ハリー・ポッターとオリーブの杖   作:Tohka.A

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甘き死よきたれ

 

昨晩はハリーの性格に救われたけれども、翌朝になるとガラハッドは、ハリーに対して「やっぱ意味わかんないなコイツ」と強く思わされた。自分の身に迫る危険について、昨夜語り合ったときのハリーは重々理解している様子で、そのうえで芯の強い瞳で「みんな僕を馬鹿にしすぎだ。僕は三度もヴォルデモート卿を退けたんだぞ。今度だって、みすみす殺されたりなんかしないよ!」などと語っていたのに、翌日起き出すとハリーは、家のなかのどこへでも(トイレの前まで)二日酔いのアラベールを追いかけ回して、必死の声色でホグスミード行き許可証へのサインをねだったのだ。10時の紅茶を淹れながらそれを聞いて、「みすみす警備のないところへ行きたがるなんて、何考えてんだコイツ」とガラハッドは思った。

 

 

「 “保護者署名欄”ねえ? 」

 

 

とうとう根負けしたアラベールは居間のソファに腰を据えて、ハリーに手渡された所定の書類を眺め、気だるそうに眼鏡をいじった。ガラハッドは口を挟むべきか迷った。反抗期の陰鬱さを心配されている身として、ここはひとつ「老眼なの?」くらいの生意気は言っておくべきだろうか…。

 

 

「 君の叔母夫婦にまで、ホグワーツはこんなものを出させるのか?面白い冗談だな 」

 

「 そう思いますよね? 」

 

 

ハリーは、熱心なセールス魔ンのように前のめりで相槌をうった。

 

 

「 おかしな話です。あの人たちの許可が必要だなんて。でも、そこには決して“親族”とは書いていないんです。“保護者の署名が必要”と、書いてあるんですよ。 」

 

「 いったい、これに何の意味があるというのだね?ホグスミードに遊びに行った先で、おたくのお子さんが怪我をなさいまして…なーんて手紙、こんなもの書いたってずぶのマグルには届かないぞ。ハリー、君のこれまでの活躍や行状が、叔母さんたちに知れていたことがあったかね? 」

 

「 ないような気がします 」

 

 

つらつらとハリーはよく喋った。

 

 

「 いいんです!あの人たちは、僕が何をしていても気に入らないし、怪我なんかしたと知ったら喜ぶんだもの。あのぅどうかそれに、一筆、サインを貰えませんか?お願いです、アラベールさん。バーノンおじさんとペチュニアおばさんなんか、“保護者”のうちに入らないよ。 」

 

「 だが、君の親権者だろう? 」

 

「 でも“保護者”じゃない!あいつらが僕を“保護”してくれたことなんて、一度もない!けれどアラベールさんは、この夏じゅう僕の保護者でいてくれたじゃありませんか! 」 

 

「 ふむ…“一度もない”ことはないと思うがな。まあいい。ところで、ガラハッドはこれと同じものを持っていないのか? 」

 

 

チラリとアラベールは顔を上げた。

一服を終えたらそれぞれ旅立つため、居間のソファの背面にはトランクが三つ並んでいる。今年はアラベールの魔法で、ハリーの荷物は格段にコンパクトにまとまっていた。同じように荷造りを済ませているガラハッドが、アラベールに許可証へのサインを求めたことはなかった。

 

急いでハリーはアラベールの気をひこうとした。

 

 

「 大臣が、あなたを僕の保護者にと定めたじゃありませんか!すごく―――お、お父さん、らしかった、と、感じています!いろんな話を聞いてくれたし、僕の宿題も、見てくれたりしたから。アラベールさん、これに、サインをください。僕にも、ねえ! 」

 

「 ああ、うん、僕もその用紙、持ってるけれどさ 」 

 

 

「夏休みの初めに帰省してすぐ、店の自動速記羽根ペンに書かせた」とはガラハッドは、ちょっとここでは言わないでおいた。いいじゃん昨年だってそうしたし、日頃あのペンによって出される領収書はギャリックの筆跡ということになっているんだからと、心底思っているのだが。

言ったら、ハリーはこれを真似するにちがいない。

とうに仕舞いこんだ書類について、ガラハッドは適当にすっとぼけた。

 

 

「 今年は、別にホグスミードに行かなくてもいいかなあって思ってる。お前も、物騒だからよしておけよハリー。 」

 

「 それはぁ!それは君がダイアゴン横丁育ちで、去年存分にホグスミードを楽しんだから言えるんだ!知ってるよ、ハニーデュークスが最高なんだろ?フレッドとジョージから聞いてる! 」

 

「 関わる連中は選べよ 」

 

「 ずるい。ずるいんだ! 」

 

 

しつこくハリーは文句を言った。アラベールは紅茶を飲みながら、左足のくるぶしを右足の腿の上に置いて、行儀悪く懐中砂時計を弄んだ。

 

 

「 はあ…仕事、仕事、仕事… 」

 

「 アラベールさんは毎年戻られるわけじゃないんでしょ?今年を逃したら、僕は一生ホグスミードに行けない! 」

 

「 成人したら行けるだろ? 」

 

「 成人する前に死んだら!? 」

 

「 僕は死なないって昨日言っただろ? 」

 

「 悔いがあって死ねないってことさ!! 」

 

 

ふたりが言い争っているうちに時間になった。

 

 

 

 

壁ではなく公衆暖炉のほうからキングスクロス駅9と3/4ホームに至ったとき、ガラハッドは一番に、背伸びして人待ち顔のドラコを見つけた。アッと叫びたいような心地だった。ずっと気になっていた子だった。この夏父から何を言われ、どう受け止めているのか。彼は、こちらの出生を知っているのか?ドラコは、とても会いたかったみたいな顔でガラハッドを見るなり、紅顔の美少年として駆け寄ってきた。

 

 

「 オリバンダー先輩! 」

 

 

が、しかし、ガラハッドの後ろからハリーまで煤を払いつつ出てくると、ドラコは急に立ち止まって猛烈に嫌な顔をした。薔薇のようだった頬の赤みは消え失せ、冷ややかに眉がつり上がった。

 

 

「 これはこれは 」

 

 

低い声で笑うドラコの背後に、のそのそとゴリラのような少年がふたり並んだ。ガラハッドは、振り向くまでもなく後ろについてきているハリーが、闘犬みたいに変わるのを気配で察した。

 

 

「 先輩、この夏は、本当に災難でしたようで――――大臣もお人が悪い。杖つかさどるオリバンダー家に、こんな 」

 

「 この夏は、父が帰ってきてな。活かしきれていないが、勉強にはなったと思っている 」

 

「 父上がお会いしたと言っていました!マグルどもが、また“高速道路”をつくったそうですね?応援させていただくのはもちろんのこと!ご苦労の多いことでしょうから、是非お慰めしたいと家族で話し合っていたんです。今度御一門で、うちの荘園にいらっしゃいませんか?イングランドで最も美しい村と言われています! 」

 

「 ガラハッド 」

 

 

ハリーがガラハッドの腕をひっぱった。負けじとドラコはガラハッドのローブをひっつかんだが、そういう振る舞いは、卑しいと思っているらしい。ローブに掴み皺ができたことをハッと悔いて、すぐにドラコは手を放した。あっちのほうにロンとハーマイオニーの姿を見つけたハリーは、やる気満々のロバみたいにぐいぐいとガラハッドを引っ張っていった。唇をめくれあがらせてドラコは震えた。

 

 

「 ポッター!!!穢らわしい手で触れるな。このかたをどなたと心得ている! 」

 

「 絡むなドラコ。その振る舞いはマルフォイ家のためにならないぞ 」

 

 

ガラハッドはポツリとそう言った。この呪文は覿面に効いて、ドラコを静かにさせる力があった。

宿敵が苦々しげに呻いている。

その姿を見てハリーは、最高にスカッとした。

 

 

 

 

 

ハリーに引っ張られてグリフィンドール三人組と一緒に汽車に乗ると、コンパートメントのなかでは「あのね、わたしパパとママから、自分で誕生日プレゼントを買いなさいって言われてお小遣いをもらったの!」から始まるハーマイオニーのマシンガントークが続き、ロンとハリーは早々に聞き役をガラハッドに押しつけた。

彼らは爆発スナップを始めた。ハーマイオニーは、 ロンに言わせれば“どうかしているヤツ”であるものの、レイブンクローにはまあまあよくいるタイプで、ガラハッドはこういう感じの三年生に見覚えがあった。

ハーマイオニーは選択教科のことで頭がいっぱいで、放っておくとあと半日はこの話題を続けるだろう。とはいえ彼女の凄いところは、第三学年を迎えるにあたって「どの科目を履修することが一番賢いといえるか」に執心するのではなく、癖毛を振り乱して全力で「どれもこれも魅力的すぎて選べない!全部に興味があるのに、全部の教科を学べないなんておかしいわ!」とひたすら主張する点である。「もう、悩んで悩んで、夜も眠れないのよ」のくだりで、聞いていなかったはずのロンは「うげえっ」と声をあげた。

ちらりと隣のロンを見やって、ハーマイオニーはつんと鼻を上向けた。

 

 

「 せめて全部の科目の教科書を買ったの。だってやりたいもの――――ああ、でもね、魔法動物飼育学の予習ができていないの。とっても絶望的だわ… 」

 

「 とっても絶望的 」

 

 

目を白黒させてロンは繰り返した。それに肩を竦めて返すハリーは、授業の予習なんかしたこともないようだ。

 

 

「 魔法動物飼育学?あの教科イカれてるよな。あれの担当のケトルバーン先生って、怪物を愛しすぎて手足が一本らしい 」

 

「 それがさ、今年からハグリッドが教授になったんだよ。もう!この話、つい昨日しただろ?手紙も見せたじゃないか!荷造りをしたときにさ! 」

 

「 ああ、あれね? 」

 

「 僕の話ちゃんと聞いてる? 」

 

 

ハリーは不服顔だ。ぶすっと睨みつけられたガラハッドは、たしかに嬉しそうにハリーから手紙を見せられた覚えがあった。そしてあのとてもハグリッドらしい、大変個性的な教科書についても、つられて思い出した。そうだあれは緑の表紙に、鮮やかな金文字だった。

ハリーは、例によってマグル界育ちなのでああいうのに対してどんくさく、昨夜荷造りのとき、ベルトで縛ってあった教科書をうっかり解放してしまい、蟹のようにシャカシャカよく動きよく噛む本を相手に、「痛ッ」とか「これでどうだッ」とかナントカカントカ、一人でどったんばったん大騒ぎをしていた。ガラハッドが一番よく覚えているのはその先だ。ハリーは、そのとき手当たり次第に近くに置いてあったものでべしべしと“怪物本”を殴って撃退したものだから、ガラハッドの呪文学の教科書は、使う前からひしゃげてしまったのである。受講してもいない教科の担当者が誰になるかよりも、こっちのほうがガラハッドには重大事だった。

 

 

「 まあまあ。楽しくなりそうじゃないか。…フッ 」

 

 

ガラハッドは急に微笑した。「とはいえ、新品教科書破損の件で、ハリーよ責めないでやろうぞ?」という微笑だ。そうです長男という生き物は、こういうとき寛大を習慣とするべき宿命にあるんです。「積んできた修行が違うのだ」という顔つきで、ガラハッドは隣のハリーを見やった。前世のことなんか知らないハリーは、「何だそのドヤ顔?」と思っていた。

つくづく嚙み合わないふたりなのである。

ガラハッドは、こつんとハリーの肩を手の甲でつついて言った。

 

 

「 なあハリー、あの“怪物本”を出してこいよ。ハーマイオニーも、出してくれるか。比べてみたいんだ 」

 

 

横暴お兄さまムーブ。

ハリーは、ガラハッドは家で僕の教科書には、「面白い」とか「興味深い」とかそんなこと、ひとことも言わなかったのに何だよと思った。ただただ呆れたような目を寄越して溜め息をつき、薄情に背を向けていっただけだったのに…と。

抗議したい気もするが、あのときの彼には何かを面白がる余力もなかったのかもしれない。ハリーから見て、今のホグワーツ急行のなかでのガラハッドは、この一ヶ月で一番のんびりとしている。

 

 

「 こいつらって個性はあると思う? 」

 

 

「ホグワーツでの姿」という意味で、ガラハッドはいつもの調子になってきた。ハリーはそれにホッとしていた。ガラハッドはソーダキャンディみたいな目をころころさせて、悪戯っぽく知恵を光らせてこう言った。

 

 

「 どういう製造法だと思う?物を怪物化する呪いって、あるのか?あるとして、どの本にかけても結果、同じ化け物になるのかな。僕は飼育法よりもそっちを知りたい。 」

 

「 うーん言われてみればそうだわ 」

 

「 ハーマイオニー、君のパパって最高だよ。僕はあの雑誌の来月号、『変身現代』よりも楽しみにしてる。うちの親も楽しんでた。ルンバっていうのがあるんだろ?存外、これも単純な仕組みで動いているのかもしれない。刺激に反応しているだけで、知能はないんじゃないか。ボストンダイナミクス式だ 」

 

 

いきいきとガラハッドは語った。

 

 

「 目はついてないから、こいつが反応しているのは、温度か、触感刺激だろうよ。なんだか変温動物っぽい表紙してるよなあ。温度によって活性が変わるのかも。冷やしたら冬眠するかな? 」

 

 

ハリーは素直に頷いた。

そう言われてみるとすべてその通りであり、ガラハッドの頭の巡りには舌を巻いてしまう。けれども彼は決して、パーシーみたいなタイプではないのであった。

ニヤニヤと笑いながらガラハッドは言った。「チップス盗んでやろうぜ」のときと同じ表情で、こうだ。

 

 

「 よし、僕は抓ってみよう!君は揉んでやったらどうだ?多少はタイムラグがあるかも。一瞬でモチッとやるなよ。こう…官能的に… 」

 

「 はあ!?ば、馬鹿なの 」

 

「 やりましょうよロン。試す価値はあるわ 」

 

 

ぎちぎちとベルトが鳴っている。自分自身より強烈な存在に捕まって、ベルトで縛ってあるハリーの『怪物的な怪物の本』は、どうにかしてこのガラハッド様から逃げだしたがっているように見えた。思いっきりガラハッドにつねられると、その本は痺れるように震えた。

「痛覚あるんだコイツ?」とガラハッドは、明るくサイコ発言をキメている。

 

 

「 やめてあげなよ 」

 

 

ハリーは本に同情した。真っ赤になって恥ずかしがるロンに代わって、ハーマイオニーが怖々自分の本を撫でさすった。

すると呆気なく本はおとなしくなった。

 

 

「「「 わぁーお!? 」」」

 

 

 

 

斯くして、「格言:セクシーに触れ」は、今年の“ガラハッド卿伝説”一発目になった。面白がってハリーたちは『怪物的な怪物の本』に苦しめられる生徒へ「ガラハッドが言ってたんだけど」と前置きして寮でそれを言って回ったし、誰かがビビりながらゲテモノに対して叶う限りセクシーに触れてみようとする姿は、何度見たって面白いので、教えられた生徒もまた別の生徒に言ってまわり、巷にはいろんな「わぁお~!?」が響いた。

そしてその次には、「Sirが言うならなあ」という言い回しがここそこで流行った。大抵は、馬鹿げたことの否定に使われる。あのガラハッド卿が言うならそんなこともあるけど、ガラハッド卿が言ったんじゃないなら、有り得ないよね、という意味だ。

 

 

はてさてとはいえそんなブームは、現時点ではまだ起きていなかったし、流行り物に疎いガラハッド本人にはついぞ関係がなかった。

 

 

「 ふんふん―――なるほどね!素敵! 」

 

 

ホグワーツをめざす汽車のなかで、厄介な教科書をようやく開くことができたハーマイオニーは、猛烈な勢いで予習を始めた。ロンとハリーは再び爆発スナップを始めたし、今度はガラハッドもそれに付き合おうとした。

ところが奇妙な物音に気付いて、ガラハッドはカードに伸ばしかけていた手をひっこめたのである。

 

 

「 何の音だ? 」

 

 

汽車は、今ブリテンのどの辺りだろう。まだホグワーツには着かないだろうけれど、気候はすっかり北部のそれであった。窓からは透明感の欠片もない濁った雲しか見えず、もうずっと雨が降っている。

本を読んだりカードを切ろうとしたりして、不意に全員が黙り込むと、雨が窓を叩く音は急に大きく感じられた。そのなかで、寂しく小さく口笛を吹くような音が、どこからか、微かに幽かに鳴り続けているのだ。コンパートメントのなかの四人は、それぞれ首をひねりながら周辺を見回した。

 

 

「 あっ 」

 

 

ロンが飛び上がって、荷物棚に手を伸ばしてハリーのトランクを掴んだ。

 

 

「 わかった、スニーコスコープだよ!ハリー、君のところまでエロールを飛ばせようとしたとき、僕この音を聞いた 」

 

「 それは災難だったなあ、エロールが 」

 

 

ガラハッドが混ぜっ返した。そのときだ。快調だったホグワーツ急行が、軋みをあげながら突然停車した。

 

 

「 ――――おっと 」

 

 

ロンはよろめいた。

明かりが一斉に消えた。あたりが真っ暗になると同時に、ドサッとロンの引きずりだしたトランクが落ちてきたので、ハーマイオニーは小さく悲鳴をあげた。

 

 

「 シャーッ 」

 

 

荷物棚の上から、彼女の飼い始めた猫も威嚇的に唸る。

 

 

「 なんで止まったんだろう? 」

 

 

ハリーも腰をあげた。ロンがハリーのトランクを開けて中身をあさるので、スニースコープの音はもう堪えられないものになっている。ローブの生地を貫いて放たれるスニーコスコープの光が、今の汽車のなかでは唯一の光だった。窓を叩く雨の向こうで、ガラハッドは、誰かがこの光を見咎めたような気がした。

 

 

「 止せ 」

 

 

機敏に手で制して、ガラハッドは立ち上がったハリーを通路側に来させなかった。

 

 

「 いいな?お前はくるまってろ。僕が様子を見てくるから 」

 

 

ガラハッドは杖を取り出していた。

折しもロンがうまいことローブを引っぺがして、スニーコスコープを掴みだした。けたたましい音が鳴り響き、光は一段と鮮明になった。それに照らし出されたガラハッドの顔と声色の真剣さに、ハリーはハッと打ちのめされた。

 

 

 

そうだ、いま危険を告げるものが鳴り響くのは、ホグワーツ急行が止まったのは、自分を狙う脱獄囚シリウス・ブラックが現れたからかもしれない――――!

 

 

 

ガラハッドが「くるまれ」と言ったのは、トランクのなかにある「透明マントに、くるまれ」だ。すなわち「隠れろ」である。ハリーはそれを充分理解したけれども、困惑顔のロンやハーマイオニーの前で、一目散に透明マントを被って単身「いないふり」なんて、できやしなかった。とんでもないトラブルに見舞われがちだけど、自分は決して臆病なんかじゃないのだ。

 

 

ゴドリック・グリフィンドールのように、みずからなると決めたのに…。

 

 

単身尻をまくって隠れるだなんて、格好悪い。しかしハリーだって馬鹿ではない。敵が一度で十三人殺す呪いの遣い手である以上、この状況下でガラハッドの判断は正しいと思った。けれど耳をつんざくスニーコスコープの音のなかで、ハリーは冷静には行動できなかった。

 

 

「 来て!…ああっと、ああ、ちがう! 」

 

 

喘ぐようにハリーは言った。針で突かれるような頭痛がして、上手に話すことができなかった。ロンもハーマイオニーも透明マントに入れて、三人一緒に隠れることにしたって、この部屋にはたんまりと荷物がある。狼のような凶悪犯がやってきたら、隠れている子供がいることなんて一目瞭然だ!!!

 

黙ってガラハッドは通路へと出ていった。

 

スニーコスコープを握りながらロンは、その光にニヤニヤ顔を浮かび上がらせていた。余裕綽々の飼い主とは別に、胸ポケットの膨らみはガタガタ震えている。

 

 

「 ふたりとも、必死でビビりすぎだよ!悪いけどこいつは安物なんだ。新品なのにふざけてるよ。汽車が故障してから、故障を知らせてくれてるんだもんなぁ。ええっと、どうやって静かにさせるんだろう? 」

 

「 貸して、ロン。解除ボタンがあるのよ。わたし本で読んだことがあるわ。 」

 

 

そして静かになった。

 

 

静かになると同時に、真っ暗になった。ハーマイオニーは両手でスニーコスコープを握って、なんだか、自分はとんでもないことをしてしまったような気がした。言葉にはできない感覚が、真っ暗闇と一緒に自分たちを包み込んできた。

ロンもまた凍りついた。ハリーは、強い頭痛で声を出すことができず、闇雲に手足を動かすこともできなかった。

 

砦とするには、脆すぎる扉一枚。

 

そのむこうの、雨に叩かれて冷えるホグワーツ急行の廊下で、ガラハッドは杖を掲げていた。ゆっくりと、確実に前進し、杖明かりと命運を共にしようというのだ。彼だって冷静ではなかった。これは、ただの故障ではない。機関室のほうから、液体窒素でも放出したみたいな霧が漂ってくるから、そうであることがわかっていた。

 

わかるからといって、よく対処できるわけではない。

 

シリウス・ブラックのことは、忘れてしまっていた。

 

懐かしい気分で胸がいっぱいになって、不意に自分を封じていたフラスコが粉々に砕け散るように、ガラハッドは涼しく目の醒める心地がした。ハッとして顔をあげると、ガラハッドの目前にはもう“何か”がいた。杖明かりで照らし出すと、勿体つけるようなゆっくりさで、“その者”たちはフードを取り去っていった。すると現れたひしゃげたガリガリ坊主に、ガラハッドは、いい気分ではなかったが少し笑ってしまった。

 

 

「 ははあ・・・! 」

 

 

“俺”じゃないか。

死神は自分と同じ姿でやってくるとかいう俗説は本当だった。今の生を終えて――――次は、どこへと送られるのか?「もうどこにも送ってくれるな」という思いが、不意にガラハッドをつかんで離さなくなった。

 

“彼ら”に縋るように、ガラハッドは杖をおろして歩み出た。

 

せめて、元いた地獄へと戻してほしい。ここよりは、ずっと気楽でよかったから。

殺しあいをする心には、憂いも躊躇いもなかった。

ああでも、地獄は苦しかった。苦しかった。

前に生きたところに戻りたい?いいやまさか!

愛した世界の“顛末”を、自分はもう知っているから――――…。

 

“終末”じゃないからつらい。

 

原子爆弾で、護ろうとした故郷は塵と消えたのに、むざむざ今も生きている連中がいる。

 

恨めしい。恨めしい。

 

もしもあの世に戻るなら。

 

俺は地を這う怨霊になりたい。国を乱して穢土呪う、当代の祟り神になりたい。人のために鬼となった、鬼とならねば決戦に迎えなかった、弱くて汚らしい卑怯者だもの。

即身仏になんか、なれるわけがない。

だから、殺せ。

俺を殺せ。さもなくば殺してしまう。

 

また殺してしまう…

 

 

 

煌々とガラハッドは目を光らせていた。

 

 

 

 

 

「 エクスペクトパトローナム!!! 」

 

 

吸魂鬼の唇はすぐそこだった。それが近づくほどにガラハッドは、御しきれない心が静かに凪いでいくのに、ほっとしていた。

己の身も人も焼いてしまう業火が、ようやく今消えようというのだ。よかった…と淡く微笑んで、全身の力を抜いていた。ところがだ!まったく知らない男の乱入によって、ガラハッドに与えられかけた優しい安息は、いきなり取り上げられてしまった。

 

 

 

「 ――――!? 」

( は?…は?ハァ!? )

 

 

 

ガタンゴトン、ガタンゴトン

 

と、再び陽気に鳴り始めた鋼の滑車。“元通り”であるとはにわかに信じがたい、いやに明るいようなコンパートメントを引きずって、またしても汽車は動き始めた。その男は、実に遠慮なくべたべたとガラハッドの身体に触れてきて、手の温度を確かめたり、目の下を引っ張ってきたりした。

 

 

( 誰、こいつ…。 )

 

 

マジでマジで、誰だよ、こいつ。全然知らないおっさんに、いきなり触られるとか最悪なんだけど…。

 

継ぎ接ぎローブに白髪混じりの髪、疲れ果てたような肌。ガラハッドに触れてくる男は、お世辞にも小綺麗とは言い難かった。明鏡止水だった腹のうちにはモヤモヤとゴミが溜まっていき、それを言語化するならば、徹頭徹尾「何なんだこいつは!?」であった。ガラハッドが直立のまま睨みつけると、その男は、そっとガラハッドの両肩に触れてきて、後ろ向きに歩かせて元のコンパートメントにまで連れ戻し、倒れさせるようにシートへと座らせた。

 

 

「 大丈夫かい?食べるといい。気分がよくなるから。 」

 

 

彼はローブのポケットから巨大な板チョコレートを取り出して、銀紙をめくって割って与えてきた。ガラハッドは、動けないというよりはただ動きたくないだけ――――の、つもりだった。男のローブには黴が生えていそうだし、そんなところから取り出されたものを口になんか入れたくない。

 

 

「 結構です。一ッ切、ご心配には及びませんよ? 」

 

「 バンシーのほうがまだ顔色がいいだろう。相当、無理をしているね。いいんだ、“奴等”に動揺しない人間なんていないよ。 」

 

 

現にここにおりますが!?

リーマス・ルーピンと名乗った男は、人の話を聞かなかった。

 

 

「 オリーブ杖遣いの子だね 」

 

 

そうですがそれが何か?だ。

 

 

「 可哀想に。オリーブの樹から選ばれるほど、平和や再生を願いたくなるような出来事が――――あったね。つらい記憶だ。 」

 

「 …ッあなたに何がわかるんですか!? 」

 

「 すまない。私には何もわからないね。 」

 

「 ああそうだよ! 」

 

 

ルーピン氏はすぐに謝った。

彼こそ、精も根も尽き果てたかのように見えるので、ガラハッドは強くは言い立てられず、それからは黙るしかなかった。

彼は、新しい闇の魔術に対する防衛術の教師だと名乗った。昨年のロックハートよりは能力があると見えて、贔屓は良くないことをわきまえており、彼は穏やかにハリーたちにまでチョコレートを配ると、今しがた起きた出来事に対してあまり驚きすぎないよう、教師らしく子供たちを説諭していた。そういうことは当たり前なのだが、去年の馬鹿と比較すると妙によく見えた。彼は汽車のなかの数少ない大人として、しわがれ声で役割を果たしていた。

 

 

「 さっきのは“吸魂鬼”だよ。吸魂鬼は地上を歩く生物の中で、もっとも忌まわしい生き物の一つだ。もっとも暗く、もっとも穢れた場所にはびこり、凋落と絶望の中に栄え、平和や希望、幸福を周りの空気から吸い取ってしまう。 」

 

 

随分な言われようだなとガラハッドは思った。彼らの纏う空気の力――――あの五感の明瞭度があがる感覚は素晴らしいものだと思ったし、悪趣味にもこちらの姿を模していたこと以外、ガラハッドは彼らを嫌う理由を持てずにいた。

 

だって、”平和”なんてものは知る限り欺瞞だし、”希望”とは嗅がされている薬物の異名だ。幸福は愛による雁字搦めで、凋落は真実を見せてくれる。死は一瞬の昇華でしかないと、実際死んだことのある自分はわかっているから。

 

 

「 …あれ? 」

 

 

死んだことがあるから、わかっているのに。

 

あの存在たちは、冥府の入り口にいる奪魂鬼じゃない。

奪精鬼でも、縛魄鬼でもない。

今のは、衆生に死を呉れる三閻魔卒じゃない。

 

第一、死んでも何も変わらないのに。

また六道を廻るだけなのに。

 

気まぐれな絶望じゃないのに、どうして、自分はあの“吸魂鬼”とやらに期待なんかしたんだろう?彼らならばこの永劫の輪廻、終わらせてくれると思ったのだ。

どうして?そんなこと明王が許すまい!

 

モノを考えるにはエネルギーが足りない。

 

 

ガラハッドはふうっと息をついて、大口を開けてひとおもいに、ルーピンから割り当てられたチョコを噛った。案外黴の味はしなくて、ねっとり口のなかで溶けて美味しかった。バリッと噛みついて黙って嚥下していると、「大丈夫?」と心配そうにロンに言われた。気がつくと隣のハリーも顔面蒼白で、目に見えてぐったりしている。周りに気がつくようになってガラハッドは、遡及的に自分の動揺を自覚した。猫の入っている籠を抱き締めているハーマイオニーは、『怪物的な怪物の本』ともどもカタカタと震えている。

 

 

「 悪い。びっくりさせたよな。 」

 

 

手を掲げてガラハッドは謝った。いつもの調子を取り戻したガラハッドに、彼女はようやく肩の力を抜いた。目を丸くしてルーピンはガラハッドを眺めた。

 

 

「 君は立派だね 」

 

 

返事をせずにガラハッドは、急いで冷えきっているハリーの背をさすっていた。

 

 

「 オリバンダーの…君は、何年生? 」

 

「 四年です。彼らよりは、一級上なので。 」

 

「 そう。なかなかできることじゃないよ。 」

 

 

穏やかな口ぶりでそう言ったきり、リーマス・ルーピンは何も語らなかった。

 

 

 




タイトル「甘き死よきたれ」はエヴァンゲリオンの曲です。
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