないし…。生涯で一番の忍耐力によって、ハリーは「おいくらですか」とは口に出さなかった。万が一グリンコッツにある金額よりも銅貨1クヌートぶんでも下回っていたら、1クヌートぽっちしか残らなくても、「買います」と咄嗟に店主に言ってしまいそうだったからだ。お願い、もう喋らないでくださいアラベールさん。そう祈りながらもハリーは、息をつめて聞き耳を立ててしまった。
「 まあ作れて100本ってところだな。それ以上は、注文があっても廃版だろう。 」
そんなのますます欲しくなる。つまり、先着100本だなんて…――――もう7本も売れたそうじゃないか。自分が大人になって何らかの方法で稼ぐまで、この箒は生産されていそうにない。
「 そんなに森がない。ロマンはわかるんだが、ラルフのやり方は端材を出しすぎる。“最高の一本”を追求するあまりにな。本来、これは商品にするものではないものだろう。我々のオリーブの杖同様に。 」
「 なんか、ずるいよな。 」
つまらなさそうにガラハッドは言った。帰り道も彼がぶちぶち言うことに、アラベールは満足そうに目を弓なりにしていた。
「 魔法省の規制は厳しすぎる。今の価格上限で、価格上限のない業界と今後ますます良い樹を取り合っていくなんて無茶だ。世の中、箒よりは杖のほうが役に立ってるっていうのにさ。魔法省は高級箒を規制すべきだよ。 」
「 そうかね?あれは良い税源だ。レース用箒には国の威信もかかってくる。せいぜい稼がせておけばいいから、そのぶんこっちの助成金を増やせとわたしは思う。―――フッ、そうはしてこないだろうがな。魔法省にとっては、下々の者の使う杖はガラクタであるほうが助かるわけだ。我々は廉価性を求められるが、粗製濫造なんぞしてやるもんじゃない。たった一本の杖に、“あらゆる可能性”を宿してこその杖の術なのだから。 」
「 ふぅん… 」
「…そっか」とガラハッドは、彼にしては時間をかけて答えた。考えすぎだろうか?アラベールのアメリカ訛りが、不意に怖いものであるように思われたのだ。
近頃読んでいる新聞の記事には、繰り返しこのように書いてある。
”銃、それはマグルが殺し合いをするための、金属製の杖のようなもの”と。
つまり“杖、それは我々が殺し合いをするための、木製の銃になる”ということ。
杖を手放させる呪文のこと、“武装解除呪文”って、よぶくらいだもんな。
気づいていなかったのは、きっと自分だけなんだ。
フローリアンの店にてチョコ・サンデーに喜ぶハリーほど、ガラハッドはもう無邪気ではいられない。こんな日差しなのにひぐらしの声がないのを、未練みたいに寂しく思いながら、去年あったことを思い出して肘をつき、夏の空を眺めていた。
翌朝の日刊予言者新聞でも、シリウス・ブラックのことが記事になっていた。
“ブラックいまだ逃走中!”
毎日同じことを報じているだけで、仕事をしたことになるのだから新聞社ってのは気楽な商売だとギャリックは言った。朝のコーヒータイムには、いつしかカフェオレのハリーも交ざるようになっていた。矢のように時が経って、夏休みはもう終盤に差し掛かりつつあった。
その朝もガラハッドは、左手で新聞を四分の一に畳んで読んだ。毎朝紙面を見てはガラハッドは、冷ややかに目を銀色にしていた。
このくだりを読むたびに思うのだ。
“魔法界は、ブラックがたった一度の呪いで十三人も殺した、あの十二年前のような大虐殺が起きるのではと恐れている”
キリストと弟子を殺しきるユダみたいに、たった一度で十三人を屠れる呪いって、どんな呪文なのだろう?そして何よりそれを可能にしてしまう、杖というものを誰しも持つこの魔法界って、どうなのだろう…。
この国の大抵の人物は、ギャリック・オリバンダーかジミー・キデル、そのどちらかがつくった杖を使っていて、なかでも強力な杖をつくるのは、我らがギャリック・オリバンダーに違いないのだ。
しかもシリウス・ブラックは、グレイス・オリバンダーと浅からぬ仲だったわけで…。ブラックの使っていた杖が、ギャリックの手によるものでないなんてありえない。ガラハッドは、この夏ギャリックがとことん平然としているのに、今更ながら「普通の人間じゃない」と思わされた。
そのうえさらに理解に苦しむのが、ラルフ・スパッドモアに触発されて、より“爆発力のある”杖開発に勤しむアラベールのことだった。ガラハッドが思うに、生身で乗る箒に時速240km性能なんて要らないように、日常用、それも学用品という側面を持つ杖に、その気になれば人を殺せる機能なんて要らない。「普通に考えて、要らないよな?」と思うのだ。我々のやるべきことは、「たとえどんなヤバい奴に持たれてもいいように、“禁じられた呪文”には従わない杖をつくる」みたいなことで、幼い子が振り回したときにうっかりと、兄弟の頭を消し飛ばしかねない杖を世に出すことではない。
けれど「特定の呪文に従わない杖をつくる」ということは、「決して身を守れない杖を持たされながら労働力にだけはなる魔女と魔法使いを生み出す」と同義で、なんとなくそれはやってはいけないような、やってしまったらきっと後悔することになりそうな、漠然と何か恐ろしいものをガラハッドは感じるのだ。
たとえば屋敷しもべ妖精が本当に無力だったら、彼らを従えることはステータスにはならないだろう。純血主義者のあいだに、蔑みながらもマグル出身者を従えて労働させる風潮がないのは、彼らは(彼らも)杖なしでは屋敷しもべ妖精より無能で、ろくに労働力にならないからではないだろうか。
そのことが、却って彼らの尊厳を守っているわけだ。
そんな仮説を証明するかのように、ハリーは毎日なんらかの家事に挑戦しては失敗をした。
( ――――やっぱり、杖業は現状で良いってことだよな。 )
そんな納得感を得られるぶん、悲惨な失敗をされるほどに安堵できて、ガラハッドは結果的に菩薩のようにそれに対処した。本当にたまたま今限定で菩薩っぽいというだけで、もしもガラハッドがいつもどおりなら、「ええい、どんくさい!」と今頃ハリーは叱り飛ばされ、元僧侶基準のしごきを受けているはずである。これまでガラハッドの世間ズレしている面について、他寮生のハリーは知らずに済んでいる。
「 ご、ごめん…本当にごめん 」
「 いいんだ。形あるもの必ず滅びる。人間、皿を洗うために生まれてきたんじゃない。 」
「お前はそれを証明したにすぎない」と、何度もガラハッドは深く頷いた。実際、ハリーのしでかしてまわるようなことは、オリバンダー家にとって全然大したことではない。
「レパロ」と唱えれば割れた皿はもとに戻るのだし、「スコージファイ」と唱えればシンクから溢れ出した泡は消えていく。
こういう世界で賃仕事にありつくには、よほどの技能か創造性が必要だなとガラハッドは思うのだ。すごく失礼な話だけど、ホグワーツで成績の悪い子って、将来どう生計を立てていくんだろうな?専門性を磨いて魔法界で生きていくよりも、マグル界でこっそり得をするほうがイージーだろう。
たとえばワンオペで雇われて、実際は労働をせずに杖を振って済ませるとか。
たとえば人件費ゼロで“やみつきエキス”入りお菓子を製造し、販売価格はマグル相場に合わせるとか。
「高度な魔法は使えないけれど、杖があれば泡立て器を無限に回せる」程度の魔女と魔法使いは、そうやって稼ぎを得るのが順当で、そう思うとガラハッドは少なからず、ルシウスたちが半純血を蔑むのもわかってしまう。
だって、卑しいだろう、親のやっていることが。
魔法界で身を立てる実力があれば、魔法界で出会ったもの同士で結婚するはずで、やたらにマグルに混ざりたがる魔法族は、魔法の腕前に自信がないのである。何より、“愛の妙薬”を使えば理解のあるマグルのパートナーなんか、そこらへんでいくらでも見繕えてしまえる。その果てに生まれた子ってけがらわしい…。
「 ねえ、あのさ 」
いやに物静かで優しいガラハッドに、おずおずとハリーは声をかけた。もらった家政本を付箋だらけにしながら、この少年の言うことには、こうだ。
「 時間を巻き戻す呪文ってないの?すっかりきれいにされちゃったら、もう一度“皿洗い呪文”を練習できないよ 」
「 まあ、そんなに急ぐな 」
上の空でガラハッドは杖を振り、見えている範囲の掃除を済ませた。「けがらわしい」とまで考えた瞬間、ズキンと偏頭痛が始まったのだ。
「 ああ、雨が降るかも。鎧戸を閉めておかないとな 」
実際そのあとは雨が降った。
しとしとと雨が降りしきると、アイスクリームパーラーなんて開店休業みたいなものだ。これ幸いとハリーは、店の前の道を斜めに渡り、フローリアンに魔法史の宿題を教わりに行った。
ひんやりする工房のなかで、ガラハッドはギャリックに課された杖修行をこなした。半人前に使われることを了承してくれた材木に、錐で芯材を入れる孔をあけ、本来柔らかい芯が適度な(適度な!)硬さを持つように念じつつ、そっと孔の中に通していくのだ。途中で芯材が歪んだりヨレたり、はじめに開けておく孔が大きすぎてもいけない。
近頃は、取り組んでいる本人や課しているギャリックよりも、アラベールが一番そわそわとこれの成功率を気にした。
ガラハッドの手のなかで不死鳥の尾羽が折れて火炎をあげたとき、アラベールは「ああ」と落胆の息をついた。
「 なぜだ。グレイスはよく出来たのに! 」
ガラハッドは、顔をあげずに焦げた尾羽を次のと交換した。背後にいるアラベールの嘆きには、返事をしなかった。
失敗して、悔しくないわけではないが――――「まったく悔しくない」ではないだけで、心底悔しいとは皆目思わないし、「いかなる失敗をしても1日に1本やりきる」はノルマだからおこなっているだけ。正直、全然身は入っていない。
逃亡犯というのは、こんな天気のときはどこで風雨をしのぐのだろう?晴れている日よりも、居場所が絞れてみつかりやすいんじゃないだろうか…。
そういうことを考えていると、樹木というのはちょっとの手心も加えてくれないし、「この技術を磨いた先にあるのは、武器商人という立場なんだよな」ということが脳裏をよぎると、不死鳥の羽根は怒ったように火花を出して、扱う者の手を焼き焦がすのであった。ガラハッドがついつい溜め息をつくと、その勢いで火は消えていった。
「 こらッ!! 」
「 息を吹きかけるな! 」
ふたりぶんの雷が落ちてきた。「うぇっ」とガラハッドは首を竦めて、ギャリックとアラベールのガミガミに耐えた。
「 理屈はわかっているはずだな?なぜ、徹底しないのだ?なぜ、徹底しなくてもいいと思った? 」
そういう質問って答えづらい。
一度ガミガミ言われるようになると、アラベールの厄介さときたらスネイプやフリットウィックの比ではなかった。「立て板に水」のごとくつらつらつらつらと圧倒的に正しいことを言われ、滝行のようにガラハッドは身を打たれる心地だ。そうだ“親”ってさあ、こんな感じだったなあ。論戦する以前に、初手から論破されてしまう存在…。
カレンダーは遅々として進まない。この夏は、妙にしんどい。
そして、妙に雨の日が多い。
きっとシリウス・ブラックを捕まえるため、魔法省が気象を操作しているんだ。
久しぶりによく晴れた日、フローリアンの店のテラスで、ぐだぐだと日光浴をしてガラハッドはひととき安らぎを得た。孤児ばかり三人ということになるそこでは、アイス片手にぶっちゃけトークが花開くのであった。
「 まともな親がいるのも大変だなって思った 」
ハリーは、ソーダアイスで舌を水色にしながらニヤニヤと笑って言った。この夏アラベールはハリーの宿題にまで目を通して助言をしたけれども、ハリーに対しては成績表を提出させて睨んだりはしなかった。
杖の術に錬金術――――日夜くどくどやられているガラハッドは、このときひからびたカエルみたいになって、フローリアンの店のテーブルにへばりついていた。
「 あいつ、まともか?いや、まともだけどさ。ちょっと僕に期待しすぎてるところない?できるわけないこと言ってきすぎ。 」
「 そういうもんなんじゃない?マダムもね、今に身長が伸びるからって、僕にいつもぶかぶかのローブを着せたよ。採寸屋なのにさ! 」
ちらりと斜め向かいの店を見やりながら、くすくすとフローリアンは笑って言った。ガラハッドは、ひとりだけ余裕ぶっているハリーにちょびっと意地悪をしたくなった。
「 そっか…なあ、聞けよフローリアン。こいつなんか、マクゴナガルにニンバス2000を贈られてる 」
「 わぁーおイカす教育ママだね。それは高くつくねえ! 」
「 えっ、あ…そ、そうなんだ、うん 」
「 トロフィーでお礼したわけ? 」
ハッフルパフ卒のフローリアンは、クィディッチに関しては容赦がない。痛烈な煽りを受けたハリーは、真っ赤になってこのとき黙りこんだ。まだ一度も優勝杯を手にしていないことだけでなく、日頃の素行まで指摘された気がしたのだ。
夏休みの間、雨の日でも(雨の日こそ、他のお客が少ないので)毎日ハリーは高級クィディッチ用品店の軒先まで、
ハリーがちらりと穿ち見ると、「どうかと思う」という顔つきをガラハッドもしている。
彼は世間の箒人気が気に入らないだけだったが、ハリーは「自分は軽率だった」と感じ、小さな声でぽつりと言った。
「 僕、今年は絶対に優勝するよ 」
「 ふーん、がんばれ? 」
興味がないなりにガラハッドは答えた。さてのんびりとこんなやりとりが出来たのも、夏休み最終週を迎えるまでのことだった。
8月が終わろうとしている。
ダイアゴン横丁では学生狙いの商戦が始まって、新入生が続々とオリバンダー杖店にやってきた。
朝のコーヒータイムにて。貰った家政本を付箋だらけにして、すっかり自活能力をつけつつあるハリーは、繁忙期のあいだオリバンダー家の家事を全部行うと申し出た。ギャリックとアラベールは、そんなハリーをにこにこと褒めちぎった。その一方でガラハッドは、ハリーの発言にとても静かに静かに絶望した。
現在のところガラハッドは、店員としては杖磨きと掃除・整頓、在庫管理とカネ勘定の出納役しかできない。そういうことはいわばバイトでも出来ることであって、人と杖をつがわせる杖師への道は、残念ながらまだまだ遠い。
ブラックコーヒーを飲み終わるや否や、「いやあハリー君がいて助かるな。良い機会だ仕込んでやる。」などとのたまうアラベールに、襟をひっつかまれて店舗へとずるずる引きずっていかれ、「執行」という言葉が脳裏に浮かんだ。
ガラハッドの受難の夏は続いた。
「 うわあああああッ 」
今日も今日とてとんでもない色の爆炎に≪失敗≫を突きつけられ、頭がはちきれそうになってガラハッドは髪の毛をかきむしる。元気爆発博士のびっちりコーチングに比べたら、ホグワーツの授業なんて温泉みたいなもんだ!理解できないことや出来ないことが多すぎて、繁忙期の週は夜な夜な、ガラハッドは蒼くなってベッドに転がり、ハリーだけでなくヘドウィグにまで慰められるはめになった。頼む早く新学期始まってくれと、心底願い続けるような日々であった。ギャリックとアラベールの双方から杖の術の手ほどきが受けられる機会は、きっと人生に何度もない。今はその貴重な一回の期間だと、わかってはいるけれども…。
( 無理だ…俺には無理だ!マジで。育てられた恩は返さないといけないのに…! )
自分にはそれが出来そうにない。生まれる前から杖業の跡継ぎと目されて、純血主義のブラック家から連れ出されたのに、これかよ。優秀な師ふたりの道を説く言葉は、石をつたう雨のようにむざむざと流れ落ちていく。それらが勢いをもつか、あるいは要所を狙い撃って放たれるほど、石は削られていくばかりで大きくなんかならないのだ。ガラハッドは、まさにそうだった。近頃は、何をやってもうまくいかない。魘されるガラハッドの額を撫でながらハリーは、小さく暗い声で言った。
「 少し熱があるよ。明日は休ませてもらったら? 」
「 そういうわけにもいかない。来週には、ホグワーツが始まる 」
「 杖の術って本当に難しいんだね。卒業してから学ぶわけには、いかないのかな 」
「 爺さんは若くないだろ 」
「 じゃあせめて――――もっと『えい!』って、気楽にやってみたらどう?どうにか、元気を出してほしいよ。『グレイスの子だから、才能はあるはず』って、あんなに言われてるんだから。君は、やる前にいろいろ考えすぎなんだと思うな。 」
「 …ははは 」
そりゃあ後先考えず家出するお前と比べたら、大抵の人間は「考えすぎ」だよ?
ガラハッドはそのように思ったが、わざわざ返事をせずに横たわったまま溜め息をついた。
何も考えずに野放図に過ごして、自分はかつて金の枝を持ち帰ってしまった。今もあのヤドリギは、店の一郭に飾られている。乾いていくごとに輝きを増して、祭司の代替わりの日が近いことを告げている。
連綿と続く儀式だ。死すべき人の子は、知らずしてオリュンポスの神々に操られ、喜劇の一員として踊っているから。
逃亡奴隷の裔として、倒れる日に森の王は、「わしゃ空の墓に還る」と笑うだろう。そして帝国時代を知る人の子は、すっかりいなくなるだろう。
自分が、シリウス・ブラックの子だと知っていたら、杖業になんか関わろうと思わなかった?
別にそんなことはない。
自分が、シリウス・ブラックの子でさえなければ、因果な商売にまつわる業は軽くなる?
別にそんなことはない。
わかっているのに囚われている。自分は、ただ跡継ぎとして腹を括れていないだけなのだ。
世界が流転するはやさに、この者は追いつかないといけない。
今回登場した魔法界の産業事情はあくまで本作内での設定です。マグルは植樹林の木材を使いますが、魔法族は原生林に近い状態の森の大樹に、樹の許可を得て枝を切らせてもらって使います。そうでないと魔力がたりません。よってマグルが思っている以上に、魔法族たちは苦労しています。箒職人と杖職人は微妙な関係です。箒のほうが大きな枝を必要とし、杖のほうが良質な枝を必要とします。彼らの伐採によって大樹が回復不可能な傷を負わないよう、またマグルが大樹に手を出さないよう努めるのがエルドラなどの木守り人です。ほとんど人に会わない職業であり、マグルが想像する「森の奥深くに独りで住む魔女」は木守り人のことです。杖職人と箒職人の利害は魔法省が調整すれいいと思いませんか?魔法省に任せると、事は箒職人にうまく進みます。何故なら最高の箒は国際大会で英国チームを活躍させますが、最高の杖は政府を転覆させるからです。オリバンダー杖店がマルフォイ氏に足を向けて眠れないのは、マルフォイ氏が関係各所との利害を調整してくれているからです。しかしこのままではオリバンダー杖店はマルフォイ家の子飼いにされてしまいます。そこで先祖の家名と持続可能な発展のための国際魔法使い協定を利用して、アラベールはフランスに自分を高く売り込み、公爵の肩書きを獲得したのでした。同条約は発効されたもの、英国魔法省は貴重な杖職人を失いたくはなかったので、ブラック脱獄にかこつけて今回アラベールをフランスから呼び戻しています。