汽車は予定時刻より少し遅れてホグスミード駅に着き、噴煙をあげて仕事を終えた。
滝のような雨が続いていた。生徒たちは誰も、ひとりとしてずぶ濡れにならないわけにはいかなかった。二年生以上は汽車のなかから出てきた順に、とりもあえず寮ごとに列になって、来る馬車来る馬車に飛び込んでいった。
するとガラハッドの乗り込んだ寮馬車は、偶然男子生徒ばかりだった。冷たい雨から早く逃れたいばかりに、六席しかない車内にしとどに濡れた四年生以上の男子が九人も押し寄せたのであるから、寒かったはずがお互いから発される熱が鬱陶しく、むさくるしいったらありゃしない。よりによって真ん中の席についてしまったガラハッドは、「詰めろよ」と肘でマーカスを奥へと押し、膝と膝を揃えて肩幅を狭くしようとした。座れない三人は立ちっぱなしだった。どうにかこうにか馬車の扉が閉まった頃、壁に張りつくような塩梅にされているマーカスが、今にも吐きそうな顔でこう呻いた。
「 なんで杖を使えないかなあ。魔法省ってば、頭が固いよ 」
「 別にいいだろうに。すぐそこはホグワーツなんだから… 」
「 本当にそのとおり 」
「 ―――…!? 」
マーカスに深く相槌をうったのは、五年生のファルマンだった。ガラハッドは、今の二人のやりとりを聞いて慌ててローブの内ポケットに入れかけていた手を引っ込めた。あっなるほど、そういう決まりだった感じ?家のなかにいる気楽さで、どこででもいい加減に振舞うべきではないな…。
ずっと勘違いをしていた。
ガラハッドは、ざっくりとなんとなく「未成年の魔法使用が禁じられているのは、その者がホグワーツの管理から外れている場面においてであり、キングスクロス駅からホグワーツ急行に乗ったあとならば、未成年であってもどこでも杖を使ってよい」のだと思っていた。――――それは間違っていたみたいだ。
あれ?でも自分はかつて汽車のなかや、ホグスミード村内で魔法を使ったことがある。それが原因で魔法省から、『警告』などを受けた経験はない…。
この規則に関する自分の理解は、別に間違ってはいないのでは?みすみす勘違いをしているのは、マーカスとファルマンのほうなのではないか。
でもちょっと、今むさくるしさを逃れるための魔法を使ってみるほど、自分の考えに自信を持てないかな。いったい、彼らと自分、勘違いをしているのはどちらなのだろう。
急に馬車が揺れた。べちゃっとニールがよろけてのしかかってきて、ガラハッドの頭に強く顎をぶつけた。「う゛ッ」とガラハッドは短く呻き、考えごとを中断させられた。天井に手をつっかえさせて身体を細くよじりながら、「女の子いてほしかったなあ」と遠い目でロジャーがぼやいた。乗員はそれぞれ痛みや不快感に堪えながら、「間違いない」と苦々しく笑うしかなかった。ニヤッとして今年七年生のマットが言った。
「 ただしペネロピー以外な 」
「 え~? 」
「 あー、そうだねえ 」
「 そう?僕はなかなかいいと思いますけど 」
「 おいおい、減点されるぜ? 」
「 それは先輩がエロいからっす 」
「 ぷはっ 」
「 おうおう、言ってくれるじゃないかデイビース君? 」
「 いやもう違いますからね、先輩くらいになると、目つきが!そりゃ“指導”されちゃうってもんで 」
「 あはははは 」
「 ええっ、じゃあいつものあれは、そういうプレイだったってことですかぁ!? 」
「 やるぅ 」
「 いやいや俺だけじゃないだろ!お前らもさあ――――ペネロピー様はみんなにご指導なさる! 」
大笑いのせいでますます馬車は揺れてしまった。城に着くまでにかかる時間が、いつもより長いのは道がぬかるんでいるからだろう。笑いすぎて涙をぬぐいながらもガラハッドは、これは、パーシーにバレたら文字通り絶縁されかねないやつだなと思った。いつもお堅くて口煩いペネロピー様も、パーシーの前では可愛らしいのだろうか?
不意にひやりとする気配を感じて、外を見ると馬車は城門をくぐるところだった。姿は見えなかったけれどガラハッドは、「あの気配だ」とすぐにわかった。
「 ――――! 」
馬鹿話に花を咲かせていた面々は、みんな直感的に黙り込んでいた。「吸魂鬼…」と誰かが、本当に小さな声でその名を呟いた。
「 嫌な奴らだ。校長先生は、どうしてあんな奴らを城門に置くんだろう? 」
「 置いているのは魔法省だろう? 」
「 どのみち、これじゃ僕たちが囚人みたいだよ 」
うんざりとマーカスが言った。それを契機にみんな、またしても黙り込んでしまった。「そうだな」とガラハッドは、少々間をおいてからマーカスに答えた。
何か引っ掛かるようなものがあって、不思議と心が乱されたが、考えが深まることはなく、形にはならなかった。
観音開きの城の玄関に入った途端、温風が吹いたわけでもないのにみんなの服と髪は一斉に乾いた。
「 やれやれ 」
手鏡を取り出しながらロジャーが言った。ピアスのデザインがしっかり見えるよう、横髪のながれを確認したいらしい。相変わらず軟派で格好つけた野郎だ。
こいつと同類だとは思われたくないので、ガラハッドは敢えてそんなロジャーには背を向けて立った。
ゆっくり開きゆく大広間の扉の前で、ガラハッドが「風呂に入ったあとみたいだ」とぼんやりしていると、背後からマクゴナガル先生の呼ぶ声がした。
「 オリバンダー! 」
振り向くとそこにはハリーもいた。
ハリーは、いかにも渋々という感じで寮監に付き従い、その姿を人に見られるのが嫌で堪らないという顔をしていた。その気持ちはガラハッドにもわかった。いきなり副校長から呼び出されたこちらのことを、たくさんの生徒たちがじろじろと見てきたのだ。
「 いやだ、あなた、いきなり何したのよ 」
いつのまにかすぐ近くにいたマリエッタが、唖然として眉を顰めて言った。ガラハッドは皮肉げに肩を竦めて、まっすぐに大広間に向かうことを諦めた。
マクゴナガル先生に導かれるままにすぐそこの小部屋に行くと、なかではマダム・ポンフリーが待ち構えていた。
「 しっかりとお食べなさい 」
ガラハッドは、またしても銀紙ごと大きな板チョコレートを割り与えられながら、女教師二人に寄ってたかって、吸魂鬼たちがやってきたときのことと現在の体調について、尋問のように詳しく確認してかれた。ガラハッドは、他の子はここには喚ばれていないから、いくら吸魂鬼のことはみんな苦手といっても、あれって「よくあること」ではなかったんだなと察した。
ハリーは、恥ずかしさからだろうか、マクゴナガル先生にもマダム・ポンフリーにも、始終反抗的な態度である。「要りません」とか「平気です」とか、つっけんどんにチョコレートを突き返しては、「食べなさい」とマダムに叱られている。
ガラハッドはそれを横目に見るうちに、「汽車の中でハリーが一時体調を崩したのは、たぶん自分が隣に座ったからだよなあ」と考えるに至った。たっぷり吸魂鬼の霊気を浴びた自分が、その手でべたべたと背に触れてしまったのが、まずかったんじゃないだろうか。それというのも向かい側にいたロンとハーマイオニーは、怯えながらもハリーほど苦しそうではなかったのだ。自分は、ハリーの面倒を見てやったつもりで、却って酷い目に遭わせてしまったのかもしれない。
キュッと胃が絞られたような心地がして、ガラハッドは受け取ったチョコレートを食べられなかった。
「 ごめんな、ハリー。以後気をつけます、先生がた。僕が彼らを引き寄せることで、他の生徒が苦しむことがあってはいけませんよね。 」
低い声でガラハッドはそう言った。
すると鳩が豆鉄砲をくったような顔で、マクゴナガル先生とマダム・ポンフリーは動きを止めた。
「 ハリー、君がタフな奴で助かったよ。ただし君は僕ほどは、ああいうのに対して耐性がないだろう。仕方ないさ。僕はハロウィンの夜の生まれ――――夏至生まれの君とは、どこまでも違うからさ。 」
「 う、うん? 」
「 あの世から来たんだ。あいつらには、それがきっとわかるんだと思う。 」
「 オリバンダー 」
マクゴナガル先生はそう呟いただけだった。真相を確かめるように、マダム・ポンフリーは怖々とマクゴナガル先生のほうを見つめた。
「 人生は星占いでは決まりません。それに、そのぶん精霊の加護があることでしょう。 」
「必ず」と厳めしくマクゴナガル先生は付け加えた。まるで“そういう職人”のように、マダム・ポンフリーは次々に追加のチョコレートを割り始めた。食べきれるわけないほどの欠片を渡されて、ガラハッドはこのままだとチョコレート屋さんを開けるだろう。
愛想までに礼を言って、ガラハッドは小部屋から退出した。
ガラハッドがひとりで小部屋を出て玄関ホールのほうへ戻ると、そこにはもう他の生徒は残っていなかった。大広間のほうでは、ちょうど組分けが始まろうとしているようだった。がらんとしたホールから大広間への扉は、自分たちのためにかすかに開かれていた。そこからは光と帽子の声が漏れ出してきていて、光は大理石の床に黄金の帯をつくり、歌は交差ヴォールトの高い天井にこだましていた。なんだか不思議な寂寥感があって、ガラハッドはしばしその光景に見とれた。たった一ヶ月半ぶりながら、久しぶりのホグワーツ城は、格別美しく見えた。
その隙にハリーが小部屋から飛び出してきて、ぷりぷりしながらガラハッドの斜め後ろについた。
「 待ってよ 」
感傷などぶち壊す不機嫌さだ。
「 さっきの、どういう意味だい?みんなわざとらしく頷きあってないで、少しは僕に説明しろよ!僕、あんまりよく覚えていなくて――――吸魂鬼が迫ってきたとき、君には何が起きたの? 」
「 え? ああ、うん、ええっと 」
「 何かが聞こえた?あの声、君も聞いたかい? 」
ガラハッドはドキリとして口ごもった。
吸魂鬼の放つ霊気にあてられて、すっかり頭がおかしくなっていたときの自分は、汽車内でこっぴどいことを喚いてしまったのだろうか?それをしなかったという確信がなくて、じわじわと冷や汗が滲み出てきた。
適当に受け流したかったが、ハリーの追撃は止まらなかった。
「 どうして君はコンパートメントを出て行ったんだ?なんで?僕には隠れろって言ったのに。自分だけ格好つけちゃって!おかしいだろう!君は、一体いつまで僕のことを…ッ 」
「 子供扱いするのかって?違うよ。違う、あれは、その、会ってみたかったから――――シリウス・ブラックが来たんだと勘違いしたから 」
ガラハッドは大嘘をついた。既にハリーの顔はじゅうぶんに歪んでおり、その癖毛は逆立って天を衝いている。ここで「は?コンパートメントから出たのは、お前を守るために決まってんだろハリー」「お前はまだ13才じゃないか」なんて言ったら、火に油を注ぐ結果になることは目に見えていた。実際ガラハッドはあのとき、汽車に乗りこんできたのはシリウス・ブラックかもしれないと思っていた。大嘘でしかないけれど、さいわいちょうどいい理由付けができる立場でもあった。
「 血縁上の父親だもん。シリウス・ブラックってどういう男か、そりゃあ興味が湧くってものさ。凶悪犯だってことはわかってるけど、僕も母親の記憶がないから、つい…な。 」
そういうことにしておけばハリーは納得するだろう。
そんなガラハッドの予想通り、ハリーは急に矛を収めて、黙り込んで瞳を潤ませはじめた。相変わらず心配になるチョロさだったが、今はこのチョロさが有難いもんだ。
「 ガラハッドでもそんなふうに思うんだね 」
ハリーは、はにかみながら小声で言った。
「 まあな 」
上の空でガラハッドは答えた。ここにきてガラハッドは、彼なりには真剣に別件について焦らされていたのである。
焦っているながら、杖を使えない状況だった。
マダム・ポンフリーは彼の両手いっぱいに板チョコレートの欠片を乗せて積み上げたので、それらが手のなかで溶けようとしていた。大急ぎでガラハッドはハリーと別れて、扉の隙間から大広間へと滑り込んだ。両手を皿にした状態のまま小走りでレイブンクロー寮のテーブルへと近づいていくと、ロジャーが軽く手をあげて空席を指し示した。そこに至ると、正面にはチョコレートの銀紙でつくったとおぼしきリボンをつけているルーナが座っており、「わあ、お揃いだね~」と嬉しそうに言った。
「 『ザ・クィブラー』を読んでくれてるの?ガラハッドはネクタイを作りなよぉ~ 」
「 わお。
目をくりくりさせながらチョウが言った。いつもの奇人の振舞いに、たじろぐようなブルーマフィアたちではなかった。「なあチョコレート食べる!?」とガラハッドは、切迫した表情で周りに訴えかけた。
生憎誰も手を翳して、「食べる!」とは言ってくれない。
だが代わりにマリエッタが両手で口許をおさえて、青い目をキラキラさせて「まあ!」と嬉しそうな声をあげた。
「 マクゴナガル先生ったら、素晴らしいお心遣いね! 」
「なるほど」とみんな納得した。ロジャーはいっきに全体の半分ほどの欠片を取って、ガラハッドの片手を空けてやった。マリエッタの声を聞きつけたペネロピーは急いで立ち上がって、ガラハッドの持つのこりのチョコレートを取りにやってきた。完全な勘違いによって、それらは迅速に新入生へと配付された。新入生は、この雨のなかボートに乗って湖を渡って冷えきり、玄関ホールでピープズにおどかされ、組み分け儀式でおおいに緊張した直後である。今すぐこってりと甘いチョコレートが必要だというもので、どの子も食べた途端に深い息をついた。
マクゴナガル先生は呼名を終えると、威厳たっぷりのしぐさで組み分け帽子を掲げて壇上から降りていった。今年は校長先生の話が長く、楽しいお話というわけにはいかなかった。
現在の魔法界の状況の説明、決してホグワーツを抜け出そうとしてはいけないこと、決して吸魂鬼を騙せると思うなという話…――――それらのあとに開かれた宴はしずかで、なんだか“新学期”という雰囲気に欠けていた。
些細な違和感がしずかに積もっていく。
何かがおかしいのだが、おかしいものは何なのか、それがわからないまま“日常”が始まる。
ガラハッドがぼんやりしていると、またしてもマーカスが妙なことを言った。彼は、まるで「人前で呼び出された先でのマクゴナガルとのやりとりは、10秒で終わったはずだ」と確信しているかのような口ぶりで、「君、先生からチョコレートを受け取ったあとは、どこへ行っていたの?」と質問してきたのだ。ガラハッドがそれに「どこにも行っていないが?」と答えたとき、なんだか、全員が変な顔をした。
「納得されていない」と感じたガラハッドは、きょとんとしてもう少し細かい説明をした。
「 大広間に入る前は、玄関の天井を眺めていた。そうしたら… 」
「 あ~、OK、OK 」
「 相変わらず人智を超えてくるわね 」
なんだこの言われようは?だが生憎、ガラハッドはこういうのにかなり慣れているのだった。「勝手に言ってろ」という態度を決め込んで、ガラハッドはマッシュルームリゾットに舌鼓をうった。
本作でペネロピーを2巻から「美脚女王」ということにしているのは、ジョジョ3部には主人公一味が「脚がグンバツ」の女スタンド遣いマライアに大いに振り回され、こてんぱんにされる回があるからです。彼女の初登場時にピープスはマライアの台詞を言っています。